「鑑札を拝見――ありがとうございます、ようこそギルガメッシュへ」
番兵の機械的な声と仕草に導かれ、身を切る寒さの天蓋から、熱気篭る店内へと一人の客が入
場した。迷い無くカウンター席へと腰を下ろした彼女――荒くれ者の冒険者にしては華奢に見得る
体をもち、その実非常に高レベルであるだろうと楽々想像できる物腰の娘――は、いつものように
カウンターへ注文を出す。店主が一切感情を顔に出さずに淡々と注文を受けるのと正反対に、周囲
の客の反応は非常に敏感だった。それもそのはず、彼女が一目で職業、レベルまでも想像できて
しまう装備だったからだ。それを差し引いても彼女はこの場では非常に目立っていただろう。彼女
は光沢を放つ長い銀髪とエルフ特有の透き通る肌を持ち、同じ年頃の同族の中にいてさえ際立っ
た美しさを放つ芸術品のような顔立ちをしていた。そして何よりも、森を一歩も出たことがないエル
フのような清楚さと、街に来たエルフしか持ち合わせないであろう色香を同時に持ち、いずれも他
の妙齢のエルフの少女よりも余計にそれを持っていた。

「ねえお姐さん、いっしょに組まない?」
食事の品が運ばれてきた直後、一人の少女が声を掛けてきた。とび色の瞳の栗毛の少女、背格
好から種族はホビットだろう。その矮躯に相応しい幼げな、それでいて娼婦のように色気のある顔
立ちをしている。リルガミンの女冒険者は大抵がこの類の空気を持っている。エルフと同じようにこ
のホビットもその空気を少し多めに抱え込んでいるようだ。エルフは物珍しげに少女を眺めた。
女からの誘いは久々だ。長い冒険者歴の中でも今まで数えるほどしか受けたことがない。両肘を
抱え込むようにして考え顔を作っていたエルフは、その種にしては珍しく豊かな乳房を誇張するよう
に腕を組みなおした。周囲から溜息が漏れる。彼女は高レベルのくノ一だった。彼女はその装束に
最も簡易で魅力的な装備を選んでいた。つまり全裸だった。魔力の篭っていない布で作られたもの
ならば忍者の肉体の恩恵に授かれるが彼女はあえて布切れの加護を拒んだ。彼女はこの「装備」
による恩恵を知り尽くしていた。この装備のために今まで“仲間”に不自由をしたことがない。考え
顔作っていた彼女は、腕を下ろし、足を組みなおす。妖艶な体が僅かに動くだけで、周囲が息を殺
し無関心を装いながらも固唾を呑んでその挙動を見守る。

「男はいる?」
切れ長の目に笑いを浮かべて、くノ一は目の前にいる少女に問う。
後ろで手を組んでいた少女は、小さく肩を窄めて、顔相応の歳の子供ように手袋をしたままの手で
悪戯っぽくほんの少しだけスカートを捲り上げた。“その道”の人間ならば、間違いなく溜息を漏らす
ような子供っぽい仕草だ。その子供のような仕草とは裏腹にスカートの下は、一面真新しい歯型と
無数の青アザで埋め尽くされていた。無垢な少女の顔に似合わない、酷く乱暴な“父っつあん”に
仕える娼婦顔負けの体だ。くノ一はそれを見ても、一切顔を顰めず、ただ眉を少し上げて小さく頷く
だけだった。

「あなた、パーティのリーダー?」
「いいえ」
当然だろう。盗賊がパーティのリーダーをやることなど滅多に無い。
「あなたの親分は私を誘うのにお譲ちゃんをだしにするような初心な人なのかしら。
 宜しければあなたのリーダーに“ご自分で頼みにいらっしゃい”と伝えてちょうだい」
くノ一は杯を手にしながら言う。
「リーダーが“Good”でさ、だから“Neutral”のあたしが代理人」
「ならなおのことダメね、“Good”だらけのパーティは御免だわ。善人はひねくれすぎよ」
「安心して。リーダーは善人の割には紳士よ。それにうちのパーティは“混合”だから」
ホビットは喰い下がった。
「あら、それじゃどうしてあなたがお誘いに?それとも男はみんな“Good”だけ?」
「“Evil”はシャイな紳士ばかりよ」
少女の言葉にくノ一は顔に似つかわしくないほどの大きな笑い声をたてた。
確かにこの少女のパーティの男たちはシャイなのだろう。顔だけでなく剥き出しになっている皮膚
の部分にはアザはおろか、傷らしい傷は一つもない。この少女が自分の所に遣わされた本当の理
由がようやくくノ一に理解できた。少女の申し出を断れば、その“シャイな紳士”が直々に自分のと
ころへお誘いにくるのだろう。そうなったのならば、この小さなホビットにどんな災厄が降りかかるの
であろうかということも見て取れる。くノ一頭の中で、ここでこの少女の申し出を断り、本当に彼女の
仲間が“シャイな紳士”なのかを試させてみたいという考えが過った。

“紳士”なパーティの男どもに、ホビットの少女が引き立てられ、酒場へと入場する図。傷一つない
かわいらしい――一部の人間にはやっかみさえ感じさせるような――この顔のままなのか、それと
も、二目と見れないようなユニークで愉快な、それこそ“父っつあん”の機嫌を損ねてしまった娼婦
のような顔になるのか。

飲み差しの杯を持ったまま肩を震わせて笑っているくノ一に痺れを切らした少女は、後ろで組んで
いた手を解き、前で腕を組み直した。そのとき、少女の手から皮手袋が滑り落ちた。そのわずか一
瞬の出来事がくノ一の目を少女に釘付けにさせた。少女の小さな手が、腕の中に折りたたまれて
いく光景。手袋が滑り落ちたことに気がついた少女が、床に手袋が着く前に慌てて掴み、すぐ手に
はめ直す目にも止まらぬほど素早い動作。くノ一の目にはその小さく、自由な関節の動きがスロー
モーションのようにコマ回しで再生されていた。

「いい、手をしてるわね」
うっとりとしたくノ一の言葉に今まですまし顔だった少女の表情が曇った。
「あなたも、いい目をしてるわね」
少女は手袋に包まれた手を守るように固く腕を組んだ。
「シーフ以外に褒められたのは初めてよ」
「あなたと組んだ忍者はみんなボンクラばかりだったのかしら?」
トンと音を立てて杯をテーブルに置き、くノ一が真直ぐに少女に向き直った。
「訓練所の門をくぐったのはいつ頃?」
「四半期生、これでわかるかな」
くノ一は優しく頷く。
「顔の割りにはけっこう古参じゃない」
「どうも」
幼い顔の割にはという意味なのか、その可愛らしい顔を保っていられる割にはという意味なのか、
くノ一の真意は判別がつかない。どちらにせよ、くノ一の言葉は少女にはあまり心地よく聞こえない
らしい。
「あなたの仲間もそれくらい?」
「さあね。今のパーティには最近入ったばかりだし。自分で聞いてみたら?」
少女はくノ一から僅かに後ずさりをした。質問を投げかけながらも、くノ一はずっと少女の腕を、正確
には腕の中に守られている手を凝視している。その目には、憧れの宝石を眺めるような羨望の眼
差しと、肉食獣の獰猛さを兼ね備えていた。目の前で素晴らしく美しく、大きな宝石を見せびらかさ
れた嫉妬に狂った女の目だ。

くノ一がすっと手を差し出した。
少女は曇った表情のまま、その手と持ち主の顔とを代わる代わる見つめた。
「交渉成立の握手よ」
女神のように柔和な顔でくノ一が言う。
「今の話、聞かなかったことにしてくれるかしら」
今すぐ逃げられるように準備をしながら少女が言う。
「どうして?あなたの“紳士”に怒られちゃうんじゃない?」
「指を握りつぶされるくらいなら、首を刎ねられたほうがマシよ」
見透かされていた、か。くノ一は笑って肩をすくめた。
「いいわ、あなたの紳士のところに案内して。
 握手は、私を貸切にする代金としていただくわ。支払いは、後払いでいいから」
「ちょ、ちょっと、勝手に決めないでよ」
憤慨する少女の前で、くノ一は豪快に杯を飲み干し、
清楚な顔に不釣合いなほどに下品な音を立てて吐き出された息を少女に吹きかけた。
「追いかけっこはお好き?」
「butch(レズビアン)よりは好きよ」
また一歩、少女はくノ一から後ずさる。今少女の頭の中ではこの素晴らしく美しく、恐ろしい獣から
逃げ切る為の最小の距離をはかる為の複雑な計算がなされている。複雑な計算式に立ち向かう
前に本能が先に答えをだした。少女は肩を落とし溜息を漏らした。

