とある玄室の片隅で一匹のサキュバスが物惜しそうに赤いマントをつかんで胸元に寄せていた。

「あーあ、ロストしちゃったわね」

獲物と行為の最中、どうやら限界まで搾り取ってしまったようだ。
辺りには脱ぎ散らかした衣類やアーマーに鼻を突くような甘い香りだけが残されていた。
実際のところ神業なるもので男は難を逃れているのだが、そんなこと彼女が知る由もない。
煮え切らない体の奥がまだうずく。

「消滅させてしまうとはもったいない。我がパートナーとして迎え入れたかったですなぁ」
「誰!」

不意にしわがれた声が聞こえ、サキュバスはとっさにつかんでいたマントで身を隠した。
鈴の音が聞こえる。まさかと思った矢先、目の前には緑色の道化服に身を包んだ老人が立っていた。

「フラック……」
「おや、私の名をご存知とは光栄」

魔界ではないいずこかの次元より、かの大魔術師ワードナによって召喚された妖魔。
ワードナが倒された今彼を制する契約はどこにも存在しない。
今のところワードナの朋友的立場にあったバンパイアロードの後についてこの迷宮に出入りしているようだが
彼は決して魔族の味方ではない。
サキュバスは身を硬くした。一歩間違えれば死よりも恐ろしい生が待っている。
当のフラックは特に気にした様子もなく、転がっていたアーマーを手に取って吟味を始めた。

「この煌びやかな硬質感、さぞかし手練れの冒険者の所有物だったのでしょう。先を越されてしまいましたな」

彼は獲物の恐怖に満ちた表情に興奮を覚えるのだとか。
彼女が生き残る術はただ一つ、彼を麻痺させること。だが素早さで彼に敵うはずはない。
サキュバスはなるたけ笑みを絶やさず、一つの提案を持ちかけた。

「消滅するまで止められないほど極上の快楽だったのよ。あなたも味わってみない?極楽の世界を」
「ほう、私まで消滅させるおつもりですかな?」
「まさか。あなたを消滅させるなんて、いったい何時間?何日かかるのかしら?」

正直なところ興味もあった。魔界の住人ではない彼の生態系はまったくもって不明なまま。
最近は分裂すらするらしい一個体である彼に、果たして雄としての生殖機能や本能は備わっているのだろうか。
あまりの恐怖にすでに平静を失っていたのかもしれない。
サキュバスは手にしていた赤いマントをするりとずらし、隠していた秘部を少しずつ露にした。

「……いいだろう。私もちょうど退屈していたところだ。こんな裏舞台があっても悪くはありませんな」

フラックは手にしていた鎧を放り投げサキュバスに向き直った。
思いのほかたやすく合意が得られ、サキュバスは安堵と同時に戸惑いを覚えた。
だがこれで生き残る確率も格段に上がったのは確か。気を取り直しフラックを見つめ返した。

「来て……」

先ほど獲物をしとめたときと同じように甘い声で誘う。露にした秘部を少しずつ開いた。
もうすでに何度も男を受け入れたであろうそこは、それでもなお物欲しそうに潤い甘い香りを発している。
フラックは笑みの表情を変えることなく、それでいて無言のままゆらりと近づいてきた。

「そんな物騒な杖は置いて。肌を重ねるのに武器はいらないわ」
「……私の武器が、この錫杖だけとお思いか。だがしかし、確かにそうですな」

戸惑う様子もなく杖を放り投げ、サキュバスの足の間にひざをついた。カランと鈴の音が響く。
しばし見つめ合った後、互いに意をはかったの如く二人はそのまま抱きしめ合った。

「ん……」

いまだ熱の冷めやらないサキュバスに対して、フラックの肉体は少し冷ややかに感じた。
それでも先ほどまで物足りなさを感じていた部分に再び充足が得られるのだと思うと気にならなくなる。
サキュバスは身をかがめ口づけを求めた。だが触れたのはフラックの指だった。

「なあに、キスはいやなの?」
「いやではないが……このほうがいい」
「あ……」

そっと首筋に口づけられた。舌でなでられ、軽く吸い立てられる。不意の行為にぞくぞくと興奮が走った。

「ふふ、まるでバンパイアね」
「血を飲みたいとは思いませんな」
「ねえ、脱いで……」

サキュバスは彼の頭巾に手をかけた。結び目をほどきするりと落とすと老人に違わぬ白髪が現れた。
額から後ろまで緩やかに流れている。型は崩れないが柔らかそうな髪質だ。
次いで上着やタイツもゆっくり脱がしていく。その間やはり彼は表情を変えず、無言のままだった。

