女は背を下にしてひっくり返した獲物を足で踏みつけると、その下腹に指をかけた。そうして、一つ息を吐いて力
を集中すると、その外皮の一部を無造作に引き剥がす。獲物が脚をばたつかせ、腹の中に詰まっていた内蔵が
顔と前掛けに跳ねるが、彼女はそれを気にする素振りも見せず、無防備な腹に抜き手を叩き込んだ。すると、途
端に獲物は動きを止め、わずかに身を震わして、そのまま事切れる。
女はそれが息絶えたのを確認すると、抜き手で出来た切れ込みを手がかりにして腹を割る。そして、右の歩脚を
両手で掴み、捻るようにして力任せに引き千切った。左の歩脚も同様に胴体から切り離すと、次には堅固な殻に
包まれた足と肩肉の隙間を狙って矢継ぎ早に手刀を叩き込み、全ての脚を切り落とす。淡々と作業を続ける彼
女の周囲には、獲物の体液や千切れた肉が飛び散り、生臭い臭いが辺り一面に立ちこめていた。
やがて、全ての作業を終えると、自分の仕事の手順に抜かりのないことを確認し、女はその美しい顔に満足げ
な笑みを浮かべる。大仕事を終え、本当は一息つきたいところだったが、それほどのんびりしている時間はない。
女は青い血に染まった手を洗い清めると、次の獲物に向き直り、その首目掛けて手刀を振り下ろした。

* * *

「母さん、薪割り終わったよ。でさ、なんか裏が生臭いんだけど」
「ああ、ご苦労様。んー、ちょっと食材の解体に手間取ってしまって。でも後はもう火に掛けるだけだから」
屋外に通じる扉から入ってきた息子は、土間の隅にある水瓶から杓で水をすくって喉を潤す。薪割りを終えたば
かりで上半身裸のままの彼の体からは、うっすらと湯気が立ち上っていた。彼は水を飲み終えると、初めて見る
巨大な甲殻類に興味を示す。
「って、なんだこれ、でか過ぎるだろ。え、これって蟹……だよな? ひょっとしてジャイアントクラブってやつ?
どこでこんなの捕ってきたんだよ」
「向こうの谷の洞窟の地下湖。あそこは山脈を通って水脈がどこか遠くまで通じてるから、時々こういうのが出
てくるの。本当はジャイアントトードを捕りにいったんだけど、今日はついてたみたい。これ、成長すると、まだ倍
は大きくなるのよ」
なんでも、成長しきったジャイアントクラブは、胴体だけでも三メートルを越える大きさになるという話だ。これはま
だ幾らか小さいといっても、その鋏だけでも優に息子の背丈ほどはあるだろう。解体して部位事に分けて置いて
あるのだが、台所には入り切らないため、とりあえずは土間に置いてある次第。
「これでもまだ小さいのかよ。しっかし、もう現役は引退したんだし、そんな体で無理すんなよ。獲物なら俺が捕っ
てくるからさ」
「気持ちは嬉しいけど、あなたにはこれはまだちょっと無理かな。私だって、ただ倒すだけならマカニトを使うもの。
でも、塵にしてしまっては、せっかくの食材が勿体ないし」
「なら、せめて一緒に連れて行ってくれればいいのにさ。しっかし、この殻って本当に固いな。ま、確かにこれじゃ
まだ俺には斬れないか」
息子が蟹の甲羅に拳を軽く打ち付けると "ゴン" と金属の鎧を叩いたような鈍い音がした。
「まず、甲羅を貫いて一撃を与えることも難しいでしょ。それに、この大きさぐらいでも生命力は相当なものだし、
多分、逆にあなたの方が鋏でちょん切られて、餌にされてしまうわね。足の一本も切り落せれば上出来だけど、
少ない手数で仕留めないと痛んじゃうし」
「なんでそれを素手で捌いてんだかこの母親は」
「ふふん。よく言うでしょ。母は強しって」
「それ、言葉としてはあってるけど、そんな直接的な意味じゃないだろ」
一丁前にあきれ顔などして肩をすくめる息子の頭を、私は右腕でしっかりと抱えこむ。そして、胸にぎゅっと押し
付けて、両手で顔と言わず頭と言わず、ぐりぐりと撫で回した。本当は顔中ぺろぺろしてあげたいぐらいなのだ
が、それをすると息子に本気で叱られるので、ここは自重しておこう。
ふと気付けば、窓の外では赤く照らした雲に残滓を滲ませて、陽が沈み行こうとしていた。これは、親子のスキ
ンシップもほどほどにして、早いところ夕食の下ごしらえを済ませてしまわねばならないか。なにしろ、今夜は久
しぶりにあの人が帰ってくるのだ。食事の準備が済んだら、夜のデザートたる私もちゃんと下ごしらえをしておか
ないといけないことだしな。

* * *

小粋な変態女忍者と、二重の意味でツッコミ役の侍として、城塞都市で過ごした日々はもう昔のこと。子を授か
ったのを機に私達は冒険者を引退し、今はリルガミンから少し離れた山脈の渓谷に居をかまえて暮らしている。
当時のパーティーのリーダーだった夫は、魔術の師でもある私の母の研究を引き継いで、魔物の生態研究のた
めに大陸各地を巡る日々だ。本当は私もあの人と一緒に旅をしたいのだが、子供達はまだまだ手の掛かる年頃
なのだから仕方がない。
いや、仕方がないなどと言っては、エロスの神の罰が当たるだろう。長女を生んだ翌年には長男を。その三年後
には双子の妹達を授かった。あの人と幾夜肌を重ねても、なかなか子が出来ないことに落胆した日々を思えば、
愛する子供達に囲まれた今の生活は、まさに夢のような日々なのだ。それに今、私のお腹の中には、もう一人、
新たな命が宿っている。

「さて、これもよし、と」
「ん、そっちの肉はなに?」
あの後、たっぷり十分ほど頭を撫で回された息子が、湯で濡らしたタオルで体を拭いながら私にそう聞いてくる。
「これ? カピバラ」
「ああ、カピバラか。なんか結構久しぶりだな」
「いつもは香辛料につけ込んで肉を柔らかくするのだけど、ちょっと切らしてしまっていたから。それで、あの人
に手紙と一緒に街から香辛料を送ってもらったの。しかし、この辺りのカピバラは肉付きもいいし、大人しくて毒
もないからいいわ。狂王の試練場にもカピバラがいたのだけど、凶暴だし、餌が悪いのか毒を持ってて、ちょっ
と食べる気にはならなかったもの」
「そういや、前にそんなこと言ってたっけ。でも、戦いの後にマハリトで焼けたカピバラに食欲をそそられるってど
んなだよ」
「迷宮に入る前には食事を摂らないから、お腹空くのよ。そうそう、カピバラって、ところによっては魚として扱われ
てるのよ」
「魚? これって、知らない人から見ても、大きなねずみだろ」
「それが、教義で肉食を禁じられたどこかの宗教の聖職者が、大っぴらに肉を食べたいがため、水辺に住んでる
カピバラは魚だって宣言を出したらしいわ」
「なんだよそれ。じゃあその地方では、こいつの不確定名は大きな魚にしないといけないな」
そう言って笑みを見せる息子につられて私も笑う。父親が不在がちなためか、女ばかりの家庭の中で大人びた
態度をとりたがる彼が、年相応の少年らしい笑顔を見せてくれるのは、母親として単純に嬉しいものだ。
最近になって急激に伸びた背は、まだ齢十一にも関わらず私に迫るほどになり、やや細身ながらも引き締まった
その体には薄く筋肉の筋が浮かんでいる。前衛職の冒険者だった私達の素養は彼にもしっかりと受け継がれて
いるようだ。まあもっとも、元々は魔術師だったあの人がこの子ぐらいの年だった時には、背ばかり高くてひょろ
っとしていた印象しかないのだが。
背が伸びると共に、可愛らしかったあそこも、あの人譲りの大器に育つ片鱗をうかがわせ、実に頼もしいばかり
だ。でも、それが恥ずかしいのか最近では一緒に湯浴みをしてくれなくなってしまって……ちょっと寂しい。
「父さんの帰りは晩になるのかな?」
「え? ああ、そうね。手紙には三日前にはリルガミンを出るって書いてあったから、昨日は麓の街で泊まったと
して、戻るのは日が落ちてからでしょ」
「そっか。父さんが帰ったら剣術を見てもらわないと。もう課題は全部こなしちゃったんだよな」
「魔術の課題の方も忘れては駄目よ」
「そっちも夕方までには片付くよ。残りはカティノの魔法理論の復習だけだし」
「そう。でも、あの人も旅で疲れてるでしょうから、剣を見てもらうのは明日にしておきなさいね。さ、あの子達の湯
浴みが終わったら、あなたも汗を流してしまいなさい」
「んー。まあ、仕方ないか。剣の稽古は明日にするよ」
「そうだぞ。今晩ぐらいは母様に父様を独り占めさせてあげないとな」
残念そうな表情を浮かべる息子に、隣室に通じる入り口から声がかけられた。

髪をタオルで拭きながら、隣の部屋から長女が顔を出す。湯浴みを終えたばかりの彼女は、年の割にはメリハリ
の利いた、成長著しいその裸体を惜しげもなく晒し、背筋を伸ばして堂々と歩を進めてくる。白い肌は上気して薄
桃色に染まり、濡れた黒髪と相まって、まだ初潮を迎えたばかりの少女には似つかわしくない色気を醸し出して
いた。その体は、まだ幾分か少女らしい丸みを帯びているものの、普段からの鍛錬によって腰の辺りはほどよく
くびれ、以前は慎ましやかだった双丘も、この一年程で頓に大きくなった。行く行くは両の手の平に収まり切らぬ
見事な果実に育つだろうと、私は娘の胸に大きな期待を寄せている。
本当に、母である私から見ても大層美味しそう……もとい、魅力的な娘に育ったものだと感じ入るばかりだ。だが、
あの人や母が言うには、顔立ちは昔の私にうり二つだということなので、これはともすれば自画自賛になってしま
うのだが。
「カティノなら、私が実験台になろう。そして、眠っている私にムラムラして、性的な二倍打を――」
「黙れ、姉さん。って、色々とモロ出しじゃねえか! 湯浴みが済んだんならさっさと服を着ろよ、この裸族」
姉の方に顔を向けた弟から、いち早くツッコミの声が飛ぶ。これもあの人から受け継いだ素質だろうか。
「私は一流の忍者を目指しているのだ。裸ぐらい、どうということはない」
「忍者だから裸でいいって決まりはない。いいから早く前を隠せよ」
「ふむ。童貞のくせに後ろの方が好みとは。なら尻は出していてもいいのだな?」
「全部隠せ。見てるこっちが恥ずかしいんだよ」
「なにを恥ずかしがっているのだ? ついこの間まで一緒に湯浴みをしていたのに。それに弟ちゃんも上は裸で
はないか。……ああ、なるほど。弟ちゃんもついに姉の裸に欲情する年頃になったのだな。いいのだぞ? 私の
方は欲望を受け止める準備は出来ている。幸いなことに、もう子供も産める体になった。さあ、いつでも私を押し
倒して、ほとばしる青い性のティルトウェイトを思う様ぶつけるがいい!」
「だ、誰が。なんで実の姉に欲情しなきゃならないんだよ!」
「なにを言う。まだ母様ほどではないにしろ、私は男好きするなかなかいい体をしているのだぞ。ほら、見てみる
がいい。胸だって、まだ母様のようにナニを埋めるとまではいかないが、挟み込むには十分な大きさに育ってい
る。これを見て劣情を催さないなど、男として問題があるのではないか? もし、固くならないなら、モグレフでも
かけて――」
「誇らしげに胸を張るな! そして、男好きするとか言ってんじゃねえ。女ならもう少し慎みを持てよ。姉さんがい
つも裸でうろうろするから、最近じゃ妹達までそれを真似して服を着るのを嫌がってるじゃねえか!」
「兄様、裸でなにが悪いんだよ」
「そうだよ。裸は心も開放されてすっごく気持ちがいいんだよ」
「って、やっぱりお前らまで裸のままかよ!」
「ああ、タオルが足りなかったので、私が取りに来たところだったのだが、待ちきれずに出てきてしまったか」
次に隣室から顔を覗かせたのは、姉とは対照的な銀白色の髪に茶褐色の肌を持つ双子の姉妹だ。こちらも姉同
様に裸で、濡れた髪もそのままに部屋の中に走り込んできたところを、姉のタオルを奪った息子が二人まとめて
取り押さえた。
「それは私のタオルだぞ。大体だな、抱きつくのなら私の方に抱きつくものだろう。……まさか! 未成熟な妹の
体が好みなのか!?」
弟に理不尽な文句を言いながらも、新しいタオルを用意した姉は弟と協力し、濡れた猫のように暴れる双子の体
を手慣れた手付きで拭き始める。なんだかんだ言っても、しっかり連携を取って事に当たる二人に、なんだか自分
とあの人が冒険者だった頃を思い出した。
でも、長女の方はちょっと手付きがいやらしいな……いいセンスだ。
しかしこれは、どうも女の子の性格は私に似て、男の子はあの人に似たようだな。この様子では、息子は今後も
色々と苦労を背負い込むことになるのだろう。まあ、とりあえずは双子のことは二人に任せて、私は夕食の準備の
続きをするとしようか。

「おい、姉さん。纏わり付くな。妹に服を着せないと」
「よいではないか、よいではないか」
「なんで俺を脱がそうとしてんだよ! ちょっ、離れろって」
「あなたたちー。湯浴みが終わったのなら早く服を着てしまいなさい。もうすぐ父様が帰ってくるのに、風邪でも引
いたら甘えられないわよ?」
「えー。大丈夫だよ母様。それに裸って気持ちがいいし」
「そうだよ。裸は気持ちいいんだよ。まあそれに、小っさい姉様はそもそも風邪引かないかもね」
「はっはー。そうだろ。私は風邪なんかには負けないさ」
「お前らなあ、兄ちゃんは悲しいぞ」
そう言って嘆く息子の言葉に、私の方を指さしながら双子が口々に反論をする。
「なんだよ兄様。母様だって下穿きに前掛けしてるだけじゃんか」
「そ、それは、さっきまで蟹の解体してたから、汚れないようにだろ」
「でも、母様って普段からあまり服来てないよね」
「あ……ま、まあ、母さんは忍者だし」
「じゃあ、私も今日から忍者になる!」
「そうか。では生まれながらに忍者の素養を持ったこの姉がしっかりと鍛えてあげようではないか」
「姉さんは黙っててくれ! 話がややこしくなる」
「私を黙らせたいのなら、その股間の沈黙の杖で私の口を塞ぐがいい!」
「誰が沈黙の杖だよ!」
「ああ、どちらかと言えば、蛇のメイスだったか。こぶのついた棒だし」
長女の増援で、更に戦力差が開いたところを、下の妹が畳みかける。
「そう言えば、さっきは、忍者だからって裸は駄目だとか言ってなかったっけ?」
「最低限、隠すべきところは隠してるだろ。それにだな、赤ちゃんができてからはちゃんと服も着てるぜ」
「母様、母様ー。またお腹触らせてー」
「お前ら少しは人の話を聞け! ああー、もう。うちの女共にまともなのはいないのかよ」

