* * *
地下道を歩いて、最初に使ったものとは違う階段を上がった先にあったのは、迷宮ではよく見かけられる、魔法的に閉じられた一方
通行の扉。北風に促されるまま一人でその扉を抜けると、冒険者の宿にほど近い路地に出た。そしてそこに待っていたのは、これも
最早お馴染みの半裸の覆面禿頭だった。口当てをしているので、これは南風の方だろうと女戦士は当たりを付ける。
「北風がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。では、こちらへ」
そう言うと男は彼女を大通りの方へと誘導する。その道すがら彼女は少し気になっていたことを男に尋ねてみた。
「えっと、南風さん?……だよね。その、聞いていいことか迷うんだけど、東風さんだか西風さんだかもお仲間にいるのかな?」
「マスターイーストウインドにウエストウインドですね。東風の一門はリルガミンで我々と同じ仕事を。西風の一門の方は、遥か昔に袂
を分かって、今は訓練所の教官をしていると聞いております。私は元々は外から入った者なのでこだわりはありませんが、北風など
はこの様式を捨てた一門に対して、あまり良い感情を持っていないようですね――おっと、追いついたようです。あちらの男性が件の
指輪をお持ちです。私は関与するわけに参りませんので、これで失礼いたしましょう。では、ご武運を」
「うん、ありがとう。ああ、あなたはいい人そうだから言ってあげるけど、その格好はやっぱり変態過ぎるからやめた方がいいよ」
「……過ぎますか。ですが、これは一門のマスターを名乗る者として、避けては通れぬ様式美なのですよ。ではこれにて」
そう言うと、男は闇に溶けるようにその姿を消した。
女戦士は通りの先を行くローブ姿を認めて、それに追いつこうと足を速める。しかし、その男は彼女が追いつく前に、角を曲がって別
の通りに入ってしまった。慌てて後を追う女戦士だったが、万一の待ち伏せを警戒して、通りに出る前に慎重に先の様子を窺う。
だが、角を曲がった先に男の姿は無かった。とは言え、この通りには少し先まで路地は無く、夜も更けたこの時間ではもう開いている
店も無い。月は雲に隠れてしまっているが、夜目が利くドワーフの彼女は、すぐに周囲を見渡してローブの男の姿を探す。
(もうどこかの建物に入っちゃったのかな。でも、なんか嫌な感じがする。これ……迷宮の下層にいる時に近い感じだな)
と彼女が思い至った時、思いがけない近さから男が呼びかけてきた。
「俺になにか用かい? つけられてるような感じはしてたんだけど、あれはあんたじゃないよな。あんたの気は判り易すぎる」
反射的に背中の斧を抜いて身構えると、角を曲がってすぐの軒下の物陰に、フードを被った男が蹲踞していた。それだけなら夜目の利
く彼女が見失うはずは無いのだが、男の周囲の空間は微妙にちらつき、その体は半透明に近い状態で周囲に紛れている。
「幻惑のローブ?……いや、ソピックだね。魔術師さんだったか」
一瞬、このまま男を襲って変化の指輪を奪ってしまえばなどと、不埒な考えが彼女の脳裏をよぎる。
「そっちは戦士かな? でも、追い剥ぎなら止めといたほうがいいと思うぜ。今はこんななりだが、多分あんたよりは腕が立つ。もし話
があるなら聞いてもいいけど、とりあえずはその斧を納めてくれないかな」
男はそう言うと、左手を腰に当て、ローブの下に得物を差していることを匂わせた。そしてフードを脱いで、その顔を彼女に見せる。
その時、雲に隠れていた月が顔を出し、通りに柔らかな月の光が差した。
「あ、あなたは確かお姉様の」
「ああ、あんた、あっちのパーティーのドワーフか」
ローブの男はこの街でも腕利きに数えられるパーティーの侍だった。とすれば、彼の腰にある得物は村正のはず。そうで無くとも、彼
の言うとおり、彼女が敵うような相手ではない。この街での生活が長い冒険者なら、大抵の者は彼の腕前を知っている。
そして、彼女のパーティーにとって、この侍はただそれだけの相手ではない。男は彼女達のリーダーであるエルフの侍と親しくしてい
るため、そのエルフを慕う仲間達の中にはある意味で彼をライバル視している者もいるぐらいだ。もっとも、彼女自身は特に彼のことを
毛嫌いしているわけではない。なにせ、相手は彼女達の言う "お姉様" のエルフが認めた男である。それだけでも、一応の信頼を持
てる相手だと、女戦士は考えていた。
この相手なら話が通じるかも知れないと思った彼女は、不都合な部分はぼかしつつ、かいつまんで事情を説明する。そして、とにかく
変化の指輪が必要なのだと男に訴え、譲ってくれないかと頼み込んだ。だが男はなにかを考えるような表情をしながらも、はっきりと
した口調で、その頼みを断った。
「残念だけど譲ってやるわけにはいかないんだ。そっちのパーティーの事情はわかってるけど、この指輪、人に頼まれて買いにいった
ものなんだよな。だから俺の考えだけでどうこうできるもんじゃないからさ。あー、それから先に言っとくけど、頼んだ奴が誰か教えて
くれってのは無しな。そこはまあ、察してくれ」
「そっか。いや、ごめんなさい。無理なお願いだってことはわかってるから。まあ、君主になる方法は他に無いわけじゃないし、また
指輪が入荷するのを待ってもいいから」
「悪いな。しかし、あの店は便利だけど、あんまり健全なところじゃないぞ。冒険者相手に健全もなにもあったもんじゃないんだけどさ。
