夜の帳が下りた寒空の下、三つの小さな影が顔を火照らせ、
すっかり新雪に覆われたメインストリートを賑やかに進んでいる。
三つの影の中では一番大きな髭面のドワーフ戦士が、ほろ酔い加減で
賛美歌をハミングし、肩を組んだホビットの忍者がそれに卑猥な替え歌をのせて
上機嫌にふらふらと覚束ない歩みを進め、三人の中では一番小柄なノームの女司教が
不機嫌そうに顔をしかめて後に続き、時折ホビットの頭をメイスの柄で叩く。
ホビットは目をつぶっていても避けられる司教の攻撃を嬉しそうに受けながら、叩かれる
たびに大げさな叫び声とともに冗談を飛ばす。

突然、ホビットが表情を凍りつかせ唄を辞めた。
肩を組んでいたドワーフがビクリと腕を震わせ、酔っ払いから闇の世界に住まう
忍へと変貌した相方に視線を移す。
傍らから覗き込むその顔には驚きと畏怖の表情があった。

「――信じられねぇ・・・こんな、まさか・・・・」
盗賊から忍者へと転職をしてはや数年、冒険者のなかでもなかなかの実力者を自負していた
ホビットは今しがた感じ取った恐るべき気配に打ち震えていた。
(ありえねぇ・・・俺に気取られずにこんなすぐ傍を・・・)
忍者の視線の先には薄明るい夜の中に浮かび上がる不自然な闇、
今しがた転職を終えたばかりの新米の忍と思われる黒装束の男。
その稚拙な身のこなしとは裏腹に、気配は完璧なまでに絶たれ
熟練の忍者のすぐ近くを通り過ぎたというのにその存在すら感じさせなかった。
それはまさしく天性の成せる業とでも言おうか、信じがたいほどの存在感の薄い空気の塊だった。

凍りつく忍者の傍らで髭面の相方は遠ざかる不審者を一瞥しせせら笑った。
「ありゃぁ自分のことを忍者だと思い込んでいる変態だな。
 何せ今日は週末だ。興奮しすぎてオツムのネジが緩くなっちまったんだろ。
 きっと『馬小屋』に向かう途中だぜあの野郎。」
相方の言葉に少しだけ緊張がほぐれた忍者は、すぐさま髭面と同じくらい下卑た笑い顔を作り相槌を打つ。
「違ぇねぇな!そうか、今日は週末だったなぁ。」
言いながらホビットは組んでいた肩をほどき両手を広げて後ろを振り向いた。
「譲ちゃん、今晩は『馬小屋』にでも一緒にどうだい?」

硬い岩石を棍棒でひっぱたくような甲高い音が、大通りにこだました。

 *  *  *

暗闇に紛れながら俺は雪の中を這いつくばっていた。
熟練忍者も驚くほどの高速匍匐前進で進むこの姿、どこからどう見ても
高レベルの忍者、に見えるだろ?

わかってるよ、そう冷たい視線を向けないでくれ。余計寒さが身にしみる。
ご紹介が遅れた。俺はリルガミン屈指の鑑定眼をもつ“鑑定士”
あ、“司教”とは言ってないぜ、身の程は弁えてる。

俺は今、普段は決して寄り付くことのない表通りから、リルガミン唯一の宿屋、
『ADVENTURER'S INN』の正面玄関へと歩みを進めているところだ。
何故普段使わないのかって?
いや、ほら、表通りは冒険者が使う道だからな。
うっかり昔の仲間に出くわしたらと思うと、あれだ、気まずいじゃないか・・・・
まぁそういうわけで、相手の気分を害さないためにも、と、普段は表玄関から
入らないよう心がけている。俺って謙虚だろ、ハハハッ・・・・
まぁそういうわけで、約六年振りに俺は表玄関から宿屋へと入場したわけだ。が、

おかしい。俺の記憶ではここに『馬小屋』があったはず。
現に何度も確認した看板の表記は『The Stables(馬小屋)』、確かに間違いない。
はずなのだが、これは一体――
数年前に馬小屋の改築工事をするとかいう話は聞いていた。
トレボー陛下直々に宿屋へ勅命が下り国庫まで投入されたとか。
当時安部屋で腐っていた俺は、自分には無縁の事と無視した。
どうせ不自然に壁がはみ出したような粗悪突貫工事だろうと高をくくっていた―――のだが、

俺の目の前にそびえ建っていたのは宿屋の母屋とほぼ同じ大きさの巨大な掘っ立て小屋。
でかい。でか過ぎる、なんだこれは。
俺が冒険者をやっていた数年前は文字通り馬小屋だった臭い建物がありえないスケールの
巨大な建造物へと変貌を遂げていた。相変わらず馬が繋がれているあたりやはりここは馬小屋だ。
税金投入してまで建て直したにも関わらず、まだ馬小屋と言い張りたい宿屋の主人の頭の構造に
疑問が残ったが今はその問題に取り掛かるべき時間ではない。
流石の俺もこれにはまいった。この広さの中から彼女を見つけるのは至難の技だろう。
だがこれしきで再び芽生えた希望を自ら枯れさせる訳にはいかない。
匍匐前進で巨大なモニュメントとの距離をジリジリと詰める。
深夜の公共施設の敷地内だ、物音を立てないのは常識人として当然の心遣いだ。
中ほどまで進んだところで、一人の大男が回りに美人を囲い、
馬鹿でかい声を出し、いちゃつきながら建物の中へと入っていくのが見えた。
・・・・・すまん、二足歩行に切り替えよう。

