それは俺が冒険者だった頃のことである。
そのころ、トレボーの城塞都市には迷宮を作って立てこもったワードナとかいう魔術士を討つとかで
エセルナートのあちこちから人が集まっていて、その多くがワードナを倒して名を売って一旗挙げようとかいう
胡散臭い奴らばかりだった。
俺がなぜ冒険者になったかというと、地元を治めていた領主がトレボー王に仕えていて、ある日住民から数名を
ワードナ討伐隊の人員によこせとかいうお触れが下り、その面子に選ばれたのがきっかけだった。
正直言うと俺は前々から冒険者になりたかったが、なかなか踏み出すチャンスがなかった。そこへ降って
わいたのが先ほどのお触れである。俺はさっそく志願した。
メンバーが決まった翌日、俺たちは送迎の馬車に乗ってトレボーの城塞都市に向かった。
ただ面倒なことにメンバーの中には領主の息子も入っていた。社会勉強と武者修行を兼ねてというが、向こうでも
コイツと付き合わなきゃならないのかと思うと正直気が滅入った。
しかし兼ねてより願っていた、外の世界への旅立ちの喜びと期待に比べれば、そんなのはどうでもいいことだった。
数日の旅を経て、俺たちはトレボーの城塞都市に着いた。
生まれて初めて見る大都市というものに俺も含めた全員が田舎者丸出しで、すげーすげーとハシャぎっぱなしだった。
やがて訓練所なる所に通された俺たちは一通り適正試験とやらを受けた後、それぞれに適した職業を知らされた。
俺は戦士だった。俺の他にも戦士が3名、あと僧侶と魔術士が一名ずつ。足りないのは盗賊だけだった。
ちなみに領主の息子は戦士だった。ヤツが盗賊でないのはある意味ラッキーであった。
「やっぱ盗賊がいないとな」
冒険の準備を前にテーブルを囲んで俺たちは同じ結論に達した。
迷宮に入れば当然そこに巣くうモンスターと戦わなければならないが、時たまモンスターから宝箱を手に入れることもあるという。
宝箱の中には金品だけでなく、冒険の役に立つ武具やアイテムが入っている場合がある。
ただし、ほとんどの宝箱には罠が仕掛けられており、それを安全に見分け、解除できるのは盗賊だけだという。
しかし、俺たちのメンバーは盗賊がいない。
となると、多くの冒険者で賑わうこの酒場から盗賊を誘うしかないのだ。
「でもよぉ、実際いたとしてすんなり仲間になってくれるかなあ?」
「俺たちまだ迷宮入りしてない新入りだし、どうせなら少し経験上げてから誘ってみたらどうかな」
「おいおい、その間に宝箱が出てきたらどうすんだよ?せっかくのお宝を放り出していいのか?」
「けどよぉ、盗賊誘うったってどこにそんなツテがあるんだよ」
「バカ、そんなの片っ端から声かけろよ、どいつも使えねえヤツらだな」
「だったらお前がやれよ!口だけじゃなくてデキるってとこ見せろよ!」
「何だと!?テメエ、俺に向かってその口のきき方はなんだ!!」
言い合いで喧嘩になりかけた俺と領主の息子を他の仲間がなだめて抑える。
悲しいかな、田舎者が都会で真っ先に困るのは周囲との関係作りというやつだ。
誰も彼も田舎者の自分に引け目を感じている。領主の息子もそうだ。
それゆえに話しかけて鼻であしらわれるのではないかと、恐れ縮こまっていたのだ。
このまま迷宮に赴き、力を付けてから勧誘を始めるのもいいかもしれない。
だが、その間に腕の立つ盗賊を逃していたら…?
