淡いランプの光の中、通路の壁に映った小さい子供の影と、柿色の装束を着た忍者の影が交差した。
短剣が布と肉を斬り裂く鈍い音にディルマの眉が痛ましげに顰められる。――忍者は素手だった。
               
               即ち、マッケイの勝利だ。

 ……話し合えば、誰も傷つかなくてもいい筈なのに。裏の事情を知らないディルマにとっては、
この盗賊互助組合(ギルド)の秘密地下調教場を守護する護衛達がただ、無残に倒された後に、
殺されたままに死体を放置されるのは、良識のある善の僧侶として耐えられなかった。
 勿論、この自分を騙して連れ込み、死言、マリクトで「処理」した汚らしいあの塵屑どもは別だ。
この護衛たちは己の任務や責務を果たした末に傷つき、斃れるのだ。決してあの塵芥の屑のような
「こすい小遣い稼ぎ」が目的ではない。……善の僧侶の「魂の在り方の区別」は事の外、厳しい。

 「……僕の、勝ちだ」
 「ああ、私の……完敗だ」

 短剣に血振りをくれ、止めを刺すまでもなく瀕死の忍者を見下ろすホビットのマッケイの眼は、
瑠璃の玉の如く冷たい光を湛えている。……こんな未熟さで良くここまでのうのうと生きて来れたな、
と言う侮蔑と軽蔑が如実に顕われていた。勿論ディルマには見えないように計算し尽くされた上で、だ。

 「気をしっかり持って! 今すぐ助けますから! 」
 「な……ディルマちゃ……! 」

 瀕死の忍者にディルマが駆け寄り、流血し内臓がはみ出た腹部に手を当てると、眩い緑光が瞬時に
溢れ出る。快癒、マディの発動だ。マッケイは舌打ちと歯軋りと忌々しげな怒りの表情を必死に殺す。
……護衛の治療はこれで三人目で、3回目だった。さすが善の僧侶である。相手の治療をしたあとでの
悪意の発動など、全く想像もしていない。

 「もう、安心ですよ! わたしの快癒、痛みから取れるって姉様たちに凄く褒められるんですから!」
 「……あのねぇ、ディルマちゃん? 僕が負けたら君、捕まるんだよ? 性奴隷だよ? 解ってるの? 」
 「助かるかも知れないひとを、ただ見殺しになんて絶対に出来ません! 」
 「治療したあと、もしそいつに君が捕まったら僕、嬲り殺しにされるかも知れないのに? 」
 「それは全く心配してません。だってマッケイくん、まだ無傷だしすっごく強いもの! あと!
  もし、またさっきのようにわたしが捕まっても、またマッケイくんが絶対に助けてくれるからっ」

 ディルマの満面の笑みと全幅の信頼をまともに正面から受け止めたマッケイは思わず照れてしまい、
赤面してしまう。……あの最初の護衛の奴があんまりにも女色の欲を出しディルマに迫って追い込んだ
のがいけないんだ! 自分が苦労してディルマを人質に取られ苦戦しているフリを嫌々ながら続けていると、
アンタがあたしのものになればソイツを見逃してもいい、なんてディルマの胸を揉んで耳を舐めて言うから、
カッチーん! と癇癪が頭を通り越して鶏冠に来てしまい、つい、本気の一撃を以って仕留めたのだ。
 その後即座にディルマは護衛をカドルトで蘇生させて、マッケイに涙ながらに懇々と説教をしてくれた。
相手はすごく綺麗なエルフの女のひとなんだよ、そんな綺麗な顔を真正面から短剣の柄で無残に叩き潰すなんて
酷すぎるよ、と。

 ……そのときすごく綺麗と言われた第一の護衛当人は、目元を赤く染めて頬に手を当てて浮かれて喜んでいた。

『……流石、首領。師匠、ゴゥ様譲りの技の冴え』

 覆面を自ら全て剥ぎ取り、唇だけ動かしマッケイに向けて護衛は語りかけた。やはり今回も女忍、
クノイチだった。人間の女、17歳。髪は黒のショートボブ。体型は胸は小さめ、尻も張ってはいない。
……まだ男を識らないな。この護衛もまた処女だ。マッケイは瞬時に値踏みした。
 
   ツヨシじいちゃん、何を考えてこの娘達をこんな卑猥そのものな所の護衛になんか……! 

 『ここが迷宮ならお前は腹を切られる前に僕の手でもう5度は死んでいる、今後精進するんだな』

 マッケイはまたディルマには見えないように護衛に唇だけで語りかける。護衛の娘が悔しさからか、
泣き出しそうに唇を噛んだ。ふとマッケイは背後に意識を向ける。微かな氣が二つこちらに来る! 
 氣を読み操る術は、ジョウに迷宮でじっくり、必ず役に立つからと親切に、まるで噛んで含めるように
呼吸法から実戦で教えられ鍛え上げられた。……この氣は……第一、第二の護衛のものだ。マッケイは
臨戦態勢から一段階下げる。やれやれ……護衛に加勢するでもなく、あいつらはただ戦闘を見ていただけか。
 氣を操る術をジョウから全て学んだあと、訓練でふと氣を使ったことでそれに気付き、ひどく驚きながらも
喜び溢れた様子の師匠のツヨシから即座に氣を使った技や奥義を伝授された。何でも氣を操る才能がかなり
無いと出来ないから、技の伝授をあきらめていたと言う。東方のホビットの忍者一族である母親はともかく、
何せ父親は「ただのホビットの馬の骨、ちんけでへたくそな陰謀好きの盗賊」なのだから。

 「あーあ、ちぃ姉も負けたかぁ」
 「んーと、チグサが駄目なら、チカゲも……おっといけない、脱走阻止、もう駄目かもわからんね」
 「!! スミレっ! ユリ姉まで! どうして……! 」
 「ちぃ姉と同じ……しゅ(スイマセンッ)、襲撃して死ぬところをディルマちゃんに助けられたの」

 第二の護衛スミレと第一の護衛ユリがのんびりとした様子で第三の護衛……チグサに話しかけるのを
ディルマはニコニコして聞いている。ここで三人揃って、君を今すぐ人質に取るかも知れないんだよと
怒鳴りたいくらいのマッケイだが、激発しそうな感情を急いで殺す。まだ、纏めて相手が出来る段階だ。
 ……6人以上護衛が居る場合、現在装備し着ている盗賊のもろもろの武器防具をいっぺんに脱いで破棄し、
ディルマに隠していた、己の忍者たる正体を露見させてでも対応しなければ危ういかも知れない。

 「あ、みんなで一斉に捕まえるってのなら、いち抜けね? この娘(コ)、私の命の恩人だもの。
  守るわ、ずぅっと。これからも」
 「この娘(コ)相手じゃなきゃみんなで一緒にっ! って絶対思うけれどねー、ユリ姉に同じ。
  ひたすらこの娘の守護しちゃう」
 「ユリさん、スミレさん、ありがとう! 」

 ちなみに第二の護衛、スミレの時はディルマが狙われたので容赦無く右腕を捉え捻じり、脱臼させた後に
両手で相手の頭を掴み、両眼に親指を深く突っ込んで失明させ、のたうち回らせて戦闘不能にしたのだが、
ディルマと来たら快癒、マディで回復させて、マッケイくん、ホビットの可愛い女の子が相手だよね? と
また泣きながら、そんな残酷なことしちゃ駄目だよ、と切々と説教をしてくれた。可愛い女の子、と言われた
スミレはぽぉっと頬を染めてディルマをじっと熱っぽく見ていたのを覚えている。

