くどいようだが繰り返し言わせていただこう。







   *   これはじこだ   *







 *  *  *




――――――――――――――――――――――――――――――

ROUND 1
勝者:ペニス
賞品:根性捻じ曲がった小生意気な性悪ホビット
――入手チケット――
“本日昼過ぎ、ロイヤルスイートの一室でHumanの男性が逆上したHobbitによる暴行を受け重症を負
いました。男性は簡易寝台在住のRotten Son Of a Bitchと称される本籍不明の鑑定士であり、当局
は税金の無駄遣いを理由に早々に捜査を打ち切る方針です”

ROUND 2
勝者:ペニス
賞品:変態性犯罪者御用達ノーム
――入手チケット――
“昨夜、路地裏からHumanの男性と思われる変死体が発見されました。鈍器による頭部殴打が死因
と見られ、遺体の損傷は極めて激しく、警備兵の間では誰がこの死体をTEMPLE OF CANTに運ぶかと
いうことで意見がわかれております。ただいま入りました速報によりますと、公平なるくじ引きの結果
Dwarf族のスミス氏に決定した模様、不幸なスミス氏に神の祝福あらんことを!”

――――――――――――――――――――――――――――――

さあペニスと理性の戦いも第三ラウンドに突入!
挑戦者のオーナーであるS.O.B氏はこの二連戦で
以上二つのエンディングへのチケットを手に入れました!

――――――――――――――――――――――――――――――

これが前回までのあらすじだ。なんだ、これじゃわからないって?ハハハッ、あんまりいじめるなよ。
わかったわかった。かいつまんで説明すれば、俺はこのロイヤルスイートで、“ドウテイ”を生贄にして
“トラウマモノノ コビトトノ セックス”を体験できたわけだ。あともう一戦、理性がペニスに負ければ、
今までのトラウマを帳消しにできる最高の経験がマヤの神々からプレゼントされる。
もちろん、親切な神様はちゃんと副賞も忘れない。今まで手に入れたバッドエンディングへの
チケットをぶん取られる代わりに、最凶のチケットを強制的に押し付けてくれるんだぜ。

まずプレゼントのほうは最高のプライドの高さと最高の美貌を併せ持つエルフとのセックス
副賞に与えられるチケットにはこんな説明が書いてある。

――――――――――――――――――――――――――――――

“本日夕刻より、GILGAMESH'S TAVERNとADVENTURER'S INNで同時リリースとなるリルガミン冬季限
定の新メニューのご紹介だよ!大顰蹙を買ったレモンカレーに続く第二弾は―――カシナートで挽きた
て!二時間前に卸したばかりの新鮮な粗挽肉をたっぷりと使った『ビショップバーガー』。マルゴットも絶
賛の新作を、お手ごろ価格でご提供!今ならハードドリンク一杯に、マッシュポテトかキャロットグラッセ
のどちらかが無料で付いてくる!もちろんソースはお好みで選べます!――おおっと、ここで商品の記
名にミスがあったことをお知らせいたします。『ビショップバーガー』ではなく、『鑑定士バーガー』でござ
いました。お詫びとしてお値段は表記価格の半額で販売いたします!さあ、“クズ肉の寄せ集め焼き”を
あなたもどうぞお試しあれ!”

――――――――――――――――――――――――――――――

ここで下馬評を見てみましょう。ゲームは100対1のオッズでペニスが優勢、
かく言うわたくしも、ペニスに一票入れさせていただきました!
それでは、ペニス氏に試合前の意気込みを語っていただきましょうか!

『この試合にゃ‘おれ’は命を賭けている、シャーマン戦車百台連ねたってぶち破ってやるぜ!』

――――――――――――――――――――――――――――――



あー、ペニス君、ちょいと黙ってくれやしないかな。今回ばかりは君の不戦勝だ。
‘おれ’の命ってなんだ?俺と‘お前’は一蓮托生だろう?
二連戦じゃないだろう。正確には六連戦だ。いや、もっとだったかな?
ハッハハ、しかしこの薬は素晴らしい効き目だ。とても俺の物とは思えないほど頑健だ。
この通り一行に衰える気配なし、まさに奇蹟だな。ああ、ここで俺からひとつアドバイスだ。
筆下ろしをしたいなら素直に郭に行くことだ。初めてで薬は禁物だ。自分で使うのも相手に
使わせるのもやめとけ。性交に対して神聖な思いを抱いているのなら特にだ。
―――なんだ?現在の戦線はどうなったかって?
小人二人による追いはぎの儀式がここロイヤルスイートにて目下続行中だ。俺はといえば頭の大部分
に蜘蛛の巣がはった老人のように、椅子に腰を下ろしたまま二人の行動を見守っている。オツムの溶け
たシャイアも、今度の侵入に懲りたのか、バカ面のまま機械的に部屋の錠をかけた。チビノームが最中
に――思い出すだけで死にたくなってくる。このチビは俺にトラウマ以外の思い出を提供してくれる気が
無いらしい――叫んでいた言葉はやはり呪文だったようだ。標的は俺ではなく、今しがた入ってきた
侵入者、このロイヤルスイートの個室の正式に契約した宿泊客――の妹さんだ。厳重に錠を下ろした
後、シャイアとチビは、二人がかりで――息がぴったりだ、二年そこらで培われたチームワークとはとて
も思えないな――ポットの口内媚薬攻め開始した。こいつが終わればいよいよ強制ストリップショーとい
う段取りだ。まさに地獄絵図だな。いや、極楽図か。
たらふく媚薬を食らった二人の言動から、この薬に幻覚作用があることはわかったが、こんなサービス
までしてくれるとはな!酒癖ならぬ薬癖の悪いガキどもだぜ!ハハハッ、これがもしも彼女の姉さん
だったのならば、俺も参加しているところだ。まぁ、そもそもくノ一が相手なら、最初からMANIFOも食らわ
なかったな。彼女なら、呪文が完成する前に攻撃にうつっていただろう。MANIFO自体も掛からなかった
かもしれない。いずれにせよ今頃は俺の首が床に転がっていたはずだ。

今回の探索でよく分かった。妹さんとくノ一には、本人たちに自覚が無いかもしれないが、大きな隔たり
がある。冒険者としての実力もそうだが、性格も全く違う。くノ一が、島国で語られるような悪戯好きだが
少し抜けている善良な精霊だとすれば、この妹さんは北の海辺の伝承にあるような神族の末裔だ。
探索の最中に俺に向けられた横柄な態度と突き刺さるような侮蔑の眼差しが、彼女がHumanを下等
生物と見下す気位の高い標準的なエルフであることを証明してくれた。彼女の実の姉であるくノ一は
Humanを見下すような目は決してしない。それどころか、A Cotの最下層民ですら彼女は常に対等に接
している。金持ちが貧乏人に向ける類の優しさじゃあない、本当の意味で対等に接するんだ。不思議な
ことに、彼女に話しかけられると、まるで古巣を離れていた同胞に話しかけられたような気になる。高レ
ベルの冒険者としては、くノ一は例外的な存在だ。憐れみ心たっぷりといった具合で、俺たちに接しよう
と努力する輩は大勢いるが、意識せずに対等に接することができる者はほとんどいない。A Cotの住人
の誰に聞いても、彼女のことをを悪く言うやつはいない。
彼女たちの姉妹の一番の違いは、予想外の困難にぶち当たったときにどうなるかということだ。
くノ一ならうっかりけっ躓いたりしても一人で起き上がれるだろうし、困難も一人で切り抜けられる。妹さ
んの方は転びっぱなしだ。悪態をついて(この妹さんに悪態がつければの話だが)泣き喚くことぐらいし
かできないだろう。俺がご馳走を目の前にして手が出せないでいるのはそのせいだ。

シャイアは、転んだら転ばせた奴のケツを引っ叩くぐらいの元気がある。正気に戻った暁には、シャイア
は俺を半殺しにするだろうし、残り半分はチビが受け持って俺のR.I.Pカウントを増やしてくれるだろう。それ
でも、この二人ならばその時点で気がすむはずだ。この淫乱ホビットは経験豊富だ。俺が初めてじゃあ
ない。チビに至っては言わずもがな。あのタマネギ野郎のもとを抜け出した後で、数ヶ月はストリート・
ウォーカー(街娼)――“舗装された道を歩く者”のほうじゃないぞ、“CUNT(おまんこ)”のほうだ――を
やっていたに違いない。ほとぼりが冷めれば、この小心者のホビットが形ばかりの誠意面を引っさげて
寺院へお迎えにきてくれるだろう。甘い見解に思われるかもしれないが多分そうなる。
ホビットの怒りがおさまるまで何年かかるかわからんがな。
だけど、この妹さんとなると話は別だ。彼女にイエロウ・カード(娼婦)やルンペンのことを持ち出しても、
固有名詞だと思うだろうし、本物をみせたところで、カーニバルの仮装を目撃した子供みたいな反応を示
してくれるだろう。この人にはあらゆる経験が不足しすぎている。飲み代一ヶ月分賭けてもいい、この妹
さんにとっては俺が初めてだ。この人は姉さんのくノ一とは比べ物にならないほど気位が高い。簡易寝
台の肥やしのカス人間の代名詞のような俺の手に掛かって立ち直れるとは到底思えない。
万が一立ち直れても決して俺を許さないはずだ。

一発抜いた後の冷めた脳味噌を、二秒で沸騰させるほどの絶品を目前にして素直に喜べないとは俺も
ほとほと運がないよなあ!まったくカドルト様は素敵な糞の塊だぜ!こんな状況でなけりゃあ、今すぐ目
の前のくびれた腰に抱きついて、ワンピースの上からでもわかるほどの胸の膨らみ――流石はくノ一の
妹さんだ、くノ一ほどではないが実に見事なおっぱいだ――を撫で繰り回し、なやましい太股の間に割
り込んで敏感な耳を舐め回しているいるところだ。はぁ…ここにきてようやく、ようやく俺の範囲内の、と
びきり大好物のご馳走が用意されたって言うのに足腰立たないってのは皮肉なもんだぜ!ハハハッ!