そんな不安がみんなの足を留まらせていた。
そんなにっちもさっちもいかない時だった。彼女に出会ったのは。
「アナタたち、一体どうしたの…?」
声に呼ばれて顔を向けると、そこにはローブを纏った一人の少女が立っていた。
流れる金髪にツンと伸びた両耳、彼女はエルフだった。
何と言えばいいものか、みんな答えるのをためらっていた。
必要な仲間が足りない、そう言いたかったが、その一言がなぜかすごく言いづらかった。
それは俺たちが田舎者という引け目を感じていたせいでもあり、エルフの少女が美しかったからかもしれない。
が、しかし。もしかしたら彼女が助けてくれるかもしれない。俺は意を決して言った。
「実は盗賊がいなくて誘うあてもなくて困ってたんだ」
「おい!ルース!」
「いいだろ、ホントのことなんだから。それにどのみち誰かに声をかけなきゃならないんだ、それが今ってことさ」
「オマエ、俺を差し置いてこんなことしていいと思ってんのか!?」
「あんたも盗賊を欲しがってただろ?だったら先に話すべきだったな、ベイン」
ちなみに俺はルース、領主の息子はベインという名前である。
「ふうん、そうなの」
エルフの少女は俺とベインの険悪な雰囲気に動ずることもなく、平然と応じた。
「もう一度確認するけど、アナタたち盗賊がいないのね」
少女の問いかけに俺を含めた一同がそうだと答える。
「わかったわ。だったら明日またこの時間に来てちょうだい。もしかしたら盗賊を紹介できるかもしれない」
「今日じゃダメなのか?」
「あの子いま他のバイトしてるのよ。だから明日まで待って」
「そうか…わかった」
「おいルース!こんないいかげんな約束あてにするのかよ!?ただの冷やかしかもしれないんだぞ!!」
「私は田舎者をからかうほどヒマじゃないわよ」
「なッ…!」
「もう止せベイン、どうせ他にアテも無いんだ、彼女を信じてみよう。みんなもそれでいいよな?」
俺の問いかけにベインを除く全員が首を縦に振った。
「おい、オマエらホントにそれでいいのかよ!?」
当然ベインは納得なんかしきれていない。そこで俺は彼女にたずねた。
「なぁ、なんで俺たちに仲間を紹介するんだ?やはりお金とかとるのか?」
すると彼女は澄ました顔で答えた。
「別にお金は取らないわよ。でもそのうち私の客になるわ」
「客…?」
「そう、私の客にね」
「なら君の名前を教えてくれないか。俺はルースって言うんだ」
「私のことは“鑑定さん”って呼んでちょうだい。もちろん本名じゃないわよ」
「鑑定さん?どういう意味だ?」
「そのうちわかるわ。じゃあまた明日会いましょう」
そう言うとエルフの少女もとい鑑定さんは自分のテーブルへと戻っていった。
それから俺たちは装備を整えて迷宮に向かった。
バブリースライムにオークにコボルト、迷宮では底辺の雑魚だが、初心者の俺たちは死に物狂いで戦った。
初めて戦いの手傷を負い、僧侶の魔法で癒やしてもらった。
しかし僧侶の魔力が切れたため、その日の迷宮冒険は引き上げた。ベインはまだやれると不満げだったが。
翌日、俺たちは冒険者の集う酒場で約束どおり鑑定さんと会った。
「アンタたちが鑑定さんの言ってたパーティー? あはは、ホント田舎くさい野郎ばっかり!」
鑑定さんと一緒にいた少女は俺たちを見るや、真っ先にそう言い放った。
「止めなさいフィニィ、これから仲間になるのに喧嘩売ってどうするの」
「なぁ…鑑定さん…君が紹介したい盗賊ってまさか……」
「ちぃーす!アタシが紹介に預かった盗賊のフィニィちゃんだよ♪よろしくね☆」
少女は愛嬌たっぷりの笑顔で俺たちに名乗った。
「コイツが盗賊って…」
「キ、キミ、ボクたちと同じ人間みたいだけど、腕は確かなのかい?」
「大丈夫だって、アタシそこらのホビットよりできる子だよ?」
仲間たちの不安にフィニィは軽い調子で答えた。
「だったらなんで俺たちと組むんだ?腕の立つ連中と組もうとか思わなかったのか?」
「うーん、実はそれなんだけどね、」
俺に聞かれてフィニィが困った顔をしながら頬に指を添える。何とも愛らしいポーズだった。