「こっちよ、ついてきて」

 *  *  *

少女の案内で通された宿屋の一室で、紹介された紳士たちを目の当たりにしたくノ一は落胆した。
少女の様子をみてさぞかし修練を積んだ古参を想像していたのだが、見事に裏切られた。たしかに
レベルはそれなりに高かったが、所詮は数字だけの強さだった。舗装された地面しか知らないほど
無知な輩ではなかったが、間の抜けた連中だった。誰かが手に入れた武器を身につけ、誰かが考
え出した戦術を好み、己よりも誰かによって創られたセオリーを信じる優等生の冒険者。下手に知
識を溜め込んでいるあたりずぶのランナー(舗装された道を『走らされる』もの)よりもたちが悪い。
「ジェイコブ」と名乗り馬鹿でかい右手を差し出してきた君主の姿に、くノ一は自身の考察の正しさ
を確信した。ホビットの少女が自分に示した警戒心など微塵も見て取れなかった。自信に溢れた紳
士的で高慢な態度、数字に裏打ちされた強さの為に堕落しきった気概のない空洞のような顔。相
手が初対面のそれも“Evil”の忍者であるにもかかわらず余りにも無防備な振る舞いだった。
ここでこの君主の香水でふやけたぶよぶよの手を、酒場で出されるモーニングの焼きトマトのように
握りつぶすことも出来たのだが、くノ一は敢えて、その紳士的な態度に合わせ淑女として手を握り
返した。

「お噂はかねがね伺っておりましたが、
 こんなにも柔らかい手をお持ちのかたとは存じませんでした」
今までの紳士的な振る舞いに影を落とすような発言だったが、手の動きはそれ以上だった。
撫で回すようにくノ一の手を包み馬鹿でかい手で白いしなやかな指をレイプした。
「そんなに強く握り締めないで下さる?」
一糸纏わぬ完全武装のくノ一が目を細めて君主にしなだれかかる。
「ん、ああ、失礼」
舐めるようにエルフの体を視姦していた君主は十代の少年のように率直すぎる反応を示した。ふや
けた手から陵辱しつくした指を離し代わりにエルフの背に手を伸ばす。手が白い背中で組み合わさ
るより先に彼女は君主の聖衣に手を当て軽く突き飛ばした。

「気を付けて下さいね、これ商売道具ですから」
彼女は背を仰け反らせ、小馬鹿にし切った表情で子供に挨拶をするように指をひらひらとはためか
せた。くぐもった空気の振動がくノ一の耳に伝わった。ホビットの少女が声を押し殺して笑っている
ところだった。よろめいた君主の一睨みで少女の声無き笑いは止んだ。替わってもっと遠慮のない
爆音が上がった。訓練場の壁画に描かれているような大柄の戦士と辺境の地から来たと思われる
細い目の陰険な魔導師が腹を抱えている。君主が睨みを利かせるが一向に治まる気配は無い。
先に自己紹介を済ませたこの二人はどちらも“Evil”であり、間抜けなジェイコブ氏よりも遥かに分別
のある対応だった。自分の『本名』は語らず、職業とレベルを伝えるのみの簡素な挨拶だ。くノ一の
基準で言えばどちらも冒険者としては“腐りかけ”だったが、それでも彼ら二人はホビットの少女程
ではないにせよくノ一とは距離を置いていた。『泥棒は泥棒を信用しない』のと同じで悪人は悪人に
対し決して警戒をとかない。境界線さえわきまえていれば“Evil”は非常に付き合いやすい人間ば
かりだ。二人の笑いが収まる頃、一人ぽつねんと決まり悪そうに突っ立っていたエルフの僧侶がお
ずおずとくノ一に近づいてきた。くノ一は近づいてきた若年の同族を都会の娘が田舎の小屋にいる
鶏を見るような目で観察した。

「ハ、ハーリス…です」
手に持ったメイスを弄繰り回しながら落ち着きの無い様子で僧侶は言った。目は手元のメイスと、く
ノ一の顔と、たわわに実った二つの果実と、頭髪と同じ色の銀の茂みとをめまぐるしく行き来してい
た。まだこの街に来て日が浅いことが容易に伺える幼い目つきだ。くノ一は若い――とは言っても
実際二、三年も離れていないような――同族に近づき、彼の目に彼女の顔しか見えなくなるくら
いの距離まで間合いを詰め、僧侶の顎に手を添えた。僧侶が驚きの声をあげる前にくノ一は僧侶
の唇の端に口をつけた。

「はじめまして」
口を離したくノ一が、笑いながら僧侶の頬をつつく。
「ちゃんと躾をされていなかったのかしら。挨拶をされたんだからお返しは?」
彼女はそう言い、軽く唇を突き出す。ここで僧侶は、彼の短い人生経験の中で最も――結果的に
彼の“一生”のうちで最もになってしまったが――勇気ある行動にでた。すなわち口の端ではなく、
差し出された唇にしっかりと挨拶を返したのだ。その僅か五秒ほどの間に若いハーリスは今後数
年掛けてゆっくり発揮をするつもりであった勇気をすっかり使い果たしてしまった。リーダーのジェイ
コブが射殺すような睨みを利かせてくる頃には、笑いをこらえるホビットの後ろで子猫のようにうずく
まることしか出来なかった。先程まで舌を絡めていた相手を無視し、くノ一は少女に近づいた。ふき
だしそうだった少女の顔が急に冷めた表情になった。

「自己紹介はまだだったわね。あなたに話しかけたいときは何て呼べばいいのか教えてくれる?」
「シーフよ」
くノ一は笑って首を振った。
「そうじゃなくて、あなたのお名前は?」
「シャイア」
二人の会話に間抜けな君主が割って入った。
「そのチビが『シャイア』、こちらのメイジが『サワダ』、そこのファイターが『ブリジット』」
くノ一の目の前で少女が舌打ちをした。いらぬお節介を焼かれた二人も軽く口の端を吊り上げた。
「シャイア…シャイアね、それ本名?」
「さあ。名前なんていつでも変えられるでしょ、この街ではね」
相変わらず不機嫌に少女は言う。それ以上答えようとしない少女に替わって
空気を読まない君主の耳障りな声が響く。
「訓練場の登録名はたしかに『シャイア』です。
 さて、これで私たち全員の名前をあなたに教えましたよ。
 いいかげんあなたも名乗りをあげてもらいたいものですな」
「あら?もう言ったつもりですけど。『くノ一』ってね」
「それはあなたの職業でしょう?」
「職業をお教えするつもりでしたら、ちゃあんと『おフェラ豚』と言っているところですわ」
Evilの二人が廊下に響くほどのけたたましい笑い声を上げた。
馬鹿にされたと思い込んだ君主が辛うじて笑顔を保ったまま不機嫌に言う。
「はぐらかすのはやめて、そのふざけた通り名ではなく
 あなたの『本名』をお聞かせ願いたいですな」
「あなたこそ、人の名前を馬鹿にするのはやめていただきたいわ。
 この名前気に入ってるのよ。本当に“Good”は野暮ね」
折れそうな腰に手を当て、『くノ一』は実年齢相応の少女のような顔で反論した。
その様相に機嫌を直した君主は、すぐに普段の紳士的な笑顔に戻った。
「探索は明日、昼からで宜しいでしょうか」
「いいわ」
「では、明日迷宮で」
優しげな言葉にもどったジェイコブの言葉に、
急にくノ一が甘えるような顔で潤んだ瞳を君主に向けた。
「明日まで…あなたの顔が見れないの?」
能天気で高慢に満ちた君主にこれ以上の言葉は必要なかった。
間抜けで善良なジェイコブ氏は周囲の殺気だった舌打ちすら
聞こえぬ様子でくノ一の申し出を受けた。

 *  *  *


地下迷宮には謎が多い。迷宮だけでなくこのリルガミンは街そのものが他の都市と比べて非常に
特異であり不気味だ。他の地で平和な暮らし――もっとも、この荒廃した時世ではいささか無理な
表現ではあるが――を営む一般の人々の常識は一切通用しない土地だ。慣習風俗だけでなく生
死の感覚すらもこの街は他と比べて異質だ。
このリルガミンが“The world of wizardry(魔法の世界)”と呼ばれる由縁はそこにある。ここでは何
もかもが『魔法仕掛け』なのだ。たとえば“アイテム”。魔導師の地下迷宮で手に入る品物やボル
タックで冒険者用として売られている商品はなぜか「八つまで」しか持つことが出来ない。例え指輪
のような小さなものでさえ八つまでが限界なのだ。一人の人間がそれ以上のアイテムを持とうとす
ると品物の中に込められた奇妙な力がまるで同極の磁石のように互いに反発し九つ目のアイテム
には触れることすら出来ないのだ。“ローブ”であろうと“短刀”であろうと果ては“ガラクタ”であろう
と全ての“アイテム”にこの法則は成り立つ。そしてアイテムの規定から外れたものにはこの法則
は適用されない。年月がたち様々な研究がなされれば、この『魔法仕掛け』の世界も、物理的な法
則が支配する『機械仕掛け』の世界へと成り果てるのであろうが、それはまだずっと先の時代にな
るだろう。
「理屈はよくわからないが、これをこうすればこうなる」というのが冒険者たちによる物理的立場から
の最も進んだ見解だ。そしてその見識の最前線に立たされているのが“Thief”という名の職人たち
だ。彼らはその大多数が魔術に関しての知識を碌に持たず「こうすればこうなる」という物理的な経
験論のみで生きている。彼らが立ち向かうのはモンスターでもなければ複雑な迷宮でもない。この
魔法仕掛けの世界が創りだした恐ろしくも魅力に溢れた芸術品、“宝箱(Chest)”だ。その芸術品
に仕掛けられた罠は忍者になる機会を与えられてもなお盗賊であることをやめようとしない中毒者
を作り出してしまうほどのものだ。
この少女その一人なのだろう。地下一階のチェストの前で宝箱と向き合う少女を見て、くノ一は思っ
た。栗毛のホビット少女はバックパックの中から皮製の袋を引き出し、中に入っていたピックの数々
をずらりと並べた。チェストと対峙しようとしている少女のすぐ真後ろに大柄な戦士が座った。不意
に大男は少女の腰に手を回し、皮製のスカートをくるりと捲り上げた。

