December 19 , at 07:31 p.m.

「なあ、リーダー。ここ数日、気に掛かっていたのだが、近々なにか大きな催しがあるの
か? 街がどことなく騒がしいし、いつもより人の行き交いも多いようなのだが」
 いつもながらの冒険者の宿二階のスイートルーム。夕食の後で外出していた女忍者は、
部屋に駆け戻って来るなり、連れ合いの侍に対して質問を投げかけてきた。
「ん? ああ。そう言や、もうそんな時期なんだな。お前はこの街に来て初めての冬か。
ここじゃあ、毎年この時期に祭りがあるんだよ。ただでさえ冬の大市で人が集まるから、
もう何日かすりゃ、街は人で一杯になるんだぜ」
 寝椅子で転がっていた男は、あくまで、祭りのことなど忘れていた、という体を装いつ
つ、女の問いかけに答えを返す。
「おお、さすがはリーダーだ。私の知りたいことなら、なんでも答えてくれるのだな」
「大げさだよ。馬鹿」
「馬鹿な子ほど可愛いと言うぞ。しかし、お祭りか! ということは、暗闇の中、行きずり
の男女が声を殺して交合したり、選ばれた神子が民衆の前で乱交したり、夢魔の集団を
相手に種付けの儀を行ったりするのだな!」
「それはどこの地方の忌むべき因習だ!」
「ふむ。これはこの地方ではあまり一般的ではなかったか」
 女は結っていた髪を解いて軽く頭を振ると、男のいる寝椅子の方に歩み寄ってくる。そ
して、その顔の上に屈み込み、両の頬にごく軽く口づけをする。
「どの地方なら一般的なのか、詳しく教えてもらいたいもんだな。間違って変なもん召喚
しそうじゃねえかよ。あ……でも、な。ある意味では当たらずとも遠からずなんだよな」
 男は寝椅子の上で体をずらすと、女の手を引いて、自分の懐にその体を引き込んだ。
女は男にぴたりと体を寄せ、その腕を枕にして男の目を上目遣いに覗き込む。
「そうか。では、やはり、あるのだな。余所から連れてきた娘を軟禁して、村の若い衆が
寄ってたかって種――」
「そっちじゃねえよ。いや、そもそもは、この祭りさ。ここの城塞都市とは違う、異境の祭り
らしいんだよ」
「ふむ」
「なんでも、もとは遠い島国の由来らしいんだけど、この街には色んなところから冒険者志
願の連中が集まってくるからさ。その中の誰かが故郷を偲んで始めたとか聞いてるぜ」
 男は空いた左手で女の頭を引き寄せて、彼女の匂いを胸一杯に吸い込んだ。しかし残
念なことに、乾いた気候のせいか、冬の雑踏の空気を吸った彼女の髪は、少し埃っぽい
臭いがした。
「で、なんというお祭りなのだ? 秘祭というわけでもないのなら、当然、名前ぐらいはあ
るのだろう?」
「ああ。ここでは『FCの日』って名前で呼んでる。多分、なにかの略称だろうな」
「おお、さすがはリーダーだ。私の――」
「その件はさっきもうやった」
「ん? 今日はまだヤってないぞ?」
「いいから話を進めろ」
「我が儘だな。で、『FCの日』……か。なんの頭文字なのだろうな?」
「さあな。俺もそこまでは知らないな」
 女は自分の頭を撫でていた男の手を取り、両手で挟んだそれをむにむにと揉み始めた。
彼女はその手を見つめながら、考えつくままに言葉を並べていく。
「FはFuckの派生の線が濃厚として、C……Clit、CreamPie……Coprophilia? いや、よ
もやChi――」
「それ以上、言わせるかよ!」
「ん? 私はChickenと言おうとしたのだが、リーダーはなんだと思ったのだ?」
「そもそも、Fの時点で間違ってるだろ。……いや、多分、間違ってると思うんだけど」
「まあ、考えてわかるものでもないか。あ、そうそう、それで、祭りというからには、なにか
祭礼とかはあるのかな?」
「言っとくけど、お前が想像したようなもんはないぞ。まあ、俺が知らないだけかも知れな
いけどさ。あ、でもな。本祭の日にだけ、迷宮の中で色々と不思議なことが起こるんだよ」
「不思議なこと? 祭りの日でもあるし、それは奇跡の類のなにかか?」
「迷宮中層なんかは形まで変わっちまうぐらいだし、奇跡っていってもおかしくないだろう
けど。まあ、どちらかと言えば、呪いって言った方がしっくりくるかな」
「呪い? それは穏やかではないな」
「て、言っても、中には祭りが始まった頃から長い間知られてなかったのもあるから、致
命的なもんでもないんだけどな。……ところで忍者ちゃん。この話は急ぎか?」
「いや。別段、急ぐわけではない」
「そっか、なら良かった。少し、急ぎの用を思い出したんだ」
「ふむ。私もたった今、Fで始まる用事を思い出したところだ。話の続きはその後にしよう」
 女は男の耳に顔を寄せ、くすくすと笑いながらそっと囁いた。

