数日にわたり空を覆いつくした灰色の雲にかわり久々に太陽が顔を出した。メインストリートの両サイドには、踏みつ
けられた淡黄の雪が、冬季限定の生垣としてこれからさらに降り積もるであろう白い新参者の苗床として聳え立って
いた。数日間の突貫工事でできた薄汚れた生垣は所々器用に壊され、その間からありとあらゆる人種が往来を行き
来し、束の間顔を出した日の光とともに、覆われた雪を溶かし、踏みしめ、再び凍らせ、丁寧に通りを舗装していく。
今日はいつにも増して人通りが多い。寺院で開かれる二つのイベントのためだ。一つは、薪代すら惜しむカントの強
欲坊主によって開かれる年に一度の“一掃セール”、もう一つが抜け目ない役人から寄付金を守るために行われる週
三回の慈善事業、憐れな浮浪者たちに彼らが口にすることができる最高のご馳走(混ざり物だらけの麦と、何処を流
れていたのか得体の知れない水とで煮込まれた怪しい粥)を振舞うというものだ。メインストリートには精悍な冒険者
の列に混じり、今年初めての冬の洗礼に生き残った路上生活者たちが、一路寺院を目指していた。
その男も、押し合い殺気立つ浮浪者の群れに紛れ、メインストリートを流れていた。
風体は明らかに乞食同然、街中の司教に聞いたところで恐らくは誰も“ローブ”とは鑑定できないであろう程に汚れき
り、妙な臭いを発する布を纏い、生気溢れる“まとも”な冒険者の目を避けるよう、うつむき加減に歩くさまは、周囲に
いる浮浪者の群れに実によく溶け込んでいていた。この男と周りにいる浮浪者との相違点を挙げれば、乞食がもてる
生活用品にしては大きすぎる荷袋を背負っているという所だけだ。
寺院よりも遥か手前の所で、男は群れからするりと抜け出し、雪掻きの済んでいない路地へと飛び込んだ。
これは実に奇妙な行動であったが、注意を向ける者はいなかった。冒険者はもとより、周囲にいる浮浪者たちでさえ
気にしなかった。浮浪者たちはいかにして自らが手に入れる僅かな栄養源のみで日々生きていけるかという研究に
余念がない。厳冬を乗り切るには他人に構ってなどいられない。何より、先を急がねば久方ぶりに手に入る暖かな食
事を失いかねない。誰一人として、自らを監視するものが居ない事を確認した男は、この寒さにも関わらず薄汚い
ローブの左袖を巻くり上げ、暗い裏通りへと姿を消した。
* * *
「毎度ありがとうございます、またどうぞよろしく、ご贔屓に」
ふぅ、やっとこのニヤケ面から解放される。どうやら客は気がついていなかったようだな。
取引も無事済んでひとまず安心だ。バレなくてよかったぜ、善の高レベルパーティは希少かつ貴重な財源だからな。
よう、久しぶりだな、俺だよ、俺、俺、鑑定士だ。情けないことにあの一件以来もこうやってしぶとく生きているぜ。
おかげで銀行野郎からも散々馬鹿されたがな。ワケありで命が繋がった。俺はあの夜の後、一日中簡易寝台でぶっ
倒れていた。目覚めた時の気分は最悪だった。あの正体不明のワーベアの夢にうなされくノ一との密室での接触の
機会は潰れ、生きたまま魂を召されるところだった。俺の魂を繋ぎとめたのはテーブルに置いてあった紙切れだ。
『明日酒場で』
短い文章がくノ一の筆跡で綴られていた。正式に解雇宣告を下されるのだろうと落ち込んだが、最後に一目でも
くノ一の姿を見たいという思いから俺は酒場へと向かった。が、彼女の口から発せられたのは新たな仕事の依頼
だった。くノ一同伴のもと、あの種族詐称の新人の司教に見せて欲しいと、つまり俺に鑑定の教授を依頼してきた
のだ。正直複雑な気分だった。彼女の提示した金額は一介の鑑定士に支払う金額としては破格だった。
だが無事に新人が育っちまったら彼女とは縁が切れるのだ、自分で自分の死期を早めるようなものだ。俺の鑑定
方法は非常に独特な方法だから、参考にはならないだろうと言ったのだが是が非でもと懇願された。かなり当惑
したが、よく考えてみれば、ここで断ったらもうその時点で彼女とはそれっきりだ。歯切れ悪い思いを抱えたまま俺
は承諾した。まぁとにかく、首は繋がった。あの種族詐称の娘も優秀過ぎず間抜けすぎず、やりやすい生徒であっ
たことも幸いしてそこそこ楽しい時間を過ごせている。これで彼女がお出かけスタイルでなければ完璧なのだが、
授業の教室は酒場だ。これでも十分すぎる程の待遇だ。思い出として取っておくには悪くない記憶だろう。
俺はそのまま運命に甘んじようとしていた。アレの存在を知るまではな。
「こりゃぁどうも!お久しぶりですねぇ、旦那!」
『A Cot』の細い通路のどん詰まり、俺の自室の前では一人のチビガキが待機していた。
どう見ても10代入り口のチビガキの頭はノミをばら撒いて食わせたように所々禿げ、面に張り付いた笑顔は、
中年のオヤジのような油っこさと、若年の店子のような人懐っこさを醸し出している。
挨拶代わりに殴り飛ばしてやりたくなる面だ。
「今回で支払いが済みそうだ」
俺の言葉に、部屋に通されたチビの中年ホビットは目ん玉を剥いた。
「へ?なんですって?」
椅子に腰掛けながら俺は繰り返した。
「聞こえなかったか、今日で全部支払えそうだと言ったんだ。」
まだ目ん玉をひん剥いている禿げチビに向かい、投げるように金貨の詰まった袋をテーブルに置いた。
「そら、100000ゴールドだ。ちゃんとあるか数えてみろよ」
チビたオヤジは顎を外さんばかりに驚いたが、すぐさま商売用のぎとついた笑顔に戻った。
「ほぉお、さぁすが、あっしが見込んだ旦那だぁ!こいつはするってぇと…」
チビがニヤけた面で上目遣いにこちらを見てきた。
この野郎、どうも俺が知り合いの『銀行』に泣きついたとでも思っていやがるな。
「そいつは借物じゃない、正真正銘俺が稼いだ金さ」
「わかっていますとも、あっしども商売柄金の出身地は気にいたしませんぜ」
本当にわかってんのかこいつは。おおっと、そんな目で見るなよ、盗んだんじゃない。こいつは本当に俺が稼いだ金だ。
どうして俺みたいなクズがこんな金を稼げたのかって?
あまり大声ではいえないのだが、ちょいとした小技を使わせてもらった。いわゆる“すり替え”というやつだ。
鑑定の依頼品を一級下の品と交換し、その差額を利益として得る鑑定士ならではの錬金術だ。
この錬金術にはかなり下準備が必要だ。アイテムが出土する条件や環境をすべて把握し、
さらに、依頼人がアイテムを預からせてくれるまで、長い年月をかけて信用を築かなければならない。
当然、バレたが最後寺院送りじゃ済まされない。鑑定士は信用が第一だからな。
俺だって普段ならこんな危険な方法で稼ぎを増やそうなんて頼まれたってごめんだ。だが今は金が必要なんだ。
「計測値範囲内、混ざり物なし、たしかに本物の100000ゴールドでさぁ!」
天秤の目盛りを読みながら禿げチビが酒焼けした気色悪い子供の声を上げた。
「さあお約束どおり、こいつは旦那にお渡しいたします」
チビが商売道具の袋から透明な液体の詰まった香水用のような洒落た瓶を取り出した。唾液が一気に噴出した。
これこそ、不正を働いてまで求めていた至高の薬だ。
「本当に……大丈夫なんだろうな?」
まだ疑わしげな俺にチビは耳にタコができるまで聞かされた売り文句を繰り返した。
「旦那ぁ、そんなにあっしを信用できねぇんですか?そんじょそこらの『媚薬』と一緒にしなさんな!
