とある玄室の片隅で緑色の道化服に身を包んだ老人が妙な形の錫杖を持ち佇んでいた。
地獄の道化師の異名を持つ妖魔フラックである。
何かを探しているのか周囲を見回しては玄室内を歩き回り、時折何かを確かめるように小さく錫杖を鳴らした。
その後ろには法衣に身を包んだ男が微動だにせず立っていた。

「喰われたか」

フラックはぽつりとつぶやき法衣の男に目をやった。
法衣は裾がぼろぼろに避けており、立っているというより立たされているといったほうが適切なほど男に生気は感じられなかった。
傀儡。
フラックに仮初の命を吹き込まれた屍である。その出で立ちから生前はハイプリーストの位階を持つ大司祭であったのだろう。

つと、フラックの口元が吊り上がった。くくくと笑う。そして一点を見つめしわがれた声を出した。

「よくぞご無事で」
「13-543が助け出してくれたのよ」

フラックの声に答えたのはこの暗い迷宮にそぐわないほど澄んだ女性の声だった。
暗闇から艶かしい素足が現れ、次いで肉づきのよい太もも、秘部を長いブラウンの髪で覆い隠し、
豊満な胸には淡いピンクの下着をつけただけの露な女性が姿を現した。

「詳しいことは秘密だけど」

魅惑的な瞳はまっすぐフラックを見つめ、色づきのよい唇がより一層彼女の美しさを際立たせている。
だがその背には白く透き通った肌とは不釣合いなほど巨大な蝙蝠の翼が広がっていた。
サキュバス。
夢魔とも呼ばれ、男性の夢の中に紛れ込んでは淫らな姿で誘惑し生命力を奪い取っていく悪魔である。
特に自らを純潔の誓いで縛った聖職者などを堕落させることに悦楽を覚えるのだとか。
夢の中だけでは事足りないのかこの迷宮内にも若いエナジーを求めて何匹かのサキュバスが潜んでいるようだ。
そのうちの一匹がフラックの前まで来て甘く囁いた。

「それよりもあなたを捜していたのよ」
「ほう、この私をお捜しとは珍しい。どのようなご用件ですかな?」
「あなたが欲しいの」

フラックから返事はなかった。表情は変わらないが突然の告白に少なからず驚いているのだろう。
しばらくした後フラックはのどの奥でくくくと笑った。

「気でも触れたか。今宵の舞台は麻痺だけではすまないかもしれませんぞ?」
「構わないわ」

サキュバスは凛としてフラックを見つめた。

「前回は初めてのことばかりであまり楽しめなかったのよ。だから今回は思う存分あなたとの舞台を楽しみたいわ」
「…………」
「ねえお願い。あなたが欲しいの」

今回はさすがにたやすく合意は得られないようだ、フラックは答えない。サキュバスは甘えるような瞳で見つめ続けた。
ふとフラックが彼女から視線をそらした。
しばし宙にさまよわせ、目の前の美しい女性の艶かしい裸体を眺め見た後、再び彼女に視線を戻した。

「……よろしい。あなたがどのように変貌していくか、見どころは実に満載。第三の舞台を始めようではありませんか」

開演の合図だったのか、フラックは錫杖を何度か鳴らしサキュバスに向かって深々と一礼をした。
サキュバスは妖艶に微笑んだ。彼女もまた長い髪を両の手の甲ですくって後ろに流し、隠していた秘部を露にした。
髪と同じブラウンの陰毛に覆われたそこはすでに濡れていたのか、辺りに女の匂いが広がった。

「後ろの彼は遠慮するわ。あなただけが欲しいの」

フラックの後ろで同じく一礼をしていたハイプリーストを指してサキュバスは断りを入れた。
顔を上げたフラックは再びのどの奥からくぐもった笑みを漏らした。

「私だけをご指名とは、恐れ入る」

フラックは一際大きく錫杖を鳴らした。
途端に糸が切れたかの如くハイプリーストが倒れた。否、本来の姿である屍に戻ったといったほうが正しい表現か。
フラックは顔を上げたまま再び先ほどの一礼のポーズをとった。