ところで、俺がカシナートでキッチリと息の根を止められた後はどうなるのかな。彼女が額面通り“善人”
なら多分蘇生を試みるだろうな。いや、彼女は絶対に蘇生を“試みて”くれるだろう。挽肉の寄せ集め焼
きにされても、KADORTOは効くのか?カントのクソ坊主どもなら、勤務中にもかかわらず涎をたらして確
かめたがるだろう。問題は、だな、“第二段階”まで状態が進むかどうかだ。葬式のときの経文の文句
にあるような『ASHES to ASHES, DUST to DUST(灰は灰に、塵は塵に)』の“塵”の段階まで行くのだ
ろうか?素直に埋葬されるならまだし、目覚めた途端に目の前でカシナートの歯が高速回転しているな
んてこともありえそうだ。ああ、きっとヴァイタリティが生存可能な数値を下回るまで蘇生とカシナートを繰
り返してくれるんだろうなあ。運良く成功し続ければの話だが。もちろん彼女はどんな対価を支払ってで
も成功させるだろうね。彼女の眼を見ればすぐわかる。明らかに、この目の前の女性は愛用カシナート
で俺をミンスミートに仕立てたいと思っている。
それにこの妹さんに手を出したら、怒るのは妹さん自身だけじゃあない。探索の最中、あまりに妹さんの
動きが破天荒すぎるので――はっきり言うが、妹さんの強さは数字だけのものだ。前衛としての動きが
なっていない。前衛が後衛の盾であるという認識に欠けている上に、サポートするのもされるのにも慣れ
ちゃいない。妹さん以外の前衛二人の動きは、神憑っていたが、二人の忙しさは悪魔の大群に襲われ
たような修羅場状態だった。あれだけ冒険者として完成されたパーティでもスリルのある迷宮探索がで
きたのは偏にこの妹さんのおかげだ――どうして誰も注意しないのかとシャイアに聞いたら、イライラしな
がらこう言っていたっけな。
『リーダーには妹を冒険者として育てる気がない』ってな。
つまりくノ一は妹さんに、この街に慣れさせるより前に里に帰らせる魂胆らしい。くノ一らしいな。
彼女にとってはかけがえの無い肉親だ。蚤にも食わせまいと大事に育ててきたはずだ。
それがカス人間の手に掛かったとあっちゃあ、彼女も黙っていやしないだろう。
彼女と一儀を志した段階で命は捨ててきたつもりだったが、つもりだけだったみたいだな!
ああ、でも相手がくノ一だったのならば、この期に及んでも命は惜しくなかった。

ハハハッ!そうだ、妹さん、まだあなたが正気なら、今のうちに俺の言い訳を聞いて下さい。
違うんです…本当に…これは事故なんです……信じてください…
俺のターゲットはここにいるあなたの仲間じゃないし、あなたでもないんです……

MANIFOで硬直し、仲間に身包みはがされる寸前のエルフに向かって、
蚊の啼くような声必死に叫んだ。


 *  *  *


この事件の目撃者であり当事者の一人となったエルフ族のロードであるフローレンスが、ロイヤルス
イートの一室で、助けようとした仲間のプリーストからMANIFOの呪文を食らう二十分ほど前のことだ。
彼女は、彼女の姉であるくノ一と、パーティの仲間である司教と共にギルガメッシュの酒場のテーブル
席で仲間とゲストの到着待ちわびていた。
「少々遅くはありませんか?」
フローレンスが、不安げな表情で辺りを見回した。
「あの子のことだから、寄り道してお菓子を全部平らげるつもりなのよ」
すぐ横にいたフローレンスと瓜二つの顔をもつエルフ――彼女の姉が、誰に見せるともない手慰みの
コイン・トリックを披露しながら何のことはないという表情で答えた。生き物のように動くコインは、時折
動力が切れたように動きが止まり、その都度、エルフは顔を強張らせてゆっくりと指を屈伸させた。
内心彼女もまた、フローレンスと同じように心配はしていたが、顔にはださなかった。テーブルの対岸
で手品師のようなエルフの手に見入っていた司教の少女が、生き物のように動く二枚のコインから目
を離し、二人の顔を代わる代わる見つめた。

彼女の姉であるエルフの女性は、あまりよろしくない事態が起きたことを懸念しつつも、使いに行かせ
たモルグが、この街に慣れきっていること、またプリーストのマスターであることで自らを妥協させた。
高レベルの冒険者はメイジスペルのマスターよりも、レベル6までの呪文を覚えたプリーストスペルの
使い手のほうを恐れる。生命に直接かかわる危険な呪文が豊富だからだ。メイジスペルは迷宮でこそ
威力を発揮するが、高レベルの人間がたむろする街ではプリーストスペルがものを言う。フローレンス
の姉が、不安ながらもプリーストを一人で使いに行かせた理由はそれだけではない。彼女は探索の
後、小さなノームが、興奮した様子で『神の使いに再びお会いできた』と故郷の言語で言っていたのを
聞いたからだ。フローレンスとフラウドは首をかしげたが、シャイアと彼女は、その言葉の意味が理解
できた。きっと、宿屋へ向かう前に、食いしん坊のノームはお菓子を頬張りながら、その神の使いに滑
舌の悪い発音で伝えるべき感謝の言葉を考えているのだろう。彼女は、ノームの遅刻の理由をこう推
測していた。このときの彼女には、その推測が間違いであることも、その間違いのために反抗期を迎
えたかわいい妹にショッキングな出来事がおこることも露ほども思わなかった。
「心配です、宿屋まで見に行ってまいります」
「もうちょっと待ってみましょうよフロー」
姉のなだめる様な言葉も、彼女には意味が無かった。
「いいえ、あの子……失礼、モルグ一人に行かせたのが間違いでした。
 私も同行すればよかった。今から見に行きます」
「なら私も一緒に行くわ」
“またか”
フローレンスは内心で毒づき耳の先端をひくひくと痙攣させた。あからさまな悪態や舌打ちができるほ
ど街に慣れきっていない彼女としては、それが精一杯の不快の表し方だった。彼女の姉はこの街に、
すでに生まれ故郷の村以上に慣れ親しんでいたが、妹の不快感の兆候を見逃すほど鈍感ではない。
フローレンスが過保護な言葉で機嫌をそこねたことに対して、彼女の姉は取り繕うための笑みも見せず
に真剣な表情で切り出した。
「フローレンス、何度も言ったけどこの街は」
「街の中ですら迷宮と大差ない危険な場所なんですよね?わかっていますよ」
“あなたはちっともわかっていない”という表情で、彼女の姉は首を振った。
「私も約一年間この街でメイジ、ロードの二つの職で修練を積んでまいりました。
 メイジ、プリースト双方ともスペルクラスは既にマスターだ。リーダー、私一人で十分ですよ」
彼女の姉はまだ首を振り続けている。レベルこそ下だが、腕っ節の強さでは、ロードのフローレンスは
使いに行かせたノームのプリーストであるモルグよりも上であることぐらい彼女の姉は知っている。だ
が、彼女の姉は、危なっかしいノームを一人で出歩かせることよりも、妹を一人にさせることの方が不
安だった。使いに行かせたプリーストは僅かな間だったが、たった一人でこの街を生きてきた者だ。
どこにどんな危険が潜んでいるのかを熟知しているし、それに対抗する手段も知っている。そして彼女
の妹であるフローレンスはそれを知らない。フローレンスは、彼女の姉とその仲間たちの働きのおかげ
で、(彼女の姉から言えば)一切の苦労も知らないまま数字の上だけで強くなりすぎてしまった冒険者
であった。苦労知らずで育ったものの中ではフローレンスは、自分の立場をよく理解しているほうだっ
た。常にそれを心に留め置くほど彼女は謙虚ではなかったが、つい先ほどの探索でそれを嫌というほ
ど思い知らされた。
姉が同行させた、不思議なHumanの司教の立ち振る舞いにすっかり魅せられてしまったのだ。
姉から、そのHumanの男を紹介された当初は、予想したとおりの廃人振りにあからさまに不快感を
顕にしていたが、男の元仲間が一つ目の宝箱を開錠したあたりから、空気が変わった。彼女の姉の
尻の張りを凝視していた下賎な目が宝箱から取り出されたアイテムのほうへと向けられた。男は、顎
の下に手を当て、取り出された品々を凝視した。わざとらしい仕草だと彼女は辟易したが、さっきまで
の腑抜けた助平な男とはとても同一人物とは思えないほどに真剣な眼差しに変わっていた。後でわ
かったことだが、そのときから男の仕事が始まっていたのだ。小休止もかねて行われた男の実演は
まさに神業としか言いようがなかった。探索の後半で深層階の手前まで足を運んだときにも、いつも
よりも楽に戦闘が済んでいたのは、この男のサポートのおかげであった。こちらは探索が終った後、
姉やモルグに言われるまでフローレンスは気づかなかった。メイジ時代にDILTOはおろかKATINO
すら禄に唱えたこともない彼女からすれば気づかないもの当然のことだったが。
この探索で、彼女はなぜ“Bishop(司教)”が“Sage(賢者)”という二つ名をもち、“Mage(魔導師)”
よりも高い知能が要求されるのかがよくわかった。この男は素晴らしい記憶力の持ち主だった。彼女
が――Human嫌いのElfとしては破格の――遠まわしな賞賛を与えると男はこういって返した。
『俺よりも頭のいいやつはいくらでもいます。俺よりも記憶力のすごいやつも、
 アイテムに関して深い知識を持っているやつも沢山います。断言できるのは、
 俺よりも鑑定ごときで必死になれるやつは一人もいないということです』
事実、フローレンスは知る由もないが、“死の指輪”を七つ手の平にぶら下げ、八つ目の指輪と
対峙しようとしている司教よりも、“ショートソード”を手に持つ男の方が、真剣な顔をしていた。