従来の製品に多かった副作用は一切なし、オツムと胃袋に優しい一品、完全無味無臭、食い物にまぜりゃ
一流の忍者でも絶対に気がつかない!効果も抜群!コイツさえあれば、貞淑な僧侶も、気品溢れる君主も、
殺人機械のくノ一さえも忽ち淫乱な雌に早代わり!たとえ相手が豚面だろうと、涙流してよがり狂いますぜ!
もちろん、効き目が実感できないときゃ代金はお返しいたしやす!」
「永続性は無いんだろう?」
これも、これまでに何度も繰り返されたやりとりだ。
「こいつでベロベロになったところなんざ永続したら、どんな美人だろうが見れたもんじゃなくなりますぜ。
まぁ、そういうことなら、そういう薬もありますがぁね、完全に頭をやられちまうんでオススメはできませんがね」
結果は何度聞いても同じだ。まぁいい、一度きりでもおおいに結構。
これさえあれば、あのくノ一と・・・・が・・・で・・・・・・ということが・・・・
「おおっと、旦那、ところで以前お話したオプションはどうなさいますかね?」
いかんいかん、危うくこの禿げの前でトリップするところだった。
「追加の分だ、これでルームサービスに薬を混ぜてくれるんだよな?」
「へへへご用意のいいこって旦那ぁ」
「本当にできるのか?」
「これでも結構顔が広いんですよ。この宿屋の丁稚にも知り合いはいましてね。
小金つかませりゃ忠実に仕事をしてくれる連中ですぜ。ところで――」
「なんだ、まだ何か売りつけようってのか?」
「いやぁ、旦那、こいつはあっしからの好意なんですがね、旦那に特別に良いものをお渡ししようかと…」
指を立て、禿げチビは片手で商売品の袋をかき回す。
「どこへいったかな、っと……あったあった!」
壊れ物を扱うように丁重に小箱を取り出し、中に入っていた油紙を拡げて見せた。包まれていたのは数粒の丸薬だ。
「へへへっ、旦那、あっしがお見受けしたところ、旦那は、まぁ、その、経験があまり…ねぇ?
そこでだ、この丸薬をちょいと呑めば……効果は、言わんでもわかるでしょう旦那」
禿げチビがむかつきを覚えるような微笑をかます。舐めやがってこの野郎……
俺は胡散臭そうに小箱を禿げに押し返した。
「仕事柄な、脳味噌やられちまったら食っていけなくなるんだよ」
――“お陰様で郭にも行けず、この歳で清い体のままなんだぜ!”――
そりゃ欲しいよ!三こすりどころか触れただけで* おおっと! *なんだろうよ!
毟れるだけ毟りやがって!いくらだ畜生!買ってやろうじゃねぇかこのマザーファッガ!!
俺の真意を知って知らずか、禿げはヤニ塗れの歯を見せて箱を押し付けてきた。
「もちろん、それは十分に試験を繰り返しやした、保証しますぜ。お代はご不要です、こいつはあっしのお節介ですよ。
折角の記念すべき一儀なんですから、最後まで楽しみたいでしょ?少し前に飲んでおいて下せぇ、効果は強ぇですが
効くまでにニ、三十分は時間がかかりやすので。」
そういう時は、黙って説明書と共にうっかり置き忘れたふりをするのが商売人ってもんだろう?
湧き上がる微笑みを仏頂面にすり替え、俺はいかにも嫌々にという風体で受け取った。
「くれぐれも一錠だけにしてくだせぇよ、オツムにゃ別状はありませんが、
めっぽう強いブツでさぁ、ちょっとやそっとの解毒剤や呪文程度じゃ抜けませんからね」
残りの金貨を天秤に掛けながら、禿げが笑顔のまま言い添えた。
* * *
「本気で仰っているのですか?」
煤けたランプが鈍い光を放つ酒場の奥まった席にエルフ特有の甲高い声が響いた。
声の主と思しき君主は、酒場に来る身なりにしては大仰すぎる無骨な甲冑のおかげで顔こそ見えないが、
隙間から僅かに覗かせている目元が、種族特有の造形の素晴らしさを予想させる。
しかしその声からも、兜から垣間見える視線からも怒気が見て取れ、明らかに対面の人物に対し腹を立てている様子だ。
「あの時の返事であなたからの了承は取れたものだと思っていたんだけど」
方や卓を挟んで対面するやはりエルフ族の娘は涼しい顔のまま答えた。向かいの君主とは正反対に
メイジのローブにすら劣る何の魔力も籠められていないただの布、辺境の地では忍装束と呼ばれている
全身にぴったりと合う黒服を纏い、生糸のような銀髪と芸術品のごとく整った顔を外気に晒している。
オフピークに差し掛ってはいたが、いまだ多くの人々が犇く酒場ではその二人は一際人目を引いていた。
「あなたの“Human”嫌いはよく理解しているつもりよフローレンス、でも、私一人の一存じゃなくて皆で決めたことよ。
あなたの言う通りに今日はちゃんとこれを着てきたでしょ?」
ピンと張った黒装束の山の頂を指しながらくノ一は微笑む。
“当然だ、だが言いたいことはそういう意味じゃない”と釈然としない表情が顔当ての下に浮かぶ。実際彼女は非常に
聡明であったし、人間の本性を見抜くほどの分別を備えていることは君主も知っていた。だが時としてとんでもないヘマ
をやらかすこともまた事実だ。つまりは“天然”、それも素晴らしく頭の切れるという特異な女性だった。
「フラウドのためなんだから、解かってくれるでしょ。それにね、彼はあなたが考えているような人じゃないのよ」
くノ一の“ソレ”を親しげに語る口ぶりに、余計に納得のいかない君主は兜の隙間から抗議の眼差しを向けた。
「聞けばその男、何年も前に探索業に恐れをなし安宿で乞食同然の暮らしをしている廃人だとか。
例え有能な術者であろうと見ず知らずの他人ならば警戒するもの、ましてそのような屑人間など…」
「フローレンス」
くノ一の目つきが変わった。君主の目の前でくノ一が、親しい仲間から歴戦の冒険者へと変貌していく。
フルフェイスをしていなければ、君主の毛髪が重力を無視して膨れ上がるのが見えただろう。
「人に値札を付けられるほど、いつあなたはものを修めたのかしら?
自分の今の地位や強さは、あなた一人の実力だけで手に入れたものだとでも思っているの?」
君主は思わず椅子の背を握り締めた。
探索業を営む冒険者を特定の基準を元に大別すると、大きく二つに分けることが出来る。
『道なき道を歩んできた者』 と 『舗装された道を歩いてきた者』だ。
くノ一は前者であり、君主は後者であった。二人の間には百を超えるレベルの隔たりがあった。だが、この二つの人種の
間には、百のレベルの隔たりよりも大きな、例え数字の上でレベルが追いつこうとも決して超えられない永遠の隔たりがある。
無表情のまま、くノ一は冷めた茶の注がれたカップを口元に引き寄せる。
「今回彼にお願いしようとしたのは、フラウドのためだけじゃない、あなたのためでもあるのよ」
カップから口を離し、顔を上げたくノ一の表情にはいつも通りの笑顔が戻っていたが、君主の顔からは引きつりは消えない。
「わかりました今回だけ同行を許しましょう。ただし、今回だけですからね」
背もたれを握り締めたまま、甲冑姿の君主は目も合わせず言葉を吐き立ち上がった。
「どこへいくの?」
「地下でモルグと共にお待ちしております、リーダー」
「フロー、二人きりの時は、『お姉ちゃん』でいいって言ってるでしょ?」
「ここは私室ではなく公共の場です、けじめはつけさせて頂きます」
ゆっくりと酒場の入り口へ向かう君主を見送り、くノ一は肩を落とした。
「昔はもっと素直で可愛い子だったのに、いつからあんなになっちゃったのかしら…」
* * *
怠惰な魔導師の事務所開店時間を告げる鐘の音と共に、
心軽やかに待ち合わせの場所までやってきた俺は予想外の事態に唖然とした。
初見のぴったりした忍装束に見とれる暇もなく、驚くべき言葉がくノ一から発せられたのだ。
「じ、実地で実演指導……!?」
「この子ダンジョンだと上がっちゃって、引き受けてくれないかしら?」
「せ、先生、私からもお願いします!」
「いや…でもね…」
勘弁して下さい…いくらくノ一さんの頼みでも、こればっかりは……
俺がどうして宿屋の臭い部屋に引き篭るハメになったかお解かりなんでしょうか?