「ではそのように」

互いに意をはかったの如く男は杖を放り投げ、女はおもむろに下着を外した。
前回触れたはずの豊満な乳房はより柔らく温かそうで、つんと上を向くピンクの突起が一層男を誘っているように見えた。
淑やかな足取りでフラックに近づき軽くひざをつく。
フラックもまた頭巾を外し彼女に近づいた。ひざをついてもなお彼女のほうが目線が上のようだ。

「来て…」

サキュバスは両手を広げ、フラックより先にその小さな体を抱きしめた。
緑色の道化服をたくし上げ、しなやかな指先で赤いつなぎ越しに腰をなで引き寄せる。
もう片方の手は首元に回り、白い髪に指を絡ませながら頭をなでた。
熱を帯びた柔らかな乳房が彼の冷ややかな胸に押しつけられ、強く抱きしめる度にかたちを変える。

「今宵はやけに、積極的ですな」
「ふふ」

フラックもまた彼女の滑らかな背に腕を回し、より体を密着させた。彼女の熱が冷えた体に温もりを与えていく。
ふと彼女の首元に顔をうずめそっと口づけた。舌先でなでると彼女は敏感に反応し、甘い吐息を漏らした。

「あなたを捜している間、体が疼いてどうかなりそうだったわ」
「ご冗談を」
「本当よ」
「こんな私に?」

フラックは顔を上げサキュバスを見つめた。舌なめずりをしたのが合図だったのか、突如瞳が見開かれ口元がピシっと裂けた。
そのまま頭だけを残し全身がバブリースライムの如くどろりと溶け出した。黄緑色の触手がいくつも伸び彼女を襲う。

「あ…」

彼女はその事態を戸惑うことなく受け入れた。
冷たい触手が彼女のふくよかな乳房や引き締まった腰、かたちの整った尻、肉づきのよい太ももをなで回しては吸いつき、
濡れそぼった秘部にまで伸びる。

「あんもう。せっかちなんだから」

流動体生物というよりは軟体動物といったほうが適切か。
その感触はバブリースライムやワーアメーバとは違って弾力があり、いくつもの手で触れられているような錯覚を起こした。

「今回は怖れないのだな」
「あなたを欲しいと言ったのは嘘ではないもの。あなたのすべてが欲しいの。もっとあなたをよく見せて……」

潤った瞳で目の前の軟体動物に甘く囁く。その言葉に気をよくしたのか悪くしたのか、フラックはなおも彼女の体を執拗に愛撫した。
触手が全身を包み込む。傍から見れば黄緑色のブロッブに喰われている状態にしか映らないだろう。
その一部に圧力がかかり、彼女の左足を軽く持ち上げた。右足にも触手が回りこみ固定させる。ひざに負担をかけないためだろうか。
開かれた秘部はしっとりと潤い、雄を誘う甘い香りが辺りを満たした。

「くくく。これは楽しめそうですな」
「ああ、恥ずかしいわ。こんな体勢」

フラックは構わず開かれた秘部に触手を滑り込ませ、上下にこするように動かした。

「あ…っ」

彼女の体がびくっとはねた。すでにぐっしょりと濡れていたそこはなお愛液をあふれさせ触手を濡らしていった。

「ふしだらな娘だ。そんなにこの私を求めていたのか?」
「あ、あなたのことが忘れられないの。だから…」

言い終わらないうちに触手が彼女の中に突き進んだ。ぬぷっと湿った音がした。

「あぁっああん」

突然の異物の侵入に彼女は嬌声をあげ腰をくねらせた。
胎内では欲しくてたまらなかったものがやっと得られたと言わんばかりに柔らかい粘膜が触手全体にまとわりつき強く締めつける。
その感覚を堪能する間もなく、フラックは彼女の首筋に口づけ全身を密着させたまま胎内に突き刺したものを動かし始めた。
ぐちゅぐちゅと愛液がかき回される卑猥な音が玄室内に響く。