まあでもな、心配しなくても、案外すぐに指輪は手に入るかも知れないぜ」
「気休めでもありがとうって言っとくよ」
「さて、これから宿に戻るんだが、一緒に行くかい?」
「まあ、断る理由もないかな。ちょっと聞いてみたいこともあるし」
そうして、宿に戻りながら二人はしばし会話を交わす。とは言え、そのほとんどは女戦士からの一方的な質問である。それも、侍と
エルフの女侍の関係はどれぐらい深いのか、互いに気持ちはあるのかなど、焦点を絞りに絞ったものばかりで、侍の方は苦笑いを浮
かべながら、それに答えを返していく。
「……そっか、あくまで体だけの関係なんだ。逆に安心した」
「なんだ。俺はまた、遊びで抱いたのか――とか言われて、怒り心頭で斬りかかられると覚悟してたんだけどな」
「まあ、他の娘ならそうしてるかも。少なくとも、仲間の内で二人は斬りかかりそうな娘がいるし。でも、私はお姉様が納得してるなら、
それが遊びでも本気でもどちらでも構わない。以前のパーティーが解散した経緯は聞いたし、あの人が気を楽に過ごせるんだったら、
それが私にとっても一番だから」
「へえ。案外、達観してんのな。……おっと、どうやらその話題の主がお待ちかねみたいだぞ」
「えっ!?」
話をしている間に、気付けばもう二人は冒険者の宿の手前まで辿り着いていた。少し先では、宿の窓から洩れる明かりが、通りを薄
ぼんやりと照らしている。そして、その門の横に腕組みをして立っている細身の影が一つ。誰あろう、件のエルフの女侍である。普段
は下がり気味のその耳は、今はまっすぐに天に向かって突っ立っている。
「お、怒ってる。滅茶苦茶怒ってる……」
「どうやら、怒られるおぼえがあるみたいだな。ま、ちょっとここで待ってろよ。なに、彼女の怒りを幾らかでも和らげといてやるからさ。
それに、少し話もあることだしな」
そう言うと、侍は手を軽く挙げてエルフに近づいていく。そして、二言三言会話を交わすと、二人は指を絡め合って互いの手を握る。
(良かった……耳、少し下がってきた。でもなんだよ、手なんか握っちゃってさ。さっきはああ言ってたけど、やっぱり本当はつき合っ
てるんじゃないの?……ん、なんだろあれ)
夜目が利く上に、繋いだ手を注視していたことで、彼女はその動きに気が付いた。男は繋いだのとは逆の手をローブの袂に入れると、
取り出したなにかを、握った手の中にさり気なく落とし込もうとする――。
――と、その時、宿の前庭から飛び出して来た白いローブ姿の人影が、低い重心で見事なタックルを浴びせ、男を路上に押し倒す。
そのまま馬乗りになった人影は、男を押さえ付けたまま声をあげる。どうやら声の主は女のようだった。
「夜這ってみれば部屋にはいないし、私を放っておいて娼館にでも行っているのかと思えば……路上でエルフの美女と密会か!
なんて羨ましい。それならそれでなぜ私も誘ってくれないのだ!? 三年も放っておいたくせに……それをようやく再会出来たのに
……この期に及んでまだ放置するのか! そんなことをされたら、そんなことをされたら……濡れてしまうではないか」
「なんで顔赤らめてしなを作ってんだよ! 言ってることも意味わかんねえし、大体、なんて格好で飛び出してくるんだお前は」
よく見ると、ローブを纏ったように見えたその姿は、裸にベッドのシーツを巻き付けただけのあられもない格好だった。
「だって、部屋を訪ねても誰もいないし、ベッドに忍んで待っていたら懐かしい匂いが染みついてて、それでつい自分で……」
「お前……なんか性格変わってねえか? 昔っから多少そういう気はあったけど、なんでそんなに病状が進んで……」
「そんな残念なものを見る目で私を見るな!……危うくイクところだったではないか」
「…………なあ、本当になにがあったんだ。思い出せ。前はもう少し慎みってもんを持ってたろう」
「誰のせいだと思っている! 女盛りのやりたい盛りを放って旅に出て!……この三年、本当に、本当に寂しかったのだからな!!」
「恥ずかしげも無く、やりたい盛りとか叫んでんじゃねえよ! せめて色気盛りとかなんとかなあ」
「恥ずかしい毛ならあるぞ? 薄いけど」
「お前……もう完全に汚れちまったんだな」
「五月蝿い、黙れ。もう色々と我慢の限界だ。三年の間、あなたを思って磨き上げた肉体は、忍者に転職することで更なるものに昇華
した。この身体に三年分の思いと研鑽の全てを乗せて、これから泣いて侘びるまで犯してやる!」
涙声でそう叫ぶと、女は男を抱えて瞬く間に宿の中へと消えていった。
ドワーフの女戦士は、突然巻き起こった騒ぎに脳が付いていかず、あっけにとられたままその場に立ちつくしている。
「な、なに今の……なんか聞いた声だったけど。でも、あの人の不意をついた上に、有無を言わさず攫うなんて何者――」
「ほら、人のことを気にしている場合ではないでしょう。あれはただの痴話喧嘩。少しじゃれてるだけですよ」
その騒ぎを無視して歩み寄ってきたエルフの侍は、小柄な女戦士の頭に手を置いてぐりぐりと撫で回す。
「それにしても、あなたはまた勝手なことを……。体調はどうかと馬小屋を覗いてみたら、姿を消してしまっているのですから」
「そ、その、黙って出たのは……色々と事情が。お姉様だけにでも話せばよかったと反省してます」
「少しだけですが彼から経緯は聞きました。それに私の許可など無くとも、あなたがなにをするも自由です。でも――」
スパァンッ!!