「そ、それにダンジョンでの先生の実演を見たがっている人がパーティにいるんです!」
いつの間にやら、同行してきたクソ盗賊がくノ一の影に隠れてこちらを伺っている。
アア オマエノ シワザカ
この餓鬼…人のトラウマ穿りやがって…そんなに俺に嫌がらせがしたいのか?!
鑑定用品一式をもって来て欲しいといっていたのはそういうことだったのか!!
「やっぱり…ダメかな?」
「せ、せんせい…」
そんな泣きそうな顔で見ないでくれ二人とも……
とにかく、いくら頼まれても、コレばっかりは諦めてくれ。
いくら涙目で上目遣いをされてもこれだけは――
「いいでしょう、引き受けます」
駄目だね、無理だよ、その顔は反則だ、くノ一さん。
探索中に恐怖で漏らすとわかっていても、この状況で俺が断れるわけ無い。
喜ぶ二人の影から、ガキが悪魔のような笑みを隙間から覗かせた。
ああ、見事にお前の術中に嵌ってやったぜ。
お返しに全身に香油塗りこんで酒場の変態どもへの供物にしてやるよ。
自害せずに生きて帰れたらな…ハハハッ!!はぁ…
* * *
足の踏み場もないほどに高密度に張られたキャンプ群をかきわけて、ようやく仲間たちが姿を現した。
私は遠目で仲間に伴われた貧相な男を観察した。見るだけでも胸が悪くなるような卑屈な顔だ。
男は怯えながらも、終始くノ一の体に下品な視線を送っていた。
これは近づいた時に剣で胴を真っ二つにしないようにするには骨が折れそうだ。
「あっ」
傍らにいたモルグが小さく声を上げた。
「知り合いか?」
モルグの横顔を見下ろしながら私は尋ねた。答えはない。
仕方なく、小さな目が凝視する先を眺める。
遠くに見えた男がくノ一に見とれて人垣の中で派手に転倒する現場が見えた。
人形のような愛らしい顔のノームはかぶりを振った。
「ううん、まだ、よくわからない」
モルグはノーム独特の幼子のような巻き舌で答え、白いフードの布の端を目元まで引き下げた。
* * *
慣れない装備を身に付けさせられ、約六年ぶりに俺は迷宮へと降り立った。
いつ来ても陰気で薄気味悪い場所だ。相変わらず城との連絡ロだけは滅茶苦茶に人でごった返している。
俺や銀行が『酒場の動く壁』ならばこいつらは『迷宮の動く壁』と言ったところか。
信じてもらえないかもしれないが、こいつら全員城には持ち込めない“特別なアイテム”を保管している連中だ。
心なしか昔より少しだけ壁が厚くなった気がする。いつの間にやら姿を消した知り合いの姿も見えた。
数年前、心機一転生まれ変わってやり直す、とか言って酒場に行ったっきり、消息不明になっていた野郎だ。
どうやら転職に成功したらしい。運のない奴はどこまで行っても運がない。
北に延びる通路の端で、非常に対照的な二つの影が出迎えた。
全身をいかつい鎧で固めた長身の君主と、頭巾を目深に被った盗賊女よりもさらに一回り小さい僧侶。
君主の野郎の方は明らかに俺が来る事を歓迎しているようには見えない。
くノ一が紹介する間も、鉄仮面の下から睨みを利かせてきやがった。
「フローレンスだ」
甲高いエルフ独特の女のような声で君主は俺に手を差し出してきた。
篭手を装着したまま嫌々差し出された手に、俺も皮手袋をしたまま握手に応じた。
「これはどうも…よろしくぅいうあッ?!」
そのまま、指が潰れそうな恐ろしい力で握り締められた。
「よろしく」
「フロー!」
「少し力が入ってしまっただけですリーダー、許してくれよ鑑定士さん」
痛みに悶える俺を尻目に君主は誠意の欠片も見られない謝罪を口にする。
そのまま、くノ一の後ろに、笑みさえ浮かべて極々自然に並びやがった。
これだからエルフの男っていうのはダメなんだ。性格も根性も歪みきっている連中ばかりだ。
しかもこの野郎、歪みきってるくせに性癖は“ノーマル”か、畜生!親しげにくノ一に話しかけやがって。
くノ一が怒ってることに気付けこのクソ鈍い優男が。
怒りにと痛みで悶えている俺に小っこい白頭巾が近づいてきた。
身長からして恐らくノーム、それも女だな。ノームの女は滅多なことでは素顔を外に晒そうとしない。
まぁそのほうが視界に優しくていい。大方の人間には余り心地よい印象を与えない面構えが多い。
こいつの頭巾の下の面なんざ想像したくもない。
だがまあ、顔はどうあれ種族ぐるみで敬虔なヤツラだ、苦しんでいる人間を見れば放って置かないだろう。
白頭巾が近づいてくるのを見て、『ひょっとしたらDIOSでもかけてくれるつもりか?』と期待をした。
「DIALKOは使える?」
ノームの斬新過ぎる挨拶に俺は思わず顎を外した。流石にここまで新しい挨拶だと返す言葉も無い。
昔パーティにいたノーム僧侶も変人だったが、こいつらのコミュニケーション能力はアンデッドコボルト以下なのか。
第一、DIALKOなんて、まだレベル一桁の俺が使えるわけない。
「あ、私、使えます、昨日覚えました」
……フラウドちゃん、いつの間に俺を追い越して行っちゃったんだい?先生とっても悲しいよ…
「こらっ、ムー!そんな挨拶なんて無いでしょ!」
君主に小言をいっていたくノ一が、すぐに躾の悪いノーム僧侶に喝を飛ばした。
くノ一の声にビクっと肩をすくめた僧侶がちびた手で俺の人差し指と中指を摘んで握りしめた。
「“モルグ”、よろしく」
モルグってなんだ、名前かそれは?この田舎ノームは片言でしか会話が出来んのか?
ノームはすぐに手を引っ込め、盗賊の前に並びながら声を掛けた。
「シャイア、前衛、もらうね」
「ちぇ、折角鎧着てきたのに」
「シャイア、そんなに俺の近くが嫌か?」
俺の声にキョトンとした顔の盗賊がこちらを見てきた。盗賊以上に俺は自分自身の出した声に驚いていた。
盗賊の事を本名で――“シャイア”という名前で呼ぶのは久しぶりだった。
俺は、まだ唖然としているシャイアが正気に戻る前に大急ぎで先手を打った。
「おっと、今回は商売人としてじゃなくて冒険者として来たんだぜシャイア、
残念ながら今日ばかりは対等に接してもらうとしようか、いいな?」
見る見るうちに盗賊の顔が赤くなり、ふくれっ面をしたまま向こうに顔を背けた。
“ざまぁ見ろ、チビ女め!”
