リルガミンの玄関口、冒険者にとっての関所 『訓練場』
登録にやってくる者達を選別し、職業、適正、レベル、性格、能力、
あらゆる冒険者の情報を管轄するいわば冒険者の戸籍保管所である。

名前は違うのかって?
おっとこれは、ご存じない方もいらっしゃったとは、
どうやら『実名』で登録なさっていた実に正直なお方のようだ。
きっと無抵抗のオークを殺してもGoodでいられるほどのお人よし…いや、善人なのだろう。

リルガミンでは名前は人を識別するためのラベル程度にしか使われない。
誰も登録していない名前ならば、それこそ誰でも自由に使うことが出来る。
過去に罪を犯した者だろうが、素性を知られてはこまる輩だろうが
実力さえあれば、のし上がるチャンスがあるのだ。
だからこそ、この都はここまで栄える事が出来た。

もちろん別にやましいことなどしておらず、
単に実名を知られたくないだけのものもいることを付け加えておこう。
正直な皆様が不審な名前の新参者を見かけても余計なことを考えさせないようにね。

さて、新参者の冒険者はまずここで登録を行い、数日か数ヶ月の間、
冒険に必要な「いろは」を叩きこまれるのである。
ここで行われる訓練などはこの書をお読みのかたにはこのような説明は不要だろう。
皆様の記憶を思い起こしていただければいい。

訓練士の中には話し好きもいて、ひよっこ冒険者を怖がらせるために
あるいはちょっとした刺激を与えてやるために、
迷宮にまつわる冒険者の『おとぎ話』をしてくれるものもいる。
実際に色んな話を聞いたという人もこの中にはいるだろう。

これは私が、そんな話好きな訓練士から聞いたお話のひとつである。
なお、少々の脚色があるのはご了承いただこう。



リルガミンに朝夕の区別などない。
地下に潜り続ける冒険者たちには朝も夜もないのだ。
その冒険者たちを相手取る商売人たちにもあてはまる。
今日もギルガメッシュの酒場は様々な“人種”で賑わっていた。

その一角、壁際の引っ込んだテーブル席に一人の娘が座っていた。
顔立ちは整っているが、エルフにしては身長が低い。
耳の形も特徴がないことから“人間”の女だと見受けられる。
端麗な容姿の中にまだ幼さが残っているところから、歳の頃は14か15くらいだろうか
羊皮紙をひろげて、さも退屈そうに新参冒険者に頼まれた地図を描いている。
わざと見える位置にブルーリボンをつけているところを見るとそこそこの手練のようだ。
ローブと杖という貧弱な装備品から恐らくは“メイジ”だろう。
地下4階の途中に差し掛かったところで、手を休めるために顔を上げ
大きなため息を漏らした。

「こんな面倒なことならあんな安金で引き受けるんじゃなかった。」
ペンを置きぼんやり遠くを見つめながら背もたれに寄りかかった。
いつもの癖で髪の毛を撫でつけながら、
娘は自分は何のためにここに来たのかを自問し始めた。

自分は魔法を学ぶ為にここに来たのだ。
他所ならば数十年もかかってようやく使いこなせる大魔法も
ここでは、それこそ1、2年のわずかな鍛錬で習得する事が出来る。
そう聞いて、リルガミンにやってきたのだ。

わずかな鍛錬というのは大嘘だったが、たしかに、魔法は覚えることが出来た。
しかし、決まった魔法以外の使用は禁止されている。
魔法の研究をすることも禁止されている。例の地下に隠れた魔導師のせいだ。
その為、城内では魔法の使用そのものも禁止されている。
おかげで、魔法以外とりわけ取り柄もなく力もない“メイジ”など
ゴロツキのいい標的にされてしまう。
ブルーリボンをわざわざ見える位置につけていたのも
『自分は一般人よりは“少し”は強く、万が一自分に何かあったときは、
 パーティのメンバーが報復にくる』
という一種のお守りとしてつけている。