         むすっとして第一の護衛ユリがスミレを睨んでいたことも。

 「その若さでマスターレベル越えの僧侶、ね。ディルマちゃんはどんな修羅場を潜ってきたのかしら」
 「そりゃ『灰燼姫』の末の妹だからね。盗賊の僕と同じパーティで、ワードナの迷宮の最終階の常連さ」

 マッケイは陽気さを装った発言の裏で、いいから黙って見逃せ今回は聞いたとおり特別だ、いいか
わかったか首領の命令だ、頼むから黙っててくれ、首領に刃を向けた件も不問に付すから、と第三の
護衛のチグサに向かって小さく唇だけを動かし伝える。チグサが一瞬眼を瞠(みは)り目を丸くして驚くと、
深く頷く。さすがツヨシじいちゃんの手塩にかけて鍛えた部下だけあって、頭の悪い間抜けでは無かった。

 「ああ……それでなの。互助組合(ギルド)の存続の危機よね。前なんて、ロードとサムライのたった
  二人相手にほぼ壊滅状態まで追い込まれたし。拠点制圧や情報戦での城塞都市の敵認定に組織分断は
  完全にロード一人に、市民住民相手の広報や損害賠償に懐柔、諜報・引抜き・暗殺・毒殺等の暗闘を、
  事もあろうに裏の戦いに疎いはずのサムライ一人にボッロボロにされて、もうゴゥ師匠ったら前首領の
  対応の下手さと拙さにありゃ駄目に過ぎるぜ、あんな破壊力抜群かつ陰謀大好きな姫将軍と、おつむが
  キレッキレな軍師相手に正面切って戦って勝とうと思うこと自体が最初から間違ってる、と匙投げるし」
 
 今ならわかる。前首領の最後にして最大の切り札は、二人のパーティに潜入させた暗殺者のマッケイだった。
組織がやられるがままの無策に見せていたのは二人の油断を誘う、必要不可欠な犠牲だったのだと。その方法は
なんら間違ってはいなかった。が、もう少し暗殺者の人選を熟慮すべきだった。その致命的な脇の甘さが最後に
己の、前首領自身の命を奪ったのだ。……己の父親だからこそ、奴が自分にしたことがどうしても許せなかった。

 「そんなことがあったんですか!? 」

 ディルマがくりくりした目をさらに大きくして驚く。……イチイチ反応が素直で可愛く、純情に過ぎるのだ。
ここまで純な娘は今時、珍しい。街の子供でももう少し、世間に擦れ生意気かつ小憎らしくなっているものだ。
姉達や両親に可愛がられ、周囲に愛され育ったのだろう。マッケイは己の貧民街での路地裏の生活を思い出す。
 与えられる生活を送れば、自らもまた与えることが当然となる。路地裏での幼少期の生活はその真逆だった。
相手から奪わなければ己が全てを奪われ殺されるのだ。人間の世界でありながら、獣の理屈が通った世界だった。

 「あったんだよ、ディルマちゃんがここに来る前に。もうその戦(いくさ)は手打ち、いや実質、互助組合
 (ギルド)の負けだけどね。あんなことが再び起こったら今度こそ組織が吹き飛んじゃうんだ。聞いた噂だと
  王様も不手際に怒ってて、二度目は無いってさ。まったく、どこの半端者の盗賊崩れがディルマちゃんを
  ここに連れ込んだんだかね? あれを少しでも知ってたら誰もこんな馬鹿で阿呆で間抜けな事は絶対に
  やらないよ? ……色々、命が惜しいからね、みんな」

 チグサが震えだす。事の重大さも理解したのだ。これでこの護衛に科されていた不文律、『掟』の停止命令が
不完全ながら了解された。何せ、ギルド首領マッケイの直々(じきじき)のその場で直(ちょく)のお達(たっ)し
での撤回だ。これ以上の強制力のある命令は組織には不文律の『掟』以外無い。あとは受けた相手の思考次第だ。

           飽くまで『掟』に従うか、それとも首領の命令を優先するか? 

 ……自分なら首領に従わない。『掟』に殉ずるだろうとマッケイは自分のことをを棚に放り投げて身勝手に思う。
灰燼姫と御付きのサムライの件は、自らの生命を不確定要素のせいで優先させ、中止しただけだ。上役であった
ツヨシ、いや当時エル・ゴゥの内諾も得てある。事後処理だって完璧で、身内からの不満や暗殺対象の二人に
自らの正体が露見するようなボロなどは全く出していない。……今現在、マッケイが生きているのがその証拠だ。

 もしジョウにバレていたならば『灰燼姫』に仇為(あだな)す者と看做され、確実にもう命を落としているはずだ。
 シミアについてはもしかすると『全て解っていて見逃してくれている』のかも知れない。パーティを組んでいた
からこそ判ることがある。迷宮で揉めたあるパーティをたった一言で男女関係のもつれを引き起こして解散に追い込み
終には構成人員全てを『埋葬:LOST』させた洞察力と底意地の悪さと執念深さは筋金入りだ。味方にはかなり甘い。が、
完全に敵に回ったと判断したならばじわじわと追い詰めそして……! マッケイは身の毛が総毛立ち、考えるのをやめた。
ディルマを救出できなかったら確実に『今や我が身同然たる盗賊互助組合(ギルド)』にその恐るべき強大な闇が牙を向く。
 
 「シミア様とカイ姉様、今頃、強制労働でジョウさんと一緒だからいいけど……。ルミアン姉様に帰りが遅いって
  怒られちゃう……。ルミアン姉様、今頃どうしてるかなぁ……ああ、今度こそ『お仕置き』されちゃうよぉ……」
 「ど、どんなお仕置きかなぁ〜? ちょっとユリおねーさんに、お話ししてみない? ねっ? (ハァハァ)」
 「泣くまで理詰めで、迷惑かけたひとには謝罪と恩返しを必ずしなさい、ってお説教にぃ、酷いときにはお尻を……」
 「お、オ、お尻をっ!? お尻をどうされるのかなあっ?! このスミレちゃん、とっても興味あるなぁ! 」
 「おねーちゃあーん! ごめんなさぁい! ディルマ、次は気をつけますぅ! ちゃんと忘れてませんからぁっ!」
 
 思い出した。三人パーティ時代の迷宮での小休止の時、シミアは言った。『受けた恩は石に刻め。恨みは水に流せが
妾の信条だ』と。ジョウは素直に『お前はサムライの心が解るのか! 』と感心していたが、水に流すの真の意味を
あとでこっそり自分だけに教えてくれた。『相手の飲む水の中に密かに流すのだ。そうすれば相手は弱ってやがて死ぬ。
なあマッケイ? どんな時でも用心は欠かせぬ、肝に銘じよ』……いや、訂正だ。シミアには確実に自分の、マッケイの
正体がバレていた。宝箱(チェスト)の罠解除・開錠技術の提供、パーティ加入の恩を以って、ジョウには全て黙って
見逃してくれていたのだ。……ジョウに正体をバラさなかったのは、きっとジョウの爽やかな笑顔を曇らせたく無かった
からだろう。……なんであの性悪の権化がジョウだけには恋する純情そのものの乙女になってしまうのか、永遠の謎だ。

