トレボー城塞の近郊に広がる地下迷宮の第五層。昇降機を使うことで素通りでき、宝を得るにも経験を積むにも中途半端なこの階層を
訪れる冒険者はほとんどいない。
ここに足を踏み入れるのは、地下四階からいきなり九階に降りるのは危険ではないかと考え、地道に経験を重ねることを選んだ冒険者
らしからぬ殊勝な者達。あるいは、迷宮と聞くと地図を埋めなければ気が済まない――例えそこに落とし穴や回転床が待ちかまえてい
るとしても!――という妙な強迫観念に駆られた輩が大半である。その他では、物好きな熟練パーティーが気まぐれに立ち寄るぐらい
であろうか。
だが、そんな階に明確な思惑を持って歩を進める冒険者達がいた。彼らは六人全員がマスターレベルに認定された、この街では中堅ど
ころのパーティーである。彼らの目当てはこの階で遭遇する魔物達。だが、自分達には役不足な魔物を狩って憂さ晴らしをしようという
訳ではない。彼らは標的とする魔物の一団を見つけると、その内の数体をあえて殺さずに麻痺させて捕らえ、階の北西に位置する通路
へと担ぎ込んだのだった。

「全く。うちの女共と来たら、まともな性癖の持ち主ってのはいないのか?」
「まあ、人の好みはそれぞれですから。それにパーティーのリーダーとしては、ろくな戦利品が獲られず鬱憤の溜まった仲間の精神面
にも留意しないといけませんしね。もっとも、私は獣人との交わりは御免蒙りますが」
そんな会話を交わす人間の戦士とエルフの僧侶の眼前では、揺らめくランプの灯りに照らされて、パーティーの女達が獣人と絡み合っ
ていた。この通路に陣取ってはや一時間。彼らは他の冒険者や魔物達に邪魔されることなく、獣人相手の狂宴を繰り広げている。
女達に跨られる獣人は、ある者は口を塞がれ、手や足を縛られて身体の自由を奪われており、またある者は戦闘で受けた傷口から大
半の血が流れ出し、意識が混濁して朦朧としている状態で犯されている。そして、彼らの周囲には、すでに事切れた獣人の屍が数体、
役目を終えて横たわっていた。
そんな中、まだ五体満足な獣人達は、女達を満足させれば命までは奪わないという、なんの根拠もない僧侶の言葉を最後の望みに懸
命の奉仕を続けている。しかし、女達が満足した後は後腐れの無いように獣人共を始末するのが、いつもの彼らのやり方である。