「ほら、冒険者ってみんないかつくてワイルドなお兄さんばかりじゃない?アタシみたいな可愛い子が仲間になったら
それこそケダモノになりそうでおちおち冒険どころじゃないのよね〜〜。それに比べたらアンタたちは年も近いし
真面目だし、上から目線で馴れ馴れしくしたりしないだろうから仲間になろうかな〜って思ったの。納得した?」
「………」
俺たちは彼女の物言いにただただ呆れ返っていた。
私みたいな可愛い子が仲間になってあげるとのふざけた言いぐさに、よく誰も怒鳴らなかったものだ。
しかしながら、よく見ればフィニィはなかなか魅力的な美少女だった。
垢抜けた人なつっこい顔立ちに、メリハリのついた女らしい体つきに、肌もあらわな軽装は
男の関心を惹くに十分だった。
先ほどからフィニィを見る周りの冒険者どもの視線から察するに、彼女のたわごとは案外本当なのかもしれない。
しかし、こっちはこっちで女の子にムラムラする十代の若者ばかりなのだが、そっちの心配はしなかったのだろうか。
「わかったフィニィ、俺たちからもよろしく頼むよ」
「うわっ、やったあ!」
俺が了承の返事をするとフィニィは臆面もなく喜びはしゃいだ。
「ルース!!また勝手に決めやがって、いつからオマエがリーダーになったんだよ!!ふざけんな!!」
予想通り怒ってくってかかるベインに、俺は後ろを見るよう指差した。
「よろしく、俺ラルフだよ」
「オレ、デイルって言うんだよろしく、」
「ぼ、ぼくはクレイ、が、がんばろうね、」
「カイルだ、よろしく」
「あははっ、みんな仲良くしようねー!!」
「………」
「みんなフィニィを仲間にしたいとさ。あきらめろ」
次々とフィニィに話しかける仲間たちを見て唖然とするベインに俺はトドメの一言をくれた。
「これで交渉成立ね」
今まで沈黙を守っていた鑑定さんがようやく口を開いた。
「ああ、本当に紹介してくれてありがとう、使えるかどうかまだわからないけど」
「大丈夫よ。腕は保証するわ」
「へえ、そうなんだ、」
俺の軽い疑問を鑑定さんはあっさり否定した。
もっともベインはフィニィのことを全く信用できてない様子だったが。
念願の盗賊が加わり、その場は穏やかに終わるかと思われたが、俺がふとつぶやいたことが思わぬ悶着を起こしてしまった。
「これでまた迷宮に挑めるな。チェックアウトが楽しみだ」
「…え? ねぇルース、今なんて言ったの?」
気が緩んでふとつぶやいた俺に鑑定さんがいきなり問いただした。
「え…だから、今泊まってる宿をチェックアウトしたら迷宮に行くつもりだって……」
「馬小屋を使ってないのね?」
「あ…うん、でも一番安い相部屋だよ、ロイヤルスイートなんてとてもとても…」
「何てこと!!信じらんない!!!!」
突然上がった鑑定さんの怒声に酒場が一瞬静まり返った。
「な、なに?俺なんか悪いこと言った??」
わけがわからずうろたえる俺を鑑定さんがキッと睨みつけた。
「あのね…ルーキーがお金使って泊まってたら、いつまで経っても強くなれないわよ」
「な、なんでだよ?」
「いいこと、冒険で受けた怪我や異常は僧侶魔法で治すのが基本中の基本よ!そのために僧侶がいるんでしょうが!」
「待てよ、うちの僧侶は全員を治せるほど呪文が使えないんだ」
「だから馬小屋を使うのよ。呪文の力は一眠りすれば回復するわ。呪文が切れたらまた眠って回復して怪我を治すの繰り返しよ」
「そんな無茶な…」
鑑定さんの熱弁に僧侶のカイルが信じられないという顔をする。
「呪文を切らすたびにホイホイ簡単に寝られないよ。それにあんな馬小屋で寝泊まりだなんて無理だって……」
「出来ないならアンタは仲間のお荷物ね。冒険者なんて止めてさっさと帰りなさい」
カイルの反論は容赦なく切り捨てられた。
「みんなも馬小屋で寝泊まりするのに馴れた方がいいわ。ルーキーのうちは金を惜しみなさい」
鑑定さんは言うだけ言うと憮然とした表情でテーブルに戻っていった。
どうにもいたたまれなくなった俺たちとフィニィはすごすごと酒場を後にした。
「びっくりさせちゃったね、でもせっかくのアドバイスだからよく考えてね」