「どこでも魔法が使えれば、こんなものつけなくてもいいのに・・・・」
すすけた天井を見つめながらぼんやり呟いた矢先
こちらに近づいてくる小さな影が視界に入ってきた。
パーティの連絡係、ホビットの“シーフ”だ。

「一時間後にエレベーター前へ集合だってさ!」
小さな体で人影をひょいひょい飛び越えてやってきたシーフは、
息を弾ませながら挨拶もなしにいきなり用件を叫んだ。
「了解、間に合わせるようにするから。」
「“プリースト”はいっしょ?」
「いっしょ、今カウンター。」
娘はすぐにバーテンと話しているブロンドのエルフの女性を指差した。
ホビットはエルフの姿を確認すると頷いた。
「じゃあ、よろしく言っといて。」
「いつもおつかれさま。どう、一杯おごるけど?」
「ありがたいけど、辞退するよ。まだ一人見つかんないんだ。」
「誰?」
「新入りのクソッタレさ!“ビショップ”の野郎だよ!!どこにいるか知らない?」
「『アレ』があたしに自分の居場所教えてくれると思う?
 あたしにはDIOSですらケチるのよ。」

二人が口を細めて罵っているビショップとは、
つい二ヶ月前“Lost”してしまったビショップの代わりに
新たにパーティに加入してきた男のことだ。
新参とはいえ、既にほぼ全ての呪文はマスターしていたため
非常に重宝されていたが、それにも増してとんでもない短所があった。
異常なまでに“高潔”(彼らの言葉を借りればクソッタレ)な精神の持ち主だったことだ。
赤ん坊の頃から僧衣を着ていたんじゃないかと思えるほど
厳格な戒律を遵守する一方、異常なまでに『悪』を憎んでいた。

困った事に彼らの所属するパーティは善悪の混合パーティだ。
無論、ビショップもそれを承知でパーティに加入したのだが
それでも、目に余るものがあった。
パーティリーダーの『悪』の“ファイター”とは目を合わせる事もほとんどない。
辛うじて、会話ができそうなのは“ロード”と“プリースト”くらいだ。
両名共に『悪』の戒律を持つものだが、どちらも元『善人』だったこと、
また、聖職者の仕事を理解しているということでこの二人には一目置いているようだった。

だが、驚くべきことにそんな『悪』よりも『中立』を彼はさらに憎んでいた。
まるで、汚物をみるような視線を投げかけ、会話がまともに成立した試しがない。
見た目よりも忍耐強いシーフでさえ、耐え切れずに前衛に位置換えを頼んだくらいだ。

メイジがビショップを罵ったのを確認したシーフはほくそ笑みながら続けた。
「おっと悪かったね。居場所を知っているだけでバチがアタリそうな野郎だもんな。」
「あれでもあの人は司教よ、神様を味方につけるのはあちらの方が得意じゃない?」
「あの野郎の肩をもつのかい?」
「まさか、向こうからお断りでしょ。ただ、言葉に気をつけたほうがいいわよ。
 万が一聞かれていたら今度こそアイツに後ろから焼き殺されちゃうわよ。」
「そしたらあんただって同罪だぜ?」
「構わないわよ、一緒に焼かれましょ。」

その答えに満足したのかシーフは大きく頷いた。
「こいつぁいい!こんなことであんたに口説かれるとはなぁ!!」
「そういう意味じゃないわよ。」
「Humanは好みじゃないけど、宿屋にスイートルームでも予約しておこうか。」
「焼くわよ、後ろから。」
「冗談だって!じゃあな!一時間後だぜ!」
「気をつけてね。」

シーフが酒場の扉から出て行くのと同時に
カウンターでバーテンと話していたエルフの女性が
ジョッキを手にこちらに近づいてきた。
容姿に不釣合いないかついメイスを腰に帯び、黒光りする鎖帷子を
身に着けているところから“プリースト”であることがわかる。