昔の私も端から見ればこんな感じだったのだろうか。これは少しばかりあの人に申し訳なさを感じるな。さて、
さすがにこのままでは息子が不憫だし、これは改めて娘達に注意をしたほうがよさそうだ。
「もう一度だけ言うわね。さっさと服を着てしまいなさい。お兄ちゃんが好きなのはわかるけれど、あまり駄々を
こねて困らすものじゃないわ。それに、言うことを聞かないのなら、もうこれからはお腹に触らせてあげないけど、
それでもいいの?」
「えー」
「うーむ。引き際を謝ると、本当に母様に怒られそうだな。じゃあ、母様。服はちゃんと着るから、その前にお腹
を触ってみてもいいだろうか? どうせなら全身で直に感じてみたいのだ」
「あ。姉様ずるい。なら、私も裸のままで触ってみたい」
「まあ、それぐらいならいいでしょう。みんな、こっちにいらっしゃい」
そう言って、私はゆったりとしたローブの裾を腹の上まで捲り上げた。子が出来てからもう半年以上が過ぎ、下
腹部から胃の下にかけて大きく膨らんだ腹を見ると、改めて彼の子を宿していることを実感する。
「凄い大っきいなあ。って、動いた!」
「え、どこ?」
「ほら、このちょっと下の方」
「母様のおっぱいー。まだミルクは出ないの?」
「駄目だぞ。母様のおっぱいは赤ちゃんと父様のものだから。特に今晩は二人で組んずほぐれつお楽しみの予
定だし、私達は邪魔をせずに寝……たふりをしようではないか」
「組んずほぐれつって、いやらしいことするんだよね。でも、赤ちゃんいても大丈夫なの」
「大丈夫なようだ。激しくしなければ色々してもいいって、お祖母様が教えてくれた」
娘達は好き勝手なことを喋りながら、我先にと腹に取り付いてきた。最初は指や手の平でそっと触り、そしてつ
いには全身で抱きついて、この中で命が育っていることを受け止めている。
しかし、さすがにちょっと娘の育て方を間違えてしまっただろうか。私が子供の頃でも、これほどまで耳年増で
はなかったはずなのだが。
っと、気付けば息子だけが、少し離れたところから遠巻きに眺めているな。早熟でしっかりしているのはいいの
だけれど、こういう時ぐらいは思う存分甘えて欲しいものだ。まあ、なんだかそういうところもあの人に似ていて、
そこがまた可愛らしいのだが。
「ほら、あなたも恥ずかしがってないで、こっちに来なさい」
「う、うん」
縋り付く娘達を、一旦離れさせると、少し恥ずかしそうにしながら近寄ってきた息子を優しく抱きしめる。その周り
から裸の姉妹達が両手を広げて包み込むように抱きついてくる。こうして子供達の頭を撫でている、この瞬間が
とても幸せで……ああ、少し涙が出てしまった。

と、その時だった。室内にわずかに魔法風が吹いたと思うと、窓の側に一人の男が立ち現れた。夕日を背に受け
たそのシルエット。なにより、股間に堂々と勇ましくそそり立つあの "ぶき" の形を見間違えるはずはない。そし
て、この匂い。幼き頃から慣れ親しんだ彼の匂いだ。
これを嗅いではもう駄目だ。下の口からも少し涙が出てしまったではないか。そう、あの人だ。私の愛する彼が帰
ってきたのだ。
「おおっ、あの股間の逸物は……」
長女の呟きを聞いて振り返った双子達が、その男の股間を見据えて、異口同音に声を発する。
「父様、父様だー!!」
「お帰り、父さん」
「……お帰りなさい。思ったよりも早かったのだな。しかし、なんで素直に玄関から入ってこないのだ」
「歩いて戻るとお前に匂いで気付かれるから、少し先からマロールで転移したみたってわけさ。しかし、四ヶ月ぶ
りだが、みんな元気にしてるようでなによりだ。……ただいま、俺の可愛い家族達」

* * *

「……ーぃ。ぉーい、忍者ちゃん。おーい、帰ってこいって! おい、忍者ちゃん」
「なんだリーダー? 今いいところなのだが、リーダーがどうしても私の体を望んで止まないというのなら、話を中
断することもやぶさかではない。それ以外の用事なら、少し後にしてくれないだろうか?」
「後にしてくれないだろうか……じゃねえよ! なに勝手なモノローグで、18KBも使っちゃってんだよ!!」
「む? いかんなリーダー。私にだってプライバシーはあるのだ。人の心の中を読むのは感心しないぞ」
「俺にそんな能力はない。お前の脳内全部、その口から言葉にして駄々漏れになってたのに気付きやがれ。お
前が本当に母親になりたいなら、その変態性をどうにかしろ」
「なにを言う。私が変態であることを止めたら、そんな抜け殻に存在する意義などないではないか」
「なんでお前は、自分が変態であることに、そこまでの価値を見出してんだ。大体、なんだよその裸家族は。ネ
ザーマンやアマゾンでもそんな裸生活送ってねえよ」
「私は心の中では常に全裸だ。丸裸だ。フルフロンタルだ!」
「意味わかんねえよ。それになんで俺は下半身剥き出しで股間を押っ立てた状態で帰宅してんだ!? 勝手に人を
変態一家の長にしやがって、四人も子供作っても、まだいきなりヤル気満々かよ。しかも、双子は股間を見て俺
だって認識してんじゃねえか! それにだな、その双子ってのはそもそも俺の子なのか? 俺に銀白色の髪で茶
褐色肌の要素なんてどこにもねえぞ?」
「ふふん。案外しっかりと聞いているではないか。いや、そんな細かいところはいいとして。話を投下するのも久
しぶりだからな。これを読んでくれている奇特な方々に、これまでのあらすじというやつを説明せねばならない
だろう」
「なら、ありのままの今の現状を語りやがれ! 過去どころか未来の妄想を語って、都合良く内容を改竄してん
じゃねえよ。それにだな、前々から言ってるけど、その読んでるとかあらすじとかなんの話なんだ!?」
「リーダーともあろうお人が随分と細かいところを気にするのだな。あなたさえ黙っていてくれれば、私が語ったこ
とがこの話の真実になるのだ。大体、リーダーだって、先程は18KBも使ってとかメタ発言しているではないか。ツッ
コミがボケだすと話の収集がつかなくなるぞ。まったく、自分の役割ぐらいは心得て欲しいものだ」
「そもそもはお前のせいだろうが! この淫乱変態妄想娘」
「* 濡 れ る ッ *」
「!……あぁ、しまった。こいつ、罵っても感じるだけだし、とんだご褒美を与えちまったじゃねえか」
「人に禁欲させておいて、そんな素敵な罵詈雑言を浴びせかけるなど卑怯だぞ! うっかり濡れてしまったでは
ないか」
「あー。……なあ、一旦落ち着いて状況を整理しないか? さすがにこのまま不毛な言い争いを続けたくない」
「なんだ。もう罵ってはくれないのか。だが、まあ、そうだな。この辺が引き際か。正直なところ、エロい場面も無く、
パロとしても怪しいこのやり取りは、些か迷惑だと思うのだ」
「じゃあ仕切り直すぞ」
「うむ。心得た」

* * *

時は黄昏。冒険者の宿の二階に位置するエコノミールーム。さして広くない個室には、一人用のベッドと簡素な
机や椅子が置いてあり、壁には作り付けの棚が設えられている。男が前庭に面した木窓を開けると、沈む直前
の夕日の残滓が細く差し込み、やや薄暗い部屋の中に赤い線を描いた。
外では時を報すカント寺院の鐘楼の鐘が鳴り響き、一日の終わりを告げている。男はその鐘の音が鳴り止むま
で待った後で部屋の中に向き直ると、机の上に置かれたカンテラに火を灯す。そうしてから、彼は改めて、ベッド
の上に座り込んでいる女の方に視線を向けた。
「やれやれだな」
「待っていたぞリーダー。しかし、予想よりも早く見つかってしまったか。これは私の負けだな」
「負けって、これはなにかの勝負だったのか?」
「では、仕方ないな。嫌々ながら、敗者への罰として、リーダーの足を舐めようではないか。さ、ブーツを脱いで
くれ。私を捜して歩き回って、さぞ足が疲れたことだろうから、丹念に舌でマッサージして、汗も綺麗に舐めてし
まわないと。将来、足が臭うようになって、娘に嫌われてしまったらいけないし」
「なにが嫌々だ。どう見てもお前のしたいことをしてるだけじゃねえかよ。大体だな、鬼ごっこをしてたわけでも
なし、勝ち負けなんてどうでもいいだろ」
「む? では私の勝ちでかまわないのか。では、勝者の権利としてリーダーには私の脇を舐めてもらおうかな」
「どっちにしろお前が得するだけじゃねえか」
「得をするのはお互い様ではないか? しかし、残念だな。もう少し時間があれば、家族入り乱れてのくんずほ
ぐれつを読者にお見せできたのだが」
「その話はもう終わりだ。まあ、君主にカンディを頼んだら、宿にいることだけは判ったからな。しかし、街に戻っ
たと思ったら、途端に姿をくらましやがって。部屋に戻った気配はあったのに、なかなか帰ってこないと思えば、
お前はこんなところで、そんな珍妙な格好でなにをやってるんだよ」
女忍者は迷宮で着ていた黒衣を脱ぎ、今は東方風にあつらえた裾の長いガウンと帯を身につけている。だが、
その頭には、面甲や喉当てが付いた完全防備のクローズドヘルムを被っていた。
「一応断っておくと、明るい未来について一人妄想に耽ってこそいたが、ナニなどはしていないぞ」
「うるせえよ。しかしなあ、誰だって一人になりたい時ぐらいあるだろうけどさ、それならそれで、そう言ってくれ
ればいいだろ」
「え? 私はこれまで、一人になりたいと思ったことなどないぞ。自分を慰める時でも、できれば誰かに見てい
て欲しいと思っているし、諸事情で自重しているが、なんなら排泄の時もリーダーの顔――」
「そこから先は言うな。まったく、慌てて探して馬鹿を見たぜ」
「なあ、リーダー。もし人前で痴態を晒すのなら、よく知った人達の前と、全く見も知らない人々の前とでは、どち
らがより快感を得られるだろうか? 具体的には、ギルガメッシュの酒場の卓上で自慰に耽って、蕩け切った顔
を晒すのと、城前の広場で張り型を二本刺しして、通りすがりの子供連れに向けて潮を吹くのでは、どちらが気
持ちいいかということなのだが。一人でいると、どうもそんなことが気になって仕方ないのだ」
「慌てた甲斐があったようで、俺は今、猛烈に嬉しいよ! そんな暴挙に及ぶ前にお前を捕まえられたんだから
な!! はぁ、少しでもお前を心配した自分が可哀想に思えてきた。……で、どうなんだ? 機嫌は直ったか」
「リーダーが私如きを心配してくれていたとは、それを聞けただけで天にも昇る気持ちだぞ。だが、ここでリーダー
があの兜を被ってくれないと、それもうっかりと地に堕ちてしまうかも知れないが」

相も変わらずの緊張感に欠けたやり取りは、もっか禁欲生活十四日目で絶賛放置中の、女忍者と侍の二人組
である。迷宮で拾った呪いのかかった古びた兜の取り扱いを巡って一悶着あった末、街に戻った途端に全力で
どこかへ走り去った女忍者を、半日かけてようやく補足した侍であった。
「まあ、とりあえずは、いつもの部屋に戻るぞ。話はそれからだ」
「ああ、いや。前庭が見えるこの部屋の方がなにかと都合がいいのだ。いつもの部屋だと、通りとは逆の方向に
なってしまうから」
「ん? なんでだよ。まあ、それならそれで、いつもの部屋は空けて前にも使った三階の部屋に移ればいいだろ。
あそこならちょうどここの真上だし、スイートを使う冒険者なんて限られてるから、きっと空いてるぜ?」
ここ半年ほどは、宿の奥にある二階のスイートルームを根城としている二人だが、その前には通りに面した三階
のスイートを使っていた。だがある時、女忍者が高価なガラス窓を大破させてしまい、その修理に少し日にちが
掛かったこともあって、部屋を移った経緯がある。
「んー。しかしいつもの部屋は是が非でも押さえておきたいのだ。あそこには少し思い入れがあるからな」
「……まあ、別にいいけどよ。で、この際、兜ぐらいは被ってやるけど、お前、それ自分で装備してどうする気だよ。
俺に被せようにも、呪いを解いたら、ただのがらくたになっちまうぞ」

そう。彼女の被っている兜こそが、侍に被せようとしていたはずの "古びた兜" なのである。こういった不名誉な
二つ名を付けられた装備品の例に漏れず、装備した者に呪いをもたらすこの兜だが、他の呪いの装備品とは一
線を画す点がある。ボルタック商店での買い取り価格が、なぜだか分不相応に高い値段に設定されているのだ。
死の指輪のように、明らかに危険な使い道が想定されるものは別として、こんな役にも立たない装備に、あの強
欲な商会が意味も無くそんな価格設定をするはずがない。と、一部では様々な憶測が飛び交ってはいるが、どれ
も推測の粋を出てはいない。だが、女忍者はこの兜に秘められた効果を知っていると言う。
「ああ、これは私物なのだ。迷宮で拾ったのは……ほら、ちゃんとここに確保してあるぞ」
女はベッドの脇に置いてあった背嚢から、自分の被っているのとそっくりな見た目の兜を取り出して男に示す。
「自前のまで持ってやがったのか」
「淑女としては当然の嗜みだな。さて、では覚悟はいいか?」
「どんな淑女だよ。で、やっぱり、覚悟しないといけないような代物なのか……。それ、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない。なに、怖いのは最初だけだ。一度使ってしまえばやみつきになるぞ」
「それは明らかに人に勧めちゃいけないものを勧める時に言う台詞だ!」
「まあ、細かいことはどうでもいいではないか。ほら、ほらほら」
「……ま、やると決めたら早いとこやっちまうか」
「ようやく観念してくれたのだな。では、とりあえずベッドに腰掛けてもらおうか」
侍が言われたとおりにすると、女忍者は両手で持った兜を躊躇無く彼の頭に被せて、顎の根元に付いた留め金を
掛ける。面甲には細いスリットがあるだけで、視界は極めて悪い。だが、男は不思議と息苦しさを感じなかった。
内部には柔らかな内張りが施されており、被り心地も意外に悪くない。
「さすがにこんなもの初めて被ったけど、呪いの品ってわりには妙に安心感があるもんだな」
「それはそうだ。むしろ、その被り心地も含めて呪いの一部のようなものだからな。だが、もう呪いを解くまでは脱
ぐことは適わないぞ」
侍が試しに兜を脱ごうと留め金に手を掛けてみると、当然あるべき金属の継ぎ目が無くなっており、そこにはた
だ一片の金属片が取り付けられているだけだった。指先に伝わるのは、元々そう作られていたかのような、ごく
自然な滑らかさを持った金属の感触である。
「なるほど。確かにそうみたいだな。じゃあ、さっさとお前の言う特殊な効果ってやつを試して、呪いを解きに行こ
うじゃないか」
「ふふ。試した後には脱ぎたくなくなっているかも知れないがな。では、ちょっと失礼する」
女忍者はそう言うと、侍の頭を抱え込む体勢を取り、兜の横に付いたヒレ状の装飾に手を掛けた。スリットが女
の体で塞がれてしまったせいで、ただでさえ悪かった男の視界は完全に閉ざされてしまう。
「忍者ちゃんよ。そんなに体を押し付けなくても、手を伸ばせばどうとでもできるだろ」
「それが、正面からだと手が届きにくいのだ。まあ、ちょっとの辛抱だから、少し待っていてくれ」
そうしてしばらくの間、真っ暗な兜の中に金属を弄る音だけが響くのを聞きながら、彼はただ作業が終わるのを
待っていた。