「ああっすごいっ大きいぃっっ」

サキュバスは天を仰ぎ胎内の奥深くを突き上げられる快感に溺れた。
何度も腰をよじっては淫らな声をあげ体を震わせる。
回していた腕に力を込め、背中なのか腰なのかもわからない軟体動物の体をぎゅっと抱きしめた。
フラックも感じているのだろうか、呼吸が乱れているようだ。
彼女が声をあげればあげるほど意地悪い笑みを浮かべ、感じやすいと思われるその場所を幾度となく突き上げ攻め続けた。

「酔狂な、娘だ。この私を、欲しいなどとっ」
「あっあっ…ほ、ほしいの。もっと、もっとぉっ…ああっ」

激しい上下運動を繰り返す中、彼女を包み込んでいた触手の一部がまだ空いている二つの開口部をくすぐった。
彼女の体がびくっと反応する。

「あっああんっおしりはダメっ!え?あっああっ!そこはだめぇっっ」
「聞こえませんな」

触手が彼女の尻穴と尿道口を同時になで回し、べったりと張りついた。振動を与え、ほぐしつつ中に侵入しようとする。
彼女の全身に電撃が走った。

「だめっいっあっ!ああぁっああぁぁあああっっ」

身を貫く快感にサキュバスは髪を大きく振り乱し、抱きしめる腕になお力を込め全身をひくひくと痙攣させた。
胎内がぎゅっと締まったためか軟体動物は一瞬動きを緩めたが、構わず開口部を押し広げ中に侵入していった。
矢先、ずぶりと鈍い音がした。同時にフラックが小さく吐息を漏らした。
おもむろに顔を上げサキュバスを見つめる。目の前の女性は大きく呼吸を乱し、頬を赤らめたまま彼に微笑みかけた。

「……ああ、なるほど。そういうことか」
「そういうことよ」

伸びた触手が収縮していき再び老人の姿を形作った。道化服を身につけた行為前の状態でサキュバスの背に腕を回している。
サキュバスもまたフラックの背に腕を回しており、首筋には二本の爪が突き刺さっていた。
エナジードレイン。
生命力を奪い取り、一定時間相手の動きを鈍らせる追加効果も持つ(麻痺、睡眠など完全に止めるケースもある)特殊攻撃である。
隙を突いて彼女はあらかじめ仕込んでおいた麻痺毒をこの軟体動物に注入したのだ。
フラックはサキュバスに苦笑いを浮かべた。サキュバスもまた穢れを知らない天使の如く微笑んだ。

「不覚」


小さな体が力なくサキュバスに倒れ込んだ。彼女は愛おしげに抱きしめ、静かに横たわらせた。
上にまたがり彼の頬を白い指先でなでつつ、豊満な胸をその小さな体に押しつけ名残惜しげに全身で愛撫した。
フラックはされるがままに天を仰いでいる。呼吸はわずかに乱れたままのようだ。

「私に麻痺毒が効かなかったらとは考えなかったのか?」

不意の質問に一瞬サキュバスの動きが止まった。
もしかしたらフラックは今麻痺していないかもしれない、そんな考えでもよぎったからだろうか。
だが確かめる術はない。少し間を置いた後サキュバスは言葉を返した。

「それは前回の私に対しても言えることだったんじゃない?」

質問を突き返されフラックはくくくと笑った。

「無論考慮の上だったとも。
こちらが完全に麻痺するまでにあなたの首をはねるか、あるいは一時次元間に逃れることはできますからな」

戸惑いの色すら見せず答えるフラックにサキュバスは依然として動きを止めたままである。
少しして彼女は唇を震わせながら問いかけた。

「……ならなぜ今そうしなかったの……?」
「さて……。なぜでしょうな」

口の端を吊り上げるフラックの首筋に彼女はなおも爪を突き刺した。

「つっ」
「私をばかにしてるの?」
「とんでもない」
「あなた前回言ったわね。私が死んだらパートナーにするって。あいにくだけど私は死なないわ。
だからあなたのパートナーにもならない」