ついにやってきた。
冒険者の宿屋最大の人気施設、馬小屋。
高鳴る胸を押さえつつ、俺は静かに馬小屋の戸を開いた。

 *  *  *

話は数時間前まで遡る。
俺はくノ一から受けた死刑宣告にも等しい言葉に打ちのめされ、
ボルタックのショーウィンドウの前で腐っていた。
専属契約者であったくノ一に、彼女のパーティに新しく加入した『司教』を紹介された。
その真意は、彼女はもう鑑定士を――俺を必要としていないということ

解雇宣告

バブリースライムも殺さないような微笑と共に、彼女は俺の前から立ち去った。

俺は、今となっては唯一となった生きる糧を失わないために、この恐るべき問題の打開策を
頭のなかで必死に考えた。どんなに頭をひねろうと、焦れば焦るほど、頭の中は真っ白になり
逃れようもない厳罰ともとれる現実に、俺は押し潰さそうになった。

ふと、打開策を捻り出そうとする俺の脳に、生きるための考えとは正反対の
悪魔の囁き――いや、天からの啓示が聞こえてきた。

『考えてみろ俺よ、今のままでお前は満足していたか?
 確かにアイテムを預かるたびにあの艶かしい体を拝み脳に焼き付けることはできた。
 だが妄想以外にあの豊満なおっぱいや太ももを、どうこうできたのか?
 目の前のお宝を前に、ただ指咥えて悶える人生に本当に満足しているのか?』

降って涌いた啓示に対し、俺は冷静に答えた。

『満足さ、そうするより他は無いじゃないか。俺に何ができる?
 カス同然の俺が立ち向かったところで、彼女が俺に振り向いてくれるわけが無い。
 力に訴えようとしてもその差は歴然、彼女と合体するまえに俺の首が胴体から
 分離するのが落ちだ。』

囁きは俺の答えを鼻先で笑った。

『カス同然の命なんざ惜しくはないだろ?
 お前も男なら諦めるな。前に進め。
 力でだめなら頭を使え。かならず有るはずだ、お前にもできることが――』

俺の思考はその意見を追い払う代わりに次のステップへと突き進んだ。
昼間に聞いた銀行野郎の言葉が思い出される。

『俺だったらダンジョンからの帰還を待ち伏せて馬小屋で一晩中視姦するね。』

視姦、なんという甘美な響き。
ねっとりとした視線で指一本触れずに相手を犯しつくす紳士のたしなみ。
俺は、生来授かった記憶力のおかげで一瞬で対象におけるあらゆる情報を脳内に納め、
いつでも好きなときに引き出し様々な用法で使用することが出来る、エルフの女限定で。
それでも対象が常に目の前にある状態で“行う”ことと比べれば、その精密な記録データで
さえも劣ることは明らか、彼女の体を眼前に置きながらの自慰など考えただけで身震いする。
無論アイテムを手渡す時にそんな事をすれば息子共々手打ちにあうのは自明の理。
彼女はここいらでも名の知れた恐るべき冒険者の一人だ。
だがその事がかえって俺の功名心をかきたてる。相手にとって不足無し。
明日の早朝、彼女は俺の個室へやってくる。
ということは、今日の夜には彼女はこの宿屋で体を休めるはずだ。
アイテムを持ち込んだ日は必ずどこかで一泊するという習慣はすでに調査済み。
宿屋は、ここリルガミンでは『ADVENTURER'S INN』一軒のみ。
そして、ADVENTURER'S INNで大多数の人間が利用する最も人気の寝室といえば『馬小屋』。

当然、最中に彼女が気付けばお楽しみはそこまでだ。俺の人生もそこまでだ。
しかし、成功すればその見返りたるや否や、すでに腐りきった俺には
計り知れないほどの栄光と達成感を俺にもたらしてくれるだろう。
はたして彼女は馬小屋を使用するのか、また彼女が確実に宿屋に泊まるのか、
様々な不安要素は存在するが、リスクのない冒険など罠のない宝箱同様開ける価値も無い。
宝箱の価値の半分はその中身に、後の価値の半分は罠とそれを守護する魔物で出来ているのだ。
こんな近くに迷宮に勝るとも劣らない冒険が存在したとは俺もうかつだった。
かつて捨て去った希望とはまた違った種類の希望が俺の心の中で膨れ上がる。
ついでに違うところまで膨れ上がりそうになったがここは我慢だ。今夜に備えなければならない。
迷宮に潜り続ける冒険者は生活周期が一定ではなく、一度連絡を絶ってしまえば、
例え酒場に常駐していようとも再び顔を合わせるのは難しい。最悪二度と会えない。
チャンスは今しかないのだ――――