なんの前触れも無しに、エルフの侍は女戦士の頬に強烈な平手打ちを浴びせ、乾いた音が小気味よく通りに響き渡る。腕を鞭のように
しならせて手首のスナップを利かしたその一発に、完全に不意を付かれた女戦士の意識が一瞬飛び、膝の力が抜けた彼女はその場に
くずおれた。その体を抱き留めたエルフの侍は、彼女の頭を自分の胸にぎゅっと抱きしめる。
「昨日の今日であまり心配をかけるものではありませんよ」
そう言うと、彼女はひりひりと痛む女戦士の頬に優しく口づけをする。
「お姉様ごめんなさい。私、私……」
「もういいのですよ。今ので全部ご破算。さ、じきに夜が明けてしまいます。ともかくは私の部屋に戻って休みましょうか」
「え、部屋にって。私も……一緒でいいの?」
「今日は特別です。でも他の娘達には内緒ですからね」
「はい、お姉様」
* * *
お姉様と慕うエルフと共に部屋に入った女戦士は、その夜あった出来事を彼女に話した。まだ力のコインを隠し持っていたこと。変化の
指輪を手に入れようと地下のボルタックに行ったこと。そこで体を売る契約を交わしたこと。ベッドで男にされたこと。先刻の侍とのやり
とりのこと。それら全てを包み隠さずに打ち明けた。
エルフは静かにそれを聞いていた。そして彼女が話し終えると、褒めることも責めることもせず、優しく彼女を抱きしめる。
それから先は女戦士にとって至福の一時だった。長身で細身のエルフと小柄で肉感的なドワーフの対照的な女体が絡み合い、互いの
秘貝を擦りつけ合う。ただ肌を合わせているだけで、心がとろけてしまいそうな幸福感を感じている彼女だったが、エルフのしなやかな
指が縦筋を割って入り込み、その膣肉に食い込んだ。敏感な粘膜を直接に刺激すると、差し込んだ指が愛液でしとどに濡れる。
「あら、もうこんなに潤ってしまって。これでは指がふやけてしまいます」
「お、お姉様。そこ、そんなに弄っちゃぁああぁぁ」
経験に勝るエルフに指と腰を同時に使われて、女戦士は瞬く間に為す術も無く果ててしまった。
彼女が落ち着くのを待ってから、エルフは互いの脚が交差するように片脚を割り入れて、腰を付きだして秘部をより密着させられるよう
な体勢をとる。そのまま彼女の片脚を抱え込んで腰の位置を微妙に調節すると、お互いの突起が擦れ合う位置を見つけて、姿勢を安
定させた。
「いいですか。私の動きに合わせてゆっくりと腰を動かしてくださいね」
「は、はひぃいぃっ」
「私と腰使いを逆にして……ん……そう。上手ですよ」
指示に従って腰を動かすと、淫核の先が擦れ合い、それが次第に肥大化するにつれ、快感もより高まっていく。二人の割れ目から滴る
愛液は混ざり合い、くちゅくちゅと音を立てて触れ合う肉の間で泡立っている。
「お、姉様、わらひ、わらひもう……」
「もう少し我慢してください。私も、もう達しそうです」
「はい、ぃ、お姉様と一緒に……う、あっは……ああぁ……はああぁあっ」
「んっ、うぅっ」
激しく痙攣するドワーフの娘と対照的に、快感がその身を抜けるのを静かに味わうエルフの女。二人はどちらからともなく手を握り合い、
身体を重ねて温もりを感じながら、快楽の余韻に浸っている。
二人は、お互いのきめ細かく滑らかな肌と、吸い付くようなもちっとした肌の感触をその身で味わいつつ、ベッドに横たわっていた。
「このベッドに二人では少し狭かったですね」
「お姉様の肌が気持ちいいから、私はこれでいいです」
「ふふっ。でも女同士というのは、やはり少し変な気持ちになります」
「お姉様、私と寝るのは嫌だった?」
「あら、ごめんなさい。そういうわけではないのですよ」
エルフは身体を起こすと、少し首をかしげて彼女に問いかける。
「あなたは、どうしても殿方がお嫌いですか?」
「……ん。嫌いじゃ……ないんだと思う。でもやっぱり少し苦手。あの……私が生娘じゃないのはお姉様も知ってるけど、私、初めては
普通に男の人とだったの」
ベッドに横たわったままで、自分を見下ろすエルフの顔を見上げて、女戦士はぽつりぽつりと語り出す。
自分の家が地域では有力な氏族であり、祖父に結婚相手を決められ、なにも疑わずにそれを受け入れていたこと。しきたりで十二の
時にその相手と契りを結んだことなど。エルフは彼女の栗色の髪を撫で、時々、質問を挟みながら話を聞いている。
「すっごく痛かったけれど、その人が優しくしてくれたのはおぼえてる。けど初めての行為が終わって、改めて相手の顔を見た時に、
なんだか凄く嫌な気分になった。別に彼が悪かったわけじゃないの。性格も良かったと思うし、顔も同族の中では美男子で通ってた。
でも、私……同族の、ドワーフの男の人の顔って、子供の頃からどうも好きになれなかった。嫌いなわけじゃないんだけど、異性とし
