――冒険者の宿・ロイヤルスイートルームの寝室にて――


 「ルキフェには、隠し事はしない。後で私の全てを話そう。だから今だけは少し、静かにして貰えるか? 」
 「――覚悟は、出来ています。僕が捨てられる覚悟も」
 「? 何の話だ? 」
 「……やはり、東方人の女性には東方人の男性が良く似合いますからね。貴女が荷馬車に乗るジョウを見たときの顔と来たら――」
 「待てルキフェ! 違う! それは違うぞ! ええい、このアヤメとした事が、抜かったわ! それがそなたの憂い顔の元凶か! 
  一刻も早く誤解を解かねばならぬ! ルキフェ、まずは聞いてくれ、私が城塞都市に流れてきた理由を! それが一番早い! 」

 宿の、ルキフェが新しく『二人の愛の巣』として借りたロイヤルスイートルームで長い直毛質の、艶やかな黒髪を掻き毟るアヤメを
見たルキフェは、そのアヤメの動転極まりない様子に眼を見開いた。普段の自信満々かつ沈着冷静な様子とは打って変わった私情丸出し
感情丸出しの、激しい動揺っぷりだった。そうさせたのが自分の嫉妬の末による不用意かつ不躾な発言であることに、後ろ暗い満足感を
ふと、覚えてしまった。善の僧侶であるルキフェが初めて感じる、背徳的な感情であった。

 「私が西方に流れて来たのは、理由のひとつは罰なのだ。長きに亘って戦乱の世であったヒノモトから戦が無くなった後、上杉家を
  継ぐ前の長尾家から代々仕えて来た柏木家は我が主君より改易――取り潰しを命ぜられた。理由は一文のみ。「虎千代君(ぎみ)の
  御命を執拗に狙い続け、終にはヒノモトから追い出すに至った」とな! ……ああ、虎千代君と言うのは我が主(あるじ)の弟君で、
  唯一、主に正々堂々と取って代われる存在であった。なんと性質の悪いことに、我が主もそれを強く強く望んでいた。――実の姉が
  実の弟を婿にするなど、ここ、西方でも許されぬ事であろう? ましてや異母では無く、同じ母を持つ、同腹から生まれし実の姉と
  実の弟ならば尚更の事」

 アヤメが眼に涙を溜めてルキフェを見る。もともと相思相愛であり、最早互いの思考の隅々まで知悉している間柄だ。アヤメの他の、
ルキフェのパーティメンバー、通称『三使徒』――アヤメが加入する前は『四大天使』であったが一人は過度の自慰による生命力の
枯渇のため埋葬:LOST――でもルキフェの思考は読めなかったが、アヤメだけは別だった。常にルキフェの思考や志向を読んで動ける
見事さに、『三使徒』も一目置いて接するようになっている。アヤメはルキフェの身になって置き換えて思考し、哀しみに涙したのだ。
ルキフェが自分に疑念を抱くのも当然だ、よくぞ今まで黙って耐えていてくれた、忝(かたじけな)い、と、濡れた瞳が感謝を訴えていた。

 「……待ってくださいアヤメ、『綾と虎』は『ただの物語』ではなかったのですか?」
 「何だそれは? 」

 涙を指で拭おうとするアヤメを押し止め、ルキフェは白い練絹の手巾で手ずから拭う。清貧極まりないルキフェだが、清潔感を維持
するには、使う道具のそこはかとない高級感も要求されるのがカドルト教の頭の痛い悩みどころでもある。『カネをかけてないように
見せかけて、きちんと道具や儀式や衣服や小物等にしっかりカネをかけてる嫌味な上品さ』が要求される。庶民・貧民出身者が教団内で
なかなか出世・昇進が出来ないのはこう言う所を体感・実感をしていないからでもある。勿論ルキフェは『生育環境・学習・付き合い』
により体得している側だ。普段使いの手巾にわざわざ漂白した練絹の織物を使うなど、本場の王都リルガミンの貴族・王族でも珍しい
雅やかな部類だった。――今の王都は無惨にも悪魔どもが跳梁跋扈する『魔都』と化している。それを誉めそやす者達はもう居ない。