「誰と話をしていたの?」
エルフ特有の鈴を転がすような透き通った声だ。
「シーフが来ていたの。
 リーダーから伝言よ、一時間後にエレベーターに集合だって。」
「あら、坊やが来ていたの。
 一時間後ならあの子も一緒に誘えばよかったのに。」

エルフは容姿のせいもあってか年齢に関する感覚が人間と大分かけ離れている。
この女性も例にもれず何歳かと問われたら非常に答えに困ってしまう顔立ちだ。
エルフ特有の整った顔立ち、透き通るような肌、
子供にしては凛々しすぎ、大人にしてはあどけない
普通の街で見かければまず一目を引くだろう。
だが、ここはリルガミンだ。エルフはそう珍しくない。
彼女自身から言わせれば彼女もまた、『普通』のエルフなのだそうだ。
そして、ご多分に漏れず、ちょっとばかり人を幼く見るところがあった。
メイジも彼女のことは好きだったが、よく子ども扱いするところが気に入らなかった。

「誘ったんだけど、まだ一人見つからないんだって。」
「あの新人さんね。寺院にでもいるんじゃないかしら。
 大丈夫でしょ、今まで時間に遅れた事なんかないから。」
「それは伝言役のシーフががんばってるだけよ。」
「ところで、地図の方は描けたかしら?」
メイジの言葉を遮ってプリーストが詰めよった。
姿が美しかろうと彼女は『悪』の戒律をもつ者だ。
金銭が絡むと、とたんにドライになる。

「後は4階だけ、でも4階は描く意味あるの?
 ここで迷う人なんていないと思うけど。」
「お客からの注文なんだから文句は言わないの。」
「・・・・いくらピンはねしてるの?」
「この子ったら、またどこでそんな言葉覚えてきたんでしょうね。」
「主にあなたから。」
メイジはそっぽを向いてふくれっ面をした。
プリーストはむくれたメイジに向かって、子供をなだめるようにこう言い添えた。
「そう怒らないで、あなたの描いた地図はとっても見やすいって
 けっこう評判なのよ。このジョッキはおごりだから、ね?」
むくれたまま、メイジはプリーストからジョッキを受け取った。
中身はオレンジジュースだった。



【丑三つ時の迷宮にて】

リルガミン場内では善人と悪人が一緒のパーティを組む事は許されていない。
思想の違いから、パーティが空中分解することを裂けるためだ。
もちろん素直に遵守する者などわずかしかいない。
事実、迷宮内でのパーティの編成は黙認されている。

そんな理由で、地下4階にある下へ向かうエレベータ前は常にパーティが待機している。
1階の階段近くでは人が多すぎて待ち合わせに適さない、
そのため、ある程度まで腕を上げたパーティはよくここで待ち合わせをする。
中には、地下十階で待ち合わせをするという豪者もいるそうだが定かではない。

メイジとプリーストが1階からのエレベーターで降りてきた時には
既に他のメンバーは集まっていた。

「遅せぇぞ、リボン持ち。」
柄の悪い“人間”の“ファイター”がメイジに向かって叫んだ。
「時間きっかりよ。」
できる限り感情を込めずにメイジは反論した。
ファイターがよく使うこの「リボン持ち」というあだ名は
メイジに対する蔑みも込められているのだが、
ファイターは侮蔑よりも、そう言うことでいちいち腹を立てる
お気に入りの小さなメイジの反応を面白がるために使っている。
そこでメイジのほうでも、近ごろではできるだけ反応しないようにしている。
言葉には出さずともメイジが不機嫌なことに満足したファイターは
薄ら笑いを浮かべてメイジの肩をたたき、後ろにいるプリーストと目で挨拶をした。
メイジとプリーストは甲冑に身を包んだ“ドワーフ”の“ロード”に一瞥をしたあと、
皆と共にエレベーターに乗り込んだ。