 男の耳に女の温かい息がかかる。男が目を閉じると、彼女の舌が耳元を這い、男の腿
の間に滑り込んだ手が、柔らかい皮の袋をゆっくりと揉みしだき始めた。
 彼らの急な用事は、休むことなく夜中まで続き、先に送られた話の続きは、翌日の朝に
なってから、ようやく女の耳に届くことになった。

* * *

December 22 , at 00:28 a.m.

「いつの間にか日を跨いでしまっていたとは、少し鍛錬に熱が入り過ぎたな。しかし、今
日はなかなかに良い鍛錬になった」
 女君主をリーダーとする冒険者の一団。彼らは祭りの前夜祭に浮かれる街を尻目に、
駆け出しから中堅へのステップアップを目指し、この夜も迷宮に潜っていた。
「ほんとに、本祭の前の晩にマーフィー道場ってのは正解だったわね。でもまさか、あた
し達以外に誰も来てないとは思ってなかったけど」
「ああ。他のパーティーの連中は今頃は酒を片手にご機嫌だろう。でも、こういう時に鍛
錬を怠らない奴こそが、生き残って成功を掴めるってものさ」 
「魔術師よ。お主も普段無口な割に、たまにはいいことを言うの」
 街へと戻る道程。長い一日を終えた冒険者達は、ダークゾーンへと繋がる通路を歩き
ながら、今日の戦闘を振り返っていた。
「にしても、あいつの攻撃は一撃こそ軽いけど、ちまちま当ててくるのが面倒だよな。た
だでさえ戦いが長引くから、連戦してるとその積み重ねが意外と馬鹿にならねえ」
「その割に自分は身軽に攻撃をかわしますしね、マーフィー先生は」
 とは、その時毎に交代で前衛に立つ盗賊と女僧侶の言。
「しかし、戦士は鎧を変えた効果はあったようだな。今まで奴には結構削られていたが、
あまり貰わなくなったのではないか?」
「でしょ。うーん。やっぱり戦士にはプレートメイルよね」
「お主の形のいい尻が拝めんようになったのは悲しいがの」
「もう司教ったら」
 戦士が着ているのは念願の新しい鎧。通称、益荒男の鎧ことプレートメイル+1だ。通常
の全身鎧に手を出したい気持ちをぐっと堪え、その倍の金貨を貯めて、ようやく手に入れ
た鎧だった。
「でも、益荒男の鎧ってねえ。あたしも女なんだし、益荒乙女の鎧?……いや、ないない。
これはさすがにないわ」
「確かにそれはないな」
「ええ、ちょっと恥ずかしいです」
「じゃの」
「え、あたし今の声に出してた!?」
「俺はいいと思う。益荒乙女の鎧」
 戦士は恥ずかしさに顔を赤らめながら、慌てて話題の転換を図ろうとする。
「それはいいとしてさ。ねえ、あたし、今日は鎧のことを除いても、調子が良かったと思わ
ない? 最後の数戦なんて、一度も傷を負わなかったんだから。当てられた時も上手く固
いところで防げてるのか、いい具合にダメージが通らないのよね」
「益荒乙女の鎧の重さに体が慣れたんじゃねえのか?」
「やめて。お願いだからもうやめて」
「それは、奇遇だな。私もなぜか今日は調子がいい。なんだか体が軽くて、これほど余裕
を持ってマーフィーズゴーストと戦えたのは初めてだな。今ならグレーターデーモンと殴り
合っても、いい勝負が出来そうだ」
「ほれ。まだ迷宮の中じゃ。あまり調子に乗っておると、なにが起こるかわからんぞ。宿で
ゆっくり休まんことには、今日得た経験も身にはならんのじゃからな」

