その日の探索を終え、ギルガメッシュの酒場で一日の疲れを癒した彼らが冒険者の宿に戻ると、そこには一通の封書が届いていた。エ
コノミールームに向かう君主と司教と分かれ、侍は宿に預けてあった部屋の鍵と共に手紙を受け取る。侍と女忍者宛のその封書の差出
人は彼らの魔術の師匠からのものだった。盥に湯を張って持ってくるよう宿の小僧に頼むと、いつもの二階のスイートルームに入る。
男は部屋に入るとまずランプに火を灯そうとしたが、女が呪文を詠唱を始めるのを聞いてその手を止めた。
(これは……問題ないか)
「――イ ウォウアリフ」
女忍者が天井を指さして呪文の詠唱を終えると、そこを中心に部屋に柔らかい魔法の光が灯った。力のコインの魔力で魔術師から忍者
に転職した彼女だが、その過程であり得ない引きの弱さを発揮して大量のコインを使い潰している。二十枚のコインを使って八度目の君
主を引き当てたところで女の精神的ストレスは限界に達した。そこで一旦、宿で休息を取ったことが幸いし、副次的に彼女は五レベルま
での僧侶呪文を修得することとなったのである。
「うむ。これで明るいところで手紙が読める。なあリーダー今度からいやらしいことをする時にはこれぐらい明るくしてやろうではないか。
これならあんなところやこんなところまでばっちりと見えるぞ。私にもまだ隠された扉があるかもしれないし」
「ま、たまには悪くないが、あまり明るくても落ち着かないだろ。ランプの灯りぐらいが雰囲気があっていいんだよ。しかし、どうせなら
そのまま君主で経験を積んで、マディを修得しとけば良かったんじゃないか?」
「そうか。そうすれば呪文が尽きるまで今の数倍の回数たっぷりと搾り取れたのだな。でも、私が君主では今後の展開的に色々とキャ
ラが被ってしまうから面倒だ。第一、忍者でないと私は公の場で裸になれないではないか」
「おい。貴重な回復呪文は探索のために使え。それから、忍者だからって脱いで構わないって法はどこにもねえよ!」
「裸でなにが悪い!!!」
「まだ酔ってんのかこの変態露出魔!! お前が猥褻罪で衛兵に捕まっても、絶対に引き取りになんかいってやらねえからな!」
「そんなことを言って大慌てで駆けつけてくれるのだろう? ふふん、可愛いものだな。さ、手紙、手紙」

封書の中に入っていたのは、女忍者宛の私信と数枚の書面の束である。早速、女忍者は絨毯に寝転がると、装備もそのままに一心に
手紙を読んでいる。自分宛の手紙は無いのかと侍は少しばかり残念に思ったが、装備を外して濡らした手拭いで自分の体を拭うと、道
具を取り出して刀の手入れを始める。
天井にかけたミルワの接続時間が切れる前に彼女は手紙と書面の束を読み終えたようだ。書面の方を男に手渡すと、彼のために女忍
者はもう一度ミルワを唱えた。刀の手入れを終えた侍が書面に目をやると、そこには懐かしい師匠の流麗な字が並んでいた。部屋の扉
がノックされたが、応対を女に任せて侍はその文章を読み始める。湯の入った盥を抱えて戻ってきた女にちらりと目をやると、彼女は装
備と鎧下を脱いだ下着だけの姿だった。これは、二重にチップを貰った宿の小僧は今夜は眠れないかも知れないな。などと考えて女に
一応の非難がましい目を向け、男は書面にしたためられた内容の続きを吟味にかかる。


――それにはまず、この世界を席巻する人の五種族について語る必要がある。回復や蘇生の呪文が発達するにつれ、自然の摂理、世
の理がその均衡を取り戻すべく働き、それまで顕著だった人の五族の寿命の差を縮めることとなった。それに伴って、それぞれの種族と
しての気質こそ失わぬものの、種の肉体的、精神的独自性にも幾らかの変化の兆候が見られる。長身痩躯だったエルフには豊かな胸
や尻を持つ者が現れ、ドワーフの中にも、体型こそあまり変わらぬものの人間に近しい背丈を持つ巨躯の男が存在する。普通は童子の
様な容姿のホビットには、近年では人間の少年の如き体格の者が生まれることがあり、聞くところによると人形のように愛くるしいノーム
の女の目撃例もあるようだ。

この機会に、ドワーフの女についての偏見を廃しておこうと思う。彼女達は、やれ髭が生えているだの筋肉ムキムキで男と見分けがつか
ないなどと言われているが、実はそれはもう遥か昔のこと。
昨今のドワーフ女には男のような髭が無い。他の種族と比べて体毛は濃いのだが、髭はあったとしてもうっすらと産毛が生えている程度
であり、それすらも綺麗に剃るのが習慣となっている。ドワーフの男は立派な髭を誇りにするが、その代わりに女達は髪の手入れに非常
に気を使っている。

