ここに、或るM.Mの話を記す。
私にとってこれは単なる遊興であるが、その実、最後の仕事でもある。

緩慢に身を蝕んでゆく麻痺により、やがて腕を持ち上げることすら不可能になるだろう。

この場所を訪れた者が、歩き疲れた探索の足を止め、気の向くまま字を追ってくれるなら光栄に思う。

薬は尽きた。

足先から緩やかに迫る死に際し、ペンの代わりにナイフにて。

日時不明
Ted B.

**
前書きと署名に続いて、壁の文は唐突に始まっていた。

「私は迷宮の一角を見続けています。天井に貼り付くジャイアント・スパイダーのように、石壁の上方にできた隙間――それも曲がり道の角地――を陣取る事が出来たのは、全くの幸運でした。

とりとめもない私の話を綴りたいとの申し出、一向に構いません。
しかして地上で日々の生活を営む方が読んだところで、彼らの想像が追い付くかどうか、甚だ疑問に思います。」

「なるほど、この迷宮内に遺すと仰るのですね。それならば、貴方は素晴らしい読み手を得、後々まで語り継がれる書き手となるでしょう。


では。
初めは私が生を受けた、この迷宮についてお話しいたしましょう。
入り口から一歩、進むごとに周りは段々と暗くなり、同時に湿気に満ちた空気が、それも慣れるのにはあまりに酷な腐敗臭をたっぷりと含み、大口を開けて貴方を呑み込む。
そんな階層が、ここだけでなく、更に地下へ深く深く続いていると聞きました。」

「本来攻撃的な種の中で、なぜ私が穏やかであるかというと、それは一重に今の恵まれた環境に満足しているからに他ありません。

私が意識して冒険者達を観察しだしたのは、ここを通るモノ達が、実に多様で面白いと気付いたからです。」


「ある時の事でした。
私の定位置である曲がり角、その視界の外から、何かを引き摺るような音が聞こえてきました。ズルッ、ズルッと重い音の合間に、カツンカツンと固い響きもありました。

さてはて、姿を現したのは腰の曲がった魔道士でした。汚れたフードに隠れて、顔は見えません。ですが垂れ下がる長い白髪から、女であるように見受けられました。

老いてまで冒険者を続けるとは見上げたものだ、そう感心していますと件の人物は長い杖に身体を預けるようにして、よろよろと角を曲がって行きます。

去り行く背へ何気なしに目を向けた私は、頭から煙が立つほど震える羽目になりました。」


「彼女のローブは左の肩から右の腰へかけて、三筋の醜い爪に引き裂かれ、傷から染み出す血が、薄汚れた布地を尻まで赤黒く染めていたのです。

私の内へ、同情と共に奇妙な興奮が沸き起こりました。
老女とばかり思っていましたが、傷跡以外にも所々破れたローブは、真っ白な肌をのぞかせています。間違いなく、うら若い女の肌でした。

となると、白髪と見えたのは埃にまみれていたせいで、元は銀髪なのでしょう。もちろんHumanではありません。肌の、ぬけるような透明感もあって、彼女はElfに違いない、そう思いました。

果たして、彼女がよろめき、石壁へ身体を打ち付けると、フードの横から特徴のある尖った耳が現れました。」

「回復薬も、回復役も失ったのでしょう。憐れな娘は地上へ戻る呪文を覚えていないのか――ここは比較的浅い階層らしいので――退くか進むか、賭けに打って出たようでした。
彼女は『進む』方に賭けた様子で、通路の先をじっと見通しています。
ロミルワもない暗い路ですが、闇に目が利くというElfです。程なく、数ブロック先の扉を見つけたようでした。

目先の目的が出来たからか、彼女は大きく安堵の溜め息を吐き、壁に背を預けてズルズルと床にへたり込みました。

そして、残念ながら目的外の出来事が降って沸いたのも、そのときでした。」

「この階では見慣れぬ赤装束の男が一人、手前の曲がり角から現れて、音もなく彼女へ襲い掛かったのです。
ローブはクナイで瞬きする間に裂かれ、背中の傷以外は真っ白な女体が晒されました。
しゃがみ込んだ姿勢のままです。大きく開かれた脚の間に立った男は、彼女の陰部をじっと見て、低い笑い声を漏らしました。

それから責めが始まりました。彼女はもがき、泣き叫び、抵抗の限りを尽くしましたが何分相手は男、それもハイマスターに勝てる筈もありません。

やがて、私の眼下に彼女の痴態が余すところ無く繰り広げられました。

ハイマスターは色事にも手練れのようでした。背後から彼女を抱き上げ、豊満な乳房を揉みしだき、乳首を挟み込む指は絶妙な力加減のようで、Elfの女といえば、その度にあられもない声を上げるのです。

多少の回復呪文を唱えたものか、彼女の表情から苦痛の色が薄れ、床に滴るものが背中の血に代わって、透明な液体になりました。

彼女はもう夢中なのか、トロトロと液を吐き出す股ぐらへ、男の手をとって導きます。

ぐちゃぐちゃと粘り気のある音が段々と水っぽくなり、裸の脚の間から体液が飛び散っていきました。」

「ここまできますと、Elfの女は恥じらいもなく白い脚を大股開きにし、腰をくねらせ、股間から込み上げる快楽を貪ろうとするのでした。
男は抜刀する素早さで膨れ上がった一物を引き出し、水の溢れる穴に衝き入れました。

後はもう、されるがままです。見ている私がいい加減うんざりするまで、行為は続きました。


さて、少々貴方を試させていただきましょう。
一体、男と女はどのようになったと思われますか?


――ふむ。和解した?またはただ別れたと?

…残念ながら、貴方はまだこの迷宮を真にお分かりではない様子ですね。

では、お答えしましょう。現実はそのどちらでもなかったのです。」


「行為が絶頂に差し掛かった時です。不意に、女の腰を掴んでいた男の手が離れました。

そして、男は抜く手も見せず、忍刀で女の首を斬り落としました。

馬鹿馬鹿しいほど大量の血が、噴水の様に噴き上がりました。
その石の床へ、まだ白く美しい胴体がべちゃりと沈みました。

男は激しく射精を迎え、血にまみれた胴体へ、まんべんなく精液をかけます。
やがて全てを吐き出し終わると、身仕舞いをして、元来た暗闇に消えました。

道すがら蹴り飛ばされたらしく、丸いものが私の視界へ転がってきました。

赤い頭髪の首でした。

女が恐怖の色を浮かべることがなかった事だけは、幸せだったのでしょう。
女の顔は、いつまでも快感に喘いだままだったのですから。」

**
壁の文字は、ここで終わっている。

下には、悲しいまでに刃が欠け、錆びたナイフが転がっていた。


(了)