感情を表に出しつつ脳内で様々なシュミレーションを行う俺の前に、怯えきった店子が声をかけた。

 *  *  *

いくらでかくなろうとも馬小屋は馬小屋だった。
戸を開け、明るく冷たい戸外から暖かな闇の中へと押し入った俺の五感に懐かしい感覚が伝わってきた。
馬糞の匂いと秣の香りが立ち込める寝台、喧しい衣擦れの音、泥のように眠りこける冒険者の汗の香り、
馬小屋の空気は昔のままだった。

ここで、あの銀髪の女神があられもない姿で前後不覚に眠りこけている

思わず喉が鳴る。
体が温まるのを待つ前に、俺は動き出した。
寝台で眠る主の顔を一つ一つ確認するため、匍匐をしながら進もうと身をかがめた途端、
俺の目の前で甲高い声が上がった。

*  バ レ た  *

吐きそうになるほど鼓動が高まる。
数十秒も固まったであろうか、意を決し、声の主に土下座すべく振り返った俺は
眼窩に広がる光景に、1Fでマイルフィックに遭遇した新人並みに驚愕した。

声の主は子供と見紛うほどの小さな女。
一人だけじゃない、二人、三人、・・・・五人!おそらく同じパーティの仲間同士だろうか、
女たちは、みな幼子のような扁平な体つきをしていた。
扁平な、と言ったが、何故そんなことがわかったのかというと、女たちが、そろいも揃って全員





―――裸だったのだ。








 *  *  *


三階のバルコニーから、雪の降りしきる空を見上げ、幼子と少女の間程の娘がひとり、
冷たい欄干に顎をのせつつ、物思いに耽っている。

「シャイアさん、風邪ひきますよ」
窓が開き、元気な声が娘の後ろからかけられる。
褐色の肌と黒髪をもつ声の主が、バルコニーに佇む娘のすぐ横に並び、優しげな手つきでその小さな
肩に積もった雪を払う。自らに降り積もった雪を落とす褐色の少女に、娘は感謝の意味をこめて笑みを
送り、己よりも年かさに見える少女に向かい、年長者のような口調で話しかける。
「こんな遅くにどうしたの?明日が初陣なんだからバテちゃっても知らないよ。」
「す、すみません。緊張して……眠れなくなっちゃって。」
風はなく、雪の降る音までも響くような静かな夜に、バルコニーからは死角になっている一帯から聞こえる
喧騒にも似たざわめきだけが、遥か彼方で繰り広げられるカーニバルのように、音を取り去った街の中を
駆け回っている。遠いざわめきの中、押し黙る娘に向かい、褐色の娘が固い声で話し出す。
「えっと、あ、あの、わ、わたしでよかったんでしょうか?」
「何が?」
「だ、だって、わたしみたいな…その、まだ何にも知らない新人が、シャイアさん達のパーティでお世話になるなんて…」
「お礼ならリーダーに言ってあげて。結構昔から、『司教』を探していたの。
 このご時世、新人でそのジョブを選ぶ子なんて、なかなかいないんだから。」
「でも…一緒にロイヤルスイートにまで泊めてもらって… わたし、馬小屋でもよかったんですよ。」
「あーあ、まだ教えてなかったっけ?週末は、あそこ近寄っちゃダメよ。」
「え?」
娘はコホンと咳払いをして、もったいぶった口調で口を開いた。
「んー、よちよち歩きのフラウドちゃんに、この話しはちょっと早いかなあ?
 ここの宿屋の主人ね、ちょっと頭が『コレ』でさ、」
娘は指を頭の上でくるくると回す。
「ま、そう言う訳でね、週末限定でちょっとしたイベントが開かれてるの。
 一人であそこに近づいたら、こわーいおじちゃん達に捕まっちゃうよお?」
少し考え込んでいた褐色の頬に少し赤みが差した。身丈に似合わず意地悪そうな目で、小さな娘はにんまりと笑う。
慌てた少女は娘に向かってとってつけたような質問を投げかける。
「シャイアさんこそ、こんな時間までどうしちゃったんです?」
「あたし?あたしはね――――」
降り積もる新雪の音に耳を傾けるように、娘は空に目を向ける。
(あいつ、上手くやったかな?あいつに限って失敗なんかしないはずだけど…
 もし失敗してたら、またフローを説き伏せるのは当分無理だろうな――)
「――シャイアさん?」
すぐにやり返されるだろうと身構えていた褐色の少女が心配そうに顔を覗きこむ。
空から目を離した娘が子供のようににっこり笑い、ポンと軽く手を打つ。
「あたしもね、フラウドと同じ。明日の事で緊張しちゃって眠れなくなっちゃったの。
 でも、もう大丈夫。さー良い子はとっとと寝た寝た!
 “遅くまで起きている悪い子にゃ、ギザギザ牙のトロールが、窓を叩いて迎えに来るよ!”」