と、不意に、侍の視界を閉ざしていた面甲がガラスの様に透けた。だが、女忍者の体に視界の大半を遮られてい
るため、兜の中は未だほの暗い。そんな中、男の目に映ったのは、固い平面に押し付けられて変形した、女忍者
の見事な胸。ガウンの厚い布地を通して、なお存在を主張する迫力のある巨乳が、彼の視界全面に広がっている。
「……!?」
侍が声を失う中、その眼前で見る間に女の衣服は透け始める。彼女の胸は、帯で下を押さえられて持ち上げられ
ているせいか、普段よりさらに大きさが強調されていた。面甲に押し付けられたその先端は、押し潰されて、胸の
大きさの割に控えめな乳輪に埋没し、女が手を動かして姿勢が微妙に変わるたび、男の目の前数センチのとこ
ろでぐりぐりと動いて、その存在をことさらに主張する。自然、男の視線はその薄桃色の蕾に釘付けになってしま
い、女が作業を終えるまでの間、彼の目はその一点をひたすら追い続け、見つめ続けていた。
「よし。これで前が見えるようになったと思うのだが、どうかな。……リーダー?……リィーダァー!……ノックして
もしもお〜〜〜し」
反応がないことに業を煮やした女忍者は、侍の頭を抱え込んだまま、その後頭部にガンガンと拳を打ち付ける。
「あ? あ、ああ。よぉく、本っ当によく見えてるよ。しかし、こいつは……」
そこで女忍者が体を離したため、侍にも部屋の中の様子がよく見えるようになった。目の前に立つ女忍者は裸に
兜を被っただけの斬新な出で立ちで、小首を傾げて彼を見下ろしている。彼が手を上げて面甲に触れてみると、
指に触れる硬い金属の感触が、目には見えないものの、それが確かにそこに存在していることを示していた。
頭を巡らして部屋の中を見回してみると、机や椅子から木窓に至るまで、室内にある物品の大半が綺麗に消え
てしまっている。しかし、自分の腰掛けているベッドの感触は消えてはおらず、こちらも兜と同様、ただ見えなくな
っているだけのようだ。試しに、目の前にいる裸の女忍者の腰に手を伸ばしてみると、それに届く前に男の指は
彼女の着ているガウンの布地に阻まれてしまった。
「なるほど」
そう呟いて、侍は上下の二重構造になっている面甲のひさしの方を跳ね上げた。すると、目に映る部屋はありふ
れた宿の一室に戻り、当然のこと、女忍者も衣服をきちんと身に纏っている。そこでまたひさしを下ろすと、部屋
の光景は再び一変し、がらんとした素っ気ない部屋が眼前に現れた。
「ふーん。物が透けてみえるってわけか。……あ、待てよ。てことは、お前。ずっと俺の裸を眺めてたのか」
「さあ、それはどうだろうか。まあ見えていようと見えていまいと、私の腰に手を伸ばした時に、リーダーの股間が
わずかに膨らんだことなど、私には手に取るようにわかるのだがな」
女は自分も兜のひさしを上げ、にこにこともにやにやとも言い難い、微妙な笑みを男に投げかける。そうして、蠱
惑的に尻を振りながら窓に近づくと、思わせぶりに脚を組んで、木の窓枠があったはずの場所に腰掛けた。
「さて、話を戻そうではないか。まあ、透けて見えると言っても、全てが透けるわけでもないのだ」
「ああ。部屋の床や壁、それに俺やお前の被っている兜そのもの。それにこいつも、鞘や柄こそないものの刀身
はそのままだ」
男がベッド脇に置いた村正を見ると、本来は柄に隠れて見えないはずの、特徴的な形をした茎が剥き出しになっ
ており、その柄のあるはずの部分を握って持ち上げると、まるで奇術の様に刀身だけが空中に浮かんで見えた。
「ご明察だ。布や木、それに革などの生物由来のものは透過するのだが、石や金属などはそのまま見えるし、ま
だ生きているものもその限りではない」
「しかし、効果が限定されてるにしても、使い方によっては、これって色々とえらいことになるだろ」
「遠回しだな。有り体に言えば、それを被って街角に立つだけでエロいことになる。お、ちょうどいい。リーダー、
こっちに来て外を見てくれ」

侍は手にした刀をベッドに置いて、窓際へと歩み寄る。そして、女が目で促す先を見下ろしてみると、今日の探
索を終えた冒険者の一団が宿へと戻ってきたところだった。
「こふっ!」
その姿を見て、侍は思わず鼻から変な息を漏らしてしまう。宿の門をくぐって前庭に入ってきたのは、彼らにもな
にかと縁のある、女五人で構成された中立のパーティー。だが、兜の面甲を通して見るその姿は、あまりにも非
日常的な光景を醸し出していた。
先頭を行くエルフの侍は、上半身に胸当てを装備しているが、なまじ金属だけが透けずに見えることで、素肌に
直接鎧を纏ったような、妙に淫靡で扇情的な格好に見えてしまっている。そして、彼女は動きの速さを重視した
軽装を好んでいるので、普段から下半身には脛当てだけを装備していた。兜の効力で布製のスカートや下着は
透けてしまっているため、エルフらしい細い腰や太股が露わになっており、いまや、彼女の秘所を覆い隠すもの
は、その慎ましやかな薄い金色の恥毛だけという始末である。
その隣を歩くドワーフの君主は中立の鎧を身に着けているのだが、腰部を覆うタセットは動き易いように前面が
大きくカットされており、こちらも正面から見ると、股間の辺りは裸も同然の有様だった。濃くふさふさと茂った栗
色の恥毛が、ドワーフ男の髭の如く綺麗な形に整えられているのを見て、侍はドワーフ女の毛に対するこだわり
が髪の毛だけに留まらないことを認識する。
続くは人間の二人組。革鎧を身につけた盗賊は腰に小剣を下げただけの丸裸で、細い体躯と薄い胸が少年のよ
うな印象を与える。生来のものか、はたまた剃ってしまったものか、その股間には一筋の毛も生えていなかった。
対して、定番のローブ姿の魔術師は、こちらも一糸纏わぬ姿に見えているが、幼げな印象の顔に似合わぬ豊か
な胸と、肉付きの良い腰を持っていることが見て取れる。普段はゆるやかなローブを着ているため目立たないが、
その中には、抱き応えのありそうな成熟した女の肉体が隠れていることを、侍はこの時初めて知ったのだった。
唯一人、大金をはたいてリルガミンから取り寄せたフルプレート "護りの鎧" に全身を包んだ人間の女戦士だけ
が、男の被る兜の持つ透視の効果から、鎧の持つ二つ名の如く、その身を護り得ていたのである。

と、そこまできて、彼はあることに思い至った。よくよく考えてみると、自分は二階から見下ろしているのに、何故、
事細かに彼女達の姿を観察できているのだろう? そう思って、改めて階下に目を向けた侍は、すぐに兜の持つ
もう一つの機能に気が付いた。少し意識を集中すると、船乗りの使う遠眼鏡で覗いたように、その視線の先が拡
大されて目に映るのである。
彼の手にも憶えのある、肉の薄いほっそりとしたエルフの腰。はたまた、探索の後で汗ばんだドワーフ娘のむっち
りとした太股。盗賊の内股にある二つのほくろ。布地そのものは透けて見えないものの、下着やガーターリングが
肌に食い込むことでできる段差から窺い知ることのできる、魔術師の柔らかな肉の質感。そういったもろもろが、
意識を向けるだけで、思うがまま、手に取るように見えてしまうのであった。
男はそうしてしばらくの間、ついつい女達の姿に魅入ってしまっていた。だが、見られていることに気付いたのだ
ろうか、エルフの侍がふと上を見上げ、二人の視線がぶつかったように思えた。すると、一瞬の間があった後で、
彼女は自分の腰に目をやると、右手に持つ盾ですっと自分の下半身を隠してしまう。
そこで我に帰った男は、図らずも自分が恥ずべき行為に及んでしまっていたことに気付いたが、もう後の祭りで
ある。エルフは足を止めると、男の視線から庇うように他の娘達の前に立ち、咎めるような目で彼を見据えて口
を開いた。
「あなた、そこでなにを――」
「おーい、みんなー。お帰りー」
だが、男の横から顔を覗かせた女忍者が、間髪入れずにエルフの声を遮って、手を振りながら彼女達に向かって
声をかける。その声を聞いて、兜を被った二人組の中身を察したものか、エルフは呆れ顔で天を仰ぎ見ると、困っ
たような表情をして肩を竦めた。
「え? あれって忍者さん?」
「あの声と胸はそうだよね。忍者ちゃーん、ただいま」
「そんなとこでそんなもん被ってなにしてんのさ。もしかして、顔を隠して浮気中とかー?」
「え、隣のってあの侍の彼じゃないの?」
手を振り返しながら口々に挨拶を返す娘達だったが、リーダーのエルフは、心なしか急き立てるように彼女達を
宿の中へと誘導していく。
「さあ、宿の前で騒ぐのもほどほどにして、私達も部屋で休みましょう。二人の邪魔をしてはいけませんよ」
「今夜はお楽しみだね。じゃあ、忍者ちゃん。また私達も相手してねー」
促されるまま宿の中に入っていく仲間達を見送ると、最後に残ったエルフの侍は一つため息をついてから、窓か
ら顔を出す二人に、にっこりと微笑んだ。
「まったく、そんなものまで被って。お遊びもほどほどにしておいてくださいね。相手と合意の上ならともかく、さす
がにそれはあまり感心できる行為ではありませんよ」
「あ、ああ、いや、これは……」
「ええ、そちらにも言い分があるでしょう。今日のことは、明日の晩にでも静かなところでお話ししましょうか」
「だ、そうだぞリーダー。明日の晩は私のことなど気にせず、ゆっくりと体で語り合ってきてくれ」
「逃げるな。元はといえば、お前が言い出したことで、俺はハメられたようなもんじゃねえか」
「ハメるのはリーダの役目だろう。私もハメられるものならハメてみたい」
「いや、そういうのはいいから。お前も共犯、どころか主――」
「あ・し・た・の・ば・ん・で・す・よ。いいですね。少し時間を空けておいてください」
「…………」
「聞こえませんでしたか?」
「……イエス、マム」
「よろしい。ではまた」
男の返事を聞くと、エルフの侍はもう顔を上げることなく、二人に向けて手だけを軽く振って、仲間の待つ宿の中へ
消えていった。

* * *

「これは、明日の夜は二人揃ってお説教だな!」
声の調子から察するまでも無く、女忍者は兜の中で心底嬉しそうな表情を浮かべていることだろう。
「なんでお前はそんなに嬉しそうなんだ」
「あぅちっ!」
侍は、女忍者の脇腹を指で強くつついて彼女を黙らせる。そして、兜の面甲を上下共に開き、窓際を離れて部
屋の中へと戻ると、仰向けにベッドに倒れ込んだ。普段通りに戻った視界に映る石造りの天井を眺めながら、
男は長いため息を吐く。

女忍者は木窓を閉めてから、軽い足取りでベッドに近づくと、男の頭の脇に腰を下ろした。そして、自分も兜の
面甲を開き、体を捻って男の顔を覗き込んでくる。彼が想像していたとおり、今日一番の満面の笑顔がそこに
あった。その表情は期待に満ち溢れ、尻尾を千切れそうなほどに振り回す子犬を連想させた。
「で、どんな折檻をされるのだろう? まあ、鞭や蝋燭は当然として、縄や手枷ぐらいはこちらで持参した方が
いいのかな? 三角木馬に苦悩の梨、魔女の楔なども体験できるかと思うと、楽しみで今夜は眠れないな!」
「お前はいったいどこの拷問吏に会いに行くつもりだ!! なんだよ苦悩の梨って……」
「そんなことを言って、本当はよく知っているのに知らない振りをしてまで、わざわざ私に説明の機会をくれると
は。そうまでして私の顔を立てることはないのだぞ? まあ、折角の気遣いだし、説明するとだな――」
「いや、説明はいい。聞かない方が幸せに一生を過ごせそうだ。てか、知ってようが知っていまいが、どっちに
しろそんなもん一つも使うかよ」
「なに!? では、乳房絞め器やスペインのブーツも使わないというのか! 私もスペインの宗教裁判官に異端審
問されたい!!」
「誰もこんなところでスペインの宗教裁判官が出てくるなんて思ってねえよ!」
「まさかの時のスペイン宗教裁判!」
「五月蝿えよ!……まあ、頬を一発張られるぐらいはするだろうし、彼女の平手は尋常じゃなく効くんだけどさ。
それ以上にお説教の方が堪えるな」
「ほう。言葉責めか。では、あのエルフさんの口から "いいか、貴様らには原生動物の糞をかき集めた値打ちし
かない。私に話しかけられた時以外は口を開くな。分かったか、このバブリースライム共!" みたいな口汚い罵
りの言葉が聞けるのだな!?」
「聞けねえよ!! 完全にその逆だ。まずはこっちの言い分を聞いた上で、懇切丁寧に、冷静に、なにが悪かった
か理解して納得するまで、何時間でも根気強く、ただひたすら理を持って説教をされる。だけど、その真面目に
真っ当に説教されるのが本当に堪える。なまじ正論で隙が無いだけに余計にな」
「んー。それはそれでお説教されてみたいが……いや、やっぱり私は遠慮しておこう」
「遠慮すんなよ。精神的な責めもお前の得意分野だろ。ってまあ、多分怒られるのは俺だけだから心配すんな」
「二人っきりで夜のお説教タイムか。なんだかいやらしい響きだな」
「いやらしいのはお前だろ」
侍は自分の顔の横に座っている女忍者の尻を軽く叩くと、横向きに寝転がって彼女の腰に両腕を回す。そうして
横になっていると、日中は彼女を捜して街を歩き回ったせいか、わずかに疲れをおぼえて、しだいに目蓋が重く
なってくる。当然、普段の迷宮での探索に比べると、肉体的な消耗などは然したるものではない。だが、侍自身
が思っていたよりも、心配や焦りなど、精神的な部分での疲労が溜まっていたのだろう。
「いやいや、いやらしいと言えば、彼女達を視姦するリーダーの様子もかなりのものだったぞ」
「視姦言うな」
「ドワーフちゃんの整えられた陰毛などはなかなかの見物だっただろう。それに、魔術師ちゃんのあのいやらしい
肉体。彼女は普段はかなり大きめのローブを着ているから、冒険者の中でも気付いている者は少ないだろうが、
あれを隠すのは勿体ないと私は常々思っているのだ」