「おう、今日はちゃあんと履いてこなかったようだな」
大男は膏薬の張り付いたような薄黄色い歯を覗かせ、
膝立ちになる少女の傷まみれの尻を撫で回した。
「準備はいいよ」
眉根一つ動かさずに少女は言う。
「おいおい、下の準備はまだみたいだがいいのかい」
壁から背を離した魔導師が、頬をひくつかせてねっとりとした声を上げる。
「けっ、相変わらずピッチリしたガキみたいなマンコだな。ようシャイア、何事もはじめが肝心だ。
 ここでしっかり濡らしておきゃぁ、マス掻き野郎の洟垂れハーリスに歯形のレリーフを
 作られながらグズグズのマンコを直してもらう手間が省けるんだぜ?」
少女の膝の間に逞しい腕を突っ込み、無骨な手で体毛の薄い秘裂を割り裂きながら大男が言う。
「はじめて」
少女は無表情のまま身構えた。今少女の目には宝箱しか映っていない。
腕を組んですまし顔をしていた寝不足気味の君主が懐から小さな砂時計を取り出した。

『1minute game』

誰が最初にはじめたのかは定かではないが、リルガミンが一攫千金の夢の街として大陸中に名を馳
せる頃には既に存在したシーフ伝統のゲーム。砂時計の砂が全て落ちる前にチェストの罠を解除
するという下手をすればパーティ全員を巻き込みかねない危険な遊びだ。現在では制限時間以内
に罠を解除できなかったシーフに私罪に科すという盗賊以外の人間の娯楽と成り果てている。こ
のパーティが少女に科した罰ゲームは“ワンミニット、ワンファック”といったところか。女のシーフに
科す罰ゲームとしては月並みだ。ふとくノ一は、君主の手にしている砂時計が余りにも小さすぎる
ことに気がついた。“1minute”の名前の通り時間を計るために使用される砂時計は基本一分計
だ。ごく稀に腕のいい盗賊のいるパーティでは「ハーフ」という三十秒計も使われている。ところが、
君主の手にする砂時計はその危険な「ハーフ」よりも遥かに小さく、砂の量も極めて少ない。くノ一
は鈍い君主に悟られぬよう最大限に驚きながら君主に質問をした。
「“1minute game”には小さすぎない?」
「こいつは特注品さ。このチビには体相応のサイズで十分なんだよ」
昨日よりも一層図々しくなった君主が、微笑みながら言った。
「それ、ハーフ(三十秒計)?」
「十秒計だ」
横から魔導師が、ねちっこい視線をくノ一に投げかけながら答えた。
少女の傍らに鎮座する大男の後ろでは、顔を火照らせた僧侶が
生唾を飲み込みながら少女を見守っている。
(ただの加虐嗜好の連中ね)
パーティの挙動を一頻り観察し終えたくノ一はこう結論付けた。と同時に、先程一瞬でも驚いたこと
に馬鹿らしく思えた。地下一階とはいえ熟練のシーフでさえこの制限時間では手一杯だろう。それ
もこの少女の倍以上のレベルでの話だ。君主が号令とともに砂時計を逆さに返した。

その瞬間から、くノ一の中では全ての時間の流れが停止寸前のギリギリの速度にまで落ちた。
少女の手が並べられたピックに伸びた。目は相変わらず宝箱を向いたまま“手”で道具を選び世間
で流通していない奇妙な形状の硬い針金を掴む。針の穴に糸を通す作業を盲の靴屋が意図も簡
単にやってのけるように、その複雑な形状の細い棒を、チェストの右側にある隙間に正確に滑りこ
ませた。皮手袋の内側に隠されたしなやかな関節が複雑で細かい信号を棒の先端に送る。
反対の手が細めの鉄梃を掴み、鍵穴(宝箱の蓋を持ち上げる時に指を突っ込むためのHumanの親
指大の穴)に突っ込み素早く回転させた。

ガチャリ

宝箱は開いた。罠は作動しなかった。宝箱の中では横から差し込まれたピックの先にワイヤーが
絡みついた薬瓶が引っかかっていた。少女は手を伸ばし、ピックから薬瓶を外し、特殊なロウで瓶
の蓋に封をして静かに箱の中へ横たえた。くノ一は君主の手元にある砂時計を見た。砂はまだ半
分も落ちていない。全てが一瞬のうちに起きた出来事だった。

数秒ほど遅れて、大男がさもつまらなそうに舌打ちをし、丸出しになっていた少女の尻を大きな掌
で引っ叩いた。声こそ上げなかったが、前のめりになった少女は手をかばったために宝箱の端に
胸をぶつけた。歯を食いしばりながら上体を起こす少女の横には、いつの間にかくノ一が膝を抱えて
座っていた。

「EXPLODING BOX、それもトリガーワイヤーね。
 分厚い手袋をしたまま取り掛かるべき罠じゃないわ」
箱の中を覗き見ながらくノ一は言う。少女は迷惑そうに口を尖らせた。
「浅い階層のワイヤーチェストは単純よ。爆薬の瓶の蓋に繋がっているワイヤーを切った後、
 瓶の底が箱にぶつかる前に爆発させない程度の力で引っ掛ければいいだけだから」
「言うだけなら簡単よ。今まで見たどんなシーフもそんな解除方法は使わなかったわ」
「そう?あたしが訓練生だったころは流行ってたんだよ。この方法」
「お嬢さん方、今は講義の時間じゃない。先を急いでるんでね」
君主の濁った嫌味な声が二人の背後からかかる。
「ジェイコブ、箱の中身をまだ集めていないけど」
「そんなゴミはいらない」
少女の言葉を君主は鼻先で笑って切り捨てた。くノ一は君主に聞こえないように小さく毒づき、
忌々しそうに舌打ちをしてすぐに少女のほうへと向き直った。
「ブルーリボン(最優秀賞)獲得よ、小さなシーフさん。あなたは私が出会った中で最高の盗賊よ」
「何言ってんだかこの『おフェラ豚』は。
 一階のチェストごときで驚いてちゃこの先が思いやられるわ」
少女の悪態をものともせずくノ一は笑顔向けた。
無表情だったホビットの少女の顔がほんの少しだけ緩んだ。
「罠が好きなニンジャなんて初めてよ」
「私も、あなたみたいな純粋なシーフは初めてよ」
少女の無表情な顔が溶け、目から初めて感情が垣間見えた。
「あなた、元は盗賊?」
「どうかしら」
くノ一は首を傾けた。
「そんなに罠がお好きなら、どうしてニンジャになったの?
 ペニスを怖がって趣味を捨てるほど純情には見えないわね」

くノ一の顔から笑顔が消えた。顔の形は笑っていたのだが、感情だけがすっぽりと抜け落ち、彫刻
のような外側だけが取り残された不気味な虚になったのだ。悪態をついた本人も、彼女のその空っ
ぽな顔に思わず後ずさりをした。目の前にある空洞はジェイコブのような叩けば音を響かせるような
空洞とは違う。底が見えないほどに深い巨大な穴。だが、底なしではなく、確かに底が存在する井
戸のような穴。底に漂うのは、澄んだ井戸水ではなく、方々から何年にもわたり反吐と汚物を吸い
込み音を立てて発酵している毒の水溜り。少女はその狭い入り口に石を投げ込んでしまったのだ。
空洞は後ずさりした少女へと這いよった。深い虚から声が漏れ出した。

「今日が終わったら教えてあげる。あなたが今夜まで生きていられたらね」

 *  *  *

深層に達する頃には、くノ一は少女が初対面時に非常に正直に質問に答えていたことがわかっ
た。この少女にとって尻穴に規格外のものをねじ込まれるよりも素手を外気に晒すことのほうが恥
ずべき恐ろしい行為のようだ。十階の最初の玄室の宝箱の前で少女はようやく分厚い皮手袋を外
した。微かに息を荒げてくノ一はその小さな手に見入った。吸い付くほどに柔らかそうな手、それで
いて各所に硬質化した皮膚が点在する職人の手だ。ここに来てパーティの面子の動向に変化が訪
れた。前回まで少女のバックを独占していた大男にかわり、気弱な僧侶が顔を上気させて少女の
スカートの下に手を入れていた。

「CALFOはいりませんか?」
片手で少女の尻肉を掴みもう片方の手で激しく少女の割れ目を刺激しながら僧侶は言う。
「いらない」
少女は初めて激しい嫌悪の形相を浮かべた。
「ハーリス、怪我をしたくなかったら十秒間はあたしの後ろに立たないことよ」
言い終わるが早いか少女は号令を待たずいきなり宝箱の蓋を開けた。即座に少女は上体を倒し床
に伏せた。彼女の背後にいた僧侶のこめかみをクロスボウの矢がかすめた。矢が迷宮の天井にぶ
つかり甲高い音を立てて床へと落下した。四方から馬鹿笑いが爆発した。嘲笑の中、しばらくは
あっけに取られていた僧侶だったが、みるみるうちに顔を赤くし声を張り上げた。