俺はそのまま、奴が反撃してくるであろう文句に備えて身構えた。極自然な流れだ。
いつの間にか、俺は六年ぶりの日常風景を再現していた。ふと、自分が驚くほど自然に“ビショップ・ポジション”、
かつての俺の定位置にいることに気がついた。突然、脳裏に懐かしい光景が閃光のように映し出された。
ああそうだ、いつもの風景だった。
いつものように、変わり者で無愛想なノームのジッドが、シャイアとポジションのことで毎回のようにもめ、
俺と肩を並べたエルフのキースが腐ったタマネギみたいなねっとりした視線をホビットに投げかけ、爪の
垢をナイフで穿り全身から“芳しい香り”をはなつタッフィーが、リーダーのデラと地図を眺める振りをして、
シャイアに聞こえないような声で猥談を交わす、懐かしい―――
幻影はほんの一瞬だけ俺の眼前に現れ、すぐに消えた。シャイアは反撃してこなかった。
俺は後ろを振り向いた。“メイジ・ポジション”にいるのは、気色悪い男のエルフの顔ではなく、可愛らしい褐色の娘だ。
「フラウド、ここに並んだらどうだ、今はもう君のほうが俺よりも上なんだから」
僅か数日で、俺のレベルをとうに追い越した娘に声を掛ける。
「そこは先生の席です。私、まだ新米なんですから」
年下の新人の言葉に気恥ずかしくなり、よく分からない礼を言いながら俺は“司教の席”に留まった。
* * *
中層階までいかないにせよ、似たような造りの部屋が連続しているここ地下三階は不人気階層だ。
初心者パーティが前準備もせずにこの階層に迷い込めば化け物にではなくこの階層の迷路のような道と
罠に殺されてしまう。無論熟練の冒険者にとってはレクリエーション代わりにもならず、したがってこの階層
に降りてくるパーティは初見の初心者以外ほぼ皆無と言っていい。
そんな不人気階層に、普段ならば決して聞かれない熟達した冒険者たちの話し声が響いていた。
「あーあ、今日は貧乏神がいるおかげでついてないな」
今しがた開錠に成功した盗賊が、宝箱の中を漁りながらひとりごちた。
この階層に配置されたガードは殆んど片付けたというのに、未だにアイテムが入った宝箱が出現しないのだ。
「貧乏神、次の宝箱へはどう行けばいいんだ?」
「ここは東4の北18だったな、この扉を出て左手のターンテーブルの向こう側だ、座標で言ったら東19の北2だ」
腕を頭に乗せ、壁に背を凭れかけながら足を伸ばしている顔色の悪い司教の男がつっけんどんに答えた。
少し距離を置いて、宝石の指輪の魔力を使い羊皮紙に描かれた地図と照らし合わせていた若年の司教が、
男に聞こえないような小声で驚きの声を上げていた。
「東4、北18…すごい……ぴったりです!」
「信じられないわね、どうして今まで鑑定士なんかやっていたのかしら?」
若年の司教の横で一緒に羊皮紙を覗き込んでいたくノ一も、嬉しそうに男を褒めた。
この二人のようにあからさまな表現はしないが、残る同行者の君主と僧侶も、信じられないといった表情を浮かべていた。
この階層に入ってから、この男は地図も見ず、DUMAPICも唱えていない。
ターンテーブルを幾つも通過し、何度も遠回りしたというのに、相変わらず男の声に澱みはない。
「リルガミン広と言えど『床』を鑑定できる変人なんて、ここにいる鑑定マニアぐらいなもんよ」
「レベル三桁超えて未だに盗賊やってる罠マニアに言われたくないな」
「あんたほど気持ち悪くはないよ、この変態司教」
これまで何度も繰り返されたやり取りを聞きながら、君主は不思議そうに男を見つめた。レベルこそ上回っていたが
経験は薄い君主にとって、この男の立ち振る舞いは非常に新鮮だった。確かに戦闘での貢献度は大したことはない。
しかし、彼は迷宮での自分の立ち位置を知り尽くしていた。なによりも、冒険者としての知識が信じられないほど
豊富だった。戦闘の時に背後から感じ取る緊張感は最下層を徘徊するいつもの探索の比ではなかった。彼にとっては
どんなに脆弱な敵が相手だろうと一戦一戦が真剣勝負なのだ。終始くノ一の体をねっとりとした目つきで見つめる事
を除けば、尊敬にも値する人間だ。汚物を見るような眼差しも、次第に奇妙な動物を観察する目に変っていった。
* * *
一通り品物が揃ったところでいよいよ司教の実演授業が始まった。場所は地下四階、階段からのルートで降りた先、
西に向かって進んだ所にある行き止まりの部屋だ。結界の薄明かりの中、初めて真向かいから司教の顔を拝んだ。
血色の悪い顔に気味の悪いにやけ笑いが浮かんでいる。下賎な目線の先には姉の姿があった。
先程一瞬でも気を許したのが間違いだった。やはりこいつはただの変態屑人間だ。私の目に気付いたのか、奴は
下衆笑いを引っ込め、これ見よがしにいそいそと鑑定の準備を始めた。戦利品を床一面に並べ、分厚い手袋を脱ぎ、
もったいぶった手つきで背負い袋から鑑定の道具と純白の絹布を取り出した。
横では神妙な顔のフラウドが、緊張した面持ちで奴の動きに見入っていた。
奴の目つきが変った。痩せた手の甲の魔力の火傷がうっすらと淡い光を放った。
背筋に冷たいものが走った。戦闘に置いてすらこんな目をする人間など見たことがない。
厳かに、奴は口を開いた。
「始めに言ったとおり、俺の鑑定方法は司教の間では外法扱いだ。レベルが上がれば、知識と技量に関係なく物の
正体がわかるようになる。あくまで、レベルが上がるまでの参考程度にしてくれればいい」
「はい」
フラウドの声も心なしか上ずっている。その場にいる全員がその司教の挙動に見入っていた。
「アイテムを扱う時に重要なことは何だ?」
「ええと、名前が解かるまで決して“触らない”ことです」
司教がアイテムの中から襤褸布に包まれた剣を選び絹布で包み、見えるように高く捧げた。
「剣を扱う時の注意事項は覚えているかい?最も触ってはいけない場所は?」
「柄の部分です」
「他には?」
「鞘の持ち手部分と鍔……だったと思います…」
「それだけでは答えが不十分だが、まあいいだろう。後は鑑定を行う司教以外は触らない部分、鞘の底だ」
司教は絹布の中でくるりと剣を回し、フラウドの前に突き出した。
「では、この剣の名前は?」
「え……?」
無理難題だ。フラウドは剣を持つことすらしていない。
「ヒントは幾つも有った筈だ。一つ、この剣は誰が持っていた?」
「ええ…えっと…えっと…シャイアさんだった気がします」
「正解だ。だけど、もっと自信を持って言って貰わなければ困るよ。
二つ、これはどこで手に入ったアイテムだ?」
「……わかりません……」
フラウドは小さく項垂れた。
「叱るつもりはないが、もっと注意深く見ておくことだ。
パーティに同行できる司教にはあらゆるヒントが啓示されているんだからね。
この剣は地下一階、二回目にエンカウントしたガード、コボルトを倒した時に手に入れた品物だ」
思わず笑い出しそうになった。まさか、今まで手に入れたアイテム全ての出所と手に入れた経緯を記憶して
いるなど冗談以外の何ものでもないだろう。それなのに、フラウドもこの男も表情は真剣そのものだった。
「これでもうヒントは出尽くした、地下一階の宝箱から手に入るアイテムは十五種類、
襤褸に包まれてはいるが剣の形状を持つ、この時点で二つに絞れる、
刀身はこの状態では測れないが柄の形の特徴から答えは一つに決まる、このアイテムの名前は?」
「…ショートソードだと思います」
モルグが小さく嘆息を漏らした。危うく私まで釣られるところだった。
荒くれ者の冒険者の中で、非常に奇特な“頭脳労働者”の仕事の内容を初めて垣間見たのだ。
まさか彼らが、これほどの知識と、観察力で鑑定をしているとは思いもしなかった。
鑑定は品物の名前が解かればそれで終わりというものではないらしい。例え物の名前が解かっていても、それだけでは
ボルタックに相応の値段で売ることが出来ない。宝箱という母体からたった取り出されたばかりの生まれたての宝達は、
襤褸布や紐で硬く包まれている。ただの襤褸ではなく、珍妙な法則に従って簡単な呪文が籠められているそうだ。
先程の剣を手に、フラウドが不器用な手つきで襤褸布と格闘する横で、別の剣を取った司教が、ロブスターの殻を剥く
料理番のように、いとも簡単に襤褸布を剥がしていく。白い絹布に包んだまま床に剣を床に置き、小唄でも口ずさむように
祈祷の文句を呟きながら素早い動きで、刀身の数箇所に直に指を押し当て印を結んだ。
「“切り裂きの剣”」
司教の口から正式にアイテムの名前が告げられた。鑑定を始めてから終了まで僅か一分足らず。高級品では無いが、
その流れるような動きと素早さはとても人間技とは思えない、まさに神技だ。戦術以外で見惚れるほどの神技を行える
人間を間近で見るのはこれで二人目だ。
「やーいのろま!“皮剥き”で42秒もかかっちゃって、罰として帰りは前衛決定ね」
「おいおい、ブランク六年だぜ?こちとら“現場”は久々で上がっちまってんだよ、大目に見ろ」
もう一人の神技師が、慣れた野次を飛ばした。きっと、かつて何度も交わした彼ら専用の挨拶なのだろう。
気がつけばモルグが、フードをずり上げて男のすぐ近くまで寄り、その手元に見入っていた。
コツコツと顔当てを叩かれるまで、私もその神技にすっかり魅入られていた。
顔を上げた先にはしたり顔の姉の顔があった。指先で、兜の額にノックをしながら小声で私に言う。
「それ外したら?そのほうがよく見えるわよ」
* * *
「呪術の籠められたアイテムをいち早く判別できるようになることは非常に重要だ。
板金製の鎧においては、ルーンと模様の判別が不可欠になってくる」
鎧の解説を終え、次の品物に手を伸ばそうとした俺の視界に、奇妙な物が入ってきた。
膝を抱え、前かがみに俺の手元を見つめるブロンドの巻き毛の人形、こんなアイテムは拾った覚えはない。
人形がこちらに気付き大きな青い瞳をこちらに向けてきた。こいつは驚きだ、人形かと思ったのはあの片言の田舎ノームだ。
それもノーム族の中でも稀に見る非凡な容姿、同族からは最も忌み嫌われるであろう非常に整った他種族受けをする顔だ。
ボルタックで言うところの“GARB of LORDS級”の珍品だ。こんな珍品は今まで…いや?