「それにです。あなたも人のことは言えないでしょう」
四つん這いにさせた女のワーウルフに背後からのし掛かる戦士に向かって、僧侶から至極もっともな意見が飛んだ。
「獣人って言っても、頭の中まで獣化しちまう熊や虎と違って、こいつらはまだ言葉が通じるからな。なにより毒も持ってねえしよ」
「私が言っているのは、そこではないのですが……。見た目ですよ、見た目」
「まあ、本当のことを言うと、俺は熊の女を犯ってみたいぐらいなんだがなぁ。それにだ。獣人共は獣の姿になるとこっちの形までそれ
っぽくなるんだぜ。種族と使い方によっては二度美味しいってな」
「ワーベアなんかは、もう完全に熊でしょうに。それに、使い方と言ってもワーラットのなんて人の時より縮んでしまってますよ?」
「ホビットのちっこい体にゃ、野郎の短いもんがちょうどいいんだってよ。見ろよ。あのちっこい盗賊がネズミ野郎に跨って満足そうに腰を
振ってる様をよ」
「それなら素直に同族と寝ればいいでしょうに」
「さあ、その辺は俺に言われてもな」
「そう言えば、ネズミというのは、中で出した後で入り口に固まりを作って栓をするそうです。ワーラットはどうなんでしょうねぇ」
「俺が知るかよ。しかしそりゃなんて言うか……まあ、ホビットとなら子を孕む心配はないだろうけどよ」
「ですね。ああ、熊女としたいのなら、地下のショーにでも出演されたらどうですか? 檻の中でするのなら存分に楽しめますよ」
「それはお前の女の趣味だろう。まったく魔術師ってのは変わり者だな。……おい、お前ももっとしっかりと腰を触れよ、この雌犬」
戦士は会話をしながらも、半人半獣の姿のままの狼女を後ろから突き続けている。茶色い毛並みに覆われた腰を掴むと、男は一際強く
腰を打ち付けた。そして、戯れに目の前の尻尾を握ると、狼女はビクッと身体を振るわせ、唸り声を上げながら男の方を振り返る。
「仮にも狼に向かって犬は酷いでしょう。大体、どうせなら人間の姿に戻してからすれば良さそうなものなのに、本当に皆さん変わった
趣味をしていますねぇ」
「なに言ってんだよ。この荒い毛並みがいいんじゃねえか。それこそ人の好みはそれぞれだろ」
「ああ、そんなことも言いましたか。いつの間にか弁護する役が入れ替わってしまいましたね」
「それになぁ。お前にだけは変わった趣味だの言われたくねえよ。自分の女が狼野郎に犯られてるのを見て興奮してるなんて、とんだ
変態聖職者じゃねえか。え? おい」
「こうして彼女が犯されている様を見ていると、なんていうか……その…下品なんですが……フフ…………勃起……しちゃいましてね……」
「……ああ……そうか」
「で、後でそれを詰りながら宿で一戦交えるのが、またいい燃料になるのですよ」
「ふ、ふん。付き合いが長いってのも大変だな」
「まあ、色々ありますね。夜の営みにも時には刺激が必要ですし」
そう言って、僧侶は同族の魔術師に目を向ける。彼女は口と両腕を固く縛られたワーウルフに仰向けの状態で組み敷かれながら、僧侶
の方にちらちらと視線を送って頬を上気させていた。
「ほら、ワーウルフの一物というのはイカせるまでは抜けませんよ。今、誰かがここにやって来たらどうするのです? あなたがマロールを
唱えられないと、私がロクトフェイトを使う羽目になるのですがね。そうなると、その恥ずかしい表情のまま、裸で街に戻ることになりますよ。
……ほらほら、早くしないと誰か来てしまうかも知れません」
「やっぱり一番のろくでなしはお前さん――」

ガチャッ ギイィィィ

その時、通路の西の方から扉が開く音が聞こえた。彼らがいるのは東西を扉に挟まれた長い通路の中心部。その通路はクランク状に曲
がりくねっているため、どちらの扉が開いてもすぐにこの場面を目撃されることはない。それが、彼らがこの通路を乱交の場に選んだ理由
だった。
「お楽しみのところをなんですが、相手の確認をお願いします」
「……もう少しでイケそうだったのにさ。糞ッ」
僧侶に促されたホビットの盗賊は、不満げにため息をつくと跨っていたワーラットの粗末なモノから腰を上げ、下半身を晒したままで通路
を走っていく。足の裏に生えた毛が緩衝剤の役目を果たし、ただでさえ静かな盗賊の足運びからは少しの足音も聞こえなかった。
通路に進入してきた相手が魔物ならば蹴散らすまでだが、他のパーティーだった場合はすぐに撤収すると事前に取り決めている。いくら
無法者の冒険者といえ、魔物との交合を大っぴらにするのはさすがに憚られるものだった。
もっとも、先手を取って口を封じてしまうというのも一つの手ではある。だが、彼我の力の差が判別しにくい冒険者同士の戦闘は危険が
大きい。彼らとて、他のパーティーとの戦闘のリスクを冒すほどに、この遊びにのめり込んでいるわけではいなかった。

