「この外壁は……? 」
 「砦か? 」

 やっとジョウの真摯な祈りがカドルト神に遅れて聞き届けられたのか、その後、開拓村に至る道中には
幸いにして乱暴狼藉の類は繰り広げられてはいなかった。開拓民と囚人が監視無しで一緒になって労働を
している様は、善の二人にとって余程喜ばしい出来事であったのか、満足げに頷いているのが可愛かった。
しかし、この開拓村の丸太で組まれた高い外壁を見た瞬間、渋面に変わる。いかにも強制収容施設と言う
威容を保っているのだ。これでは気分も悪くなろう、と二人の顔にありありと書いてあった。

 「防風柵だ。中の肥沃な土が風で飛ばされたら、折角の農地が台無しになるからな。こいつの知恵さ」
 「……そうなのか? 」
 「何処でそのような知識を? 」
 「東方の故郷や、城塞都市に来る前の道中、色々な土地を通り過ぎたその途中にな。……リグ」

 唇を少し笑みに綻ばせたジョウは、先導するリグを促した。防風柵、と言っても囚人脱走阻止や防衛の
ために人員は配置してある。最も脱走しても、水も食料も無く、力が弱く、経験も無く、行く当ても無いと
くれば、簡単に野垂れ死ぬ。開拓村の脅威は自然だけでは無い。迷宮上層に出現する亜人種、オークや
コボルド、ゾンビ、スライム等も普通に出現する。増してや城塞都市の街外れにある迷宮の影響で、年々
それが増えたり、野盗が出現したりするようになった。それが、ワードナの迷宮が城塞都市とその周辺に
もたらした功罪のうちの『罪』の一面だ。

 「城塞都市・統括監察官 兼 開拓村群・主席管理官リグ、囚人3名を連行! 開門されたし! 」

リグが大音声で名乗りを上げると、柵の一部に設けられた通用門の細い覗き窓が開き、面通しが始まる。
覗き窓から覗く目元は、若者……と言うより子供のものだった。

 「あ、リグ兄ちゃん、お帰んなさい。囚人ったっても1人は【先生】で……えええええええええ!? 」
 「ナンだぁサンチ坊? エルフ族なんてここにも居るし、これまで見たことないわけじゃないだろう? 」
 「あの女嫌いの【先生】が……エルフ女とべたべたくっついてるぅ……それも二人も……! 」

 これでは用を成さぬだろうに、とカイは可笑しさに目を細め、笑みを浮かべた。そのカイを嗜めるように、
シミアが小突き、外壁の上を目で指す。弓を持った人間と恐らくスペルユーザーであろう者が数人、弓を
引き絞り、魔術の詠唱を小声で行いつつこちらを油断無く、狙っていた。

 「……自衛組織の作り方も【先生】が伝授済み。正直な話だ、開拓村の住人の皆は為政者側にジョウを
  くれ、と毎月毎月陳情してる。何とかここに定住させようと、夜な夜な娘っ子を送って懐柔したり――」
 「おいリグ! っ痛ぅ! 二人同時に脇腹を抓(つね)るか普通、しかも爪の間に肉を挟んで! 」
 「わーったわーった、ナイショな。へへ、精々苦しむがいいさ! すっきりするぜ独りもんはヨォ! 」

 ニヤニヤ哂いながら揶揄するリグを恨みがましい目で見るジョウの両腕を、しっかりと強く各々の胸に抱く
エルフの異母姉妹からは言葉を発せずとも思いが伝わって来る。手放すものか、と双乳に右腕を挟むシミア。
もう逃がしません、とばかりに、年頃のエルフ女らしい小振りながら弾力のある胸に左腕を押し付けるカイ。
 腕が自由ならば鬢か頬でも掻いて照れたい素振りのジョウを見て、一回殴ってやろうかコイツ、と思う
リグの耳に、通用門では無く、大門の5重に設えてある、鍛鉄製の太い閂が外される音が飛び込んでくる。
そうだった。特別扱いだった。リグはエルフの異母姉妹がジョウに体を思い切り両側から摺り寄せているのを
敢えて見えていないフリをして、逞しい肩を叩き注意を引く。なんだ何が起こった、と目で問うジョウに、リグは
右手の親指で大門を指した。
 