「私だけ脱ぐのはあまりフェアではない。あなたもこれを外しなさい」

下穿きに手をかけた際ふと胸元の下着を引っぱられた。

「あら、これをつけてるからいいという殿方もいるのよ」
「あいにく私はそうではないようだ」

サキュバスは妖艶に微笑んだ。少なからず自身の体に興味を示している、そう確信したからだ。
ホックを外し、するりと下着を地面に落とす。形のよい柔らかな乳房が現れ一時フラックの視線を奪った。
彼もまた下穿きを脱ぎ、互いに裸体を晒した。
熱を帯びたサキュバスの艶かしい肢体とは対照的に、小柄な老人は冷ややかな青緑色の肌をしている。
肉体構造的には男と言えるだろう。足の間には小柄な体格に相応の男性器が備わっていた。

「ふふ、かわいらしいおちんちんね」
「皮肉ですかな」
「褒めてるのよ」
「いずれにせよ屈辱的なことに変わりありませんな」
「私はどう?」
「どう、とは?」
「私の裸を見た感想は?」
「あまりに柔らかそうで思わず引き裂いてやりたくなりますな」
「ちょっと、やめて」

悪態をつきつつも再び抱きしめ合う。
ただ、体格差からどうしてもサキュバスの胸元にフラックが顔をうずめる状態になる。
ひざの上に彼をまたがらせてみたが大して変わらなかった。
あの大きさでは満足できないだろう。さしあたっては彼を麻痺させられればいい。元よりそれが最終目的だ。
幸い彼もまんざらではないようで心地よさそうに彼女のふくよかな乳房に顔をうずめていた。

「あ……」

つと、乳房に口づけされた。先ほど首にされたように、先端を舌先でなでられ軽く吸い立てられる。
また、その柔らかさを味わうかの如く手で何度ももみほぐされ、形のよい乳房が歪められた。
甘い痺れが全身を走る。

「あぁ……」
「女とはまこと不可解な体をしている」
「あら、あなたの体もじゅうぶん不可解よ。ねえ、あなたのも舐めたいわ」

サキュバスは彼の下半身にそっと手を添えた。最初に比べ彼のそこもまた少し熱を帯びて硬くなっているように感じる。
触れた瞬間びくっと反応したのを感じ、彼女はますます確信した。この生命体は雄としてもじゅうぶん機能している。

「ねえ、舐めさせて」
「その必要はない。潤滑剤をくれるつもりなら」
「あん」

彼女の胸に触れていた指先がするりと秘部に触れ、胎内に滑り込んだ。

「もうあなたの体はじゅうぶん潤っているではありませんか」
「もう、せっかちなのね」
「お互いさまですな」

中の具合を確かめるようにそのまま指先を動かす。蜜が絡まり動かすたびにくちゅくちゅと淫らな音を立てた。
奥に入れれば入れるほど、彼女の中はさらなる刺激を求めて収縮を繰り返し呑み込もうとする。

「はぁん……」

フラックは彼女をゆっくりと押し倒した。先ほどまでひざの上にまたがっていたのを反転させ、彼女の足の間に割り入る。

「来て……」
「ええ、もちろん」

指を抜き、代わりに自身を少しずつうずめていく。彼女のそこは容易に彼を受け入れ、深く呑み込んだ。

「あぁん…」

やはり物足りない、彼女はそう思いつつも未知の生命体の熱を自身の中に感じていた。
彼はゆっくりと腰を動かしている。その間も笑みの表情は変わらなかった。

「え?ああっ」

突如サキュバスは嬌声をあげた。何かがおかしい。この感覚。

「あっあっ?……あああっ太いぃーっ!」

先ほど感じた限りでは先に肌を重ねていた冒険者の平常時程度の大きさにしかなっていないはず。
それが今や奥に突き刺さんばかりの太くて硬い肉塊が彼女の中をうごめいていた。
突然の変化に彼女はフラックを仰ぎ見た。だがそこには青緑色の肌を持つ老人の姿はなかった。
いたのは黄緑と赤の、どこが顔なのかもわからない、触手と見紛うようなクリーチャー。

「ひ……」

そのクリーチャーの一部が自身と繋がっており、抜き差しを繰り返していた。ぐちゅぐちゅと不快な音が聞こえる。
得体の知れない流動体生物に犯されている恐怖と感じる部分を的確に突いてくる快感とが彼女の脳髄を揺さぶった。
頭では懸命に否定しながらも、無意識に自身に挿入されているものを強く締めつけさらなる快感を欲してしまう。

「ああっあっ!」

締めつければ締めつけるほど流動体生物は姿を変えていき、彼女の中をうごめく肉塊の動きも激しくなっていった。
このままこのクリーチャーに取り込まれてしまうのではないかという錯覚すら覚えた。恐怖と快感に気が狂いそうになる。

「ひぃ……あ、あ、ああっ……い、いやぁああっっ」
「自分で、誘っておいて嫌とは失礼な」

ふと気がつくとそこには見慣れた老人の姿があった。先ほど見たのは目の錯覚か。
しかし胎内に挿入されている肉塊の大きさは変わらず、奥を何度も突き上げ、敏感な部分を執拗に攻め立ててくる。