通路の角を曲がって駆け戻って来た盗賊が、僧侶に小声で報告をする。
「相手は二人だよ。魔法の明かりを点けてたし、冒険者だと思うんだけどどうする? 待ち伏せして殺っちゃおうか」
「二人ですか……姿の確認は? 半壊したパーティーなのか、そもそも二人なのかでは状況が大きく変わります」
「光の向きは絞ってたし、姿までは見えないさ。でも、間違いなく二人だけだね。あ、でも……」
「どうしました? 手短にお願いします」
「足音が不必要に大きかった。もしかしたら、わざと聞こえるようにしてたのかも」
「それはむしろ嫌な感じしかしませんね。なら、決まりです。もうあなた方も結構楽しんだでしょうから、すぐに引き上げましょう。ほら、あな
たはいつまでよがっているのですか。早く転移の呪文を唱えてください。まさかそうして他の冒険者達に目撃されたいとでも思っているの
ではないでしょうね?」
自分の男に見られながら獣人に犯されるという状況に酔いしれていた魔術師だが、なんとか快楽に抗って呪文の詠唱を開始する。だが、
僧侶は魔術師に撤収を促しながらも、彼女を組み敷くワーウルフに対しては行為を続けるように命令する。
「ミームアぁっリフ りゃぁザ――」
「真面目におやりなさい。ちゃんと座標指定もしてくださいね」
「ま、真面目にやって……るわ。ミームアリ……ミーむぅあぁぁっ!」
「おい。あんまり楽しんでんじゃねえよ。そろそろまずいだろ」
嗜虐的な笑みを浮かべて悦に入っていた僧侶だが、扉からの距離を考えるともう潮時かと考えを決める。
「仕方ありませんね。狼のあなた、そこまでで結構です。時間もありませんし、約束通りにみなさんは解放してさしあげましょう」
僧侶はワーウルフに声をかけて行為を中断させると、魔術師は息を整えて集中を高め、呪文の詠唱を再開する。
「はぁっ、ひはぁっ……ミ、ミームアリフ ラーザ――」

「うおっ! てめえ、なにしやがる」
魔術師が呪文を唱え終える寸前、戦士にのし掛かられていた女のワーウルフが、せめてもの仕返しにと上体を捻りながら右手を後ろ手
に振り回した。しかし、振りの軌道が大き過ぎたため、かぎ爪は彼の背負った背嚢を引き裂くに留まり、破れ目からいくつかの品がこぼ
れて、迷宮の通路に鈍い金属音を響かせる。その直後、魔術師の呪文の詠唱が終わり、転移の呪文が発動した。
「――ンメレー」
戦士の悪態と共に、冒険者の一団の姿はその場からかき消え、光源を失った通路は暗闇に閉ざされる。しかし、夜目の利く獣人達の行
動は迅速だった。手足の自由な者が拘束された仲間の戒めを切断し、動けない者は肩に担ぎ上げる。すでに事切れていた者はそのまま
捨て置き、近づいてくる二つの足音との遭遇を避けるように、彼らは迷宮の暗がりを東に向けて逃げ去っていった。

* * *

発光性の菌類だけが緑色に光る通路を、西から近づいてきた魔法の光源が照らし、曲がり角に濃い影を作り出す。迷宮を探索する冒険
者は四方に可動式の遮蔽板が付いたランプを好んで用いるが、彼らはその内部にロミルワの呪文をかけて使用していた。前方のみ遮蔽
板を開けたランプから伸びる光が、床に横たわる数体の屍を浮かび上がらせる。
「急に気配の数が半減したな……転移したか?」
「うむ。慌てて東に逃げていったのもいるようだ。そっちは魔物かな? しかし、戦闘中という感じはなかったように思うのだが」
「だな。しかし、わざわざ偵察に来るぐらいだから、たちの悪い冒険者の待ち伏せでもあるかと踏んでたんだけどな」
「確かに、さっき様子を窺いに来たのは、この階層で出てくる魔物の足運びではなかったようだが。それにしてもこの匂いは……」
「血と獣の臭い……か」
「ん? いや、そんなものの臭いはどうでもいい。それよりも、これは確かに精液の匂いだ。乱交でもしていたのかな?」
(こいつはなんでこの状況でそんなもん嗅ぎ分けられるんだ……)
近づいて来た人影は、周囲を確認するためランプの遮蔽板全てを開放し、迷宮の一角を明るく照らし出した。その光に姿を露わにしたの
は、裾の短い薄手の黒衣を身に纏った女と、その後に続く白銀色に輝く鎖帷子姿の男――今日を持って禁欲生活十四日目に突入した
女忍者と侍のコンビ――である。相手が冒険者ならと思い、接近を知らせるために立てていた足音も今は鳴りを潜め、普段通りの歩調
に戻った二人はしなやかな足運びを見せている。