母親が使う紋切り型の寝かし文句を口ずさみ、褐色の少女を急かしながら娘はバルコニーを後にした。

 *  *  *

闇に眼が慣れてくると、女たちの下で、色素の薄い長身の男が四肢を緊縛され、仰向けに
藁床に転がされているのが見えた。小悪魔のような女どもは、生白い野郎の躯体に圧し掛かり、
ある者は腹筋を、ある者は腋を、ある者は腿の裏を、凄まじい勢いで愛撫し、猿轡の代わりに
顔に尻を乗っけられた野郎はその度に情けない、くぐもった呻き声を上げた。
野郎の足の付け根では均整の取れた白い体に不釣合いな黒光りする太刀に、天使の様に
微笑む小悪魔がしがみ付き、執拗なまでに激しく嘗め回し、その下で、小悪魔の仲間が
レバーにむしゃぶりつく犬のように、種子袋を頬張っていた。

驚く俺の嗅覚に、藁に隠れるように置いてある端壺から溢れた甘い草の香りが漂ってくる。
即座に俺の脳内で精密な分析がなされる。

『 品質―中の上、沿岸部地方産  末端価格にして十枚セット25000ゴールド 』

とろけた目の小悪魔どもの言葉が俺の分析が正しかった事を証明するように
舌足らずなお喋りをはじめる。
「ひぁっ、しゅごぅ、まや大きくひぁっ……んくぅ…なるぅ…」
「ほりゃぁ、今日のは…ふぐぅぅ、いふもより、ん…特別、やはや」
「はむぅっ、もうひょっほ、下のヤツでも、よかっひゃんやない?」
「しゅごぃ、ジェイス、ぅぁん、縛られてんのに、こんなあっぁぁっ!ちゅごぉいああっ!」
「ミーしゃぁ姉ぇぇ、ずるいぃ、ボクもぉ…はひゃく、かわってょう…」

狂態を晒すアホどもを目の前に、俺は怒りに打ち震えていた。
おのれ、公衆の面前でなんという羨ま……破廉恥なことを!
この野郎、やっぱりエルフか!緊縛されているのに幸せそうに惚けた面しやがって!
人種差別ととられるかもしれないが、はっきり言おう。エルフの男はほとんどが変態だ。
俺の最初パーティにいたエルフ魔導師も大した性癖の持ち主だった。
善人だった頃は、ちょいと変った性癖を持っているなんちゃって変態程度だったが、
性格が悪に変わってからはその変態性癖が爆発的に成長。とにかくとんでもないサディストな上、趣向が俺と正反対。
最初こそホビットオンリーだったが、小さければ何でも良いとばかりにノームにまで守備範囲が広がった。
そのくせ同族のエルフには一切興味を示さず、「里で見飽きた」などと迷言を吐きやがる。
汗臭いドワーフの腕の中で去ね!その前に実家の住所教えろ!!

気がつくと目の前の阿呆どもは俺の存在にも気付かず次のラウンドに突入していた。

ホビットと思われる女は種族的には明らかに規格外なブツにまたがり、焦らすように
割れ目で撫で擦り、呂律の回らない舌がとろとろと言葉を吐き出す。

「あ、は、ジェイス、あっ、まら入れても、いらいのにぃ、こんなに、ビクビクしれて…」
『くちゅ』という中身のつまりすぎた蛙の卵がはじける様な音とともに、とろりとした粘度の高い
DIALのポーションのような蜜が亀頭をコーティングし、かすかに漏れいる雪明りに照らされ
ぬらめく光が垣間見える。幼子のような娼婦が言葉で男を弄り続け、下の唇がその都度
相手の分身の上に涎を垂らし、波打つ太刀に向かい言葉以上に雄弁に語りかける。
ケツの下の野郎のうめき声は一層大きくなる。

意地悪く弄り続けた女は、ようやく太刀の願望に答え、噛締めるようにゆっくりと腰を落とす。
女の嬌声とケツの下敷きにされた野郎の喘ぎ声が混ざり、ざわめきが充満する馬小屋に響く。
驚くぐらい深々と胎内に太刀を引き込んだ女は、ゆっくりと腰を動かし始め、見る見るうちに速度を速める。
狂ったように腰を振る女の下で、別の女が睾丸にむしゃぶりつきながら、切なげに自らの割れ目を
こねくり回し今か今かと自分の番を待っている。女どもの顔立ちは人間で言えば十代にもならない
子供だが表情は完全に淫乱な娼婦そのもの。涎まみれで喘いでいるこの女なんか、普通の格好を
させれば、さぞかし可愛い……

……なんでもない。見とれてないぞ、誤解するな、俺にはそういう趣味はない。
クソ、馬鹿でかい音出しやがってアホどもが!!周りの連中が起きちまうだろうが!!

毒づいて辺りを見回した俺は戦慄し、己の目を疑った。

“ちょっとまて…ここは、馬小屋だよな?公共の施設なんだよな?”

