――盗賊互助組合(ギルド)・城塞都市内・地下秘密調教場・最上階――

 勝負は一瞬でついた。いくら『氣』が使える相手でも、体術勝負ならばマッケイの得意中の得意だった。短剣を鞘に仕舞ったまま
戦ったので、ディルマには正体がバレてしまったかも知れないが、マッケイの動揺を誘うためだけに、護衛たちの護衛を遠慮していた
ディルマをひたすら狙ったことは許せなかった。だから今、四肢の関節を外し、護衛の首の気管のみを掴んで持ち上げ地獄の苦しみを
味あわせていた。体をのたうたせ、逃れようとする苦しい息の中、護衛が声を振り絞り、マッケイに向かい憎憎しげに言い放つ。

 「……とぼだまの、かだぎぃ! 」
 「そうか、僕の顔が見えない、か。……ディルマちゃん、この娘に快癒(マディ)、頼めるかな? ――顔の古傷も含めて、ね」
 「うん、マッケイくん! 手を離さずにそのまま押さえてて! 暴れさせると眼や目元あたりの再生の精度が落ちちゃうから! 」
 
 第一の護衛ユリ、第二の護衛スミレがディルマの周囲を守護し警戒しつつ、三人でマッケイと最後の護衛の二人に近寄って来る。
 最後の護衛、黄土色の装束を着た、ヒマワリと呼ばれたホビットの少女の覆面を剥いだ時、眼の位置に真一文字に走った刀傷が
マッケイの眼に飛び込んでいた。――その刀傷以外は、自分と良く似た顔をしていた――つまり、腹違いの妹だった。拙いながらも
『氣闘法』を使える才能を持った護衛は、この少女が初めてだった。ツヨシじいちゃんがわざと視覚を奪うことで、獲得させたのだ。
 
 「グゥ……? ヒマの目、見えるようになる? 」
 「そうよゲー。貴女自身、ディルマちゃんの治療の腕は体感したでしょう? 」

 マッケイの背後では、第三の護衛のチグサと第四の護衛のチカゲが、両手を取り合って固唾を飲んでこちらの様子を見守っていた。
第四の護衛、玄武の黒装束のチカゲは、第三の護衛、朱雀の柿色の装束を着たチグサの妹だった。なんとチグサは妹の前でマッケイに
『泣きの一回』の再戦を求めて来た。

 『チカゲ一人だと、明らかに貴方の勝利です。これでは勝負以前の話です。おそらくチカゲ自身はそれに全く納得しないでしょう。
  己が勝つ、いいえ、納得するまでやる、と言うのが私達、実の姉妹、チグサとチカゲが共にゴゥ師匠に教えられたことですので』

 チグサ曰く『二人で一人』で、装束を着替え、同じ黒装束で挑むことも条件に入れてきた。……呑む必要など全く無かったのだが、
ディルマの懇願やユリの溜息、スミレの説得、チカゲの無言の涙目などの圧力に耐えられなかった。勿論、二人を一蹴し、危なげなく
勝利はした。……要は双子による同時攻撃の連続技だったのだが、他の者の相手ならともかく、マッケイの眼には見分けが付き過ぎた。
姉のチグサの方が若干、一刹那ぐらい全てに於いて動作が早いのだ。これを見切れないなら、疾(と)うにマッケイは迷宮で死んでいる。
 
『お前達ぃ! やること為すこと全てに於いて根本的に修行が足りないんだよ、修行が! 技の精度を上げろ、精度をさぁ! 』 

 二人同時に自信満々で攻撃してきたチカゲの頚動脈のみを狙い清(す)ました短剣の一撃で刎ねて出血多量で戦闘不能にさせた、
マッケイが止めるのをまたディルマは敢然と無視し、大治、ディアルマでの治療を行い、ギルド首領たるマッケイ、白虎のユリ、
青龍のスミレ、朱雀のチグサの4人に続く、新たな第五の護衛、玄武のチカゲを獲得した。チカゲの場合も、姉のチグサの時と同様、
ディルマの要らぬ説教が無かったのは大変に有り難かったが、無言でディルマに体をやたら擦り寄せてくるのを見て、別の意味で
マッケイは不安になった。他の護衛達が停めても停めても繰り返し、まるで子犬か子猫を思わせる、尋常では無い懐きっぷりだった。

 『ゲー、いえ、チカゲが私以外にこんなに人に馴れるなんて初めて見ました。ゲー、ユリ姉とスミレが睨んでるからその辺で、ね』
 『チグサぁ、双子のアンタが言って聞かないんじゃさぁ、ディルマちゃん本人にガツンと言って貰うしかないんじゃないかなぁ? 』
 『さすがユリ姉、流石クノイチ。かぁ姉の代わりに自分がスリスリモミモミやるんですねわかります。汚い流石ニンジャ、汚いっ』
 『……スゥはさらに汚い。リィ姉よりルゥへの点数稼ぎ狙い、露骨』