先日から仲間の司教の体調が思わしくないため、彼らのパーティーはここ数日の探索を休むことに決めていた。彼ら二人だけでも、魔術
師呪文を駆使すれば下層の魔物とでも渡り合うに足る戦闘力はあるのだが、高位の回復呪文の使い手がいない状況で、無理に危険
を冒す必要も無い。そこで、二人は空いた時間を女忍者の無手での戦闘の鍛錬に当てることにし、ここ数日は、下層での探索は呪文の
余力のある間に切り上げて、その後は普段立ち入ることも無い中層階を巡ることを日課にしていた。
そうして行き会ったのがこの現場である。辺りには、獣と血の臭いに混じって、尿や体液の臭いが濃密に立ちこめ、石造りの床の所々に
様々な液体が水溜まりを作っている。
「迷宮で乱交とは羨ましいぞ。なぁリーダー、禁欲期間が明けたら、私達も迷宮の中でしてみようではないか。なに、女の子なら私が何
人か見繕って誘ってくるから問題ない。ちゃんとリーダー好みの娘を捜してくるぞ」
女忍者の言葉を黙殺して、侍は足下に横たわる魔物の死体に目を向ける。
「ワーウルフにワーラットか」
「……放置?」
「こっちのはまだかろうじて生きちゃいるが、もう時間の問題っぽいな」
「放置されたら私は喜ぶぞ? 濡れちゃうかも知れないぞ?」
「こりゃあ人の方が違う意味で魔物を襲ったのか? ご丁寧に反抗出来ないようにワーウルフが縛られてやがる」
「なに? どれどれ……なんだ、素人の仕事だな。この縛り方は全然なっていないぞ」
「目の付け所が間違ってるだろ。そっちに注文つけてんじゃねえよ」
「おっ……ほら、リーダー。こっちのワーラットを見てくれ。勃起してるのにこんなに小さいぞ!」
「嬉しそうに報告してんじゃねえ!……って本当に小さいな」
「ふむ。どれ」
と、女忍者はワーラットの股間に顔を近付けて、臭いを嗅ぎ始めた。
「おい、お前なにする気だ! そんなもんに顔を近付けんな」
「ナニなどしないぞ?……うん。やっぱり愛液の匂いがする。このぬめり具合といい、行為の最中だったのは間違いないようだ」
「わかったからいい加減に顔を遠ざけろ。しかし、そうすると、あまり人目に付きたくないってのも当然の話か」
「やっぱりもっとこっそりと近づくべきだったのではないか? 魔物と人の関わりの観察記録としてはなかなか珍しいものだと思うぞ。
どうせなら当事者に体験談も聞いて文献に纏めれば、母上にもいい土産話になったのに」
「まあ師匠の魔物研究にはいくらか役立つかも知れないけど、それって本当はただお前が覗きたいだけだろ」
「私の性の探求にも役立つかも知れないぞ。なにしろ今は実践が出来ないから、こういう機会に学術的に見聞を広めるのも悪くない。
今の私は性欲が減衰している分、知識欲が日に日に増してきているのだ」
「どの辺が学術的なのかいまいち理解できないんだが。いっそこの連中をカントで復活させて話を聞いてみりゃどうだ……なんてな」
「おっ! あんなところに戦利品が」
「言いたいことだけ言って人の話を流してんじゃねえよ! あれか? 放置の仕返しか。放置返しか!?」