徐々に闇に眼が慣れていく。
成人したHumanが大の字で寝ても優に百人は収容できる空間がある。
入り口から馬がつながれている建物の最奥まで一直線に伸びる幅二フィート程の通路は昔のままだ。
通路を挟んで両サイドに低い柵が設けられ、互いの領域が壁で仕切られておらず、低めの柵が通路と
寝床の仕切りとなっていて、簡単に通路から寝床へ入り込むことができるようになっている。
これも昔のままだ。・・・・・・だが

馬小屋の中では何十という影がうごめいていた。
ざわめきだと思っていたのは様々な種族の嬌声、水の滴るようなぴちゃぴちゃという卑猥な音、
肉のぶつかり合う打撃音、藁床で交わされる囁き、真剣味のこもらない悲鳴。
俺の眼窩に広がる光景は、まさにトレボーの宮中晩餐会にも劣らないような狂宴だった。
胡坐をかく前衛職と思しき大男の前で透き通る肌のエルフが跪いていきり立った雁首を指で弄び、
ドワーフに四つんばいにされたホビットが後ろから攻め立てられ、人間の女が己の背丈の半分もない
小人の群れに蹂躙される。通路の奥では、昼間ボルタックにいたハゲ頭の群れが売り子のように練り歩き、
時折話しかけてくる連中に向かい、柵越しに、怪しげな瓶やら葉やらを金貨と交換している。

まさか、そんな、夢か?幻か?
俺が数年間留守にしている間、馬小屋は歓楽街の遊郭でさえ真っ青な娯楽施設へと変貌してしまったのか!?
狼狽する俺に方々から嬌声が追い討ちをかける。
指を咥え、喘ぎながら手招きをする淫乱なホビット、強姦同然のような張り裂けんばかりの声を上げる
人間の娘、貞淑な種族の端くれであるはずのノーム僧侶が、信仰心のかけらもないような盗賊の股間に
顔を埋めて、幸せそうに水音を立てる。
しかし、もっと驚くべきことは、これだけの騒ぎにもかかわらず安らかに眠り続ける冒険者の存在。
幸せそうにすやすや眠る少女の横で、柵を跨いでやってきた侵入者が彼女の仲間と絡み合い、
あられもない声を上げるカップルの横で小男がいびきをかく。
ふと、異常に気づいた俺は己の小刀がしまわれた服の上に目を移す。
ノオオオ!!しまった!あまりのことに動揺しすぎて我が愛しの一人息子がすっかり起立してしまっている!
このままでは匍匐前進での探索続行が困難に・・・・
しかたない、ここは処理を・・・・いやだめだ!こんなところで無駄射ちなど決してできない!
救いを求める俺の目の前にカドルト神からの使いが降り立った。
周囲より一段派手な音を立て絡まる一組のカップルが遥か遠方に見える。
遠目でもそれとよく分かるほど彼らの容姿は周囲とは異質だった。
それは、標本のように標準的かつ健全な熟年ドワーフカップルによる濃厚な交接。

ふしゅるるる
助かったぜ……ありがとう名前も知らない冒険者よ。二度と会うことは無いだろう。
程よい遠さで良かったぜ、もう少し近かったら一生消えない心の傷となっていた。
やはり、昼間見た、自分をドワーフと言い張ってたあの娘は自分の種族を勘違いしていやがるんだ。
あのカップルこそが正しいドワーフのあるべき姿だ。きっとあの娘は、幼い頃誘拐され
ドワーフの里で育てられたホビットかなにかだろう。
俺は即座にミッションに戻り、周囲の喧騒に揉まれながら時に立ち止まり、所々いる
神の使いたちに助けられ、一つ一つ寝床を確認していった。



人目を憚らず狂宴を繰り広げる連中を見つめるうち、徐々に俺の脳裏に恐ろしい考えが忍び寄る。

『もしも、彼女がこんな狂態を晒していたらどうする?』

冷や汗が垂れる。まさか、彼女に限ってそんなことは…
逃避するように視線を遠くへ向ける。一ブロック先の通路で、子供のように顔を輝かせたノームが、
腰に差したカシナートの替え刃ならぬ“替え棒”をハゲ頭から受け取る姿が見える。
ノームの後姿を見送りながら、頭の中では言葉が繰り返される。

『彼女が見ず知らずの野郎の上で狂ったように腰を振り、
 雌犬のごとくちんぽを嘗め回す淫乱だったら、お前どうする?』

ふざけるな、決まってるだろ。
彼女の見ている前でそのクソ野郎をぶちのめし、馬小屋からたたき出してやる。
例え殺されようとも、命を懸けてもやってやる。
・・・・・まぁ、そんなことはないとは思うが。うん、そう思いたい。
いえ、むしろ困ります、そればかりは勘弁して下さい・・・・

懸念を振り払い、再びクリ−ピングクラッドのごとく鈍い足取りで忍耐強く彼女を探す。
だが、涙目でバリエーション豊富な人種のお宝を、一度に頬張っている褐色のエルフが、
嬉しそうな悲鳴を上げている現場を過ぎた辺りで限界が来た。
仰向けに寝っ転がる人間の大男に跨ったそのエルフは、背後からもドワーフに攻め立てられ、その健康的で
大振りな乳房を、色白な同族に執拗に練り回されながら、そいつを含めた三つの陰茎を平等に嘗め回している。
『凝視するな、危険すぎる!』
俺はここに来た目的を必死に思い出し、断腸の思いで通過する。
「犬みたいにがっつきやがってこの雌エルフが」
「おら雌犬、もっとケツ上げろ!」
「二ヶ月間風呂にも入ってねぇチンポがそんなに美味いか?ああ?」
「は、ふぁい、お、ひひい…れふ、アっあっああっ!!おひり、あっぁぃい・・・いい!!ひんぁぅむぐっ!」
「手間かけさせんじゃねぇ!こっちが、お留守になってんぞ!」
すぐ後ろで繰り広げられる宴の響きが俺のMPを吸い取っていく。
駄目だ、もう、暴発寸前だ。ああ、意識が・・・・
いや、こんな所でくたばる訳にはいかない。
大見栄きって飛び出してこんな結果じゃ里の両親に合わせる顔がない!
意を決して、見るたびに吐き気を催すカドルトからの使徒を凝視。
一向に力衰えない俺の息子。慣れというのは恐ろしい。
だんだん、ああいうのも『アリ』なんじゃないかとすら思えてきた。
いかん!この狂宴の場に俺の精神が蝕まれかけている!!

