冒険者の宿の一般個室、エコノミーと呼ばれる部屋に蠢く人影があった。床にはメイス、胸当て、盾、法衣が無造作に
転がり、男が全裸で立っていた。一人用の寝台に横たわるのは『何を』と一声を発したままで硬直した、長い翠の黒髪を高く
ひとまとめにして結い上げた、眉目秀麗な東方系の、裸の若い女だ。着ていただろう夜衣が無造作に剥かれ、寝台の端に
引っ掛けられている。ランプの灯が、男の顔を照らす。細面だが、意志の強さが垣間見える、敬虔な僧侶に見える優男だ。
街角やギルガメッシュの酒場で微笑めば、十人中九人は頬を染めてホイホイと付いていくだろう成功率を誇る容貌だった。
教義を説き、理想を語り、説諭を行なう、お堅い人間の善の僧侶。その整った容貌が、抑えきれぬ情欲に火照っていた。
「おお、なんと美しい……」
女の手と見紛うばかりの繊手が、鍛えに鍛えたであろう探索者の女サムライの、優雅な弧を描く胸の稜線を撫でて行く。
割れた腹筋を過ぎ、叢を過ぎ、包皮に隠れた陰核を撫で、そして乱暴に女陰を穿つ。女サムライは表情の一つも変えず、
優男の為すがままになっている。MANIFO。プリーストスペルのレベル2に位置する呪文であり、効果は麻痺毒を含んだ
霧を発生させ、『敵』を広範囲に硬直させる。呼吸し、生命を持つものなら、効果が及べば例外無く麻痺症状を発生させる
と言う、低レベルに位置はすれどかなり凶悪なものであった。
「アヤメ……なんと卑劣な、と罵ってくれても構いません…。だが……私は……」
しかし、その同レベルに静寂、モンティノがある故に、その存在はあまり重要視されることの無い、地味なスペルだった。
メイジスペルのレベル1には仮睡ことカティノがあり、マニフォより余程掛かりやすく、使い勝手が良いと言う事情もある。
まともな、いや、メイジスペルの使える者がいるパーティーを組んでいればまず使うことのない呪文だった。だから……
迷うこと無く、使った。
「我慢が……出来なかったのです……」
男は指を抜き、思い切り息を吸い、匂いを嗅いだ。女蜜の分泌は無いが、男にはそれでも充分だった。いつも、見ていた。
ずっと、見ていた。パーティーの3番手に位置し、この罪深い手でメイスを奮う間に、鮮やかに翻る黒髪と、爽やかに微笑み
つつ振るわれる、華麗な舞踏にも似た剣技を。男の拙い棒術を見かね、キャンプの際に手を取って、親切にも呆れずに、
根気強く教授してくれた善のサムライ。感謝の言葉も金品も受け付けず、『仲間だろう? 私も主が強くならないと困る』と
艶やかに微笑まれたときは、危うく表情の抑制が解け掛けたほどだ。……ちなみにパーティーは、男を除き皆、女性だった。
だが、こんな真似を今までしたいとは思わなかったし、これからもそうだと思っていた。一ヶ月前にこの「アヤメ」が加入する
までは。募る思いは、男の愚直とも言える心を容赦無く捻じ曲げていくには充分だった。穢したい、汚したい、啼かせたい、
喘がせたい、そして――!
己の子を、孕ませたい。
「……許して……くださいっ……! う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 」
男はアヤメに覆い被さり、迷う事無く、己のそそり立った分身を突き入れた。一度も擦り上げたことの無い、ただ排泄する
だけの器官に終わるはずだった醜悪な肉塊が、花弁にも似た清楚な佇まいを見せる女陰にめり込むのが、その感触で解る。
摩擦と、あまりの背徳さがもたらす興奮に耐え切れず、男は堪らず精を放った。悪友に露見したならば、『三擦りも耐えられん
コカトリス並みの早漏』とさぞや揶揄されるに違いない。この後もし――
生きて、いられれば。
男は未だ興奮に萎えぬ男根を、名残惜しげに引き抜いた。破瓜の血と子種汁とが絡みつく、罪深い呪いの己が肉の槍と、
アヤメの体とを交互に見て、また昂ぶってしまい、精汁をアヤメの体に、派手にぶちまけてしまう。男は愁眉の念に眉根を
寄せ、詠唱を始めた。緑光が、ランプの光より眩しく部屋を染めていく。快癒、マディ。目的は果たした男の、せめてもの
償いだった。――今なら――まだ、間に合う。子種も子宮に定着する前に異物として排除されるだろうし、乙女の徴(しるし)の
裂傷も快復する。だが――!
「―――?! 」
「それはちと困るぞ、ルキフェ? それとも、無抵抗の女を犯す卑劣漢、この破戒僧めとでも呼ばれたいか?」
完璧にマニフォに堕ちたはずの相手に、緑光を放ち始めた右手をガッシリと握られて阻止をされては、言葉も出なかった。
益(ま)してや普段のように爽やかに微笑まれ、あまつさえ唇を奪われ、体を入れ替えられ、さらに押し倒されてしまうなど、
完全に男の想像の外だった。…・・・弁解の一つも許されず、有無も言わさずに縊られて殺されるか、罵られ、力の限りに
殴られ蹴られ、拷問の末に殺されるか。どのみち『死』は逃れ得ないものだと男は、思い込んでいたのだ。
「誰が好きでも無い男を、薄い夜衣を着たまま、部屋に入れるものか……。まったく、麻痺の演技というものは骨が折れる」
「な――!」
「私も、堅い仮面を被ってパーティー内で振舞うのは辛かった……。同じ邪念を貴様も抱いていたと知って、嬉しいぞ」
アヤメが眉根を寄せながら、辛そうに、男のモノを肉壷にて咥え込む。その光景を信じられない、とまざまざと凝視してしまい、
また男は精を盛大に漏らしてしまう。ほとばしりを受けたアヤメは気にするでも無く、さらに深く腰を押し付け己に埋没させる。
「かっ、はぅっっ! また、また貴女を……汚すとはっ」
「……全く、女子を抱いたことが無いと言う噂は真実だったようだな……。互いに初心者同士。これから、馴れて行くぞ?」
「はっ、はいっ! カシワギ殿! ―――っ痛う! 」
緩やかな律動を始めたアヤメの腰が止まり、男を不満げに睨むと、いきなり指で男の額を軽く弾いた。前衛職のサムライだ。
軽く、でも結構な威力がある。涙目になった男に、中に容れたままアヤメは覆い被さり、男の耳にそっと甘く、小さく囁いた。
「アヤメ、とちゃんと呼んでくれたくせに、何を今更取り繕うのだ? 」
「そう――でした、ねっ! 」
「ひゃ―――ぅんッ! 」
男が勢い良く腰を突き上げ、アヤメの肉壷の最奥を小突き、悶絶させ、黙らせた。明日はきっと、探索行を休む羽目になる。
きっとそうなる。男はアヤメと両手を握り合わせ、息を止めながら長い接吻を続ける。これでは自分のマニフォなど効かぬ
わけだと心の片隅で思いながら、互いに飽きることのない、閨房での連携運動を練習することにした。