「フライングだ!これは、これは、違反行為ですよ!この小娘は、」
周囲の笑い声に同調し、くノ一も思わず顔を綻ばせた。この嘴の黄色い“善人”の同族が躾のなっ
ていない金持ちのドラ息子のような挙動を見せるのは――実際そうなのだろうが――実に愉快な
ものであった。

「この小娘は、罠を解除していない!明らかにルール違反だ!そうでしょう?」
「ああ、ああ、確かにこいつはフライングだった。だが最速記録だ」
笑いの発作に見舞われながら君主が手を振った。このGoodの君主も自分に直接被害が無い限り
は多少のユーモアにも理解を示すらしい。この言葉で僧侶の怒りの対象は少女から仲間へと移っ
た。尖った耳の先まで赤くして彼の幼い頭で考え付く限りの罵詈暴言を喚き散らした。声を出さず
に笑う盗賊の傍らにくノ一がそっと近づいた。

「あの坊やがあなたの“父っつあん”かしら」
くノ一の言葉に少女は顔を引きつらせた。顔を上げた先にあったのは先程のような空洞の顔ではない。
中身のあるエルフ、それも飛び切り肉感的な女が微笑んでいる。ほっと胸を撫で下ろした少女が左手
で輪を作り右手の親指を深く押し込むジェスチャーをするくノ一にげんなりした顔で言う。
「あたしはパーティの共有物よ。さしずめ酒場の公共トイレと同じね」
くノ一は片眉を軽く吊り上げた。
「感じてたんでしょ?」
「濡れやすくなくっちゃシーフはやってけないよ。それぐらい知ってるでしょ」
「ファイターの時とは随分反応が違ったじゃない。
 あの坊やがあなたの一等お気に入りの恋人なんじゃないの?」
少女は冷笑し首を振った。
「“恋人同士はパーティを組むな”っていう諺知ってる?」
「随分と古風なお譲ちゃんね」
「エルフは嫌いよ。男も女もね」
「ふふ、とても面白い子だわ」
くノ一は小さな栗毛を軽く叩いた。

「ねえ、今度のチェストは私にやらせてくれないかしら」
鈴を転がすような透き通った声に怒鳴り声と嘲笑がやんだ。あたりは急に静まり返った。
「チェストゲームは続ける」
君主が満面の笑みに顔を歪めて上ずった声をあげた。
「宜しいかな?」
「砂時計は一種類しかないのかしら」
「ええ、残念ながら」
少しも残念そうに聞こえない君主の声にくノ一は微笑み、頷いた。
「INSPECTには自信がないの」
くノ一は背後から僧侶の肩に腕を回す。「むにゅ」と形を変えて押し付けられた柔らかな感触で僧侶
の顔が怒りとはまた違った種類の感情で赤く染められていく。
「CALFOをお願いしたいんだけど、お代はこれでいいかしら?」
優雅な身振りでくノ一は銀の茂みを指差す。僧侶は目を白黒させ、エルフ族にしては
あまりにも間抜けすぎる顔で魚のように口をぱくぱくさせるばかりだった。
「それとも、同族の売女はお嫌い?」
腕から伝わる圧迫感と温かみが僅かに小さくなる。
腕への圧力を引き戻す為に僧侶は全力でその言葉を否定した。

 *  *  *

疾風のように巨人の群れを片付けた男たちは待ちきれないとばかりに宝箱の前に立つ
くノ一に群がった。
「ハーリス君、CALFOをお願い」
弾かれたように僧侶が群れから飛び出す。
「CALFOなら、私も使える」
飛び出した僧侶を押しのけて君主がしゃしゃりでてきた。
「物覚えの悪い人ね。昨日あれだけ可愛がってくれたのに、まだ足りないの?」
がっつく君主を押しのけて、くノ一が僧侶の体に腕を絡めた。恍惚とした表情を浮かべる僧侶に、
お国言葉で呪詛を吐いた君主は、しぶしぶ二人から引き下がった。
「立派なものを持っているじゃない、ふふふ、坊やだと思っていたら」
僧衣の隙間から僧侶自身を引き出したくノ一は、白い指の先に鈴口から溢れた
透明な汁を絡ませてつぶやく。くノ一は僧侶の一物にゆっくりと顔を近づけた。
「でも可哀想、このままじゃ十秒も持たないわよ?」
弛む包皮の根元を絞め、尿道管の周囲にたっぷりと唾液を含んだ舌を這わせ弧を描く。
それだけで、僧侶は情けないうめき声をあげる。
「さあ、CALFOをお願い。途中で詠唱をやめちゃダメよ」
酒場に掛かっている三人の酔っ払いの絵のように泥酔しきったような締りの無い顔で、
僧侶が詠唱を始めた。僧侶が呪文をつぶやくのと同時にくノ一は口をあけ一物を咥えこんだ。

「チュー、アリフ―――っ」
最初の一句すら唱えきれずに僧侶は呻き声を漏らし、詠唱を中断せざるをえなかった。
ちゅぽんと音を立てて僧侶から口を離したくノ一が諭すように僧侶に言う。
「それじゃちゃんと呪文が発動しないじゃない。真面目にやってちょうだい」
「は……はい。チュー、アリフらあぅぅっ――うわ!」
僧侶が詠唱を始めると、くノ一はくちゅくちゅと音をたてて奉仕を再開した。清楚な顔に似合わない
ほどの淫乱な攻めは僧侶の詠唱を妨害し、なかなか最後まで唱えさせてくれない。口腔の奥深く
にまで咥え込み歯を一切当てずに優しく舌を絡め、かと思うと頬を窄めて激しく吸い出す。詠唱が
失敗に終わるたびにくノ一は奉仕を中断し、子供をしかりつけるようにたしなめ、再び奉仕を再
開する。
「チューアリ――――フラーっ、―――フォーザ、ン……メ、う、うわああっ!!!」
息絶え絶えに詠唱を終えた僧侶は退こうとしたくノ一の銀髪を掴み自らを喉の奥にまで押し込ん
だ。ごぼり、というこもった音がくノ一の鼻腔から漏れた。
「ぐっ……んぐ、ぐ、ンクぅ」
不意打ちにあったくノ一の口の端から唾液で薄まった白濁色の液体が漏れ出した。
くノ一がえずきながら僧侶を解放した。喉につかえたものを舌の上で転がし、咀嚼し飲み込み、
息を荒げて顔をあげた。
「はぁ、あは、どう、罠はわかった?」
「は…い、ご神託が、“POISON NEEDLE”です」
「毒針?ふふっ、本当かしら」
「ほ、本当です!それならもう一度……うぁっ」
くノ一の舌が僧侶の一物を根元から一気に舐め上げた。
「あんなにいっぱい出したのに、まだこんなに元気」
とろりとした表情のくノ一は一物を大事そうになで、僧侶の顔に視線を移した。
「CALFOは一度でけっこうよ。床に寝なさい」
忘我の境地に至った僧侶は言われるがままに宝箱の前に寝転がる。
「いい子ね。ほらみて。あなたのおちんちん咥えていただけでこんなに濡れちゃったの」
くノ一は仰向けなった僧侶の体を跨ぎ宝箱に足を掛け、いやらしい音とともに白い指先で自らの女
陰を広げる。溢れた蜜で艶やかに光る銀の茂みをかきわけ、桜色の彼女自身が露になった。くノ一
はゆっくりと腰を沈めた。一物を掴み狙いを定めると、そのまま一気に僧侶を自らの中へと導いた。

「はああああっ、あああああぁっ」

僧侶は何の抵抗も無くくノ一の胎内へと侵入した。その全長が全て収まりきった途端、僧侶は激し
い内攻に見舞われた。内壁の襞という襞が一面に僧侶に吸い付き、繰り返される絶妙な収縮運動
で動くこともままならない。

「始めてよろしいかね」
くノ一の背後から殺気立つ君主が声を掛けた。
荒い息がくノ一の肩に掛かり肩甲骨の下の窪みに、熱く固くなったものが押し付けられた。
「あっ、あああっ、十秒、は、私の、腕じゃ、きついわ」
結合部でこりこりと恥骨を掻き鳴らしくノ一は答える。
「これはルールなんだ。我々が普段やる通り、十秒で一本ずつ増やしていく」
いつの間にかくノ一の前へと回り込んだ魔導師が、くノ一を見下ろしている。
「この子が、イクまで、待てない?」
腰の上でダンスを始める直前のくノ一が甘えた声をだした。
その様子をみた魔導師がくノ一をせせら笑った。
“――格好と同じ、オツムもめでたい女だ。この期に及んで猫なで声が通用すると思っている――”
陰険な魔導師は頭の中で呟いた。
「待てないな」
今度ばかりはさしもの間抜けなジェイコブも許さなかった。