 「なるほどぉ……そりゃしゅ……(スイマセンツイ)手練(しゅれん)の盗賊が慌ててこの娘の救出に出張るわけかぁ……」
 「スミレェ、アンタそれいい加減苦しくない? (シュリョウノクチ、ワズカニヒキツッテルカラ、ウッカリガスギルト、アンタ、シマイニハ、マタヤラレルヨ?)」
 「なんの事です、スミレさん? マッケイくんはここで一番の下っ端って自分でさっき言ってたんですよ? 」
 「あは、アハハ、ごめんね、腕と年季って一致しないから、この互助組合(ギルド)(スイマセンスイマセンスイマッセンッ、シュリョウッ!!)」

 マッケイは二人を一瞬鋭く睨む。ディルマは熟練の僧侶なので読唇術はお手のものなのだ。絶対にディルマにだけは
見られないようにやれと釘を刺しては置いたのだが、どうもこの娘達は、どことなく性根の部分で忍者らしくないのだ。
マッケイはふとツヨシじいちゃんの告白を思い出す。「自分の娘を厳しく躾け過ぎて逃げられた」と。その後遺症で
「女相手には」わざと緩くしたのかも知れない。……自分の時は全く違っていた。教えに背こうものなら本気の拳も
蹴りも容赦無く食らった。自らその真意・真髄を悟るまで何度でも同じ訓練をやらされた。首領になった今ならわかる。
その厳しさの全てが、己が嫡孫たるマッケイをこよなく愛するが故だと。

                          ただ、生き残らせるためだと。

 「チグサがあっさり一蹴で残りは二人。脱走阻止はここで一番強いあたしを最初に負かしたんだから望み薄かもね」
 「そんなことありません! チグサさんだって、わたし、触ったんですが凄く鍛えた、固い腹筋をしていました! 
  腹筋がそんなになるまで鍛え続けたひとが、ユリさんがあっさりと簡単に言うほど弱いわけがないんです! 」

 ユリに食ってかかるディルマの訴えに、チグサの眼がついに潤んだ。……なんとまた一人、熱烈な女信者を増やしたか。
ディルマに4人目の護衛が誕生した瞬間だ。まだ気は抜けないが、これでディルマだけは安全を確保できるだろう。
マッケイは喜び半面、これがあと二回続いてくれることをディルマのためにカドルト神に祈る気分になっていた。
 何せ失敗は出来ない。色々なモノや色々な者の命が、自分の鍛えた技と頭と双腕と双肩と双脚の働きにかかっている。
綱渡りは疲れるが、無事に渡り終えたあとの解放感が癖になる。――灰燼姫と御付きのサムライ暗殺指令の時のように――。

 「私……頑張ったのに……頑張って……今まで……鍛えて……だからっ……」
 「うんうん、チグサさん、現れたときからもう、凄く綺麗で静かな動きだったもの! 今でも充分強いよ!」

 その強いニンジャ相手に何故一介の盗賊であるマッケイが勝利し続けているのか? ディルマはまだそこに全く
気付いていない。幸か不幸か、シミアの指示とジョウの許可で前衛にもたびたび出たことがあり、迷宮最深部での
マスターシーフの一撃の強さを実感・体感し、既に知っているからでもある。

 「ちぃ姉泣いたの初めて見たぁ……ちょっとぉ! ちーかーいー! 近すぎーっ! 」
 「チグサが勝てない相手って居なかったもの。あたし相手の訓練でも自分が勝つまで何度でもやるんだから。
  汚いさすが忍者汚い、しつこいを地で……そのナデナデはあたしも欲しいなぁー、ディルマちゃーん! 」
 「私……私……頑張ったもん……精一杯……出来る限りのことっ……毎日っ……毎日っ……毎日っ……」
 「ちゃんと褒められたことが無かったんだねチグサさん……。辛いよね、苦しいよね……努力が認められないのは」

 ……口を押さえてむせび泣くチグサの背を優しくさする、ディルマの真摯に気遣う姿に、ユリとスミレの二人が
嫉妬の眼を向けているのを呆れながら眺めつつ、マッケイは気を抜くことなく第四、第五の護衛の襲撃に備えていた。
 ニンジャ装束の色から予想はついていたが……白のユリ、濃紺のスミレ、柿色のチグサ……西の白虎、東の青龍、
南の朱雀に対応する。五行と四神に基づくならば残りは黒、北の玄武と黄、中央の黄帝だ。ユリの言を信じるならば
まだマッケイはディルマの前では盗賊のままでいられるだろう。だが、相手は忍者だ。決して油断してはならない。

                     『己を含めた全てを疑え』。

 ……それはマッケイが師匠であったツヨシから一番最初に学んだ忍者の教え――実は一族の最終奥義の秘中の秘の秘事であり、
一子相伝の口伝――であった。自らの力や全てを疑うことで、これが真に自分の限界か、と問い続け、それに果敢に挑み続ける
ことでさらなる高みへと己を押し上げ続け、孤高の存在へと至り世に君臨させるのだ。そして口伝にはさらなる続きがあった。

                  『鍛え上げた己と己の眼力を信じよ』。

 生き残り続ける中で、粛々と培ってきた己の力だけは嘘を付かない真実の、最後の武器だ。『過信はするな。だが信じてやれ』。
マッケイが二つの教えの解釈に頭を悩ませていたとき、ツヨシじいちゃんがポツリと言ったのはその言葉だった。本当は自ら自ずと
悟らせたかったのだろうが……今はとても感謝してもし切れない。その言葉があったから、今、揺るがず堂々と立っていられるのだ。
 何も求めず、何も要らず。あるのは己が役割と責務を果たす満足のみ。ニンジャの魂は、マッケイの中に脈々と受け継がれていた。



                    ――開拓村・強制労働受刑地にて――

 「んァッ……ああああああああああああああっ! 」

 胎の中に、ジョウの圧倒的な『氣』が大量の精液とともに射ち込まれるのが解る。そうだ。この男は今、自分だけの雄なのだ。
自分がエルフだろうが、相手が人間だろうが関係無い。一匹の淫欲に飢えた雌が、浅ましくも、逞しい雄を貪っているだけだ。
『氣』。ジョウがマッケイに教授するのを細大漏らさず盗み聞き、隠れてロード、君主職たる自分も実践してみたが――すぐに
ジョウに露見した。『まだ「錬氣」が足りないな、シミア。だが出来るとは驚いた』と言い『もっと精進するといい』と爽やかに
笑ってくれた。思えば、マッケイがどこか怪しい、と最初に気付いたのはジョウだった。

 『シミア……マッケイには暫く気をつけるといい。『殺氣』が前面に出過ぎている。勿論杞憂……おっとすまん通じないか、
  俺の取り越し苦労であれば良いのだが、どうもチラチラとあからさまに見えてな? なんと言うかこう……気に食わんのだ』

 だから『氣』について教えたと言う。もし暗殺者なら、体得する段階で自ずから『己が間抜けさ加減』を悟るだろう。それに
気付かないなら『ただの物好きな盗賊』で『愉快なホビットの友人』だと。……妾(わたし)には腹芸は出来なかった。敵か味方か、
旗色の鮮明定かざる者など飼って置く事自体、不安材料だった。幸い、妾にはジョウに黙っての、盗賊ギルドへの単独での重要
拠点等の襲撃にて、度重なる呪文や剣や殴打や足蹴りや握り潰しを伴った、容赦も慈悲も置き捨てた、苛烈酷烈極まりない数々の
拷問の実施により、命乞い、畏怖、慰撫、降伏した、男女問わず上位から末端までのギルド構成員から詳細に聞き出し、精査した
これまでの数々の情報が揃って……!?