 「おい、お前の通るのはあっちの豪華でデカイ奴の方だとさ、ジョウ」
 「……大仰な扱いは止せって言ってるのに、ガルダッキの奴め、余計なことを」
 「あの樽っコロはドワーフのくせに、やけに理屈とか筋道に細かいからな。文句言ってもお手上げだろ」
 
 ドワーフ、と聞いた時、シミアの耳の先と右眉がヒク、と動いた。エルフとドワーフは基本的に、いや、
生理的にあまり仲が良くない。エルフが古来、樹上生活を営んで来た種族なら、ドワーフは穴居生活を営む
種族であり、体型的にエルフが長身痩躯(そうく)なら、ドワーフは矮躯(わいく)頑健と言う好対照な
特徴を持っている。エルフとドワーフの双方の美意識には隔たりがあるが、ドワーフの生み出す細工物は
素晴しいので、それを素晴しいと認める己の心が忌々しい、と言うのが複雑なエルフの性格を物語っている。

 「ガルダッキ……? ドワーフだと? 」
 「村側の代表人の一人だ。力と信頼はアタマひとつ抜きん出てる。実物じゃあ人間やエルフよりアタマ…」
 「リグ、そんなあいつの気にすること言って、また【親愛の情】を示す体当たりを喰らいたいのか? 」
 「その時は、アイツの猛突進をニッコリ笑って往なして最後には投げ飛ばす、誰かさんの後ろに隠れるよ」
 
 シミアは城塞都市の生活から、種族に対する偏見はほぼ無いに等しい。のだが……追放を喰らった最初の
パーティーのリーダーが、ドワーフの戦士であったことは心の底の何処かに澱んだままである。自尊心を
ズタズタにされミジメにパーティーを追放された恨みと、ジョウに引き合わせてくれた感謝の念が綯(な)い
交ぜになってしまうのだ。つまりは【仕事関係】抜きでは【不愉快とは行かないまでも面白くない】気分に
させられてしまう相手、それがドワーフ族だ。【恋敵】の表情に出た変化を見逃さないカイが声を掛ける。
 
 「シミア様、どうされましたか? 」
 「いや、なんでもない。開拓村の中を早く見たい。疾(と)く往くぞ、ジョウ」
 
 通用門から離れ、正面の開いている大門へ向かう。正面には大通りが設えてあるのだが、何故か派手に
土煙が巻き上がっていた。誰かが、全力で疾走しつつやって来る、いや、転がって来ていると言うべきで
あろうか。一人のドワーフ、屈強な巌を思わせる肉体を持つ男が、短い足に相応しからぬ速度で疾走して
きているのだ。それも、満面の不敵な笑みを浮かべながら。上げる土煙はリグの方向に向かい真直ぐに
延びて行くのが防風柵の上から、鮮やかに見えることだろう。

 「土煙……! 畜生! 今のを聞いてた誰かが、アイツに密告しやがったな! 」
 「生憎、俺の両腕は【このとおり】塞がってる。歯を食い縛って、ガッチリ受け止めてやるしかないな」

 と、突然、土煙が止んだ。男が停まったのだ。走るのを止めて、決まり悪げに髭面の頬を掻きながら歩み
寄る様をリグは思い切り指を指して哂う。中に入ったジョウ達の背中で大門が閉じられ、太い閂が閉められる
硬い音が響く。面通しが終わり、晴れて開拓村へ正式に迎え入れられたのだ。男はドワーフにしては背が高い。
リグの首あたりまでも背丈があった。並みのドワーフよりも背が高く、一回り大きく、瞳には知性の輝きと
閃きが溢れている。この【身に付いた力が全て】の開拓村ではさぞや皆に頼られる事だろうとカイは一目で
観察を終え、分析した。

