玄室の封印を破って這い込んできた盗賊たちは、ランプの照らし出す室内の様子に息を飲んだ。
一見しておびただしい黄金の輝き。光の差す先はいずれも金または銀器のきらめきに満ちていた。
あるいはエメラルドの微光。宝器を捧げ持つのは等身大の陶製人形たち。その彩色にも朽ちた様子がない。
明らかに外気に触れたことがない、ここは手付かずの室だった。盗賊たちの眼前に開かれて。
玄室の四方は五、六メートルばかり。整然と収められた宝物に、盗賊たちは興奮を抑えて息を殺す。
手前から奥へ並ぶ埴輪は宮女を象り、それぞれが乳香、肉桂、サフランなどの香料を捧げていた。
朱や青の鮮やかな衣装、身を飾る玉の櫛、緑石の指輪やネックレス。
人形たちは、彼女たち自身が祭壇となって、玄室の奥なる何者かを礼拝する形をとっていた。
ここは貴人の住まいだった――だが、皇帝その人の室ではあるまい。
魔道皇帝ハルギスの墓所は、広漠たる砂海に突如口を開いた地下都市だった。
皇帝ハルギス、かつてこの地に栄えた古代帝国の一代の主。しかし歴史にその名は知られていない。
陥没によって発見された遺跡は周囲数キロ、とつてもない規模を持ち、何層にも連なる地下構造があった。
刻まれた碑銘はハルギスの名を語っているものの、皇帝の墓室は地下深くにあっていまだ発見されない。
現在発掘の及んでいる部分は、皇帝に殉死した数千とも言われる人々の墓室群。
皇帝が死んだとき、彼の宮廷に使える人々は強制か、あるいは自ら望んでか、自死して墓所に赴いた。
それらミイラの収められた石棺と、石棺を収めた墓室が数知れず地下から発見される。
墓室と、墓室の間に張り巡らされた通路は蜘蛛の巣状に広がり、遺跡の地下構造はひとつの迷宮をなす。
巨大な合同墓所だった。死せる皇帝は生前の宮廷を死後にそっくり移したのだ。
墓室の配置は生前の宮廷における厳格な序列に従い、高貴な者ほど深い層に収められた。
数多い下吏は地上に近く浅い層へ。これらは一部屋に棺を並べて合葬される。
墓所建設に携わった人夫たちさえ、くびり殺され、個々の棺もなく土壁に塗り込められていた。
殉死者のさらなる殉死者として。貴人らの死後の奴隷として。あたかも死者の都ネクロポリス。
そして死都には、古代帝国の集めた富が、千年を経て損なわれずに保存されていた。
遺跡の迷宮に踏み込む者たちは、凄まじいまでの死者の数を目の当たりにしておぞ気を震う。
通路に散乱せんばかりの白骨は千年昔の虐殺を伝え、地下は死者の怨念で満ちているかのようだ。
だが、玄室の封を破って内部に押し入るとき、盗掘の魅惑は恐怖さえ忘れさせた。
財宝はあった。それは古代の信念によって、貴人たちの死後の生活のために蓄えられたもの。
黄金器、宝珠、宝石細工。手に取って帰るばかりで一財産は容易、選り取りは自由。
――発見される黄金の噂は、墓から墓へ、古代の墓穴をあばき続け、副葬品を漁り歩く者たちを生む。
それは遺跡発掘を指揮するアルマール領主ウディーンの目論むところ。
ザファル、と誰かが名を呼ばわる。ザファル、お頭よ。
六人の盗賊はあらかた玄室を調べ終え、副葬品の財宝類に存分に目を楽しませた頃、
これからひとまとめに荷造りにかかろうというところ――その前に、いや、その最後に
もうひとつ確かめなければならない品がある。すなわち玄室の最奥なる、重い石棺そのものを。
ザファルよ、財宝へのあんたの嗅覚は確かなものだ。こうして、手付かずの墓室を探し当てる目利きは。
見よ、この部屋いっぱいの一財産を。誰もまだこの部屋にたどり着いた者はいない。
あんたは他の人間の目には止まらない隠し扉を見分け、手下の俺たちに存分のいい目を見せてくれる。
この地底のハルギスの墓所で、あんたはまるで自分の庭のように振る舞うのだ。
扉に刻まれた恐ろしげな呪いの文句を気にもかけない、玄室を守る妖怪どもを恐れたこともない。
あんたときたらまったく腕利きだ。だからザファル、お頭よ。このお宝もあんたに第一の権利がある。
五人の手下に推され、盗賊の頭ザファルは、浮彫の施された棺を薄笑いして見下ろす。
玄室に並ぶ陶製の人形たちは、皆、一様にこの棺を向いて供物を捧げているのだ。
この棺こそ小さな石室の主。いにしえの貴人であろう。さて、その顔を拝まないではいられない。
なんと言っても、墓に収められる財宝の最も高価な品は、他ならぬ死者が身につけて棺の内にあるもの。
ザファルと五人の盗賊は棺に手をかけ、重い石の蓋を滑らせていった。
ゴゴ、ゴゴゴと、鈍い音を立てて蓋が動いていく。開ききるより先に、内部にランプが差し込まれた。
棺の内に横たわるもの、それはおよそ干涸らびてミイラ化した遺体であろう。古代の貴人の残骸。
経験上ザファルの予期したのもそんなものだったし、盗賊たちもミイラなら見慣れていた。
地上のアルマールの街では、遺跡から運び出されるミイラの欠片が薬品として捌かれるくらいだ。
――しかし、これは、なんだ?
