コンコンッ
ロイヤルスイートのドアをノックする音が静かに響く。
若干14歳の若きプリーストが同僚のメイジを起こすいつもの光景だ。
「メイジちゃん朝だよ。まだ寝てる?」
「起きてる」
「あ、起きてるね。じゃあ僕は先に下でご飯食べてるから」
いつものようにそのまま階段を降りようとしたが、
「待って」
「え?」
呼び止められた。
「話があるから入ってきて」
「ええっ!?」
幾ら起きてるとはいえ年頃の女の子の寝室に誘われた事に驚きを隠せない。
「大丈夫。着替えてるし顔も洗ってるから」
「あ、うん」
はて何だろう。怒られるような事はしてないつもりだけど。
メイジの意図が読めないながらもそろーっとお邪魔する。
「失礼しまーす」
そこには確かに着替えを済ませてる幼馴染の少女がいた。
「おはよ」
「おはよう。大丈夫?風邪でもひいた?」
いつもと違って顔色が悪い。
「大丈夫。それよりプリ君は覚えた?」
「え?何が?」
唐突に問われて理解できなかったが、ふとある事が閃く。
「あ、もしかして新しい呪文?」
コクリ
少女が頷く。
「うん、バッチリ。MALIKTOもKADORTOもマスターしたよ。これで全呪文制覇」
「そう、良かったわね」
自分から尋ねながら、まるで他人事のように、若干恨めしげに相槌を打つ。
「あ、もしかしてメイジちゃん」
「そうよ、悪かったわね」
ピンと来て聞いてみる。プリーストと同じくメイジも今日レベル13になったのだが、
「覚えたの1こだけ。それもMAHAMANよ」
MALORとTILTOWAITの習得に失敗したのだ。
「あー、うん。でもよくある事だよ。気にしないで。皆も分かってくれるから」
「アンタはいいよね。レベル1からMP4もあったし、MADIも1発で覚えた優良児様だもん」
それに比べてアタシなんて、と恨み節全開の愚痴を始めだした。
「あーと、そのー。それで話って何?」
空気に耐え切れずに話題を変える。
「それなんだけどさ。プリ君ってアタシの知ってる限り彼女いなかったよね?」
「え?あ、うん」
恥ずかしそうに俯く少年。
「じゃあアタシと結婚しても何も問題無いわね」
「あ、うん」
そう頷き、
「ってええええええ!?」
間を置いて驚く。
「け、け、けけけっこ、こここ!?」
「ニワトリ?」
「そ、そんな急に結婚って言われても、喜んで、ってそうじゃなくて!」
「昔からほんとウブよね、プリ君って」
呆れてるような引いてるような表情のメイジ。
「ど、どういう事か順を追って説明してよ!」
「いやさ、良く言うでしょ?嫁入り前の女の子が裸見られたら責任取って下さいって」
「本とかでよく見るけど、それが何の関係?」
「いや、今夜にでもプリ君にアタシの裸見られちゃうし」
「ええええええっ!?」
益々混乱する純情プリースト。
「それにアタシもプリ君の裸見ちゃうだろうから、これはお互いに責任取らなきゃいけないかなって」
「な、なななんでそんなことになるのさ!?」
「LOKTOFEIT」
顔が真っ赤の少年に対し、あくまで冷静な少女。
「ろくとふぇいと?」
「そ。皆寝静まった頃に2人で外出て、アタシがMAHAMANした後にLOKTOFEITで脱出」
そこでようやく理解できた。
「ひょっとして、呪文覚え直したいの?」
「当たり前でしょ。13になるのすら莫大な経験値だったのに、14なんて先が遠すぎる」
「でも、そこまでしなくても」
「2軍の陰険ババア知ってるでしょ?」
連想するのも嫌だと言わんばかりの態度ではき捨てる
「あ、あの魔法使いさん?」
「あのババア、とうとうレベル12になったんだってさ」
「そうなんだ」
「アタシが14になるのと、あの行き遅れが13になるの、どっちが早いと思う?」
「経験値的に向こうじゃない?」
「んでアイツが13になってMALORやTILTOWAIT覚えたら?」
「そりゃあ場合によっては1軍に昇格、あ!」
ようやく気付いた。
「そうよ。代わりにアタシが2軍落ち、それもあんな年増怨と入れ替えでよ!」
プリーストは知ってる。この2人が超絶に仲が悪いことを。
「それだけは絶対に阻止しなきゃいけないのよ、絶対に!」
全身からかもし出す対抗心がオーラとして見えそうになる。
「幸いにも今日は祝日。明日までに覚えなおせば間に合うの。だから今夜決行よ」
「理由は分かったけど、でも、いいの?LOKTOFEITするって事は裸になっちゃうって」
「しょうがないでしょ。私MALOR使えないからプリ君の力借りないと無理なんだし」
理屈はその通り。しかし、
「あ、いっとくけど私の方絶対に振り返っちゃ駄目だからね。LAKANITOかますから」
自分はこんなにどきどきしてるのに、こうも平然とされてると、自分の事を異性として意識されてないようで寂しかった。
わかめ〜
わかめ〜
プリシラ〜
こんばんは、クローリングケルプです。ようやっと肉体の再生が終わりました。
今夜から復帰戦です。さあ新米冒険家に目に物見せてあげましょう。
おっと早速現れましたね。おや?メイジとプリーストの2人組ですか。
それも装備が貧弱ですねえ。男プリーストも女メイジもローブだけじゃないですか。
こういう世の中を舐めた若者には触手で制裁を与えなくてはなりませんね。
「あ、メイジちゃん。この魔物でいいんじゃない?」
「そうね。こいつ逃げないし人型じゃないし」
おや、好戦的なご様子。久しぶりですねえ、私に戦いを挑もうとする冒険者は。
本当に久しぶりです。久しぶりすぎて涙が。
「じゃあ行くわよ。MAHAMAN!」
なんのおんけいがほしいのか?