活路が開いた。
目の前には狂宴に参加せず熟睡しきっているパーティが占める一角があった。
転がり込むようにして膝立ちで高速前進。

(助かった… 暫くここで小休止をとり、速やかにミッションを……)

確認の為周囲を見回した俺はとんでもない間違いを犯したことに気がついた。
そこは、とあるパーティが陣取る区画、エルフ娘たちが健やかに寝息をたてる集落。
あるものは慎ましやかに、あるものは無防備に、この喧騒渦巻く馬小屋のなかで
穢れを知らない天使のように前後不覚に眠りこけるまさに聖域とも呼べる空間。
この騒ぎに一切巻き込まれないところからして、恐ろしいほどのレベルの冒険者であることが伺える。

なんたることだ・・・・こんなトラップ地帯があろうとは・・・・
ただ眠っているだけの神々しい娘たちによる無言の攻撃は俺の精神を大きく浪費させる。
娘たちは、そんな俺に追い討ちをかけるように、はだけた寝巻き姿で寝返りをうち、
柔らかな髪を波打たせ悩ましげな寝声を上げる。
駄目だ…このままでは……くっ、落ち着くんだ俺、もしここで暴発なぞしようものならば、
最低でも桁が二つ違う彼女たちに存在を抹消されてしまう。散るならせめてくノ一の腕の中でだろう?!
ところがどんなに努力しようとも俺の意思に逆らい目玉は娘たちに釘付け。
吹き飛びそうな理性に本能がたたみ掛ける。

『……もう……ここでいいんじゃないかな?
 お前は、よく頑張ったよ。 だから

 今すぐこいつらにぶっかけてぇえええ!!!!』

現状で最も控えめな欲求を声に出さずに絶叫する俺の脳裏にカドルトからの信託が降りた。
即座に俺は記憶の底から湧き出た呪文を紡いだ。
呪文は忽ち奇蹟を起こした。MOGREF《鉄身》の効果で全身が硬直し痛覚が鈍くなる。
きわどい角度が付いたが、発射ギリギリのところで押し留まった。
ふ、これでちょっとはもつ、あとはこの地帯から速やかに脱出し、呪文が解けるのを待つだけだ。
名残惜しげに隅で眠るプラチナブロンドのエルフの顔を後ろ目でみながら膝立ちで前進する。



危険地帯を脱し安堵の表情を浮かべたのもつかの間、何者かが俺の腕を掴んだ。
(な”・・・・しまっ・・・・・油断して・・・・)
細い両腕で俺を捕縛した主が俺に顔を近づける。
怯える俺の目の前にいたのは、見るものに畏怖さえ与えうるほど―――

――美しいエルフの姿。


狼狽する俺の目の前でそのエルフは突然、俺の口の中に舌を差し込んできた。

黒髪のエルフはくちゅくちゅと音を立てて俺の口内を陵辱する。
あまりの事態に呆然とした俺の脳にある恐ろしい考えが浮かぶ。俺は咄嗟にエルフの胸をまさぐる。
俺の恐れているのは目の前のエルフが野郎だったらという恐るべき結果を想像したためである。
恐怖に駆られた俺の指先にあたったものは、紛れも無く、柔らかく、とろけるような感触の掌サイズの胸の膨らみ。

突如俺の脳内に荘厳な鐘の音が鳴り響いた。

『ファーストキス、しかもディープで、素晴らしい美人が、俺の、俺のことを陵辱している!』

感動に打ち震え胸にまわした手に力を込める。その頂点で硬くなり始めた突起をくいと摘み
息を荒げて揉みしだく。それに反応するように、目の前のエルフはいっそう激しく舌を絡め
淫らな音を立て俺を奮い立たせる。短いうめき声をもらした俺の股間にエルフの腕が伸び、
そして―――

俺の分身を握り締めた手がはたととまった。目の前のエルフが閉じていた瞼を見開く。
見る見るうちに広がる瞳孔。俺の口を犯していた舌が引き抜かれ光る筋が架け橋と
なって二人の間に落ちる。

やや怪訝な顔をしたエルフが呟いた。

「あなた、だれ?」

・・・・・・・・はい?