 「ひァんっ! アウ、AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッ! オおぉOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHォ!!!」

 未だ萎えぬ肉槍で、降りた子壺の入り口を突付き回されたのだと脳が理解する前に、妾はウォークライにも似た、獣の叫びを
放っていた。目の前にモリトの電光よりも眩い光がチカチカと飛ぶ。……あまりの快感に、妾の脳が情報の処理能力を超える、と
悲鳴を上げているのだ。……私の視覚は、開拓民の女達の羨望と嫉妬に満ちた表情と、男達の情欲に満ちた性獣染みた姿を映して
いた。……それと同時に、脳に記憶されたままの、過去に経験した忘れがたき出来事も何故か二重写しになり、甦る。

 『灰燼姫様が敵である俺に、何の用だ? 俺がエル・ゴゥだって知ってて逢いたがるとは、おめェさん、気は確かかい? 』
 「ああ、確かだとも! ジョウは、妾のものだ! 妾だけのものだ! 誰にも渡さん! 渡してたまるかAHHHHHHHHHHHHH!! 」
 『そんなに俺が宿の井戸にこっそり入れたモノがお気に召したのかい? 誰にも害の無ぇ、凄く良く効く精力剤なんだがなぁ』
 『妾はジョウの守護対象者なのだ! 妾からジョウを引き離し、女の暗殺者を差し向ける策であることが丸見えではないか! 』 

 そうだ、丸見えだ。私の陰核の皮が剥けて勃起している様も、ジョウの男根をぬっぽりと咥え込み、潮を間欠泉のように吹いて
いる恥ずかしい姿も。子供の頃、小水を乳母に促されたるが如くの姿で抱えられて、背後から立ったまま衝かれ続けていることも。
乳首が亢奮に勃起し続け、痺れてしまっていて、何か垂らしたような感覚もある。乳房が揺れ過ぎて少し痛いのだが、それすらも
快感のひとつとなってしまっていることも、全部全部全部、ジョウに抱かれて乱れすぎてしまう、今の妾の隠すべき痴態の全てを
民達に見られているのだ! ……なのに、なのに、どうして、体の、膣の昂ぶりが、締め付けが、震えが、こうも止まらない―― 

 『わざわざそいつを直接俺に言いに、俺の配下だけ選んで無事に帰してくれた、か? ――俺と首領の共倒れを狙って、だろう』
 『ジョウから『殺さず・犯さず・傷つけず』の三つの禁を守る殊勝な盗賊の一派が居ると聞いていてな。尊敬に値する難敵には
  妾とて最低限の敬意は払う。況してや、仲間を逃がすために殿軍を勤めし勇者ならば尚更の事。その勇者が格別の敬意と畏怖を
  以って語る男だ。妾のジョウと比するべき命の価値を持つ者と見込んだまでよ。……妾の話す言葉がお前に理解出来るか? 』
 『おめェさんの綽名の灰燼姫、灰燼のあとに鬼ではなく、姫が付くのが謎だったが逢って見てわかったぜ。至極当然だぁな。
  生まれ持った高貴さと上品さがぷんぷんすらぁ。転職したそこらの俄君主が一朝一夕で身に付けた、偽物めいた気品と嫌味さ
  じゃあとても敵(かな)やしネェ。……よく今までこの調子でおめェさん、生きてこれたな。闇討ち、され放題だったろ? 』
 「常にジョウが傍にいる! 如何なる時にも互いに守られ、守ってきた! 妾の大切な半身ぞ! 手放すことなど思いも寄らん! 」

 背後に回した、ジョウの首を抱く腕にも力が篭ると言うものよ! ……あの腐れクノイチがジョウを抱き締め過ぎて、思わず殺して
しまったと言う言い訳も、解る気がする。……力の制御が出来ない。妾の自慢の、理性も、知性も、体面も、この快楽の前には全て……!
 
 『迂遠な話は妾は好まぬ。だから聞く。マッケイと言うのはお前の……ふむ、もう良い。いや済まぬな。ジョウの申す通りだ。
 「氣」は全てを教えてくれると言うのが良く解った。……かなり近しい存在のようだな? お前の手の者なのは確実に解っては
  いたが、こうまであっさりと素直に教えてくれるとはな! いくら表情や態度を取り繕っても、だ、お前自身の体全体が……』

 ……無と化してしまう! そのため、開拓民たちに掛けた静寂、モンティノの効果が切れてしまったのか、エルフ族たる妾の
聴覚は、開拓民の男達の昂奮に満ちた息遣いや生唾や固唾を呑む音、女達の怨嗟の歯軋りや悲鳴や泣き声をしっかり捉えてしまう。
 そうだ。拙くはあるが『氣』の察知能力と『エルフ族の繊細な聴覚』。これを併用すれば、相手の心理など簡単に読めてしまう。
背中越しにも、耳にも伝わる、ジョウの心臓の鼓動が心地良い。まるで妾のそれと拍子を合わせたが如く、轟いているかのようだ。
ああ、熔けていく、妾と、ひとつに、ひとつに、ひとつにぃ・……ああ、膣がざわめく、歓んで、悦んで、勝手に締め付けるゥゥン! 

 『ジョウがお前の大事なマッケイに、その『氣』の使い方を伝授している。そしてある程度、使えるようにはなった。が、だ。
  間抜けにもまだ己の発する『氣』に気付いていない。その意味が解……したようだな。『氣』の存在を解すると言うことは
  貴殿は真実は東方のニンジャと言うことだな? 己の吐いた嘘を見破られると言うのは愉快な事ではあるまいが、隠すな』
 『……足の裏の毛まで丸見えな、増上漫なガキを殺さないで居てくれて有難う、と俺ァすぐに泣いて感謝すればいいのかい? 』
 「ああ! 泣いて感謝するがいい! この妾に! 喜ぶがいい! 今、ここにこうして存在している妾の姿にぃぃぃぃんっ! 」 

 また! 子種がッ……放たれたぁっ! 嬉しい……嬉しい……嬉しいよぉっ……! 嬉しすぎてぇ……もうっ……! あ……!
あああっ?! 駄目、駄目、駄目、だめぇえぇ! 出ちゃう! 洩れちゃう、ゆるんじゃうっ! 駄目っ! 民の、民の前なのにぃ!
抜き差しの音に混じった、細かい放屁の音が!? やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだぁ! このままでは、このままではッ……!  

 『――小便どころか糞まで漏らしそうだ。灰燼姫、いやさ姫将軍、おめェさん、戒律は善なんだろ? 本当の本気で正気かい? 
  盗賊互助組合(ギルド)を自分の名誉と存在に掛けて潰し、都市を浄化するってェ啖呵を切ったのは当のおめェさんだろう? 』
 「妾は嘘は吐かん! 吐くものか! この期に及んで吐くものか! 妾はジョウを心の底より愛しているぅッ! だからっ……」

 ジョウのためになるならば、妾が例え不利益でも不本意でも、道理や道義に反しようと恥を掻こうと如何様にでも、なんでもする。
ジョウが妾のために黙ってしてくれた事、度重なる助言、苦言、献身、擁護、守護に報いるためならば、そう……な ん で も――

 「……いいのぉ、いぐのぉん! もう、でちゃう、でちゃうぅぅ! ひんぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっ! 」
 
 終わった……嗚呼……やってしまった……。 何でこう……自分の『粗相』の音は…・・・殊更大きく聞こえ、殊更に臭うのだろうか……
もう二度と、ジョウの前だけでは『粗相』を絶対にしないと、神に誓ったはずなのに――神よ、これはこれまでの妾への天罰なのか――

 『互いに手を組もうと言うのだ。マッケイは首領の息子と聞く。ならば次代の首領にすれば『氣』を教えたジョウが命を狙われずに
  済むと言うもの。「自分の間抜けさ」ジョウに言わせれば「シャカの掌で遊ぶソンゴクウの無様」とやらにいずれ気付いても、な』
 『そのジョウって奴ぁ果報者だ。知恵と度量と度胸と雅量に溢れた女君主が惚れ抜く侍(サムレェ)か。……わかった。その話、乗ろう』
 「シミア……」

 そんな辛そうな顔をするな。妾なら心配無い。そなたさえ笑顔で居てくれるなら、妾の体面など屁でも……また、だ。体の力が
抜けて……屁臭い。幻滅し――てないだと?! この状態で接吻は、接吻は卑怯だろうに! また、また嬉しくなって勝手に体が―――!