⇒まものをだまらせる
パーティをちりょうする
まものをテレポートする
「えっと、LOKTOFEIT!」
………
………………
………………………………………
はい?
なにがなにやら。
えっと。
そうですね、とりあえず。
ローブでも回収しましょうか。
ポイ捨ては良くないですからねえ。
「どう?」
「うん、大丈夫。誰もいないよ」
わかめは起きても草木は眠る丑三つ時。無人の歩道をこそこそと動く2つの影。
「あとは、このまま大通りに出れば宿屋まで一直線だよ」
「大通りってのが不安ね。ここまでは誰もいなかったけど」
「大丈夫だと思うよ。こんな夜遅くなら、きっと酔っ払いもいな」
「お〜れ〜はファイター♪わ〜かだっいしょ〜ってか!」
ドワーフ特有のダミ声がよく響く。
「いたじゃない」
それも1人や2人じゃ無かった。
「メイジちゃん、どうしよう?」
「どうしようったって、このまま強行突破するしかないでしょ」
「見られちゃうけど、いいの?」
「一応、こういう時の為の秘策は考えといたわ」
「秘策?」
「プリ君しゃがんで。勿論こっちを見ずにね」
「え、いいけど」
素直に従うと、
「えいっ」
ふにっ
やわらかい感触と、しっかりとした重さが同時に背中に圧し掛かる。
「わわわわわっ」
「こうやっておんぶすれば見られなくて済むって訳。お尻は、まあ、諦めるしかないけど」
「だだだだだからって」
「なによ、重いとか抜かしたらLAKANI」
「重くなんてないよ!重くないけど」
背中に、モロに感触が。それも素肌で。
「それじゃお願いね。距離も大した事無いから大丈夫でしょ?」
ぎゅっ
しっかりと抱きつき、背中の圧力が強まる。
振り落とされない為と、より確実に隠す為なのだろうが、胸の感触だけではなく、体温まで直に伝わってくる。
今までのどの暖房よりも確かな温もり。連動するように自分の体もどんどん熱くなっていく。
どんどん頭に血が上っていく。のぼせずに済んだのは、情けない事に血の集中が分散していたから。
正気を保てる内にプリーストは全力で駆け出した。微妙に前のめりだったのは果たしてバランス崩したからなのか。
はあっ、はあっ、はあっ
階段を上るプリースト。
「裸で息荒いなんてまるで変質者ね」
「おんぶして、はしったら、だれだって、いきぎれするよ」
「そうなの?アタシてっきりおっぱい当たってて興奮してるもんだと」
それもあるだけに反論できない。
万一誰かとすれ違うかもしれないから、このまま部屋までお願いね。
そう言われてしまい、宿屋に無事ついても柔こい圧力からは開放されなかった。
「や〜ん、プリ君もいつの間にか立派に男の子になってたのね〜って思ってたんだけど違うの?」
反論できない。というか言いたい事が多すぎる。
本当に男だと思ってるなら裸で抱きつく筈が無いだろと思いつつ、一歩づつ階段を上っていく。
カチャ
そ〜っとメイジの部屋のドアを開ける。
ベッドまで進み、そのまま後ろ向きでそっと置く。
「それじゃ、おやすみ。早く寝ないとレベルアップできないから」
そのまま振り返らずに廊下へ向かう。振り向くなと言われてるから当然なのだが、それ以上に自分自身振り向きたくなかった。
万一正面を見られたら、下のを見られたら、絶対に軽蔑されちゃうだろうから。
「う〜ん、それはいいんだけどさ」
だから後方から呼び止められた時、興奮してたのがバレたのかと思いドキリとした。
「プリ君って、不能じゃないよね?」
はい?