そう言うフィニィの声はさっきとうって変わって、とても真面目な感じに聞こえた。
翌日から、俺たちは鑑定さんのアドバイスに従うことにした。
確かに一眠りすれば呪文の力は回復するらしく、一週間も待たずに全員の怪我はすっかり治った。
ただし、カイルは馬小屋でなかなか寝つけなくて苦労していたが。
盗賊のフィニィを加え、久しぶりに迷宮に向かった俺たちは相も変わらずオークやコボルトといった連中と
戦ってばかりだった。
その時に運良く連中の守っていた宝箱を手に入れた俺たちは、フィニィの腕のほどを見ることができた。
鑑定さんの言ったとおり、フィニィは宝箱の罠を的確に見抜き、安全に開けてみせた。
入っていたのは少しの金品と使い古しの剣のようなものだったが、初めて宝箱を開けた喜びはなんともいえないものだった。
いくつか宝箱を開けたところで迷宮から引き上げたが、拾った戦利品の始末で俺たちはまた鑑定さんの世話になった。
フィニィが教えてくれたのだが、武具や道具を扱うボルタック商店で鑑定させると買値と同じ値段を取られるが、
鑑定さんにお願いするとはるかに格安の値段でやってくれるのだ。
「彼女ビショップだからね、これが自分の売りだってわかってるのよ」
ビショップ、司教ともいうその職業は魔術士と僧侶の呪文を同時に使えると聞いたことがある。
フィニィが鑑定さんから聞いたところによると、呪文すべてを使いこなすにはかなりの修業が必要で、それまでは
お荷物みたいなものらしい。
しかしアイテムの鑑定は未熟なビショップでもできるため、鑑定さんは冒険者のアイテム鑑定を請け負うために
酒場で待機しているのだそうだ。
“そのうち私の客になるわ”
酒場で最初に出会ったとき、彼女が言ったことは本当だった。そして彼女がなぜ鑑定さんと名乗っているのかも。
鑑定さんにいくらかは支払ったものの、前よりは多くの収穫を得られた。しかしだからといって考えなしに
散財はしなかったし、できなかった。俺たちはまだルーキーであり、まだまだ迷宮で戦わなくてはならなかったからだ。
それからも俺たちは迷宮に入り、魔物や冒険者くずれのゴロツキ連中と戦い、探索に明け暮れた。
迷宮で戦い、帰ってくるたびに何かしら力がつくのを感じていた。
そして酒場で鑑定さんの顔を見るたびに、今日も無事に戻ってこれたと、俺はホッとする気持ちになっていたのだった。
俺たちが迷宮に入ってから、約ふた月ほどが経った。
金もぼちぼち貯まり、たまには気晴らしがしたいということでみんなで遊びに行くことになった。
ただ僧侶のカイルだけは、久しぶりにベッドで寝たいと言って宿屋に引っ込んだが。
フィニィの案内でいろんな場所に行った俺たちは、日が落ちるまで存分に楽しんだ。
「ああ、また明日から迷宮に行くのか」
「心配ないさ、俺たちなら何があっても大丈夫さ」
「でも、油断と無理は禁物ですよ、ボクはまだ死にたくない」
「みんなわかってるよ、だからビビるこたぁないんだ、前向きに行こう、前向きにさ」
宿に戻る道すがら、俺たちはそんなことを言い合っていた。
明日からまたワードナの迷宮で戦う日々が始まる。
最初よりは確実に強くなったが、それでもまだまだ迷宮の奥に行ける強さではない。
冒険者として生きていくには俺たちはもっともっと強くならなければならないのだ。
宿屋に着き、各々が馬小屋の寝床についてしばらく経ったころだった。
「ねえ、ルース、起きて」
ウトウトしかけた俺はフィニィの声で起こされた。
「なんだよ…いま眠るとこなのに…」
「静かにして。ちょっとあたしに付き合ってちょうだい」
「……?」
声を潜めて付き合えと言うフィニィの誘いに、俺は渋々ついていった。
フィニィに連れ込まれたところはなんとスイートルームの一室だった。
「おいおい、まさか俺にここで寝ろって言うんじゃないんだろうな?」
「そうね、寝ることになるかも」
「なに?」
いぶかしむ俺の目の前で、フィニィが着ている物を脱ぎ始めた。
「お、おい!何やってんだよ!何で脱ぐんだよ!?」
「ねぇ、アンタたちと冒険する前にあたしがどんな仕事してたか聞いてる?」