メイジの定位置は隊列の最後尾、『クソッタレ』な“人間”の“ビショップ”の後ろである。
ビショップはブロンドの髪と髭をもち厳格そうな顔つきの男だ。
年の頃はまだ若そうなのだが、強引に伸ばした髭で滑稽な厳しさをかもし出している。
メイジはエレベーターから降りると、一言も会話を交わさず目もあわせずに
ビショップの後ろへ並んだ。

目的地は地下10階、狙いは宝箱だ。
パーティは慣れた足取りで地下9階の落とし穴から10階へと降りたった。

冒険者のなかには、迷宮の探索の目的が魔導師の討伐ではなく
富を築くための宝探しと成り下ってしまった者がいる。
このパーティも例外はいるが迷宮を巨大な宝箱だと思っている輩の集まりだ。
この時のパーティの目的も、相場を大きく上回る値段で
依頼された品物を探しに行くことだった。
彼らにとってはいつも通りの探索になる予定だったのだ。

四つ目の玄室を過ぎた時、事態が急変した。

五つ目の玄室に入ったパーティの目の前にモヤが立ち上った。
魔物の声ではあったがメイジの耳にはなにやら聞き覚えのある詠唱が聞こえた。


モヤが形を成し始めた時、前衛の二人が叫んだ。
「逃げろ!!マイルフィックだ!!」

それが死に際のファイターの言葉となった。
至近距離でTILTOWAITの爆風を受けたのだ。
ファイターとロードが盾になったため後衛への被害は最小限に抑えられた。
だが、シーフは火達磨になった。
前衛に押し出された二人が即座にロードの投げたファイターの体を受け取った。
と、同時にロードの首の骨が砕ける音がした。
メイジが前衛に押し出された。
「この役立たず!こんな時に死体を増やすなんて!!」
舌打ちとともに悪態をつきながらプリーストがマイルフックの攻撃をかいくぐり
華奢な体のどこにそんな力があるのかと思うほど素早くロードの体を担ぎ上げた。
「急いで、走って!!」
呆然としていたメイジをプリーストが急かした。
我に返ったメイジは近くに転がっていたシーフを背負いプリーストとビショップの後を追いかけた。
後ろからは、また、聞き覚えのある詠唱が聞こえ始めた。
文字通り死に物狂いで走った。

(あと10ヤード!!それを過ぎれば・・・!!)

呪文の有効範囲はよく心得ている。
最高範囲の呪文であるTILTOWAITから逃げ切れる距離は
魔物から逃げ切るための距離と同値、扉の向こう側だ。
その10ヤードを駆け抜ける間がメイジにとってどれほど長い時間だっただろう。
後方で爆発が起こり爆風で吹き飛ばされ前につんのめった。

死を覚悟して目を見開いた。

抱き起こそうとするプリーストの白い手が見えた。
背負っていたシーフのただれた肉が見えた。
肩で息をしながらファイターの体を担いだまま
こちらを伺うビショップの顔が見えた。

閉まる扉の隙間から、雄叫びを上げながら化け物がモヤとなって消えて行くのが見えた。


生きている 逃げ切った



落ち着いてくると現状がいかに困難な状態かがわかってきた。
MALORは唯一ビショップが覚えていないスペルだ。
メイジはすでにレベル6と7の呪文を唱えきってしまっていた。
KADORTOを使うことはプリーストが拒んだ。悪の戒律を持つものはゲンを担ぐ者が多い。
不運は必ず重なるものだと彼女は首を縦にふらなかった。ビショップも彼女と同じ意見だった。
悪人とは言え他人の命で博打をするということを決してしたくはないのだという。
LOKTOFEITで還る方法をビショップが提案するとプリーストに恐ろしい剣幕で却下された。
彼女を『善』から『悪』の戒律に鞍替えさせてしまった原因の呪文だからだ。

「じゃあ、どうするの?」
声にだしたはいいが、愚問であるとメイジは感じた。
わかりきっている、前に進むしかない。
その先にあるワープゾーンから城へ還るしかない。
答える代わりに二人は立ち上がった。