確かにいい体だったよなぁ。と、侍は少しぼんやりとした頭で、先程見た女達の肌を思い出す。それぞれが違う
魅力を持った彼女達の肢体。まあ、盗賊の娘は少し肉が薄すぎる感じはあるが、自分の好みは別として、ああ
いう中性的な肉体も、それはそれで大いに需要はあるだろう。

(って、これじゃあ、俺もこいつのことをとやかく言えたもんじゃないよなぁ。見てみろって言ったのはこいつでも、
それにほいほい釣られて裸に魅入ってたのは俺自身だし。……しかし、あの汗ばんだ肌……って、視姦、か。
本当にそのとおりだな。これじゃあ、彼女に説教されるのも自業自得だ。んぅー、とりあえずは、すぐにでも宗教
裁判官に誤りに行った方が……いや、少し時間を置いてからの方が無難かな? あー、香辛料も買って帰らな
いと。……そういや、梨って結局なんだったんだろうなぁ)
しだいに強くなってくる眠気に身を任せつつ、侍はとりとめもなく考えを巡らせる。女忍者の腰に回した手は、無
意識のうちにガウンの裾を割って、彼女の内腿を撫でている。しっとりと手に馴染む触り慣れた肌の感触。女は
その手を導くでもなく、かといって止めるでもなく、自分の手を男の手の甲に添え、ゆっくりと撫でさすっていた。
「なんだリーダー、もうおねむか? 兜を被ったままでは、起きた時に首が回らなくなるぞ。それに、眠るのはもう
少し待ってほしいのだが。まだ兜の説明は終わっていないのだ」
「んぅ。ああ、少しだけ。もう少しだけこのままで……」
そう言って、彼女の内腿を撫でながらも、男は頭の中で、他の女の肉体――エルフの侍の下腹から太股にかけ
てのほっそりとした曲線――を思い浮かべていた。彼女の腰つきを直に見たのも何ヶ月ぶりになるだろう。そう、
あの細い腰と小さく可愛い尻を彼は知っている。女忍者がこの街に来る以前。幾度と無く肌を重ねたその肢体。
金色の恥毛に隠された秘唇と、彼の逸物には窮屈に感じるほどに狭く、それでいて深い女の部分――。

(ん? いやいや。待て、なにか違うぞ……そうだ、なにかがおかしい)
微睡みの中にあった男の意識が不意に覚醒した。それは、微かだが確かな違和感。それがなんなのか、その違
和感の原因を見つけようと記憶を呼び起こす。ついさっきまで見ていた夢が、目が覚めると一瞬の後には思い出
せなくなってしまうのと同じように、急激に薄れて消えていく夢想。その中から心をざわつかせる一言を拾い上げ
ようと、男は思考を逆に辿り始めた。
(あぁ。っと、なんだ? 腰、尻、ほくろ。蟹?……違う。えぇーっと今の……あー、なんだったっけ。宗教裁判官、
生えてない、魔女の楔……。生えてない?……そうか、毛だ! 金色の毛……だと!?)
「リ、リーダー、そこは駄目だぞ。私は禁欲中なのだからな。ちょっ、さすっては! 肉、肉を揉んでるって!!」
「痛ぇっ!!」
皮の薄い手の甲を、身が千切れそうなほどに思い切り抓り上げられて、侍はベッドから飛び起きる。気付けば、
女忍者の内腿をさすっていた左手は、いつしか彼女の股間へと伸びて、シンプルな白い絹の下着に包まれたふ
っくらとした土手を揉みしだいていた。
「人に禁欲を強いておいて、なにをするのだ!? 理性が性欲を凌駕している今の私だからこそ受け流せたものの、
普段の私なら、禁欲と性欲の板挟みで悶死していてもおかしくないぞ!」
「あ、あぁ悪い。つい無意識に手が」
「まったく。リーダーの方も溜まっているのだろうから、そう強く責めるつもりは無い。だが、それならそれで、私を
弄らずに自分のモノを弄るべきではないか。私にぶっかけたいのなら、それはきちんと受け止めるから」
そう言った女忍者は、口を尖らせ、わずかに頬を膨らませてむくれている。
(くそっ、ちょっと可愛いじゃねえか。っと、違う。そうじゃない)
「悪かったって。反省してるから許してくれよ。で、それはそうとしてだ。お前、この兜。本当にさっきのがこの兜の
効果なのか?」
「ほう。どういうことかな」
すると、女の表情はむくれていた顔から一転し、興味深そうに眼をしばたたかせながら小首を傾げる。
「さっきのが透視だったとすると、どうしてもつじつまの合わない部分があるんだよ。その……彼女の、エルフ
の侍の股間なんだがな」
「ふむ」
「髪よりもほんの少し濃い金色の毛に隠れてたよな」
「ああ、そうだったな。毛は薄いが見たいところが見えなかった」
「確かに彼女の下の毛の大半はあんな感じだ。しかし、さっきの生え方は彼女のそれじゃないんだよ」
「ほほぅ」
「本物の彼女なら、下にいくほど次第に毛の色は薄く、太さも細くなってて、あそこの周りになるとほとんど産
毛みたいな毛質になってるんだ。なんでも、一族が代々その特徴をうけついでいるんだと」
「なるほど。ということはつまり……」

男は自分がろくでもないことを口にしようとしていることに、今更ながらに気が付いたが、もう後には引けない。
「つまり、本来は彼女の毛じゃあ、肝心な部分を隠し切れない。金髪の産毛なんてもんは、見た目で言えば生え
てないも同然。上から見下ろしていたにしても、あの角度であれだけ拡大して見られるのなら、はっきりと割れ目
が見えるはずだ! だから、さっきのは透視じゃない。あるいは、他の娘はどうか知らないが、少なくとも彼女だ
けは本物じゃないってことだ!」
なかばやけっぱちに言い放った男は、せめてもの格好付けに、女忍者に指を突きつけてそう指摘する。だが、そ
れはどう考えても決まらない、決まりようのない構図だった。

しばらくの沈黙の後、女忍者は笑みを浮かべ、ゆっくりと手を叩き始める。
「ブラボー! おお……ブラボー! 腰や尻の形は完璧だったはず。しかし、最大のネックだった陰毛の部分を
指摘してくるとは、さすがはリーダーだな。私如きのやることなど、全てお見通しというわけか。しかも、それほ
どはっきりと言ってのけるとは、私はそこに痺れるし、また憧れるのだ」
「やめてくれ。ただでさえ、言ってるこっちが恥ずかしいのに、それを賞賛されると余計に恥ずかしさが増す」
「穴があったら入れたい、というやつだな」
「入りたい、だろ。で、あれは透視していたわけじゃないのは認めるんだな? てことは、兜の能力ってのは?」
「うむ。元々、それを説明する前のちょっとしたお遊びのつもりだったのが、無駄に長くなってしまったな。そう、
この兜の実際の効力は透視ではない。兜の面甲を通して、実際にそこに存在するかのように、妄想した場面を
見ることができるというものだ。まあ、有り体に言ってしまえば幻覚だな。兜の効力を発動したときにスリットが
閉じているのには気が付いていたか?」
「ああ? そう言えば。スリットがねえな」
改めて、手で面甲を撫でてみると、本来は前を覗くために必要なスリットが無くなり、兜のひさしは一枚の板にな
ってしまっていた。スリットがあると、そこから現実の光景が見えるため、視界に食い違いが出てしまう。
「しかし、幻覚……か。じゃあ、さっきの彼女達は?」
「ああ。いや、彼女達は正真正銘の本物だ。しかし、エルフさんが盾で股間を隠すあたりからの動きは私の妄想
したものだ。実際には、みんな私達に手を振り返して、そのまま宿の中に入っていった。だから、残念ながら夜
のお説教をされる心配も無くなってしまったわけだな」
「お前の妄想ねえ。ん? じゃあ、この兜同士で幻覚を共有してるってことなのか?」
「うむ。おそらくは複数で同じ妄想の世界に浸って楽しむための機能なのだろうな。他の娘の裸は実際に私が見
たことがあるから、寸分違わず再現しているはずだ。しかし、私はエルフの侍さんの下着姿までは眼にしたこと
はあるが、胸やあそこを直に見たことがない。だから、苦肉の策として金属は透けないという設定にして、下半
身だけの露出にとどめてみたのだが。毛の質と生え方は、以前に拾った彼女の陰毛から推測したが、実態は私
の想定の範囲外だったようだな」
「そんなもん拾ってんじゃねえよ! しかしなあ。あの肌の質感に、汗までかいてたとこなんて、あれがお前の妄
想の産物だと思うと恐ろしいぜ」
改めて思い出しても、間近に拡大して見た彼女達の素肌は、手を伸ばせば触れることのできそうな現実感を持っ
て存在していた。それこそ、幾夜となくエルフの侍と肌を重ねたことのある彼でなければ気付くことは無かった唯
一の穴だったと言えよう。
「うむ。それも私の妄想力で補ったものだ。ちなみに、触れるぞ?」
「なん……だと?」
「そう驚くことでも無いだろう。誰あろう私の妄想なのだぞ。なんでも、古代の魔法文明では、幻覚の食物で腹を
満たすことさえ可能だったと聞いている。それに比べれば触るぐらいはどうということはない」
「どんだけお前の妄想は果てしないんだ!? そんなもんと妄想を比較の対象にしてんじゃねえよ」
「なにを言う。私の妄想力は無限大だ。いずれは妄想するだけで子も産めるとさえ考えている!」
「行き着くとこまで行っちまってた!!」
昔から幾分夢見がちではあったが、まさかこんなことになろうとは。こいつはどこで道を踏み外したのだろう。やは
り自分が彼女を置いて師匠の元から独り立ちしたのが悪かったのか? そう自問する男であったが、そんな彼の
懊悩もいざ知らず、目の前の女は最大級の賛辞を浴びたように誇らしげな表情を見せていた。

「で、それはそれとしてだ。疑うのなら、早速試してみようではないか」
女忍者は手を伸ばして侍の兜の面甲を閉じる。カチッという金属音がすると同時に面甲が透けた。いや、正確に
は彼女の妄想により、寸分違わぬ部屋の光景が面甲の内部に映し出された、ということなのだろう。
そして、唐突に女忍者の右手に長大な張り型が現れる。彼女はそれを侍の方に投げて寄越した――が、彼がそ
れを受け止めなかったため、張り型はそのまま音を立てて床に落ちた。
「なぜ受け取らない?」
「なぜそんなものを受け取る必要がある?」
「まったく、我が儘だな。なら、これではどうだろう」
すると、次に男の眼前に現れたのは件のエルフの侍。先程見たときとは違い、一糸纏わぬ姿の彼女の股間に生
えた繁みはより薄く、その秘所を隠すには至っていない。
「せっかくだから、さっき入手した情報も、反映させてもらったのだが、毛の生え方はこんな感じかな?」
「うーん。あそこの周りはもう少し毛が細いな。ああ、そうそう。それから上に行くにつれ徐々に……っと、そこで
ストップ。もう少し下に戻って……お、そんな感じそんな感じ。あと、胸の大きさはそのまんまだけど、乳輪はもう
少し小さめで、乳首はもっと肌の色に近い。……うん。いいな」
「なるほど。こんな感じか。これは今後、いいおかずになりそうだ。これならリーダーも触りたくなるだろう」
「いや、別に俺は幻覚にそれほど興味があるわけじゃないぜ。でも、お前がそこまで言うなら、触ってみてもいい
か。まあ、妄想だしな、妄想」
「触らないのなら消そうか?」
「謹んで触らせていただきます」
どうせ幻覚なのだから、迷惑もかけないことだし、構わないだろう。そう自分に言い聞かせて、侍は目の前のエ
ルフに手を伸ばす。多少の後ろめたさを感じないではないが、どうせ触るならと、躊躇せず白い肌も眩しい尻を
鷲掴みにした。

と、その瞬間――
「なあ、ついさっきよお、ご丁寧に "お遊びはほどほどにしておいてください" って言ったばっかりだよな? まっ
たく、その恥知らずなサックスちんぽをおっ勃てることしか考えられねえのかよ、このおフェラオークは。それとも、
その汚いケツの穴に突っ込まれたいのか? てめえには、そこの変態を自称するしか能のない牝オーガがお似
合いだ。頭が死ぬほどしごき倒されて、性病で腐れ落ちるまでファックするがいいさ」
これまでもこれからも、エルフの侍の口からは決して発せられることの無いだろう暴言が、男に向けて浴びせら
れた。出した手を引っ込めることもできず、そのままの姿勢で固まった侍は、ようやく首だけを動かして女忍者の
方を見やる。彼女はエルフの口から出た言葉を噛みしめ、全身をふるふると震わせていた。おそらくは感動の涙
を流しているのだろう、肌が露出している首元には涙の筋が伝っている。
「おい、こら」
「あ? ああ、すまない。ちょっとした出来心だ」
「おかげで、間違いなく彼女が本物じゃないとわかったよ」
「どうしても彼女に言わせてみたかったのだ。うむ、もう邪魔はしないから、遠慮無く存分に触ってくれ」
「ああ。触ってやるよ! 触ってやるとも!! 本物じゃないなら、もう遠慮なんかしてやるか」
男は手を触れたままのエルフの尻を執拗に撫で回す。全体的に肉の薄い彼女の尻は、小振りでキュッと締まっ
ているが硬さは感じられず、さらっとした滑らかな肌はまさに本物と違わぬ触り心地だった。
「なあ。これって俺が妄想しても触れないのか?」
「こういうのも、鍛えれば鍛えるほどレベルが上がるものだからな。リーダーの秘めた潜在妄想力は私をも凌ぐも
のだと信じて疑わないが、今の段階ではさすがに難しいと思う。私でも、幻覚に触れるようになるまで半月はかか
ったから……リーダーならまあ、十日といったところか」
「妄想力って褒められてる気がしないんだが。そもそも、そんなもんで、お前を越えられるはずもないだろ」
「ちなみに、普通は触れるようになるまで、最低でも半年はかかるらしい。頭の固い者なら、一生かけても触れな
いかも知れないな」
「俺の評価はどんだけ高いんだよ!?」
「まあ、本来はそれを補うため、初心者は銅の小手を使うのだ」
「銅の小手?」
「そう。小手を装着して、妄想したものを触ったり握ったりすると、兜を通してその圧力や感触が反映されるのだ。
例えば、子供のおちんちんを想像して手に乗せれば、軽く軟らかい感触が。勃起したリーダーのおちんちんを想
像したなら、それより重く硬い感触が手に伝わる」
「なぜその例えを選んだのかはわからないが、たかが銅の小手にそんな機能があるってのか?」
「ああ。リーダーは、呪いの兜ほどではないにせよ、銅の小手の価格も異常だと思ったことはないか?」
「あれは……確か六千ゴールドだったか?」
彼は迷宮での探索を重ねた後、高レベルの魔術師から侍に転職した口である。それまでに得た財宝で、前衛職
の装備を整える資金には不自由せず、最初から相応の装備をボルタックで揃えることができた。そのため、銅の
小手などという性能の劣る品のことを気にしたことはなかったのだが、考えてみると、ただの銅製の小手一つが、
古代のエルフの技による最高品質の鎖帷子と同じ額で店売りされているのだ。これが普通であるわけがない。
「確かに異常だな」
「うむ。なんでも、一般にはただの小手としか認知されていないにも関わらず、本来の用途を知っている一部の好
事家の為の価格設定をされているそうだ」
「なるほどねえ。まさかこの兜と銅の小手にそんな関連性があったとはな」
「あったのだ。で、リーダー。いつまで尻を撫でているのだ? 指が穴に入ってしまいそうだぞ」
「あ……」
そんな会話をしつつも、侍の手はエルフの尻を、絶え間なくさすり、揉みしだいていた。その指先は菊門を執拗に
揉みほぐし、軟らかくなったそこに今にも押し入ろうとしている。時折、ビクッと体を震わせながらも、密道を蹂躙
されまいと、非難するような眼を男に向けて身を捩る彼女の様子は、やはり本物さながらの現実味を帯びていた。
その視線に気圧されて男は指をそこから離しはしたが、その手はまだ女の尻を撫で続けている。
「しかし、予想はしていたが、最初は尻から触るのだな」
「当然だ。彼女の尻は芸術品だぞ。……しかし、今更言うのもなんだが、凄いもんだなこの再現性は。お前、い
つの間に、彼女の肌の感触を確かめたんだよ?」
「いや、私はまだ彼女の尻をそんなふうに撫で回したことはないぞ。まあ、私ぐらいになれば、肌を見ただけで触
った時の感触は大体想像できるのだが、リーダーのお墨付きを貰えたのなら間違いがないな。どれ、せっかくだ
から私も触らせてもらおう」
女忍者は背後からエルフの腰に手を回し、薄い胸から脇にかけて手を這わし、胸の外側から中心を通って鎖骨ま
でをマッサージするようにさすり上げる。すると、幻覚のエルフは声を上げ、身悶えした。
「ん……んはぁ、あぁっ」
「お。なかなかやるじゃないか。じゃあ、おれはこっちを」
「あー、そう来たか! そこは私が最初に試したかったのに、ずるいぞリーダー。なら……これはどうだ?」
「おいおい。そんなとこにそんなもんを。お前がそう出るなら、俺は同時にこっちも弄っちまうぞ?」
「いやいや。いくらなんでも、いきなりそんなとこを弄くりまわしてはまずいだろう。それに、そうするなら、こんなポー
ズをとってもらったほうがやりやすいぞ」
「おいおいおい。妄想だからって彼女にそんな格好させたらさすがに……うわっ、これは見てられねえ」
「そのわりには手の動きが激しいぞリーダー。こうなったら、他の娘達にも参戦して貰うしかないな」
「おおおぉぉぉぉぉっ!? 漲ってきたああぁぁぁぁ!!――」