「いや…鑑定さんは何も言わなかったけど」
「やっぱりね…」
上半身の着衣をすべて脱ぎ捨て、フィニィの白く豊かな乳房が露わになる。
「やっぱりってどういうことだよ!?」
目のやり場に困り、顔を手で覆いながら俺はたずねた。
「あたしね、アンタたちの仲間になる前は娼婦してたの」
「え…?」
「わかるでしょ。男とエッチなことしてお金をもらっていたの。酒場にいた連中も鑑定さんもみんな知ってるから」
フィニィの突然の告白に、俺の心臓が一瞬激しく高鳴った。
「じゃ、じゃあ何で冒険者になろうと思ったんだ…?」
フィニィの方をまともに見られないまま、またたずねた。
「この先も娼婦を続けるのがイヤになったのよ。だから冒険者になろうと思ったけど、アイツらが娼婦のあたしを
仲間にしてくれるわけないしね…」
そう言ったフィニィの口調はどことなく自嘲めいていた。
「鑑定さんには前々から頼んでたわ。もし入れてくれそうなパーティーがいたら紹介してって。そしてアンタたちが来たのよ」
「………」
俺はフィニィから視線を逸らしていたが、彼女は話しながらまだ脱ぎ続けていた。
「鑑定さんの言った通り、アンタらって田舎から来た坊やそのまんまだったわ。だけどアンタたちなら
仲間にしてくれるって思ったの。そしてその通りになったわ」
「ああそうかい、そりゃ願いかなって良かったな。だけど冒険者になれたのに何でこんなことするんだ?」
「おかしい?」
「だってそうだろ、娼婦がイヤだって言ってたくせに今やってるのはまるで…」
「娼婦みたい?そうね…」
俺の背中に女の身体の感触が、重みがのしかかる。
「確かに死ぬまで娼婦でいるのはイヤよ。でもエッチは嫌いじゃないの。ううん、とっても大好き」
「ええ??」
耳元で囁くフィニィの言葉に心臓がバクバク鼓動する。
「最初会ったとき、みんなあたしの身体とかチラチラ見てたよね…?
それでいつ誘われるか期待してたんだけど、みんな案外オクテなんだもん、いいかげん待ちくたびれちゃった」
フィニィの手が俺の身体をさすり、奇妙な肉感が背中にグイグイ押し当てられる。
「で、でも、なんで俺…?他にも相手になりそうなのはいるじゃないか…!」
「それはね、あんたがあたしを仲間にしてくれたからよ」
「え?」
「あんたが決めてくれたからあたしは冒険者になれたの。だからルース、どうしてもあんたとしたかったの」
「ッッ…!!」
一体何と返せばいいのか。まったく予想もしなかった展開に俺の思考は完全に混乱していた。
「ルース…」
俺の背中からフィニィの感触が離れる。
「あたしを見て。いきなり誘われて困ってると思うけど、断るつもりでもせめてこのあたしを見てから決めてちょうだい」
「………」
見るべきだろうか。俺の理性は見てはいけないと告げている。
だが、自分をここまでさらけ出したフィニィの願いを無視していいのだろうか。
しばしのためらいの後、俺は意を決して振り向いた。
窓から射す月の光が室内のシルエットを照らし出す。
月明かりに映し出されたその姿は、女の裸身だった。
初めて見るそれは想像と話のとおりだったが、想像より、語られるよりもはるかに美しかった。
どういう形かを述べるのはたやすいだろう。だが、言葉でそのとき俺の感じたものを伝えるのは不可能と言ってもいい。
俺はただ、目の前にあるフィニィの裸身に魅入られたまま立ち尽くしていた。
「ねぇ、ルース…」
真摯な眼差しのフィニィが俺に話しかける。
「やはりあたしじゃダメなの…? この身体じゃその気にならないの?」
裸身を見たまま何も言わない俺の様子に、フィニィの眼が不安によどむ。
「…やはり娼婦なんか抱きたくないのかな……まああたしも秘密にしてたしね。こんな手垢のついた身体なんか
気持ち悪いって思われてもしょうがないか…」
「違う!!」
フィニィの言葉に俺は思わず叫んだ。
「気持ち悪いなんてそんなこと思っていない。初めて女の子の裸を見てそう思うわけないじゃないか!」
キョトンと俺を見るフィニィにさらに語りかける。
「フィニィ、君がどれくらいの男を相手にしたかは知らないし、そんなことはどうでもいい。でも……」