 *  *  *

「ん、んぁ、ふぅぅ、んっ、んっ」
砂時計をひっくり返す側のフライングも相まって、二十秒後にはくノ一はもうチェストに掛かりきりに
なれない状態になっていた。聖衣をかなぐり捨てた君主に、先日散々使われた密道を犯され口に
はひねくれものの魔導師の一物がねじ込まれていた。お楽しみを繰り広げる仲間を尻目に大男が
ぶつくさ言いながらズボンのバックルを外しホビットの少女を宝箱の前へ突き出した。
「ほらよ、あちらさんは今お取り込み中になっちまったからよう。てめぇがそいつを片付けろ」
そういうと、大男は少女のスカートを捲くり、固くなった一物を少女の腿にあてがった。
「んぐっ、ぷはっ、はぁぁ、ねぇ、お兄さん」
いましがた果てたメイジの一物から口を離したくノ一が大男に向かって声を掛ける。
「ブリジットだ。今度そのふざけた名前で呼んだら、あんたの顎骨をへし折ってやるぜ」
「ごめん、なさい、ブリジット、さん。あきが、できたけど、こちらに、こない?」
前後で激しく突かれながら、器用に口の周りについた精液を舐めとりくノ一は言う。
「おフェラ豚には用はねぇ!おれぁマンコに突っ込みてぇんだ!」
大男は、ホビットの少女の腰を掴み、恥丘を指で押し開いた。
「ふあっ」
たまらず上がった少女の声に大男はにやけた顔から黄色い前歯を突き出し、
歯の隙間から少女の門を目掛けて唾を飛ばす。
「へへへへ、こいつだって捨てたもんじゃねぇ。チビの癖にあそこの具合はなかなかいいからなぁ」
指の先端を突きこみ大男は喜悦の表情を浮かべる。軽い突きを食らわせるたびに
少女は喘ぎ声をあげて矮躯をびくびくと跳ね上がらせた。
「砂時計は、こっちに、あるの、よ。ルールを、無視、する、気?」
「うるせぇ、おれぁそんなクソくだらねぇゲームなんざどうでもいい!
 ただマンコにぶちこみてぇだけなんだよ」
くノ一の言葉に大男は苛立ちの声を上げた。猟師に討ち取られ最後の息を絞められた動物ような
声が上がった。君主と僧侶が同時に果て、白い体内に大量の種子を吐き出した。未練がましくのし
かかる君主を押しのけ、くノ一は自らを貫いていた二本の剣を引き抜くと、ひくつき白濁色の濃い液
体が滴る陰部をさらけ出すように大男に向かって大股を広げ、挑発的なポーズを取った。
「そのお譲ちゃんにファックしたまま罠を解除させる気ならやめといたほうがいいわよ」
少女の陰核を弄り回していた大男が顔を上げた。
「そのチェスト、“TELEPORTER”よ」
無精ひげの口元から黄色い歯が引っ込んだ。大男の顔が青くなる。
「嘘つけ!その洟垂れエルフが毒針だと言っていたじゃねぇか!」
「CALFOの信託は絶対じゃないわ。二十回に一度は神様が嘘をつくのよ。
 なんなら、ここの二人にもう一度唱えてもらう?」
股間を丸出しにして床に伸びている二人を目でさして、くノ一が言う。大男はくノ一を睨みつけ、真
偽を見極めようとしたが、脳味噌の足りなそうな顔はすぐに目じりを下げ、再びでかい黄色い歯を見
せてニヤケ顔を作った。
“――嘘だからってどうだっていうんだ?あのエルフはただの独占欲の強いケツ女(くノ一)だ――”
“――ほら見ろ。ちょいとこのチビに気をそらしてやれば向こうからしゃぶりついてきやがった――”
微かに尖ったホビットの少女の耳に口を近づけてささやく。
「いいか、トチるなよ。もしトチったら…例え生きて帰れたとしても、
 そのチンケなケツにカシナートをぶちこんでやるからな」
大男は掴んでいた少女の腰を離し、乱暴に床に落とした。

くノ一はその様子をフェアー(祭り)で上演される寸劇のように眺めていた。ブリジットが座り込む彼
女の元に歩み寄った時には、白い指が石床と銀毛の密着する地点に伸び、陰唇をえぐるように絞
ると同時に後方の門に指を入れ、互いの穴からミルクを煮詰めたような蜜をどろどろと溢れさせて
いた。肛門から溢れる白色の汁は、ぬるりとした腸内の内壁を覆う分泌物を除けば、非常に純度
の高い種子であり、彼女が今日のためにしっかりと準備してきたことをうかがわせる。
「ケツの方までお手入れ済みたぁ淫乱なメス豚だな」
「そのメス豚のお誘いに乗ったのはどこのどなた?」
くノ一は手を伸ばし、大男の腰の辺りに舌を近づけた。
大男は一物を握り締めようとしたくノ一の手を払い手首を掴んで
素早く後ろに回り込み細い腰を捕まえた。
「てめぇの舌になんざ食わせたくはねぇ。その手もだ。
 ニンジャにフェラチオさせるくらいならドラゴンの口にファックした方がマシだぜ」
「威勢がいいわね、いつまでそれが続く――ぅぁあっ……!」
大男はくノ一の股の間から両手を潜らせ太ももを掴んで持ち上げた。
「豚をファックするならこいつで十分だ」
「いっぁっ……」
くノ一の両足を宙に浮かせ、両手だけで体重を支えさせる中途半端な逆立ちをさせたまま、
男はそそり立つ陰茎をくノ一の茂みに隠された深い洞穴へと一気に突き入れた。
「あああああああああああっ!!」
不安定な体位のままの一突きは今まで芝居がかった娼婦の喘ぎ声をメスの咆哮へと変えさせた。
「ほらよぉ!ちゃあんと手を突いてねぇとその軽いオツムを床にぶつけるぜ!」
「いっあっあああ!ひっぐぅ!あっ、あっ、ああっ!」
大男は突き入れた直後から、容赦なくピストンを開始した。くノ一は不安定な体位のまま、大男の
体躯に相応しい剛直の突きをなすがままに受け止めるしかなかった。大男は掴んでいた太ももを挿
入にあわせて激しく動かし、あらゆる角度でくノ一を攻め立てた。逆さにされてもなお張りのある白
い乳房が、突きを繰り出されるたびにふるふると震え、突端が石床をすれすれにかすめた。
男が片腕で腰を固定し、追撃を緩めないままに空いた方の手で前方でゆれる果実を握り締めた。

「ひゅぅ、このおフェラ豚よぉ!ようやくシコリ始めたじゃねぇか!
 こんな豚みたいなヤられかたがそんなに好きかい?あぁ?」
「あぁぁ、あああっ!え、あ、いま、いい、わあ、いまで、のより、ああっ!あっ!」
「はっ!このマゾ豚が!ニンジャになったところで所詮はメスエルフのペニス奴隷だな!」
くノ一は男の言葉に答えなかった。その声はもはや人語ではなかった。ひたすら男の突きに喘ぎ、
自らも腰を振って男の一物に絡みついた。いつの間にかくノ一の前に下衆笑いをする魔導師が立っていた。
「さっきはよくも中途半端にほっぽっといてくれたナァ」
くノ一の口に再び一物をねじ込んだ。
「やってみろよ、さっきみたいに」
「ふぅ、あぅっくぅ……」
「歯を立てたらどうなるか、わかってるよな?」
激しい突きを食らわせながら大男が付け加えた。

 *  *  *

落とされた衝撃で足をひねった少女は顔を歪めたまま宝箱の前へと立った。目の前の仕事を目に
すると心なしか痛みによる神経の侵蝕率が減るような気がする。焦ることはない。普段と違って
たっぷりと時間はある。既に少女の耳には後方の喘ぎ声すら届いていない。久しぶりの時間に余
裕のあるDISARM、それも深階層でのだ。もし今の少女の顔を見ていた者がいたとしたら数年ぶり
に再会した恋人とベッドに入る直前の娼婦のように見えただろう。いつもの『仕事』のような味気な
いものではない。“誰かの食いかけ”ではあるが文句はない。
宝箱には先程少女がくノ一に貸したピックがささりっぱなしになっていた。宝箱を調べ始めた少女
は首をかしげた。この罠は確かに毒針ではない。だがテレポーターでもなさそうだ。ところが、これ
を解除しようとした人物はこの罠の本当の正体を知っていたようなのだ。隙間から差し込まれた
ピックの位置は的確だった。あとほんの少しだけ、掛け金の内側にピックを潜らせ、内から歯車を固
定し、そのまま蓋を開ければ罠の解除は済んだことになる。ふと、真ん中に差し込まれている二本
のピックの下に明らかについさっき付けられたような傷が見えた。少女は薄暗い闇の中で目を凝ら
した。ピックで付けられた傷だろうか。少女の目にはどうも傷が文字のようにも見えてきた。いや、
間違いなく、それは文字だった。

それは、このチェストを途中で放棄した人物からのメッセージだった。目を細めてメッセージを読んだ
少女は最初、その文字の意味が理解できなかった。メッセージはこれを書いた主からの命令文
だった。二度三度と読み返し、ようやく意味が把握できたとき、少女は慌ててその命令文を残した
主の方を見た。少女が目を移したフロアの中央では大男に後背位で激しく責めたてられ、群がった
三人に喘ぎ声すら許されぬほどの激しい奉仕を迫られているエルフのくノ一の姿があった。