 「こんな汚れた汚い妾を――嫌わないで――許して――ジョウ――」
 「俺のほうこそ、だ。シミア。済まん、大事な俺の主君のお前に乳や潮や小便や糞まで洩らさせても、まだ萎えない。むしろ――」

 体は言葉より雄弁を誇る。嗚呼ジョウ、そなた、なんと硬く太く密に、妾の濡れそぼった心と体の隙間を見事に埋めてくれるのだ!
締め付け続ける妾の膣に、まったく痛みすら覚えぬその猛り! 流石我が自慢の男、サムライよ! んんぅ? 見ろ! 見ろ! 見ろ!
フハハハハハハッ! 遂に民達が妾らの交合の有様に中(あ)てられて、そこらここらで所構わず盛り、番(ツガ)い出しよったわ! 
堪らぬのぉ! 愉快痛快! 恥を掻いた甲斐があったと言うもの! これぞ真の『宴』というものだ! 

 「いいぞ、ジョウ。何度でも、その奔流、受け止めてくれる! 妾は――そなたの、そなただけの自慢の君主なのだからな――」

 ……いくら誰に罵られようとも、蔑まれようとも、全く構わぬ! ジョウさえ妾の傍に居てくれれば――妾は他に何も要らぬのだ。



                               ――迷宮にて――

「あアンっ……おやかた……さまぁ……!? 」

 突然、背後に気配を感じたミオは、飽きることなく続けていた自慰の手の蠢動を止めた。転移、マロールで直接この9階の玄室に
飛んでくる術者の『氣』は……! ミオは快楽を求め続け、余韻を未だ訴える脳髄から瞬時に理性を振り絞り、すぐに振り向いた。

 「ミオさんっ! 」
 「し、司教様?! どうしてここが! ってそれは探魂(カンディ)使ったとして……貴方、転移が使えたのですかぁ?! 」
 「ディルマが、ディルマが帰って来ないのです! 門限の刻時を三刻も過ぎたと言うのに! ただ居場所があんな風に……」
 「お、落ち着いて、落ち着いてください! い、今抱きついちゃダメです! ちょ、ちょっと待ってくださいったらぁ! 」

 ミオは抱きついてくるルミアンを押し止めながら、急いで『導引』を行う。頭の8割が自慰で性欲に染まっている今現在、下手に
抱きつかれたらそれこそ今や親しい友人として憎からず思うルミアンと『絡み合い』『舐め合い』を始めかねない。それはまだ早い。
やるなら『お屋形さま』、ジョウの前で無ければやる意味がまだ薄い。ミオは鼻から大きく息を吸い、溜めて、口からゆっくりと長く
息を吐く行為を5回繰り返す。――この『導引』が『氣』を操る全ての基本となることをミオは『巫女』時代に学んでいた。

 「ミオさんも、探魂、カンディをお願いします! 私の術の間違いであれば良いのですが……! 」
 「な、何故ただのニンジャである私がそのような呪文など……」
 
 ミオは動揺を隠そうと『導引』をまた3回繰り返した。誰にも明かしていないはずだった。幼き『巫女』の時代にプリーストスペルを
全てマスターした『神童』と呼ばれていたこと、そして、それからその神社がニンジャ組織のただの隠れ蓑だと明かされ、クノイチと
して修行させられたことも。その御蔭で数々のヒノモトでの暗闘を生き延び、組織を抜けて抜忍になってもここまで勝ち続け、生き残り
続けていることも。――殺すか―― ニンジャとして訓練された非情さがまずミオの頭に浮かぶ。――いやまだだ。ではなくて! 
絶対殺してはいけない相手で、友人で司教だった。絶対の自分の秘事を洩らす心配は無い――まずは見抜いた理由を聞き出さねば―― 
ミオは自らの気、湧き上がった『殺氣』を落ち着かせるためにまた『導引』を行った。 

 「シミアからジョウさんを寝取ったことをあの子から直接聞いています。私はシミアの異母姉。あの子が生まれるまでは正嫡たる
  当主の教育を受けていたのです。あの子の巡らす策略・思考・行動……誰が最初にその手解きをしたか? ――それが私です。
  あの子を含めた私の妹達、シミア・カイ・ディルマは、私には隠し事など一切出来ません。そう私自らが『躾けました』から」
 「ちょ、ちょっと待ってください、それがどう……」
 「ジョウさんに静寂:モンティノと大盾:マポーフィック、宿のシミアにマニフォとマツ、バマツを数回、密かに掛けなければ、
  あの子の持つ優れた『聴覚』を逃れる術はまずありません。そして迷宮での貴女は、密かにカルフォを使っていましたね? 」
  
 ミオは舌打ちしたい衝動に駆られた。そうだ。メイジブラスターだけは引っ掛けたくなかった。愛するジョウ、お屋形さまが、数回
己の手で八つ裂きにして殺して、路上に無惨な屍骸を晒しても飽き足りぬあの外道君主、灰燼姫の『下手糞極まりない、雑な』治療を
喜んで受ける様など、予(か)ねてよりの念願だった『晴れて表立っての』ミオ本人のパーティ初参加の日に、絶対に自分の目の前で
見たくは無かったためだ。

 「決定的だったのはフラックとの戦闘中、シミアを庇って石化したジョウさんの腕にマディを掛けたこと。……あの子とディルマの
  二人よりも早く気づいた私が掛けようとする前に治療が既に終わっていました。貴女がフラックの囮として前に出る際、ジョウさんの
  石化した腕を踏み台にしたその一瞬で治療する早業、並の術者にはまず不可能でしょう。そして最後の証拠は、あの子、シミアに
  わざと最初の死の段階でカドルトの失敗をさせ、カント寺院に行かせたこと。呪文での蘇生の失敗率、寺院の儀式の成功率を知って
  いての行為です。――私は他ならぬ、貴女、ミオさんだからまだ許しているのですよ? その死の段階での蘇生の失敗の事を――」

 ミオは戦慄した。一歩間違えてしまっていれば、ルミアンと再び迷宮で遭った瞬間に、怨敵と看做されて問答無用でティルトウェイトを
連発されていてもなんら不思議ではなかったのだ。闇に潜んでいつも見つめていた自分も、ジョウが常に傍に居なければ、シミア相手に
死言:マリクトの詠唱を思わず試みてしまっていたぐらいだ。その位、迷宮での失敗や探索者間の恩讐や怨恨と言う物は個人の心の中に
残るものだ。それが生命に関わるもの、己の得意とする分野、領域ならば殊更・尚更のこと――!