 「おいおいおいおい、淑女方に砂かぶせたくないからって遠慮しなくていいんだぜ、ガルダッキぃ〜? 」
 「まったく、始末に終えぬ人だ、なっと! 」
 「うップッ! ……遠慮が無いなぁホントに……。俺、一応ここの、主席管理官なんだぞ? 役人だぞ? 」
 「男の価値の基本は筋力です。確認作業ですよ。結構結構。ドリスの糞野郎よりも弱くなくて何よりです」

 リグに近寄ってきたドワーフ、ガルダッキがまず最初にやったのは、リグの腹部に右拳をぶち込むことだった。
挨拶代わりなのか、リグも意に介さず容赦無いその一撃を受けた。息を呑んだのはカイだけで、前衛職のジョウと
シミアは平然と見ていた。拳の威力は冒険者の、ドワーフの中程度の技量の戦士と同程度だとシミアは踏んでいた。
歳はやや喰ってはいるが、迷宮にいきなり放り込んでも運良く生き残れれば熟練のいい戦士になる素質はある、と。
 
 シミアの訝しげで値踏みする視線にものともせず、日に焼けたドワーフ族の男は柔和な微笑みを絶やさない。
そう、このドワーフ族の男は長身のエルフ族であるシミアやカイよりもやや拳1つぶん低い程の背丈なのだ。
特徴ある密生した髭と、ずんぐりとした、樽に似た体付きが無ければ人間族としても立派に通るだろう。

 「また来たよ、ガルダッキ」
 「お帰りなさい【先生】。右手の気の強そうな方が我等が【大恩人】ですな。私はガルダッキ。
  この村の住人です」
 「なんだその【大恩人】呼ばわりは? 貴君とは初めて会うが、エルフ族のこの妾(わたし)に含む所でも……」
 「素晴しき【先生】を幸運にもここに送ってくださり、その後もたびたび遣わしてくださる貴女を
  そう呼ばずしてどう呼びましょう? 」

 明らかに喧嘩腰のシミアと、真摯なガルダッキと、額を手で押さえヒクヒク背を屈め、漏れてしまう笑いを必死に
堪えているリグと、目を細めてやりとりを微笑みつつ見ているジョウの態度から、カイは自分の為すべき役割を
幾通りか思考し、その中の一つを行動に移す。……このドワーフの男、ガルダッキは至極真面目にシミアに向かい
言っているのであり、怒らせるのは得策ではない。

 「シミア様の城塞都市での通り名は【灰燼姫】ですので【姫】とでも。私は【先生】の仲間の魔道士のカイです」
 「ああ、失礼カイさん。シミアさんがあまりにも【先生】が語る通りのお人なりだったので、初対面のような
  気がしなかったのですよ。……貴女自身はかなり、お気を悪くされたようですね。無礼をお許し下さい」

 カイは表情を保ちつつも『読まれた?! 』と内心、かなりの動揺を覚えていた。ドワーフ族の性質は豪放磊落であり、
気働きなど皆無に等しい種族なのだと言う先入観を除けず、無意識に侮っていた自分を責めたい衝動に駆られてしまう。

 「……どう聞いているかは知らぬが、この妾がシミアよ。しかと言い聞かせて置くが、コレは妾のモノだからな! 」
 「ええ、それはもう。貴女を語る【先生】の顔を見ればどんな鈍い者でも解ります。泣いた娘は両手では効きません」
 「その……言い難い事なんだがなガルダッキ、そこらへんで話をすぐに止めてくれれば俺としては助かるんだが……」
 「善を勧め、悪を懲らしめる、常に正しき者の味方、君主シミアここにあり! 村の子供達がさぞや喜ぶでしょうな」
 「ガルダッキ、立ち話も難だし、詰所の中で話そうや。ちと、村にとっては嬉しいのと嬉しくない話が同時にある」