顔立ちも個々の違いこそあれ、男のドワーフから想像されるような、団子っ鼻でむさ苦しいものというわけではない。もっとも、美女に
生まれる確率は人間と同じ程度のものであるが、それも美人というよりは丸みを帯びた可愛らしい顔立ちが多いのが特徴である。
体格についても当然個人差はあるが、ドワーフと聞いて連想する酒樽のような体型の女はさほど多くはない。彼女達は人間と比べる
と幾分逞しく骨太ではあるものの、それは人間の目から見ても好ましい健康的な魅力を持っている。とりわけ、鍛えた前衛職の胸や
腿、尻のむっちりとした肉付きは、情欲をそそる肉感に満ちて色気を感じさせる肢体となる。
では、なぜ今もドワーフ女は醜いという風評があるのだろうか? まず、ドワーフは他の種族と比べて男女の比率が偏っており、女は
全体の三分の一ほどである。その上、家庭を守ることを第一義とするため、ドワーフの都市に住んでいてさえあまり家を出ることはな
い。今では雑多な種族が集う町に住み商売を営むドワーフも多いが、その家人でさえ女は付け髭をして男の装いで外出する。そのこ
とが今でもドワーフ女の容姿に対する誤解が解けない理由の一つとなっているのだろう。
そのような性質である故、訓練所で登録されるドワーフ女の冒険者などはとりわけ少なく、また変わり者も多い。生身のドワーフの女
冒険者に初めて接した者は、大抵は驚きの声を上げることになるものである――


湯で体を拭った女忍者は、裸のままでベッドにうつぶせになっている。侍は読み終えた書面を彼女に寄越して返すと、もうすぐミルワ
の接続時間が切れることを見計らって、それより先にランプに火を灯す。女はうつぶせのままその書面にもう一度目を通していたが、
魔法の効果が切れたところで、それを手紙と一緒にしてベッド脇のチェストの引き出しに仕舞った。
「お前、寝る前になにか羽織っておけよ。今夜は少し冷え込むみたいだからな」
「うん。寒がった私が裸のまま抱きついて眠ってしまうと、リーダーは夢の中で果ててしまいかねないからな」
「そうだな。しかし、師匠の調査研究の一部か。これが手紙と一緒にねえ。でもノーム女の件とか本当かよ」
「うむ。なんでもこれは文献に纏めている最中のものの写しらしいから、今回ばかりは嘘はないと思う。弟子である私達も読んでおけ
ということだろう。ポイゾンジャイアントの一件もあるし、魔術師から転職しても探求は怠るなということだ」
「ああ、ありゃ耳が痛いな。でも、ここの最下層以外でも奴らが出てくるとか、前に教わったとはいえ憶えちゃいねえよ。それも千回や
そこら戦闘して一回程度の割合だろ?」
「まあそうなのだが。でも彼らの女を実地で見られたことは貴重な経験だと褒められたし。これもまあ親心というやつだろう」
「そうかぁ? で、手紙では他になにか言ってきてたのか?」
「うむ。あ、でもこれは女同士の秘密だからリーダーには内緒だ。ただ、可愛い娘の痴態をこの城塞都市の人々に存分に見せつけて
やれと言伝があった。これも親心だな」
「ふーん。そいつは良かったな」
「放置か。それならそれで、私は本当に自分を解き放ってもいいのだな?」
「好きに路上で露出でも単独プレイでもやってくれ」
「また放置か。ぞくぞくするぞ。本当にいいんだな? 市場の真ん中で果てたりしちゃうかも知れないぞ?」
「ああ、俺を巻き込まなければ全然構わないさ。なんなら王城前の広場で乱交とかどうだ? きっと楽しいぜ」
「リーダー。せめて言葉でぐらいはツッコミを入れてくれ。ただでさえもう十日間も下の口には突っ込んでくれていないのに。自分の役目
を放棄するのも大概にして欲しいものだ。母上の手紙にも私を可愛がってあげろぐらいは本当に書いているのだぞ。疑うのなら手紙の
二枚目だけなら読ませよう。リーダーも母上の愛情に満ちた手紙が読みたいだろうからな」
「また明日にでも読ませてもらうさ。しかしあれから七日か。お前が本当に禁欲出来るとは驚きだ。いや、別に普通のことなんだが」
「うむ。一回りして全く平気になってしまった。あれほど肉欲に駆られていた過去の自分が恥ずかしいな。最近は寝覚めも良くてご飯
も美味しいし、戦闘や罠の解除だって絶好調だ。これはもう私には生涯男など必要無いぐらいだ」
「それはそれでどうかと思うけどよ。ま、とりあえずはもう十日の辛抱だ。また変なことして期間延長しないようにな」
「ふふん。リーダーの方こそ、そろそろ溜まっているのではないか? 泣いて懇願してもそう簡単にはやらせてあげないぞ」
「灯り、消すぞ」
結局のところ、裸のままの女忍者は侍を胸に抱きしめて眠りにつき、顔を乳房に埋められた男は寝苦しい夜を過ごすのであった。