サキュバスは力強い意志をフラックの前に突きつけた。だがフラックの表情は変わらない。

「大いにけっこう。私とて生者に興味はない」
「性者?」

フラックは再び口元を吊り上げた。

「死者はすべての者に平等だ。死者は私を裏切らない」

サキュバスは少しだけ首をかしげる。言っている意味がわからないのか返すべき答えを探っているのか。

「……ああ、生者ね。
あなたやっぱり危ない人だわ。物言わぬ死者に興味を持ってナニするわけ?
それに裏切らないって、単にあなたが操ってるからでしょ?」

平静を取り戻したのかサキュバスは目の前に横たわっている小男の衣類を脱がせていった。
先ほど彼女の胎内に挿入していたのは男性器だったのだろうか、下着もそこも愛液でぐっしょりと濡れていた。
途中で止められたことがよほど名残惜しかったのか、まだ硬さを失っておらず上を向いている。

「ああ、あなた……。私に裏切られたと思ってるのね?」
「……」
「それとも過去に生者に裏切られたことがあるのかしら?」

先ほどの発言の流れから導き出した質問にフラックは答えなかった。サキュバスは構わず下着をずり下ろす。
やはり衣類も肉体の一部なのだろうか、先ほどまで裸だったことを思うとこうして脱がせていることに違和感を覚える。
細かいことは後回しにすることにしてサキュバスは言葉を続けた。

「私は生者にしか興味がないわ。今のあなたは感覚が薄れてるでしょうから残念だけど」

硬くなったままの男根をしっとりとした指先で優しく包み、そっと上下させた。
すでに互いの愛液で濡れていたそこは上下させる度にくちゅくちゅといやらしい音を立てた。

「っ…」
「こうして触れたときの反応を見るのが楽しいの。それに」

サキュバスは男根に顔を近づけ未知の生命体の雄の匂いを堪能した後、舌先でそっと先端をくすぐった。
まだ感覚が残っているのか、フラックの体がわずかに反応した。

「甘美なエナジーは生者からしか奪えないもの」
「生者に、下手に関わると痛い目を見るぞ」

突如突き返された言葉にサキュバスは思わず顔を上げた。
相変わらずニヤけた表情は変わらないがその言葉には何かしら強い念が感じられた。
しばしフラックを見つめた後、再び顔を沈め裏筋や鈴口をなめる。
再び彼の体が反応した。

「それが楽しいんじゃない」
「…………」
「何が起こるかわからないから楽しいんじゃない」

フラックから返事はなかった。同意どころか正反対だったその言葉は少なからず彼に衝撃を与えたのかもしれない。
しばらくは彼女がペロペロと男根を舐め回す音と甘い息遣い、時折漏れる男の吐息だけが玄室内に響いた。

「……何が起こるかなどとうにわかっている」

ふとフラックがつぶやいた。

「わかりきっている!あきれるほどっ!!もう何十年も何百年も同じ様を見てきたのだ!!!
所詮はお前とてっ!!!!

突然の荒々しい叫び声にサキュバスは目を見張った。
彼の口が目尻の近くまで裂けている。先ほどのニヤけた表情とは打って変わってまったく笑っていない形相だった。
その瞳には憎しみ、悲しみ、痛み、怒り……ありとあらゆる負の感情が垣間見えた。

「お前とて…っ」
「私が……なに……?」
「……っ」

その先をフラックは答えない。

「フラック?」

なおも問いかける彼女に対し、彼の表情が少しずつ崩れていった。
裂けた口元が奇妙に歪み、眉間には皺が寄り、強い負の感情が宿っていた瞳には苦悩の色が表れ始めた。
彼女は視線を背けることなく彼をずっと見続けた。
曇りのないまっすぐな瞳はなおこの道化師を戸惑わせるということに彼女は気づいていたのだろうか。