伝言の主である銀髪のエルフは少女がメッセージを受け取ったことを察し、
目で少女に指示の実行を促す。切れ長の目はこう言っていた。
“――お手々を握りつぶされるのと、カシナートでファックされるのとどっちがいい?――”
一物を口にねじ込ませようと立ち上がった君主が二人の視界を塞いだ。

「カシナートをぶち込まれるほうがマシよ」

少女は小さくつぶやき宝箱に書かれていた指示を実行した。宝箱に書かれていた指示文は一つの
単語のみ、“Open(開けろ)”の四文字だけだった。突き刺さっていたピックを残らず引き抜き、重い
宝箱の蓋を持ち上げた。「カチリ」という音と共に内部の仕掛けが一斉に動き出した。

玄室中にけたたましい“警報”が鳴り響いた。
くノ一に群がっていた者たちも流石に顔を上げ周囲を見回した。
「シャイア!てめぇ!」
後背位でくノ一を貫いていた大男は怒りを顕にした。くノ一を突き飛ばし少女に掴みかかろうとし
た。が、大男は苦悶の表情を浮かべた。彼はその場から動くことができなかった。くノ一の内部が
万力のように締り一インチたりとも動かすことが不可能だったのだ。くノ一に一物を握らせていた三
人も異変に気付いた。いち早く逃げ出そうとした僧侶がうめき声を上げた。倒れこもうとした僧侶の
一物をくノ一は放さなかった。顔を見合わせた君主と魔導師は現状を理解した。彼らは彼女に“人
質”をとられて身動き一つできなくなっていたのだ。玄室を揺るがすほどの轟音が響いた。魔術師
の顔が締め上げたように変色した。青ざめた魔導師以上に君主は焦っていた。なにしろ聖衣は脱
ぎ捨ててしまった。一人武装を解かなかった戦士だけが、怒りこそすれ落ち着いた表情を保ってい
た。地響きは段々と大きくなっていく。くノ一は君主の一物を咥えたまま、相変わらず涼しい顔で微
笑んでいる。

くノ一の目に宝箱の直ぐそばにいた少女が呆然と佇むのが見えた。即座にくノ一は、この禍々しい
空気を切り裂くほどの殺気を少女に向けた。少女の肩がびくりと跳ね上がりくノ一を見つめた。数秒
の間彼女たちはみつめ合っていたが、少女はモンスターよりも遥かに強く殺気を放つその目線から
逃げるように音を立てずに扉の向こうへと姿を隠した。

一段激しい音の爆発が起こり玄室の空間に亀裂が走った。歪みの隙間から“GAS BOMB”を作動
させたような白い靄が勢いよく立ち昇った。噴出した靄は徐々に塊となり、いくつもの影を創りだし
ていった。冒険者たちの鼻腔に強烈な腐臭が入り込んでくる。靄が形作った影は巨人だった。その
巨体の篭った内部のガスが爛れた皮膚の隙間から漏れ出し、玄室の黴臭いが無害な空気に、芳
しい猛毒が混ざり始める。雄たけびと共に皮膚の内側の空気が、その出口から吐き出された。敵
に背を向けて立っていた三人は背中に毒のミストを満遍なく浴びた。三人は焼け爛れる痛みをおぼ
えたが、表情を顰めただけで彼らの口から悲鳴はあがらなかった。ここで声を上げれば、猛毒が容
赦なく喉を焼き尽くすことを知っていたからだ。毒の霧の第二波が来る前に、後ろを顧みた僧侶は
更なる恐怖に顔中の筋肉を捻らせた。

「あ……ああ、あれ、あれは」
僧侶の顔から、君主は背後にいる敵が“UNSEEN ENTITY”ではなく“UNSEEN BEING”であると確
信した。MALORの詠唱を始めた魔導師の口から悲鳴が上がった。この期に及んでくノ一は彼らを
開放しようとはしない。魔導師の上げた悲鳴に“UNSEEN BEING”が反応した。一頻り毒の雨が降
り注いだ後で、筋骨隆々とした巨大な腕が君主の頭を掴んだ。度重なる恐怖は君主の声帯の機
能をすっかり壊してしまっていた。脆弱な者ならば触れるだけで生命を毟り取られる掌に包まれて
も君主は悲鳴を上げなかった。彼は声をあげる最後のチャンスを失った。石のような指先が君主の
頭蓋骨にミシミシと音を立てて食い込んだ。くノ一の口内に君主が最後の精を吐き出した。指を開
いた魔物の掌から赤黒い粘膜と灰色の綿を飛び出させた君主の頭が解放された。

背後の大男がくノ一の尖った耳にささやいた。
「今すぐその手を仲間から放さねぇと、この細っこい首の骨をへし折るぞ」
くノ一が、口の周りに溢れた精液を舐めとり床に崩れた君主の頭に吐き出した。
「やってみなさい。私の骨が折れる前にあなたの大事なものが体と泣き別れになるわよ」
彼女の冷ややかな言葉に対し大男は舌打ち一つで済ませた。彼は君主とは違い武装をとかな
かった。彼が落ち着いていられたのはそれだけではない。目の前で潰された君主や怯え佇む二人
と大差ないレベルであったが、彼にはこの窮地を確実に生き抜く自信があった。それだけの準備を
してきたからだ。パーティの誰にも見つからずに地下一階の入り口にいる襤褸切れのような乞食か
ら分捕った、“ある物”のおかげで彼はこの場に置いても平常心を保っていられた。彼は城へ帰った
後のくノ一の処理を妄想していた。

(何はともあれまずはカシナートだ。あのチビ共々この雌豚のケツをぐちゃぐちゃにしなけりゃぁな)
(酒場の連中におすそ分けするのも悪くない。全部済んだら、城の堀に叩き込んでやる)

目の前で仲間の頭を潰された二人は、彼ほど落ち着いていることができなかった。息を荒げた僧侶
と魔導師の肩に硬い岩石のような魔物の手が置かれた。耳を劈くような悲鳴を上げるスペルユー
ザーの貧弱な僧帽筋に鋭い爪がゆっくりと沈んでいった。巨大な爪から強力な神経毒が注ぎ込ま
れ、恐怖以外の彼らの感覚を蝕んでいった。悲鳴は徐々にフィードアウトし、やがてかすれ声となっ
て消えた。

「随分、落ち着いているのね」
くノ一が一人のん気にハミングをする戦士に声をかける。
「おれぁ、このボンクラどもと違って鎧は着たきりだったからな」
「慌てない理由は、それだけ?」
麻痺した二人から手を放したくノ一が貫かれたままの姿勢で後ろを振り向く。大男は自由になった
くノ一の両手を拘束し、華奢な白い背を胸に引き寄せた。痛いほどに締め付けるエルフの膣が体位
を変えてもなお、襞を纏わりつかせ結合を解くのを許さない。
「それはおれの台詞だぜくノ一さん」
大男がエルフの耳の裏をべろりと舐める。
「ふふ、あなたのレベルなら、このお兄さんたちにも引けを取らないでしょうね」
くノ一は目の前で立ちすくんでいた二人を掴み上げる“お兄さんたち”を眺めくすりと笑う。
「武装さえちゃんとしていれば、確かにあなた一人でも
 片付けられそうね。武装さえ、ちゃんとしていればね」
迷宮最強の魔物は空気を振動させ、魔物の言葉で詠唱を始めた。玄室内に魔力が充満し、大気
が大きく撹拌される。呪文が完成し、玄室に激しい爆発が起こった。部屋の隅々にまで熱風が吹き
荒れ、巨人の腕の中にいる二人の肉を焦がした。
涼しい顔をしていた大男は久方ぶりに感じる骨まで焼けるような痛みに初めて叫び声を上げた。
(呪文を……食らった?!)
(このおれが、たかだか『 マイルフィック 』ごときの『 TILTOWAIT 』を食らっただって?!)
(――――――まさか……!)
くノ一を束縛していた手を解き大男が慌てて自身の首に回された。
大男の顔から血の気が引いた。

ない。首に下げていたアミュレットがない。
あらゆる攻撃から身を守ってくれるあの魔法の護符がない。

「爆風を浴びるのは久しぶりかしらブリジットさん」
先程の核撃に火傷一つ負わなかったくノ一が笑う。
背を伸ばし体を仰け反らせ、大男の顔を下から覗き見る。

「お探しのものは“これ”?」

腕を組んだくノ一の胸の谷間には、いつの間にか一つの護符が挟まっていた。
「こ、の、アマぁ!!かえ・・・」
白い体を挟み込もうとした腕が組み合わさる前に、くノ一は括約筋を緩め、男を胎内から解放し、す
るりと抜け出した。追いすがろうとした大男は柔らかなくノ一の背中を捕まえる代わりに硬い筋肉を
掴んだ。
「避けられない攻撃じゃなかったはずよ」
機械的で無機質なくノ一の声が響いた。
「こんなものに頼り切っていたから堕落したのよ」
頭をもたげた大男の顔に、石のような筋肉の塊が打ち下ろされた。