て格好いいとか、眺めていたいとか思えなかっただけ。むしろ同性の顔の方が魅力的に見えたんです」
「若い頃の一時期にはそういうこともあると聞きますよ。特に男女の顔立ちにはっきりと差が出始める成長期などには」
「んー、そうじゃないんだと思う。今でも、街で見かけるエルフや人間の男の人を素敵だと思うことはあるし、多分、ドワーフとしては
かなりの変わり者なんです。きっと、ドワーフ本来の美意識とずれてるのかな」
「ずれている、と言えばずれているのでしょう。でも、ドワーフの造る彫像が、全てドワーフの似姿ではないように、種族を越えて美しい
と感じる共通のなにか……認識のようなものはあると思いますよ。勿論、好みというのはあるでしょうけれど」
「そっか。好む好まないは別として、美しいものは美しい、か……。じゃあ、私はお姉様が綺麗だから、女の人が好きなのかな?」
「あらあら。綺麗と言われるのは嬉しいですけれど、それではあなたは私の顔だけを好きなのですか?」
「そんなつもりで言ったんじゃないんです! ちゃんと顔以外も、内面も含めてお姉様のことが好きですから」
「冗談ですよ。それで、その後はどうなったのですか?」
「あ、話が逸れちゃいましたね」
そして、彼女は話の続きを語り出す。思ったことを両親に素直に打ち明けた彼女は、それに驚いた彼らから一度は酷く叱られた。だが、
可愛い娘のためと思い直した両親は、放逐されるのを覚悟して祖父に縁談の破棄を願った。当然、両家の間でそのことは大きな問題と
なり、最終的に親子が責任を負って一族から離れることで、その騒動は解決することとなった。
その後、リルガミンに移り住んだ一家は、そこで始めた商売をなんとか軌道に乗せることができた。そして、年の離れた弟が生まれたの
を機に、彼女は家を出て冒険者の道を選ぶことにしたのだという。
「それで、しばらくはリルガミンで冒険者をしてたんだけど、親元で冒険者もどうかと思って、ワードナの迷宮のあるこの街に流れて来た
んです。それで、ちょうど募集をかけてたお姉様と合って、その……一目惚れした、と」
「それは光栄ですけど、素直に喜んでいいのか迷いますね。……でも、それなら、やはりあなたはまだ望みがありそうですね」
「え? 望みって……なんのこと?」
エルフは彼女の体を引き起こすと、その両肩に手を乗せて、真剣な眼差しでその目を見つめた。
「あなたはまだ引き返せます。街で見かける殿方を素敵だと思う気持ちがあるのなら、たとえ同族とは無理でも、他の種族の殿方との
恋愛は可能です。もう戻れない娘も仲間にはいますが、あなたはそうではないのですよ」
「えぇっ! でも私はお姉様が――」
「今はそうかも知れません。でも、あなたが自分で言ったとおりなのですよ。あなたは綺麗なものが好きなのであって、必ずしもその
相手が女性である必要はないのです。そして、やっぱりできることなら、私はあなたに普通の関係を持って欲しいと思うのですよ」
「う……うん。言いたいことはわかりますけど」
「別にすぐに異性に興味を持てとは言いません。徐々に慣れていけばいいのですよ。もし良ければ私が少し手ほどきしましょうか?」
「手ほどき……?」
「ええ、これを使って、ね」
そう言うと、エルフはベッドの下から、その両端に卑猥な膨らみを持った、双頭の張り型を取り出したのだった。
* * *
「ほら、握ってみてください」
エルフのお姉様は手を取って、双頭の張り型の一端を握らせようとし、ドワーフの娘は戸惑いながらもそれに従う。
「な、なんだかこれ温かいんですけど……」
「ええ、加工した炎のロッドを芯にして作られた性具ですから。でも、ロッドの魔力を解放してはいけませんよ。そのままでもまだ、
マハリトを放てますからね」
「そ、それって凄く危険なんじゃ」
男性器を模したそれを振るって魔物と戦うお姉様が一瞬脳裏をよぎるが、彼女は慌てて首を振ってその妄想を打ち消した。
「大丈夫ですよ。魔法の品も持っているだけで暴発はしないでしょう? では、先の膨らんだところだけ口に含んでみましょうか」
「で、でも……はい」
なんだかいつもと違うエルフの雰囲気に気圧された彼女は、おずおずとその張り型を口元へと運んだ。だが、偽物とは言え男のそれ
の形をしたものを口にすることに、女戦士は強い抵抗をおぼえる。口を開きはするが、あと一歩でどうしても逡巡してしまう。
「実際にする時にも、そうして焦らすことで殿方を喜ばせられますが、今は思い切ってくわえてみなさい」
「する時って言われても……。んぅぅ、はむっ」
目を瞑って張り型の先端を唇の間に挟み込む。それは作り物であるにも関わらず、彼女の口に人肌の熱を伝えてきた。
(ううっ。これは男のあれの形をしてて、でも偽物で……。そんなのをくわえてるだけで……私、興奮しちゃってる?)