「私に触れるな」

フラックは短く返した。

「近寄るな……」
「フラック…?」

サキュバスは男根に手を添えたままあえてフラックの顔に自らの顔を近づけた。フラックは彼女から視線をそらす。

「やめろ…っ」
「フラック」

なおも近づく彼女に対し、フラックは一瞬だけ視線を戻した。目の前には潤んだ瞳をした美しい女性の顔があった。
あまりの近さに硬直する彼に、彼女は緊張をとかせようともう片方の手で頬を優しくなで、柔らかな唇をそっと重ねた。

「んっ…っ」
「ん…」

逃げ惑う舌に優しく舌を絡ませ、くすぐるようになでる。口に含みそっと吸い立てると大げさなほど彼の体が反応した。
構わず優しく吸い立てているとだんだん緊張がとけていったのか、彼もまた彼女の唇を求め始めた。
わずかに首を持ち上げ、彼女の艶かしい舌をねだるように自らの舌を伸ばし絡ませる。
サキュバスは優しく微笑み、再び彼の舌を口に含み甘噛みした。よほど刺激が強かったのか彼が初めて声をあげた。

「大丈夫よ。痛くはしないわ。あなたを欲しいと言ったのは本当なの」
「っ……」

彼は何かを言いかけたがそれは言葉にならず、そのうち口をつぐんでしまった。
彼女の腕の中にいる小男はいつもよりなお小さく見えた。サキュバスは柔らかい両の腕で彼をぎゅっと抱きしめた。

「娘……」

サキュバスの腕の中でおとなしくしていたフラックが消え入りそうな声で彼女を呼んだ。
表情はすでに崩れ口元は奇妙に歪んでおり、笑っているのか泣いているのか判別つきかねる形相をしている。
サキュバスは微笑み優しく彼の頬をなで、再び白い指先を男性器に滑らせた。
麻痺毒はまだ完全に回っていないようで、そっとなでると相変わらず彼の体がわずかに反応した。
その反応を楽しみつつ彼女は答える。

「人は私を夢魔サッキュバスと呼ぶわ」
「死すれば皆等しく屍だ。名前などに意味はない」

またおかしなことを言う。サキュバスはもう慣れたと言わんばかりに小さく笑みを漏らし言葉を返した。

「あなたにも名前があるじゃない」
「自ら名乗ったわけではない」
「ならどうしてそう呼ばれるようになったのかしら?」
「……」

フラックは答えない。この男はペラペラしゃべっていたかと思えば突然糸が切れたかの如く黙り込むときがある。
触れたくない話題にでも触れてしまうためだろうか。

「あなた、ずいぶん複雑な過去がありそうね」
「私の過去などどうでもよろしい。注目すべきことは数百年の時を経てもなお人間の愚かさは変わらないという点だ」

人間。

サキュバスは再び彼の股に顔を近づけ、男根を指先で上下させながら先端をちゅぱちゅぱとしゃぶった。
フラックが小さく吐息を漏らし、わずかに腰をよじった。

「そうね。人間は愚かだわ」

彼の言葉に同意を示しつつも目の前の雄の肉体を求めることに余念がない。口内の奥深くに男根をくわえ込み吸い立てる。
彼に注入した麻痺毒が完全に回ればいずれすべての感覚はなくなり睡魔が襲う。
まだわずかでも感覚があるうちに触れた際の反応を楽しみ心ゆくまでエナジーを奪い取ろうと考えているのだろう。
麻痺毒、石化、即死。
この男の繰り出すあらゆる危機から逃れるためには肌を重ねる快楽を犠牲にしても動きを封じる必要があったようだ。

「本当は女性を抱きたくてうずうずしてるのに必死に隠してるのよ。特に神なんてモノに誓いを立てた殿方は。
本当に愚かな話だわ」

会話を続けながらも舌先で先端をくすぐり、糸を曳いては美味しそうにしゃぶる。
根元を労わるように指先で包み、もう片方の指先で陰嚢から肛門まで滑らかになでては優しく包み込んだ。
じわじわと与えられる快楽に耐え切れないのか、男は吐息を漏らしながら時折小さく声をあげる。