 「『灰燼姫』の相棒のサムライ、ジョウがギルガメッシュの酒場で語った物語のひとつです。実に面白かったので、僕が直接聞いた
  全ての逸語を記憶し、書き記したものを持っています。写本も出回っていますが、誤字脱字脱落が多すぎて、いまだに僕の原本の
  閲覧要求が絶えません。こう見えても、この僕はあの博覧強記で鳴らした、俊英の司祭ドゥマスと並ぶ双璧的存在でしたのでね」
 「ああ、あのそなたの信徒、女魔術師のノームのミヌアが喜んで借りて行った本がそれか……あとで私にも見せて貰えるだろうか? 」

 その原本が、貧民救済にも使う、莫大なカネを生み出すタネになるとは当時のルキフェは想像もしていなかった。各地の諸侯・王族の
心を慰め、楽しませる者達は常に新鮮な物語に飢えていた。喜捨と言う名目で彼らは金銭や宝石を置いていき、ルキフェは『三使徒』に
運用を任せると言う慣例が出来上がっていた。アヤメが『三使徒』に受け入れられたのは『原本』の詳細な注釈も可能になると踏んでの
ことに違いない、とルキフェは薄々感付いていた。東方、それも同じヒノモト出身者が傍に居るならばルキフェの聞き書いた『原本』に
『真実』と言う『箔』がさらに付く。アヤメの事は気に入らないが排除するには強すぎて無理で、何よりも尊敬するルキフェ様だけには
嫌われることは絶対に避けたい。――『三使徒』の女心すらアヤメの御蔭で読めるようになったのも、ルキフェの成長の証であった。

 「大作ですよ。虎が生まれてから人質になり、諸国を流浪し続けて、琉球と言う島で最後の戦略書と姉との決別の手紙を出す結末まで
  羊皮紙の1頁50行で一冊300頁の帳面、9冊を費やしましたからね。差し詰め、ヒノモトのオデュッセイア、一大貴種流離譚です」
 「……その『虎』こそ、今はジョウと名乗るサムライその人である、と言ったら、そなたは信じるか? それとも哂うか? 」

 アヤメの突然の笑顔からの憂い顔の変化に、ルキフェは息を呑んだ。――美女は憂い顔をしても美しい。もし他のパーティに入って
しまっていたらと思うと、アヤメの心と体の虜と化したルキフェは嫉妬に今でも狂いそうになる。もっとも、当のアヤメに言わせれば
『他のパーティは「探索行の最先端を行くただ一つ:『灰燼姫』のパーティ」を除き、考慮に値しなかった』との事だが。もし最初に
そこに声を掛けていればきっとあの『灰燼姫』のことだ。エルフたる自分とは違う、東方人の人間種たるアヤメを愛しいジョウの傍に
近づけぬために、密かに迷宮で殺す方向で動いたに違いない。余人には理解不能だろうが、ルキフェの観る限り『灰燼姫』はジョウを
伝家の宝剣、掌中の宝石の如く、舐めんがばかりに己一人でただひたすらに愛でていた。……その甘く濃密な空気を読めない、仲間の
ホビットの盗賊を見る『灰燼姫』の目がいかに怜悧かつ危険だったことか! その時の事を思い出すと、ルキフェの背筋(せすじ)が
寒くなる。それでいて、ジョウが来るとその前では一瞬にして可憐で清楚な、誰もが慕い敬う理想のエルフ君主の姿を艶やかに装うのだ。
女性は魔物、魔性の存在だと、一部始終を見ていたルキフェは改めて思ったものだ。

「まさか! 彼は14で此処に来たのですよ?! 僕と同時期のトレボー軍近衛兵訓練所への入所ですので、彼の事は良く覚えて
  います。一緒に座学も受けた間柄で、言わば戦友と言ってもいい。――友人と呼べる者が数少ない、僕の大切な思い出です」
 