むしろそれは僕の台詞ですお姉さん。え?なに?どういうこと?
男の一物を握り締め、いきなりディープキスをかましておきながら
『あなた、だれ?』と囁くエルフを目の前にすっかりパニックに陥る俺。
逃げようとするも、俺の息子は依然エルフの手の内。

「あの・・・だって・・・あなたから・・・・」
「え?あっ、ごめんなさい、彼かと思ってつい…その…
 あんまりにも香りが似ていたから……」

ああ、なんだ人違いでしたか。ってお姉さん!そろそろ僕の大事な息子を帰してください!
しかし彼女は一向に俺の息子を手放そうとはしない。
むしろ、撫で回すように掌で転がし、我が分身を弄んでいる。
人違いとはいえ、こんな美人にこんなところを弄られるという行為は、経験非豊富な俺にとって
営業時間外、入浴中に突然冒険者に侵入されたワードナ並に驚くべき事態。
MOGREFの力がなければ三秒で達していたであろう我が息子は、僅かに角度を上向きにしながらも
健気に耐え、苦しげに猛攻に甘んじている。
「あ、の、そjこいごkrgはなstくだちpw……」
危機を感じた俺は、必死の思いで開放を請おうと試みるが、限界値を超えた快楽にまともに発音ができない。

「おい、てめぇ何してる!」
呂律の回らない俺にドスの聞いた怒号が飛んできた。息子共々硬直する俺。
振り返った先に見えたものは俺よりも頭一つ分低いフロストジャイアントと見まがうほどのドワーフ。
うわっ、ご立派な筋肉ですね。ここ街の中ですけど、なんでこんなところにいらっしゃるんですか?
あ、僕ですか?ライフスティーラーじゃないですよ!
コカトリスに突かれたように硬直した俺の横を白い影がすり抜けた。
俺の息子を捕縛していたエルフがドワーフの首っ玉に抱きつき、キスの雨を降らせる。
えっ?この人とボクを間違えたんですかお姉さん?匂いが似てるって?ボクってこんなに凄い香り?
あ、アレですね、男くさい、つまりイカ臭いっていう意味ですね。
いえ、なんか、すいません、生まれてきてごめんなさい。

……いや、まだまだ希望を捨てるな俺!
ここで上手い返しさえできれば…まだ、こんなところで散るわけには…!!

「え、えっとその、部屋を間違えちゃって……」
「あぁん?」

よし死んだ


ハハハッ!!銀行野郎、立派な墓を頼んだぜ!!


「静かにしねぇかこのメス豚が!!」
キスの雨を降らせるエルフをドワーフは迷惑そうに押しのけ一喝した。
そのまま俺のほうへ向き直り、臭い息とともに声を張り上げる。
「へへへ、なんだぁ、そうならそうと早く言えよ、
 ウチのメス豚が迷惑かけたなガハハハハ!!」




うそぉ?!
カドルト様ぁぁあああ!!一生あなたについていきます!!!

か細い腕に引っ張り込まれ、絡まりながら藁床に転ぶ二人を後にし、
へたへたと倒れこむようにその場を立ち去る俺。

アンデッドコボルトさながらに不自然な動きで後ろ向きに歩く俺は斜めによろめき
その体勢のまま柵に躓いて、境界線を飛び越え、頭から突っ込んでしまい、
* いてっ! * という声さえ上げてしまいそうなほど、硬く温かみのある壁にぶつかった。
軽く脳震盪を起こしかけ、起き上がろうとする俺の胴体を丸太のような腕ががっしりと捕まえた。
あああ、今日はついてない。今度はグレーターデーモンか?ポイゾンジャイアントか?
後ろを振り向こうにもガッチリと腰を固定され動けない。が、とにかく今は謝るしかない。

「……も、申し訳ありません、ちょっと飲みすぎちゃって、すぐに消えますので……」
「あらぁ、いいのよ、そんなに謝らなくても。」

答えたのはぞっとするほど野太いダミ声。
急に腰を挟んでいた丸太から力が抜け、腕の主の顔が見えないまま、前のめりに腰砕けになり俺は開放された。
脳内では本能が不必要なまでに喧しく警鐘を鳴らしはじめた。

* 決して振り向くな! *

わかっている。わかってはいるのだが、ピットの上でキャンプを張ってしまった以上、
そこから移動するにはもう一度ピットに落ちなければいけないのだ。
俺は、覚悟を決め、“?しょうたいふめいのまもの”に向かい心の中でLATUMAPICを唱えた。




なんと、形容すればよいのだろうか。
ソレは、どうみても、綺麗に脱毛したワーベアとしか言いようのない存在。
袖の無い寝巻きから垣間見えるのは先程のドワーフにも劣らずほど逞しく鍛えられた波打つ筋肉、
身の丈は俺よりも頭二つ分は大きく、髭が生えていないのが不自然なその顔には恐るべき笑みが
たたえられている。その目つきには得物を討ち取ったかのような野獣のぎらつきが宿っていた。
本能はさらに警鐘を鳴らし続ける。
ああ、経験の無い俺にもわかったぜ、この目は――発情した雌の目だ。

「どうしたのぉボクぅ?週末の馬小屋は は、じ、め、て ?」
「ぼ、ボく・・・、おおお俺ですか?へへへへへ部屋を間違えちゃいまして、
 すすすすぐに出て行きます。」
「いいじゃないのぉ、あらあら、こんなに元気で、若いのねぇ」