 マッケイはやたら姦しくなったディルマの逃避行に頭を抱えたくなったのを苦笑とともに思い出していた。誰か、ギルドの他の者達が
断固、速やかな阻止に来ても良さそうなものだったのだが――この護衛のクノイチ達以外、何故か姿を見せない。定期巡回の借金持ちの
カント寺院の坊主ぐらいに出会っても良さそうな時間であり、この騒がしさなのにもかかわらず。きっとディルマの運の為せる業だろう。
 ともあれ、大陸中央の国家の古い伝説の四神獣、四神の二つ名を持つニンジャ、いやクノイチ達に信頼と無償の守護を受ける敬虔な僧侶
『四神遣い』が誕生した。ここから無事に生きて帰ることさえ出来れば、姉のシミアの威名たる『灰燼姫』のような、トレボーの城塞都市に
おける数々の生ける伝説達の仲間入りは堅いはずだ。

 「ゴゥ師匠、ホント信じられないえっぐい無茶な事するなあ……。ヒマワリの視覚を無理矢理に奪って気闘法を習得させるだなんて」
 「羨ましいなら羨ましいって素直にそう言えば? ユリにゃ根気が要る『氣』の修行は出来ネェ、って言い切られて修行即やめたくせに」
 「スミレ、あんたあとで正座(アンタ、シュリョウニ、アタシノシュギョウギライヲ、ココデバラス?! ニンジャタル、ココロガマエガゼンゼンナッテナイッテ、アトデオコラレルノ、アタシジャナイッ!!) 」

 ――第一の護衛ユリ、第二の護衛スミレに左右から押さえ込まれ、マッケイに首を掴まれ強制的に床に寝かされたヒマワリにディルマが
近づき、その目元に手を翳(かざ)すと、眩い暖かな緑光が溢れ出す。快癒、マディがヒマワリの引き攣れた古傷にもすぐに効果を顕した。
最後の護衛たる娘の顔の、真一文字に深く刻まれた無惨極まりない傷痕が無くなり、両瞼が開き、つぶらな瞳が天井のランプの光を反射し、
煌く。

 「……とお、たま? 」
 「僕の顔は、忌々しいがよく似ているからね。娘のお前が間違えるのも無理は無い。僕がアイツの息子だってのも知らなかった、か」
 
 最後の護衛、ヒマワリが両手を伸ばし、マッケイの顔を触ってくるが、明らかに『殺氣』は無いのでヒマワリの為すがままにさせた。
何故、ツヨシ自らがディルマを連れ込んだ盗賊どもを始末しなかったのか? ――マッケイに対する忍者の最終試験と判断すべきだった。
 己の敵を、明らかに懐柔出来ないだろう者をどう扱うか? そのためだけに、この娘、ヒマワリの視覚を奪い、別格として訓練させた。
だが、ツヨシは知らずにいたのだ。……前首領がいつも変装して己と逢っていたことに。……いや、気づいていて『実の娘』を預かった。
マッケイとは『別口』の『正式な人質』として、だ。何せツヨシじいちゃん――いや、エル・ゴゥのやること全てには無駄な事が一切無い。
その正体が、戦乱の東方の忍者だったと聞けばむしろ残念でも無く当然だった。無駄な事が即、死に繋がる時代で生き残ったのだから。

 「にぃ……たん? 」

 ――東方の戦乱の酷さは、シミアとジョウとの3人パーティ時代の時に、ジョウがその物語を語る技術の一本のみで、広場や酒場で
飯が食えるのではないかとばかりに面白可笑しく、劇的に語ってくれた。子が親を殺し、母が娘を殺し、親が息子を殺し、孫が祖父を
殺し、兄弟姉妹が一族郎党を巻き込み互いに殺し合う。ただ『家』や『血族』の繁栄や存続のためだけに。尽くされる無数の権謀術数、
死してもなお守られた誓約、何の見返りも無い、正義のための、名も無き者たちの尊い献身――。聞き惚れて探索が進まず、止むを得ず
早々にギルガメッシュの酒場に帰って来て続きをシミアと二人でわくわくして聞いていると、他の聴衆をあれよあれよと増やしてしまい、
七日七晩ぐらい無駄に物語を聞くのに費やしてしまったこともある。ジョウの語る物語の話題の豊富さと来たら、下手をしたら千夜一夜を
費やしても終わらないだろう。一番マッケイの心に残ったのは、あるヒノモトの北の国の大名に生まれた姉弟の『綾と虎』の物語だった。