 そう、まだ今の様に逞しく無く、まるで少女、いや、地上に降りた天使かと見まごうばかりの、硬質な美を誇る少年期のジョウを
ルキフェは目(ま)の当たりにしていた。サムライを希望していた彼が『惜しい、信仰心が足りない』との軍教官の判断のみで戦士の
認定を受けた所も傍で見ていた。君主を希望していた『灰燼姫』も『信仰心さえあれば、文句無し』の認定を受けていた。二人から
冗談混じりで『済まないがその溢れる信仰心を分けてくれないか』と言われたが、その目が共に笑って無かったのを楽しく思い出す。
 実は自分、ルキフェが訓練当初から『君主』に為れる素質が既にあった、と他ならぬ『灰燼姫』に知れたら嫉妬で殺されかねない。
――『君主』だけは避けねばならなかった。『サムライ』はおろか『戦士』すらも。剣を持つ生き方だけは自分には許されぬ事情が
あった。――ルキフェ。神にいと近きが故に堕天した天使の名にちなみ、与えられたその名は『名付け親』たる、今は亡き、先代の
『リルガミン王』の悪意に満ちていた。現在の王都、いや『魔都』を支配する僣王ダバルプスを当代のリルガミン王と看做すならば、
先々代の王がルキフェの父親だった。母親はニルダ神の神官で、王に犯されルキフェを産み、当の王の圧力により王都を追放された。
母は親しかったカドルト教の尼僧にルキフェを預け、尼僧は還俗してすぐに貴族と結婚し乳母となり、ルキフェと息子を寺院で育てた。

 「……虎千代君は御歳4歳で寺に預けられ、6歳で北条家の人質になり、10歳で北条氏康公の内諾を得て退転、流浪を始めたのだ。
  越後では長尾虎千代、相模に人質に行き北条の姓と城太郎と言う通称を与えられた。そして幼名の虎千代から、御祖父・能景公、
  御父・為景公の名より『景』の文字を継ぎ景虎と名乗るべき所、あえてその名を避け、影の存在となることを選び影虎とし、以後、
  北条城太郎影虎と名乗る。その者こそ、今現在はあの『灰燼姫』の奇特で物好きなただの御付の、優しく強いサムライと看做され、
  深くその境遇に憐憫と同情と、一部城塞都市良識派市民の間では羨望かつ嫉妬もされている、ジョウの本名なのだ」
 
 寺院に教育のため預けられるのは、東方でも西方でも変わらない、か。ルキフェは内心で苦笑した。自分の場合は、寺院にしか
居場所が無かった。市井で生きていたならば産みの母の様に確実に「暗殺」されていただろう。歳の離れた『兄』が『自分の自慢の
精鋭たる親衛隊』を使い、陰から幾度と無く命を助けてくれなかったならば、その寺院で直ぐにも毒殺をされていたかも知れない。
 『兄』の度量の深さと情け深さは、決して『狂王』と綽名した奴ら風情などには理解できまい。『莫逆の友』と謀り『試練場』を
産み出したその真意すらも理解せぬ奴ばらになど。

     ――この迷宮は飽くまで『試練場』なのだ。真に『狂王』が目指すはあの王都を汚した憎き僣王ダバルプスの首――

ルキフェはふと思い至った。アヤメがジョウの素性に「詳し過ぎる」ことに。まるで暗殺者の調べ様だった。そう言えば、自分で
言っていた。執拗にその命を狙っていた、と。だが必要以上だ。暗殺対象の『詳細な』素性までは全く知る必要などないはずだった。
 
 「何故そこまで詳しく……? 」
 「私は『上杉景虎』、いや、『綾姫』様の御乳人子(おんめのとご)……では解らないな。乳母の子で、側近中の側近、腹心中の
  腹心なのだ。実は、ジョウは『長尾景虎』、『上杉景虎』を名乗るべき『本来の当主』だったのだ。それを『綾姫』様が無理に
  『家』を継いだに過ぎぬ。可愛い可愛い実の同腹の弟に、この世の生き地獄、戦国なる『修羅道』の世を歩ませたくない、とな」
 