フローレンスは、探索を終えた後、彼の元仲間に、あの司教がどういう経緯で
今に至ったかをそれとなく聞いた。
「あいつは、運がなかっただけなんだよ」
男の元仲間だったホビットは何度か彼女に語った話に、新しい事実を加えて話しはじめた。
「デラは――あいつが冒険者だったころのパーティのリーダー――は、あいつが戻る気なら、
 迎え入れるつもりだったんだ。前衛職だったサムライのデラや、ファイターのタッフィー――あいつの
 自家製香水はひどい匂いだったね――は、スペルユーザーの二人ほどあいつのことを嫌いじゃな
 かった。むしろかなり気に入っていたんだ。そりゃ、あたしが“GAS BOMB”をしくじった時にゃ、蘇生
 の順番を最後に回したりもしてたけどね。でも、おかげで前衛の二人には、あいつのサポートが今ま
 でどれほど的確でありがたいものだったかってことに気づいたんだ。何年か前にタッフィーと会った
 ときもこんなこと言ってたな。
 『あいつは最高のへっぽこ畜生野郎だったなあ。あの野郎はなけなしの財布にある呪文を、
  俺が欲しいタイミングで惜しげもなくぶちかましてくれたよなあ。
  何でもかんでも核撃をぶっ放しゃいいと思っている近頃のケツの青いガキと違って、
  “こいつにゃ何が効くか”をちゃんとわかっていた。
  ニンジャとの一騎打ちになった時も空気読んで手出ししねえ。最高のサポーターだった』
 あいつはどんな時だって手を抜かなかったし、悪態をつかれても、前衛が何を望んでいるのか
 いつもクソ真面目に考えてたんだ。それが二人に気に入られた理由だったんだじゃないかな」
ここで話し手は言葉を切って、ちらりと水時計の目盛りを読んだ。
「フロー、この辺でお開きにしようか。あたしの話は長っ尻だから」
フローレンスは、ホビットに続きを話すよう促した。
ホビットは部屋を見回し、パーティのノームの姿を探した。
「あの子ならフラウドと隣の部屋にいるわ。フラウドに“カーミット”のダンスを見せてあげてるんだって」
ホビットを安心させるようにフローレンスの姉が言った。『カーミット』とはこのホビットが、酒場の動く壁の
一人である珍し物好きの司教、ヘンソン氏から、“シーフの流儀”で貰いうけた奇妙な置物のことだ(もっ
とも、この司教から貰わなくても魔法仕掛けの迷宮地下二階で手に入るものだが)。
彼のコレクションをくすねることは、シーフの間では一種のステータスになっている。
ほぼ伝説にもなった噂によれば、このヘンソン氏はリルガミンに来てすぐに、
『“九つ目”のアイテムの正体を見破った』とかで神から信じられないほどの力を授かったそうだ。もちろ
ん、この話は噂の域をでないが、ヘンソン氏が全てのスペルをマスターした危険なビショップであり、彼は
自ら進んで酒場の一席を温め、冒険者から――彼らからすればゴミ同然の――アイテムを買い取り、
研究を続けているのは紛れも無い事実だ。つまり、盗む現場を彼に抑えられたが最後、恐ろしい目に遭う
ことが保証されているのだ。ところで、彼から盗んだアイテムは、普通迷宮で手に入る同じ名称のオブジェ
と、見た目は同じなのだが、少々かわっている物が多い。例えば、ホビットが盗んだ“カーミット”だ。
この置物の名前は、ノームのプリーストが付けたものだとパーティのだれもが思っていたが、小さなノー
ムは、『カーミットが、じぶんでじこ‘そ’うかいした』と言い張った。当然だが、パーティの人間は誰も信じ
なかった。大方の荒唐無稽なことは信じられるフローレンスの姉でさえ苦笑いをした。これだからノーム
の考えていることはわからないと思ったものだ。
「最近じゃ、『カーミットが唄まで歌うようになった』だって、あの子はしゃいでたわ。
 当分、戻ってこないでしょうね。付き合わされたフラウドには同情するけど」
そう言うと、エルフは耳をくりくり動かし、首を傾けて目で隣の部屋を指した。

“ Someday we'll find it the rainbow connection♪ ”

ホビットは微かに聞こえてくる鼻風邪気味の抜けた歌声に耳を傾け、エルフと二人で笑い顔を作った。
声を出さずに笑ったあとで、一人のけ者にされていたフローレンスにホビットは向き直った。

「“ヨーママ”の昔話は長くなるよ、覚悟はいいかなフロー?――そう、じゃあもっとくつろいで聞きなよ。
 あいつがA Cot(簡易寝台)の寝床を一席独占する元凶になった出来事は知っているね?
 あたしが例のしくじり――白状すりゃ自分の腕に自惚れて軽い気持ちで手を抜いたんだ。故意で
 やったのも同然さ――をやらかしたときパーティの中でかなり揉めたんだ。スペルユーザーの二人、
 プリーストのジッドとメイジのキースはあいつのことが気に食わなかったからね。特にキースはあいつ
 のことを心底嫌ってた。そういえばフローはキースと同郷だったっけ。
 フローはそのときまだ九歳か。覚えてないかなあ、あの気障なブロンドのことは」
ホビットの言葉に、フローレンスは里で一番の秀才といわれた金髪の同族を思い出した。
「まだ覚えてる?――品行方正な尊敬すべき好青年?
 げぇっ、人は変われば変わるもんなんだね。まあ、キースの弁護をさせてもらえば(する必要なんか無
 いんだろうけど)あいつはメイジというよりウィザードという方がしっくりくるな。ほかのメイジより頭一つ
 抜きん出ていたし、魔術を本当の意味で理解しようとしていた。『こうすればこうなる』っていう職人の
 考えじゃなく、『なぜそうなるのか』というのを解明したがった学者肌のやつだった。性格の方に
 ちょーっと難があったけど、まさにWizard(天才)だったね」
“ちょっとどころじゃないでしょう”という顔でフローレンスの姉が笑いをかみ殺し、咳払いをした。
「だけど、ダンジョンの地図を紙の上でじゃなく、感覚で覚えたのはキースよりあいつのほうが先だっ
 た。前衛へのサポートも、的確で効率的だったのはキースのほうだったけど、前衛の二人が欲しい
 サポートをすることができたのはあいつのほうだった。頭の回転じゃ追いつかないけど、記憶力だけ
 はあいつのほうがずば抜けてよかった。あいつは照れ屋だから、自慢なんてしたことなかったけど
 (勘違いしなで、別に他意はないから)それが余計にキースの癪に障ったんじゃないかな。
 キースにあわせる様に、Human嫌いの代表みたいなGnome族のジッドが、DIALKOをボイコットした。
 『あの役立たずの脳味噌を新調しないで連れ戻すくらいならパーティから抜ける』
 なんて言いやがったんだよ。そんな顔しないでフロー、本当にこう言ったのさ。
 あの変人ノームはキースよりもはるかに“コレ”だよ。
 本気であいつの頭にオークの脳味噌を移植しようとしていたんだ。その上、キースもあの変人に
 乗りやがった。こいつら二人は頭が最高におかしいけど、研究者としても、冒険者としても
 一級品だよ。はっきり言うけど、呪文の覚えの悪い一桁レベルのビショップが戻ることよりも、
 二人が抜けることのほうがとんでもない打撃になることは間違いなかった。
 おかげで、二人を説得してあいつを寺院から連れ戻す頃には、あたしがプリーストブラスターを
 しくじってから一週間がたっていたんだ。身動きひとつ取れないで垂れ流しのケツ周りを
 CANT(寺院)のCUNT(ズベ公)に撫で回される一週間はそうとうこたえたはず――」
このあたりで、フローレンスの姉がホビットの頭を手袋でひっぱたき目配せをした。
「いったいなあ!あんたもこういうの好きなくせ…わかった、わかったって。
 あんたの大事な妹さんの前じゃ注意するから」
ホビットは頭をさすりフローレンスに聞こえないような小声で付け加えると、
先程の会話に要領を得ないフローレンスに向き直り、肩をすくめて話を再開した。
「それで、だ、あいつが寺院で一週間のお泊りを終えた頃にゃ、ほとんど使い物にならないくらい
 ぶっ壊れていたんだ。この街が恐ろしいのはその壊れた精神状態が長く続かないことだよ。
 わかるかな、フロー?“恐慌状態”は長く続かない。“WIZARDRY(魔法)”に支配されたこの
 リルガミンじゃ真面目に狂うこともできないんだよ。正気と狂気の間を延々往復しなきゃ
 ならないんだ」

フローレンスはここで息を呑んだ。彼女は何度か麻痺状態を体験したことがある。大抵の場合はパー
ティのプリーストの舌足らずな詠唱ですぐに救い出された。どんなに長引いても、彼女の姉が、全速力
で城に帰還するまでのほんの一時だけだ。あの状態で一週間。考えただけでも身震いがする。たとえ
一日、それも確実に救い出されるという保障があったとしてもご免こうむりたい。フローレンスのように
土に触れることなく歩道のみを歩いてきた者でも、“TEMPLE OF CANT”へ担ぎ込まれた長期利用の
冒険者の扱いは知識としてのみだが知っている。その居心地の悪さたるや、百戦錬磨の兵ですら
『パラライズのままカントで一泊するくらいなら、マーフィーの祭壇をベッドにした方がマシ』とまで言わ
せるほどの劣悪な環境である。そんな悪評に晒されても、厳格な“金”欲主義を固持するかの寺院は
いささかも改善を試みる気配は無い。そのような横暴な一教独裁を強いることを可能にするのも、カント
の僧正どもが高レベルのプリースト、及びビショップの集団であるからだ。
狂王のお膝元であるこのリルガミンでカント寺院が強力な発言権をもつのはそのためだ。カント寺院は、
トレボーに真っ向から刃向かうことの出来る数少ない危険な集団であり、寺院の内部には何が安置さ
れているのか誰も知らない。金棒引きの連中によれば死姦好きのCANT(偽善者)どもの為の死体安
置場だとか、はたまた、人の肉で出来た得体の知れないご神体が祭られているとか。冒険者たちに
解っていることは、KADORTOという呪文は死んだ人間ですら生き返らせることの出来る呪文であり、
その危険な呪文を司る神を祭り上げているのが“TEMPLE OF CANT”であり、自らもその恩恵に授かっ
ているということだけだ。ご利益に授かるものならば、多少怪しい危険の香りのする集団であろうとも、
本気でそのことを議論する人間はいないだろう。
それに、カントの理解し易い教義――五つの『N』と一つの『T』――は、この街で生まれた者のみならず
一攫千金を夢見てこの地を訪れた他所者――誰よりも商人たち――の心にもしっかりと沁みこんでいる。


“HEAR NO(聞かざる)” “SEE NO(見ざる)” “SPEAK NO(言わざる)”
“FEEL NO(感じず)” “TASTE NO(味わわず)” “THINK A LITTLE(少しだけ考える)”


この教訓は精神の支えになるのみならず、世の中を渡り歩くのにも非常に有効で実用的な教えだ。
来世で賜る未知なる神の恩恵よりも、現世で手に入る俗神がもたらす利益に授かりたいと思うのは、
生きるだけでやたらと金のかかるこの街で暮らす人間としては当然の考えだろう。たとえ恩恵を授か
るときに多少扱いが手荒だったとしてもだ。