怪訝な顔をしてノームの顔を凝視した。この顔には見覚えがあるような…相当昔に一度会った気がする。
が、エルフ娘以外の顔は中々ポンとでてこない。
あんまり見つめているとそっちの人間だと勘違いされそうだ。モヤモヤした思いのまま俺は目線を上げた。
視線を移した先で、俺はもっと驚かされた。結界の真向かいで、同じ顔が二つ並んで見えたのだ。
真向かいにあったのは、黒装束のさらりとした銀髪を掻きあげながら笑顔でこちらを見つめている
芸術品のような顔と、その横に鎮座する荘厳な鎧を着込んだやはり美術品のような整った顔。
こっちの人形が“GARB of LORDS級”なら、あっちは“MURAMASA BLADE!級”といったところだろう。
表情が対照的であること――一人は笑顔、一人は仏頂面――を除けば、二人の顔の造形は全く瓜二つだ。
俺は馬鹿のように口を開いたまま静止した。
「あ…の…ご兄弟で?」
「妹」
横にいる君主に腕を回しながらくノ一が答えた。顔を赤くし表情をしかめ、君主はくノ一の腕から逃れようとした。
くノ一とは違い、髪は肩の長さで短く切りそろえられ、柔和さよりも精悍さを誇張している凛々しい顔立ちを持っている。
無骨な鎧に包まれているが前衛職らしい引き締まっていて、それでいてエルフ特有の柔らかさを保っているであろう
四肢が想像できる。
「リーダー、部外者に余計なことは言わなくても…」
「フロー、“お姉ちゃん”でいいって言ってるでしょ、一緒に探索する仲間なんだからそれぐらい知って貰わなきゃね」
鎧姿の凛々しい顔が耳まで赤く染まった。心なしか先程まで射殺すようだった俺への視線も、柔らかく砕けた印象に変っている。
なんということだ…くノ一は『おねえちゃん』だったのか…いや、むしろそれは俺にとって喜ぶべきことだが。
思わず頭を抱えてうなりそうになった。俺のセンサーも精度が落ちた。
今まで長時間眺めていながらなんとも思わなかったのは、この娘の尻だったなんて…
「先生、授業の続きを――」
「あ、ああ、すまないな」
妙に緊張してきた。ここには俺を除き女しかいない。
俺の守備範囲外も含まれるが、まるでHumanの為に厳選したような一級品ばかりが寄り集まっている。
このドワーフ娘といいこのノームといい、種族の短所を無視して長所ばかり際立つ珍品が一度に揃うなど非常に稀だ。
ましてこのくノ一やこの君主のように、元々美しい容姿を備える種族の中でさえ際立って素晴らし逸品まで揃うなど、奇蹟の確率だ。
なんなんだこのパーティは……
「なーにぼさっとしてんだ、退屈してるんだから早くしろよ」
だるそうな声が聞こえてきた。盗賊がキャンプの隅で、暇そうにダガーを指先で回している。
ああ、お前がいたなシャイア、初めてお前の存在をありがたいと思ったよ。
「どっかのヘボ盗賊がプリーストブラスターの罠を解除するときよりは時間は掛かっていないつもりだがな」
いつも通りの応答をして、俺はアイテムを選びにかかる。
が、すぐさま帰ってくると思われた憎まれ口が何時までたっても答えが返ってこない。
隅のほうから、シャイアがしょげた顔でこちらを見ている。なんだよその目、まるで俺が悪いことを言ったみたいじゃないか。
どうやらこの特異な場の瘴気に当てられて、俺の頭がおかしくなったようだ。こいつの顔まで可愛く見えてきた。
* * *
古参兵が好んで使う冒険者の基準、『道なき道を歩んできた者』と『舗装された道を歩いてきた者』の篩いにかけたのならば、
この男は間違いなく前者の笊に引っかかるだろう。このパーティのメンバーのほぼ全員が前者に属する冒険者である。
新人のフラウドを除けば、後者に属するのは私しかいない。
ここにいる者は皆――シャイアも、モルグも、そして姉も――このリルガミンでなんらかの形で洗礼を受けた者だ。
そして全員が例外なく、逆境を生き抜いてきたもの特有の芯の強さがを持っていた。だからこそ、私はこの男に対して
どうにも腑に落ちないものがあった。粗方のアイテムの鑑定が片付いたところで、私はつい疑問を口に出してしまった。
「どうしてあなたは、冒険者を辞めて“鑑定士”などになられたのですか?」
自分でも驚くほど自然に丁寧な言葉が飛び出した。次の瞬間、場が凍りつくのを感じた。
隅にいるシャイアが膝の間に顔を押し付けうつむくのが見えた。姉が私の脇を突っつき、戒めるような目線を送ってきた。
そこまできてやっと、私は質問をした事を後悔した。運命にしてやられ、這い上がってこれなかった人間は、運命を呪い、
他人に責任を押し付けた情けない言葉しか吐かない。この男は堕ちたまま這い上がれなかった人間だ。
幻滅させる答え以外が帰ってくるとは思えない。まして、その原因となった者がこの場にいるのだ。
男は手にした鎧から手を離し、真直ぐこちらを見据えた。目線はそのままだが、周りに答えを求めるように、困惑気味に
辺りの空気を察しようとしている。顔はこちらを向いているが、明らかに注意はシャイアの方を向いていた。
目線を合わせずに盗賊と会話をした後、男は情け無さそうに顔を歪め、口を開いた。
「俺が馬鹿だったんです。それだけですよ」
へらへらした顔だったが、至極まじめで真剣な言葉だった。
すぐに照れたように下を向き、ぼそぼそと手にした鎧の解説を再開した。
* * *
寺院の鐘がワードナの事務所閉店の時間を告げた。
気力も体力も使い果たし死ぬほど疲れていたが、これからの大仕事を考えると俄然やる気が沸いてくる。
この日の為に一週間自慰を禁じてきたのだ。この俺からすれば凄まじい努力だ。今さら引き返せない。
ついにやってきた、ロイヤルスイート。
その階層への階段一つ一つには、数百人の冒険者の血潮が詰まっている。
穴が開くほど部屋番号を入念に確認。間違いない。禿げから貰った丸薬は既に飲んできた。
丁稚に薬は渡してある。既にルームサービスを届けたことも確認済みだ。
“気ぃ付けてくだせぇ、あっちの薬は即効性ですからね!”