「では、舌で先を舐めてみてください。ほら、私がやってみますから、真似をしてください」
エルフは手本を示すように、張り型の先端の割れ目を、そのピンク色の舌でちろちろと舐め回す。
「こ、こうかな」
彼女はおずおずと張り型の先端に舌を当てる。
「そうです。次はこういう具合に」
舌の動かし方を変えて張り型の裏側を下から上になぞるように舐めるお姉様を見て、彼女は驚きを隠せなかった。
(お姉様……なんだか楽しそうだな。普段と少し違うような――)
「ほら、見ていないで舌をちゃんと動かして」
「ンぁっ!?」
エルフの指が股間に触れ、突然の秘所への刺激に彼女は声をあげてしまう。
「ふふっ。こちらもしっかりと湿っていますね」
そう言うと、エルフは自分の唾液を手に垂らし、すくい取った粘りけのある愛液と一緒にして張り型に塗りつける。そして、ヌチャヌチャ
と音を立てながら、手の平を使って体液を擦り込むように張り型を上下に扱きだした。
「次は、こういう風に手で可愛がってみてください。優しく包むように」
「こ、こうですか?」
「ええ、そのまま先を吸って舌で転がして。こんな感じに」
「は、はい。ん、んむぅ……んっ」
もう、わけがわからなくなってきた女戦士は、お姉様が手本を示すままに、その行為をただ真似して手と舌を動かす。
「では、そのまま喉の奥に吸い込むように、口に飲み込んでみてください」
「んん……うんっんぅぅ」
唇にぐっと力を込めて張り型を吸い込んだ彼女だが、途中で張り型に歯を立ててしまいカチカチと音が鳴った。
「歯を立てては駄目ですよ。唇を巻き込んで歯を隠して、吸い込むように唇だけを当てるのです」
言われたとおりに歯で唇を隠すようにして吸い込むと、湿った唇の上を滑って張り型が滑らかに口の中に入ってくる。
「上手ですよ。いいお顔をしています。では歯を立てないように注意して、抜き差ししてみましょうか。吸うときは頬を強くすぼめて、
中を吸い出すように喉の奥まで吸い込むのですよ?」
そう言ってやり方を実践してみせるエルフは、目を細めて愛おしそうに張り型を頬張っている。端正な顔を歪めて頬をキュッとすぼめ
るその様は、元が整った顔立ちなだけに、より一層の淫猥さを醸し出していた。
(お、お姉様! な、なんていやらしい顔……。私の知らないところじゃ、こんな表情で男の人を喜ばせてるんだ……)
「あらあら。またお口がお留守になっていますよ。少しお手伝いしましょうね」
「んぶうぅぅっ!?」
見ているばかりの彼女に少し焦れったさを感じたのか、エルフは張り型を軽く彼女の口に押し入れた。
「ごめんなさいね。じゃあ、そのまま口の中で舌を絡めて、吸い込みながら口で扱いてください」
じゅぶりじゅぶりといやらしい音を立てて、張り型が巻き込んだ唇の間を出たり入ったりする。
「いい感じです。でも、先程のように歯を立ててはいけませんよ。殿方にとても痛い思いをさせてしまいますから」
じゅるる……んじゅる、じゅる、じゅるるる。
女戦士が慣れてくるにつれ、その唇から立つ音は、しだいにいやらしさを増していく。その様を満足げな様子で見守っていたエルフは、
しばらくすると彼女の肩に手を当てて、行為を終えるように促した。
「……今夜はこのぐらいでいいでしょう。大丈夫、あなたは筋がいいと思いますよ」
(大丈夫って言われても……困るなあ。はあっ……お姉様、なんでこんな生き生きとしてるんだろ?)
「また少しずつ学んでいきましょう。慣れてしまえば結構可愛いものですよ」
(これ、男のあれに慣れていくだけで、男の人に慣れるのとはまた話が違うんじゃ)
「では、今日はこのぐらいにしておいて、そろそろ休みましょうか。――それとも、あなたもこのままでは眠れませんか?」
エルフのお姉様は艶っぽい視線を彼女に送ると、唾液と愛液にまみれた張り型を持ち上げて、蠱惑的に微笑んで見せるのだった。
* * *
「起きてください」
「ん、んん……。あ、お姉様、お早うございます」
女戦士が目覚めると、視線の先には、少し耳の先の下がった儚げなエルフの女侍の顔があった。あの後、お互いに張り型を使って交わ
った二人だが、そこでも女戦士は男を喜ばせるやり方をみっちりと仕込まれたのだった。
その時の、普段は見せたことのないエルフの痴態を思いだし、ドワーフの娘はしばしの間その記憶に浸っていた。これまで何度かお姉
様に相手をしてもらったことはあるが、あんなに艶めかしい様を見るのは初めてのことだ。侍の彼とはあんな風にしていたのだろうか、
などと想像して子宮の辺りに軽い疼きをおぼえ、彼女は思わず顔を赤らめてしまう
「なにを惚けているのです? そろそろ他の娘も起きてくる頃ですし、目を覚ましましょうね」
エルフの侍からは、昨夜の淫蕩な雰囲気はもう微塵も感じられず、昨日のことは夢だったのではと、疑いさえおぼえる。
だが、その後の一言で、彼女はその疑いが謝りであることを認識する。
「ほら、いつまでもそれを抱きしめていないで。そんなにその張り型が気に入ったのですか」