 パーティーのご意見番。他の仲間の数倍上のレベルに認定されているノームの司教が、
浮かれ気味の二人に釘を差した。この司教。元々は冒険の一線を退いて、ギルガメッシュ
の酒場で鑑定士をしていたのだが、僧侶の勧誘に口説き落とされ、今では、先達としてパ
ーティーを教導する役目を引き受けている。
「司教も心配性だな。さすがにこの階の連中ぐらいなら、どうってことないって。それより、
祭りだぜ。帰ったらすぐに祭りいこうぜ、祭り」
「私はさすがに今晩は寝たいです。でも、明日――あー、じゃなかった。今日はお休みな
んですよね? 私、こんな大きな街のお祭りは初めてだから、すっごい楽しみで」
「うん。前夜祭にも行かずに頑張ったんだから、その分、今日こそはお祭りを楽しまなきゃ
ね。あたしも実は楽しみでしょうがないの。でも、大市で色々と買い物したいのに、鎧買っ
たからお金があんまり無いんだよね」
「ああ、益荒乙女の鎧な」
「黙れこら。擂り潰すわよ」
「金の心配は無い。マーフィーズゴーストとあれだけ闘ったんだから、結構な額が貯まって
いるぞ」
「あ、そっか。ほんとにマーフィー様々だよね」
 このパーティーの仲間は、司教を除いて、まだ街に来て一年も経たない者ばかり。盗
賊の発言を切っ掛けに、彼らの頭の中は、初めて経験する冬の祭りのことで一杯になっ
ていった。そうして、彼らがダークゾーンのとば口に差し掛かったとき、その気が緩んだ
のを見計らったように、それは突然襲ってきた。