話し手は続けた。

「デラは、説得するつもりであいつが引きこもった簡易寝台の相部屋に行ったんだけど、
 あいつの顔をみて何も言えずに帰ってきた。ただひたすら、『パーティを抜けさせてくれ』の
 一点張りだったって。今はかなりマシになったけど、あの時のあいつはまさに廃人だったよ。
 それからだね。あのパーティがおかしくなったのは。
 あいつが抜けたことでパーティの間に亀裂ができた。
 ろくに飲めない酒で酔っ払った時に、デラはよく言ってたよ。
 『俺の人生最大の采配ミスは、あのカスノームを(“これくらいならいいだろう?”という顔で
  ホビットはエルフの様子を盗み見た)あいつより先に寺院から連れ戻したことだ』って。
 デラとタッフィーは始終あたしにアイテムを渡しちゃあ、あいつに仕事をさせに行かせた。
 まったく勝手な野郎どもだよ!自分で行きゃいいのに!
 あたしにケツぬぐいを、ずうっとやらせたんだ!
 それも、あたしがパーティを抜けた後も続けさせたんだからね!」
話し手は言葉を切って、また、ちらりとフローレンスの姉を見た。 
「まあ、諸悪の根源はこのあたしだったから、これも巡礼だと思ってしぶしぶ引き受けたよ。
 何年かして、二人が行方不明になってからも――ダンジョンのレリーフになっちまったのかもしれ
 ないね――惰性でその習慣は続けちゃったよ。
 あいつが抜けて、パーティは分裂した。それでも、あの面子で半年……一年近くは続いたかな?
 あたしが抜ける前の最後の二ヶ月はひどいもんだった。酒場じゃよくこういわれたよ。

 『まるで精巧な機械だな。あのスペシャリストどもは、腹の中の時計に
  クソをひり出す瞬間まで管理されていやがるぜ!』ってね」
再び話し手は顔を上げてエルフのご機嫌を伺った。

「元々、自分のジョブに心底惚れきっているバカの集まりだったからね。あのパーティから人間味
 を抜いたら残るのは精密で味気ないシステムだけだよ。パーティを抜けた後も、デラやタッフィーとは
 縁を切らなかったけど、パーティがその後どうなったかはあたしは知らない。たしかに言えることは、
 あたしがリルガミンにいる間に出会った最高のパーティはあのパーティだった。頭のおかしな仕事好き
 の変人ばっかりだったけど、あのパーティにゃどこも敵わないさ。あたしが出会った最悪のパーティも
 あのパーティだよ。あいつが抜けてから、機械仕掛けに成り下がったスペシャリストの集団は
 最低だった」

話し手は語り終わると長く息を吐いた。達成感からくる安堵の息ではなく、羊の胃袋でできた水筒に
詰まった汚泥が袋から飛び出し、残りカスを取り出すために袋の底をしごきあげたような苦しげで緩慢
な呼吸だった。フローレンスは、話し手の語りに聞き入っていたが、そのホビットがすべてを話していな
いことには気がつかなかった。



Humanの男の略歴と、元仲間の道程を聞き終えた後、フローレンスは姉たちとともにストリートを散策
しながら考えた。たしかに、自分は姉や、彼女の仲間や、あのHumanの男から見れば、はっきり言っ
て“ひよっ子”だ。カッコウの雛よろしく、育ての親の甲斐甲斐しい努力で経験に見合わず大きくなって
しまったようなものなのだ。聡明な種族の彼女は、やや高慢なところもあったが、事実を事実と受け止
めるだけの懐の大きさはあった。大多数のエルフ族と同じように物事を理論立てて考えることに長けて
いた。もちろん、経験の無さゆえ、非常に無知な所が多々あった。たとえば、彼女には、自分が“標準
的”なごく普通のHumanならば思わずむしゃぶりつきたくなるような上物のご馳走であることにまったく
気がついていなかった。知識が欠けていたのではなく、そういった破廉恥な真似は一部の特殊な連中
だけが好むことであると思い込んでいた。彼女は、突発性の劣情を完全に甘く見ている典型的な“街に
来たばかりのエルフ”だった。彼女よりも一足先にこの地を訪れた姉が、その事実を非常によく認識し
ていたために、彼女の姉は、運良くこの地で再会できた妹には、自らが経験した苦労の一滴さえも、味
わわせないよう努力してきた。外出するときも、警備兵の姿が多い迷宮の方角は別として、一歩裏路
地に入り込めば怪しげな商人や、歓楽街の仲買人でひしめく高台の界隈は、例え大通りを通ると言い
張っても、彼女の姉はフローレンスが一人で歩くのを許さなかった。結果、苦労の味を知らない彼女は、
今ではそうした姉の気遣いが疎ましく思われる時期に差し掛かっていた。

回想から抜け出した彼女は、再び酒場の喧騒のなかで姉に反論した。
「たかだか酒場から宿屋へ行くだけの雑事でしょう?
 私ばかり、いつまでも子ども扱いしないでいただきたいですね」
「フラウドが一人で行くと言ったって私は止めるわ」
「彼女はここに来たばかりのビギナーだ。私はもうここで一年の月日を過ごしています」
フローレンスは萎縮しているドワーフを一瞥し、気を悪くしないよう
「この街は慣れない者には危険だから」と付け加えた。
姉の制止を振り切り、彼女は酒場の出口に向かって歩き出した。
「フローレンス、戻りなさい。これは命令よ」
「半時で戻ります。心配なさらずとも、大した仕事ではありませんよ」
姉の言葉にフローレンスは、肩越しに振り返りながら答えた。

彼女の姉が、血相を変えてロイヤルスイートの一室と帳場を
右往左往することになったのはこれから約一時間後のことである。


 *  *  *


『掛け値なしに言わせていただこうか、こいつは“ホンモノ”だぜ!』
ああ、まったくすんばらしいなミスター・ディッキー。ホンモノの、MURAMASA級の絶品だ。
MANIFOで硬直されていながらも微かに体が震え、その度に彼女の体でもっとも色素の濃い部分と思
われるつんと上を向いた桜色の突起がぷるぷると震える。それ以外の部位は限りなく体毛の薄いきめ
細やかで色素の薄い透けるような肌であり、夜のサブウェイにいる客引きのエルフなんかとは完全に一
線を画している。街に犯されつくした不健康なエルフのような体じゃない。それでいて付くべきところに
きっちり肉がついている。流石は前衛職のエルフだ。この腰のラインなどは最高…

“表へ出ろ”
出し抜けに、頭の最も深層にある部位から教会で叫んだようなエコーがかった声が響いた。
“ドアの掛け金をはずして表へ出るんだS.O.Bさん。不満はあるがあんたはもう十分食った”
“今ならまだ間に合う”
『どうしてだぁこのクソッタレ、千載一遇のチャンスをむざむざ見過ごせってのか』
正体不明の声に我らがペニス氏は抗議の声をあげた。
今の俺には、ペニスの声のほうに一理あるように思える。

小人二人による“追いはぎの儀式”も無事終わり、チビがDIALKOの詠唱を始めた。
硬直し、伸びきっていた筋肉が緩み白い肌に一気に赤みがさした。

「かはっ…はぁ、はぁ、た…だ、で、すむ……と、おもうな…」
硬直状態から解かれた彼女は、苦しげに息をつくと、射殺すような鋭い目を俺に向けてきた。
彼女の第一声に俺は正体不明の声に逆らったことを後悔した。薬が効いていない。
兆候は見えるがオツムを溶かしきる段階には至っていない。
チビに飲ませすぎて残りがほとんど無かったせいだ。あの禿親父のクソが!
五種族最高の薬物耐性のある種族には僅かな量の薬じゃ効き目が薄すぎた。
『いやいや、この娘さんにはしっかりとお薬は効いてるぜ!』
逃げ出しかけた俺にペニスが待ったをかけた。
よくよく観察すれば、息を荒げ、頬を火照らせ、赤みの帯びた太股をこすり合わせている。
『あと一息ってところだなあボディ、砂地に突き刺さった棒と同じだ、ほんの一押しで倒れる』
『すぐさま飛びついてお前の手でその一押しをやってやるんだよ!』
“落ち着け俺、今ならまだカシナートで生きたまま挽肉にされずに済むんだ。さあ表へ出ろよ”

「挽肉、挽肉」
脳みその虚ろな響きが声にまで出てきた。彼女は声ばかりで、一向に襲ってはこない。
俺は呪文のように呟き続け辛うじてペニスの声を押し殺した。
怒りに打ち震えて、床に尻をつけたまま動けないエルフの首にチビが抱きつき、
俺にも聞こえるほどの大きな声で耳打ちをした。
「そんあころいっちゃ、ご主人さま、怒る。フロー“おしおき”されちゃうろ」
「ご、ご主じ……?!お仕置き…だ…と?!こ、の、ケダモノめ!モルグに何をした!」
俺を罵る妹さんの口にチビは慌てて手を当てた。
「だめ、だめ、フロー、怒やいぇちゃう。怒る、ご主人しゃま、とれもこわい。ご主人しゃま、怒ると…」
チビが尖ったエルフの耳に顔を押し付けてなにかを囁いた。見る見るうちに妹さんの顔が赤くなる。
チビが顔を離した時には、激昂のあまり唇を真っ青にして体を震わせた妹さんが一層険悪な顔で
俺を睨みつけてきた。
「き、貴様は…この屑がっ!変態が!こんな幼子に…
 ……あ、あなたが…そんな、人だったなんて……そんな」
違います、僕じゃありません。そのノームに“お仕置き”しやがったのは変態比率ナンバーワンのエルフ
族の野郎なんで……あ、いえ、エルフを馬鹿にしてるんじゃないです。ナニをしたって、あなたが見たこ
としかしていなくて、それも不本意でしたことでして、しかもそいつは知能指数は低そうですが、成人の
小人でして……あの違うんです……全てはここにいるシャイアが悪いんです……

ふと気が付くとシャイアの姿がない。俺は凍りついた。こりゃまずい。実行犯が逃げ出した後となって
は、主犯格の俺以外弄られようがないじゃないか。俺は死に物狂いで椅子から立とうとした。尻は一イ
ンチも上がらない。すっかり腰が抜けている。叫びだしたい衝動を抑え、俺は助けを求めるように目を四
方へ走らせた。