 乳母。……自分の乳母は殺された。に本当の両親の素性を話し、母から預かった形見の『盾』を渡したあと、王の恥部を知る
者として。乳母の子は側近として最適だ。同じ乳を飲み、同じように育ち、同じように教育された、我が刎頚の友にして、学究上の同志、
ドゥマス。……その彼もまた生き延びた。彼が司教と善の戒律を捨て、裸体覆面のニンジャ『マスゥド』となったのも、おそらく『兄』の
密命と要請があってのことだろう。……ロー・アダムス。リルガミン王家とその連枝の一族を代々守護する、王の代理人たるニンジャ、
ホークウィンドの称号の襲名の準備だ。
 候補者は軍直属の訓練場の名簿から常に選別され続けている。トレボー軍の、それもその威名が近隣諸国を越え、大陸中に鳴り響く、
近衛隊の訓練場が一般市民や冒険者に解放される非常事態を演出する理由には『自慢の無敵のアミュレット』を奪われる『失態』が
丁度良い。親友の『宮廷魔術師』はそう嘯(うそぶ)いた、と『兄』は苦笑していた。

 『悪の魔術師になるのも悪くない気分だ、超過勤務の手当はしっかり頂くと笑って居ったわ! 知っては居ったが誠に酔狂な奴よ』

 そう零した『兄』の顔は心底、済まなさそうだった。無理も無い。奇矯だが清廉潔白極まりない親友に、リルガミン王家、いや国家、
いや世界の存亡の危機の一大事とは言え、永久に消えることの無い悪名をただ背負わせ、反逆者たる烙印を自ら捺してしまったのだ。

 『だから余の方も粛々と、征服欲に狂った愚かな狂王を演じるのがお似合いで、相身互いに釣り合いも取れて丁度良かろう? 』

――酔狂さと稚気と奇矯さでは『兄』も『彼』に負けてはいなかったことに、ルキフェは不思議と奇妙な満足感を覚えたものだった。

 「何と言うか……その……」
 「解っている。綾姫様は虎千代君より5歳年長、当時でもまだ子供よ。だが戦乱の世のヒノモトでは子供が子供のままで居られぬ。
  我が自慢の主君は『越後の竜』と世の人に呼ばれし大変な戦巧者であったが、その実の弟君たる虎千代君も『陣取り城太郎』の
  二つ名を奉られる戦上手であった。……見込んだ大名家の陣を借り、戦に参加するのだが、その大名家の帷幕・内幕を瞬く間に
  把握し己が意のままに乗っ取り動かし、果てには勝利させてしまう。そこがどんなに内訌が激しく、寡兵でも、どんなに弱兵でも」

 さぞや周囲の大人たちは驚いたことだろう。10歳位の幼児が、手足の如く兵を動かし、大人が面目を失うぐらいの手柄を上げ続ける
のだ。『兵と言う者は自分よりも確実に強い者に従う』とルキフェは『兄』から聞いていた。『最も、強いだけでは兵は心からは従わぬ』
とも。『なかなか難しいものだぞ、弟の貴様も早く還俗して余を手伝ってくれれば良いのだ。おお、そう言えば聞いたぞ、貴様の評判を。
……何かと助かっている。素人どもを仕込むその努力、余は生涯、恩に着るぞ』――恩を着せたい訳でも無かったが、あえて否定などは
しなかった。『人外のもの』と戦える者を増やす。来るべき決戦の日に備えるならば、少しでも戦える強い兵が多ければ多いほど良い。
それを率いる指揮官も足りない。近衛兵を充てるにしろ、『実際に軍を率いさせるまで、将才があるかどうか解らんからな、忌々しい』
と兄が酒盃を弄びながら零していたのを思い出す。『貴様にもあるやもしれん、還俗しろ還俗、なあ? 』と顔を逢わせる度に還俗の
件を勧めてくれるのは困りものでもあったが、嬉しい事でもあった。とにかく、ジョウの才能が稀有の才であることは間違い無いのだ。