禿げの言葉が思い出される。頭の中で、シュミレーションが自動放映される。
―――――――――――――――――
ノックの音に涼やかな声が答える。
ここで俺はわざと驚いたふりをする。
『おっと、部屋を間違えちゃいました』
『そうなの?会いに来てくれたものだとばっかり。
ねぇ、お時間あるならちょっと寄っていかない?』
くノ一は笑って俺を部屋に引き入れるだろう。
そして、ルームサービスで届けられた湯で沸かした茶を俺に振舞う。
きっとくノ一の分も用意されるだろう。あの麗しい唇がたっぷり媚薬の混ざった茶に触れる。
その後は・・・・・・・・
―――――――――――――――――
よし、シュミレーション終了、完璧だ。この計画に抜けはない。
さあ、もう何もためらうことはない。はやる気持ちを抑え、ドアをノックした。
* ガチャ *
目に映った人物を見て、すぐさまドアを閉めたくなった。
俺が引き返す前に取っ手が押さえられ、中にいた小人に声を掛けられた。
「なーんであたしの顔見てコソコソ逃げようとすんの」
“なんで”は俺の台詞だ。なんでお前がいるんだよ。寄りによってなんでお前が……
狼狽する俺の様子を、シャイアは怪訝な顔でジロジロと見回した。
「あんた、よくこの部屋がわかったわね」
「本を…貸すためにフラウドから部屋番号を聞いていたんだ」
まさか丁稚に小金をつかませて聞き出したなんて言える筈がない。
疑わしげなシャイアの顔に内心冷や汗ものだったが、どうにかうまく騙されてくれたようだった。
「ま、どうせリーダーからあんたを部屋に招待するように言付かっていたんだ。手間省けてよかった」
なんだと。つまりそれはなんだ、くノ一が俺に興味があるというか、気があるというか、発情しているということなのか。
俺の脳内を読み取ったのか、ホビットがげんなりした顔で言葉を浴びせかけた。
「なんか勘違いしてんでしょあんた。ただ単にお礼がしたいので食事でもどうかってさ、皆でね」
“皆で”ね。ああそうですか、わかってますよ、俺の立場は弁えていますよ。
「なにボサッと突っ立ってんの、お茶くらいだすよ。どうせ皆が帰ってくるまで時間かかるし」
悪態とも取れる程不機嫌な語気を発しながら、シャイアは俺を半ば強引に部屋の中に引っ張りこんだ。
ちっぽけな手に引っ張り込まれた時、俺は自分の体に異変が起き始めていることに気がついた。
シャイアの子供のような手に掴まれた俺の腕が熱を帯び始めていた。熱い。麻疹のようにな熱が体中から溢れ出している。
脂汗が滲み出した。大急ぎでロイヤルスイートの部屋の中を見回す。白を基調としたシンプルで荘厳な部屋の中で、
俺はある物を探していた。
あった。水時計だ。簡易寝台の通路を出るときに見かけた火時計の目盛りを思い出す。
粗悪な蝋燭を信用してもいいのならば自室を出てから既に二十分は経過していることになる。
丸薬が徐々に効果を現し始めたのだ。急激に嗅覚が冴え渡った。女の匂い、シャイアの体臭が鼻腔を刺激している。
まずい。まさかくノ一の部屋がパーティ全員の居間のように使われていたなどとは予想外だ。
このままでは、俺はこのホビットを押し倒そうとして返り討ちに合い非業の死を遂げるという最悪の結末を迎えてしまう。
「熱でもあんの?」
ポットに湯を汲みながらシャイアは欠片も心のこもっていない言葉を掛ける。
「いや」
茶を入れるシャイアの様子を見て、俺は青ざめた。
「シャイア、その湯、どこから持ってきたんだ?」
「ルームサービスでさっき持ってきてもらったのよ、当たり前でしょ?
あ、あんたこんな部屋使ったことないから知らないんでしょうね」
シャイアはカップを二つ用意しながら憎まれ口を叩く。口の中で唾液が溜まりはじめた。
「折角だが、俺はいらないよ」
「毒なんか入ってないわよ、あたしも飲むんだから」
それがまずいんだよ。もしもあの丁稚が、確実に仕事を成し遂げていたとしたら、考えるだけでおぞましい結果を招くことになる。
『いいんじゃないか?』
丸薬に支配され始めた俺の頭にうつろな声が響く。
『その女にすぐさまブチ込みたいんだろ?』
いやだ、死んでも御免だ。こんなクソ女には。
『そのクソ女に恥をかかせるチャンスじゃないか』
そうじゃない、俺が言いたいのは――
『お前を陥れたのはそいつだ、復讐をしたかったんだろう?』
違う、復讐なんてどうでもいいんだ。
あの出来事が無かったとしても、俺は結局今と同じ人生を歩んでいた。わかっているはずだ。
ジッドは――僧侶はあの時DIALKOを使えた。なのに俺は放置されたんだ。
俺は奴等全員から“不必要”とされたんだ。公然と役立たずの塵屑だと言い渡されたんだ。
わかってるとも、リーダーから言い渡されたんじゃない。
奴等の意向を無視してこいつは自分の意思で俺を寺院から救い出したんだ。
野郎だらけのパーティで、その後こいつがどんな目に合わされたのかなんて容易に想像がつく。
『今さら聖人ぶるなよ、腐れS.O.Bさんよ。なぁに、その女だって、薬でラリっちまえば喜んでケツを振ってくれるだろうよ』
冗談じゃない。ホビット族は駄目なんだ。俺は――小人だけは絶対に駄目なんだ。
* * *
多民族国家であるリルガミンでは個人の趣味や性癖は非常に流動的で多彩だ。『駄目』だったものが『大丈夫』になること
もあれば、逆もまたしかりだ。実を言うと小人が守備範囲外なのは俺の生まれつきの性癖ではない。軽蔑していただいて
大いに結構だ。シャイアとは長い付き合いだが、何も昔から“範囲外”であったわけではない。かつては、小憎らしいなが
らも可愛いと思っていた時期もあった。俺が小人族を情欲の対象外に置くようになったのは他でもない、あの変態野郎――
パーティにいた腐れエルフのキースの影響だ。
俺が自動計算機としての人生をスタートさせて間もない頃、野郎は戒律を変え、前にも増して散々に俺に嫌がらせをしてきた。
その中の一つが、俺の鑑定するすぐ横で野郎の“(今のところ)一番のお気に入りの玩具”で時間つぶしをするというものだ。
最悪の記憶だ。奴が連れてくる玩具は皆、まだあどけない顔をした小人ばかりだった。もしも俺の事を羨ましいと思ったのならば
実際に見てもらいたいもんだ。奴は重度のサディストだ。生気の失った子供同然の娘をあいつなりのやり方で可愛がる様なんか
とても直視できたもんじゃない。奴が飽きて、廃棄される頃の娘などほとんど人の形をなしていない。
あの野郎はあれで結構嫉妬深いからな。興味があるなら、酒場の左奥の樽置き場に転がっているボロ屑の塊を蹴飛ばしてみれ
ばいい。俺の知る限り、奴の“元お気に入り”の中でもっとも形のまともな娘に出会えるぜ。“リップサービス”は中々評判だ。
何せ綺麗に全ての歯をへし折られているからな。鼻が欠けた面とユニークな形の背骨が平気なら是非お試しあれ。
10ゴールドもあればもっと凄いものも見せてくれるだろう。
奴のおかげで、綺麗さっぱり小人には欲情しなくなった。憐れみか、もしくは吐き気やムカつきしか沸いてこない。
俺は腐りきっていたが、あれ以来、小人には手を出すまいと心に決めた。そのつもりだったのだが―――
* * *
目線が段々ホビットの下半身へと移り始めた。今すぐ毛むくじゃらの裸足の足の裏をしゃぶりたいという最悪な衝動に駆られる。
腹の中で溶けた薬が、今や俺の脳の殆んどの領域を侵しつつある。あの禿げ、“頭の方には害なし”だと抜かしやがったが、
とんだ食わせ者だったな。股間のつっかえ棒が法衣を押し上げ、テントを張り出し始めるのも時間の問題だ。
目の前ではシャイアがカップに注がれた茶を吹き冷ましている。
今すぐそのちっこい手からカップを叩き落さなければ手遅れになる。頭では理解しているのだが手が動いてくれない。
「あいかわらずお子ちゃまだな、熱すぎて飲めないんでちゅか?」
冗談を言っている場合ではないが、手が動かない以上これ以外に悪あがきのしようがない。
むっとした顔を向けたシャイアは、熱いままの茶を口元へ持っていった。ああ、まずい逆効果だった。
シャイアはそのまま、カップをぐいと傾けて茶を口に流し込んだ。
“今ならまだ間に合うぜ!逃げるんなら今のうちだ!”