* * *

半時の後、ベッドの上に膝をついて落ち込む侍がいた。先程までベッドに横たわっていた幻覚の女達は、すで
にその姿を消している。
「俺は……最低だ。なまじ現実味があるだけに、我に帰った時のやっちまった感が半端無い……」
いくら女忍者の妄想が生み出した幻覚とはいえ、見知った女達に対し、あれやこれやといたずらをしてしまった
罪悪感に苛まれる侍であった。女忍者は子供をあやすようにゆっくりと彼の背中を叩いている。
「ちょっとはしゃぎ過ぎな感はあったが、そんなに悔やむことはないのではないか? いくら現実味があっても、
あくまで私の妄想だ。妄想の中でぐらい好きに振る舞っても問題ないだろう」
「そうかな……俺は許されるのか?」
「うむ。このぐらいの妄想など、リーダーが自分を慰める時にいつもやっていることではないか。今回などは挿
入も射精もしていないのだから、いつもに比べて罪が少ないぐらいだ」
「お前がこの街に来てからこっち、そんなもんしてる余力は無い」
女忍者に反論する侍だが、そこに普段の普段の勢いはない。
「ふむ。短い中にも色々とツッコミどころの多い発言だな。それだと、捕らえようによっては、彼女達をおかずに
していることを、否定し切れていないと思うぞ?」
「してねえよ。大体、お前は自分の友人達をおかず呼ばわりすんな」
「そうだな。訂正しよう。エルフさんに限っては、おかずではなく主菜だったな」
「そこじゃねえ!! お前、前に俺が彼女と関係があったこと、本当は怒ってんのか?」
「まさか。私もできればご相伴に与りたかったぐらいだ。それに、そんなことで怒っていたら、私の怒りの矛先
は、この街の女の子全てに対して向けられねばならないだろう?」
「お前は俺をどんだけ精に貪欲な人間だと思ってんだ!?」
「軽い冗談だ。まあ、とりあえずは元気を取り戻したようでなによりだ」
「お前のおかげで、落ち込んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えてきたところだよ」
「しかし、本来は挿入や射精をしてこそのスレなのだが」
「ん、なんかいったか?」
「いや? 空耳だろう」

侍は四つん這いの姿勢から体を起こすと、壁にもたれてベッドの上に座り直す。女忍者はいそいそとその脚の
間に収まり、そのまま男に背中を預けようとするが、互いの兜が邪魔になって、どうにも体の収まりが悪い。
「誰だ! こんな邪魔な兜を被せたのは!!」
「お前だよ。お前」
仕方なく隣に座り直した彼女の腰に手を回して、男はようやく人心地つく。
「ふぅ。しかし、なんて言うか、起きながらにして夢を見てた気分だな。それも夢だと分かっていても醒めない夢。
確かにこれなら五万ゴールドの価値はありそうだけど、いや、しかし色々と問題も多いか」
「そうだな。まず、熟練に要する日数。そしてなにより、着け外しが自在にはできないこと。それにだ、その二点
を乗り越えても、まだ大きな問題が残っている」
「問題? 外せない以上の問題があるってのかよ?」
「これはこれで扱いがなかなか難しいのだぞ。今の場合は、リーダーは私の設定した妄想の世界をゲストとし
て楽しんだわけだ。しかし、いざ自分で妄想するとなると、本人自身のセンスが重要になってくる。そして、妄
想する能力に長けた者ほど陥りやすい罠――それも、致命的なものがいくつかあるのだ」
「致命的な罠?」
侍は、しばしの間、思考を巡らせ、欠点になりそうな理由の分析に取りかかる。彼とて元は魔術師として研鑽を
積んだ身。こういった思索や分析をすることは、すでに習慣となっており、ささやかな娯楽の一つでもある。
「面甲が上下に大きく開くから、食事は問題ないだろ。いや、そもそも妄想が得意だからこその欠点か……それ
なら、飯なんかそっちのけで妄想に嵌り過ぎて衰弱死の方がありそうだ。外部と接触を絶っちまっての社会的な
死ってのもあるかな。……ああ、なにも妄想だからって、エロいことじゃなくてもいいんだよな。年を取った金持ち
なんかが、子供の頃の夢だった姫を助ける大冒険を思い描いて、無駄に強い敵を想定したばっかりに、誤って
討ち死になんてのも笑えないな」
「うむ。どれも妄想の得意な者ほど陥りやすい状況だな。最初の二つは熟練者ほど注意が必要だし、最後のは
中級者にありがちで、直接的な危険の大きい事例だ。リーダーは幼少の頃、暗闇になにかエロいものが潜んで
いるのではと考えてしまって、眠れなくなったことなどはないか?」
「それを聞くなら普通は怖いものだろ。ああ、まあ子供の頃ってのは、そういうのあるよな。それで怖くなってトイ
レにも行けずに、おねしょしちまったりさ」
「おねしょか。久しぶりにしてみたいな」
「そんなのは狙ってするもんじゃねえよ!」
「ちょっとした冗談ではないか。私だって寝ている間に知らずに漏らすぐらいなら、街中で堂々と漏らしたい」
「それをしたら、さすがに俺も縁を切る。さっさと怖い想像に話を戻せ」
「おねしょなら縁は切られないのだな。まあ、話を戻そう。で、妄想を触れるぐらいにこの兜を使えるようになった
者が、妄想を制御できなくなってしまったらどうなると思う?」
「うーん。現実と区別がつかない出来の幻覚だと、それが一人歩きした時のリスクが高いってことだよな。子供
の頃の怖い想像なんかでも、一度考えちまうと、止めようと思っても勝手に想像が膨らんで、自分では止められ
なくなったりするもんだしさ。その想像が現実に干渉する力を備えてたら、そりゃあ、とんでもないことになる」
「うむ。女の子に挿入していたはずが、ふと我に返ると突っ込んでいるのは男の尻だった。はたまた、美女を集
めたハーレムを楽しんでいたはずなのに、途中でいらぬことを考えたばかりに、最終的には複数のキャリアーに
掘られていた、なんてことにもなりかねない。それから、特に注意しなければいけないのは、痛みに快感をおぼ
える類の人種だな。幻覚だからと侮って、より過酷な痛みを求めると、炎で自分の身を焼かれることにもなろう。
エスカレートした妄想には、十分に人を取り殺す力があるのだ」
「俺のすぐ隣にそれに該当しそうな奴がいるんだが、他人事みたいに聞こえるのは気のせいか? しかし、なる
ほどな。例えはともかくとして、中途半端に慣れちまった時が一番危険なのは、妄想も現実も変わらないか」
「そうだな。冒険者でも、マハリトなどの中範囲殺傷魔法をおぼえて調子に乗り、つい深い階層に潜ってしまうと
全滅の憂き目に遭う。男と女も然りだな。変態さに中途半端に慣れられるよりは、いっそ諦めて自分も染まって
しまうか、せめて毎回しっかりとツッコんでくれた方がいい」
「一般的には、それは男と女の関係性とは別の問題だ」
「一般的ではない男女にとっては、それこそが問題だ」

女忍者は腰に回された侍の手をほどくと、ベッドから降りて大きく伸びをする。見事に張り出した胸が服の襟元を
押し広げ、その膨らみに男はつい目を奪われる。だが、はち切れんばかりになった胸の先端が見える直前で女
は伸びを止め、弛んだ襟元をスッと整えた。
「ん、どうしたリーダー?」
「ああ、いや。乱れた服をさり気なく直すあたり、お前も成長したもんだと思ってな」
「リーダーの股間も一時的に成長してしまった様子だな」
残念な思いを隠しつつ、素知らぬ顔で冷静に返した男だったが、やはり彼女に視線を誘導されていたようだ。
「そう、男女の関係の如く、そしてその股間のものを扱うが如く、妄想の扱いも繊細さが要求されるものなのだ。
この私とて、うっかりと妄想を膨らませすぎて、二十人からのリーダーに囲まれて陵辱されたあげく、精液漬けで
窒息しそうになったことがある。あの時は本当に妄想で孕んでしまうかと思ったものだ」
「それは本当に妄想が暴走した結果か? しかし、俺達はそんなもん被ってて本当に大丈夫なのかよ」
「言っただろう。今、リーダーが体験したのは私の妄想だ。私はすでに妄想を自在に操れる域にあるから、心配
はいらないぞ。むしろ、うっかりと妄想を暴走させて、予想外の酷い目に遭うことも無くなったのが、残念に思え
るぐらいだ」
胸に手を当てて得意気に言い切った女忍者。そんな彼女を頼もしく思えばいいのか、情けなく思えばいいのか、
判断に悩む侍だった。
「それに、だ。兜に取り付けて妄想を補助する魔法の品もある。本来は違う用途で使う品なのだが、副次的な機
能として、使用者の想像力を手助けし、暴走を押さえる効力が備わっているのだ」
「へえ、そんな便利なもんがあんのかよ。お前は今、それ使ってんのか?」
「いや、リーダーがこの部屋に来るまでは使っていたが、今は機能を停止している。ああ、ちょっと待ってくれ」
女忍者は自分の兜の背面に手を伸ばすと、ネックガードの一部を開いて直径二センチほどの小さな珠を取り出
した。彼女はその鈍い金色に光る珠を、指で摘んでくりくりと弄ぶ。
「これがその金玉だ。そう、金玉なのだ」
「へぇ。ちょっと見せてくれ」
「リーダーが冷たい……」
男が広げた手にその金玉が乗せられる。色からして本物の金かと思ったが、質感は水晶の珠に似ており、重さ
はそれよりも軽い。
「ふーん、こんなのがねえ。で、これって、もしかして夢の宝珠ってやつか?」
「おお、その通りだ! リーダーの見識の広さには感服するな。私が説明するまでもなかったようだ」
「いや、うろ覚えだけどさ。確か "夢の宝珠。それを懐に入れて眠れば、簡単に熟睡が得られ、素晴らしい夢が見
られるという魔法の宝珠。一つの珠で見られる夢の内容はいつも同じだが、珠によってその夢の種類は異なって
いる" だったか? 修業してた頃に文献で読んだことがあるな。しかし、これ、かなり珍しいもんだって聞いてたん
だけど?」
「そうだったのだが、今はそこそこの数が裏で出回っているようだ。以前、この街にあった虎の子騎士団というのが
解体されたことは知っているかな?」
「ああ、俺が師匠からその話を聞いた時、お前も一緒だっただろ。昔、この城塞都市でかなり大がかりな政争があ
って、当時はその話題で持ちきりだったとかってさ」
「いや、私はまだ子供だったからな。子供が興味を持つような話題でもなかったし、耳にはしたのだろうが、正直あ
まりよくおぼえていない。これを貰った時に改めて話を聞いて知ったようなものだ」

――虎の子騎士団とは、かつてこの城塞都市に存在した、特定の家柄の貴族の子息ばかりで構成された騎士
団である。団員のクラスは君主のみ。だが、騎士見習いと叙勲を受けたばかりの騎士が多く所属するため、総じ
て団の戦力は低い。腕の立つ者、戦で功を挙げた者は、大抵が他の騎士団に配属し直されるので、残るのはま
だ未熟な者や、なんらかの性格的な問題を抱える者が多いとの評判。かえってそれが居心地がいいと、将来を
有望視されながらも、あえて騎士団に留まる者もいたという。
だが、二十年ほど前に突然、騎士団の解体が宣告された。正式な理由は秘されているが、なんでも騎士団ぐるみ
の不祥事があったと噂されている。それが飛び火し、団の騎士全ての家が減封、あるいは爵位の剥奪という騒動
に発展したため、他国にもそのことは広く伝わっていた――。