「みつかっら」
銀色の円筒状の器具を手にしたシャイアがクローゼットとは違う扉(後ほど判明したことだが、どうやら
“便所”だったらしい。個室に便所がついてるとは驚きだ)からふらふらと出てきた。最初に銀色の筒が
視界に入ったときは、村のヤブ医者が、馬鹿の一つ覚えのように行う瀉血の際に使う道具のように見え
た。霞がかった目を凝らして器具を凝視する。すぐさま脳内の鑑定領域から異議の声があがった。
“瀉血器にしてはでかすぎる。それに、あの銀色の素敵な筒には見覚えがあるだろ?”
俺は、頭を振った。冗談だろ。俺の目に狂いがなければ、俺の冒険者生活最後の一週間を過ごした寺
院で――主に“食事”と“排泄”というおぞましい二大イベントにおいて――嫌というほどお世話になった
物だ。だが、普通に考えて、そんなものがこのロイヤルスイートにおいてあるはずがない。はずがないの
だが、目の前でシャイアが行った下準備は、まさしく寺院で目にした光景そのものだった。シャイアはそ
のまま、ポットの蓋をとると、銀色の円筒状の器具の先端を突っ込み、反対側にある木製の握りをゆっく
りと引き上げた。握りが一杯にまで手前に引かれると、ポットから器具の先端を取り出し、俺を睨み上げ
ている妹さんの真後ろに立った。
「ごめんね、フロー」
突然かけられた声に妹さんが振り向く前に、シャイアはエルフの白い背中を突き飛ばし、首に抱きついた
チビごと絨毯の上に押し付け、うつ伏せにさせた。
「な、なにをする…」
「滋養‘かんろう’」
「じ、じよう…かん…?!」
唖然とするエルフの前で、シャイアは器具の先端にやけど用の油を塗りこみながらこともなげに答えた。
「‘やろや’の親父に感謝しなきゃ…トイレのある個室にはぜんぶおいれあるかや…」
なんだ、またあの親父の犯行か。こいつは傑作だ。『ロイヤルスイートには浣腸器が常備』だとはね。
流石はミシュランガイドで星1/2を獲得するだけのことはあるな。
十割十分不可能だが、生きて帰ったら、酒場の動く壁どもに教えてやろうか。酒場の有志たちによって
毎年選ばれる“ミスター変態で賞”は四年連続でイチジクの葉っぱ製ボトムを愛用しているアマチュア・ダ
ンシング・ストリッパーのニンジャが得票数トップだったが、この話が伝われば宿屋の親父が一気に倍以
上の票数を獲得することは想像に難くない。おそらくこの記録が破られることは無いだろう。馬鹿な脳内会
議を繰り広げる俺をよそに、シャイアは手早く白い突き出された尻に銀色の突端をあてがった。
「フロー、お腹からっぽれよかったねえ」
「ま、待って、シャイ…なに、いっ…」
先細った器具の突端が、突き出された白い肉の中にめり込んだ。銀色の器具が、
遠慮容赦もなく深々と侵入する衝動に彼女は苦悶の声をあげた。
「力、抜いれね。痛いのは最初だけだよ」
「おあっ、えっ、い、いや…ちょ、な、いやあぁ…」
エルフの下敷きになっていたチビが這い出し、彼女の首にまたがり腰を押さえつけた。
「な、なんで、二人ともどうし、ひぃっ、いっ、あ、あ、ああ…あああ」
ピストンがゆっくりと押し込まれ、苦しげな悲鳴が上がった。彼女は萎える足を奮い立たせて、銀色の突
端から逃れようともがいた。銀色の器具は逃げようとする尻にしつこく纏わりつき、中の溶液を全て注ぎ
込むまで追撃をやめなかった。

「んうっ、はっ、あ……がぁっ」
「こらえれ、気を抜いたらもれちゃうよ」
「おしり、おくすい、よくきく。ききやしゅい。ふろー、ちょっとがまん」
「く…すり、だっ、てぇ」
息も絶え絶えになったエルフが、呻き声を漏らす。
「らそうとしたら、いっしょに余計なものまれれるよ、フロー」
「な、そんな…どうして……」
終わりまで言い切れずに彼女は腰をくねらせ、絨毯の床に蹲った。床に転がり、尻を窄め腹を突き出し、
腰を捩じり、突き上げる快感と生理現象に悶えている。
“掛け金をはずせ、早く出ろ、表に出ろ、表に出ろ、表に、表に、表に、表に・・・・”
頭に響く虚ろな声は遠くで鳴り響く雷鳴のように、大きいが薄呆けた音でしかない。この光景を目に焼き付
けずにどこかへ行くぐらいなら死んだほうがマシだ。いまや俺は、このエルフの痴態に釘付けだ。噴出した
汗で全身を湿らせ、息を荒げ、しばしの間、痴態をさらし続けた彼女は、腰の辺りにある肉に血が出るほど
爪を食い込ませて、体を起こして俺を睨めあげた。
「あ…うう、この、か…かくご、はできているか…?」
彼女にとって精一杯威勢よく言ったつもりだろうが、弱弱しく、妖艶さえ帯びた声だ。それでも、三フィートほ
どの距離を這い蹲って前進した彼女は、俺の足元に転がる愛用のカシナートに白い手を伸ばす。俺には、
彼女の行動を阻止することも逃げることもできなかった。脳裏には経帷子をまとった生のハンバーグの前
で、蘇生呪文かけようとするカントの坊主どもが喧嘩する様が浮かんだ。

「く、おの、れ、もうちょっと、で」
「やめらよ」
チビが伸ばされた白い手を押さえつけた。
「お、おいモルグ、邪魔をする…ひゃうっ」
彼女がチビの腕を払うより先にホビットが、すばやく後ろに回りこみ、太股の間にある銀色の柔毛に手を
伸ばし、秘裂に指を滑り込ませた。
「湿りが悪いね、あはは、フローはシーフに向かないなあ」
「まっ、ええっ、なんで、そ、そんなところ…ひいいっ」
四つんばいになった彼女の下からは、チビが赤ん坊のように形のよい乳房に吸い付き、もう片方の乳房の
突端を手でこね回し始めた。
「だ、だめ……ひあっ、二人とも、お願い、こんな……」
涙声になった彼女の声音は、凛とした響きではなく、哀願する女々しい喘ぎ声でしかない。
部屋には、小人二人とはまた違った芳香の雌のコロンが充満し、ホビットのくすくす笑いと、陰部を激しく
弄る水音と、ちゅぱちゅぱという赤子が乳房をすするには卑猥すぎる音とが響き渡っている。
「あはっ、やっと濡れてきらねえ。フローは“一人でしたこと”もないのかな?」
「は…離し、てえぇ、お願い、よ……わっ」
ちゅぽんと、ひときわ大きな音を立てて乳首を離したチビが、尻を突き出し四つんばいになった彼女の腕
の間からひょいと顔を出し、彼女の瞳を覗き込んだ。
「やめらよ、ふろー。わるいころ、いっちゃらめ。おこやれちゃう」

すでに彼女の藍玉のような目には特別きついモノを一発きめたよなちかちかした輝きが宿っていた。きっと
頭の中は用法用量を誤って服用した媚薬のミストで濛々としているに違いない。見ているだけでいっちま
いそうな光景だ。ほんの数時間前の俺ならば、オカズにするためにちらりと覗くだけでも満足していただろう。
“挽肉だ!”
地の底からわきあがるような声が脳みそに響いた。
“挽肉だぞ!カシナートでげっちょげちょだ!死ぬより酷い目にあいたいか?”
頭の中で正体不明のミスターXが渾身の力を振り絞って叫ぶ。
“わかったらとっととケツをあげろこのクソッタレ畜生野郎がああ!ケツをあげるんだよ!”
俺の鈍いオツムがやっとこさミスターXの正体を理解した。
『生存本能』だ。ハハハッ、どうりでペニスよりも声が大きいわけだ。
そうだな、これがもう潮時だ。今が、生きて帰る最後のチャンスだ。
だけどな、俺が納得してもこっちの‘おれ’は納得しそうもないぜ?

“――どうする?――”

正体を表したミスターXとは違う声が響いた。妙に懐かしい声だ。
前にも誰かにこんな問いをされた気がするなあ、いつのことだったっけか?
『“どうする”なんざ、この七年間散々おまえ自身が自問してきただろ?
 そんな悠長なこと言ってていいのかい?』
ミスター、静粛に。こいつはなぜか今の俺にとって必要な問いに思えてきた。誰の声だ?

“――どうする?――”
ははっ、そうだ、思い出したぞ。こいつぁタッフィーの声だ。
地下六階で、リーダーのデラの亡骸を担ぎ、麻痺したジッドを小脇に抱えたタッフィーが俺に尋ねた――あ
のワキガのファイターはキースでもシャイアでもなく、なぜか俺に意見を求めたんだ――あの時と同じ問いだ。

“――どうする――?”
『決まってんじゃねぇか、このご馳走を平らげるんだよ!』
黙ってろ、クソペニス。俺は今考えているんだ。俺の命運がかかったとても重要なことなんだ。
理由はわからないけどそんな気がする。あの時俺はなんと言ったかな?
思い出せ、思い出せよ、俺は何て言ったんだ?そもそも、なんで地下六階なんだ?
――あそこは非常に回りやすい、訓練にはもってこいの場所だ。
それだけだったか?あれは初めて六階を廻ったときじゃなかったっけか?
そうだ、初めての探索だ。あの時は、誰かに何かを探せと言われて…
誰に?――ニンジャのアダムズだ。あのアンティークマニアは、あるアイテムに懸賞金を賭けたんだ。
何を?――シールドだ。“支えの盾”を探して俺たちはあの場所に行ったんだ。
だんだんはっきりと思い出してきたぞ。あの親父は、アイテムを一番最初に持ってきた奴から
‘常識の範囲内’での言い値で盾を買い取ると言ったんだ。
さあ最後だ。俺はタッフィーに何て言ったんだ?
『食わせろ畜生野郎!』
こんな時に邪魔をするな、薬漬けの腐れペニス。
あの時、俺はタッフィーに何て言ったんだ?

俺は目を細めて考えた。外界の様子をよく眺めるためじゃない。記憶を引き出すためにだ。
どうした?あの時はどうしたんだ?