ふとメイジは、前回つまらないことでMAHAMANを唱えてしまった事を後悔した。
あわよくば皆を復活させられるかも知れず、そうでなくても敵をどこかへテレポートさせられたのかもしれない。
ビショップに勧めてみたかったが、この期に及んでメイジとの会話を拒否し続けている。
覚えているのに唱えることが出来ないたった1レベルの差をどうにも悔やみながら
メイジはシーフの死体を担ぎ上げ立ち上がった。

三人は仲間の屍骸と共に玄室の扉の前に立った。

プリーストが目で合図をする。
足を持ち上げ、思い切り扉を蹴飛ばした。

次の瞬間、プリーストの首が刎ねとんだ。

扉から何者かが飛び出してきた。
鈴のついた勺杖、まだらの道化服

「フラック!」
メイジは叫んだ。
プリーストの言った通りだ、悪い事は重なるものだ。
即座にビショップがメイジですら驚くほどの速さでTILTOWAITを唱えた。
後に続けとメイジもMADALTOを唱える。
爆風と冷気をほぼ一度に食らっても、地獄の道化師は倒れなかった。

二人は死と生還を同時に確信した。
次の攻撃を食らったほうが死ぬ。
食らわなかったほうが呪文を唱え終えフラックを倒す。

会話は暗黙のうちに一瞬でなされた。
それがメイジとビショップが初めて交わしたまともな会話だった。
次の攻撃がブレスであるという最悪の予想を強引に頭から消し去り必死に詠唱を続けた。

運命はパーティに味方した。
フラックはビショップの腹に風穴を開けた。
メイジが呪文を唱え終わった。
彼女は、生き延びたのだ。



「百人に一人・・・・」

玄室に仲間の死骸を引張り込みながらメイジは途方にくれて呟いた。
訓練場で最初にメイジとしての訓練を受けた時に言い渡された数字、
呪文が使えなくなったメイジがたったひとりで迷宮から帰還する確率だ。

冗談だと思っていたのは昔の話、
今では 「百人中一人 も 」 帰ってこれたのだと驚く数字だ。
メイジは自問した。
自分はその一人になれるのだろうか?

だけど、出口はもう目と鼻の先だ

心を持ち直して前途を振り返った瞬間、願いは脆くも崩れ去った。
メイジは自分が還れなかった「九十九人の内の一人」になると確信した。





玄室には先客がいた。
かつて冒険者だった『モノ』たちの亡骸、そしてその側に巨大な影が鎮座していた。
部屋には鼻を突くような刺激臭と腐敗臭で満たされていた。
間違いようも無い、ポイゾンジャイアントだ。

巨人は、装備品の剥ぎ取られた冒険者を膝に乗せなにやらうめき声を上げていた。
最初、メイジは巨人が『食事』をしているのだと思った。
側に散らばっていた冒険者の死骸からはかじったような痕があり
臓物が四方に飛び散っていたからだ。
巨人は膝の上に載せた柔らかな白い亡骸を激しくゆすりながら亡骸の頭を口に含み
今にも噛み砕こうとしている。

ところが一向に亡骸は減る気配が無い。
まるで飴玉をしゃぶる子供のように亡骸の頭をしゃぶっているのである。
メイジには何が起こっているのかがわからなかった。
時々できる巨人と亡骸の隙間に張り詰めた筋肉の塊のようなものが見えた時やっと理解した。






メイジは全身の毛が逆立つのを感じた。
巨人は亡骸と交接をしていたのだ。


良く見ると内臓が散らばっている亡骸は全て男の冒険者である。
喘ぎながら巨塊を亡骸に押し込んでいる巨人の傍らには二人ほどの丁寧に装備品を剥がされた
女と思しき冒険者の亡骸が転がっていた。全身は見えないがどちらも、だらしなく開かれた
無残に溶けかけた肉の隙間から涎のように、緑色に濁った液体を滴らせていた。