「で、それがこの宝珠とどう繋がるんだよ?」
「なんでも、虎の子騎士団に所属していた騎士達の家には、代々この宝珠が伝えられていたらしい。彼らはどこで
どうしたものか、これを大量に保持していたそうだ。そして、騎士団解体の余波で家が傾いた時に、背に腹は代え
られぬと、その多くが売りに出され、私のも母上が冒険者をしていた頃にこの街で手に入れたものだとか」
男は、今は自分の手の内にある金色の宝珠を、矯めつ眇めつ眺めてみる。とすると、これも元は貴族の手元に置
かれていた珠の一つなのかも知れない。
「そもそも、夢の宝珠というのは、この兜で見た妄想を記録するためのものなのだ。これを使えば、以前に見た妄
想を再現することが容易になるし、妄想力に乏しい者でも、他の誰かが見たハイレベルな妄想を追体験すること
ができるのだ」
「ふーん。じゃあ、宝珠で見られる夢ってのも、元は誰かの妄想ってことか」
「そうなるな。夢として見る分には兜そのものは必要ない」
「この珠が記録媒体になるのか。そんな効力があるなら、妄想といわず、色んなものの記録を残すのに、これほ
ど便利なもんはそう無いんじゃねえの?」
「そうした物が今に伝わっていないところを見ると、それはそれで別の媒体があったのだろうな。おそらく、この珠
は主に娯楽的な使い方をされていたのだろう。あと、これは母上からの受け売りになるが、なんでも元々は記録
した妄想の消去や上書きが自在だったようだ。しかし、現在では正しい使い方が失われているため、新しく記録
を残すには、元の記録者と同等以上の妄想力で上書きするという力技しか方法がない。だから結果的にレベル
の高い妄想のみが今に伝わっているのではないかという話だな」
「なるほど。で、お前はこれを上書きできるのかよ?」
「愚問だな。むしろ、私に上書きできない妄想があるのなら、私はそれを望んで止まないだろう」
「上書きできるってことは……今これに入ってるのは、お前がさっきまで見てた妄想なのか?」
「そう。 "凄いぃぃぃ! リーダーの尻穴、気持ちいい!! みんなに見られてるのに、リーダーの中に私の子種吸い
取られるうぅぅぅ!! 出ちゃう! 全部、出てしまうぅぅぅ!!" という――」
「違ぇよ!! お前、まさか俺がこの部屋に来る前は、そんなおぞましい妄想してたのか!? 俺が言ってるのは、裸で
暮らす変態家族の話だ! あれは明らかにお前自身が作った妄想話だろう」
「ああ、さっき見ていたのはそっちの方だったか。うむ、そうなのだ。作者も別になんの脈絡もなく意味不明な妄想
オチで話を始めたわけではない」
「どうだか。後付感満載だと思うんだけどなぁ」

「まあ、それはいいとしてだな。リーダー、いま尿意は無いか?」
「お前!……まさか、とうとうそこまで!?」
「ん? おやおや、リーダーはとんだ勘違いをしているようだ。なにがそこまでなのかなぁ?」
「なんでもない、忘れろ。いや、さっき済ませたところだから無いけどさ」
「ふむ。それなら大丈夫だな。どうだ? リーダーもこの宝珠の効果を体感してみたくはないか?」
「体感ねえ。って言っても、さっきのもお前の妄想だったわけだから、内容は違ってても、効果は大差無いんじゃ
ないのか? ならいいよ。もう兜の効果は試したし、ボルタックが夜の営業に移る前に、呪いを解いとかないとな」
そう言って、ベッドから立ち上がろうと腰を浮かした侍だったが、いつの間にか両脇に現れた二人の女忍者に、両
腕をがっちりとホールドされていた。いや、気づけば両脚にも二人、更に背後からもう一人の女忍者が男を羽交い
締めにして、完全にその動きを封じてしまう。
「これは、なんの真似だ?」
男は、目の前に立つ女忍者に向けて疑問を投げかける。一瞬、彼女自身も幻覚なのではないかと疑念を抱いた
が、侍は生者が行動する際に発する気配の変化を "気" として察知する。彼女が本物と見て間違いはないだろう。
「リーダーも私の禁欲に付き合って、さぞ溜まっていることだろう。あまり溜め込むのは体に良くないと聞く。せめて
娼館ででも発散してくれれば良いのだが、私がおあずけされてからは、自分ですらしていないのだろう? 私はリ
ーダーに無理をしてほしくない。こんな私でもリーダーの身を案じる権利ぐらいはあると思うのだ」
女は男の手から夢の宝珠を取り上げると、それを彼の兜の背面にあるスロットに装着する。そうしてから、手慣れ
た手付きで、手際よく男の下半身を裸に剥いていく。
「あのなぁ。確かに俺もしてはないけどさ、残り六日ぐらいは大丈夫だって。それに、どうしてもって時には、お前
に頭を下げてでも、やらせてくれって頼み込むさ。だから早まるな。これ以上、禁欲期間を伸ばしてどうするつも
りだ?」
「私は手も乳も出さないから、心配はいらないぞ。今は性欲が抑制されているとはいえ、私とてこれ以上禁欲が
続くのは望んでいないからな」
話は平行線。まさに余計なお世話というやつだが、なまじ本人に悪意が無いだけに、扱いにくいことこの上ない。
(ちゃんと謝って、しおらしくおねだりでもしてくれればな。こいつにしてはよく堪えてるし、正直、禁欲なんてもう
解いちまってもいいんだけど、こっちから言い出すのもどうかと思うしなぁ)
「ただ、惜しむらくは、内容が私のお古の流用になってしまうことだな。予想よりも早くリーダーに見つかってしま
ったから、リーダー専用に特化した妄想世界を準備する時間が足りなかった。そこは多めに見てほしい」
「ちょっと待て! お前用の妄想のお古とか、どんな世界に放り込まれるかわかったもんじゃねえ!」
「リーダーは心配性だな。久しぶりの射精に、あまり刺激が強いものもどうかと思ったので、内容はほどほどに
大人しく調整しているぞ」
彼女のほどほどが、どれほどのものだか知れたものではない。なにかまだ打てる手はないか? と、対応策を
必死で考える侍は、自分がごく単純な方法を見落としていたことに気が付いた。
「あ、そうか。面甲を上げればいいんじゃねえか。それで幻覚は見えなくなるはずだよな」
気づけば、体を拘束していた複数の女忍者達は消えている。男は手を面甲に当てて、一気に跳ね上げた――
つもりだったが、それはしっかりと固定され、いくら力を込めても微動だにしなかった。
「ああ、面甲は下ろした時にロックしてあるぞ。宝珠に記録された妄想の再生が終われば、それも自動的に解除
される」
「糞ッ、抜かりねえな。参考までに聞くけど、記録時間はどれぐらいだ?」
「夜中の三時頃には解除されるはずだ」
「まだ、八時間ぐらいあるじゃねえか!」
「勿論、出し尽くしたら、すぐに手動で解除しよう。だが、私はドワーフちゃんに用事があるので、数時間もすれば
出かけなければならないのだ。それまでにイき切らなかった時のために、こういった装備も用意しておいた」
そう言って、女忍者が取り出したのは、T字型の革帯に金属の輪を組み合わせた装具。それと、なめし革で作ら
れた長い管状の物体と、小さな革袋とガラスの小瓶といった品々だった。管の両端と革袋の口には、革帯と同
様に金属の輪が取り付けられている。
「……なんだ、そのいかがわしい品の数々は。それって、まさか貞操帯ってやつじゃないだろうな?」
「まあ、そう見えなくもないが、この状況で私がリーダーに貞操を強要しては本末転倒だろう。これはこう組み合
わせてだな……」
彼女は小瓶を革袋の中に入れると、その口に付いた金属の輪と管の端の輪をかみ合わせて、抜けないようにし
っかりと咬合する。次に革帯を取り上げ、これも先程と同様の手順で管の逆端に取り付ける。
「まあ、こうなるわけだ。で、この管をリーダーのあそこに被せて、革帯で腰に装着する、と。そうしておけば、私
が部屋を離れた後でリーダーが射精しても、部屋を汚すことも無く、私も後で美味しく栄養補給ができて、一石
二鳥というやつだ」
「ああ、なるほどな。俺が出したのがその小瓶に溜まるってわけか。それならなんの問題も無いな――って、そ
んなもんまで用意してんじゃねえ! 栄養補給って、あれか? お前が最近やけに肉ばっかり食ってんのは、俺
のを口にしてないからか!? 大体、瓶に溜めるってどんだけ出させるつもりだよ。山羊や牛の乳じゃねえんだぞ」
「まあまあ、あくまで念のためだ。それは、私だって搾り立ての新鮮な子種を直飲みする方がいいに決まってい
る。だから、できれば、私が部屋を離れる前に出し切ってもらえるとありがたい。では、そろそろ始めようか。私は
邪魔になってはいけないし、姿を消して大人しく見守らせてもらうとしようかな」
女忍者は懐から紫色の液体が入った小瓶を取り出し、中にわずかに残ったその液体を手で伸ばして、それを自
分の兜に擦り込んだ。兜の首当てから、カチャッと小さな音が鳴る。そして、彼女はおもむろに、呪われて脱げな
いはずの兜を脱ぎ去った。乱れた豊かな黒髪は、頭を数回振るだけで、肩をさらさらと流れて元の位置に落ち着
いた。
「へっ? お前、今なにをしたんだ。その兜も呪われてんじゃないのかよ?」
「ん? ああ、これを使ったのだ。持ってて良かったクレンジングオイル」
「クレンジングオイルって、それもレア物じゃねえか。塗るだけで呪いを解くってあれだろ?……なあ、方向性は
大いに間違ってる気がするけど、お前が俺の体を心配してることだけは良くわかった。だけど、俺にこんな兜は
必要ない。怒らないから、それをこっちに寄越すんだ」
「いやそれがだな……使い切ってしまった。なにせ高級品だし、瓶には少ししか残っていなかったのだ」
「どうせ、そんなことだろうと思ったよ!」
「では、存分に楽しんできてくれ。どんな濃い精が放たれるのか、口を開けて楽しみに待っているぞ」
「おおぉぉぉいぃっ! どうせイクなら生身のお――」
男の目の前が眩しい光に包まれ、意味を成さない記号や数字の羅列が渦巻くように流れ込む。ピッという音が
脳裏に響き、彼の視界は暗転した。

* * *

ガチャッ カタカタッ
ピーッ
ガッチャ
カチッ カチン


WELCOME TO THE WORLD OF ABNORMALITY!

  YOU CANNOT PLAY WITHOUT MAKING A
          SCENAEIO ORB!

          S)TART DREAM
        M)AKE SCENARIO ORB


突如、侍の目に映る光景が一変した。一面を草に覆われた丘の上。大きな石の煙突が立つ二階建ての家屋の横
手に彼は立っていた。辺りには、割終えた薪が積み上げられている。背後には高い山がそびえ、眼下に見下ろす
は山間の渓谷。他の二方は緩やかに下っており、澄んだ空気の中、斜面を覆う森が遠く見晴らせた。日差しは穏
やかで、そよ風が運んでくる木々の香りには、初夏の雰囲気が漂っている。
頬を撫でる風の感触に、男は自分があのいまいましい兜を被っていないことに気づいた。夢の宝珠に込められた女
忍者の妄想に、肉体を離脱した感覚だけが取り込まれた状況なのだろうと、男は推察する。それは、夢を見ている
時などとは違い、彼の五感に本物に等しい現実感を与えていた。
男は、建物の裏口と思われる木戸に近づき、周囲を警戒しつつ中の様子を窺う。扉の中は土間のある台所になっ
ており、生臭い磯の香りが立ちこめている。土間の隅に水瓶が置かれ、竈には橙色の燠火が燃えていた。部屋に
人の気配が無いのを確かめると、男は扉の間から身を滑り込ませ、そこに臭いの原因を見つける。
土間には巨大な蟹が部位毎に分けて置いてあり、部屋の真ん中のテーブルには数種類の野菜や香草、解体され
た動物の肉が並べられていた。入り口の向かいの壁には次の部屋に通じる扉がある。男は慎重に歩を進め、その
扉をゆっくりと押し開けた。


** 魔物に驚かされた! **

1) 1 成長著しい全裸の少女   (1)
2) 2 未成熟な半裸の褐色少女 (1)


成長著しい全裸の少女 は,男 の脚をすくい上げた.そして,一回当たり 4のダメージ
未成熟な半裸の褐色少女 は,男 をタオルでぐるぐる巻きにした
男 はタオルでくるまれて,動けなくなった
男は抵抗する間もなく二人の少女に拘束されてしまった。
「まったく。こんないたいけな女の子を魔物呼ばわりするなんて、ひどい兄様だな」
「まあ、気にするな妹ちゃん。古来より女は魔物というではないか」
男はそのまま少女達に担ぎ上げられ、部屋の片隅にあるベッドに放り投げられる。
「いつまで寝てんだー! 起きろよ妹っ」
褐色の少女が、ベッドで眠りこけていた自分とそっくりの少女を蹴り起こすと、彼女は頭をさすりながらゆっくりと身
を起こした。
「ぃっったいなぁもう」
目を覚ました少女は双子の姉に向かって不満の声を漏らす。彼女達は、この地方では滅多に見かけない南方系
の茶褐色の肌に白銀色の髪を持っていた。まだ顔も体も女性として未成熟ではあるが、幼さの残る表情にも、す
でに美貌の片鱗を垣間見せている。その二人ともが、裸に、股間を覆うコッドピース付きの男物の下着だけを身に
付けていた。
「ん、兄様帰ったのー?」
「ほら、そっちの腕持って! 兄様を取り押さえるんだ」
双子達は仰向けにベッドに転がる男を両脇から挟み込み、もがく彼を拘束する。男はなんとかタオルから脱出し、
腕に纏わり付く少女達を振りほどこうとするが、双子達は見た目にそぐわぬ恐るべき膂力で、彼をベッドに押さえ
込んだ。
「へへん。逃がさないぞ兄様。さ、とりあえずベッドに縛りつけちまおうぜー」
「そう暴れるな。往生際が悪いぞ弟ちゃん。今日こそは私と弟ちゃんの初めてを等価交換してもらうのだ」
「おっきい姉様。処女と童貞じゃ価値が違うと思うよ」
「一番の問題はそこじゃねえよ!」
「まあ、足りない分は後々に……えへっ、えへへへへへへっ」
その声、その顔。ベッドに這いつくばって上を見上げる男の視線の先にあるのは、鍛えられ引き締まった腰と、ま
だ毛も生え揃わぬ、ぴったりと閉じた割れ目。血管が透けるような白い肌に纏わりつく長い黒髪のコントラストが
美しい。彼を見下ろしているのは、紛れもなく女忍者その人だった。しかし、背はやや低く、顔立ちもまだどことな
く幼さを残している。その双丘はすでに男のものを挟むに足る立派なものではあるが、まだ、彼女本来の暴力的
なまでの質量を有してはいない。
(昔のあいつ?……いや、違うな。この年の頃はまだ魔術の修行中だ。痩せ形ではあったけど、こんなにキュッ
と締まっちゃいない。もう少し肉付きが良くて、未成熟だからこその色気が……って、んなこと考えてる場合か!
もしかして、弟ちゃんって俺のことか。なら、あいつが口走ってた妄想が土台になってるってのは確かだな)
気づけば彼女同様、いや、それよりも大幅に彼の年齢は低下しているようだ。身長は数十センチも低くなっており、
筋肉の付き具合も明らかに異なっていた。鍛えられ引き締まってはいても、体付きはまだ少年のそれである。
「さあ、弟ちゃん、覚悟はいいか? 私はできている。私は弟ちゃんとなら、禁断の関係を越えて、子を宿してさえ
いいと思っているのだ。それとも、弟ちゃんはこんないやらしい姉は嫌いか?」
「嫌いとか好きとかそんな問題でもねえ!」
「女にここまで言わせてなにもしないなんて、兄様はそれでも男か! 燃える男の性欲を見せてみろ!!」
「ホントだよ。性のクルセイダーロードって呼ばれた兄様はどこにいったのさ」
「誰が性戦士だ。そんなもんに志願したおぼえは断じて無い」
「……そうか、わかった。私は今から弟ちゃんを犯す! まずはこの我が儘な肉体で弟ちゃんを虜にして、いずれ
はその心まで虜にしてみせる。そうだ、犯すのだ。私は弟ちゃんを犯すぞ!」
「そうだ。姉様、犯っちゃえ〜」
悲しいかな。こんな状況でも、年齢のわりに逞しい少年のそれは、正直な反応を見せてしまっている。
「ここは正直だな。私に犯されることを期待して、狂おしいほどに股間を押し上げているぞ」
そんなことを言っている間にも、少女達は革紐やロープを巧みに使い、手際よく彼をベッドに縛り付けていく。
そうして、彼が両手足を縛られ、X字型にベッドに拘束された時だった。