* * *

明けて翌日。
昼下がりのギルガメッシュの酒場。天窓から光が射し込んでいるものの、その室内はこの時間でもやや薄暗い。日の当たる席に陣取っ
た侍は、女忍者に手渡された師匠からの手紙に目を通している。その手紙の内容は母親から娘へのものというよりは師から弟子への訓
戒に近いものだったが、その一文一文は確かな愛情に溢れていた。おそらくは侍が読むことも想定して書かれたものなのだろう。
こうなると、自分には見せられないという母娘の内緒話が書かれている一枚目の手紙が気になるところだが……。しかし、二人の性格
を鑑みるにそっちの内容は知らない方が幸せかも知れないと、男は思い直すのだった。
手紙を読み終えた侍はそれを隣に座る女忍者に返す。彼女は手にした酒杯を卓に置くと、その紙を丁寧に畳み直し、油紙に包んで腰に
下げたポーチへと大事にしまい込んだ。そしてまた、杯を満たす蜂蜜酒を山羊の乳酒で割った飲み物に口をつける。
「お前、それ好きだよな。初めて頼んだときは酒場の娘に怪訝な顔をされてたけど、今じゃ "いつもの" で通じるんだもんなぁ」
「うん。温めたバターを入れても美味しいぞ。ところでリーダー。司教ちゃん、かなり体調が悪そうだったが大丈夫だろうか?」
「一応は君主の奴が看てるんだが、怪我は呪文で回復できても病気ばっかりはどうにもならないしな」
「死から蘇ることさえ可能だというのに儘ならないものだな。それから、戦士さんもいないのだが?」
「旦那なら特別に依頼のあった仕事を片づけろって奥さんに引っ張られていったぜ」
「依頼? 街中でなんの依頼があるのだ?」
「うん? お前知らなかったんだっけ? 旦那はこの街に店を持ってるからな。ああ見えて結構有名な金工職人なんだぜ。もっとも、
あの性格だから、工房の方は奥さんに任せっきりみたいだし、自分で作業することも滅多に無いらしいけどな」
「そうだったか。いや、一度は冒険者を引退して結婚し、数年前に復帰したとは聞いている。でも店を構えているとは知らなかった。
それならせっかくだから訪ねてみようではないか」
「あー。駄目だ。お前が気に入りそうなもんがごろごろしてるしな……。んんっ、しかし思わぬところで休養になっちまったが、ちょ
うど寝不足だったからむしろ助かったぜ」
「それはどんな店なのか余計に気になるぞ。しかし、リーダーも悶々として眠れないなら意地を張らずに襲えばよいのだ」
「どっちがどっちに我慢させてるのか疑問に思えてきたところだよ。だけどそうそうお前を甘やかすわけにもいかないさ」
「ふふん。立場が逆転したかな? あまり私を放置してもそれはそれで喜ぶだけなのに」

そんなやりとりをする二人のテーブルに、少し離れた場所に座っていた二人の女が手に酒杯を持ったまま近づいてきた。
「あらあら、楽しそうなお話をしていますね。私達もご一緒してよろしいでしょうか?」
声をかけてきたのは腰に刀を下げた長身のエルフ。薄い金色の髪がランプの光に当たってほのかに輝いている。エルフの特徴である先
の尖った耳はなぜかいつも下がり気味。どこか陰はあるが柔らかな印象を持つその顔立ちは、エルフらしい細身の体と相まって、冒険
者には似つかわしくない儚げな美しさを彼女に与えていた。
そのやや後に控えているのは背中に銀の斧を背負った小柄な娘。こちらは対照的に丸みを帯びた顔立ちの、これはこれで冒険者らしく
ない愛らしい顔をした娘である。長身で顔の小さいエルフの侍より頭二つ分は背が低いが、彼女に幼い印象は感じられない。服を押し
上げるみちっと張った体は健康的な色気を感じさせ、服の下にはさぞ絶妙に肉感溢れる肉体が押し込められていることだろう。
彼女はこの街にいる数少ないドワーフ女の冒険者の一人で、マスタークラスに認定された君主である。彼女達のパーティーはリーダー
のエルフの侍だけが抜きん出てレベルが高いのだが、他の者もこの半年で急速に力を付けており、今では中堅を脱してこの街でも高位
に属するパーティーに名を連ねつつあった。
「ああ、歓迎するぜ。この円卓は二人にはちょっと広すぎるしな。お前も構わないだろ? おい、おーいって」
「えっ? あ、うん。勿論です。どうぞ座って下さい」
「ん? なに畏まってんだよお前。まあ気にせずに座ってくれよ」
「ではお言葉に甘えて。ほら、あなたはこちらへ」
「はい。お姉――っとリーダー。んっ、忍者ちゃん久しぶり」
「うん。そう言えば、君主ちゃんはマディをマスターしたと聞いた。おめでとう」
「ありがとう。もう少し前に修得出来てたはずなんだけど、僧職の呪文もなかなか大変で。でもようやくマスターできたよ」
「それは祝杯を挙げないといけないな。えっと酒場の娘は……。ああっ、もう。私がカウンターまで取りに行ってくる。リーダーは同
じのをもう一つでいいかな?」
「あー。そんなに急がなくてもいいのに。でも取りに行くのなら私も行くよ。お姉さ……リーダーは果実酒でいいのかな?」
「もうお姉様でも構いませんよ。そうですね……いえ、少し強い飲み物を。あと、途中で問題を起こしては駄目ですよ?」
昼間だというのにそこそこの席が埋まったテーブルをかいくぐって、二人の娘はカウンターへと向かっていった。ところどころのテー
ブルから挨拶代わりの口説き文句が飛び交っているが、女忍者は軽くあしらい、君主の方は憮然とした顔ではね除けている。