 もんすたあ さぷらいずど ゆう

 女戦士の目に映ったのは、五人の野盗。迷宮を根城にするローグである。だが、不意
を突かれこそしたものの、彼女達にとっては既に大した驚異にもならない連中だ。
 ――そう、本来はそのはずだった。
「きゃぁっ!」
「え? 今の声って誰よ!?」
 これまで聞いたことのない、可愛らしい悲鳴に気を取られた隙に、三人のローグが戦
士の方に肉薄してくる。しかし、彼女は今の自分の力と、鎧の装甲に自信のほどを深め
ていた。野盗共の攻撃など、弾き返してすぐ反撃に移ればいい。
 そう思ったのも束の間――。女戦士は肉を掴まれた。
「っ!」
 なぜか、武器を持たない方の手を伸ばしてきたローグ達は、彼女の胸を、尻を、股間を
まさぐっている。まるで鎧など存在しないかのように、野盗達の手はその体を蹂躙した。
「な、なによこれ!?」
「ヒャッハー! こいつはいい乳をしてやがるぜ」
「んー。少し湿ったこの体の感触。堪んねえなぁ」
「な、なんで? なんでなんでなんで!?」
 女達が呆気にとられる中。野盗達は初撃だけを与えたと思えば、反撃を喰らう前に、一
目散にダークゾーンの中へと逃げ去っていった。
「ちょ、ちょっと。なんなのよ今の! ローグ共、戻ってきて説明しなさいよ!」
 状況を飲み込めない戦士は、ローグ達の消えたダークゾーンに向かって怒声をあげる。
「あのっ、だ、大丈夫ですか! どこかやられたんでしょうか!?」
 僧侶が慌てて駆け寄ってくるが、わけもわからず体をまさぐられた彼女の怒りは収まら
ない。その矛先は、信頼を寄せていた鎧にまで飛び火する。
「この鎧、実は呪われてんじゃないの!? 攻撃を防ぐどころか、なんで素手で体に触られ
んのよ。どういうこと!?」
「いや、その鎧は多分関係ない。私も……私も確かに体を触られた」
 しばらくの間、呆気にとられていた君主は、ようやく我を取り戻し、そう呟いた。
「まったく。だから言ったじゃろうに。調子に乗って油断するなと」
「で、でも。確かに油断はしてたけど、さっきのはどう考えてもおかしいでしょ。なんであ
んなことになるのよ!」
「当然じゃ。今日はもう祭り当日じゃぞ。ああもなるじゃろ」
「は? 祭りの日だからなんだって言うのよ」 
「なんじゃ、本当に知らんのか。『FCの日』の呪いのことを。『FCの日』にはの「強制的
に、襲いかかってきた相手と同じ守備力になってしまう」という呪いが発動するんじゃよ」
「……? て、いうことはつまり」
「どんな重装備に身を包んでいようと、相手が裸なら、自分も裸でいるのと全く同じ。と
いうことじゃな」
「なにそれ、聞いてない! 知ってたんならもっと早く教えなさいよ!!」
 ――と、戦士が怒号を上げたその時。

 もんすたあ さぷらいずど ゆう

 冒険者達の混乱に乗じて、ダークゾーンから再び何者かが飛び出してきた。しかし、そ
こは、つい今しがた奇襲を受けたばかりの彼らである。混乱の最中ではあっても、即座に
気持ちを切り替えて、相手に対応しようとした。
 ――そう、今度こそ、そのはずだった。
「え」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!」
 今度は確かに君主の悲鳴だった。彼女達の前に現れたのは、五人の全裸の男達。彼
らは先程のローグ達よりは幾分強いブッシュワッカー。なのだが、この格好ではさすがに
見分けなど付け様もない。
 思考の停止した戦士の胸に伸びた手は、またも鎧を素通りし、今度は鎧下や、衣服を
も通り抜けて、直接、彼女の乳房を掴み、胸の先端の突起を摘んだ。その手は、ローグ
達よりも力強く乱暴に女の胸を揉みしだいてくる。
「やめろ。来るな! そんなものを私に近付けるんじゃない!! ちょ、や、やめろ。やめて!
いやぁっ! やめ、抱きつくな。お願い、やめてーーー!」
 二人の野盗が裸で君主に抱きつくと、彼女をそのまま床に引き倒し、露出した男根をそ
の胸と言わず太腿と言わず、擦りつけていた。彼女の肌にもまた、鎧や衣服など無視して、
肉の感触と熱さが直接伝わっている。
 残り二人の野盗が、自分より年少の僧侶にまで手を伸ばすのを見て、戦士はようやく我
を取り戻す。
「ちょ、ちょっとあんた達、その子にまで、手を出すんじゃないわよ!」
 だが、野盗共は僧侶を左右から挟み込み、その年若い体を思う様に愛撫する。恐怖に体
が竦んでいるのだろうか、僧侶は声を上げることもなく、ただ野盗達の為すがままに体を
まさぐられていた。
「だから、止めなさいって言ってるでしょ! 離れなさいよ、この変態!! あんた――」
「……下手糞」
「は?」
 この子、今、確かに下手糞って言った? その言葉を聞いた戦士は自分の耳を疑った。
だが、僧侶は今まで見たこともないような冷めた視線で野盗達を見据え、もう一度その言
葉を口にする。
「はぁ。本っ当に下手糞ですね」
「貴様ら、儂の可愛い僧侶になにをやっとんのじゃあああああああぁぁっっ!!」
 僧侶の発した言葉に、その場の全員が固まる中。ノームの司教が体に似つかわしくな
い大音量の怒号を上げる。司教は胸の前で交差させた指で複雑な印を結び、怖ろしい速
さで呪文を詠唱する。
「ターイラー ターザンメ ウォウアリフ イェーター」
 司教を中心に発生した詠唱に伴う魔法風が、女達に狼藉するブッシュワッカー達を吹き
飛ばし、その中心で爆炎が巻き起こる。発生した超高熱の炎と衝撃波が渦を巻き、それ
に飲み込まれた野盗共は瞬時に消し飛んで、一片の肉片も残すことなく消滅した。
 教導役というその役割故、普段は回復と補助に専念する司教が、初めて見せた攻撃魔
法。その凄まじいまでの威力に、唖然として立ちつくす仲間達だった。