頭骨の裏側のほうで度の合わないレンズを覗き込んだような映像が映しだされた。
まだ地図に書き込んでいない扉の前で佇む返り血塗れのブレストプレートを着込んだタッフィーの姿、
ダガーを構えたまま不安げに辺りを見回すシャイアの顔、背後からは緊張したときにキースが鳴らす
耳障りな歯軋りの音が聞こえてきた。鼻をすすれば、黴臭い迷宮の芳香に負けず劣らずのタッフィー
の体臭までが鼻腔に流れ込んでくる。あの日は初めてジッドに同情した記念すべき日だ。
『どうする?』
タッフィーの声はいつもの軽口とは違った信託を授かる教徒のような真剣な声だ。
『決まってる』
間も置かずに記憶の中の俺の口が開く。
『街に帰ろう。カントのクソ坊主に貢ぐのは面白くないけど、仕方が無いだろ?』
ファイターは口を吊り上げ頬と奥歯の間に空気の隙間を作った。
『本当のことを言えば、もっと地図の空白を埋めて少しばかり蘇生費用を稼ぎたいんだ』
“思い出した。あの時俺は考えられないくらい馬鹿なことを言ったんだ”

俺の目の前でにやけた口が引き締まり、血の気が失せるほど唇が真一文字に結ばれた。
『信じてくれないだろうけど、俺はこの扉を蹴飛ばしたいんだよ』
『おれもだ』
見たことも無いようなクソ真面目な面で、聞いたことも無いような声で言われた。
『お前の言うとおりだよ、サー・ビショップ。何から何までお前と同じ意見だ。さあ、帰るぞ』


初めてのことばかりだった。
あの体臭のきついファイターが、俺を“地図帳”とも“役立たず”とも“歩く催眠器”とも“S.O.B”とも呼ばな
かった。頭の切れるキースや勘のいいシャイアじゃなく、俺の意見を求めた。頑固な石頭のタッフィーが
俺の意見に賛同した。のみならず、“敬称”までつけて俺を呼んだ。


“思い出せたかサー・ビショップ”
ああ。ばっちりな。
“お前の答えは?”
あの時と同じだよ。目の前の扉を開きたいが、今は逃げるべきだ。
さもなきゃ、俺以外の人間の人生が台無しになるんだ。
『ふざけんなよ!ダンジョンと違って、‘お前’にゃ“次”が無いんだぜ!』
今は、逃げるべきだ。わかったかクソったれペニス?
俺は手に力を込めて萎える足に体重を移した。まるで生後五分の
ポニーみたいな有様だったが、なんとか立ち上がることに成功した。
“下をみるなよ。今の‘俺’には刺激が強すぎる”
もちろん重々承知だ。だが、部屋をでるにはまず何か着なきゃな。新生児の子馬の動きのまま俺は眼下
の魅力的な光景に目を向けずに、こっそりと自分の法衣を捜し求めた。できるだけ音を立てずに這い回
り、程なくしてテーブルの下に放り投げられた黒衣を発見した。アル中の爺のように足を震わせて、背を丸
め、俺は自分の法衣に手を伸ばした。

身を屈めた途端、天地が逆転した。テーブルの隅で腰を強か打ちつけ、背に鋭い痛みが走った。
赤い絨毯の上で海老のように体をのたくらせた。起きあがろうともがき、両手を絨毯について上体を立てた
ところで再び激しい痛みに見舞われた。腕立て伏せのような格好で痛みに耐える俺の背に毛むくじゃらの
足が鈍い音をたてて乗せられた。顔を上げると、俺をすっ転ばせた張本人が、俺を見下ろしていた。
こんな時なのに、薬でイカれたオツムが、恥じらしさも無くおっぴろげられたホビットの股間に視線を集中しよ
うと指令をだした。意思と根性でその指令に逆らい、可愛らしいと脳味噌が誤解している恐ろしいガキの面を
凝視した。
「どおこ、いく気ィ?」
「い、いやぁ…そろそろ…お暇しようかなー、なんて思いまして…」
「ろうして?まら接待が足りないんじゃない?」
「ははっ…もう…十分ですから」
震える俺の目の前で、ホビットは腕を組み威圧的な眼差しで俺を見下ろす。
「モルグ、‘まにふぉ’こいつにかけて」
ここで俺は大失態をやらかした。ついうっかり、ホビットが声をかけた先に目線を移しちまった。
絨毯の毛足を必死に握り締め、ぴんと張った尻を突き出し、足をだらしなく開くエルフが視界に入る。
腰をわななかせてよがり狂うエルフの耳たぶにチビがしゃぶり付いていた。
身をよじって転げまわるエルフの姿は俺にとっては十分MANIFOの効果を発揮した。
大人しくなっていたペニスが再び勢いを盛り返した。
「モルグ!」
シャイアの声にチビがやっと反応した。
「‘まにふぉ’こいつに、かけて」
腰を戦慄かせて崩れ落ちるエルフの耳から口を離し、チビが涎まみれの生気の抜けた面でこちらを見つ
めてきた。チビは、間抜けな有体の面で精一杯驚きを表現し、ホビットに抗議した。
「やめらよ、ちゃいあ。ご主人様、こわい、怒る。そんなことしちゃうと…」
「かけて!」
「れも…」
痺れを切らしたシャイアは俺の足首を掴み勢いをつけて引っ張った。俺はその弾みで後頭部をテーブルの
隅にいやというほど叩きつけた。目の前で黒い火花がチカチカと散った。


 *  *  *


フローレンスさんの帰りを待ちわびている間、取り留めのない雑談をしていたわたしは、
リーダーの口から発せられた意外な言葉に、思わず目を丸くしてしまいました。
「そんなに驚いた顔しないで。それとも、あなたも彼のこと狙ってたの?」
「ち、違います……あの、そのことは先生に…もう仰ったんでしょうか?」
「いいえ。彼、ああ見えてけっこう堅物なの。私は彼と仕事でしか付き合いがないのよ。
 ほら、仕事中の彼、周りが全部見えなくなるでしょ?
 仕事してない時はしてない時で、はにかみ屋で人の話聞いてくれないし」
リーダーは難しい顔を作って腕を組み合わせました。
「朴念仁もいいところよ。今は随分と丸くなったけど、昔の彼は仕事中だと何してもダメだったの。
 鑑定しているときは叩いても揺すってもキスしても反応しないんだから」
「…た、試したんですか?」
「最後だけね」
表情を和らげたリーダーは、腕を組んだまま、口を開けっ放しのわたしに向かって身を乗り出しました。
「フローがあんな目を見せたの初めてよ。あの子、彼のこととっても気に入ったらしいわ」
言葉もなくして驚くわたしに、リーダーは楽しそうに続けました。
「あなたも解かってるでしょう。あの子のわがまま放題の性格には」
「わがままだなんて…」
わたしが否定の言葉を言う前に、リーダーは唇に指を押し当てて、反論を押し留めてしまいました。
「正直に言ってもらっていいのよ。あの子は里を出たての、世間知らずの堅物エルフよ。
 私がそう育てたんですもの。この街で偶然再開できてから、あの子にだけは私“たち”のような
 目にはあわせたくなかったの。でも、最近、ちょっと後悔してるのよ。
 ヘンな虫を近づかせないよう育てたら、まともな男まで寄り付けないような子になっちゃたわ。
 里にいずっぱりのエルフより鈍感なのよ。あの子も年頃なのに、そっちのほうはからっきしなのよ」
リーダーはそう言うと、笑って首を振りました。
「あなたが司教としてひとり立ちできるようになったら、フローには
 里に帰ってもらおうと思ってるのよ。あの子、彼の言うことならきっと聞くわよ」
「そうは…思えませんけど……」
「そうかしら?彼が一緒ならあの子だって『うん』と言うわよ」
「先生が……承知しないと…思います」
「私が口説き落とすわ。彼を説得するのは難しいでしょうけど」
複雑な気持ちで顔を曇らせるわたしに、自信ありげなリーダーが含み笑いを漏らしました。

リルガミンに来て初めて解かったことがいくつかあります。
エルフ族は、わたしが思っている以上に、鈍感な種族のようです。


 *  *  *


数秒――数十秒か、ひょっとしたら数分はたっていたのか。意識を取り戻した俺が次の瞬間見たのは、
シーツでベッドの四隅に手足を縛り付けられた自身の光景だった。信じられない有体に毒づく前になに
やら股間に強烈な刺激が走り、俺は思わず呻き声を漏らした。
首の動かせる範囲で腹部を見下ろした俺の目にさらに信じられないものが映った。
端麗な顔のエルフが銀髪を掻き揚げ、びちゃびちゃといやらしい音を立てて俺の一物を舐め回していた。
『よう、お目覚めかい腐れS.O.B、この勝負、‘おれ’の勝ちみたいだなあ』
しっとりとした彼女の手に包まれ、いきり立つ俺の分身が、見下したような声をかける。俺は頭を仰け反ら
せて天を仰いだ。手が自由なら面を覆いたい。目を閉じて眼下の光景を締め出そうとしても、脳天を突き抜
ける快感は余計に鋭敏さを増し、脳裏に焼きついた彼女の痴態が、意思とは無関係に俺を舞い上がらせ
た。甲高い子供のような声が、股間を舐め回す音と獣のように荒い息遣いに混ざって俺の耳に届いた。
「ふろー、ここも、きえいにしなきゃ、だめ」
再び視線を下に落とすと迷宮で見せた高慢さなど、欠片もない従順なエルフの姿があった。
舌足らずな声に促されるがままに神々しいエルフの顔が揺れる。やおら小さい手で袋の辺りを掴まれた
かと思うと、間髪いれずに柔らかな舌が睾丸と裏側と肛門の間を行き来する。彼女の顔が視界から消え
ても、手は相変わらず一物に添えたまま白い指先が絶妙な力加減で尿道の出口を刺激し続ける。
清楚な顔には不釣合いすぎる淫らな光景だ。俺が気絶している間に、彼女の藍色の瞳には完全に霞が
かかり、とろりとした目つきで俺の一物を一心にしゃぶっている。小人どもの指導がよほど厳しかったの
か、彼女が特別優秀だったのかは定かではないが、とても覚えたてとは思えないような腕前だ。
ふと、カリカリと顎を爪で引っかかれるような感触に気がつき顔を横に向けた。
「髭ぐやい毎日剃れよなぁ」
あまりに近くから声が聞こえたので俺は飛び上がらんばかりに驚き、
思わず声とは反対の側へ頭を仰け反らせた。
「まーだ、勃てるらない。バカ」
枕元に転がる俺の顔の真横で頬杖をついたシャイアが声をかける。
「はは…ははは…こ、いつは、どんな、つもりかなぁ?」