「うちのがすまないな。あいつも修業時代は同年代の娘と仲良くなる機会があまり無かったんで、少しはしゃいでるみたいなんだ」
「そうなのですか。ところで、今日は探索を中止したそうですが、他の方々は?」
「ああ、司教がちょっと体調を崩してな。みんなそれぞれ休んでるよ。そう言うそっちの仲間はどうしたんだ?」
「あなた方の順番が空いたおかげで今日は早い時間に戦利品が揃ったので、昼からは休養に当てました。彼女がマディを修得する
まではと、この半年ほどはあの娘達にも少し無理を強いてしまいましたし」
「そうか、彼女が君主になってもう半年か。そっちのパーティーも一応の戦力は揃ったみたいだな。でも、まだ昔のことにこだわって
んのか? 正直、一人しかいない回復役が前衛ってのは相当に厳しいだろ」
「ええ、わかっています。パーティーのことを考えると、個人的なことに捕らわれてはいられませんから。ですが、いざ条件を付けず
に仲間を捜すと、今度はこちらの娘達の方が問題を起こしてしまって……頭の痛いところです」
「そうか。まあ、吹っ切れたのならなんとかなるだろ。いい新人を見つけて地道に経験を積ますことだな」
「そうですね。ふふっ、あなたももうあの頃とは――あら、あの娘達が戻ってきます。では、この話はここまでに」

それぞれタイプの違う美人三人に囲まれて乾杯する侍を、やや離れた卓にいる男ばかりのパーティーが羨ましそうな顔で眺めていた。
彼らは俺達も腕を上げて金と女を手に入れてやるとお互いに心に誓う。もっとも、その気概があるパーティーなら昼日中から酒場で飲
んだくれているはずが無いのは言うまでもないことだろう。

* * *

ここで時は半年前にさかのぼる。

「そこで押し殺した低い声。あなた――いい加減にしないと挽肉にするよ」
「似てる似てるー」
「まあ、三回目となるとお決まりだな。しかし、これでまた僧侶探しか」
「ごめん。もう言い訳はしないから、私の真似をするのはやめて……」
ギルガメッシュの酒場の片隅、一人沈み込むドワーフの戦士を肴に酒を飲んでいるのは、女ばかり五人のパーティーである。リーダー
のエルフの侍の意向で彼女達のパーティーは中立の女性ばかりで固められていた。
「そのぐらいにしてあげなさい。この娘も自分の我が儘だけで言ったわけではないのですから」
「わかってるよリーダー。腹に据えかねてたのは私らも同じだしな。こいつが言わなきゃそのうち私がキレてたし」
「そうそう。あのいやらしい目。私達を見る目もともかく、お姉様を見る目ときたらもうナイトストーカーみたいだったもの」
「ブリーブみたいな顔なのにねー。でも、マディを使えて暇そうな僧侶ってなかなかいないんだよね。どうしよっか」
(はぁ……。やっぱりパーティーの募集条件に問題があったのでしょうね。みんないい娘達なのですが……)

女だけのパーティー、それもリーダーを筆頭になかなかの美人揃いということで、今いるパーティーを抜けてでも加わりたいと考える、
下心満載の男の僧侶もいないではない。だが、それでは遠からずまた同じ事が起こる可能性は否めなかった。
それはなぜか。ぶっちゃけて言うと、程度の差こそあるものの彼女達はレズなのである。もっとも、エルフの侍は同性との関係こそ厭
わないが、基本的には異性との恋愛を好むノーマルな性癖の持ち主だ。この街でも珍しい善悪混合のパーティーにいた彼女は、色恋
沙汰の絡む迷宮内の仲間割れで親しい者を失い、パーティーは崩壊した。
その反動だろうか、彼女が新たに募った仲間は中立の女性の冒険者。そして、結果的に集まったのが彼女を恋愛対象として慕っていた
者だっただけのことで、決して彼女自身にそういう思惑があったわけではない。そして、周知の事実だが、神への信仰に繋がる心の指向
性を持たない中立の者は、原則として僧職に就けない。そのため僧侶だけはどうしても善か悪のどちらかの戒律の者となる。

背に腹は代えられず、これまで幾人かの善や悪の女の僧侶を仲間に加えてはみたのだが、生憎と至って普通の性向を持つ者ばかり
だったため、他のメンバーの意味有り気な視線や雰囲気に耐えきれずに逃げ出してしまった。そのため、これまではやむなく、フリーの
男の僧侶と金銭契約を結ぶことで回復役の穴を埋めてきたのである。