* * *

December 22 , at 08:43 a.m.

 寒空の中。裸の上半身に革帯をたすきがけにした半裸の戦士が歩いていく。その隣を
歩くのは、乳房の頂点を三角形の金属片で隠しただけの、鎧とも呼べない鎧を身に纏っ
た、こちらも半裸の女戦士。
 全身を呪われた装備で固めた一団が通り過ぎたかと思えば、胸元がへそのあたりまで
開いた大胆なドレスを着た女の腰には、使い込まれたカシナートが鈍い輝きを放ち、侍は
張り子で作った東方風の鎧を誇らしげに披露している。
 フラックを模した道化師の衣装。どこの王国の姫君かと見紛うような豪奢なドレス。肌を
大きく露出した南方風の踊り子の衣装。その他、さまざまな奇抜な格好をした彼らは、祭
りのために集まった道化師の集団ではない。その全員が歴とした冒険者なのである。
 どんな堅固な鎧で身を固めようと、呪いの前では意味を成さない。ならば、好きな格好を
して迷宮に赴こう。という発想から始まった風習は、一部の冒険者達の間で広まりを見せ、
そしていつしか、迷宮内でのもう一つの祭りとして定着した。
 祭りの朝に迷宮へ向かう彼らの道行きは『FCの日』の風物詩となり、半ば仮装行列の
様相を呈するそれは、今では祭りの名物の一つに数えられるまでになっている。

「みんな、この寒い中、よくもあんなに露出度の高い格好が出来るものだな」
 通り沿いに並べられた露店のテーブルで、通り過ぎる冒険者達を眺めていた侍は、連
れの女忍者がそう呟いたのを聞き逃さなかった。
「なんなら、お前も脱いでいいんだぜ」
「嫌だ。寒い。脱ぎたくない」
「お前からそんな言葉を聞けるとは、冬将軍とやらもいい仕事をしてくれるぜ。今の、もっ
と強調してもう一回言ってくれよ」
「絶対に脱ぐものか。私から下着一枚とて剥ぎ取ろうとする者は、尻の穴につららを突っ
込んで、そのまま蝋で封をしてやる」
「その前に、今日はちゃんと穿いてるのか?」
 侍の言葉を黙殺した女忍者は、湯気の立つカップを両手で包み込み、生姜をたっぷり
入れてシナモンを利かせた蜂蜜酒を、無言のまま啜っている。
「まあ、後でゆっくり確かめるさ。さて、それを飲み終わったら、そろそろ行くか。まだ昨日
までに回ってないところもたくさんあるしな。次は、なにが見たい?」
「そうだな。……うちの戦士さんも大市に店を出しているのだったな。しばらく顔も見てい
ないことだし、行ってなにかエロい細工物の一つも買ってあげようか」
 彼らのパーティーのドワーフの戦士は、元々は冒険者を引退して、この街で金工を営む
職人だった。冬の大市に向けて本業が忙しくなったため、こちらも元冒険者の奥方によっ
て、もっか工房で軟禁状態に置かれている。
「って言っても、旦那は工房の方にいるはずだけどな。じゃあ、大市を覗いてから、工房に
行ってみるか。君主と司教も昼頃には顔を出すって言ってたし、折角だから、なにか差し
入れを持っていって、みんなで昼飯にしようぜ」
「それはいいな。では――ん。ちょっと待ってくれ」
 彼らのすぐ脇を、肌も露わな女戦士が二人、綺麗な丸みをおびた尻を揺らしながら通り
過ぎた。この地方では見かけない灰緑色の髪と、丁寧に編み込んだ長い金髪の女。その
どちらもが、大きな胸を隠しきれないような小さい胸当てを革帯で固定し、下半身は前こ
そ腰布で隠されているが、後ろから見ると面積の少ない革の下着に隠された尻が、丸見
えになっている。