 口籠もり気まずい様子のリグに、ガルダッキはニンマリと意地の悪い笑いを見せる。悪意や邪気は全くない。
子供の悪事に『みぃ〜つけた』と微笑みかける、度量のある大人にしか出来ない微妙な表情で、ひどく男臭い、
渋い笑みだった。

 「ドリスの糞野郎が死んだか何かでしょう、リグ主席管理官どの」
 「何故、それを? 」

 口を挟んだのはカイだった。カイの読みならば、この男は洞察だけでその結論に至った筈だと答えが出ている。
あとは自分の推測した彼の、思考経路の通りならば己が自尊心は回復出来る。今のカイには是が非でも必要な
【儀式】だった。

 「簡単な事です。貴女達が来た。……では足りないようですね。後の手続きもありますし屋内にて話しましょう」

 今の会話の内容がカイ自身の心に与えた傷の深さは、それはもう、戯れにシミアに9Fで無理矢理に前衛に出されて
手酷く肩を噛まれ食い千切られそうになった、ファイアードラゴンに付けられた傷よりも深い。その時、必死で始終
庇(かば)ってくれたジョウの姿の凛々しさとともに、キャンプ内で即刻シミアを叱ったあと、シミアの擁護のために
こっそりカイに語り聞かせる――シミアを語るジョウのあの憧憬に満ちた顔の――様を知っているだけに忌々しさを
隠せないのだ。

 「今日は格別、暑いからなぁ。詰所で話そうや、ガルダッキ」

 結局のところ戯れなどでは無く『後衛職の三姉妹の全員に前衛職の痛みを知れ』と言うせめてものシミアの思いやり
だったのだ、とジョウは言うのだが、当時、シミアとの骨肉と確執の暗闘を繰り広げていた最中だったので、真実は
迷宮の闇の中であり、シミア当人しか知らない事だ。そのシミアが、何を思ったのかリグの後に口を挟んで来た。

 「……水が欲しい。この乾いた土地で、刑を受くる身でありながらそれを恥知らずにも所望しても良いか、ガルダッキ? 」
 「それはもう。【先生】と同志と私と私の同族の力を結集して創った泉・井戸・水道(みずみち)の三種から選り取り見取り」
 「だが、暑いからと言って都市に居るときのように、日に五回とかの【外での】水浴びは止めてくれよな、シミア? 」

 見るからに安堵するシミアに、ジョウは釘を刺すのを忘れない。水は無限では無い。城塞都市でもそうなのだが、
故郷の緑豊かな領地からの癖なのか、水をやや使いすぎるきらいがあるのが、シミアなのだ。……東方人のジョウも、
東方の島国の故郷にいた頃は水は潤沢にあったのでその癖はあるのだが、村では節制を強く意識させなければならない。
 水を各種手段で導く前は、水の価値は人間よりも貴重な存在だった。……渇きを癒すために人を殺して血を飲む事案が
発生した時点で、ジョウと有志達が導水のために立ち上がったのが全ての始まりだった。……水は命の源、母なのだ。
 
 「それでも最低限、毎日の水浴びや湯浴みはできるのだろう? そうでなければ妾はちと、困ることになる」
 「するな、とは言ってはいない。回数を減らしてくれ、と言っているだけだよ、俺は」
 
 水の浪費は置くとしても、女の、それも最上級のエルフ族の若い女の裸など金輪際、刺激に飢えた男達の前に
晒すわけにはいかない。この開拓村には城塞都市のように、各種の治療術や復活術に優れた施術者をそろえた、
便利なカント寺院やその連枝の寺院は存在しないのだから。死者となった犠牲者が出ても、確実な蘇生を出来る
様な人材は……最悪、加害者のシミアのみと言う事態が起こりかねないとジョウは危惧していた。

 「何故、水があると解りましたか? 【姫】」
 「智慧比べはカイに任せてある。が、気が向いた。答えてやる。幌馬車も木っ端役人のこ奴も水を全く所持していない。
  だとしたら、村で厳重に管理しているに違いない。でなければ、人は棲まぬし、定住もせぬし、すぐさま逃散するわ」
 「なるほど、流石は【先生】が粉骨砕身して仕えるに値する君主様ですな。己の得にも為らぬ莫迦をやるだけでは無い」