小さな肩を震わせて怯えきっているにも関わらず、メイジは頭の中で
まだ腑に落ちない考えに答えを見出そうとしていた。
こうして目の当たりにしているにもかかわらず、何故巨人が『人』と交接しているのか理由が理解できなかった。
彼女の考えからしてみれば、交接など子孫を残す為の手段に過ぎず、
死骸と交接をするなど全くの無意味に思えたからだ。
いや、それどころか、何故巨人が人を相手に欲情できるのかすらわからなかった。
自分たちが巨人をみても化け物としか見えない、巨人もまたそうなのだろうと思っていたが
目の前の光景はその考えを全て否定していた。

巨人は愛撫を繰り返しながら亡骸の濁った目を見つめて時々悲しそうに呻きたてる。
悲しい?何故そんなように思うのか?

だがメイジには巨人が「悲しい」声を上げているのだと思った。



「知ってるか、迷宮で死んだ連中の魂は迷宮の化け物として再利用されてるんだぜ。」
パーティに加入したての頃リーダーが冗談交じりに話していたことを不意に思い出した。
他愛も無い噂話だと当時は思っていたが、目の前の光景をみるとその他愛も無い噂が真実であると思われてしまう。

一際高く巨人が叫び声を上げた。
巨塊をねじ込んだ白い裸体が一瞬生きているかのようにうねりせり上がると
結合部から横に捨てられた亡骸の陰部についていたのと同じ緑色の濁水がほとばしった。
得たいの知れない色の塊を白い裸体から引き抜きながら、巨人は悲しそうに屍の頭を撫でさすった。
メイジはこの化け物が元は人間だったではないだろうかという疑問を確信へと変えようとしていた。


だが、その考えはすぐさま改められた。巨人は撫でさすっていた頭をいきなり噛み砕いた。
その時ようやく巨人の膝に隠れていた下に転がっている屍骸の全体を見ることができた。
どちらも、頭が噛み砕かれていた。

もはやメイジの心の中には恐怖以外入り込む余地がほとんどなかった。
わずかに残った理性が叫び声をあげた。

『なぜ結界(キャンプ)を張らない?!』

メイジはハッとして我に返った。
そうだ、キャンプを張れば少なくともその間は化け物は入ってこれない。
しばらく待てば化け物も諦めてどこかへいってしまうかもしれない。

気付くのが遅かった。
キャンプを張るには化け物に余りにも近くに寄りすぎていた。
慌てて準備を始めたメイジが振り返ると、もう巨人は彼女の傍らにまで来ていた。
思っていたよりも巨人が大きくなかったことはさほどの慰めにはならなかった。




巨人の全身から立ち昇る腐臭が周りの空気を包み込んだ。
「どうか―――」
メイジはMAHAMANを唱える時のような気持ちで必死に神に願いを請うた。
「カドルト様、どうか巨人が即座にわたしの頭を噛み千切ってくれますように――」

願いは聞き入れられなかった。

巨人は青ざめた小さな人間を凝視して身構えた。
小さな人間が何事か呟いているのを聞き呪文を唱えているのだろうと思った。

何も起こらない。

巨人は警戒は解かないまでも少し驚いた表情を(無論人間には到底読み取れないが)した。
小さな人間は身動きひとつしない。逃げようともしない。
動かない得物に反応するのは実に難しいもので、巨人はどうすればこの人間の頭を
自分がすんなり噛み砕いてくれるのか思案した。

凝視しているうちに巨人はこの人間がとても愛らしい小さな人間であることに気付いた。
人形のようなまだ幼さの残る愛くるしい顔、服の上からわかる隆起の少ない体の曲線、
恐らくはまだ誰にも汚されていないであろう白い躯体、
先程、鎮めたとばかり思っていた感情のうねりが再び頭をもたげた。

巨人の体の一部が隆起するのを見て、願いが聞き入れられなかった事を知ったメイジは、
自分が女に生まれたこと、処女であることを心底怨んだ。
即座に死ぬ為の道具を持てない職に付いた事を悔やんだ。
シーフの腰に差した短刀が目に入った。
「ひっ!!」
短刀に飛びつこうとした矢先、巨人の手が彼女の体を引っつかんだ。