「自然体じゃないのよ。もっと思ったままに生きればいいのに、本当にそう思うわ」
「欲のままに生きれば、醜い争いの絶えぬ世となるぞ」
「逆も言えるわ。無理に欲を抑えつけるから醜い争いが起こるのよ」

会話の合間にも度重なる快楽を与えられ、感情をむき出しにした辺りから男はすでに平静を失っていたのかもしれない。
呼吸は乱れる一方で、会話を続けようにも彼女に肉体を求められる度に体をよじり、表情を歪ませ小さく声をあげた。

「一長一短ですな。やはり人間は、愚かしい」
「あなたの欲は何?決して裏切らない死者を囲うこと?本当は違うんじゃない?」
「……」
「もう二度と、生者に裏切られないこと?」

フラックは再び黙りこくった。口の端が引きつり瞳に負の感情が戻る。

「私を……見くびるな……」
「もしかしてあなた、本当は生者のパートナーが欲しいの?」
「うるさい、だまれ」

サキュバスは妖艶に微笑み、彼の肉体をより激しく求めた。
しなやかな指先で男根を強くこすり上げ、口内深くに含んではじゅぷじゅぷと淫らな音を立ててしゃぶり強く吸い上げる。
突然の激しい快感に耐え切れず、ついに彼は大きな声をあげてしまった。

「いいのよ。もう難しいことは何も考えないで、ただ感じて…」
「うる、さい…っ」

すぐ性に堕落する者には「だらしないわね。恥ずかしくないの?」と言葉で責め立て情欲を一層刺激し、
抵抗を貫く者には「もっと自分の心に正直になっていいのよ」と甘く囁くのが夢魔の常套手段である。

「大丈夫だから…」

より相手と悦楽を共有するために、体だけでなく心をも奪う術を夢魔たちはその経験から身につけている。
彼女もまた例外ではない。
今や力なく地面に横たわり、彼女にされるがままに裸体を晒し喘ぎ声をあげるこの小男が、
これまで数多くの冒険者の生命を奪い、伝説の妖魔、地獄の道化師と呼ばれ怖れられている魔物と同一人物とはとても思えない。
生まれながらに残虐非道な妖魔として怖れられていったのではなく、彼という固体が発生して現在に至るまでに
伝説の妖魔と呼ばれざるを得なくなった過程でもあるのだろうか。
サキュバスは興味をそそられた。この男の心の中を覗いてみたい。
少しずつ感情を見せ始めたこの道化師の心の隙に入り込むべく、より一層彼の肉体を感じさせ理性を奪っていった。
ずっと抵抗を貫いていたフラックも度重なる耐えがたい快楽にだんだん呂律が回らなくなり(麻痺毒が回っていたせいもあるだろうが)、
次第に喘ぎ声だけが玄室内に響いていった。

「あぁ、娘……」
「サッキュバスね」
「娘、どこに触れている…」
「なあに?ここをいじられると感じちゃうの?」

サキュバスは指先をくいっと動かした。フラックの体がびくりとはね、力の限り腰をよじった。

「ふふ、腰が浮いてるわよ」
「お、男の尻に、指を突っ込む女など、お前くらいのものだっ」
「あら、おしりは女よりも殿方のほうが感じるのよ」
「そんなこと知るかっ」
「ならあなたの体に聞いてみましょ。こんなに濡らしちゃって、感じてるのよ。ほら、ここはどう?」
「あっ…あぁっ」
「おちんちんもおかしくなっちゃってるわね。それじゃおちんちんとおしり、一緒に気持ちよくなりましょ」
「まっ待ちなさいっ…はぁっああっっ」