光の中に、白い死装束の絹が広がる。布地はたっぷりと膨らんで棺いっぱいに溢れていた。
千年のあいだ外気に触れぬまま、腐朽も褪色もなく、純粋な艶やかな白銀のいろ。
ふっくらと膨らんだ胸の上に置かれた両手。細い指は繊細で、爪に施された染料さえ鮮やかだった。
そしてその顔――まるで眠っているかのように、目を閉じて安らかに憩う死者には、
乾燥したひび割れも、醜い皺もない。つい今しがた眠りについたかのような、生きているかのような
みずみずしく若々しい、少女の寝顔だった。
醜くおぞましいものを想像し、待ち受けていたところに、思いがけず出くわした優美可憐な姿――
それもまたこの地下墓所の暗がりでは、ある種の恐慌を招いた。「こりゃあ、いったい…?」
盗賊のひとりが呟く。「まるで生きているみてえだ。どういうことなんだ?」
死者の顔、その娘の顔が、それほどに美しく、愛らしくなければ、かえって恐ろしくもなかっただろう。
「以前、耳にしたことがある」
盗賊の仲間の一人、悪の戒律に仕える僧侶が言う。
「はるか東方では、貴人の埋葬に水銀を用いる。水銀は遺体の腐敗を防ぎ、瑞々しいままに保つと」
「温かい。体温があるようだ」
死者の頬に触れ、あごを伝って、指先は喉元へ這った。それは一味の頭、ザファルの手だった。
「皮膚には張りがあり、柔らかい。千年も棺の中に眠っていたとは信じられんな。
――お前たち、何をそんなに怯える? この程度の怪異、ハルギスの墓所では怪異の内でもあるまいが」
手下の五人の盗賊を見渡し、ザファルはうっすらと口元に微笑を浮かべた。
「俺たちはこの地下迷宮で、武装した死霊の兵士と剣を交え、幽霊と魔術を競って争うではないか。
たかが棺の中にひとり、生きた女が眠っていたところで、俺には今さら驚くにも及ばん。
おい、お前も触ってみろ。この娘の肌の細やかなこと、手に吸いつくようだぞ」
盗賊たちは戦慄して後ずさった。ザファルはせせら笑った。
棺の中、少女の胸のふくらみの間に、重たげな金のペンダントが置かれている。
表面は鈍く光を反射し、首からは細い鎖が繋がっている。文様装飾の施されたそれは、
古代の貴人が身につけた守り札、死してのちは遺体を守る護符ともなった。彼女の名が刻まれている。
手に首飾りを取り上げると、かすかに衣服が滑り落ち、胸元が緩んだ。
ザファルは唇を歪め、合わせた襟を広げて手を差し入れる。手が動くと、絹はさらさらと音を立てた。
押し開かれた衣服のあいだに、少女の肌がこぼれた。
美しいまるみが露わになった。火灯りに浮いた、つんと尖った乳首。死者のものとは思えない、
ぞっとするほど艶めかしい色に、盗賊たちは身をこわばらせた。
よく見えるように折り広げる。少女のあらわな胸を撫で、手のひらに包んだ。それは柔らかくはずむ。
ザファルは棺に腕を入れた。死者の背に手を入れて抱き起こすと、
肩まで開かれた衣は肌を滑って二の腕まで落ちた。両肩をあらわし、ふたつの乳房を指に弄ぶ。
傾いた首から下がって、ちょうど乳房の間にペンダントが落ちた。
衣服の合わせをかき分けていく。愛らしい胸の間から、鳩尾を伝いくぼんだ臍まで、なめらかな曲線。
肌は死体の色ではない。ランプの暗い光にも血色を感じさせる。
棺から抱き上げて、石床にじかに下ろす。盗賊たちが後ずさった。
小さな尻を床に落ち着けると、びぃっと音をたてて腰までの絹を引き裂いた。
スカートになった下身は乱れて、腿さえもしどけなくあらわす。
長い髪の重さに、頭はかくんとうつむいて、うつむけに睫毛を伏せる。人形のように力なく、
男の手にされるままに床に座る。ザファルの腕は、長い黒髪に埋もれるように少女の背を支えた。
ザファルの大胆さに飲まれて、五人の盗賊たちは声もなかった。
なにを怯えることがある? さあ、よく見ているがいい。
つややかな両脚が開かれ、絹の断片を払いのけると、付け根まできれいにあらわした。
腰に残った金糸の飾り帯。その下に無垢な肌の色、ふっくらと愛らしい丘のふくらみ。
みずみずしい頭髪と比べて、その部分はやや脱色して見えた。淡い金色をおびた体毛を分ける。
ザファルの指先はなんの躊躇もなく、無遠慮に、死者の体をさらけ出した。
いま、少女はザファルの肩にもたれて、眠るように安らかな顔を見せている。