意味が分からない。
そんな質問をする意味も、不能ならメイジの死角で脈打つこれは何なのだという自問と。
「正直こんなシチュでスルーされると、アタシに魅力が無いっつわれてる気がして癪なんだけど」
彼女は何を言っているんだろう。
「まだ分かんないかなあ」
嘆息の後に、彼女から信じられない単語が飛び出した。
「MALOR」
「えっ!?」
途端に目の前に、いつの間にかタオルを体に巻きつけた幼馴染が現れた。
「ええええええっ!?」
腰を抜かしたのか、思わずその場に尻餅をついてしまう。
「ま、MALOR使えないんじゃなかったの!?」
「バッチリ使えるわよ。ていうかレベルアップの時に3つ全部覚えてアタシも呪文コンプ」
「!?!?!?」
余計混乱するプリースト。
「んー、まだ分かんないかあ。じゃあこれ見れば分かるかな?」
そう言って取り出したのは一足のスリッパ。
「え?それって?」
暗くて正確には分からないが、宝石が散りばめられてるそのスリッパは、
「そ。ルビーのスリッパ」
ルビーのスリッパ。使うとLOKTOFEITの効果。
「ええええええ?なんでそれ持ってるのに僕が?」
当然の疑問を口にしたのだが、結果はメイジを失望させただけだった。
「あー、もう、鈍すぎ!もういい、全部ぶっちゃける。アタシ、プリ君の事好きなの」
「!?!?!?!?!?」
益々訳が分からなくなる。
「でもずっと昔から一緒だし、アタシもこんな性格だから自分から告れないしさ。
だからってプリ君から告ってくれるなんて都合が良すぎると思ったし、色々悩んだ挙句、既成事実作っちゃえば
なし崩し的になるかなって。プリ君の性格なら責任取ろうとするだろうし、どうせ付き合ったらいずれやる事なんだし、
告る勇気より襲われる覚悟のが何とかなりそうだったし」
メイジの独白は続く。
「でも自分から迫ったらそれこそ軽蔑されそうだし、プリ君から迫らせるにはどうしたらいいかなって悩んで。
プリ君だからよっぽどの事が無いと襲おうとしないだろうし、やっぱ既成事実案も無茶かなって思ったら、
このスリッパの事思い出して。流石にお互い裸になっちゃえばプリ君もその気になるんじゃないかって思って。
凄く恥ずかしかったし、他の人にも見られるかもって怖かったけど、でもそれ以外に思いつかなくて」
プリーストは静かに、静かに耳を傾けている。
「でもさ、やっぱりこんな事やってる時点で軽蔑だよね。本当バカみたい。一つの事思い立ったら
他の事何も考えられなくなっちゃって、それでこのザマ。最低だよね。プリ君も全然チラ見とかしてこなかったし、
やっぱりアタシは対象外だったんだなって事実突きつけられただけだった」
そこまで聞いて、ようやく口を開いた。
「だって、見たらLAKANITOだって」
「本気にしたの?」
「そうじゃなくても、もし見たりしたら軽蔑されちゃうと思って」
「あー、やっぱアタシ達って本質的に噛み合って無かったのかあ」
悲しそうに己を悔やむメイジ。
「お互いの考えも理解し合えてなかったし、そもそもプリ君アタシじゃ欲情できなかった訳だし、って訳でも無かったのかな〜、あはは」
何かに気付いて急に顔を背けるメイジ。
そこでプリーストは思い出した。自分が真っ裸で、しかも尻餅ついてメイジの眼下にいる事を。
「わわわわっ!」
慌てて股間を隠すがもう遅い。
「ご、ごめんなさい!」
「いや、うん、それでいいんだけどね、うん。ただ、やっぱり、その、実際に、目にしちゃうと、その、ね」
「ごめんなさい」
「いや、謝るのはアタシの方だしさ、うん、それはいいの本当に」
気まずい空気が流れる。
「あの、さ。だから、今夜の事は野良犬に噛まれたと思って、気にしないで、うん。アタシの事は軽蔑しちゃっていいから、もう」
「そんな、軽蔑なんて」
「もう、忘れて、ね。ゴメンね、本当。馬鹿な事に巻き込んじゃって。それじゃ、おやすみ」
「待って!」
ガシッ
慌てて手を握る。
「え?」
「そんな、ずるいよ。いきなりそんなに言われても、頭の中追いつかないよ」
「だから、今夜は痴女に巻き込まれただけだからって」
「痴女なんかじゃないよ!!」
ビクッ
珍しいプリーストの声の張り上げに思わず竦んでしまう。
「痴女なんかじゃないよ。軽蔑なんかしないよ。だって悪いのは僕なんだから。僕のせいで、メイジちゃんにこんな事させちゃったから」
「え?え?」
今度はメイジが混乱する。