まったく形勢は逆転し、彼女の柔らく温かな指先に包まれ前からも後ろからも与えられる快感に男はあっけなく達してしまった。

「あぁ、すごいわ……なんて甘美なエナジー……」

飛び散った白濁液をすべてなめ取り、うっとりした表情でサキュバスがつぶやいた。
達したと同時にエナジードレインを食らい、二重に脱力した小男は恍惚と羞恥に表情を歪ませぐったりと横たわっている。
数百年の時を経て培われた熟練のエナジーは若い冒険者のそれとはまた違った魅力を備えているのだろう。

「やっぱり、欲しいわ。私の中に」

ずっと彼の喘ぎ声を聞いていたためか、体の奥が熱く疼いてしまったようだ。
サキュバスは再び彼の股に手を添え優しくなでた。達した後で敏感になっていたのか彼が拒否の声をあげた。

「あなたと一つになりたいのよ」
「もうだめだっやめろっ」
「あら、でもおちんちんおっきくなってるわよ」
「そっ…ああっ」

フラックの抵抗も空しく、彼女は彼の上にまたがり疼きの元凶である秘部に再び硬くなり始めた男根をあてがった。
そのままゆっくり沈めていく。濡れそぼったそこは男根を優しく包み込み、奥深くまで導いていった。
彼の上に腰をつけ、円を描くようにこすりつける。互いの陰毛が絡み合い、ぐちゅぐちゅと淫らな音が聞こえ始めた。

「あぁ…」

サキュバスは小さく吐息を漏らし、腰を動かし続けた。
体格差から到底奥までは届かない。だがそのもどかしさがまた別の快楽を彼女に与え、昂ぶらせていった。
熱い粘膜に包まれ、かき回され、男はただただ喘ぎ声をあげる。
興味を抱く男と一つに解け合っている充足に身を委ねつつ、それでいて彼女は違和感を覚えていた。

いつまでたっても麻痺毒が完全に回らない。

男は触れる度に敏感に反応し、口調も変わらずはっきりとしゃべり続け、睡魔に襲われる素振りすら見せない。
本当にこの男に麻痺毒は効いているのだろうか。

「あなた……麻痺してないの……?」

つながったままサキュバスは目の前に横たわっている男に問いかけた。
フラックはしゃべるのも一苦労と言わんばかりに呼吸を乱し、それでいて笑みを浮かべながら途切れ途切れに言葉を返した。

「少なくとも、今あなたを、攻撃する余力は、あぁ、はぁ……私には、残されていないようだ」
「なぜ、殺さないの?」

サキュバスは念を押すようにもう一度似たような質問を投げかけた。フラックの表情は変わらない。

「これは、舞台ですからな」
「意味がわからないわ」

彼女が再び腰を動かすと男は敏感に反応した。どうやら度重なる快楽を受け続け感じやすい体になっているようだ。

「まあいいわ。それなら別の意味であなたを動けなくしてあげる。
それにエナジーを存分にいただいたら面倒に巻き込まれる前に地上に行くから」

相変わらず表情は変わらないが、地上という単語にフラックがわずかに反応した。

「出ていくのか」
「13-543のところへ行くの。まだお礼もしきれてないし。下着は外していたほうがいいなんて、彼もあなたもエロいのね。
しばらく彼のところに通おうと思うわ」

サキュバスは特に気にした様子もなく腰を上下に打ちつけ、互いの粘膜がこすれ合う快楽に没頭した。
フラックもまた自分の意思とは関係なく与えられる快楽に身をよじりながらも無理に会話を続けた。

「もうここに、戻る予定はないのか?」
「さあ…。彼のテクによるかしら」
「ずいぶんその男に惚れ込んでいるのだな」
「それよりも今は一つに解け合っている幸せを感じましょ」

サキュバスは彼を抱き起こし、全身を密着させ腰をぐりぐりと動かした。胎内を違う角度からかき回される快感を貪る。
フラックもまたサキュバスの腰に手を触れた。白く柔らかい肌に顔をうずめ、彼女の淫らな腰使いにただただ感じている。
強く抱き寄せたいところを麻痺しているために力が出せていないだけのようにも見えるが、
力なく顔をうずめるその姿はまるで小さな子どもが母親に「行かないで」とすがりついているようにも見えた。
サキュバスは再び彼を押し倒す。引き離す瞬間の彼の表情を見て彼女は確信した。両の指を彼のそれと絡ませる。