「リーダー。見たか」
「ああ、見た」
「すっごくいい尻だったな! あの二尻、いや、あの二人は、この街では見たことがない」
「いい笑顔で叫ぶな。あー。この時期には、余所から来る冒険者も結構いるからな」
「予定変更だ。あのお尻を追いかけて、声をかけるぞ」
「おい」
「ちょうどこちらも二人だ。すぐに連れてくるから、リーダーはここで待っていてくれ」
 言うが早いか、席を立った女忍者は、二人を追いかけて人混みに消えていった。一人残
された侍は、酒杯を手にして独りごちた。
 「あいつのあの自信はどこから来るんだよ。……でも、確かにあいつの女に対する強さ
は異常だよな。あいつ、女系に倍打の装備でも持ってんのか? それともなにか? 俺の
知らない間に世間じゃ、男と女より、女同士の関係の方が普通になっちまったのか」
 そんなことを呟きつつ、置いた酒杯を呷った男は、それが既に空だったことに気付く。露
店の店主に火酒をたっぷりといれた紅茶を頼み、店主の持ってきたそれを一口飲んで、
男は再び、祭りに湧く雑踏に目を向ける。
「……ま、とりあえずは、あいつが戻るのを待つとするか。…………尻もいいけど、胸も、
かなりのもんだったな」

* * *

December 22 , at 06:49 p.m.

「えぐっ、えぐっ」
「ほら、君主さん。泣かないで」
「でも、まだ胸にあの、肉。肉の感触が……ヒック」
「あんな粗末なもののことなんか忘れましょう? ね? ほら、鼻、拭いてください。あ、
ほら、あの露店。あそこで売ってる飴細工、すっごく綺麗で美味しそうですよ。買いに行
きましょう。ね?」
「……うん」
 しゃくり上げる君主の手を引いて、小柄な僧侶が立ち上がる。今日未明に、迷宮で『FC
の日』の洗礼を受けた件のパーティーである。
 盗賊達に狼藉された君主は、その後、なにごともなかったかのように、普段と変わらぬ
振る舞いで祭りを楽しんでいた。しかし、夕刻になり酒が入った途端、押さえていた感情
が堰を切って溢れ出したのか、童女のように泣き出してしまったのだった。