「あなた達ー、さっきから五月蝿いわよ」
台所とは別方向の二間続きの隣室から聞こえてきたのは、これもまた女忍者の声。しかしその声は、現実の彼
女とも、彼の屹立した一物を今まさにその秘所に飲み込まんとする少女とも違う、落ち着いた雰囲気を持った声
音だった。男がそちらに目を向けると、大きな腹を抱えた、エプロン姿の女忍者がそこにいた。
これが、先刻耳にした女忍者の妄想の世界なら、救いの主は彼女しかいない! 男は一縷の望みを彼女に託し、
助けを求める声をあげる。
「母さん! この変態姉妹共をどうにかしてくれ。息子の貞操が危ないんだ!」
「そうねぇ……。でも、あなたも溜まっているのだから、素直に出して楽になってしまえばいいんじゃない?」
口元に指を当てて小首を傾げた母忍者だったが、案の定、その口から出たのは身も蓋もない言葉だった。
「ああ、ですよね。やっぱり、そうきますよね」
「しかし「犯す」「犯す」ってねぇ〜。どういうつもりなのあなたは。そういう言葉は、私達の世界には無いのよ……。
そんな、弱虫の使う言葉はね……。「犯す」……そんな言葉は使う必要が無いわ。なぜなら、私や、私の娘は、
その言葉を頭の中に思い浮かべた時には! 実際に相手を犯してしまって、もうすでに終わってるからよッ!
だから使った事が無い。長女ちゃん、あなたもそうなるよわよねぇ〜、私の娘なら……。わかる? 私の言って
る事……え? 『犯した』なら、使ってもいいわッ!」
「わかった、母様!! 母様の覚悟が!「言葉」でなく「心」で理解できた! 「犯す」って思った時は、母様ッ! す
でに行動は終わっているのだな」
「やっぱ、駄目だこいつら。あー、はいはい、わかってましたよ。でも、望みぐらい持ってもいいじゃないか」
そんなものは無い。それはそうだろう。女忍者が彼の溜まった性欲を発散させるために調整した妄想だ。救いの
主なんてものがいようはずもない。
「なぜそんなに嫌がるのだ。私の体では不満か? やっぱり胸か? 胸がもっと大きい方がいいのか?」
「いや、この状況って、冷静に考えたら凄く恥ずかしい状況だろ。現実ではあいつが尻尾振ってこっちがイクのを
待ちかまえてんだぜ。どうせなら……」
「どうせなら?」
「生身のあいつとやりてえぇぇ!! 毎晩、毎晩、あんな凶器みたいなもん押し付けられて眠ってるこっちの身にも
なってみろ。そりゃ、こっちだって限界だ。あいつにしごかれたり、くわえられたり、飲み込まれたりしたいに決ま
ってんだろ!」
「……本音が出たか。しかし、浮き世のあれこれをここに持ち込むのは無粋というものだぞ」
「そうだよねー。現実の話をされてもさ。私らの存在はなんなのってことじゃん」
「まったく。男というのは素直になれないものなんだから。それなら最初から本人にそう言ってあげればいいの
に。まあ、今はこの世界で存分に楽しみなさい。なにはどうあれ、私達はこうしてあなたの目の前に存在してい
るの。さあ、これからは現実の話は禁止。家族水入らずで存分に楽しみましょ」
「俺は妄想には屈しないぞ! 絶対にイカずにここを乗り切って、あいつを啼かせてやる。さすって、舐めて、噛
み付いて、切れ切れの吐息を上げさせてやる!!」
「あー、はいはい。断固たる決意はわかったから」
「じゃ、とりあえず剥いちゃおうぜ」
「し、下は私が脱がせるのだからな!」

母忍者がエプロンを外しながらベッドに近づいてくる。エプロンの下に身につけているのは、妊婦に似つかわしく
ない、申し訳程度に股間を隠す白い下着だけ。大きく膨らんだ臨月の腹と、その下で小さな三角形を描く面積の
狭い布地の取り合わせは、男に淫猥で背徳的な感情を喚起させた。
「母様、私達もしちゃっていいのかな?」
「んー。あなた達にはまだ早いわね。せめて子供が産める体になってからになさい」
「でも、今ならまだ中で出し放題だよ?」
「あら、それもそうね。じゃあ、お姉ちゃんが満足したら、あなた達も大人の仲間入りしちゃいましょうか」
「やったー! さすが母様、話がわかる」
「待ってる間は、ちゃんとお姉ちゃんのを見て勉強するんですよ。まずは、そのすべすべの肌でお兄ちゃんの身体
を磨いて、お手伝いをしてあげなさい」
「さあ、観念するのだな弟ちゃん」
「やーめーろーよー。はーなーせーよー!」
「男でしょ。四の五の言わない。せっかくだし、母さんも相手してもらっちゃおうかな」
「せっかくじゃねえ!」
「あの人はなかなか帰ってこないし母さん寂しいの。ちゃんとできたら、ご褒美に後でお乳をあげますからね」
それを聞いて、男はついその乳房に目を奪われる。更に大きさを増した双乳は、母乳で満たされて痛々しいほど
に張りつめており、その圧倒的な重量感に、男はつい、喉を鳴らして唾を飲み込んでしまった。
「あ、ビクンってなった」
「凄く……大きい」
「おっきい姉様、鼻息荒いよ」
少年の両脇から、褐色も目に眩しい双子の少女が、しなだれかかるように身を寄せてきた。彼女達はその滑らか
な肌を使い、彼の体を磨き上げていく。絹のような肌が男の胸や脇腹を滑り、ほのかに膨らんだ胸の先端の小さ
な肉蕾が、くすぐるような微妙な刺激を肌に伝えてくる。だが時折、布地を押し上げて肌になにか固いモノが触れ
るのは、彼の気のせいだろうか?
「おい、待て。この感触……まさか、お前ら男なの!?」
「なに言ってんだよ兄様。私ら女だぜ」

少年に密着させていた体を離すと、双子の少女達は彼の顔の両脇に膝立ちになり、穿いていた男物の下着をず
り下ろした。確かに、毛も生えていないつるんとした股間には、まだ一本の縦筋でしかない割れ目があった――
のだが、そのすぐ上には、まだ皮を被ったままの子供らしい陰茎が、ピンと可愛らしく屹立している。
「やっぱり生えてんじゃねえか!」
「そうだよ。生えてるけど女だよ」
双子達は何事もなかったかのように元の位置に収まると、再び彼に肌を合わせて、その体を磨き始めた。
「ちょ、ちょっと待て。それを押し付けるな」
「なんだよ、兄様にもついてるだろー。別にいいじゃん」
「まったくだよ。私らのなんて可愛いもんなのに、自分はあんなおっきくて凶悪なの押っ立てて。おっきい姉様が
困ってるじゃない」
少年の腰に跨った裸の少女は、彼の意に反していきり立つ一物を握り、その先端を閉じた割れ目に押し当てて、
懸命に挿入を試みている。だが、まだ狭いそこには、彼のモノは大きすぎるのだろうか。年齢に不相応な立派な
それをなかなか上手く飲み込めず、彼女は情けない声を上げた。
「母様ぁ……。弟ちゃんのこれ、おっきくてなかなか入らない」
「無理に入れようとしては駄目よ。最初はしっかりと濡らしてからにしないと」
「でもぉ、すぐしたい……」
「しょうのない子ねぇ。じゃあ、今回だけよ。ちょっと退いてちょうだい」
母忍者は尻を向けて少年の顔を跨ぐと、膨らんだ腹を彼の胸に乗せて股間の上に屈み込んだ。彼女が唯一身に
着けていた小さな下着はいつの間にか脱ぎ捨てられ、膨らんだ腹からつながるなだらかな下腹に形良く生え揃っ
た淡い茂みと、ぷっくりと膨らんだ敏感な突起が彼の目の前に突きつけられる。
「おい、母親」
「ん? なにかしら」
「あー。……いいや、なんでもない」
(しっかし、妊婦の腹ってこんなに丸く大きくなるのか。あそこも無駄に現実味のある凝った妄想にしやがって)
子供を産んだ設定を反映してか、彼女の秘唇はやや色味を増して肉厚になり、そのいやらしさを強調する。だ
が、それは子を四人も産んだとは思えないほどに、未だ綺麗な色と形を保っていた。
「少し待っててね……んんっ……ふぅ」
大きな腹の向こうから艶めかしい母忍者の声が聞こえたと思うと、彼の肉茎になにか温かい液体が降り注いだ。
しばらくそれが続くと、彼の元にも、少し血の臭いにも似た、それでいて甘く乳臭い匂いが漂ってきた。そして、
彼の肉茎は、とてつもなく柔らかくも張りのあるものに包まれて、揉み解すようにその液体を塗り込められる。
(……匂いまで生々しい)
「むぅ。母様、さっきよりおっきくなった気がするのだが」
「でも、ちゃんと滑りは良くなってるから。ほら、次はあなたの方も」
彼の方からは腹に遮られて見えないが、おそらくは、姉忍者の方にも同じ様な処置が施されているのだろう。
(腹が邪魔でなにも見えねえ……。にしても、こんな重たげに膨らんじまって、この下腹のラインは……。って、
これがいやらしく思えてきたら、俺の感性は色々と終わってるんじゃねえのか? ハハッ、まさか。俺はいたっ
て普通……だよな?)
程無くして、ちゅくちゅくと濡れた肉をかき回す音がして、少女が艶めかしい声をあげだした。
「ひゃぁっ! か、母様。駄目、そんなに、そんなに入れたら弟ちゃんの子種が入らなくなるぅ」
「ほら、逃げないの。心配しないでも、そっちはもっと奥に注がれるものだから。しっかり塗っておかないと、ま
た入れられないわよ」
(ん、そうか。あいつの妄想に干渉はできないまでも、俺の体だけならどうにかなるんじゃないか? 小さくな
って拘束から抜け出して……は、無意味か。捕まっておもちゃにされるのがオチだな。じゃあ、巨大化したら?
いや、ただでかいだけじゃ、迷宮の巨人を相手にするのと一緒だ。むしろ、でかくなったあそこを、喜々として
全身でしごき抜かれる絵しか浮かんでこねえ)
「ん、しょっと」
娘への処置が終わったのか、母忍者は重たげな腹を抱えて上体を起こし、男の顔の真上に膝立ちになった。
自然、彼の視界の大半は、彼女の尻と大きな腹によって埋め尽くされことになる。目の前すぐのところには、濡
れそぼった秘所とキュッと閉じた菊門。その皺の一本一本までが、鮮明に男の脳裏に焼き付き、性欲を強烈に
掻き立てる。
「さて、準備はできたわよ。あなたのモノが姉さんを女にするところをしっかりと見てあげなさい」
滑らかな指が、彼の一物を握りしめる感触。頭を少しもたげて下半身に目をやると、こちらは股間の上に大きく
脚を開いて跨った姉忍者が、再度の挿入を試みようと狙いを定めていた。自身の指で開かれた秘唇から溢れた
母忍者の乳が、これもまた乳にまみれた彼の一物に、とろりと流れ、垂れ落ちている。
(まずい。このままじゃ、本当に妄想に搾り尽くされかねない。……いや、それのなにが悪いんだ? この際だ。
別に妄想だろうと、楽しんじまえばいいんじゃねえのか?……いやいやいやいや、そりゃ駄目だろ。実際はあい
つの前に股間晒して夢精しちまうようなもんだ。やっぱり、この状況はどうにかしないと)
娘は媚肉に肉茎の先端をじっくりと擦りつける。鈴口に伝わる柔らかい肉の感触が、男の背筋にぞくぞくとした
快感をもたらした。そして、彼女はゆっくりと腰を降ろし、まずは雁首の一部だけを、じわじわと自身の中に飲み
込んでいく。
「あせっては駄目よ。ゆっくり、ゆっくりとで、いいんだから」
「うん。頑張ってみる」
少年の両脇に張り付いた双子の少女達は、その様を食い入るように見つめながらも、その体の動きを止めるこ
となく刺激を与えている。その手を彼の腹や乳首に這わせ、硬く強ばった乳頭を擦りつけ、滑らかな脚を胴に絡
ませる。
だが、当然のこと、彼女達の股間に可愛らしくいきり立ったものも、否応なく肌に押し付けられ、その感触が男の
思考を阻害する。
(あー、畜生ッ! 色んなとこに色んな感触がありすぎて、考えがまとまらねえ!!)
「ん、今度は大丈夫そうね。じゃあ、私も濡れてきちゃったし、ちょっとお願いしようかな」
母忍者の淫裂からは、透明な体液が糸を引いて滴っており、その雫が彼の口元に滴り落ちる。彼女はゆっくりと
彼の顔の上に腰を降ろし、濡れそぼったそれを彼の口元に押し当て、鼻先に後ろの穴を擦りつけた。
「ほら、ここがあなたの生まれてきた穴よ」
「ンーーーー!? ンーーンーーー!!」
「やんっ。焦らずじっくり味わって」
その瞬間、姉忍者は最初の、そして最後の一線を乗り越えようとしていた。
「ンーーーーーーーーーーーー!!」
「ぁ……ぁァァアアァァァ!? 弟ちゃんのがまだ大きくゥゥウゥゥ!!」
姉忍者が女になろうとした、まさにその時。興奮した男の肉杭には大量の血液が流れ込み、それは彼女の中で
更なる膨張を果たす。反射的に浮き上がった男の腰が、鈴口を押し戻す抵抗を突き破り、一息に少女の奥深くま
で怒張を突き上げた。
「は、入っ…………たぁ」
肉杭全体を捻り切るように圧迫するきつい肉の感触。濡れた肉の交わる音。脇腹に当たる硬いものから滴る粘液。
尻の穴に細い少女の指を差し込まれる、初めての感覚。むせ返るような牝の匂いと、口元をしとどに濡らす蜜。視
界を埋め尽くす汗ばんだ肉。それが、男の理性を崩壊の一歩手前まで導いていく。
(だ、駄目……だ。感じるな……考えるんだ。呼吸を落ち着かせろ。剣を持て――八相発破――一刀両断――右
轉左轉――長……ああぁぁぁっ! 駄目だ、全っ然駄目だ。感じるな、考えるな。心を空にして、形を捨てろ)
ここは妄想力、すなわち精神力がものをいう世界。それならば。男は侍たる自身の精神力に全てを賭ける。
(なにも聞くな……見るな……喋るな……感じるな……味わうな)
精神の力を自分のみに及ぼすことに集中。男はその体の感覚を一つずつ絶っていく――。

そして、最後に男は考えることをやめた。
男の頭の中には最早なにも無い。時間も空間も無く、自身すらも存在しない。ただの無。それは、侍の目指す剣
の境地。男の精神は世界と一つになり、無限の広がりを得た。

