夜の帳が降り、月と星々が陽に変わり大地を照らす頃、イシュタルの酒場に珍しい組み合わせの4人が
一つのテーブルを囲んでいた。

一人は普段、無口無表情無感動と、某宇宙的情報端末を彷彿とさせているのだが、今日はむっつりと黙り込み
腕を組んで、不機嫌さを隠さず辺りかまわずまき散らしてる。

ふと正面に目をやる。

そこにはクォパティ寺院にいるはずの幼なじみが座っており、自分と同じように黙ってはいるが、それは精巧な彫像の
ようであり、着ている神官服がその表情をいっそう威厳のあるものにしている。

左隣の男は、その性格と同じくらい軽い口調で、自分の姉同然のウェイトレス、タニアに注文をしており、その対面
に座っているドワーフは、特有の大きい体をイスにあずけ、目を閉じゆっくりとあご髭をしごいている。



「で? 宿の部屋で休んでいた俺を、有無を言わさずここに拉致ってきた理由は?」

不機嫌をまき散らしていた男、カイは左隣でヘラヘラ笑っているキッシュに、迷宮で怪物を相手にするとき
よりも鋭い眼差をむける。

「まあ、そんなに怒んなよ」

全く反省の色を見せないキッシュの様子に、カイは顔をしかめる。

「それにルカまで連れてきて、いったい何をしようとしてるんだ?」
「ふむ、私もダルーフ殿に理由を教えられずここに連れてこられたのだが、何か重要なことを話されるのかな?」

タニアと同じく自分の兄弟ともいえる司教、ルカが同席しているのも、カイの不機嫌に拍車をかけていた。

「小僧、おまえカイに何の説明もなく、ここに連れてきたのか?」
「いちいち説明すんのも、面倒じゃねえか」

その体に見合った、ダルーフの野太い声が卓上に投げ落とされ、それにキッシュが答える。

「やれやれ、まあよい。 このたびここに来てもらったのはのぅ、ルカ殿に礼をするためじゃ」
「「礼?」」
「さよう、ここ最近我らのパーティーは以前にも増して、クォパティ寺院の世話になっておる。 特にそこの小僧が、じゃが」

話を振られたキッシュの顔が盛大に歪められた。 が、事実なので何も言えず押し黙っている。
もっとも、カイとしてもあまり触れたくはない話題ではあった。
自分の宝箱の解錠ミスが、その死因の一つでもあるからだ。

「そのような礼など不要です。 我らは迷宮に挑む者に惜しみない援助を与えることが使命なのですから」
「そう言うと思ったぜ。 だがなぁ、アンタの世話になっている回数が鰻登りなのも事実なんだ。 聖職者だから
無償の奉仕を、ってのもわかるんだが、ここは素直に俺たちの好意ってヤツを受けてくれや」

キッシュの説明に自分が拉致られた理由も判明し、機嫌もそこそこ上向き、イスを座り直す。

「ああ、確かにそうだな。 ルカ、俺からも頼む」
「本来であればそれでも断るところだが、おまえもそう言うのであれば受けないわけにもいくまい」
「おお! それじゃ早速乾杯だ!」



お互いが迷宮や寺院での出来事を話し、キッシュが3杯目のお代わりを頼んだとき、

「おい、キッシュ。 そう言えば、ルカに礼をするために集めたとか言ってたが、なんでアリーシャやソフィを
誘わなかったんだ?」

いつものキッシュならば、こんな男ばかりの酒などゴメンなはずだが、とカイは疑問を眼差しに移して投げかけた。

「オウ、そういえば」

思い出したように、キッシュが手を打った。

「ちっとみんなに聞きたいことがあってよ」
「聞きたいことじゃと?」

3人の視線を集め、キッシュは

「うちのパーティーで誰が好みだ?」

…天使どころかエウレルが通ったぐらいの沈黙が流れ、3人は同時にため息をついた。
単刀直入というか、ぶっちゃけすぎだった。

「おまえ、そんなことを聞くために皆を呼ばなかったのか?」

盛大に呆れた視線を伴って、カイが問いかけるもキッシュは全く気にしてはおらず、

「いや、俺らのパーティー女多めで、知り合いにもきれいな人がいるじゃねえか。 ここらでそれぞれの好みって
ヤツを聞いときたくてよ。 まず、アリーシャにソフィ姐さんだろ、サツキにミーナ、コルネットはおまけで…、タニアさんに
カトリアさんってとこか?」