ホビットは俺の質問には答えずに眠たそうな目で下半身のエルフに声をかける。
「もう、いいんじゃない」
シャイアの声に反応して、淫乱という名の化粧を施した高貴な顔が顔をあげた。
霞みがかった濃い藍色の瞳が宙を漂っている。
焦点の合わなかった目が、俺の視線に気づくや、しぼりを回した顕微鏡のようにピントを合わせ、
大きく見開かれた。白い顔が、耳の先端まで赤くして顔をうつむかせた。
「あ、わっ、おきれら…の?」
うつむきながらも、未だに手は俺の股間に添えられ、拙い動きながらも一物を撫で回している。
発作が起こりそうになるほど心臓が跳ね上がった。
こんな接待を受けれるなら顔面を挽肉にされる代価を支払うくらい安いもんだ。
『まさかこれで終わりにする気はないだろ?お楽しみはこの先だぜ』
この先?ハハハッ、この先まだこれ以上のことがあるのかい?
『百回生まれ変わっても手に入らないような素晴らしい体験!』
ミスター・ディッキー、それは並みの人間でだ。
俺みたいなクズなら五百回はリセット(人生やり直し)しても手に入らない。
「は…はははっ、な、嘘だろ、おい、どんな魔法をつかった?」
独り言のように呟いた台詞に、ホビットが呂律の回らない低い声で答えた。
「なぁんにも、あんたが伸びたら、すぐにフローが大人しくなっちゃっららけ」
ああそうだろう。あの薬にかかっちゃあ、どんな女だろうとイチコロだ。
だけど、俺はこの現状を理解したくなかった。
シャイアやチビと違って経験も無い、清楚な処女である彼女がこんな痴態を晒すとは信じたくない。
「と、とぼけんなよ、どうしたんだ、何かなきゃ、彼女がこんな…」
俺の言葉を制し、顔に息が吹きかかるほどの距離まで近づいたホビットは囁いた。
「ここは“The World of Wizardry(魔法の世界)”だよ。何があっれも不思議はないらろ? 」
シャイアは、邪気のない(かのように見える)笑顔をみせ、目蓋をかすかに震わせた。
「こ、んの、嘘つけ。彼女と何があったんだ?」
「なんにもないっつっれんでしょ!」
苛立ったホビットが顔を引き、声を張り上げた。
「そえより、あんらこそ……ろうやって…お湯に薬いれたのよ?」

 *   おおっと ばくだん!!  *

オツムの中でコロッセオの解説者のような弁士が爽やかに実況する声が響いた。
“なんということでしょう!素晴らしく核心を突いた一言であります!”
“運のよさだけで生きながらえてきたS.O.B選手、こおれは、完全に回避不可能!”
踏み外しちまった!ハハハッ!一番尋ねられたらまずい質問を誘導しちまったぜ!
「くす、薬って…し、知らん。知らない。なんだよそりゃ。どうして俺が疑われ…」
「ほかに、どこのどいつが入れるんだぁー?吐け、この!」
「な、なに、なにも、俺は…」
「おーまーえーがーいれらんらろー!」
母音を間延びさせた牛のような声でホビットが詰め寄った。
「ばっ、おお、俺が、お前なんかに手を出すために…命かけるわけ――ふぉおっ!?」
突然、シャイアが俺の分身を乱暴につかみ、勢いよくしごきはじめた。
「この、ばか、ばか!黙ってりゃいい気になっれ、ひ、人の、気もしらないれえっ!」
息子が圧迫死する寸前の圧力でしごき上げるすぐ上では、手の置き場を奪われたエルフが顔を窄め、
口内の頬肉で亀頭を挟み込み、舌先を鈴口をこすりつけていた。悶絶する俺に止めを刺すように、ホビット
が俺の陰嚢に吸い付き甘噛みをする。悲鳴の出来損なった呻き声をもらし、俺はシーツの戒めが許す限り
腰を上に引き上げた。

「あぁ」
「んぷっ」

間の抜けた声が二つあがった。薬のせいで反応速度の遅くなった二人が、逃げた標的に同時に手を伸ば
した。二つの手が空中でぶつかり、どちらの持ち主もびくりと肩を跳ね上げて互いの顔を見た。二つの顔は
睨めっこのように見詰め合っていたが、暫くすると小さいほうの顔が視線をそらし、軽く頭を振った。
「どぉぞ」
「ちが…わたし…そんなつもりじゃ…」
間延びしたホビットの高い声にエルフが気恥ずかしそうにもごもごと口を動かした。
「そのかわり、ちゃあんと最後までやっれよ。いい?」
ホビットはエルフにうつむかせる時間も反論するタイミングも与えなかった。
シャイアの言葉に、たっぷり五秒は時間をかけて、色素の薄い唇が開いた。
「い、いい…わよ…わかった、さ、最後まで……」
俺は自分の耳を疑った。
膝立ちになった神々しい顔が、ベッドの上に這い登ってきた。
手足を拘束された俺を組み敷くような形でエルフが覆いかぶさる。
「ふ、フローレンス…さん、目、覚まして…お、俺です、あなたの嫌いな…」
血管すら透けて見えるほど白く透き通っていた頬が、桃色に色づいている。
ほんの少し目を下にすれば、形のよい乳房が小刻みに揺れるところまで目に入る。
俺は首筋の筋肉と脳みその底力を総動員して弾力に富んだ肉の塊から彼女の顔に視線を戻した。
「お、俺です、よ、あなたが軽蔑している、Humanの、カス人種の…」
彼女の整った顔が大写しになる。
半開きになった口から漏れた荒い息が鼻先にかかるほどにまで近づいた。
“挽肉だ!挽肉だ!”
脳みそが未だにうるさく警告を出した。この状況で俺にどうしろっていうんだよ!
乱れた銀髪が俺の鼻をかすめた。俺の耳元に口を近づけ彼女が呟いた。
暴発寸前のペニスの狂喜と、鳴り響く生存本能の警告音と劣情と恐怖とで彼女の言葉が聞き取れない。
標準的なエルフの言語に聞こえない。まるで上エルフの言語のような歌うような言葉だ。
古い諺の一節だろうか。それとも、ペニスに永続MANIFOをかけるための詠唱か。
「ふはぁっ、そおう、よかったね、エルフだーい好きの変らい司教さん」
首をひねる俺に不機嫌なホビットの声がかかる。
要領を得ない俺の顔に、シャイアはバカにしきった笑いを浴びせた。
「へぇっ、なんら、あんた、フローの言葉わかんらかったの?
 あははっ、勿体ない。クウェンヤぐやい勉強しろけよ。“司教”のくせに」
クウェンヤ―――古代エルフ語か。
言語学は俺の範囲外だ。ノーム語は、あの変人の訛りを解釈するために必要に迫られて覚えたが、流暢
な公用語を話せるキースのおかげで、エルフ語はからっきしだ。エルフの言語は、地方の訛りが非常に多
様で公用語に比べて文法がかなり複雑だ。ことに上古のクウェンヤ語は文法事項があほのように多い難
解な膠着語だ。なにより、師匠がキースというだけで教わる気力が半減する。わかっていることは、シャイ
アが不機嫌になったということは、何か、俺を褒め称える言葉を彼女が言ったということだ。このクソホビッ
トは、誰かが俺を褒めやかすのを快く思わないという素敵な精神の持ち主だからだ。

全裸のエルフから1フィートと離れない距離で、五秒間、彼女から目を離してトリップするという快挙を成し
遂げた俺は、ペニスの嬌声で現実に引き戻された。滴りで濡れそぼった銀の柔草が、俺の先端に当たっ
ている。おおっと、これは現実じゃないな。本当は臭い寝台の上でミミズよろしく寝ころがっているんだ。
ハハハッ、神様、夢なら覚めないで。

“なに言ってんだ俺。よう、彼女は、誇り高い種族なんだぞ?”
“俺の手にかかって、薬から醒めた彼女がどんな思いをするのかわかってんのか?”
狂喜する俺に生存本能から最終警告が出された。
“このまま‘お前’は彼女の精神をボロ布同然にするつもりか?”
「ふ、ふろーれんすサん、は、ははは早まらない…で…お、俺なんかで…」
俺の顔の側面に華奢なエルフの両手が添えられ、エルフの唇が俺の言葉を妨害した。
唾液を含んだ肉が俺の口内に侵入し、下唇を咀嚼し、歯の城壁を楽々破り舌に絡みついた。白い絹のよう
な手が俺の頬を滑り肩を撫でまわす。彼女の張りのある乳房が俺の胸に押し付けられ、息を荒げて唇を貪
る彼女の動きに合わせ粉ね台の上を転がるパン種のように形を変える。恍惚とした表情のまま、ぐちゅぐ
ちゅと音を立てて口内を撹拌し、全身を使ってを愛撫する彼女の姿に、理性は完全に息の根を止められた。

リンチ?大いに結構。撲殺?どうぞどうぞ。
カシナート?ああ、挽肉でも三枚おろしにでも好きにしてくれ。
彼女とセックスできるならチンケな代償だ。ハンバーグにされても彼女とセックスがしたい。