その次に出る言葉を言おうとして、なぜか口ごもってしまう。
しかし俺は絞り出すように彼女に言った。
「君はとてもキレイだ。俺は今までこんなキレイなものを見たことがない」
これがあの時、俺に言えた精いっぱいの本心だった。
言った直後、もっと気の利いた上手い言い方があったんじゃないかと思ったが、フィニィから意外な反応が返ってきた。
「ありがと……」
夜の静寂の中でなければ聞き取れないような微かな声だった。
フィニィは恥じらう表情を隠すようにうつむいていた。俺は何も言わずに黙っていた。
これ以上の言葉は気持ちを否定するような気がしてならなかった。
流れるしばしの沈黙。
やがてフィニィがそれを破った。
「ふふふっ、ルースって本当に真面目なんだね、」
フィニィは笑いながら俺の手を手繰り寄せると、ベッドに俺を押し倒した。
「フィニィ…?」
「なんで部屋に連れてきたか忘れたの?今夜はあたしといっぱい楽しもうよ、ね?」
仰向けの俺の上に裸のフィニィがまたがる。
「で、でも、俺はまだ女の子としたことが…」
「大丈夫。あたしがみんな教えてあげる…」
その言葉に、抗うすべも意志も俺には無かった。
「ん…ぅう……」
微睡みの中、身じろぎした俺のまぶたに光が射す。
柔らかい月明かりではなく目を灼くようなまぶしい光。
起きようと伸ばした手が何かに触れた。それは柔らかくなめらかな女の肌だった。
「おはよう、ルース♪」
目を開くと、いたずらっぽい笑顔を浮かべたフィニィが俺の顔を覗き込んでいた。
俺もフィニィも被った毛布の下は素っ裸のままだった。
(夢じゃあなかったんだ)
激しく動いた後の気だるい感覚が全身に残り、股間のイチモツは微かな痛みを訴えている。
昨晩、俺はフィニィに誘われてこの部屋で抱き合った。
初めて女を抱く俺に、フィニィは手取り足取り教えてくれた。
女の身体、女の抱き方、そして一つになる悦び。
イチモツはフィニィの中でかつてないほどにいきり立ち、俺は夢中で腰を使った。
女の中がこんなに気持ちのいいものだったなんて、本物は想像よりあまりにも素晴らしかった。
突き上げるたびに中が締まり、フィニィが甘い喘ぎを洩らす。
時には腰を抱き、時には背後から張りのある乳房を掴みながら俺はフィニィと交わり続けた。
互いに何度も果て、幾度となく悦びの声を上げた。
フィニィに請われるまま俺は唇を重ね、俺はフィニィの柔肌を余すとこなく触れ、魅惑的な肉体を存分に味わった。
“壊してぇ、ルース!ルース!”
俺に深く貫かれ、フィニィが叫ぶ。
その声に促されるままフィニィの中に何度も何度も突き立て、トドメを叩き込んだ直後、俺はありったけの精を放ったのだった。
「夕べはすごかったね、あたし壊されるかと思っちゃった」
「そ、そうか…」
「どうしたの?せっかく男になったのに嬉しくないの?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「じゃあもう一回しようか?」
「ええ!?」
「ふふ、冗談よ♪」
フィニィが微笑みながら立ち上がる。
陽光の下に照らされた肌が白く輝き、みずみずしい裸体をまぶしく映えさせる。
本当にこの身体を抱いたのか、すべて覚えているにもかかわらず、なぜか夢のように思えてならなかった。
「だったら身仕度してみんなと待ち合わせしないとな」
「あっ、そうだ!」
俺も起き上がり、服を着ようとしたその時、フィニィがハッと気づいたように声を上げた。
「ん?どうした?」
「ルース……悪いけど先に行ってくれない?」
「かまわないけど、何でだよ」
「ほら、だってさ…」
俺の疑問にフィニィは指で口元を掻きながら答えた。
「もしあたしらがふたりでみんなのところに来たら、いろいろ突っ込まれるんじゃない?」
「確かにありうるな」
「他のみんなはごまかせても、ベインは納得しないわよ。きっと後からしつこく聞いてくるに決まってるから」
「ああ、あいつなら絶対そうするだろうな…」
ただでさえもウザい奴なのに、フィニィとの関係を疑われた日にはどうなるかわかったもんじゃない。