どこかへ飛び出そうとした小さな人間を捕まえた巨人はこれでこの小さな頭を噛み砕けるだろうと喜んだ。
だが、小さな人間は手の中で一切無抵抗だった。当てが外れた巨人は人間の顔を覗き込んだ。
またあの忌々しい感情が頭をもたげて来る。握り締めた手から人間の温かみが伝わってくる。
うんざりしながらも、巨人はその感情の訪れにどこか懐かしさを感じた。

巨人は彼なりに器用に小さな人間の皮膚にへばりついている布を剥がし未発達の躯体を露にした。
柔らかな肌の感触、小さな赤い唇、膨らみかけた小さな山、毛に覆われていない肌色の陰部、
巨人は未発達な人間の体を散々撫で回し、大きく口を開いて長い舌で舐めまわした。

「・・・・っ・・・・ぁ・・・っ!!」
腹ほどの大きさの舌に転がされながら、どうか間違って歯の間に頭が挟まってくれるよう彼女は祈った。
普段の不信仰のせいか、やはり神は聞き入れてくれない。
毒を含んだ唾液の海が皮膚に触れヒリヒリと痛む。
抗いたかったがひ弱で華奢な体にはそれも許されなかった。
「ぃっ・・・ダメ・・・・ひっ」
巨大な手で足をこじ開けられ陰口をさらけ出されると、巨人は陰部を丸ごと口で覆い存分に吸い出した。
「ぃぁ・・・ぁぁぁぁああああああああ!!!」
あられもない声となってしまった事をもはや彼女は恥じなかった。
小さな体の中で始めて性への感情が目覚めたのだ。

「ひぁっ!!んぁっ!!んぁっ!!だっ・・・・め・・・っ・・・・!!」
赤子が乳房を吸うようにリズミカルに舌を動かしながら巨人は小さな人間の陰部をすすった。
巨人は小さな人間の陰部をすすりながら、なぜ普段なら苦痛にしか思えない人間の声が
こうまで楽しく愉快でゾクゾクさせるのかまるでわからなかった。
彼にわかるのは、次にどうすればいいのかという短い未来への予見だけであった。

小さい体はぐったりとして力が無く、ただ陰部ばかりがヒクヒクと痙攣し、
ピンク色の陰口からはうっすらと涎が垂れている。
死んでしまったのではないかと巨人は危惧したが、手の中でかすかに震え
呼吸をしていることがわかるとすぐさま安堵した。
なぜ危惧した?なぜ安堵をした?答えを出すまえに巨人はもう次の行動にでていた。

そろそろと小さな人間を持ち上げ、自らの巨塊に小さな陰部を宛がった。
不意に人間の頬を伝って水が一筋流れ出た。巨人はその塩気のある水を小さな顔ごと舐め
巨塊を小さな躯体に優しくねじ込んだ。

「ぃゃ、ぃゃょ・・・いや・・・だめ・・・いやああああああああああ!!!」
快楽に溺れきるにはこの小さな体は余りにも未発達だった。
普通の男の物ですら入りそうも無い体には荷が重すぎた。
骨盤が歪み引き裂かんばかりの激痛が小さなメイジの体を駆け巡った。
巨人の頭の中はもはや苛立ちが消え、悲しさと、味わったことの無い快楽と奇妙な懐かしさが支配していた。

「ぁああっ!!ぁぁぁあああっ!!!あああああっ!!」
骨を軋ませゆっくりと上下させる矮躯の動きが巨人に快楽を呼び、小さい悲鳴が悲しみを呼び
この二つが懐かしさを呼んだ。
イツモノ コト トハ チガウ
鈍い頭で巨人は考えた。
何時もの死体とは違う生きた人間の体温は初めてだった。
初めてなのにもかかわらず懐かしかった。