「んぁ…」
短い悲鳴を上げて彼女が仰け反った。
口内から舌が引き抜かれ、彼女の顔が俺の眼前から遠ざかる。
「キスごっこはおしまいらよ」
シャイアの声だ。見れば、口の端を吊り上げたホビットが四本の指で
透き通るような銀毛の地殻を二つに割り開いている。
「やさしくしれやれよ。フローは、初めてなんだかや」
シャイアが目を細めて枕元で俺に釘を刺した。ホビットは、頬杖を突いたまま、
エルフに次の指示を出す。ホビットの声に、彼女は訓練生のように従順に従った。
指図されるがままに自らの手で陰門を開き、愛液の滴るしっとりとした皮膚が俺の敏感な先端に触れる。
湿り気を帯び、開ききった花弁が亀頭に張り付くようにあたり、ぴくぴくと痙攣する。
入り口に俺の先端を当てたところで、彼女は腰を浮かせ、その状態で凍りついてしまった。
「や、やっぱり、だめ、こわい…え、ひ、あああああああっ!」
躊躇っている彼女の強張った体が、突然糸が切れるように垂直に落下した。耳をつんざくような悲鳴ととも
に前衛職としてはやわらかすぎる、エルフ族としては破格の肉付きの尻が、俺の先端めがけて振り下ろさ
れ、彼女の初鉢にずっぷりと俺の一物が食い込んだ。全身に電撃が走った。彼女の膣内は処女と思えぬ
ほどほぐされ、無粋につっこまれた肉棒に柔らかく纏わりつく。悲鳴をあげ続ける彼女の横で、チビに目配
せをしたホビットが崩れ落ちそうな彼女の体を支え、意地悪く笑っている。
「DIALKO、かけた。いま、まら、いちゃくないほう」
萎えた筋肉をひくつかせ、腰砕けになったエルフの首に腕を回しながらノームが言う。
悲鳴を押し殺した彼女は、不安げにノームの顔を見つめた。
「がまんする、いい?」
歯を見せて笑うチビが彼女の答えを待たずに、囁くような声でMADIを唱え始めた。
短い詠唱が終わるや、今までやわらかく俺を包みこんでいた彼女の膣内が急激に締まり、痛いほどに俺
を締めつけた。俺は彼女とともに声を張り上げて叫んだ。これが俺の初陣だったのならば、それだけであっ
さり果てていたはずだ。悶える俺の耳に再び舌足らずな詠唱が響く。悲鳴が呻きに変わり、俺の股間の感
覚器に襞からの清浄な熱が伝わる。舌足らずな声が、二回のDIOSを唱え終えた後、チビは首に抱きつい
たまま諭すように彼女に言う。
「ふろー、うごく。うごかない、ご主人様、怒る」
往生際悪く、少しだけ腰を浮かせる彼女の膝の上で、駄々っ子のようにノームが飛び跳ねた。小さい悲鳴
があがり、腰に伝わる振動とともに、みっしりとしていた胎内を亀頭が押し広げ、より深く突き刺さる快感に
俺の脳みそが溶かされた。
「いぎっ、だっ……て、こんな痛く…て…DIOSだけじゃ…」
「そえくやい、じぶんれ、となえる」
「だめ…むりよ、そ…んなの、できない」
「ふろー、あかちゃん?じぶんのこと、じぶんでやる」
自らよりも明らかに幼稚に見える仲間の無情な言葉に、彼女はか細い涙声で細々と詠唱を始めた。
「ダールイ、アリぃっひ……うっ…みーむ…」
「そいじゃらめ。呪文、かからない」
「うぅっ、ダールイ、ア…リフラー、みいむアリ…フ」
呪文が完成し、彼女の内部が熱を帯びた光に満たされ、一瞬だけ弛緩し直ぐに軽い絶頂を迎えたとき
のように締まる。安堵のため息をつくまもなく、チビがエルフの敏感な耳を甘噛みし厳しい声を浴びせ
かけた。
「もっろ」
「ひっ…だ、ダールイ、アリふラー、ミーム、アリフ――ふあっ」
結合部の隙間に小さな足が入り込み、茂みの隙間にある敏感な部分を器用に押し上げた。
悶え苦しむ彼女を、再び舌足らずな声が叱責した。
「うごいて!」
「は、いいっ…ダールイ、アリフラー、いっ、ああっ、はあっ、ダーるイ、ありふ、うぁ…」
チビに体を揺すぶられ、痛みに顔を歪めながら呪文を詠唱し、彼女はおざなりに腰を軽く動かした。
やがて麦一粒分を往復する小さな上下運動が始まり、一粒が二粒、二粒が四粒と徐々に幅が大きくなる。

「だーる、い、ざんめ、うあっ、ああああっ、あん、ああああっ!」
呪文が一つ完成するたびに、彼女の顔から苦しみが薄らぎ、その度に彼女は仰け反り、開きっぱなし
になった口から舌をのぞかせる。唇の端からは涎の筋が零れ、下の口では俺を締め上げ、弛緩しを
繰り返す。シャイアが揺れる乳房に代わる代わる吸い付くと、彼女は大きく体をくねらせ、痛みに悶え
ながらも、自ら、より大きな快楽を求めるように動きを早めた。ホビットの顔が彼女の谷間から白い腹を
なでるように下降し、銀の茂みに隠された肉の芽に歯を立てたその時、DIOSの詠唱が途中で途絶え、
一際高い嬌声があがった。

「はああっ、あああぁ…あああぉ、あああっ!」
彼女の声には呪文の名残すら消え、意味のあるいかなる言葉も見出すことができない。
雁首が外気に触れるほど腰を引き上げ、一気に打ち落とす。初めてとは思えないほど激しく上下運動を繰
り返し、憚りなく喘ぎ声をあげるエルフの顔には、もはや高貴さの欠片も見て取れない。熟練娼婦さながら
に淫乱に腰を振り、結合部で愛液を泡立たせ、俺の目の前で乳房の先端を振り子のように躍らせていた。

「あん、はん、はあっ、うっあっ…?!」
踊り狂うエルフに触発された俺は、腰を突き上げ、不意打ちを食らわせた。
恨めしそうな顔を見せたもつかの間、二度三度の追撃で彼女は一層貪欲に俺を求めた。
動きにあわせて腰を突き上げてやるたびに、あられもない声をあげ、より深く俺を咥え、締め上げる。
「はあっ、んっ…もっ…と、いあっ、突い、ええっ、あっ、すごい……うあっ」
一回の挿入だけで、絶頂に導かれたのではないかと思うほど、彼女の狂態は凄まじかった。ほんの一時
前まで処女だったとは思えないほどにまでよがり狂い、打撃音を立てて肉をぶつける。濡れ光った乳房が
揺れるたびに桜色の先端から汗がほとばしった。血が滲みそうになるくらい爪を立て、彼女は俺の腰にしが
みついた。それさえも、俺の脳は快感と捕らえた。俺が限界に近づくにつれ、彼女の動きは激しさを増した。
彼女の膣はぎゅっと締まりつつ止め処なく潤滑油を溢れさせ、嗄れた喉からかすれた喘ぎを叫び続けた。
爆発寸前の真っ白なオツムを叱咤して、俺は声を搾った。
「ふ、フローレンス…さん、離れて、…もうす…ぐ…くっうぁ、」
俺の声に反応した彼女が、動きを弱めた。
ところが、離れるどころかより深く俺を咥え込み、結合部をぐりぐりと押し付け陰毛を絡めさせた。
「だ、駄目…なんです、そ、うじゃなくて」
「いいんだって」
彼女の肉芽を刺激しながらホビットが囁いた。
「フローはね、いいって。さっきあんらの耳元で言ってらだろ?」
「う、うそだ…彼女が…そんな…そん…」
「……い」
ホビットの頭上から消え入りそうなかすれた声で、髪を振り乱したエルフが俺に哀願した。
「ほっ、ほしいの、はあっ、お、ねがい、きて…」
温かい膣内がきゅっと締まり、虚ろな目の下で唇が振るえた。
次の瞬間、俺は焼ききれそうな快感の渦に巻き込まれた。目がくらみ周囲の風景は全て掻き消えた。
自分の声も彼女の叫びも聞こえなくなった。体臭と互いの体液とが発する強烈な香りも鼻腔から締め出さ
れた。あらゆる感覚器がまともに機能しない中で、爆ぜた男根が彼女の胎内で跳ね上がり、痙攣する様だ
けが生々しく感じられた。

長い射精が終わり、彼女はやっと俺を解放した。銀毛に隠れた肉色の唇から、白い糸を曳く彼女が、ぐった
りと胸に崩れかかってきた。肩で息をする俺の顔に耳をこすりつけ、とろけた目で俺を見ている。白い腕が
俺の首に回され、唇が重ねられた。

ボンヤリした頭のなかで俺は呟いた。
今、死んでいい。本気だぜ。今まで散々嘘を吐いてきたが、こいつは本物だ。
トレボーに進言してやりたい。死刑制度はこうあるべきだってな。



聖域を散策するような清らかな心地は下腹部への鈍痛で直ぐに終わらせられた。
視界を塞ぐ銀髪の隙間から腹を見下ろすと、シャイアが俺のわき腹をつねっている。
これまで見たことがないほど意地の悪い笑みを浮かべていた。
「まら終わりじゃないよ、フロー」
赤い唇が開き、間延びした薬漬けの声が聞こえる。
俺の顔をくすぐっていた銀髪が、引き潮のように波打ち、引いていく。
「最後まれやるっていったれしょ?はやく、つづき」
「ぁ…あぁ…」
火照った顔を引き起こされた彼女の耳にホビットが口を近づける。
一瞬の間をおいて俺は顎を仰け反らせて呻いた。股間に、何か凶悪な生き物がが噛み付いたらしい。彼女
の背中越しに下半身を確認すると、チビに捕食されている俺の分身が目に入った。あれほど激しく暴れま
わったというのに、我が愛すべきミスター・ディッキーは天に向かって聳え立っていた。俺は心を奮い立たせ
て声を捻り出した。
「あの……つづき、と、言いますと…」
「んー?決まってんらない。まさか、これで終わりにする気?」
「は、はい、いえ……も、もう十分」
「なにバカいってんら。フローは初めてなんらから、一回れ終わりにしちゃかわいそうれしょ?
 ここには男があんたしかいないんだよ」
「へ…へはは、お、俺のほうは、こ、これでもう七回目…ですよ。
 俺も“底なし”ってわけじゃないのでこれ以上はもう…」
「ばあか、十回らろ。そえに、まらこんなに元気なろに」
じゅっかい?僕のカウントより三回は多いですなあ。数も数えられないのかこのホビットは。
七回でも十回でも、どっちにせよこいつは神が与えたもう奇跡だ。薬物万歳。はっはっはっは!!
だが、もう無理だ。みてくれこそ力強いものの、一滴も搾り出せない。
本当にこれ以上は、撫でようがこすろうがくノ一に抱きつかれようがもう限界だ。

「ミームアリフ」
気絶寸前の俺の耳に舌の足りない詠唱が聞こえた。
「ダールイ」
癒しの波動が全身を包み、腹の底から活力が湧き出した。
疲労が体から抜けるのと引き換えに、隙間に恐怖が入り込んできた。
「あと七回はらい丈夫」
相変わらず嫌味な微笑みのままシャイアがベッドに頬杖をついた。
「十六回・・・よ」
銀髪のエルフが気だるそうに訂正した。

あぁ、今日の探索にMADIは使わなかったっけなぁ。ハハハッ。
スペルマまで再生できるなんてMADIは優れものの呪文だ。それとも、こいつは種無しの体液かな?
ああ、全ての精子は神聖にして侵さざるべしや。股間をおっ勃たせたまま悟りの境地に突入できる
とは思わなんだ。今ならジッドと二人で、奴の大好きな主の存在と種の起源について朝まで語り
明かすこともできる気がする。

宇宙の真理への探求を始めた俺に、神様から死因のチケットが一枚追加された。
裏には簡単な一文が書かれているだけだった。




“ Sweet Death(腹上死) ”