だが、獣人の屍の間に転がる品を物色する女忍者は、すでに侍の言葉を聞いてはいない。
「ふむ。全部すでに鑑定済みだな。銅の小手に呪いの兜……これは戒めの指輪かな。大したものは転がっていないか」
と言いながらも、彼女は見つけたものをそそくさと自分の背嚢に放り込んでいく。
「ん。下の方でしか手に入らないのが幾つか混じってるな。転移した連中が落としていったのか? しかし、この呪いの兜ってなんであ
んなに買い取り額が高いんだ? こんな古びた兜が盗賊の短刀や悪の剣と同じ価値には到底思えないんだけどさ。大体、二万五千っ
て言ったら、街で普通に暮らしてりゃ当面働かなくてもいい金額だろ。それとも、なにか秘密の効果でもあるってのかな」
「なんと。リーダーともあろう人が、この兜の真の用途を知らぬと言うのか。いや、リーダーにとっては現実がすでに楽園も同じなのだ
ろうから、このような品は必要無いのだな」
「……それ、多分持ち上げちゃいないよな。持ち上げられてたとしても、そのまま谷底に投げ落とされる予感しかしねぇよ。……ん?
なら、お前はこれがなんで高く売れるか知ってんのか?」
「まあ、その価値というか使い方は知っているぞ。そうだな……では、この兜はリーダーに実際に試してもらうとしようか」
女忍者は布製の手っ甲を嵌めた指の先で、器用に兜を回してみせる。
「試すってなあ。だからそれ呪われてんだって」
「ふふ。まあ騙されたと思って使ってみてくれ。ほら、転移の冠を脱いで」
そう言って、女忍者は侍が頭に着けた額冠を外し、古びた兜を被らせようとした。
「おい、待てって。呪いを解くだけでも無駄に金がかかるんだぞ。第一、騙されたと思ってって、本当に騙されかねないだろ」
「なに、騙されたと言ってもせいぜいが、激戦の末に手に入れた魔よけを喜び勇んで城に持ち帰ってみたら "***おめでとう***
しかしながら、親衛隊入隊のために、装備品と所持金の大半を献上してもらおう" と身ぐるみ剥がされたぐらいの感覚だ」
「大丈夫じゃねえだろそれ! なに? AppleU版の#1並の嫌がらせ!? あれ、村正でも手裏剣でもお構いなしに、全部持ってかれるっ
て話じゃねえか!!」
「自分で実際に体験してみなければならないこともあるのだ。まあ、私を信用してくれ」
「信用出来るか!」
「そうか……半月前の私ならいざ知らず、今の私でさえそれほど信用が無いのだな。どうやら、これはリーダーにはまだ早かったようだ」
「早いとか遅いとかの問題じゃねぇだろ」
「いやいや、いいのだ。私としたことが、リーダーの資質を見誤っていたとは」
「安っ。お前なあ、挑発にしてもちょっと安すぎないか?」
「いや、リーダーのせいにしてはいけないのか。……これも私の行いと人徳の無さが招いた結果なのだな。ああ、私などは愛する男に
兜を被らせることさえ出来ないのか。そうか、ではこれは私が自分で使うとしよう。こんな私などではもう二度とリーダーに抱いてもらえ
ることも無いのだろう。これからはこんなものに頼ることしか出来ず、私は一人寂しく枕を涙で濡らして眠るのか」
「おいおい。挑発が駄目なら、今度は情に訴えかけようってのか。でも、その手には乗らないぜ」
女忍者は侍の目をじっと見据えると、寂しそうに微笑んだ。そして、彼女はふっと目を伏せる。
「では、今日はもう、街に戻ろうか……」
「へ? ああ、いや、街に帰るのは別にいいんだが、兜の話はそこまででいいのか? あまりくどいのもなんだが、もう少しぐらいなら、
その話に付き合ってやってもいいんだぞ」
「ふふっ。リーダーは優しいな。そんな無理をしてまで私の話などに付き合う必要はないのだぞ。さあ、呪文ぐらいは私が唱えよう。私の
ような存在でも、これぐらいならリーダーの役に立てるだろう」
「いや待て、違うだろ。いつものお前なら付き合うって一言に反応して「なに! 突き合うのか!? では私の方からリーダーの*を突いて
攻めても構わないのだな!」とか言ってくるとこじゃないか。なあ、お前、性格が裏返って変な方向に向かってるぞ」
「はは、嫌だな。私はこれまでそんな女だと思われていたのだな」
「うわっ。なんかそのキャラ、ちょっと面倒臭ぇ!……ああ、わかったよ。呪いの兜でも破滅の革鎧でも装備してやるから機嫌直せよ」
「面倒な女ですまなかったな。では、いいかな――ミームアリフ ラーザ――」
「あ、あれ忍者ちゃん? なあ、おい――」
「――ンメレー」
困惑する侍の声と共に、二人の姿はその場からかき消え、光源を失った通路は再び暗闇に閉ざされる。人気の無くなった迷宮には薄ぼん
やりとした光を放つ茸に照らされて、物言わぬ獣人の屍が横たわるのみだった。


〜 了 〜