ワーベアの言葉に驚愕して自らの股間を見つめる。
馬鹿な…!!どうした我が子よ!!この化け物を前にして傲然直立するなんて?!
そうか、しまった…MOGREFの効果がまだ消えていなかったのか!!
ああ、近寄らないで下さい、これは違うんです。
あと三十秒も待ってくださればすぐにでもあなたの魅力で萎ませて御覧に入れます。
そんな失禁寸前の俺に向かい徐々に距離を詰めるワーベア。
余りの恐怖に、10年前に死んだ婆さんが手を振りながら俺の名前を絶叫する幻影まで見えてきた。

柵に突っかかり、今にもワーベアの手に掛かりそうになったその時、
唐突に入り口の戸が開き、一人の人物が飛び込んできた。
宴もたけなわなこの会場にストイックな動きで踊るように乱入してきたのは、
紛れも無い、この宿屋の主人。

その途端、入り口から爆発するような歓声が上がった。

ワーベアの注意が俺からそれた。
今しかない!!!

「ひょぁぉ!!」
間抜けな掛け声と共に俺は走り出した。

出口までの距離、おおよそ20ヤード
金貨を受け取ろうとしたハゲ頭を突き飛ばし、鼻歌混じりに寝床に向かおうとしていた
小男にぶつかりながら出口目指してひた走りに走る。

残り10ヤード
背中に熱い息がかかる。ワーベアは二足歩行にも関わらず存外素早い。
もう俺のすぐ後ろまで迫ってきやがった。

残り5ヤード
目の前には乱入したての主人が、『誕生日おめでとう!』と叫びながら、
歓声の中をフラックさながらに飛び回っている。

残り4、3…あともう一息で…





 * ガシッ *








捕まった



頭の中身が真っ白になり壊れた操り人形のような動きをしながら俺を捕らえた主を見る。
俺の腕を掴んでいたのは初老の男、宿屋の主人だった。
掴んだ腕を振り回し、宿屋の主人は落ち着いた風貌に似合わない素っ頓狂な声を上げる。

「これはこれはどうしたことだ!このこそ泥が!
 “冒険者の宿屋”はお前みたいな乞食が来るところじゃない!」

追いついたワーベアが主人に詰め寄る。
「旦那、その子はあたしの仲間だよ。」


主人はワーベアを制し、聞く耳持たぬといった口調でまくし立てた。
「いやいや、お嬢さん、こいつの面はよく知ってます。」
周囲に聞こえるようなよく通る声で、口角飛ばさん勢いで念を押す。
「お嬢さん、気を付けて下さい、こいつはろくでなしのS.O.B(畜生野郎)なんですから!
 ――なぁ、そうだろう?」

涙目で宿屋の主人の顔を見上げる。初老の男が俺にウインクをした。



『 あなたが、神《カドルト》か 』



感謝の念で顔を輝かせながら、俺は神の化身にケツを蹴っ飛ばされ、
泥で黒くなった雪に頭から突っ込んだ。









一番鶏が夜の闇を吹き払い、新たに迎えた暁を祝福する。
『A Cot』の細い通路を、白い影が滑るように、しかしゆっくりと疾走している。
見事な銀髪を波立たせ、足に履いた足袋が床にこびり付くヤニで汚れるのも気にせず
一人のくノ一が“いつもの”格好で最奥の部屋を目指している。
いつものように、通り道にいるドワーフ僧侶に挨拶をし、手を振る盗賊に会釈をし
彼女は目的の部屋の前に立つ。いつものように、軽くノックをする。
少し息を整え、その部屋の住人へ向ける言葉を頭の中で反芻する。
いつもならばすぐに、少しやつれた貧相な男が返事をする、はずである。
10秒ほど待つ、中の住人は顔を出さない。
もう一度ノックをして再び待つ。30秒たった。以前中の人間からは返事がない。
扉に耳をつけ、尖った耳をピンと張って中の様子を伺う。無音。物音一つしない。
取っ手に手をかける。扉に鍵は掛かっていない。そのまま扉を押し開け、部屋に入る。


水分を含んでぐっしょりとしたボロ服が脱ぎ捨てられているのが見える。
簡素なテーブルの上には、種類と、値段が書かれた紙が付けられた指輪が散らばっていた。
強盗にでも襲われたのではないかと危惧したくノ一はひとまず胸を撫で下ろした。
と、すぐ隣の簡易ベッドで、ぐったりした部屋の主の姿が映った。
苦悶の表情を浮かべた部屋の主が、泥のように眠りこけている。
極度の疲労のためか一向に起きない。血の気の無い顔には少しばかり熱もあるようだ。

『無理しないでって言ったのに…』


起こさないよう静かにテーブルの上にある依頼品を確認し、袋に詰め、
代わりにDIALのポーションと、羊皮紙の一片を置き、彼女は爪先立ちに部屋の外へと向かう。


「また後でね、鑑定士さん。」


返事のない部屋の主にしばしの別れを告げ、くノ一は音を立てずに扉を閉めた。