「ど、どゆこと?」
「えっと、僕も言う事沢山あるんだけど、一番最初に言うべき事を言うね」
そう言うとプリーストは立ち上がり、メイジのもう片方の手もぎゅっと握り締める。
「え?なに?」
「僕は、メイジちゃんの事が、大好きです。よければ、僕とお付き合いしてください」
「!?!?!?」
益々混乱するメイジ。
「そして、本当にごめんなさい。最初からこうやって告白してれば良かったのに、
勇気が出なくてもたもたしてたから、メイジちゃん思いつめちゃって、本当にごめんなさい」
まだ状況が飲み込めないメイジ。
「故郷の村にいる時からずっと好きで、でも僕なんかじゃ無理だと諦めてて、吹っ切って上京して立派な僧侶になろうと
思ってたら何故かメイジちゃんもこっちに来てて、気付いたら同じパーティにいて、最初運命なのかなって思ったけど
世の中そんなに甘くないって考え直して、でも立派な僧侶になれば釣り合えるかなって頑張って、
頑張ったけど今度は勇気が出なくて告白できなくて」
そこまで言うと沈みがちだった視線を上げ、キッチリとメイジの正面を見据える。
「でも、もう遅いかもしれないけど、それでも言わせてください。僕は、あなたの事を、愛しています!」
暗闇の中でも、メイジの顔が赤くなっていくのが分かる。
「僕と、お付き合いしてください。お願いします!」
「えっと、その、あの」
視線が虚空を彷徨うメイジ。
「えっと、それじゃ、こちらこそ、宜しくお願いします」
顔を真っ赤にし、目を何度もパチクリしながら答える。
「ありがとう!」
そのまま勢いでぎゅっと、できたばかりの恋人を抱きしめる。
「ありがとう、ありがとう」
「いや、こちらこそ」
感極まって抱きしめる力が強くなるプリーストと、すっかり主導権が奪われて未だに戸惑ったままのメイジ。
「えっと、それじゃ」
「あ、そうだね。もう夜遅いから寝ないとね」
「え?」
この後だけど、と言おうとしたら急にプリーストが離れた。
「それじゃ、おやすみ。早く寝ないとレベル戻んないもんね」
「え、いや、その」
何と言ってよいのやら。
「い、いいのよ?」
「え?なにが?」
「なにがって、その」
プリーストの体には今も尚、己をこれでもかと誇示している箇所がある。抱きしめられた時にも腹部に感触が伝わってきた。
そもそも真夜中にお互い裸で寝室にいる時点でやる事は一つしかない。
メイジもそれを受け入れる覚悟があったのだが、プリーストは長年の恋が実った感動ですっかりその事が頭から消え失せてるようだ。
一方メイジも、流石に自分から言い出す事はできなかった。
「えっと、その」
「あ、もしかして、おやすみのキス?」
「え?」
惜しい。
「そうだね。恋人になったんだもんね。ファーストキスも兼ねて、しよっか」
「あ、うん」
それ以上の事してもいいんだけど、と言いたくても言えない少女。
でも、想い人の唇が近づくにつれ、
「ま、いっか」
そう思い直し、彼を受け入れた。
とはいえ、
「プリ君のバカ!こんなんで寝付ける訳無いじゃない!」
メイジは別に好き者って訳でも無かったが、一度覚悟を決めてからのお預けでは流石に我慢できなかった。
「うぅ、これじゃ益々プリ君に痴女だと思われちゃうじゃないぃ」
恨めしげに呟きながら股間に手を伸ばす。そこには、おぶられた時から既に受け入れる準備ができていた。
「んんっ、もう、男は野獣だって、聞いてたのに、全然違うじゃない!」
それが嬉しくもあり、寂しくもあり。
「ああっ、プリくんのが、はいってきてるぅ」
気持ちを静める為に、できたばかりの恋人に抱かれる妄想と、それに連動して快感を得始めた。
「はあっ、はあっ、メイジちゃん、メイジちゃん!」
一方プリーストの方も、いくら草食系に見えようとも肉食率が0では無かった。
何の事はない。付き合い始めていきなりじゃ愛想尽かされると思って自重しただけなのだ。
おぶった時の背中の感触が、先ほどの柔らかい唇が、思春期の少年に与える刺激はあまりにも大きすぎた。
「ああっ、メイジちゃんイクよ!このまま、だすからね!」
「ああっ、プリくん、きて、アタシのなかにきてっ!」
偶然か否か同じ刻に達したのだが、勿論お互いに知る由も無い。
一度では火照りが収まらず、二度三度と快感を貪り、同じ回数だけ、同じタイミングで達してた事も、勿論知る由も無い。
このカップルが相性抜群だと気付くのは当面先の話である。