 『ヒノモトを出て大陸に渡る決意をした弟の『虎』は、たった一人の同腹の姉『綾』への決別の手紙と共に、自筆の、秘策の巻物を
  添えて贈ったのだ。『これが姉上に贈るそれがし……いや、『御虎』の最後のヒノモトの総国獲りの極意『虎の巻』に御座る』と――
  『虎』が人質に送られ、自ら刺客を撃退し続け、ヒノモト諸国を流浪し、遠く琉球の港に行き着いてもなお姉に書き贈り続けていた
  戦略書はおよそ『天』の巻五十巻、『地』の巻五十巻、『竜』の巻五十巻の百と五十巻に亘る。ヒノモトの統一はその最後の巻物、
  『虎』の巻の一巻と、姉への決別の手紙でようやく完成したのだ……。各地の9名の有力大名による、入れ札で選出された盟主の
  3年交代の回り持ちの連合統治でな? そして戦乱の世は終わった……と聞いた。大陸に渡った俺は後の事は全くとんと知らんが――
  って、弟の『虎』は全く報われないだろうがって? そんな泣きそうな顔するなよシミア、――いいんだ。もう終わった『物語』だ。
 『虎』はヒノモトに平和が訪れ、民の皆の顔に再び笑顔が戻った事で充分、心が満たされたろうさ――。おい皆、何だそのしけた顔は? 
  俺はジョウだからな! 『灰燼姫』の相棒のサムライ、ただの東方人のジョウだぞ? ――今のは飽くまで俺の想像だ、想像! 』

 ――確かあの時は、シミアが辛そうだったからかな? ジョウのアレが静かに語られる時は確実に、シミアの『女の月のモノ』が始まる
周期だった。あの時のシミアは暗殺避けも兼ねてか、暇さえあれば毎朝毎日毎晩迷宮に通い続けて、ただただ闘い続け、玄室の怪物どもを
無闇矢鱈に虱潰しに駆逐し続け、一向に探索行を休もうとしなかったからなあ……。全く、なぁんであんなに熱心だったのかねぇ……?
ルミアンやカイやディルマちゃんの三姉妹がここに来てからは、渋々、定期的に休みを取る様にはなったんだけどさ。……僕の妹、か。
こいつが。不思議な気分だ。ツヨシじいちゃんの時と違って、なんかこう、なあ……実感が無いと言うか、なあ……。放たれる『氣』は
僕と同じなんだが。

「そうなるかな。母親は違うだろうけれど、お前の放つ氣が――」

 マッケイの脳は突然稲妻に打たれた。そうだ。実はこの娘、最後の護衛、ヒマワリに逢う前から強い『殺氣』が読めていた。ならば、
『氣』を習得する前の自分はどうだったのか? シミアやジョウに対する無意識下の『殺氣』を隠し通せていたのか? ――答えは否。
最初からバレていたのだ。特にジョウには。ならば何故、暗殺者たる自分、マッケイに『氣』を操る術を懇切丁寧に教えてくれたのか?
何故、今の今までこんな底抜けに間抜けな、簡単な事に己自身は全く気づかなかったのか! 当時の己の無知無力蒙昧さ、恥ずかしさ、
情けなさ、ジョウの懐の広さ、寛大さへの感謝、己への言い知れぬ憎しみなどが綯(な)い交ぜになり、マッケイの眼から涙が自然と
溢れてくる。

 「にぃたん、にぃたん、にぃたぁぁんっ……! 」

 その涙を最後の護衛、異母妹のヒマワリは誤解したのか、全快為った大きな眼から涙を流し抱きついてくる。自分に似ている、と言う
ことは前首領にも似ている、と言うことでもあるのでマッケイは反射的にブン殴りたい衝動に駆られたが、あわてて胸の内で押し殺す。
自分はあの『悪の戒律と見紛うばかりに己の欲求・衝動に忠実過ぎる』シミアとは違うのだ。その場の空気を読むコツはジョウに学んだ。
周囲の人間、居並ぶ護衛たちや、特にディルマの寄せる『期待』を絶対に裏切ってはならない。生まれた信頼関係を無に帰しては為らぬ!
 
 ――もしここでブン殴ったら台無しは必至だ――特にディルマは、もう泣いて生き別れの兄妹の『再会』を喜んでいるのだから――

 しかし、ヒマワリの手がマッケイの着衣のベルトを外して下袴と下着を下ろし、男根を露出させた時点でマッケイはついに胸の衝動を
軽い拳骨としてヒマワリの頭に一発のみ具現化させた。護衛のクノイチたちがその破格の大きさに瞳と口を丸くしたり真っ赤になったり
下を向いたり息を呑んだり口笛を吹いたりと五種五様の反応をする中、ディルマだけは若干照れて少し早口になりながらも、マッケイに
説教するのを忘れなかった。マッケイくんはヒマワリさんのお兄ちゃんなんだから、妹にはもっともっとやさしくしないと絶対駄目だよ、
やっと逢えたんだから、と。

        ――出口は近い。絶対に生きて帰ってやる。マッケイは飽くまでも気を抜かず、闘いに備えていた。