「いつ見ても素敵ね、お兄さんたち」
戦士の返り血を浴びる巨大な魔物背後でくノ一が言う。何体もの巨人が彼女を取り囲んだ。
「でも、今日は時間がないの。またいつか、
 ゆっくり会えるときになったら一緒にお茶でも飲みましょう」
腰を落とし、低く構えた彼女はアミュレットを投げ捨てた。玄室の中で白い影が跳躍した。

 *  *  *

澱んだ冬の空から太陽が顔を隠し、湿り気を帯びた空気が街に満ちる頃、ギルガメッシュの酒場
は夕方のピークを迎えていた。酒場の奥まった席では、とび色のスカートと同じ色のジャケットを着
込んだ栗毛のホビットの少女が、迷宮と同じ装束のままの銀髪のエルフと向かい合わせになり昨
日の使いまわしであろう豆料理をつついていた。

「足は痛くない?」
「……すごく痛い。アミュレットまで投げ捨てちまうし、ったく誰かさんのおかげでさぁ」
くノ一は笑ってバゲットの切れ端で皿に残ったスープを片付ける。
「その誰かさんのおかげで帰ってくることができたんじゃないの?」
「あの距離なら無理をすれば一人で帰れたよ」
「なら、私があのお兄さんたちと遊んでいる間に帰ればよかったのに」
煮汁をたっぷり吸ったパンの欠片を口に入れ、くノ一は顔を傾けた。
「僅かでも安全な道を使って帰ろうとするのは冒険者として当然でしょ」
苛立ちを隠さず少女はスプーンを皿の底に叩きつける。
パンを口に頬張ったままくノ一が少女に話しかけた。
「あら、やっぱりひとりで帰れなかったんじゃない。」
「シーフにとって迷宮の1フロアを移動するだけのことがどれほど危険なことだかわかる?
 あんたみたいな化け物の首を素手で跳ね飛ばすようなニンジャにはわからないんでしょうけど」
少女はスプーンを置き、手元の杯を一気に煽った。
空になった杯を派手な音とともにテーブルに叩きつけた少女はつぶやいた。
「シーフなんて、どんなにレベルが上がってもどうにもならないのよ。
 どのパーティへ行っても永久に待遇に大差はないの」
「なら、辞めちゃえばいいじゃない。私みたいに」
少女は杯から目を離してエルフの顔をみた。くノ一の口元は綻んでいたが、
目は笑っていなかった。機械のような感情のない瞳だった。
「まだ、あなたから“お代”をいただいていたなかったわね。
 どう、帳消しにしてあげるからちょっと付き合わない?」
少女は、酸っぱくなりかけた豆煮込みとの格闘をやめ空の杯にスプーンを放り込んだ。
テーブルの上に頬杖をつくエルフに合わせて、彼女も頬杖をついた。
「ちょうどよかった。あたしも、あなたに聞きたいことがあったの、くノ一さん」
エルフはさらさらと流れる銀色の髪をなびかせ、腕を前に倒して背を伸ばした。
「場所を変えましょうか。ここじゃ人が多いわ」

 *  *  *

「いつごろ転職したの?」
宿屋のスイートルームの窓から、みぞれ混じりの雨の降る戸外を眺めたまま少女は口を開いた。
「さあ、いつだったかしらね。よく覚えていないわ」
「あなた、リルガミンにきたのはいつ?」
「四半期生、あなたと同期よ」
少女は口笛を吹き、ベッドに腰を下ろすくノ一に顔を移した。
「歳はいくつだった?ロウ?ミドル?ハイ?それともそれ以上?」
「ロウ(最年少)よ」
少女の瞳が大きく開かれ、軽く左右に首が揺れた。
「へぇ、あたしと同じだ」
「あら、同い年だったの」
「今は違うよ、だってあんた転職したんでしょ?」
「私、“短刀”でクラスチェンジしたのよ」
「“Evil”なのに?」
「いけないかしら」
くノ一は足を組んで座りなおした。
「訓練場には近づけなかったのよ。
 私の組んでいたパーティの連中が四六時中目を光らせていたから」
「エルフのシーフなんてレアだからね」
「ふふふ、そうね。恰好のオモチャだったんでしょうね。
 シーフならどんなにレベルが上がっても決して刃向かえっこないんですから」
遠くを見ながら答えていたエルフは、思い出したようにホビットに質問を投げた。
「あなたはどうしてシーフをやり続けているの?」
ホビットはくりくりした瞳を上に向け、人差し指を唇の下に置いた。
「んー、月並みだけど“箱に魅入られた”ってやつかな」
「それだけ?」
ホビットの少女は指を上唇に押しあて目を細めた。
「あこがれの人がいたの」
少女は指を押し当てたまま肘を抱えて話し始めた。
「まだあたしが訓練生だった頃にね、飛びぬけて凄い子がいたんだ。それも種族に似合わない
 ジョブを志願してた子だった。名前も知らなかったし顔もぼんやりとしか覚えていないけど、
 手なら今でもはっきり思い出せる。綺麗な指をしていた女の子だったなぁ。それにとびきり
 頭が良かった。今日地下一階で見せたワイヤーチェストの解除法もその子が考え出したんだ。
 あたしなんかは逆立ちしたってあの子には敵いっこなかった」
「その娘がどうなったか知ってる?」
出し抜けにくノ一が問うた。
「さあね」
少女は一旦視線を落とし短い息継ぎをした。
「あたしが最初のパーティで“錠前破り”をやり始めてから一年たったかぐらいの頃かな。
 メインストリートのど真ん中で、ちょっとした規模のレイプ事件があったの……知ってる?」
少女はくノ一の答えを待たず窓とは反対側のドアのほうに目を向け、
扉の向こう側をみるような遠い目をした。
「レイプなんてここじゃ日常茶飯事だけどさ、あの事件はよく覚えているよ。
 実際に見ていたわけじゃないけどね。なにせ参加人数が凄かったから。
 女の子の方は一人だったってのに」
少女はくノ一のことを見ていなかったが、くノ一は食い入るように少女の顔を見つめていた。
「番兵はクソッタレだよ。市民の平和は守っても、流れ者の冒険者の身の安全なんか
 これっぽっちも考えてやしない。……最初に聞いたときは耳を疑っちゃった。
 人違いだと信じたくてあちこち聞いて回ったよ。でも、どこで聞いても答えは同じ。
 被害者の女の子は、エルフのシーフ、銀髪の飛びきりの美人だって。
 レイプの最中に、手を潰されたって」
少女は肩の力を抜いて手を膝の上へのせた。
「それっきり。その子“らしい”娘のことは、それっきり聞いていないよ。噂では、カント寺院の
 死姦愛好の坊主どもの餌食にされたとか、迷宮でモンスターの餌にされたとか」
「本当の事を知りたい?」
いつの間にかくノ一が少女の目の前に立ち栗色の頭を見下ろしていた。
「手を潰されたって言ってたけどね、ちゃあんとくっつけてくれたわよ」
くノ一は白い手首を左右で交差させ、指を複雑に絡ませた。
「こんなふうに。手首から上は前後逆、左右も反対、指も全部バラバラに、ね」
少女の目がくノ一の顔に釘付けになった。
「今日あなたが言ってた通りよ。“恋人同士はパーティを組むな”って。
 あの人が私を置いて逃げるなんて考えもしなかったわ。ふふ、私も若かったのね」
くノ一は言葉を切って視線を窓の外へ走らせた。勢いよく降りつけるみぞれの粒が、
時折、窓にぶつかり砕ける音が聞こえた。
「迷宮の化け物どもに輪されているところを運良く助けてもらったの。
 でもあんな場所でお礼をさせられるなんて思ってもみなかったわ。
 あははは、自業自得ね。手だけでいかせて、馬鹿笑いしたのがいけなかったのよ。
 本当に、頭の悪い娘だったわ」
右手で銀髪を掻き揚げくノ一は部屋の中へと視線を戻した。
「最初は三人だった。でもいつの間にか飛び入りでどんどん増えていって
 ――あいつらはグレーターデーモンみたいに仲間を呼ぶのよ。それも上限も無しに。
 結局何人だったか覚えてないわ。頭も散々殴られたしね。」
くノ一は頭の右側を人差し指の腹で叩いた。
「手の使えないシーフなんてガラクタよ。それでも、拾ってくれるパーティはそれなりにいたのよ。
 迷宮の中でヤりたがる変態ばかりだったけどね。おかげで、レベルだけは相当上がったわ。
 その頃になってやっと気がついたの。私は、シーフの腕を買われていたんじゃ無くてただの
 “穴”だったってね。指がまともだった頃ですら、結局私の評価なんてそんなものだったんだって。
 ――何十個目のパーティだったかな。ある日、そのパーティが“短刀”を見つけたの。
 鑑定したてのビショップが、滅多に手に入らない品に浮かれてついうっかり口を滑らせたのよ。」
子供の頃の話を語る少女のようにくノ一は顔を輝かせた。
「死に物狂いでスリとってやった。あの“ちぐはぐな手”でね。
 そのパーティの人間がどうなったか、わかるかしら?」
「あたしに、何て答えて欲しいの?」
少女は、楽しそうに話すくノ一の顔を真直ぐ見つめ、身じろぎ一つせずに答えた。
「ふふ、そうね。愚問だったわ」
くノ一は微笑み手の平を手前に向け目の高さまで持ち上げた。
「さしあたっての目標はお金を稼ぐことだった。どうしても手を直したかったから。
 最初に“銀行”からふんだくろうとしたわ。一番手っ取り早い方法でしょ?」
今まで楽しそうに話していたくノ一の言葉の調子が変わった。
苦い思い出を語るような口調になった。
「でも、その方法はしくじったわ。盗賊のふりして最初に声を掛けた“銀行”がね、
 私の手を見るなりいきなり10,000ゴールド渡してきて『故郷へ帰れ』ってね。
 びっくりして『憐れんでのお恵みならいらない』なんてつい本音を言ったら、
 その人言ったわ。『見ていられなかったから』だって。
 返そうとしたら『下五桁の金額なんて連中は覚えてない』って。
 馬鹿みたいな話だけど結局それで毒気抜かれちゃった。もう銀行に手は出せなくなったわ」
首を振ったくノ一は鼻から軽く息を噴きだした。
「悔しかったわ。何の力もない彼らに正面切って負けたんだもの。私が欲しかったのは
 自分のお金よ。私は乞食じゃない。強奪にせよこっそりと盗むにせよ、自分で稼いだ
 お金がほしかったのよ。それこそ」
「盗賊(シーフ)らしく?」
少女の言葉にくノ一は頷いた。