「へ? きゃあぁっ!」
彼女は双頭の張り型を胸に挟み込んだまま眠っていたのだった。驚いた彼女は思わずそれを放り投げてしまう。それを空中で受け取っ
たエルフは、手拭いで少し拭ってから、箱に収めてベッド下の鍵のかかるチェストにしまい込む。
その時、部屋の扉をノックする音が響き、廊下から仲間の魔術師が呼びかけてきた。
「お姉様、お早うございます。もう起きてらっしゃいますかあ」
口の前に人差し指を立て、黙っているように女戦士に指示すると、エルフはそれに答えを返す。
「お早うございます。今、少し体を拭っているので、扉は開けないようお願いしますね」
「あ、はい。わかりました。あと、戦士ちゃんが馬小屋にいないみたいなんですけど」
「ええ。彼女には私が少しお使いを頼んでいます。戻ってきたら一緒に行きますから、ギルガメッシュの酒場で待っていてください」
「はーい。他の子にもそう言っておきますね。あ、私達の部屋の鍵ここに置くんで、戦士ちゃんに渡しといてください。どうせ、今日
は探索お休みだけど、あの子、鎧とかはそっちに置きっ放しだから一応。じゃあ、私は先に行っちゃいますね」
そう言うと、魔術師の足音は部屋から遠ざかっていった。
「ふふ。あの娘達には内緒ですからね。さあ、あなたも早く身支度を整えてしまいなさい」
「あ、はい」
エルフが扉を開けて鍵を回収する間に、ドワーフの娘は下着を身につけ、薄茶色のチュニックを手早く頭から被る。
「髪は私が梳いてあげますから、その間にブーツを履いてしまいなさいな。けれど、髪を結っていると時間がかかってしまいますね」
「ありがとう、お姉様。他の子を待たせちゃうし、帰ってきてから自分で結うよ。今は上の方でこれでくくっておいてください」
「あら、これは大きなリボンですこと。それにしても、あなたの髪は本当に量も多くて艶があって綺麗ですね」
「ドワーフ女は髪が命ですから。……しょっと。あ、お姉様、その間に少し質問してもいいですか」
まず片脚のブーツを履いてしまった女戦士は、鼻歌交じりに髪を梳かすエルフに問いかける。
「ええ、どうぞ。でも、また改まってなんのお話でしょう?」
「あの、昨日の侍の彼なんですけど、あの人とは本当につきあったりしてないんですか? えっと、その……体だけの関係って」
「あらあら、朝からそんな質問ですか。ええ、彼と関係は持ちましたが、お互いに割り切ったものですよ。そもそもは彼が転職後に、
侍としての心得を教えて欲しいと私に請うてきたのがきっかけでした。交流自体はそれ以前からあったのですけれどね」
「あの人は力のコインで転職したんだったっけ。でも魔法の品で転職しても、訓練場に行けば手ほどきはしてもらえるんでしょ?」
「ええ。ですが正規の転職をした方が優先ですし、話に聞く転職の道場のような魔法の力場の中で、十分な時間をかけて修練を行う
わけではないようですから」
「そっか、お姉様は生まれながらに侍の資質を持っていたんだし、この街でも腕利きの侍だから教わるにはうってつけ。て、ことか」
「もっとも、今では彼に追い抜かれてしまいましたけれどね」
「あ……。ごめんなさい。お姉様の修行が進まないのは、私が何回も男の僧侶を追い出したから……だよね」
「そういうつもりで言ったのではないですよ。元は私の出した仲間の募集条件が原因ですし。それに、彼はあの村正も手に入れてしま
いましたから。――さて、もう身支度も終わってしまいましたが、せっかくですからもう少しお話していきますか?」
話をしている間に、ドワーフの娘はブーツと長手袋を身につけてしまっていた。綺麗に梳かされた髪は前と横を残して総髪に結ばれ、
大きな黒いリボンで留められている。
「うん。まだ最後まで聞いてませんから。それで、あの人とはいつの間にか関係を持っちゃった、って感じですか?」
「そうですね。成り行きと言ってしまうとなんですが、あの頃は、お互いに相手もいませんでしたし。ああ、でも彼、本当はちゃんといい
人がいるのですよ?」
「え……それって遊びの関係だといっても、ただの浮気者なんじゃないですか!?」
「いい人と言っても、相手はもう数年会っていなかった、魔術師の頃の妹弟子なのだそうです。詳しくは聞いていませんが、兄妹同然
に育ってきたので、彼としては恋人と呼ぶには色々と複雑なものもあるのだとか。でも最近、この街に彼女の方から訪ねてきたらしくて
……ほら、あなたも昨夜見たでしょう? 宿の前で彼を襲ったあの彼女ですよ」
「あ、ああ……あの」
昨夜の光景が彼女の脳裏に蘇った。突然だったのと角度の関係で、その女の顔はよく見えなかったが、シーツだけを纏ったあられも
ない姿は鮮明にその目に焼き付いている。
「そうか、あれ本当に痴話喧嘩だったんだ。……じゃあ、お姉様との関係はもう終わりなの?」
「終わりと言っても、恋愛関係ではないのですし、これからも変わらず良いお友達ですよ」
(……そう言ってるけど、お姉様。実はそれが原因で昨晩はあんなに艶っぽかったんじゃ?)