* おおっと *

「え?」
「へ?」
「あら?」
支えを失った母娘の尻がベッドに落ち、抱きしめる対象を無くした双子の少女の腕は虚しく空を切る。彼女達の兄、
弟、息子たる少年はそこにはいない。

その妄想世界から、男の肉体は消失した。

「な……なんだこ……これは……お……おい! 弟ちゃんはどこへ行ったのだ!? 弟ちゃーーーーーんッ!」
「か、母様! ロスト、ロストだよ! 兄様がロストした!!」
「ちょっと待って! 確かどこかに破滅の石が……神秘的な石だったかな?」
「どっちでもいいから!! どこ? どこにあるのさ!?」
ばたばたと慌てふためく裸の女達を、俯瞰するように宙から眺める存在が一つ。一瞬とも無限とも思える無の境
地を経て、精神だけが舞い戻ってきた侍その人である。
(ふぅ。とりあえずは上手くいったみたいだな。まさかこんなとこで、ただの一瞬にしろ剣の秘奥に達するとか、な
んの冗談だっての。さて、どうするかな。なんかあの様子だとすぐに復活させられそうだけど、それならそれで精
神修養にはなるか。まあ、折角だし、今の感覚を忘れないうちに、みっちりと精神を鍛えさせてもらうさ)
女達が家の中をひっくり返す音を耳から閉め出し、男はしばしの間、瞑想に没入するのであった。

* * *

(はぁ。ちょっと妄想を大人しく調整し過ぎたのだろうか。あれではリーダーには物足りなかったのかな)
エコノミールームの扉が並ぶ宿の廊下をとぼとぼと歩きながら、反省しきりの女忍者である。いつもは、その大き
な胸を強調するように背筋を伸ばして姿勢良く歩く彼女が、肩を落とし足下を見つめながら歩いている。
(やはり『白昼! 露出女司教、路上肛虐調教』か、『七人いる!? 新米冒険者恥辱の魔姦恍刹呆』のどちらかを
選んでおけば……。いや、『夜明けの簡易寝台童貞乱れ喰い』も捨てがたい……っと、これはリーダー向けには
調整しにくいな。うーん。やはり日を改めて、ちゃんと彼専用に特化した妄想を用意すべきだったのかなぁ)

――侍が妄想の世界に入ってから一時間。女忍者は東方伝来の待機座法 "正座スタイル" で、男のそれから
放たれる白い恋人を待ち構えていたのだが、彼は一向に達する気配を見せなかった。最初のうちこそいきり立っ
ていた男の一物は、しばらくすると精を放つことなく急激に萎えてしまったのである。その後も男のそれは、時々
奮い立っては女に期待を抱かせ、またすぐに萎えては落胆させた。
「おかしいな。透明な汁はちゃんと先走っているし、まさか禁欲している間に、管が詰まってしまったということも
ないだろうけど。……兜の不具合かな?」
そう一人ごちた女忍者は、男の兜に取り付けた夢の宝珠が、ちゃんと嵌っているか確かめようと、腰を浮かした。
「お、おぅっ? あぁ! 嗚呼ぃっいぃッ!!」
女は足に走った痺れに思わず快感の声を洩らしてしまう。長時間正座をしていた彼女の脚は痺れ切っており、立
ち上がり損ねた彼女は、もんどり打って床に転がった。圧迫された血管に急激に血が流れ込み、電気が走ったよ
うに細かな痛みが、彼女の両脚に広がっている。
「おおぅっ。さ、さすがに忍者と侍の発祥の地、東方より伝わったエロ奴隷御用達の待機法だ。これほどお手軽に
快感が得られようとは、まだまだ世界は広いな」
ただ待つことにも少し飽きた彼女にとって、これは新たなお楽しみだった。男の兜が機能しているか確認した女
忍者は、再び正座をして男の射精を待つ。そして、たまに自分の足先を指で突っついたりさすったりしてわずか
な痛みを楽しみ、完全に足の感覚が無くなったところで、おもむろに立ち上がろうとして床に突っ伏す。
そんなことを繰り返している間に、気づけば、はや数刻が経過しようとしていたのだが、その間も一度たりと、侍
は射精に至ることがないままだった。
そうしているうちに、ドワーフ娘との約束の時間が来てしまったため、女忍者は侍を置いて部屋を後にした。勿
論、彼の股間には先刻の革帯が抜かりなく装着済みである――。

(うーーーん。これはちょっと作戦の変更も必要かな。もしあれで駄目なら、明日の午前中に迷宮ででも、もう一
押しするとして、問題はあちらが上手く乗ってくれるか……。この際は、確実を期して――)
「あら。やはりこちらにいらっしゃいましたか。お一人ですか?」
考えに没頭していた女忍者は、声をかけられて初めて、廊下の向かいから歩いてきた人物に気がついた。それ
は、夕方に自身の妄想の中で散々に弄んだエルフの女侍その人だった。
「あ。ど、どうもこんばんは」
「はい、こんばんは。ちょうど良かったですわ。少し用事があって、いつもの部屋を訪ねたのですけど、不在のよ
うでしたので。もしかしたら、まだこちらかと思って来てみたのですが、どうやら正解だったようですね」
エルフの侍はにっこりと微笑んだ。夕方に自分達がしていた行いの後ろめたさからか、その笑顔を見た女忍者
の脳裏に"夜のお説教" という言葉が過ぎったが、それはあちらは知る由もないことだと思い直す。
「ああ、なるほど。それでわざわざこちらを訪ねて。えっと、それで、リーダーになにか御用なのだろうか?」
「いえ、特に彼でなくとも、あなたにお話を聞いてもいいのですが。……よろしいですか?」
「ん、なんだろうか? 私でわかることならいいのだけれど、エルフさんの質問なら、なんでも包み隠さずお答え
しよう。リーダーの性癖、初体験時の年齢、私の穴それぞれに一晩平均で何回挿入するのか、都合、何回私の
中で果てたのか。どんなことでもなんなりと聞いてほしい」
「あぁ、いえ、そういうことでは。それに、年頃の娘が……いえ、年齢性別を問わず、そのようなことはこんな廊下
であまり声高に人に話すことではありませんよ」
「ご、ごめんなさい。つい、普段のノリで会話をしてしまった。どうぞ、話を進めてください」
「では、改めまして。そちらのパーティーが休養している間に、第十層まで降りるパーティーが二組増えましたの
で、探索の際の順番の打ち合わせが必要になりそうなのです」
現在、迷宮最下層を探索できる実力を持ったパーティーは四組。だが、そこは生憎と一本道の構造で、同時に
複数のパーティーが降りるには向いていない。なにより、血の気も多く、戒律上の対立もある冒険者達のこと。
それぞれが同じエリアではち合わせると、玄室へ入る順番を巡って一悶着起こる恐れがある。
旧来、その辺りのことは、暗黙の了解の上で成り立っていたのだが、冒険者同士の無用な争いを避けるため、
今では、最下層を探索するパーティー間の協議によって、日毎での探索順の取り決めがなされていた。
「それで、当面の間はそちらのパーティー抜きでも話を進められますが、せめて復帰時期だけでもわかれば有り
難いと思いまして。いかがなものでしょう?」
「あー。どうだろうか。こっちの司教ちゃんの体調は大分良くなっているから、もう数日のことと思うのだけれど、
やはり細かいところはリーダーに聞いてもらわないと」
「そうですか。では、やはり少し彼と話をすることにしましょう。……ああ、そうそう。あなたにも用事があったの
ですよ」
「へ? それは、あの……夜のお誘いとか? いや、勿論それはそれで大変嬉しいのだが、なにぶん私は禁欲
中の身で。でも、エルフさんがどうしてもというのなら、私の禁欲が明けてから、リーダーも一緒に三人で――」
「えーっと、ちょ、ちょっと待って下さい。色々と先走り過ぎです」
「あぁっ……すいません。またやってしまった。どうも、私は人の話を聞かない癖があるようで、昔からよく怒ら
れていて。本当に申し訳ない」
「いえ、別にいいのですが。とりあえずは話を最後まで聞いてくださいね。用事というのは、うちのドワーフさん
からの言伝なのですが、酒場から戻ったら彼女の方から部屋を訪ねるので、スイートで待っていてほしい、と
のことです」
「では、ドワーフちゃんはまだ酒場かな?」
「ええ。あちらで夕食をとっていた折に、どうも、うちの娘達のお酒が過ぎてしまったようで、彼女以外はすっかり
酔い潰れてしまって。間の悪いことに、解毒の位階の魔力も探索の時に使い果たしていたものですから。私は
そちらのリーダーにお話があったので、あまり遅くなるわけにもいかず、彼女に介抱を任せて、やむなく一足先
に宿に戻ってきたのです」
「なるほど。いや、わざわざの伝言、痛み入ります」
「いえ。彼女はあなたと約束があったようなのに、お待たせてしまって。さて、引き留めてすいませんでしたね」
(ふむ。ドワーフちゃんの方の首尾は上々のようだな。となると、どうしたものか――)
「あの、どうかしました? しばらくの間、彼をお借りしたいのですが、構わないでしょうか?」
「……あ! はい、どうぞどうぞ。別に私に断りなどいれなくても、エルフさんの好きにしてもらえれば。なんだった
ら、しばらくと言わず、そちらの部屋にお持ち帰りしてもらっても、私の方は一向に構わない」
「まあ。でもそういうわけにもいきませんよ。ふふ、あなたは本当にそういうところに頓着されないというか、面白
い考え方をするのですね」
「え? 私はなにかおかしいことを言っただろうか?」
「いえ、別にいいのですよ。では、話が終わりましたら、彼はちゃんとお返ししますので」
そう言い残して廊下を立ち去っていくエルフの後ろ姿を、その場で見送っていた女忍者。その目は、歩くたびに
微かになびく、裾の短いエルフのスカートへと、自然に吸い寄せられていく。
(捲りたい……あのスカートを思いっきり捲り上げたい。ほっそりとした脚と、小振りなお尻。やはりエルフという
種族の女体は美術品のようだ。私も尻には大いに自信があるし、もう少し肉付きのいい方が好みだが、あれは
あれで別種の美しさがある。……リーダーは彼女の尻にも挿入したことはあるのかな? 彼女の尻にリーダー
のおちんちんは些か厳しいと思うのだが。それとも、もう根元まで飲み込めるほどに開発済みなのだろうか?
これは一度問いただしてみる必要がありそうだな)
そんな不埒なことを考えつつ、女忍者は踵を返して、自分の巣がある宿の奥へと足を向ける。

(しかし、それはいいとして、やっぱり、エルフさんには直接頼んでみるべきだろうか? 先程の感触だと、彼女
の方もまんざらではないと思うのだが。上手くいけばもろもろのナニがナニして……ん?……)
廊下の角を曲がったところで、女忍者ははたと歩みを止めて眉根を寄せた。体を抱くように腕を組み、片手の指
を額に当てて、廊下の壁にもたれかかる。
(あれ? 私はなにか、忘れてはいないか? えーーっと、なんだっけな)
そのままの姿勢で固まった女忍者は、眉間を指で揉みほぐしながら、一点をじっと見つめている。そうして、数
十秒ばかりが経った頃。そんな彼女の横を、酒場帰りだろう、すっかりできあがった男ばかりの冒険者の一団
が通り過ぎた。彼らの目は、重たげな乳房を寄せて持ち上げるように腕組みをした彼女の方を、ぶしつけに、食
い入るように見つめている。
「いまの見たか?」
「ああ、凄えな。あんな乳にむしゃぶりつきてえもんだなぁ」
「なあ、思わせぶりにあんなとこに立ってんだ。ちょっと声かけてみろよ。澄ました顔してるけど、意外と尻軽で、
誰にでも簡単に股開く女かも知れねえぜ」
「それならよ。そんな面倒なことしないで、無理矢理、部屋に連れ込んで……」
「やめとけよ。あれってあの侍のパーティーの忍者だろ」
「知ってるさ。あいつめ、いっつも女を侍らしやがって。前から気に食わねえんだよ。俺達ゃあ、偽プリーステスに
掘られたり、散々だってのに」
「馬鹿、その話はすんなよ。思い出しただけで尻が痛くなる」
「どうだ、姉ちゃん。俺らの部屋で楽しまないか?」
と、そんな会話が聞こえたものか。女忍者はカッと目を見開き、壁から身を起こして男達の方に向き直りざま、大
きな声を上げた。

「アーーーーーーーっ!?」
「うぉっ!? な、なんだよ」
「なんか知らねえが、し、尻に響く叫びだな」
「だから、俺はやめとけって言ったんだ。なあ、ちょっとした冗談だ。怒んなよ」
だが、女忍者はつかつかと彼らの方に歩み寄ってくる。気圧された男達は思わず腰の獲物に手をかけるが、彼
女はそんな彼らに気付いた風もなく、冷たい汗を顔に浮かべて、何事かを呟いていた。
「しまった。今、エルフさんにリーダーの部屋に行かれてはまずい。怒られる。絶対にリーダーに怒られる。あんな
痴態を彼女の前に晒したら、どうにも取り繕いようが無いではないか」
「なんだ? なにぶつぶつ言ってんだよ」

「エ、エルフさん! ちょっと待ってーーーーー! い、ま、は、駄目ぇぇーーーーーーーッ!!」
タンッ! と床を踏みしめる音がしたと思うと、彼女は男達の方に向けて跳躍した。そして、彼らの間にあるわずか
な隙間を、体を上手く横に捻って一直線に通り抜け、突き当たりの廊下の壁に激突する前にくるりと回転して足か
ら着壁。体全体のバネを使って衝撃を殺すと、そのまま壁を蹴って廊下の角を宿の正面方向に消えていった。
「……なんだったんだ、一体?」
「おい! お前、大丈夫か!?」
女忍者が通り抜ける際、なまじ反応して避けようとしたばかりに、かえって運悪くその進路を塞いでしまったのだ
ろうか? 彼女の体の一部に触れて吹き飛んだ盗賊が、壁に頭をしたたかにぶつけて床に伸びている。
「おい、すぐに回復呪文を!」
「畜生っ、あの女許さねえ。この責任はしっかりと取らせてやる」
「いや、違うぞ、お前ら。今のはこいつ自身の責任だ。俺は見た」
「見たぁ? なにを見たってんだよ」
「こいつ……自分から当たりにいきやがった。女が脇を通り過ぎる瞬間、こいつは、あの乳の通る軌道目掛けて、
自分から顔を差し出したんだよ!」
「はぁっ!?」
男達が盗賊の顔を覗き込むと、彼はだらしなく笑みを浮かべて昏倒している。頬は弛緩し、その表情は "我が生
涯に一遍の悔い無し" とでも言いたげな、至福に満ちたものであった。
「……なあ。どうするよ、こいつ」
「一人だけ乳ビンタなんか味わいやがって。いっそ、あのでかい乳で首を刎ねられちまえ」
「なんか回復すんのも面倒になってきたな」
「馬鹿馬鹿しい。マニフォでもかけて、明日の朝までカントに放り込んどけ。カントの坊主どもにケツをくれてやりゃ
あいいさ」


    カント寺院へ運ばれます
      巨乳嗜好な盗賊 


〜 了 〜