 「妹達の誰も、階梯の認定の遅い司教たる私が既にメイジスペルとプリーストスペルのマスターであることを知りません。知っているのは――」
 「我がお屋形さま、ジョウさんのみ、ですね? 」
 「貴女が長女たる『沽券』と『誇り』のために、と、あの方は喜んで私の無謀な修練に付き合ってくださいました。勿論、妹達には黙って――
  もうお解りですね。私がミオさんを今だに「咎めない」わけが。――そうです。貴女のあの子に使った手段は、その時の私と全く同じ方法
  なのですから――」

 ミオはシミア憎しに凝り固まった当時の自分を罵倒し、殺したい衝動に駆られた。全くの想定外だったのだ。似非盗賊と外道君主の
監視さえ怠らなければ心配は無い、と思い上がっていた。慢心するべからず。当時ヒノモトで幾度と無く戦った、老ニンジャマスター
とその一族の忍軍との暗闘でこの身に思い知った教訓のはずだった。――己に敵う者などいない―― 一番の敵は他ならぬ、己自身の
傲慢だった。ミオはまた『導引』を行う。怒りが引いて行き、冷静さを取り戻す。気づくと……ルミアンが泣いていた。妹達に黙って
『密会』を続けていた自己嫌悪によるものだろう。自分以外の罪の告白、告解を聞き続ける司教が、心を許せる友人に初めて行った
『告解』であることが過去、『巫女』であったミオにはすとん、と理解できた。ああ、あの時の自分もそうだった……!

 「――解りました。探魂:カンディを司教様――いえ、私の友人、ルミアンのために特別に使いましょう。ただし――」
 「ええ、私だけが知っているジョウさんとの全ての出来事を話すことが、貴女への報酬です。これで貸し借りは無し、でしょう? 」 
 「お互いに秘密、握っちゃいましたものね。絶対に裏切れない堅固な同盟関係構築ぅ! って奴です。――では―― !? 」
 
 あの似非盗賊、どういう心算か! 寄りに選って灰燼姫の身内を地下調教場になど連れ込みおってからに! 折角掌握した盗賊互助
組合(ギルド)を自分で潰す気か! 主君の主君たる灰燼姫の身内、いや、今や同志たるルミアン司教の妹に手を出す不心得者は滅殺
あるのみ! 何よりも誰よりも我が主君、『お屋形さま』の留守を任された自分、このミオに対する挑戦である! ディルマ殿と一緒に
居るとは此方(こちら)に取っては誠、好都合よ! その素ッ首即座に刎ね飛ばしてくりょうぞ! 首を洗ってそこで待って居れぃ!  
 
 「城塞都市の中に居る、ですね。しかし、私には何故か地下2階北西に居る、と続きが――」

 ミオの脳髄はカンディを使った瞬間、怒りに沸騰した。『導引』を深く一回のみ行う。すぐに効果は表れ、頭が冷えて脈拍も正常に
戻る。『巫女』時代の幼き頃から今も継続している修練・訓練の賜物だ。隠行、奇襲、暗殺、遁走……幾度と無く役に立ってくれた。
 ただのニンジャの訓練の中の『導引』では脈拍までは戻せない。あの仇敵、何度も何度も命を掛け、殺しの技や忍術を競った、
封魔一族の忍軍の頭領だった、凄腕の老ニンジャマスター『封魔の小太郎』こと『猿(ましら)の剛(ゴウ)』でも遂に出来なかった
位の難易度なのだ。修行だけではなく、持って生まれた生来の才能も最後にモノを言うのが、『氣』の修練の道の難しい所だ。

 「司教様! シュートを降りて城へ転移しましょう! 数室移動しますがその方が呪文回数を節約できます! 急がないと! 」
 「ミ、ミオさんっ?! 一体何が見えたのです!? 」
 「今から行くところではそうですね……私をチヨ、と必ず御呼び下さい。盗賊互助組合(ギルド)では何があるか解りませんから」
 「盗賊ギルド!? でもどうしてディルマが……! 」
 
 耳年増でその手の情報に敏いルミアンでも、やはり盗賊の生業には疎いようだとミオは安心した。知らないことがあると言うのも
時にはいいものだ。もし知っていたら――ルミアンは灰燼姫の姉だ。問答無用で街中でティルトウェイトを使って、新築なった歓楽街
一帯どころか、市街区一帯を地上から吹き飛ばしていた。真名サナダ・ミオ、『望月千代女』の三代目を継ぐ者は、驚く司教を軽々と
抱き上げつつ、玄室の扉を蹴り開けた。

                          ――新たなる闘いの予感とともに――



               ――盗賊互助組合(ギルド)・繁華街詰所 兼 地下調教場入口――


 「……なんてこった、も少し早めに名簿を見とくべきだったぜ……! まさか若がこの地に居らっしゃったとは……」

 エル・ゴゥことツヨシ、元封魔忍軍頭領『封魔小太郎』こと『猿(ましら)の剛(ゴウ)』は、迷宮探索者登録機関から届けられた
名簿を調べてほぞを噛んだ。盗賊ギルドの半竹連中が束(タバ)に為っても勝てないのは当然だ。この自分の一派ですら、良い様に
手玉に取られたのも仕方ない。相手が悪すぎた。……昔仕えた相模国の北条家に、越後国の長尾家から送られた『人質』の虎千代の
時から、年齢一桁の時からその頭脳は冴えに冴え亘(ワタ)っていた。筆の墨痕も鮮やかに、優美な楷書で書かれたその名は――

 「登録名、北条城太郎影虎……城太郎で『ジョウ』か……『御実城様』と本来ならば長尾の御家で呼ばれるべき御方が、なぁ……」

 人質として送られた虎千代に、半ば監視、半ば護衛として付けられたのが当時、息子に代替わりするため半隠居状態へと移行していた
ツヨシだった。初対面から振るっていた。『隠れずとも良い。まずは礼を言う。私を狙った長尾の軒猿どもを始末してくれた礼を、な』
尋常ではない『氣』の使い手でもあった。その時のツヨシは隠形の術を使っていたはずなのだが、その瞳は真っ直ぐ自分を向いていた。
そして、あの、見る者全てを魅了する爽やかな笑顔で『やられてしまった』のだ。――組んでいたもう一人の『ニンジャ』もともに。
 
 『なんと、二人か。一人は……女性だな? もう忍ばずとも良い。二名とも、我が前に出よ。私が許す』
 『……親爺殿……! これはいったい……』
 『世の中には生まれつき【天に愛されし者】ってのが居る。この若さんはその類の御人、云わば竜種って奴だ』

 そう、あの笑顔に娘のセイはやられたのだ。人外の化生たるニンジャを『人』に戻してしまう天性の才能、この人のためなら死んでも
構わねぇ、テメェの命でも何でもくれてやるって気にさせてしまうあのサムライの清々しさはまさに『ニンジャ殺し(スレイヤー)』
だった。年季を積み、充分に修羅場も潜った自分が呆気(あっけ)なく殺られたのだ。それより若い、しかも娘ならばその先も――

 『そなた、名はなんと申す? 』
 『セイと申します! 』
 『この馬鹿! 何考えてる! 』
 『あ……』
 
 そしてまた若が『ニッコリ』だ。……なんて言うか寂しげなんだが、良いんだよ、と言われているような、なんかこう……なあ……
こっちが済まなくなるような切ないあの笑みを向けられると、それ以上その場で、何もキッツいことが言えなくなっちまうんだわな? 