「そうそう、彼のことと言えば、あなたにも伝えておきませんと。あなたは昨日は酒場に来ませんでしたからね」
「え? なにかあったんですか?」
「彼は今日からしばらく魔術師に戻るそうですよ。正確には侍のままで表向きだけ魔術師を名乗るそうです。だから皆もそう思って自分
に接して欲しい。だとか」
「へ?……なんでまたそんなことに」
「くくっ、ふふふ……ああ、すいません。なんでも、あの彼女さんを冒険者にしたくなくて "パーティーに必要なのは忍者だ。魔術師は自分
で足りているから、二人は必要無い。お前は師匠の元に帰れ" と突っぱねたそうなのですが、翌日には彼女、忍者に転職して彼の前に
現れたそうなのです。それで、言ってしまった手前、引っ込みが付かなくなって、彼女を仲間にした上で自分は魔術師と偽って当面は
やり過ごすのだとか。彼、本当に……くすっ……普段真面目な割に、どこか抜けているのですから」
「そんなの本当のことを打ち明けてしまえば済むんじゃないかな」
「それぐらいのことが素直に出来ない人なのですよ。なんとか彼女をまっとうな道に戻したいんだそうです。それで口止めのために、昨日
は酒場で他の冒険者に散々お金をばらまいて、全員分の払いを彼が自腹で持ったのですよ。ここぞとばかりに皆が注文するものです
から、支払いは幾らになったことやら。しかし、ゲイズハウンドの姿焼きなんてメニューが店にあるとは初めて知りました」
「ゲイズハウンドって……食べられるんだ」
「血抜きに特殊な技術がいるそうですし、その処理が悪いと命に関わるそうです。私は食べませんでしたけど、鶏肉に近くて大層美味
しいらしいですよ。ああ、でもみんなに口止めを頼む時の彼ったら……もう、みんなも大笑いで……ふふっふふふふ」
侍とはなまじ近しい間柄だけに、思い出すだに笑いが込み上げてくるらしい。
「ああ、可笑しかった……。ふぅ、もういい加減に私達も酒場に行かないといけませんね。あの娘達もお腹を空かせて待っているでしょ
ょう。では、行きましょうか」
「はい。でも、酒場に食材が残ってるのか少し心配。んー、今日は迷宮に入らないなら、防具は置いていってもいいか」
そうして二人はエルフの居室のエコノミールームを出て、下への階段に続く廊下を歩き始めた。この棟の二階には一人部屋が並んでい
るのだが、朝も遅めな時間なため、すでに人の気配はほとんど感じられない。と、彼女達の手前で扉が開き、中から一組の男女が姿
を現した。
「あら、お早うございます」
「よう、お早う」
それは件の侍と女忍者の二人組だった。少しばつの悪そうな顔をする男の手に指を絡めた女は、彼の腕にその見事な胸を隙間無く密着
させている。お姉様の情人をかすめ取ったのはどんな女かと、ドワーフの娘はその顔を下から見上げる。しかして、男の腕にまとわり付い
ているのは、黒髪も美しい利発そうな美人であった。その顔立ちからは昨夜の騒ぎを起こしそうには思えないが……と、思った彼女は、
その顔に確かに見覚えがあることに気が付いた。
「あ、あなた。一昨日コインをくれた人!」
「ん? これはこの間の戦士さん。と、そちらは門のところで会ったエルフさんか。こ、これはお早うございます。え、えっとその、昨晩は
みっともないところを見せてしまった」
「いえ。楽しいものを見せてもらいましたよ。ふふっ。お肌のつやもよろしいですし、十分に可愛がってもらえたようですね」
エルフはすっと手を伸ばすと、女の頬に優しく触れ、頭に手を置いてその髪を撫でた。一瞬、戸惑いの表情を浮かべた女忍者だったが、
その頬は紅く染まって、照れくさそうにうつむいてしまう。
「あ、あのその……えへへ」
「あら、すいません。なんだか妹ができたような気がしてつい」
「あ。と、言うことはもしかして――えっと、男だと穴兄弟だから……この場合は棒――ふぎゃぁっ!!」
男の腰から鞘走った琥珀の刃の腹が、抜き打ちに女忍者の頭頂部を直撃する。
「言わせるか、この隠語製造機。人様の前で恥を晒すんじゃない」
「ひ、ひたの先を噛んだではないか。忍者になったというのに魔術師に奇襲されるとは不覚の極みだ。大体だな、魔術師なら装備する
のは杖かダガーだろう。同じ琥珀にしても短刀でいいだろうに」
(あぁ、魔術師ってことにしてるから、腰に差してるのは村正じゃないんだ)
男の持つ得物を見て一人納得する女戦士だった。その正面で頭を抱えてうずくまる女忍者だが、そこはただでは転ばない。
「……ふむ、二人とも純白か。これは眼福だな」
エルフは全体に折りひだの付いた短いスカート、ドワーフは丈の短いチュニックを着ていたため、女忍者の位置からは二人の下着が丸
見えだった。それを食い入るように見つめる彼女は、ほとんど這いつくばるような姿勢になっている。
「きゃっ」
二人ともが服の裾を押さえて、思いがけず可愛らしい悲鳴をあげる。
「はぁ……。お巫山戯はそこまでだ。紹介してやるから、さっさと立て。ちゃんと作法も弁えてるところを見せて、先輩方に挨拶しとけよ。
他のパーティーって言っても、冒険者同士、世話になることも多いしな」
すると、先程までの醜態はどうしたものか、女忍者はすっと立ち上がって背筋を伸ばすと、折り目正しく一礼する。
「うむ。先程は失礼した。この度、兄弟子を頼ってパーティーに加入した。元は魔術師だが、昨日を持って性奴――」
「はい、やり直し。やればできるんだから真面目にやれ」
「元は魔術師だが、昨日を持って忍者に転職した。戒律は中立だ。一応はマスタークラスに認定されている。以後、お見知り置きを」