「わ、私、僧侶になる!」
今回の騒動の発端。悪の僧侶にカシナートを突きつけてパーティーから追い出した戦士が木製のジョッキを円卓に叩き付けて叫んだ。
自責の念に駆られつつもやけ酒をあおっていた彼女の目は、すでに完全に据わってしまっている。
「いや、だからそれが出来れば苦労は無いんだって」
「でも、リルガミンなんかじゃ中立でも君主や僧侶に転職出来るアイテムがあるって聞いたことが!」
「力のコインですね。でも、あれは希少なアイテムですし、なぜかボルタックでは扱っていないのです。特別に頼んで入手してもらうに
してもいつ手に入るかはわかりませんよ。それになにより、転職するクラスを自分では選べませんし」
「でも、でも。今回も私のせいでお姉様やみんなに迷惑をかけてしまったんだ。私が……私がなんとかしてみせる!」
「あ、ちょっと待て! おい――って、飛び出してっちゃったよ」
「今は放っておいてあげなさい。仕方ないですね、今夜にでも私が慰めておきましょう」
「あー。戦士ちゃんばっかりズルいー。私もぉ」
「それなら私も――」

そんなやりとりをする彼女達を、近くのテーブルにいる男ばかりの駆け出しパーティーが、なんとも言えない顔をして眺めていた。
「美人ばっかりなのに勿体ねえ……女メンバー欲しいなあ」
「なぁに、半年も頑張れば金も力も手に入れて、女なんて――」
頑張れ野郎共。君達の前途は明るい……はずだ。

* * *

しばらく後、酒場を飛び出した女戦士はボルタック商店の店先にいた。ここに来たからどうというものではないが、特に行く当てがある
わけでも無し、自然と足がそこに向いただけのことである。
「はあ〜っ。勢いで飛び出して来ちゃったけど、どうしよう。なんか飲んですぐ走ったから気分悪いし。気が付いたらボルタックの前に
いるし。んー。鎧の金具の歪みでも直してもらって時間潰してから帰ろうかな。すぐ戻るのもちょっと決まり悪いし」
まだ酔いが醒めていないのか、独り言をぶつぶつ呟きながら彼女は店の扉を開ける。店内は装備を整えにきた者や、手に入れた宝を
売りにきた者等、様々な冒険者で賑わっていた。一部ではボッタクル商店と呼ばれるこの強欲な店だが、その反面、装備の補修や調
整を無料で行ってくれる万全のアフターケアを誇り、冒険者相手の取引ではまだ他の商会の追随を許さない繁盛ぶりである。
何気なく店内を見渡した彼女は、カウンターの奥の壁に掛けられてある斧に目を留める。銀色に輝く刃を持つその斧は、この城塞都市
の迷宮ではついぞ見たことのない得物だった。
(あ、あれってもしかして、噂で聞いたシルバーアックス!? リルガミンの方で見つかるって聞いたけど、向こうのボルタックから流れて
来たのかな? やっぱりいいなあ……あのずっしりとした重量感。あれがあれば無理に剣を使わなくていいし。あ、とにかく他のドワ
ーフに買われる前に買わないとっ。い、いくらするんだろ?)
慌てて店の奥のカウンターに向かった彼女だが、そこで目にした値札は法外とも思える三万四千ゴールド。恐らくはリルガミンでの相
場の四倍ほどだろうか。だが、この機会を逃せば次にいつ入荷するかわからない代物である。なんとか手持ちで足りることを確認した
彼女は即決即金でその戦斧を購入した。

(うん、やっぱりこれだな。梯子山の戦斧なんかはカシナートに劣ってたから、みんなのことを考えると使うに使えなかったし。まあカシ
ナートはカシナートで、あの回転ブレードの魔法機巧の美しさが捨てがたいけど、やっぱり私は斧が一番しっくりくるなあ)
店の隅に引っ込んだ彼女は手に入れたシルバーアックスを、頬ずりせんばかりにうっとりと眺めていた。しかし、店主とやりとりを始めた
客の声が、一人悦に入って違う世界に行っていた彼女を現実へと引き戻す。自分のこの至福の時間を邪魔するのは誰かと、声の主
に目を向けた彼女の目に映ったのは、カウンターに肘を付いて店主のドワーフとやり取りをするローブ姿の娘の形のいい尻である。
(うわぁ。あの娘、あんな服でもわかるぐらい美味しそうな身体してる。胸なんかカウンターに完全に乗っかっちゃってるし、お尻を
突き出してるから、ローブの上からでもお尻の丸みがくっきりだよ。長い黒髪も綺麗だなぁ。顔は……ここからじゃよく見えないか)


