幕間〜〜カリーナとの思い出〜〜
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その日、その冒険者の一行は毒ガスに冒された仲間を担いでダンジョンから戻ってきた。
ケインという名前の盗賊で、毒ガスの罠に掛かったという。
待機していた緊急医を兼ねたプリーストがケインを蝕んでいる毒を解毒したが、やや手遅れだったようで
ケインの喉は声を出せなくなってしまった。
それから数日。安静のためケインは一人、宿の個室で休んでいたがそこに仲間の女メイジ、カリーナが訪れた。
「入るわよ、ケイン」
ノックをしても返事はしないと思いカリーナが入ると、ケインは扉に背を向け横になっていた。
「………」
何の用だと言いたそうにカリーナを一瞥すると、ケインは彼女に背を向けた。
ケインを励ますつもりで来たカリーナだったが、いざケインを目の当たりにすると何と言っていいのかわからない。
医者の話では声は一生戻らないという。しかし問題はそこだけで、盗賊として働くには何の支障もないそうだ。
だが、声を失う辛さはそんなことで割り切れるものではないとカリーナは感じていた。
「ねぇケイン、私たちあれから話し合って決めたの。あなたをパーティーから外さないって。
だから心配しないで、これからも私たちと一緒に冒険しましょう、ね?」
なんとか言葉を繕って話しかけるカリーナだったが、ケインは相変わらず背を向けたままだった。
一応聞こえているはずなのであえて確認はとらないが、ケインはこのままパーティーに残りたいのか、それを
確かめられないのが何とももどかしかった。
(なんとか言葉をやりとりする方法はないかしら……)
そんなことを考えていたカリーナだったが、その時あることに気づいた。
ケインの背中が微妙に動いているのだ。
一体なんなのか、どうしようもなく気になったカリーナはケインを覗き込んだ。
「!!」
「あ……」
カリーナが見たのは、ひたすら口を動かしているケインの姿だった。
ケインは声がでないにもかかわらず、ひたすら何かを言い続けていたのだ。
バァン!!
「きゃあっ!!」
ケインに突き飛ばされ、床に倒れるカリーナ。
痛みをこらえて見上げると、怒りと悔しさの混じったような顔のケインがカリーナを睨んでいた。
「ご、ごめんなさい、あなたの様子が気になったからつい……」
そう言ってカリーナが身を起こそうとしたその時、ケインが叫んだ。
「━━━!!」
声こそなかったが、ケインは確かに“叫んで”いたのだ。
そして堰を切ったようにケインはわめきまくった。ひたすら唇だけが動き、何かを訴えていた。
しかし、カリーナにわかるのはそれだけだった。ケインの怒りの理由も、何を訴えているのかも全くわからなかった。
声のないまま、カリーナに向かって何かをわめき続けるケイン。
カリーナはただただそれを見ているだけだったが、やがて意を決したように立ち上がると、いきなりケインを抱きしめた。
「?!」
突然のことに驚くケイン。そしてその耳元にカリーナが囁く。
「……ごめんなさいケイン」
たじろぐケインにカリーナはさらに話しかける。
「私にはあなたが何を言っているかわからない。どんなに考えてもわからないの。
声がないとメイジの私でもあなたの言うことがわからないのよ…」
ケインを抱きしめた腕が微かにわななく。
「でも信じてケイン、あなたはずっと私たちの仲間よ。話せなくなってもあなたはあなたなの。
だからこれからも私たちと一緒に冒険しましょう、お願い……」
声の最後が震えたとき、カリーナは静かに泣いていた。
「………」
ケインはもう何も言わなかった。
もう感情をぶつけることに何の意味もないとわかったからだ。
やがてケインは、カリーナの背中を指でなぞり始めた。
「…?」
一瞬、怪訝な顔をしたカリーナだったが、すぐにケインの行動を理解した。
ケインはカリーナの背中に指で文字を書いていた。そして文字が綴った言葉は
【すまない、カリーナ】
であった。
「ようやく、あなたと話せたわね」
涙ぐんだ顔でケインを見上げながらカリーナが言う。
「私のことはいいの、それに今のでいいこと思いついたから」
そう言いながらカリーナはケインを抱きしめた腕を解いた。
「ケイン、もしパーティーにいてくれるなら明後日の朝、酒場に来て。
無理強いはしないけど、だけど……」
「私はケインに来てほしい。これからもケインやみんなと冒険がしたい。ずっと、いつまでも」
カリーナはケインの目を見てはっきりそう言うと、部屋を後にした。
「………」
それから明後日、ケインは酒場に現れた。カリーナは花が咲いたような笑みで彼を迎えたのだった。
だが、暗いダンジョンの底でカリーナの願いは潰え、彼女は恥辱と絶望の中で死んだ。
ただ、魔法の羊皮紙だけが彼女の優しさの証としてケインの手元に残されたのだった。
おわり