   ――彼はここ、人外の悪魔や怪物どもを敵とする『狂王の試練場』でも見事に戦い抜き、生き残り続けているのだから――

 「それは想像できます。僕の所も含めて彼の助言、進言、苦言に助けられたパーティも多い。あの『灰燼姫』が堂々と己の道を歩み、
  今も生きているのは彼の御蔭でしょう。……彼女が不用意な恨みを飼う言動をしても、内々に色々『処理』をする手腕は見事です」
 「弱兵で鳴らした尾張の織田家など、『陣取り城太郎』の『陣借り』以後、あれよあれよと言う間に『京の都』に上洛を果たしよった
  ほどの強さを得たものよ。……織田家の御当主が我が綾姫さまの親しき友になり、堅固な同盟関係を築く切欠を作ってくれたのも、
  有り難い事ではあった。北は陸奥、南は薩摩、琉球まで追いに追ったり軒猿衆……その軒猿衆を撃退しつつ、己が書いた兵法書を
  持たせ生かして我が元へ報告に帰らせたが……私が止めても何人、涙ながらに自ら腹を切ったか、虎千代君は終ぞ知らぬだろうよ!」

 憎憎しげな表情をしてもアヤメの美しさは損なわれない。『凄愴』と言えば良いのだろうか? とルキフェは不謹慎にも思っていた。
女は怖い、と言うのはジョウとの共通認識でもあった。

 『シミアにも直接何度何度も言ったがなあ、口では許すだの何だの言うがな、あいつら女は細かい事まで全部覚えてて、根……いや、
  心の奥底に持ち続けるからな? 貴殿も重々、留意しておいた方が良い。俺は幸いシミア一人だけだが、貴殿は4人もだろう? 
  くれぐれも平等に扱うことだ。決して一人のみを贔屓するな。そいつが図に乗れば下手したらパーティが崩壊、壊滅し、貴殿が
  LOSTする憂き目に遭うぞ』

 これをわざわざ酒場で、ルキフェのパーティ全員の前で言うのだから、ある意味、度胸が据わっていると言うか御人好しと言うか……
ジョウの評判が『奇特』と評される所以でもある。その日より以後、途端にルキフェのパーティが『非常に円滑に』回り始めた。聞けば

 『ルキフェ様を死なせるわけには参りません、況してや、互いにいがみ合い続けるなど、御仕えする我等四人全員の恥です! 』

 との事だった。さらに聞けばその後、4人でギルガメッシュの酒場で会議を行い、絶対に互いに出し抜かぬ、ルキフェを絶対に困らせぬ
ことを誓い合い、誓紙にし、さらにその友情を深めたと言う。その日は『ルキフェ様のどこが好きか、どこが素晴らしいか』の告白合戦で、
他の客達や冒険者達も交えて、夜を徹してかなり派手に盛り上がったとも。――その代金は全部ジョウが先に払ってくれたと、固く口止め
されていただろう酒場の店主から、無理矢理にルキフェは『兄』の名を出してまで聞いたのだ。その後すぐ馬小屋に向かい『灰燼姫』と
天幕に居たジョウに礼を言うと、己の唇に右の人指し指を縦に当て『内緒な』と片目を瞑り、心に沁み入る、爽やかな笑顔を浮かべていた。
 そんな優しく先の読める男が、およそ刺客だろう『軒猿衆』とやらをを生かして還せば、後の事はどうなるかなど読めぬはずが無いのだ。
むしろ問題は、刺客を送り続けたアヤメの側にあるのではないかとルキフェは思ったが、アヤメにだけは嫌われたくないので黙っておく
ことにした。男の、いやルキフェの知る『兄』を始めとする武人の思考ならば、アヤメのやり方こそが責められ、ジョウに顔を遭わせた
途端に斬り捨てられても当然の、愚かな行為なのだから――ともあれルキフェは話題を変えることにした。