ドワーフ戦士の矜持もどこへやら、今の彼女はただのレズっ娘である。女戦士はさり気なさを装って壁の武器などを眺めながら、その
横顔が確認できる位置に移動する。そして、近づくにつれ、自然と二人の会話も耳に入ってくることになった。
「――れは結構レアなものだと聞いていたんだが。引き取りもしてくれないのか」
「悪いな。そんなものには興味はありませんってもんさ。それにそいつはもう一度使っちまった後のもんだろ? なんでまたそんな代
物を二十六枚も拵えたのかは知らないが、まあ、どのみち力のコインはここじゃ扱ってない。ここ、じゃあな」
「んー、それなら仕方ないな。すまなかった。では、鎧の打ち直しはお願いしておく。注文した剣や兜と一緒に取りに来るから」
「毎度あり。しかし、嬢ちゃんのサイズだと打ち直しで済むかな。ああ、なんなら鎧下もつけとこう。そっちも普通のものじゃ収まり
きらないだろ。さっき計ったサイズに合うよう立体裁断して、急ぎで仕立てさせておこう」
「それはありがたい。頭が下がるばかりだ」
「なに、サイズを計る時にはそりゃ凄いもんを拝ませてもらったしな。ドワーフの女達でもあそこまでのはなかなかいやしない。それ
に全部で二十万ゴールド相当のお買いあげだ。そのぐらいのサービスはさせてもらうさ。じゃあ明日の晩にでも取りにきてくれ」
「うむ。では失礼する」
そう言って振り返ったローブの娘と女戦士の目があった。これは想像していた以上の美人である――が、すでにまた別のことで女戦士
の頭の中は一杯になってしまっている。
(力のコイン……確かに今、力のコインって言ってたよな……)
どこか遠くを見つめる目で固まる女戦士をローブの娘はしばらく眺めていた。しかし、それもわずかな間のこと。少し匂いを嗅ぐよう
な仕草をし、わずかに小首を傾げて微笑むと、彼女は店を出ていった。

店の分厚い扉が閉まる音で、女戦士はようやく我に帰る。そして、慌てて店を飛び出して左右を見回し、雑踏の中を立ち去って行く
丸い尻を見つけ出すと、その後を追いかけた。
「そこのあなた、ちょ、ちょっと待って! 少し話を聞いてくれないか」
勢い余ってローブの娘にぶつかりそうになりながらも、女戦士は彼女を呼び止めて声をかける。
「ん? ああ、これはさっき店で見かけた戦士さんではないか。女の子に声をかけたことはあるが、声をかけられたのは初めてだ」
「ええっと、そうなんだけどそうじゃない。あの、ごめん。さっき聞こえてしまったんだけど、あなたは力のコインを持ってるのか?
いきなりなお願いだけど、もし持っているのなら、それを私に譲ってはもらえないかな? いくらでも……とは言えないけどお金なら
払えるだけ払うから」
「ああ、そう言う話だったか。うーん。でも、手元に残っているのは一度使ったものばかりだから……。店でどこまで聞こえていたか
はわからないが、これは使っても上級職にはなれない上に命まで落としてしまうコインなのだ」
「それでも、いいんだ! 少し分けてくれるだけで構わない。どうかお願いします!」
「あー、えっと。そんなに頭を下げないでくれ。こっちが困ってしまう。むぅ……ん、じゃあ、手の平を上にして両手を出してくれ」
「えっ? う、うん」
女戦士が言われるままに両手を差し出すと、ローブの娘は小振りな革袋を彼女の手の上に乗せる。それなりの重みのある袋から金属の
擦れ合う音が響いた。
「ええっ? これ、全部!? ま、待って。今は持ち合わせが無いから、すぐにあるだけ取ってくる。それで足りないなら――」
「お金ならいらない。どうせ店では引き取ってもらえないのだし、私にとって大事な一枚は記念にちゃんと取ってある。ほら」
そう言って、娘は別の革袋を取り出し、中から一枚の力のコインを摘み上げて彼女に見せた。
「で、でも。それじゃあ、私の気が済まない。えーっと、せめて食事を奢るとか……いや、なにか私にお礼出来ることはないかな?」
「んー……。あ、それなら一つ質問してもかまわないだろうか?」
「えっ、うん。私で答えられることなら」
「不躾な質問だが、あなたはドワーフの女の子……なんだよな?」
「えっ? うんそうだけど……あなた、ドワーフの女を見るのは初めて? じゃあ、冒険者になってまだ日が浅いんだ」
「あーっ! やっぱりそうなのか。うん、初めてだ。これまで行った街でドワーフの女の子は見かけたことがないし、ドワーフの鉱山
都市にも行ったことが無いから。へえぇ。話には聞いていたけどちっさくてぷにっとして可愛いものだな」