 『今の名は聞かなかったことにする。長尾の軒猿どもの流儀も私は弁えている。忍者は真の名を名乗るべからず、だな』
 『ええ、まあ……ご配慮、感謝致します。ほれ、やり直しだ、名乗れ』
 『封魔一族のフウ……です』
 『そしてお前が先代の封魔の長、今は猿(ましら)の剛(ゴウ)か。これから先、苦労を掛けるぞ。……姉上の側近の一派の者が
  あれ一回で諦める訳が無い』

 事実、その通りだった。軒猿の衆の奴ら、あとからあとから狂ったように刺客を送り続けて来やがった。御蔭でセイの奴の腕が
上がる上がる。殺しや実地の術に関しては、俺の自慢の息子どもの誰よりも腕を上げちまったぐらいに、な。慢心するな、てのが
土台、無理な話だった。さらにあの若ときたらなぁ…… 

        ツヨシの唇が、懐かしさに綻んだ。――楽しかった。ただ、楽しかった。あの頃は――

『こらフウ! お前、何若さまの御膳食べてんだ! 』
 『ただの念のための毒見だ、剛。許せ』
 『許せ、じゃないでしょう若! だいたい毒見はもう厨房であっしが……運んだのはフウ自身ですぜ?! 毒なんか……』
 『ならば、私が食べたあとの食べ残しだ』

 若ったらまたニッコリ笑って、鰹節のかかった青菜のお浸しの皿取り上げて、なんと一口で平らげるんだ。……恨みがましそうに
俺を見るんだぜ、セイがよぉ……。そんな意地汚く育てた覚えは無ぇんだがなぁ……。しっかし、我が娘ながら拗ねた顔もなかなか
可愛いもんだ。忍者らしく無ぇ、コロコロ表情が解りやすく変わる正直極まり無ぇ奴だが、そこが若のお気に入れられたんだろうな。

 『お浸し、菜っ葉一皿しか食ってないじゃないですか若! ったく、忍者が贅沢憶(おぼ)えたら台無しで仕様が無ェでしょうに!』
 『それは違うぞ剛(ゴウ)、古来唐土(もろこし)にはな……』

 何でも、質素ばかりで贅沢の味を知らないと、贅沢を餌にされるとコロリとやられるって例えを一つ一つ古典から若に説かれるとだ、
こっちが悪い気がなんかして、本気で怒れなくなっちまう。何より美味しい贅沢な膳を食ってほわぁっとしてる娘の顔見ちまうと、な。
本当、幸せそうな顔してんだよ。白い姫飯に、具が豆腐と若布の丸大豆赤味噌と京風麹白味噌の合わせの味噌汁、ご禁制の鮎の塩焼き、
香の物はなんと若が直々に仕込んだ大根の塩漬け、トドメが若が長尾家時代に預けられてた寺から餞別に貰った上質の茶と来たもんだ。
粗食で済ましてるニンジャが口にしたらひっくり返っちまう豪華な飯だ。……北条家の殿様でも食えないシロモノなんだよ。普通はな。

 『人質の身で、このような御膳を頂くわけにはいかぬのでな。氏康殿の心遣いは嬉しいのだが……『城太郎』の名を頂いただけで
  充分ぞ。小田原城下随一の者、優れたサムライとなるように。いつまでも虎千代のままでは辛かろうと……。お優しいお方よ……』

 サムライ、武家ってのは普通は粗食が常なんだが、若の場合は『身分と境遇と魅力』が北条家で同情と特別扱いを受ける原因だった。
本来ならば長尾の当主も狙えて要求もできたのに、あえて人質を受けて、であってカネ離れもいいし威張りもしないし顔も頭もいいし
第一に『強い』。一度セイがヘマこいて刺客を通したとき、『氣』でそいつを頭から臍までぶった切ったからな? 『両断成らなんだ
か。まだまだ修練が足らぬわ、さらに精進せねば』7つの歳でそれだぜ? 長尾家ってぇのはどんな教育を若にしてたんだかなぁ……

 『それはそうと、フウより聞いた。武田の透破衆に難敵が居ると。私は暇を持て余している故、その対策を練って書に記した。
  字は親爺殿なら読める、と聞いたので、フウに私の手習いがてら、文字漢籍を学ばせている。余計なことをしたならば、許せ』
 『若ぁ〜〜〜〜〜〜』
 
 学が必要な忍者、ってのは限られてるわけでしてね、って言わなくても全て事情を知ってるのが若の小憎らしいところでなあ……。
早くセイを危険な自分の護衛から外し、情報収集や分析に回せ、と迂遠な催促してんだということはもう痛いほど解ってたんだよ。
 だがセイ自身が外れるのを嫌がってた。……つーかなぁ……。絶対に出来ネェ仕事を任して、これが出来たら続けさせてやると餌を
ブン投げた。あの糞生意気かつ糞忌々しい、『望月千代女』を何とか出来たら続けさせてやるよと冗談半分でセイに言って置いたらだ、
あろうことか恥も臆面も無くあいつ、若を頼りやがった! ……きったねぇよなあ、いつも女って生き物はよぉ……ええ……?

 『飛び抜けて衆に優れた者は、必ず属するその衆に疎まれ憎まれてもいる。……長尾の御家で、私や姉上がそうだったように、な』
 『親爺殿、あたしに任せてよ! ……なんか、これまでの話聞くだけでもそいつ……どうしても他人のような気がしなくてさ……』

 そうだ。千代女とフウ、いやセイの境遇はそっくりそのままだった。代替わりした千代女の奴はいつも一人働きで『多大な戦果』に
『過大な戦禍』を上げる『特別な忍』だった。セイの奴は息子どもではどうにもならん『化物』相手に、俺の都合がつかないときに
俺の名代で動く『稀代のクノイチ』に成長していた。……おつむの方、っつーか忍びの心得的なモンは若のせいで半人前だったが。
いや、若も懇々切々と古典の例や軒猿の教えをセイに度々話していたんだが、あいつ、真剣に若の顔しか見てなかったからなぁ……。
俺も色々とあいつに諭したんだ、諭したんだよぉ……! なのにあの馬鹿娘と来たら……! 

           ――ツヨシの視界の中の名簿の『北条城太郎影虎』の文字が悔恨の涙で滲む。

おめぇは小人族でちんけな忍びなんだ。若は大和族で立派な侍で、下手するとこの北条家を継ぐかも知れネェ御人なんだぞ! 』
 『若は人間の命の価値は同じだ、ってさ。身分だか種族だかは等しく無価値だって、長尾の家に居た頃に寺でお坊様にね……! 』

 女の面を殴ったのは、仕事以外でこれが初めてだった。手前の女房や妾(めかけ)にすら手を上げなかった俺が、娘の顔をだぜ?
 そりゃおめえなぁ、おめぇの御蔭で、あの女狐、『望月千代女』を透破衆から抜けさせてなんとこっち側に引っ張り込めたのは
大手柄中の大手柄だ。だからって、その埋め合わせの報酬が『若の初穂』を頂きたい、だぜ? 若はまだ9つだぞ9つ! 当の
てめぇは小人族だから、大和族の見た目で行けば若と同じ位か少し上ぐらいには見えるがな、16だ! 16!