ランプの火の下、手下たちにも見えるように示した秘所は、少女の穏やかな寝顔と対照的に
乾燥しきった石室に、異様なほど潤んだ艶をおびてみえる。
男たちはごくりと唾をのんだ。
目を吸われる五人になおはっきりと示すように、指で体毛を分け、少女のひと筋を下からなぞっていく。
尖端に指をつけて、爪の先に力をこめる。弾力のある肉は、かすかに震えて抗った。
二本の指で押し開く。朱に塗ったような内側を見せて、そうっと爪先を差していく。
そのとき少女の身体が――死体が、痛みにふるえたようにみえた。
「か、顔が」
人形のようだった少女の顔が、かすかに眉を寄せて変わりつつあった。
下身をくすぐる指の動きに応えて、ひくん、ひくんと顎が持ちあがる。
少女はザファルの腕に抱かれ、揺られていた。裸の胸に金鎖を揺らし、少女の体はゆるやかに上下した。
ザファルの指に翻弄される。引き裂かれた衣服はくびれた腰を巻いて、いまは残骸でしかない。
死者が、いまやはっきりと、苦しげにあごを反らした。
「んっ」
音もない石室に、か細く、澄んだ声を聞いた。
「は……っ」
半開きの口から息が漏れ、それは息をした。
投げ出された両脚がぎこちなく動いて、閉じようとする。身を守ろうとする。
ザファルはその間に自分の足をはさんで、強引に動きを封じた。足と足とが絡みあい、争う。
膝に抱きかかえ、抱き寄せる。意識なく拒みつづける。半身をそらし、死者が左右に身をくねらす。
誰ひとり、声もない。乾いた石室に、死者の吐息だけが響いた。
ザファルの指はすでに深く節を潜らせ、掻くように、くり返し執拗に刺激を与えていた。
くちゅっと湿った音がまじった。
盗賊たちは見た。少女の黒い瞳が宙を泳いで、一瞬、大きく見開いた。
ぐんと大きく体がのびる。暴れる身体を、ザファルは押さえ込んだ。
指に侵されたまま、少女は足をもがく。足首の銀環が鳴った。
「あっ……!」
悲鳴がほとばしる直前、ぐいとねじむけ、ザファルは少女の顔を胸に押し付けた。
盗賊たちの前に尻を向け、開かれた秘所に、ねじるように指を埋めていく。
奥まで埋め込まれとき、少女は頭を押さえられたまま、懸命に体をよじった。
一度抜き、ゆっくりと差し通す。眠りの間に責め立てられた体は、二度目には濡れて指を受け入れた。
盗賊の五人は目をむいて、眼前の妖異に見入っていた。
苦悩に喘ぐ息に涙がまじり、少女はひどい混乱におちて、幾度も幾度も首を振った。
いま一度指は離れ、少女の背に置かれた。
それはすでに死者ではあるまい。彼女は確かに息づいていた。
ちぎれた絹の断片を体にまといつかせ、激しく背を起伏させる。
愛撫を続ける男の腕の中に、もがく上半身、両肩と、下身の震えが不調和に混じって波うつ。
押し殺した悲鳴とともに、ひとりでに痙攣がはじまった。
唇を吸う。吸いながら愛撫する。腰に残った屍衣の残りが落ちた。
手はまるい尻をもてあそんでいた。
唇が離れたとき、黒い瞳は見開かれて、思考を失ったまま、さまよっていた。
身体は熱く、確かに息づいていた。しかし、いまだ死人のように。
* * *
この価値ある戦利品について、盗賊仲間たちは、ザファルの優先権を認めただろう。
盗賊たちは地上に帰還し、稀代の珍しい捕虜として、少女をハルギスの墓所より連れ帰ったかもしれない。
それとも若く美しい娘の体を、楽しみ、弄んだすえ、その場に打ち捨てて行ったのかもしれない。
一筋の光も差さぬ闇の中で、少女は横たわっていた。
盗賊たちは、彼女の持ち物の取れるものは全て剥ぎ取って行ってしまった。
彼女の身分を表す衣服、彼女の黄金と彼女の財産、彼女の名を刻んだ守り札さえも持ち去っていった。
彼女には記憶がなかった。彼女が誰だったのかさえ、もはや誰にも分からなくなった。
彼女には帰る場所がなかった。墓穴に埋葬され、千年後に目覚めて、行く場所があろうとも思えない。
この身さえ盗賊の手から手へ渡り、彼らの手垢に汚れてしまった。
嗚咽を耳にする者もいない。涙は水にひとしい。
正気など最初からありはしなかったろう。何にせよ、千年前は魔道皇帝に仕える身だったのだ。
ぼろ布をまとい、裸足で玄室を迷い出す。
闇に見る者の目があれば、そんな姿にもある種の美しさ、白痴美とでもいうものがあったかもしれない。
あてもなく迷宮を徘徊するうちに、闇に住む魔神や女魔神《ジンニー》の仲間入りをしたかもしれない。