「あ、ああ、あっあっ……すごいぃ、深いぃっ!」

あまりに想定外の快感と理解不能な現象にサキュバスはただただ身悶えることしかできなかった。
思わず腰をよじらせるが、逃れようとすればするほどさらなる快感が押し寄せてくる。

「あぁぁああ、あっああっあっあっ……はぁあっいいっイイぃっっ」
「女は、あなたは、太くて硬くて長いのがお好みでしょう?だがそれだけでは芸がない。
時には焦らしてさしあげませんとな」

そう言うと少しだけ動きが緩まった。フラックもまた呼吸が少し乱れている。彼も感じているのだろうか。
先ほどまでの快感が緩まると急にもどかしくなってきた。サキュバスは自ら腰を動かしフラックに懇願する。

「ああ、いやあ、焦らさないで。もっと、もっと激しくしてぇ」
「あいにく私は、この手の方面はあまり強くない。正直なところ、もう手加減はできませんぞ」
「ああっっ」

フラックは再び動きを早めた。腰を強く引き寄せ、何度も打ちつける。
その動きに合わせサキュバスもまた自ら腰を動かし彼のものを引きちぎらんばかりに強く締めつけた。
あふれ出る蜜が絡み合いグチュグチュと卑猥な音を玄室内に響かせる。

「あぁイイッ!イッちゃうっ!」

サキュバスの全身に耐えがたい快感が込み上げてきた。我慢できない。絶頂が近づいてきたのだ。
体を激しく揺さぶられ、途切れることなく快楽を与えられ、感じること以外何も考えられなくなる。

「こ、こわれちゃうぅぅっ!!」
「壊れなさい」

フラックは彼女の胎内深くを一際強く突き刺した。

「永久に」

彼女を抱きしめ何度も何度も激しく突き刺す。痺れるような快感に彼女は何度も首を振った。

「あっああっ!……っああぁぁあぁああっ!!」
「くっ…!」

体中を稲妻のような快感が走り抜け、衝撃でさらに中を締めつけた。足も痙攣し彼の腰を締める。
同時に彼女の胎内深くに彼のそれとは違った温度のものが流れ込んできた。
彼も達したのだろうか、荒く息をついている。今まで表情を変えなかった彼が初めて恍惚に口元を歪めていた。
奥に吐き出されたのは果たして雄としての精液か、流動体生物の体液か……。

「あぁ、またずいぶんごっそりと奪ってくれたものだ……」

フラックは彼女とつながったまま力なく胸元に顔をうずめた。
いずれにせよ、胎内に吐き出されたものと同時に大量のエナジーを奪ったのは確かであり、
サキュバスは全身に満たされる陶酔に身を委ねた。

「ふむ、どうやら私を麻痺させるつもりが、あなたが先に麻痺してしまったようですな」
「は……う?……っ」

言われてはっと気がついた。
力が抜けているのは絶頂の余韻のせいではなく、実際に手足を動かそうとしてもまったく動かせない。
麻痺毒。
行為に夢中になり彼に麻痺毒を注入するのを忘れていたのだ。途端全身に寒気が走った。

「このまま行為を続けたら最悪あなたを石化しかねない。さて、どうしますかな?」

フラックは再び笑みの表情に戻った。体を半分起こし、挑発的に彼女を見つめている。

「いや、殺さないで……」
「ふむ、どうやらここまでのようですな」

フラックはおもむろに彼女から自身を引き抜いた。結合部から白濁液がどろりと流れ出る。

「安心なさい。一時でもこの私を狂わせた、お返しにあなたをこのまま放置してさしあげましょう。
次にここを訪れる者は敵か味方か、そこであなたは何をされるのか……ぞくぞくしてきませんか?」
「い、やぁ……っ」
「ご心配は無用。あなたがどんな状態で朽ち果てようと我がパートナーとして迎え入れてさしあげますよ。
無論その身が消滅するまでですがね」

フラックはつり上がった口元をさらにつり上げてくくくと笑った。
ふと何かに気づいてか玄室の扉を見やる。

「さっそく誰か来たようだ。第二の舞台の始まりですな。名残惜しいが私はこれで退場するとしよう」

フラックは立ち上がり脱ぎ捨てた衣類を手にすると、瞬く間に普段の道化姿に戻っていた。
遠くへ放り投げたはずの杖も手にしている。さながらすべてが彼の肉体の一部とでも言わんばかりに。

「いやあ……助けて……」

懸命に助けを請うサキュバスを見て再びくくくと笑う。

「いい顔だ。そそられる……。ではそんなあなたに特別な贈り物をさしあげましょう」

フラックは彼女に近づきそっと唇に口づけた。口内に舌を絡ませる。
その動きは先ほど錯覚と思わせた触手のようなクリーチャーそのものだった。

「っ……!」

恐怖で言葉も出なくなった彼女を尻目に道化師は錫杖を鳴らし、笑いながら消えていった。
次第に足音が近づいてくる。次にここを訪れるのは敵か味方か。ついに玄室の扉が開かれた。