 『……今しか……今しかないんだよぉ……頼むよ親爺殿ぉ……』
 『いいや聞けネェな! もう駄目だ、おめぇを若の警護から外す! これはゴウタ、今の長の方から命令として下して貰う! 』

 そうだ。セイの奴、千代女と関わったことで『クノイチ』の真の修行内容を聞きやがったのがその報酬を要求した理由だった。
俺が手元に置いて鍛えたのは殺しと『表の術』だけだ。何にも知らないセイはそいつが当たり前だと今の今まで信じ切っていた。
……さぞかし苛烈なヤツを聞いたに違いない。何せセイはまだ処女、乙女だ。せめて初めては好きな男と、って思い詰めるわなぁ……。

 『やだ、やだ、やだぁ! やめてよ親爺殿ぉ! 親爺どのぉ……! 頼む、たのむからぁ…… 』

 でも駄目なんだ。若の相手は『特別に居た』んだ。何せ軒猿の衆から突然渡りを付けられ、ご本人様が御自ら俺の前で頭下げて
『御虎の閨房の所作は妾(わらわ)が直々に教える。妾も初めてなので同じ初めて同士。丁度、主の都合も良かろう。――しかと
頼んだぞ』だぜ? 本気の度が違わぁな? 実の弟の命をただただ救うために泣く泣く同じ平氏の末裔である北条家に人質に遣り、
権力を万全にしてから、意に従わぬ家臣団どもを征伐して己に一本化、それからさらに強固な同盟を結ぶためにまた北条家から
『養子にやったはずの自分の弟を当主の己の婿として改めて迎え入れる』完璧な策だ。何せ全ての事情を知ってる北条家には完璧に
利益しか無え条件なんだからよ。――お優しく慈悲深いウチの殿は眉顰めて怒ってたがな。受けたら北条の家の大恥だって剣幕だ。
 若が自分でわざわざ通称の城太郎の後の『名』を【影虎】って名乗ったのも、氏康の殿には痛切に、心に沁みてたんだろうな。

 『城太郎当人の心を少しは考えたことがあるのか、あの娘は?! 傷付けられた少年の心に、またも新たな深い傷を付けるか! 』

 ともあれそのためだけに本来の本家本元の長尾の家や姓まで捨てて、今は零落(おちぶ)れ果てた代々関東管領やってる上杉の姓と
家督と道具・家紋一式を貰った――いや、ありゃあ多分無理矢理に脅し取ったな――ぐらい本気で【血を分けた、同じ母を持つ弟】に
異常なくらいに『懸想』してやがった。

 ……わざわざ弟に名を譲るためだけに長尾景虎、今は上杉景虎ッてェ、堂々と髪以外、男装して男名乗りを名乗るぐらいにな? 

 その戦っぷり、勝ちっぷりの見事さから附いた綽名が「越後の龍」と来たもんだ。その御人がセイ、おめぇの歳より二つも下だ。
どだい勝てネェよ。覚悟が違いすぎらぁ……! 

  ――ツヨシの顔が泣き笑いに歪んだ。そいつをちゃあんと話して置けば、あるいはセイの奴も諦めたかも知れんな――。
 
 『……猿(マシラ)の、恨みは無い、とは言わないが、友のため、封魔の里抜けの駄賃代わりにちくと私と戯れて貰うぞ』
 『千代女、テメェ、そこ退きやがれ! こいつぁ親子の問題じゃねぇ、封魔一族としての忍びのケジメの問題なんだよ! 』
 『私が忍びを続けた挙句に出来た、たった一人の友の夢! この千代女、この一命に代えても必ず果たさせるまで! 』

 まっさか里抜けて、一人の普通の女に戻る修行を唐土に渡ってでもやる、なんて根性持ってるとは、流石は俺の娘だったわ。
俺の押さえのためにあの千代女になんと『築いた友情を以って』頼むたぁ、若直伝の謀略、ニンジャ殺しの技の冴えだった。

 『てめえ……その面……まだガキじゃねぇか! そんな奴に俺達が今まで散々にやられてたってのか?! 嘘だろ、おい!? 』
 『……覆面を剥がれたのはこれで2度目よ。1度目はフウだがな。やるものだな、猿(マシラ)の? 引き際か、さらば! 』

 と、見事に二人に封魔の里を抜けられちまった間抜けっぷりを晒した俺は、すぐさま追っ手となって大陸に渡る羽目になった。
千代女はそれ以来逢っていない。どこでどうしているか終ぞ知らないが、まあ、今でも悪運強くきっと生きているに違いない。
 ……何せこっそり親の俺だけに、セイの行き先を唐土、大陸だ、と書置きを残してくれたぐらいに優しい奴だったのだから、な。
自分の覆面を取った御褒美だ、と面憎い書き方をしやがってたのがカチンと来たが……息子どもには絶対に追うなと頼んで置いた。
敵う訳が無いし、何せ娘のたった一人の忍び、それもクノイチの親友だ。殺すにゃあ忍びネェよ。……こちとらも忍者なんだが、な。

           ――ツヨシは深い溜息をひとつ長々と吐き、名簿の閲覧を続けて行く。

 「登録名マッケイ、盗賊、歳は28、……って、城塞都市の探索者ならそうなるよなあ。産まれたのは若より後でも……」

 大陸に渡ったあとに、城塞都市にたどり着き、やっとの思いで見つけたのが『マッケイ』だった。……最初は襲ってきたので
当身食らわして調べてみると……偉く高い素質を備えては居たが『盗賊』だった。一も二も無くすぐさま『盗賊』から『忍者』の
要件を満たす訓練で年齢5歳増加。戒律が中立だったので『盗賊の短刀』を手に入れ、忍者にさせて基本的な忍者の修行を伝手で
城の訓練場の『力場』まで借り、経験を満たすための修行をしてやって、その無茶でマッケイの年齢が普通5歳で済むところの
3倍のおよそ15歳余りが経過した。見つけたときの歳が一桁だったから……歳取ると算定(さんじょう)も上手くいかねえな。
 そんな無茶した甲斐があったのはいいんだが、忍者の癖に俺の戒律が『善』になったのが間抜け中の間抜けと言わざるを得ん。
何せ修行中とは言え実の『孫:友好的なニンジャ』と戦うのを何回も見逃したんだからな? いつでも懸かって来いとは言ったが。
修行は年寄の俺も苦しかったが、『孫』の成長を見るのが楽しかった。末っ子で一人娘のセイ生き写しの笑顔が可愛かったのもある。

 「次は……登録名チヨ、僧侶……って改竄の後がアリアリだな。名簿の紙の質が違わぁな。上質すぎらぁ……チヨ、ってこたぁ」

 自分の知ってる奴は一人しか居ない。奴が居るのだ。この城塞都市に。『望月千代女』、封魔忍軍の総力を挙げても殺せなかった
クノイチの伝説を生んだ、稀代の忍者が。しかし何故僧侶なのか? 遠い記憶からツヨシは知識を引っ張り出す。甲斐信濃の忍軍、
透破衆に戸隠衆、根城は諏訪大社。歩き巫女。男色女色問わずのド助平の、父親追放した武田家当主に、向背定かならぬ、信濃の
小豪族の長で、戸隠の忍者一族の噂も高い真田家……得た知識を組み合わせて生ずる叡智は歳を取れば取るほどに閃き易くなる。
……アイツ、望月千代女がただの忍者と思って舐めて、しゃにむかつシャカリキに掛かっていたから封魔は駄目だったのだ! 

 「なんてぇこったい、これじゃあただの忍者風情がいくら束(タバ)んなって力押しでやっても敵うわけがネェんだよなあ……」
 「頼もう! ……久しいな、猿(マシラ)の? 御主ともあろうものが何故このような下っ端の盗賊の真似をしているのだ? 」
 「おめぇこそ、何一丁前に宿の下っ端の端女(はしため)衣装を着こなしてんだ。あのガキが綺麗な顔に為りやがってまあ……」

 ――噂をすれば影が差す。忘れられない仇敵同士の再会が、今、ここ、盗賊互助組合(ギルド)歓楽街出張所において成就した。