 「アヤメ、貴女が仕えていた公女・綾、いえ、上杉景虎公とは、ヒノモトではどう言う存在なのです? 」
 「それがしとしたことが! そこを話さねば異国人(とっくにびと)には解らぬのも道理。今は越後・越中・加賀・能登・越前嶺北・
  北信濃・甲斐・上野・下野・武蔵・相模・上総・下総・安房国を統べる、今のヒノモト国を顎で動かす9名の合議人たる太守の一人で
  あらせらるる。そして、我が命を捧げた偉大な主君よ。……綾姫様と呼んで良いのは乳母の我が母と私と虎千代君のみ。なんと自らの
  御子すらそうは呼ばせぬわ」
 「子、ですか? ……意外ですね、子を成したとは」

 アヤメが仕えた主君が『兄』と同じく諸侯位たる大領主と聞いたルキフェは直感した。これはアヤメへの『名誉ある処刑』だ、と。
アヤメがジョウに逢って、斬り捨てられず許されれば良し、そうでなければ止む方無しでそのまま遺恨は無くなる、と言う、アヤメに
とっては非情極まりない措置なのだ。それほどまでに実の弟を愛する姉が、他の男の子を孕み、しかも産んでいるとはルキフェには
意外の事だった。主君の事を語り、やっと笑顔を取り戻したアヤメがまた重々しい表情を見せる。ルキフェは見ていても飽きなかった。
アヤメの話は聞けば聞くほど『面白い』。――いつ書こうか、と思っていると知ったら、きっとアヤメは怒りつつも許してくれるに
違いない。

 「十二支と言う神獣が居ってな? 干支、と言うのだが、子(ね)は鼠、牛、虎、卯(う)は兎、辰(たつ)は竜、巳(み)は蛇、
  午(うま)は馬、羊、猿、酉(とり)は鳥、戌(いぬ)は犬、亥(い)は猪の十二の獣で構成される。これは時刻や歳の数え方など
  の12進法の用途で主に利用される。三番目の男子であった虎千代君の虎の次は卯なので卯松、存外の余禄で与六、と言う二人の
  子供が小姓兼弟子としてお傍に侍(はべ)り、御実城様……では解らぬな。我が主君の多大な薫陶を羨ましくも常に直接、その御身
  一身に受けて居られる」
 「デシ? ああ、師匠となった方(かた)の教え子のことですね。大陸東方やヒノモトではそう言う表現をすると聞き及びました。
  自らの弟や子同然の血族同様に扱い、教育を授けると言う東方の方針は、僕が友と切磋琢磨したカドルト教の男子修道院にも……」

 十二支の件は初めて聞いたが、弟子の件は伝来の書物やジョウに聞いた。家族や血族、いや、それ以上に預かった側が慈しみ、時には
己の子よりも手厚く扱い、師の自らが飢えても教え子には満腹になる位に食わせ、己の持てる全てを伝授すると言う、学究の徒ならば
理想極まりない関係だった。アヤメに少しでも己の、ルキフェの学のある所を見せたかった。『兄』も書物も皆も言う。男と言う生き物は
見栄の生き物でもあるのだ、と。だが、アヤメは深い溜息を吐いた。まるで言い難いことを無理矢理に吐き出す覚悟をしたぞ、と言わん
ばかりの大きい溜息だった。――美人の憂い顔はとにかく絵になる。一瞬、『兄』に頼んで宮廷画家に師事し絵や素描でも習おうか、と
思ってしまうルキフェであった。

 「そのデシは弟の子と書いて、弟子と読ませる。何かと聡いそなたならばもう解るな? 我等ヒノモト人では、この私すら騙された
  優れた言い回しだ」
 「弟の、子……? まさか?! ――実の、それも同腹の姉と弟の間の忌み子、ですか!? 」