ローブの娘は熱い眼差しで女戦士の全身を上から下まで眺め回した。その視線に、まるで裸に剥かれてしまったような恥ずかしさを
おぼえ、女戦士は頬を赤らめる。だが同時に、娘の言葉の端々から、自分と同じ趣味を持つ者の匂いを感じ取った。
「え、えっと。ありがとう。 あ、でも、そんなことを聞くだけでいいの? その、私に出来ることならなんでもするよ……なんてね」
「ん? でも、さすがにいきなりあんなことはどうかと思うし……うん。じゃあこれを貰おうかな」
娘はすっと顔を寄せると、軽く唇にキスをする。そして、その大胆で堂々とした行動と唇に残る柔らかい感触に硬直する女戦士にひら
ひらと手を振ると、満足気な顔で立ち去っていく。彼女が見えなくなるまで女戦士は呆然と立ちつくしていた。
「……はっ!? 私、得しかしてない……。そうだ、名前聞いておけばよかったな。まあでも、彼女も冒険者ならまたすぐ会えるよね。
しかし、とにかくこれで僧侶か司教に転職出来るぞ。あ……でも、もし上手くいっても死んじゃうんだ。お姉様……怒るだろうな」
女戦士が手にした革袋の口紐を解いて中を覗き込むと、そこには見慣れないコインがぎっしりと詰まっていた。とりあえず考えるのは
後にして、酒場に戻ることにする。みんな心配して待っていることだろう、と思いながら彼女が踵を返したその時だった。

「……さん。お嬢さん。そう、あなたですよ。少しお話があるのですが」
「っ!! 誰?」
その声がどちらの方向から聞こえてきたのか、女戦士にはそれがわからなかった。日が暮れたばかりの街中はまだ人通りも多く、彼女
は周囲を見回して声の主を探す。しかしぱっと見たところ、雑踏の中に自分の方を向いている者は見つけられない。
「こちらです。左手の路地ですよ。出来ればもう少し近くに寄っていただけるとありがたいのですが」
彼女はさっと路地の方に目を向ける。しかし暗視の能力を持つドワーフの目にも暗い路地にいる声の主の姿は写らなかった。
「だ、誰? 用があるならそっちから出てくればいいじゃないかっ」
「あまり大きな声を出されずに。でしたら、別にそこででも構いませんから、少しお話を聞いてもらえませんか?」
「そんな胡散臭い奴と話ができるか! せめて姿を見せろっ」
「ふむ。では」
「へ?」
すると、路地の闇が質量を持ったかのように人影が現れる。そこは確かに女戦士の視界の中だったはずなのだが、その男が完全に姿
を現すまで、彼女はそこに何者かがいることを認識出来なかった。そして、目にした姿に口を大きくあけたまま彼女の思考は停止する。
そこにいたのは半裸の男。口元は鼻までを覆う口当てに覆われ、下半身には褌と呼ばれる東方風の下帯が締められているが、その姿は
ほぼ全裸に近い。束ねた鋼線のように引き締まった長身痩躯の体には、髪と眉も含めて一本の体毛も生えていなかった。なにより異様
なのは、つるつるの禿頭も含めた全身が、灰色を基調とした雑多な色で塗り込められていることである。一見適当に塗られたような肌の
色は石造りの建物の多い街並みにすっと溶け込み、ともすれば凝視していてさえその姿を見失ってしまいそうだった。
「へ、へ、変態――」
「ほあたっ!!!」
硬直が解けた女戦士は悲鳴をあげようとした。が、男が発した気に当てられ、脳髄に麻痺に似た痺れが走る。刹那、伸びてきた細長い
双腕が彼女の身体をがっしりと掴み、鎧姿のドワーフの彼女を見た目にそぐわぬ膂力の強さでいともたやすく路地へと引きずり込む。
それは一瞬の出来事で、路上から一人の女が姿を消したことに、道行く人々は誰一人気付きもしなかった。

* * *

ボルタックから一ブロック先の路地を少し奥に入った木箱の影。女戦士はその奇妙な男の長い腕に絡め取られその口を塞がれている。
「心配なさらずとも危害は加えません。ただ、声を上げられては困ります。了解していただけるなら、二度瞬きをして下さい」
マスタークラス一歩前の女戦士を、その男はいともたやすく制していた。さほど力が加わっているわけでもないのに、押さえ込まれた体
は身動き一つとれない。間違いなくこの男は相当に高位の忍者だろう。相手との実力差に抵抗の無意味さを悟った彼女は、言われた
とおり瞬きをして同意した旨を伝える。


「申し訳ありません。人に気付かれると面倒でしたので。……おや、どこか痛めてしまいましたか?」
「ううん……だ、大丈夫」
「ふむ。それでは、話だけでも聞いてもらえるとありがたいのですが。いかがなものでしょう?」
男の細い目は笑っているように弓形を描いているが、その目からはなにを考えているのかは全く読みとることができない。
「わ、わかったよ。到底信用は出来ないけど、とりあえず話ぐらいは聞く。で、なんだっていうの?」
「この姿で信用してくれとは申しませんよ。それで話というのは、あなたの持っている力のコインのことです。そのコイン、当方に売
る気はございませんか? 当方ではボルタックで扱っていない品を扱っておりまして。まあ、物が物ですから、現物をお持ちの方に
直接声をかけて交渉をさせていただいているわけです」
「コインを……? でもこれは私にも必要なんだ。それにそもそも人から貰ったものだし」
「ですが、あなたは相当な量の力のコインをお持ちだとお見受けします。それが全部必要だというわけでもないでしょう? それに…
…あなたが本当に必要とするのはその劣化したコインなのですか? 申し上げましたとおり、当方では一般には出回らない魔法の品
を他にも多数扱っております。もしお売りいただけるのでしたら、それらと引き替えにすることも可能です。勿論差額が出ればご返金、
あるいはお支払いいただくことになりますが」
「……少し、考えさせてもらってもいいかな。あ、一応聞いておきたいんだけど、まだ使ってない力のコインはいくらぐらい?」
「時価です。まあ、おおよその相場はありますが、その時に出回っている数によって値段は変わりますので。どのみちこの場ではお答
えいたしかねる質問です」
「そう。じゃあ……変化の指輪……は取り扱ってるのかな?」