「知らなかったぜ。君主の奴。意外と男に免疫無かったんだな。しかも泣き上戸」
「ああ。だが、あれはあれで普段の凛々しさとのギャップがあっていい」
「それに比べて、いつもは明るい戦士はあれか」
「とんだ絡み酒だな」
「しかし、お前も酒が入ると案外よく喋るんだな」
 僧侶に引っ張られて行く君主の背中を眺めながら、盗賊と魔術師はこそこそと言葉を交
わしている。そのすぐ横では、戦士が司教に絡んでいた。
「大体、なによー。そんなの知らないわよ。司教は知ってんならもっと早く教えなさいよ」
「なんじゃ、まだ言うとるのか」
「だって、揉まれるだけならまだしも、まさぐられたのよ!」
「減るもんでもなかろうに。この呪いが発覚したころなんかはの、それを逆手に取って楽
しんだもんじゃぞ。ウィルオーウィスプの淡い光に照らされながらの裸でのまぐわいなど
は、そりゃあもう幻想的なもんじゃった」
「そんな変態行為はどうでもいいわよ! 君主なんて胸に挟まされたんだからね」
「教えられてたとしてもよ。不意を突かれた時点で、結果は一緒じゃねえか?」
「まあ、そうだな」
「あんた達は黙ってなさい! それにさ。司教ったら、あたし達が襲われた時は、なにも
しなかったくせに、僧侶が襲われた途端に、ティルトウェイトなんてとんでもないの出しち
ゃってさ」
「当然じゃろ。自分の女に手を出されて怒らぬ奴は男ではないわい」
「あ?」
 司教の言葉を聞きとがめた盗賊と魔術師は顔を見合わせる
「なぁにが「儂の可愛い僧侶」よ。そりゃ、確かに僧侶は小さくて可愛いけどさ。あたし達
だって、自分でいうのもなんだけど可愛いわよ」
「なんだかもう支離滅裂じゃの」
「ちょっと待て司教。さっき、あんたなんつった?」
「僧侶が司教を口説き落としたっていうのは、まさか、そういう意味なのか」
「ん? そうじゃぞ。と言うか、そもそも、教導役を頼まれる前から、儂と僧侶はいい仲じ
ゃったしの」
「ちょっと、あんた達、あたしの話を聞きなさいよ」
「どうした。なにかあったのか?」
 棒に付いた大きな飴を舐めながら、手に包みを抱えた君主と僧侶が席に戻ってくる。
「君主さん。泣きやんでくれました。やっぱり、飴を舐めながらは、泣けないですから」
「いや、すまなかったな。取り乱した。お詫びと言ってはなんだが、露店で色々と食べ物
を買ってきたぞ」
「お、いいところに帰ってきた。僧侶は司教とできているのか?」
「えっ? そうですけど……?」
「ちょ、狡ぃぞ司教。なら、この機会に俺も君主と!」
「実は、俺は戦士のことが」
「い、いきなりどうしたのだお前達!」

 と、君主ににじり寄った盗賊は、彼女の持つ飴の形状に強烈な違和感をおぼえた。
「ん!? 君主。お前、なに舐めてんだ?」
「え。なに、どうしたのー。ねえ、そんなことよりあたしの話をさあ――」
「ああ、これか。露店で売っていたのだ。茸の形をした飴とはなかなか珍しいだろう」
「いや、茸ってかそれ……どう見てもあれだぞ。まさか、知らずにそれを選んだのか」
「これだな」
 魔術師がローブの裾をからげて、おもむろに自分の一物を露出する。
「え、飴と同じ……茸? え、茸……飴、じゃなくて、いや、えーっと」
「ちょっと、あんた。なにこんなところでそんなもん出してんのよ!」
「ちょ、魔術師。お前酔ってんだろ! く、君主。そんな奴のより俺の茸を!」
「ぃやあぁぁっ!」
 君主は、自分の舐めていた飴と、目の前に露出された魔術師のそれとを見比べる。そし
て、その形状の一致に気付いた途端、手に持っていたそれで魔術師の顔面を殴打し、返
す刀で飴の先端を盗賊の頭に突き立てた。更に追い打ちをかけようとする彼女を、一気に
酔いの醒めた戦士が羽交い締めにして制止する。
 魔術師は椅子ごと吹っ飛び、盗賊は頭を押さえて転げ回る。祭りの喧噪の中、にわかに
巻き起こった騒動に、周囲も騒々しくなり始めた。自分の皿を持って非難する者がいれば、
遠巻きにして眺める者もいる。だが、その大半は、喧嘩も祭りの余興の一部と、騒ぎをツ
マミに酒杯を掲げている。
 突如、彼らの後方で歓声が巻き起こり、街のあちこちで鳴っていた笛や太鼓の演奏が一
際賑やかになる。祭りの夜のクライマックス。神々を模した人形によるパレードが始まろ
うとしていた。