しぶとく生きていてくれた理性が警告を出してくれた。無論、足は動かない。
文字通り固唾を呑んでこの小さなホビットの挙動を見守ることしか出来なかった。
「熱っ!」
舌を火傷したホビットが、茶を跳ね飛ばしながらむせ返った。
「おいおい、無理はよせってんだよ、お子様の癖に」
「ゲホッ…う”るざい…だいだいあんだのぜいでじょ!!」
なんとも無い、いつものシャイアだ。
――こいつはひょっとすると、あの丁稚が都合よく仕事を怠けてくれたのかもしれない。
「ケフッ…あんたが余計なこというか…」
最後まで言い終わらないうちに、突然ホビットは床にうずくまった。俺の筋肉が一気に引きつった。
“ほら、今だよ!今しかない!”
往生際の悪い理性がまだ喚き散らしている。
根の生えたように動かなかった右足が少しだけ動いた。今なら、逃げられるかもしれない。
うずくまったホビットをなるべく見ないようにして、股間をおっ勃てたまま、俺は椅子を跳ね飛ばして走り始めた。
三歩と進まないうちに足を取られ、勃起したまま前へつんのめった。
怖々背中越しに足元を見やる。シャイアが小っぽけな体を俺の足にくっつけてしっかりと抱きしめ、熱い息を吹きかけていた。
むせ返った時に滲み出した涙で潤み焦点の合わない瞳がこちらを見つめている。
“即効性というのは本物だったぜクソオヤジ!”
毒づいている場合ではない。足に絡みつくホビットを跳ね除けようとしたが、今度は本当に足が動かない。
「・・・・ぉしれ・・・・・ろこ・・・いくの・・・・・」
シャイアの口元が開き呂律の回らない発音と共に涎が一筋、宙を伝って俺の法衣を汚した。
“薬のせいだ!”
その通りだ。今しがたつくられたシミに怒りを抱くどころか、今すぐそのシミにしゃぶりつきたいなどと思うのは薬のせいだ。
そのまま涎の糸をたぐり半開きになっている涎壺を吸い尽くしたいなどと考えるもの薬のせいだ。ブラウスを剥ぎ取り
スカートを捲り上げ扁平だろうその体をくまなく舐めまわしたいなど考えるのも全部薬のせいなんだ。
硬直している俺とは対照的にシャイアは非常に積極的だった。“オツムに優しい薬”ですっかり蕩けきった顔が、俺の
上半身にまで這い上がってくる。俺の頭の中では理性が最後の力を振り絞って、酒場に設置されたコルクボードに
貼り付けられている初心者しか聞かないような馬鹿げた質問に答えていた。
『問: ひよっ子シーフがレベル三桁のビショップに追いかけられた。無事逃げ切れたのかな?』
『答: カント寺院の僧正が勤務中にくしゃみをする確率で逃げ切れる』
『問: カスみたいなレベルのビショップがレベル三桁のシーフに追いかけられた。無事に逃げ切れるかな?』
『答: あきらめろ』
馬鹿げた問答は絶望的な答えを導きながらも、まだ俺に思考能力があることを証明してくれた。
それが良い結果を招くとは思えなかったが少なくとも、“最後の選択は自分でできる”という濡れた指でつつけば
破けるほど薄っぺらい自尊心を保つことが出来た。今のところは、だが。
俺の胸の上で静止していたシャイアがぎゅっと拳を握り、身を固くしながら胸板に顔をこすり付けてきた。
「ぷちゅっ」という水音が遠くから聞こえ、腿の部分にぬるま湯に浸したタオルを押し付けたような温かみが広がった。
シャイアの手が俺の腰帯に伸び、盗賊の器用な手つきで結び目が解かれた。肌着の上から小さい口で乳首を吸われた。
下の方では、テントの支柱を布の上から毛むくじゃらの足が撫で擦っている。チクチクした痛みを伴うのではないかという
懸念とは裏腹にびっしりと生えた栗毛は予想をはるかに上回るほど柔らかく、薬で何十倍にも増幅された快感が脳天を
突き抜けた。
『一ポンドで十三個――RING of DEATH!、一ポンドで十二個――RING of HEALING』
辛うじて意味のある単語ではあるものの、もはや理性は現状では何の役にも立たない言葉の羅列しかはじき出さない。
ペニスに口があったのならば、おそらくこんな馬鹿げた頭の声よりも、もっと現実的な言葉を喋るに違いない。
シャイアの舌が肌着の下まで侵入し、肋骨をなぞり始めた。
『おい、腐れS.O.Bの本体さんよ、こんなチンケなホビットに何から何までやられっぱなしで満足かい?』
“――そんなつもりは毛頭ないね”
股間から滲み出た声に答え、俺は言葉通りに現状を“ひっくり返した”。天地をひっくり返されたシャイアは薬で酔っ払いながらも
ポカンとした顔で俺を凝視している。知性の欠片も消えうせた阿呆のような面であるにもかかわらず、その顔はたまらなく可愛い。
『ああ、もちろんこれは――』
“薬のせいさ”
理性の面目を立てようとしたペニスの声に鼻くそ並の理性が同調した。
相変わらずポカンとしている愛すべきクソ盗賊の上に覆いかぶさり、耳の裏に舌を差し込む。
「ひぃぁっ…」
シャイアが思わず声を上げる。その声に気を良くした俺はそのまま耳たぶを舐め上げ、口の中に含めて音を立ててしゃぶった。
「ぁあっ、ひっあっあああっ」
嬌声はさらに大きくなる。やれやれ、これしきの攻撃で参るようなら先が思いやられる。耳たぶを攻め立てながら、
俺はブラウスのボタンを外した。つるりとした柔らかい扁平な胸に手が触れる。シャイアは肌着を着けていなかった。
こいつ、解かってないな。裸ブラウスというものは大人の、それも巨乳の美人だけに許されたファッションなんだぞ。
こんな勘違いをする奴にはお仕置きが必要だ。耳たぶから口を離し、ゆっくりと頬、顎の裏、首筋、緩やかにカーブ
をなぞり鎖骨へ、耳たぶに付着したのと同じくらい粘度の高い唾液を塗りこみながら徐々に徐々に舌を降下させた。
「はっ…はっ…ふぃ…」
喘ぎ声こそ上げなかったものの犬のような息遣いは激しさを増していく。
盛り上がり始めた小さな突起の周りで小さく弧を描き、たっぷりと焦らしてから歯を立てて突起に噛み付いた。
「きゃぅうっ!」
ケツをブッ叩いた子犬のような鳴き声が上がった。やっぱりこいつ犬だな。
留守になっているもう片方の乳首を口の中にある突起と同じくらいの固さになるよう揉み、交互に歯を立てて噛み付き
吸い上げた。犬のような呼吸は激しさを増し、呼吸と共にかすれた声まで入り混じるようになった。
唾液はどんどん噴出してくる。このままじゃあ、こいつの狭い面積を誇る胸板は愚か、上半身全部に塗ったくってやった
ところでとうてい枯れそうに無い。扁平な胸から手を離し、シャイアの体の下に滑り込ませ腰をうかせてから両手で下着
ごとスカートを引き降ろした。「ぐちゅ」という音を立てて、下着が透明な糸を引きながら名残惜しげに股間を離れた。
十代前の子供のような恥部が露になり、鼻腔を刺激する女の匂いがより強烈になった。
髪と同じとび色のごく薄い産毛が、あふれ出したとろみのある天井池の中に僅かに見受けられる。
こんなに濡らしやがって、何てやらしいホビットだ。ペニスが納めるべき鞘を見つけ大音声を上げた。
『もう十分だろうS.O.Bさんよぉ、今すぐこいつにブチこんでやろうじゃないか』