「10,000ゴールドは、乞食にくれてやったわ。恵んでもらったお金なんかまっぴらだった。
 それでニンジャらしくお金を稼ぐことにしたの。それこそ、“冒険者”としてまっとうにね。
 一人で迷宮に潜って化け物から金貨を稼いだ。チェストが開けられないから大変だったわ。
 一回だけ開錠しようとしたら失敗したうえにテレポーターよ。
 ライフスティーラーとのダンスはもうこりごり。“壁を目指せ”の金言を知らなかったら、
 今頃ターンテーブルの上でゾンビがくねくね踊ってるところよ」
くノ一のはその場で腰を振って踊って見せた。少女は手を叩いてくすくす笑った。
エルフが再び楽しそうな思い出を語り始める顔を見せたとき、少女の笑いは止んだ。
「でもね、地下で徘徊する化け物よりも、もっと効率よく稼げる化け物がいることに気がついたの。
 馬鹿みたいなこんな格好をすればいくらでもよってきたわ」
「復讐のつもり?」
少女の言葉にくノ一は迷宮で見せたような虚の目を向けた。少女はもう怖がらなかった。
「いいえ」
空洞の彫刻は、美しい顔を少女に向けたまま唇を歪めた。
「そんなものどうでも良かったわ。
 私はただ、自分でお金が稼ぎたかっただけよ。シーフらしくね」
「シーフにゃ“強奪”なんて稼ぎ方はできないよ。
 あたしらが稼ぐ方法は“スリ盗る”か“チェスト”だけだね」
「よっぽど平坦な道ばかり歩いてきたお嬢さんみたいね」
「そうだね」
少女は笑って椅子の上で足を組みなおした。
スカートの隙間から傷だらけの足の付け根が見えた。
空洞から息が噴きだし、微かに生命が宿った。
「それでも『舗装された道』よりは険しかったんでしょうけど」
「生まれつき足の皮が分厚いから感じなかったんだよ」
「本当に理解できないわ。あなたのように足を引きずってまで自分を辱めた
 馬鹿どもの死体を持ち帰ろうとしたシーフの考えることなんかね」
「仮にもパーティを組んだ仲間でしょ」
「あいつらを助けた理由は、それだけ?」
「あんたも本当にその言葉すきだねえ。だって他に理由あんの?」
「あんな目に遭わされたのに?」
「全然マシな方よ。チェストゲームのペナルティにしては軽い軽い。
 前いたところは十秒で指一本だったんだから。それに、」
少女は片眉を上げて軽く目をつぶった。
「エルフ以外が相手ならファックは嫌いじゃないしね。男嫌いの女はシーフなんかできっこないよ」
「その割には、坊主どもに蘇生費用は払わなかったわね」
少女が顔をあげニヤリと笑った。
「そりゃぁね。あたしはNeutralだよ。Goodじゃない。
 ここまで運んでやっただけでも十分だろ。あとは知ったこっちゃないね。
 ま、あいつらが契約していた『銀行』が気がつけば一週間ぐらいで無事に
 シャバに帰れるでしょう。鞠みたいに蹴飛ばされていた善良な銀行さんが
 持ち逃げしなければだけどね」
「最後まで面倒見切れないなら、最初から助けないほうがましよ」
「それがNeutralよ。どっちにも偏れない不真面目で優柔不断な頑固者なんだ」
彫刻に感情が戻った。首を振ったくノ一が溜息を漏らした。
そのまま少女の目の前に白い手の甲を突き出した。
「すごいでしょ。何年も経っていたのに綺麗に元通りよ。継ぎ目も見えないわ。
 ジッドっていう僧侶を知ってる?今はビショップになってたかしら。
 かなりふんだくられたけど腕はぴか一よ。彼に直してもらったの」
「ノームの癖にやたら色ボケしている凄い変人でしょ。少しサービスしてまけてもらったの?」
くノ一は目を見開いた。
「知ってるの?」
「あたしの最初のパーティにいた仲間だよ」
「まさか、嘘よ。あなたがあの“スペシャリスト”のパーティにいたなんて。
 それに、あのパーティには、」
「ええ、かの有名な“ミスター・エルフ”のキースさんもいらっしゃいましたよお!」
少女は笑ってまくし立てた。
「だって、あなたは五体満足じゃない。あいつの手に掛かったら、」
「さしものキースさんも、変人ジッドさんのお妾には手が出せなかったのよ。
 あのノームがあたしの最初の男よ」
くノ一は目を丸くした。
「世間って狭いのね」
エルフの顔に少女は満足そうに頷き口の端を吊り上げた。
「それで、その女の子は無事に手が元に戻ってめでたしめでたしってことかしら」
銀髪のエルフは笑って首を振った。
「さすがに無理ね。戻ったのは見た目だけ、もう昔みたいに動かないわ。
 今じゃすっかりチェストよりもこれ」
首筋に手の平を押し付けてくノ一は言った。残念そうに首を振った少女はすぐに質問をした。
「故郷へ帰るつもりはないの?」
「無理よ」
間髪いれずに答えが返ってきた。
「今更帰れないわ。この生活がすっかり板についちゃった。この街は麻薬よ。
 骨の髄まですっかり毒が沁みこんで、もうここを離れたら生きていけないわ。」
くノ一の言葉に少女は小さく肩を震わせた。

「ねぇ、シャイアって本名?」
「そう……だけど」
くすりと笑ってエルフは言った。
「『九本指の英雄』の故郷と同じ名前ね。あなた、あそこの出身?」
「残念ですが“島育ち”です。親父がさぁ、あの伝説の熱狂的ファンなのよ。
 おかげで兄弟全員どこかでみたような名前ばっかり」
二人は顔を見合わせて声をあげて笑った。
「ところで、あなたのお名前は?」
「『くノ一』よ。本名は……忘れちゃった。
 手を潰されたあの日に、あのシーフの娘は“Lost”したみたい」
寂しそうな少女の前でくノ一は明るい声で言った。

少女は皮手袋をとり、くノ一の前に差出した。
「はい、今日の代金」
差し出された小さな手をくノ一は訝しげに見つめた。
「いらないって言ったでしょ。それに私の前でそんないい手を見せないことよ。
 見ているだけで握りつぶしたくなるから」
「いいの。もう、あたしシーフやり続ける意味がなくなっちゃった。
 あこがれだったあの人がいなくなっちゃったんだもの」
少女は溜息を漏らした。
「一度、あなたとゲームをしたかったな」
「私もよ」
エルフはそう言って、ホビットの手を握り締めた。
少女の肩の筋肉が引きつったように震えた。指は潰れなかった。
「交渉成立の握手よ」
「え?」
「あなた、いいえ、シャイアさん、私とパーティを組んでくださるかしら?」
「ええー…」
わざとらしい声をあげて少女が顔を背けた。
「私と組んだからには、絶対に“転職”なんか許さないわよ」
意地の悪い笑みをくノ一は漏らした。
「ちょっと、勝手に決めないで欲しいなぁ」
「当然でしょ。あなたは私のブルーリボンを獲得したのよ。まったく、頭にきちゃうわ。
 私がやりたかったこと全部やってくれたんだから。シーフとしても、冒険者としても」
「そりゃあたしがホビットだったからさ。運がよかっただけだよ。ここじゃ運が全てなんだ」
「運がいくらあっても、駄目な奴は駄目なままよ。ほんと忌々しい娘ね」
「あーはいはいそうですかい。……あーあ、とんでもないのに捕まっちゃったなぁ」

その日の晩、スイートルームから話し声が途切れることはなかった。
勢いよく地面にみぞれを叩きつけていた空は、やがて柔らかい白い綿をゆっくりと降らせ始めた。
重いこんもりとした雲に覆われた街ではそこかしこで路の上で眠らざるを得ないものたちの息遣い
が響いていた。みぞれよりも暖かい白い雨は、ぬれた地面を徐々に凍らせ、街のいたるところに白
い絨毯を敷き詰めさせた。