酒の勢いも手伝ってか、テンション高めのキッシュに誰もついて行けなかった。

「なぜコルネットはおまけ扱いなのかは突っ込まないがのぅ、まぁこんな話もたまにはよかろうて。 で、おぬしは
誰が好みなんじゃ?」

意外にもダルーフがキッシュの話にのって、カイとルカは視線を合わせる。

「そうだな〜、俺は姐さんかカトリアさんだな!」
「胸か」
「胸じゃな」
「胸ですね」

さわやかな顔で言い切るキッシュの発言に、カイたちは同時に突っ込んだ。

「いや、漢ならそこは大事だろ!?」
「おまえと一緒にするな」

キッシュの熱い主張を、カイは冷たく切り捨てた。 だが、二人の名から瞬時に共通項が出た時点で、三人とも
キッシュと同じ穴の狢であることには気付いていない。

「おっさんはどうなのよ?」
「わしか? 正直みな同じぐらいとしか言えんのぅ。 わしはドワーフじゃから、その美的感覚で言えば全員似たり
寄ったりじゃ」
「あ〜、なるほどなぁ。 で、おまえらはどうだ?」
「私は立場上、どなたもそのような目で見てはおりません」
「え? でも、聖職者って結婚できない訳じゃないんだろ?」
「はい、しかし寺院の第一線にいますと、治療した方々から好意を持たれたりすることも多々ありまして、それはそれで
純粋に嬉しいのですが、今はまだ自分には早いと思っています」
「マジで!? よりどりみどりってわけかよ! うらやましすぎるぜぇー!!」

キッシュの声が、店内に響いた。 何事かと客の目が集まるが、お構いなしにキッシュは盛大に嘆いてみせる。

「いや〜、なんつーか、もてる男の余裕?みたいなのがにじみ出てるとは思ってたんだよ」
「なんたる被害妄想…」
「うるせーよ、そう言うおまえはどうなんだよ、カイ?」
「俺か?」
「そうだ」
「どうなんじゃ?」
「…」
「幼なじみとして、興味ありますね」

三人に言われて、一度視線を店内にそらせる。
テーブルに目をやって、元に戻す。

「――だれが好きかってことだろ?」
「ああ」
「――全員それぞれ違う魅力があってだな」
「そうじゃな」
「――あえて言うとしたら」
「したら?」
「とっとと言え」

三人に詰め寄られ、カイはしぶしぶと口を開いた。



「――正直みんな甲乙付けがたい」



「「「ざっけんな!!」」」

「おまえ、それはねえだろ!」
「うむ、優柔不断じゃのう」
「カイ、見損なったぞ」

よってたかってカイをつるし上げるが、本人は視線を遠くに定めたまま、動こうとしない。

「確かにおまえの言うこともわかるがよ、アリーシャは美人だし、姐さんは巨乳、サツキは素直クール、ミーナはドジっ娘
、タニアさんは幼なじみ、カトリアさんは大人の魅力ってやつがある。
だが、コルネットはどうなのよ、あいつもありなのか? 俺はロリは認めんぞ!」

本気でわからない、といった風な、キッシュの言葉だった。
その言葉に、カイの顔が青ざめ、訴えかけるような視線を送るが、三人には通じない。

「チビ、胸ナシ、やかましいの三重苦じゃねえか」



「だーれーがー三重苦だって?」



不意に、後ろからかけられた声に、キッシュの顔がこわばった。

バカ、と、カイの手が顔に当てられた。

背後に仁王立ちしているのは、話題の人、コルネットさんである。

「言ってみなさいよ、キッシュ……それにダルーフさんとルカさんも」

コルネットの目が二人に向けられた。
無論、ダルーフとルカも、先ほどから顔を引きつらせている。

「さっきから聞いてれば、いろいろ言ってくれちゃって……いったい誰の話なのかしらね?」

そんな猫なで声を出しているのは、「街中でも呪文をぶっ放すことをためらわない凶暴な女魔術師」の
正統後継者、ソフィ姐さんである。 というか、カトリア以外全員勢揃いであった。

「な、なななななな、なぜ、こっっここっこに!!?」
「タニアさんが、男四人が面白い話をしてるって教えてくれたのよ」

やられた! と思うも、後の祭りである。

「じぃーっくりと聞かせてもらいましょうかあ。 あ、カイとルカさんはいいから」

定番のドナドナのメロディーが流れる中、ズルズルと引きずられるように、連れ去られていくキッシュとダルーフ。

残されたカイとルカは、心の中で手を合わせた。 ナルバースト級の地雷に身を投げ出した二人の末路は、想像
するだに恐ろしい。

助かった、と、胸を撫で下ろした姿勢のまま、カイとルカは固まった。

キッシュたちと入れ替わるようにやってきた人物は、彼らがいま会いたくない人間の、文句なしにbPだったのだ。



「あら、カイとルカ。 どうしたの? こんなに汗なんかかいて。 何か楽しいことでもあったの?」



一切合切わかっているくせに、タニアはそんなことを尋ねてきた。 口元はいつもの二割増しで嗤っているのに、
視線はディープフリーズ並だ。
器用だなー、とカイが現実逃避気味にタニアの顔を見ていると、耳よ千切れろとばかりに引っ張られた。

「「ちょ!!タっタニアさん!?ちょっと本気で痛いです!!」」

変にハモったので隣を見ると、ルカも同じように耳を引っ張られていた。
おおぅ思考も行動パターンも一緒とは。 流石ブラザー。

「ほら! 反省なさい! 女の魅力に胸は関係ないと、声高に主張して是非を悔いなさい!」

「い、いやだー! おっぱいは勇気と愛なんだー!」

向こうは向こうですごいことになっているが、とりあえずカイたちには、彼らを気遣う暇はなさそうだ。



永い永いSEKKYOーが終わり、ボロボロになって宿に戻ってきたカイ、キッシュ、ダルーフを待っていたのは
カトリアのOSHIOKI♪だったという…



――END――