慌てるなよ。折角だ、後学の為に少しだけ観察してやろうじゃないか。
「いやぁ…」
俺の意図を感じ取ったのか、シャイアが両手で股間を隠した。薬でふやけきっているはずの目に正気が宿った気がした。
ぎくりとして一瞬動きが止まったが、こちらも薬でぶっ飛んでいる最中だ。すぐまた動き出し、恥部を蓋う小さな手を払いのけた。
すんなりと手はどいた。形ばかりの抵抗だった。
膝を軽く曲げさせ、腿を割り開いた。ぷっくり膨れた丘の隙間に周囲よりも微かに色が濃い肌色の肉が挟まっている。
シャイアの薄い腿の間に俺の膝を差し入れ、限界まで足を広げさせて腰を浮かせた。
今だ閉じきっている左右の丘に指を置き、肉を外側へ押しやった。“コプ”と小さな音と立てて門が開いた。
どうやら内側にもまだ扉があるようだ。こいつは徹底的に調べなきゃならないな。
外から見えていた真ん中の肉は格納式になっており蛇腹のように皮が捲れる。中に隠されていたのは肉の瘤だった。
それにしても、どうにもぬめって観察がしずらいな。仕方がない。俺は鼻腔を強烈に刺激する香りに耐え、皮の内側に舌を差し込んだ。
「あぁひぃっ!」
肉瘤の下に合った唇から潮が噴出した。ほのかに塩辛い液が開けっ放しの俺の口に飛び込んだ。
そのまま、シャイアは俺の首に足を巻きつけた。
「ふぐっ……!ム……グ…」
唐突な出来事に慌てたが、“薬でぶっ飛びながらも”すぐに落ち着きを取り戻した。
このやろう、生意気な手を使いやがって。その気なら受けて立つぞ。
足を首に巻きつけたまま、ぷっくりとした肉丘に歯を立てた。
「んあぁ゛ああっ、ひやぁっ…ああ゛っ!」
喘ぎ声に泣き声のような枯れた音が混ざる。舌先を皮の内側から下の唇まで何度も往復させながらしつこく刺激する。
唇の内側に舌をねじ込もうとした時、内側がきゅっと締まり、再び大量の潮があふれ出した。
シャイアの足から力が抜け、腰が俺の顔の下に沈んでいった。
「お寝んねにはまだ早いぞ」
シャイアの蕩けきった顔をピシャピシャと叩く。小さく唸る声が聞こえる。眠ったわけではないようだ。
散々焦らされ、自身も驚くほどに肥大した“ミスター”を取り出し、半開きになった目のすぐ近くに突きつけた。
ホビットは顔も背けず声も上げなかった。相変わらずぼんやりした蕩けた目だったが、股間からは泉のように愛液が
溢れでていた。薬のおかげで極度に興奮しながらも、俺は落ち着いているつもりだったが、自分が思っているほど
冷静ではなかったらしい。滑る小さな股間の前で、俺は何度も上滑りをしてなかなか内部に侵入することができない。
ふいに小さな手が、“俺”を捕まえた。
「バぁカ…」
小さく呟くと、そのまま股間の一部に俺をあてがった。
「ここ…」
俺はシャイアの顔を見つめた。正気なのかぶっ飛んでいるのか皆目わからない。
わかっていることは、こいつが滅茶苦茶可愛いということだけだ。
“――薬のせい、だけなのか?――”
頭の疑問詞に答えることなく、股間の分身は前へと突き進んだ。
ぬぷ
「ぁっあああぅ」
「……っ!」
入ってすぐにホビットの小さな体が、体にとって規格外の異物によるそれ以上の侵入を拒むように俺を締め上げてきた。
シャイアが涙を流して、全身の力を抜いてくれなければそれよりも先に進むことが出来なかったろう。
ず、ずっぐぐぐっぬっぷ
「ぁああああぁっぁああああ!!」
痛々しいほどの悲鳴を上げて、シャイアは俺を迎え入れた。
信じがたいことにこの小さな体で、シャイアは俺の全てを受け入れたのだ。
「く・・・う・・・・」
ただ挿入しただけなのに今まで感じたことが無いほどの未知の悦楽が押し寄せてくる。
その快感がまだ治まりきらぬうちに、俺はもう小さな尻に腰を打ちつけ始めていた。
「あぁっ、ああっ、あんぅ、はっあああっ!」
快楽に従い多々ひたすらに腰を振り続けた。ふと、シャイアの声に嗚咽のようなものが混ざり始めていることに気がついた。
目からは涙が溢れ、その顔には苦しげな表情さえ見て取れる。だが、初めて味わう快楽に俺の自制心は全く機能せず、
腰の動きは一向に収まらない。
「シャイ、アっ、だい、丈、夫っ、か?」
傍目から見れば全然心配しているように見えないだろうが、これが今の俺にできる精一杯の気遣いだ。
「…はぁっ、うぁっ、う、…そぉ、ああっ!みらい…にぃ、しゅごく、ぅんあっきもちあっ!いいぃぁ!」
涙を流しながら、絶え絶えに言葉が零れた。
「くっ、むり、してんじゃ、はぁっ、ないのか、おまえ」
「ばぁかぁっ…あんらに、あっあっ、う……そ、ついれ、ろうすんの、よ、っああ」
所々呂律が回っていないが意味のある言葉を出せるほどの意識はあるようだ。
俺は言い知れぬ不安に駆られたが、シャイアは自らも腰を振り、先程よりも尚一層高く喘ぎ声を上げる。
すぐに俺も、より一層大きく腰を振り、不安を掻き消すように見た目よりも遥かに深い肉壺をかき回し続けた。
“――誘ったのはこいつの方からだ、少なくとも、こいつはそう信じている――”
俺はホビットの深い膣内、到達し得ることの出来る最奥にまで自身をねじ込み、そのまま筋肉の収縮に身をゆだねた。
今まで感じたことのないほど激しい射精感がこみ上げてくる。解かってはいるのだが、一秒でも長く、この中に留まって
いたかった。限界を超える直前、俺は意を決し腰をゆっくりと引き始めた。
「く……もう…限か…これ以上…」
「…いゃ」
急にシャイアが、先程首に巻きついたように、俺の腰に足を絡めて引き戻した。
「ぃゃ、ぃやぁ、ぬいら、だめらの」
「いっ…ば…ほんろうに…で…ちまぅ…」
「らめなのっ……れんぶここでだすのぉっ」
――どっぷぅっ
「ぁあああっ!ひぁっ、あ、ぁっい、あっああっああああっ」
腰に絡んだ足が振りほどけないまま、俺は達し、蕩けた脳味噌のシャイアの思惑通り一滴残らずその場にぶちまけた。
肩で息をしながら、今だ細い足を俺の腰に絡めたまま床に伸びているシャイアの姿を見下ろす。
意識を失っているのだろうか、焦点の合わない瞳を天井に向けたままピクリとも動かない。
どうせ聞こえないだろうと高をくくり、俺はこの頭の悪いホビットに悪態をついた。
「…何考えてんだよ…お前」
「ゆか…汚れちゃうと、おもっらかや…」
返ってくるとは思わなかったまさかの返答に、俺は目を丸くした。
ロイヤルスイートの赤絨毯には、渇きの悪い膠を溢したような特大のシミができていた。
今さら白い染料を加えたところで、せいぜいワンポイントのアクセントを加える程度にしかならないだろう。
「こらえになっれねぇよ、バカ」
切り替えしに備え、ふやけた頭で身構えた。声は返ってこない。
代わり、腰に巻きついた足にぎゅっと力が入った。言葉よりも強烈な“返事”だ。
今さっき一儀終えたばかりにも関わらず、ホビットの胎内で分身が再び力を取り戻し始めるのを感じる。
禿げの言った通り、こいつは“めっぽう強い薬”だ。
「全く、ひでぇ薬だ」
蕩けたホビットの顔を見つめながら、相手に聞こえないような小声で俺は呟いた。