「ふぅ…今日はもう潮時かな……」

 煌々と魔法光のネオンに照らされた通りにて、ドワーフの女がため息混じりにつぶやいた。
だいぶ夜も更け、行き交う人の姿もまばらになった今、客の呼び込みを続けるのは徒労に等しかった。
もう店に戻って時間まで流し女の仕事でもしようか、そんなことを考えていたその時だった。

「ジョゼ!調子はどう?」
不意に声をかけられドワーフの女が振り向くと、可愛らしい出で立ちのノームの少女がニコニコしながら立っていた。
「あ…ミンシア…」
「こんな時間までお疲れ様、私はこれからまた仕事だけどね♪」
「ああ、そうだよね」
「まったく、風呂場で客の背中流しながら約束したりわざわざ客のところまで行ったり、面倒くさいんだから、もう!」
「でもいつも客取れてるじゃない、ミンシアって結構人気あるよね」
「こんな仕事で人気になってもねぇ…」
ジョゼの言葉に、ミンシアがウンザリ気味にため息をつく。
「本当なら今ごろ、私たちニルダの杖を取りに行っていたはずなのにどうしてこうなったんだか…」
「仕方ないよ、こうでもしなきゃあたしらリルガミンから追い出されてたんだから」
「わかってるわよ、だけど私はこのままで終わるつもりなんかないんだから!
あんただってそうでしょジョゼ?」
「そ、そんなの当たり前じゃない!」
「そのためにも早くちゃんとした冒険者捕まえないとね」
「そうだよね…」
ドワーフの女ことジョゼはまたため息をついた。
ぶっちゃけた話、ジョゼの娼婦としての人気はミンシアに全く及ばない。
そもそも客が取れるなら街頭で呼び子の仕事なんかやらされたりしない。となると
冒険者探しはミンシアをアテにするしかなく、ジョゼにはそれが何とも歯がゆかった。

「それでさ、ミンシア、」
「なぁに?」
「今から相手にする客ってどんなの?」
「うーん、そうねぇ…」
ジョゼからの質問にミンシアは頬に人差し指を当てながら愛らしく首を傾げた。
「人間の男だけどこのあたりの出身じゃないわね。たぶん東方から来たんじゃないかな」
「え…」
「冒険者みたいだったけど使えるかどうかまだわかんない。でも…」
「でも何?」
「私の指でイカなかった上にこっちがイカされたわ。このお返しはきっちりつけないとね♪」
ミンシアは悪戯っぽく笑うと軽い足取りでその場を後にした。

「東方から来たっぽい男って…まさか……」
ミンシアを見送るジョゼの脳裏に街頭で店に招いたある男の姿がよぎる。
その男とミンシアの客が同じだったと気づいたのは、それから幾ばくか経ってのことである。


 さて、その頃シンクロウは何をしていたかというと、自室のベッドの上で仰向けに横たわっていた。
目を伏せていたが、眠っているわけではない。これから女を抱くのに眠るわけがない。
手足を広げ、特定のリズムで呼吸をし、視覚以外の感覚に意識を集中する、これはシンクロウが故郷で修行していた時から
続けていた鍛錬の一つだった。
視覚を閉ざし雑念を払うことで他の五感の働きを促し、洞察力や直感力を鍛えるのがこの鍛錬の目的であり
何らかの事情か時間に余裕がない場合を除いては、毎日この鍛錬を欠かしたことがない。
正直なところ、これまで生きてこられたのはこの鍛錬も含めて日々の錬磨のおかげだとシンクロウは信じている。
もっとも、自身の意志や力の及ばないところで救われたこともままあったが、だからといってこれまでの鍛錬が
無駄だったとは決して思ってはいない。
神の御力が人を介してもたらされるこの世界で、己を助けようとしない者を一体どこの神が救うというのか。
中立のシンクロウは神の力を使うことはできないが、神は信者を通じて諸々の人を助けている、自分も助けられているからこそ
今ここにいるのだと、彼は常に心に留めている。

(!……)
シンクロウの感覚が階下に新たな気配を感じた。
カウンターの店員や出入りしている他の客ではない、誰かの気配を。
それはしばしカウンターのある場所に留まったかと思うと、階上に向けて動き出した。
その気配はやがてシンクロウの部屋のある階に着くと、まっすぐに近づいてきた。

(今日はここまでだな)
シンクロウは目を開くと来客を迎えるべく身を起こした。

“トントン!”

ドアをノックする音に続いて少女の声が上がる。
「シンクロウさん、いますか?私です、ミンシアです」
「今開けるよ」
さっそくドアを開くと、そこには可愛らしい装いをしたミンシアが立っていた。

「すみません、待ってましたか?」
「いや…思ったより早かった」
シンクロウは澄ました顔でミンシアに答えた。

「ふふっ、ずいぶん余裕なんですね」
「情熱的な方が好みだったか?」
「どっちでもいいですよ、どうせする事は一緒なんですから♪」
「それもそうだな……とりあえずこれでどうだろう」
シンクロウはミンシアを部屋に入れると、代金を入れた小さな皮袋を渡した。

「ん〜、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ、いつ、むつ、、、」
ミンシアが皮袋の金額を数えている間、シンクロウは彼女の姿をじっくりと眺めていた。
可愛く揃えたセミロングの銀髪の斜め上には小さくまとめた髪がちょこんと飛び出し、身に着けた袖無しの水色ブラウスに
クリーム色のミニスカートが小柄な体型に実によく似合っていた。
風呂屋での濡れて透けた衣装は扇情的であったが、こっちはこっちでミンシアの可愛らしさを十分にアピールしていた。
(やはりいるところにはいるもんだな)
ミンシアを見ながらシンクロウはそう思った。
前にノームの女性を抱いたことはあるが、彼女は冒険者だった。
しかしながら女という性がある以上、ノームとて例外ではなかったというだけである。

「ふぅ…ずいぶん気前がいいんですね♪」
代金を数え終え、ミンシアがニッコリ微笑む。
「そんなに多いかな?」
「こんなに払ってくれるお客さまはめったにいないですね」
「そうか。で、何時まで楽しめるんだ?」
「朝まで付き合ってあげますよ…♪」
「そいつは嬉しいな…」
媚びる目つきで見上げるミンシアにシンクロウも笑顔で応えた。


「あ……」
ミンシアの小さな身体がベッドにストンと落ちる。
仰向けに横たわるミンシアの上に、上半身の着衣を脱ぎ捨てたシンクロウが覆い被さった。
「時間はたっぷりあるんだ、じっくり楽しもうか」
「でも私は遠慮しませんよ。シンクロウさんは強そうですから」
「ああ、構わんよ」
シンクロウが唇をミンシアの唇に寄せる。
ミンシアは目を伏せ、シンクロウの唇を受け入れた。
重なり合った唇がチュッチュと音を立ててついばみ合い、互いを味わう。
やがて唇が唇をなぞり、舌先同士が絡み合い、吐息と唾液を貪る濃厚な接吻になっていく。
「んあ…はぁぁ…」
「ふぅ…くぅ…」
熱いキスが続く中、シンクロウの手がミンシアの手に触れてきた。
大きく広い男の手はほっそりとしなやかな女の手を包むと、中で優しくさすりあげる。
丹念に、丁寧に、それはそれは指の一本一本まで愛おしむように。