この男、過去に誰かに捨てられたんだわ。誰かというのは少なからず生者であり、彼にとって大きな存在だったということ。
ただそれ一件だけとは限らない。
わかることは、この男は寂しさという感情を知っているということだけ。
数百年生きてきた妖魔、その間にどれだけの体験を重ねて寂しさという感情を覚えていったのかは想像もつかない。

できるならもう少しこの男の心の内を探りたいところだが、完全に麻痺していないという現状がある以上長居は危険。
彼女は絡ませた指をぎゅっと握り、さながら母親の如く優しく、慈しむような微笑みを彼に向けた。そっと耳元で甘く囁く。

「一緒に気持ちよくなりましょ」

それから後はあっけなかった。彼女が彼を見つめたまま数度腰を動かしただけで彼は声を上げ達してしまった。
彼女もまたもどかしい熱が重なり我慢できない快楽が幾度も込み上げ、ほぼ同時に軽く絶頂を迎えた。
胎内に注ぎ込まれる白濁液とあふれ出るエナジーを一滴残らずしぼり取ろうと彼女はなおも腰をくねらせ身を震わせた。

「あぁ、あなたのエナジーって底なしなのね。奪っても奪ってもあふれ出てくるわ」

サキュバスは恍惚の表情で胎内を満たす充足の余韻に浸った。彼を解放すると、ぐちょぐちょに濡れた秘部から白濁液が糸を曳いた。
彼もまた恍惚と二度目の脱力感に表情を歪ませ、虚ろな瞳で彼女を見つめている。
前回のように麻痺毒や石化などいずれかの症状が現れるかと身構えたが、不思議なことに今回は何の症状も現れなかった。
彼女は力なく横たわる彼に微笑みそっと囁いた。

「このままあなたを放置してあげるわ」

前回フラックがしたように、彼女もまたフラックをそのままにして立ち上がった。

「次にここを訪れる者は敵か味方か。あなたを助けてくれるような女性だといいわね。可能性は薄いけど」
「くくく、これは手厳しい」
「それではごきげんよう。地獄の道化師さん」

フラックが何かを言いかける間もなく、彼女は風のように消えた。
後には静寂と先ほどまで肌を重ねていた熱、彼女の甘い香りだけが残った。
フラックはしばらく彼女の消えた先をぼんやりと眺めていた。
再び何かを言いかけようとしてはやめ、言いかけようとしてはやめ、そのうち視線を上に戻した。

「……暇ですな」

フラックは口を大きく開け舌を勢いよく伸ばし、全身を包み込んだ。
ブロッブの如くピンク色の球体になったかと思えば次にはバブリースライムの如く黄緑色の球体に変化し、再び道化師の姿に戻った。
さながら何事もなかったかの如く道化服を身につけ頭巾をかぶり、錫杖を手にしている。

「なぜ、殺さないのかだと?」

フラックはおもむろに立ち上がった。

「初めてだったからだ」

遠くで倒れていた屍を見やり、呼び覚ますかの如く何度も錫杖を鳴らす。
シャンシャンシャン……。

「私を見て、怖れ、攻撃をしかけるどころか微笑みかけてきた娘は……」

倒れていた屍がむくりと起き上がった。

「一度恐怖を味わってなおこの私を欲しいなどと言った娘は」

シャン!

「お前が初めてだったからだ。ただそれだけのこと」

ぼろぼろの法衣を身につけた物言わぬ屍ハイプリーストを見つめたままフラックは立ち尽くした。

「愚かな話よ」

ぽつりとつぶやく。

「とんだ駆け引きだったな。やはり生者に下手に関わると……」

く、くく、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく
はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ……!!!!

“お別れだ。サッキュバスよ”

道化師は錫杖を派手に鳴らし、ハイプリーストと共に闇へ消えていった。