 王族の醜聞にもよくある話だった。ルキフェの場合は同腹ではないがそれでも父を同じくする『兄と妹』だった。それが『ルキフェ』の
名の由来だった。忌み子がどういう扱いを受けるかは、自分の例を考えればよく解ると言う物だ。存在してはならない子供、親の手で闇に
葬られても仕方の無い、不義の子。しかし母はそれを承知で自分をこの世に産み落としたのだ。ニルダ神の神官としての意地だったのか?
それとも、兄たる王への愛ゆえか? 『兄』に聞いても、『――解らん。余は父上では無い。だが、人には獣になる時があるのだろうよ』
としか答えが返って来なかった。己の存在している理由、生きている意味を探す。ルキフェが僧侶、司祭を目指した理由の一つでもあった。

 「そうだ。わざわざ北条家に出向いて、弟を欺き御歳14で作った長男、忘れられずに一年後、また喜んで抱かれて余禄で授かりし
  次男の事よ。その事実を綾姫様御本人より聞き出すまで、大変偉く難渋したわ! たった一人で二人も見事に産み落とすとは流石、
  天晴れ、我が主君! 毘沙門堂に堂篭(どうごも)る日課を続けていたのはそれを隠すためでもあったとは、何たる深慮遠謀ぞ」
 
 アヤメによると毘沙門、と言うのはどうやら戦神のことで、綾姫はそこで数刻、一人で篭ることを日課にしていたと言う。差し詰め、
戦の神に仕える巫女、神官と言うべき存在でもあったのか、と、見たこともない母を思うルキフェは『女の強さ』や『女の想いの凄さ』
を改めて恐ろしく感じた。それならば、先に感じたこと、『ジョウを探すことは、体のいい、アヤメに対する名誉ある処刑である』と
言う認識を改める必要がある。ルキフェは乾く唇を舌で湿しながら、アヤメに聞くことにした。そのルキフェの舌遣いを見たアヤメが
顔を真っ赤にする。――その舌遣いや舌捌きで、何度あられの無い声を上げさせられたことか! いかんっ! ――濡れて来た――

 「アヤメは主君、公女・綾に、ジョウを探せ、と直々、かつ内々に命じられたのですか? 」
 「ヒノモトが虎千代君の策を用いて平定されてから、綾姫様は卯松と与六に父親の顔を見せたいと願い続けて居ったのだ。そのために
  私に罰がてら『御虎を探し出せるれば必ず妾(わらわ)が直々に柏木家の再興を差し許す』と条件を附けたのだ。大陸を流れに流れ、
  ここトレボー城塞都市で幸い、私はそなたに出会い『婿』を見出した。あとは虎千代君の事を奏上(そうじょう)奉(たてまつ)れば、
  柏木家は上杉家の家臣として再び見事に面目成って返り咲けると言うもの。――勿論、私がそなたの嫁になっても良いが、柏木家の
  再興は、一族の出世頭の私の責務なのだ。それを成せばあとは綾姫様の意向を除けば、ほぼ私の思念存念のままとなろう。――勿論、
  そなたを私の傍から排除しようとする者は誰であろうと私が許さぬ! たとえ綾姫さまの直々の御命であろうとも、一切聞かぬわっ! 」

 アヤメは早口にまくしたて、耳まで真っ赤にしていた。好きだ愛してるなど、普段からあまり言わないように心掛けていたアヤメだが、
この言葉はアヤメにとってそれを千回以上繰り返したに等しい、恥ずべき言葉だった。サムライにとって『我執』を露にする行為は恥ず
べき行為であり、東方人、特にヒノモト人の女はそれを厳しく戒められていた。それもこれもみんなルキフェが悪いのだ、とアヤメは思う。
顔を逢わせるたびに、愛しているだの好きだ手放したくないだのずっとこうしていたいだのと、よく飽きぬな、と思うほど繰り返すのだ。
ルキフェだけが特別なのか判別の仕様がない。何せ東方人、西方人を問わず――アヤメは『男』をこのルキフェ以外、他に識らぬのだから。

 「……アヤメ、先に謝罪して置きます。気に障る事を言いますが許して下さいね? ……ジョウを見つけたと、どう主君に報告する
  のですか? 手紙でですと多分、陸路だと三年以上、船便を使っても最低でも一年は掛かるかと……転移、マロールなら別ですが」