「あぁ゛ぁ・・・・あぁ゛・・・・」
巨塊は一突きごとに激しさを増しそれとともに悲鳴は段々小さくなっていき、
最後には声無き悲鳴と体の蠢動しか起こらなくなった。
メイジの頬からは涙ばかりがとめどなく流れた。巨人はなおも突くのを辞めなかった。
突きながら、時々巨人は人間の顔を舐めた。白い矮躯を舌で転がした。
涙を舌で受け取ると悲しそうに小さい頭を撫で付けた。

髪を撫で付けられながら、メイジは頭を噛み砕かれた屍骸を頭に思い浮かべた。
もはや彼女にとっての救いはあの屍のようにすぐにでも巨人に頭を噛み砕かれてしまうことだけだった。

その時は来た。余りにものろのろとした訪れだった。
激しく突いていた巨人の動きが止まった。
小さい人間の中の巨塊はその体の中で蠢いていた。
巨人は天を仰いで呻きたてた。
一秒でも長く、ここにいたい、
一秒でも長く、いちびょうでもながく、イチビョウデモナガク アアアア・・・ああ・・・あああ

       ご
          ゅ   
         び  っ

小さい体に不釣合いなほど巨大な結合部から血と混ざった赤黒い液が噴出した。
長い蠢動の間一滴余さず体に注ぎ込もうと巨人は押さえつけた。赤黒い液はかえって噴きだした。
小さい体は動かなかった。蠢動が終わっても、結合部はまだ疼いていた。
巨人はまだ繋がっている小さい人間の顔を覗き込んだ。
死んだように動かない。

ゆっくりと繋ぎ目を引き抜く。
どろりとした生暖かい感触とともに無残な陰部から血が吹き出た。
小さい人間は動かない。
背中をさする。
動かない。

暖かい。
生きている。

メイジはまだ彼女の意思に反して生きていた。
たった一つの感情だけが彼女を支配していた。

オワッタオワッタおわった終わった 終わった  終わった

これでやっと 死ねる



巨人の息も、手も、巨塊さえも、もうメイジは怖くは無かった。
巨人の存在そのものが彼女の救いだった。
健やかに彼女の命を絶ってくれる唯一のものだった。






願いは、聞き入れられなかった。



巨人は先の屍にしたように娘の頭を撫で付けた。
いつまでも撫で続けていた。
メイジはすぐさま巨人が頭を噛み切るだろうと期待していた。
静かな時が流れた。





突如静寂は破られた。
ドアを蹴破る音が玄室に響いたのだ。
メイジのぼやけた視界に甲冑に身を包んだ冒険者たちが入ってきた。
「なんだ・・・こいつは・・・ひっ・・・!!!」

入ってきた冒険者たちの目に映ったのは、惨劇の爪痕と十人ほどの死体
そして血溜りで死に掛けている一人の人間だった。



またも神に裏切られた。
入ってきた冒険者たちは『善』の戒律を守るパーティだった。
『悪』のパーティだったならば、身包み剥がされ打ち捨てられたろう。

まだそのほうがましだった。



骨盤は砕けていた。
酷い傷みだったが、応急処置でなんとか立てるようになった。
そのパーティは手伝いを申し出たが、メイジは断った。
できればもう彼らとは永遠に会いたくなかった。
その代わり、その場に打ち捨てられた別のパーティの面倒を頼んだ。




二回のワープを無事に済ませ再びリルガミンの地を踏んだメイジは地面に泣き伏した。





お聞きいただいた話は訓練場のメイジを担当する訓練士から聞いた猥談だ。

メイジをやるなら女の方が向いているって言う教訓さ。
いざとなったら、全てが武器になるってね
体の武器は忍者だけの特権じゃないということだ。



この後このメイジがどうなったのかって?

もちろん、知っているさ。
だが、残りの話はまた今度にしよう。私も長い間話をして疲れたから。
聞きたくなったらここに来なさい。いつでも歓迎しよう。





なに、もう聞きたくない?

それは実に懸命な判断だ。