変化の指輪――それはリルガミン旧王城跡に口を開いたダパルプスの呪い穴でのみ見つかる魔法の装具である。侍以外のクラスの
者がこれに秘められた魔力を解放すれば、戒律に関わらずそれまでの経験を保持したままで君主としての能力を得ることが出来る。
前衛としての戦闘力を失わずに僧職の回復呪文を行使出来るのは、ドワーフの彼女にとってこの上なく魅力的だった。
「ふむ、変化の指輪ですか。取り扱いはしておりますが、この街までは滅多に流れてはきませんね。在庫があるかは確認してみなけれ
ば判りかねます。どうでしょう? コインをお売りいただけるのでしたら、直接店の方にご案内差し上げますが」
「……あるんだ。いや、どのみち持ち合わせも無いし、今はまだやめとく。ところで、もし後で気が変わったら、私はどうやって店にいけば
いいの? 看板立ててるわけじゃないよね」
「非合法ではないですが、表では取り引きしにくい品を取り扱っていますので。いいでしょう。手順は簡単です。今日はお手持ちの品を
お見かけしたので、まだ早い内に出て参りましたが、普段はもっと遅い時間から店を開いております。今日が昨日に変わる刻限より後、
この路地の入り口で "コントラ デクストラ アベニュー" と合い言葉を仰って下さい。またこちらからお声をかけさせていただきます」
「 "コントラ デクストラ アベニュー" ……うん、わかった」
「念のため申しておきますが、あまり他言はなさらぬよう。知っている方の中では公然の秘密とも言えますが、あまり大っぴらに出来る
商売でもございませんので、色々と面倒なことになります故。もちろんあなたにとっても」
男の細い目が一瞬見開かれ、その瞼の奥の相貌が鋭い光を放つ。
「う、うん。わかってる」
「ありがとうございます。ああ、もし他になにかお売りいただける方がいれば、その限りではございません。どうぞお誘い合わせの上
ご来店下さい。では、またお会いできる機会をお待ちしております」
再び目を細めた男は今度は確かな笑みをその目に浮かべて、再び闇に戻るようにその姿を消してしまう。今、会話をしていたはずの
奇妙な男が本当に存在していたのか、女戦士は自分の目か頭がおかしくなってしまったのではと、疑わずにはいられなかった。
「あ……。消えた? 幻覚じゃないよね。しかし、最後のお誘い合わせの上って、秘密なのか秘密じゃないのかどっち?……ふぅ。でも
力のコインに変化の指輪。手に入れられたら回復役としてもお姉様の、みんなの役に立てる……けど色々と怪しいし、やっぱりまずは
この貰ったコインで……も、命がけで運任せか。ううん。せっかく貰ったんだしまずはこれに賭けてみよう……?……あ、あれ?」

急に膝から力が抜けて女戦士はその場にぺたんと座り込んでしまう。その体は小刻みに震えていた。
「は、はは。腰抜けちゃった。こ、こ、怖かった。あの人、どう見ても変態だし、襲われたら私じゃ抵抗も出来なかったよ。そ、そう
だ。私、男に触られちゃったんだ。それも裸でつるつるの変態に――」
突然、彼女の目の前に禿頭の生首が浮かび上がった。
「あの、まだ聞いてますが。襲うつもりなら最初から腕ずくで手に入れてますよ。それに、この姿ではなんとも言い返し辛いですが、
私はこれでも紳士だと自負しているのです。あと、あまり変態変態と口にするのは女性としてどうかと――」

「い、いやぁぁぁぁっ! 変態、変態、変態いぃぃぃぃぃっ!!」
暗闇から突然かけられた声に、女戦士は跳ね上がってドワーフとは思えない速さで路地から飛び出していった。鋼の固まりが人々を撥
ねそうになりながら駆け抜けて行く様は、さながら金属の雄牛ゴーゴンの突進を彷彿とさせる。路面にひびを入れて叫びながら逃げて
いく彼女を、頭だけ出した中途半端な状態で見送る奇妙な男。彼は天を仰いで呟くのだった。
「……私、少し傷つきました。泣いてもいいでしょうか」
そう誰にともなく問いかけると、生首は再び闇の中へと消え去っていった。


〜続く