それに返して、エルフとドワーフも一通りの自己紹介を済ませる。女忍者と女戦士はお互いに見知っていたのと、種族は違えど年が近
いこともあってか、すぐにうち解けて互いをちゃん付けで呼び合いながら、仲の良い姉妹のように戯れている。
宿の前庭で、まだ戯れている二人を見やりながら、それぞれのリーダーは保護者の表情で言葉を交わす。
「早く他の娘達にも紹介してあげないといけませんね。認定されているレベルも近いようですし、良い競い相手になってくれそうです。
どうです? この際、彼女を私のパーティーに預けてみませんか」
「まあ、そう言うわけにもいかないさ。こうなった以上は俺がちゃんと面倒見てやらないとな」
「ふふっ。昼となく夜となくですね。私もそろそろいい人を見つけましょうか」
「少しは昔のことを吹っ切れたか? そうしてくれると俺も嬉しくはあるんだけどな」
「あら、その言い様は閨を共にした女としては少し寂しいですね。まあ、これからは彼女に寂しい思いをさせませんよう」
「他意はねえよ。……っと、そうだった。昨日の晩に渡しそびれたこれだけど、今のうちに渡しとくよ」
男は懐から取り出した小箱を彼女に手渡す。と、それを目敏く見つけた女忍者がすぐさま駆け寄ってくる。
「ん? なんだ、私を前にして愛の告白か?」
「だと嬉しいのですけれど……。ふふっ、冗談ですよ。ほら中身は」
エルフの侍が開けた小箱には魔法文字の刻まれた無骨な指輪が入っていた。
「確かにこれでは愛を誓うには少しそっけないな」
「ん、なんの話?」
少し遅れてドワーフの娘が駆け寄ってくる。
「ほら、こちらにいらっしゃい。指が見えるように両手を出してくれますか」
「え? あ、はい」
エルフは揃えて出された女戦士の指と指輪の径を見比べる。そして、彼女の右手を取ると、その人差し指にすっと指輪を嵌めた。
「おお。指こそ違うが、なんだかプロポーズの場面を見ているようだ」
「あ……。これ、もしかして……変化の……指輪? じゃあ、彼に指輪を頼んだのは」
「はい。私ですよ。では、これからもよろしくお願いしますね。私の可愛い "君主" さん」
「お、お姉様……」
ドワーフの娘の目から涙が溢れ出し、彼女はエルフの侍にしがみつく。その背中を優しく抱きしめるエルフの顔は慈愛の表情に満ちて
いる。女忍者もなんだかよくわからないままに、もらい泣きして涙ぐんでいた。
(ま、これでとりあえずはあっちのパーティーも少し安定するかな。ようやく取り寄せた指輪が、帳簿ミスで他の客に取り置きされたって
聞いた時はどうしたもんかと思ったけど、あのつるつる忍者――サウスウインドだったかな?――が上手く取り計らってくれて助かったぜ。
取り寄せ料金の分、預かった額より少し足が出ちまったけど……それを言うのは野暮ってもんだよな。ま、いい場面も見られたし、そこは
俺が泣いとけばいいか)
実のところ変化の指輪は、エルフから頼まれた男が、地下のボルタックに注文してリルガミンから取り寄せてもらったものだった。そも
そもの手違いは、それが店の在庫として帳簿に載ってしまったこと。それがドワーフの女戦士にとっては災難の種だった。
ともかくは、これで変化の指輪にまつわるこの話は幕引きとし――
「――だったんだ」
エルフは自分の胸元で泣きじゃくるドワーフが、なにかを呟いているのに気が付いた。
「ん?」
「私の、したことは……無駄だったんだ」
「どうしました。あなたの努力は決して――」
「死んで灰にまでなったのに……あんな恥ずかしい思いもしたのに……。全部、無意味な空回りだったんじゃないかあぁぁ!!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いてください」
地面に膝を突いた彼女は泣きじゃくりながら両の拳を地面に打ち付ける。
「お尻にあんなもの入れられて、すっごく痛かったのに! なんか色々と覚悟したのに! 全部、全部、無駄だったんだぁーーー!!」
「と、突然どうしたというのだ?……それにしても、凄い勢いで地面が抉られていくのだが」
「さすがドワーフ、採掘はお手のものだな。穴が見る間に深くなっていきやがる。そのうち岩盤ぶち抜いて水でも湧くんじゃねえか」
「ちょっ、そんなに乱暴にしたら指輪が、指輪が壊れてしまいます。あなた達も見ていないで止めてください!」
「無駄……無駄……無駄、無駄、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーーーーーーーーッ」
「いやあ、あれに近づくのはちょっと」
「さ、余所のパーティーのことは本人達に任せて、俺達は酒場に行こうか」
「うむ、そうだな」
「ちょっと、後生ですから手を貸してください! ああ、だから右手は駄目ですってば!! 指輪が、指輪がぁ!」
変化の指輪にまつわる話はこれで終わりである。ドワーフの女戦士が指輪の魔力で、無事に君主に転職することが適ったのは
言うまでもない。長く続いたこの話だが、今度こそこれにて幕引きとさせていただこう。
〜 了 〜
「ああ、そう言えば一ついいでしょうか?」
「ん? なんだよ」
「結局、昨晩は彼女に泣いて侘びたのですか?」
「…………」
「いや、泣いたのは私の方で――もう許して――と懇願してもなかなか解放してくれず、一晩中、思うがままに啼かされてしまった」
「あらあら、仲のよろしいことで」
「……………………」
〜 了! 〜