 転移、マロールを使える階梯には未だアヤメは到っていないのはルキフェにも話してある。言わばこれはルキフェの『自分を捨てるのか』
との婉曲な問いかけなのだ、とアヤメはすぐに気づく。ルキフェ自身は気付いて居ないだろうが、目が、あの普段、探究心や信仰心や信念に
満ちた目が泳いでいる。そうさせたのは自分なのだ、と何故か誇らしげな、浮かれた気分になるアヤメは急いでそれを振り払おうとする。
 我執厳禁、幸福は貪ってはならぬ! ――天が見ている―― サムライたる自我をアヤメは急いで取り戻す。女であってはならないのだ。

 「最初に、少し静かにして貰えるか、と頼んだのは、瞑想をするためよ。念話、と言う概念がカドルト教にあるかどうかは知らぬが、
  私と綾姫様と虎千代君はそれを使える。私と虎千代君の間は繋がらぬが、綾姫さまと虎千代君、私と綾姫さまの間は繋がっている。
  念話を行うには極度の集中と練氣、いや、練氣を超えた錬氣の修行が必須。あれは念話をするための瞑想がしたかっただけなのだ。
  ……疑念を抱かせて相済まぬ。私が抱かれて良いと信ずる殿御はルキフェ、そなたのみ。――大切な我が操もそなたに捧げたのだぞ? 」

 しかし、アヤメの心の制御は失敗した。まだまだ己が心の修行が足りぬ――アヤメは痛切に実感した。それもこれも操を奪った目の前の
ルキフェが悪いのだ。あれから自分は『おかしく』なった。まるで市井の女のように我執丸出しに、ルキフェの総てに夢中になっている。
探索に出ない間は、部屋に篭り切りで房事――男女の交合――に励むぐらいに『おかしくなって』しまった。言い知れぬ無念さに唇を噛む
アヤメに、ルキフェは純白のバスローブの袷(あわせ)を紐解き、なんと自らの男の印、男根を見せ付けてくる。顔に似合わず、雄雄しく
そそり立つそれの先端は、ようやく淫水焼けの兆候が見え初めていたが、綺麗な桃色をまだ、保っていた。

 「済みませんアヤメ――安心したら――僕の『もの』がこんな風に――硬く大きく――ほら――先の裂け目から雫まで垂らして――」
 「!!!! お、おお、なんと聞き分けの良い我が息子殿よ! これを見たら最早瞑想どころでは無いわ! 最早、辛抱堪らぬぅ! 」

 ルキフェを寝台へ押し倒し、バスローブを一息に脱ぎ捨てたアヤメは、間髪入れずに跨り、支えも無しに天を衝くルキフェの肉鑓を一息に
受け入れた。かはっ、と声に成らぬ声を上げたアヤメの姿に、ルキフェの肉鑓は昂奮に一層、中で堅さを増す。落ち着いたのか、アヤメが
ゆっくりと腰を動かそうとすると、ルキフェが奔馬の如く下から突き上げて来る。胸乳が揺れ髪が乱れ、アヤメはその快感に頭を掻き毟る。

 「これを! この硬魔羅のっ! 衝きのっ! 快さを知ればっ! ――女性(にょしょう)にとって、人の道や人倫など、二の次以下にも
  なるぅっ! 我が綾姫様もっ! 呆気なくっ! 実の弟御の魔羅狂いに堕するのもっ! あああああああああっ! 無辺なるかなっ! 」

 アヤメの泣き声にも似た快楽への告白を聞きながら、ルキフェは己が産まれた事実に対する疑問の答えを得た気がした。快楽には勝てない。
人間として産まれたのであれば、抗えぬ。己、ルキフェもアヤメもまた、人の子なのだ。ルキフェはアヤメを快楽で啼き喚かせるべく、今度は
腰を突き上げつつ、癒しのために緩やかにアヤメの膣内に円を描いた。――例え還俗してでも、己の女たるアヤメを守らねばならない、と。