ましてやフィニィが娼婦だったと知ったらどんな反応を示すか、彼女のことを思うと2人の出来事は
秘密にしなければならなかった。
「わかったフィニィ、俺は先に行ってるよ」
「ありがとルース、愛してる♪」
着替え終わった俺に裸のフィニィが抱きつき、頬にキスをした。
酒場に着くと、俺以外の仲間はまだ来ていなかったが、鑑定さんがいつものテーブルに着いていた。
「おはよう、ルース」
「おはよう鑑定さん、朝から客待ちかい?」
「ええ、そうね…」
鑑定さんはそう答えると黙っていたが、しばらくして彼女が話しかけてきた。
「ねぇルース、一つ聞いていいかしら」
「ん?いいけど、なに?」
何の気兼ねもなく応じた俺は次の瞬間、心臓が飛び上がりそうになった。
「…フィニィと寝たの?」
「!!!!」
それを聞いたとき、動揺のあまり椅子から落ちかけた。
「な、な、何をいきなり…」
「答えて。フィニィと寝たの?」
鑑定さんは表情を変えることなく強い口調で問いかけてくる。
その眼差しは疑いとかではなく、確信をもって俺を見据えていた。
いささか躊躇したものの、周りに誰もいないのと鑑定さんの気迫に圧され正直に打ち明けた。
「ああ、寝たよ。夕べ初めて女の子を抱いた」
「ッ…!」
鑑定さんの顔が一瞬強張ったような気がした。
「言っとくけど俺は無理強いなんかしないし、彼女が言わなきゃ娼婦だったなんて知らなかったんだ」
「娼婦だって知ってたらもっと早く抱いてたの?」
「違う!俺は…そんなつもりじゃ……」
「無理強いしてないって、彼女の立場で本気で断れると思ってるの?結局アンタたちも同じね」
「それ、どういう意味だよ…?」
鑑定さんは一体何が言いたいのか。まさかフィニィが仕方なく俺と寝たと思っているのか。
剣呑な雰囲気の中、鑑定さんが応えた。
「フィニィは冒険者なのよ。アンタたちの娼婦じゃないわ」
「!!……」
重い口調で語られた鑑定さんの言葉の刃が心に突き刺さる。
(違う、俺も誰もそんなこと思っていない!)
そう言うべきだったのかもしれない、だが言えなかった。現に俺は仲間であるフィニィを欲情のまま抱いたのだから。
誘ったのはフィニィだが、その気がなければ断ることはできたはずだ。
そうしなかったのは、心のどこかでフィニィとそういうことをしたいと密かに思っていたからだ。
フィニィがいないところで彼女とエッチできたらなぁ、なんて話は男同士で何度もしていたのだ。
その時は冗談やたわごとでしかなかったから好き放題言えたが、それを俺は本当にやってしまった。
結局、俺は彼女を娼婦と知る前からそういう目で見ていたということなのだろうか。
いつの間にかテーブルに頭を抱え込んでいた。
やはり仲間と思っていたらフィニィを抱くべきではなかったのだ。
娼婦を辞めたかった彼女を仲間に受け入れた俺がやってはいけないことだったんだ。
とめどない後悔と罪悪感が俺の中で堰を切って溢れ出す。すまない、フィニィ、俺は最低の男だ。
「……いったい……俺はどうすればいい……」
どうしようもなく苦しい気持ちの中、うめくようにつぶやいた。
鑑定さんは答えなかった。そんなことは他人がどうこう決めるものではないとわかっていたからだろう。
だが、しばらくしてこんなことを俺に言った。
「仲間なら冒険者として扱ってちょうだい。あの子が冒険者でいられるのはアンタたちといる時だけなんだから」
その言わんとするところは昨晩フィニィが俺に話したことと似ていた。
もし最初会ったときに娼婦だと知っていたら、果たして俺たちはフィニィを仲間に入れていただろうか。
「よぉ、ルース先に来てたのか」
やがて仲間たちが酒場にやってきた。俺と鑑定さんとの間で何があったか知らない彼らは相変わらず意気揚々としていた。
それから遅れてフィニィがやってきた。
いつものようにニコニコと明るい笑顔と愛嬌を振りまいてみんなに話しかけている。
みんなも笑顔で応えていたが、俺だけが暗く沈んだままだった。
「どうしたのルース?元気ないけど何かあったの?」
「別に。何でもない」
俺の様子をいぶかしみフィニィがたずねたが、俺はそう言うしかなかった。