 ムッ、とするシミアを尻目に、ガルダッキは背を向ける。その拍子に、彼はカイにだけ見えるように親指を立てて見せた。
口を挟んだシミアに灸を据えてやった、と得意げに片目を瞑って目配せまでしてみせる徹底ぶりだ。思わずカイは空いた手で
己の顔を撫でていた。顔に出ていたわけでは無い。何故? と落ち込むカイの耳に熱い囁きが飛び込んで来た。ジョウの息だ。

 「はぅ、ァあンっ……」
 『内心を読まれたからと言ってそう落ち込むな、カイ。耳の先に気を付けるんだ。動揺すると僅かに動く癖があるんだよ』

 後ろから犯される時の、耳を甘く噛まれ、舌で愛撫され、息を吹き込まれる感触を思い出して真っ赤になり、腰が抜ける。
ジョウの逞しい腕で腰を抱かれ、支えられているのが幸いだった。すぐにジョウの囁きの内容に思い至り、ようやく得心した。

 「ジョウ、教えるでない! それを教えると、こやつ、また良からぬ知恵をつけてな、より始末に終えなくなるのだ! 」
 「大事な俺の君主様の、将来の軍師 兼 参謀 兼 文官だ。今鍛えないで未来の戦場や外交交渉でどうするんだ、シミア? 」
 「ぐヌぅ……全部ジョウ任せでは、いけないか? 妾にはお前一人さえ居れば、全てが事足りるように思えるのだが……」
 「俺は東方種の人間族だぞ、人間族。エルフの大領主の正式な使節には為れんからな。名乗っても信用もされんだろうし」

 シミアが押し黙る。エルフ族の自分と人間族、それも珍しい東方純系種のジョウの取り合わせにまた気付かされたのだ。
城塞都市や開拓村のような、雑多な人種が入り混じる環境で無ければ、古い因習の地ならば共に在ることすら許されない。
 もう、何処かにすっ飛ばして忘れようとしていた事を思い出させられた不快感がシミアを襲う。……カイはその言葉で、
ジョウの真の狙いに気が付いたように思った。同時に、沸き上がるシミアへの嫉妬の念を急いで殺す。激発は避けねばならぬ。
少なくとも、今は。……問い質すのは、二人きりの時にだ。焦(じ)れるリグに促され、3人はガルダッキの背を追った。

 「なあに、簡単なことで。ドリスの毒虫やろ…ドリスコ管理官の班は札付きの悪で、輪姦の常習者ばかりで編成されて
  ましてね。今回もおっ始めてたのは承知の事です。で、その方面から【先生】がエルフ族の綺麗処二人とベタベタして
  やって来た。村では女嫌いで鳴らしてた【先生】が侍るのを許すような若い女は噂に高い正義の女傑、唯一人。当然、
  その御方があの大愚を放って置くはずが無い。……にしても、塵化(マカニト)で屑がついに塵になり果てたとは。
  こりゃ痛快だ」

 管理官と代表人の共同詰所で、4名は清冽な水を見事な白一色の薄い陶磁器の杯で振る舞われていた。水がやけ冷たく美味い。
特にガルダッキはエルフ姉妹の飲んだ後の反応にうんうん頷き満足していた。ほうっ、と満足した溜息を思わず漏らしてしまう
シミアとカイの2人に、水を満たした次の杯をすかさず黙って置いて勧める如才の無さは、どこかで良く知った雰囲気だと言う
ことにカイは気付く。記憶の中を精査し、思い当たるのがギルガメッシュの酒場の雰囲気だった。
 
 「鍛え方が足りんだけだ。訓練を怠けてたからな、あの阿呆。神様がキッチリと行いに報いをお与えになっただけさ」 

 大きな会合用の木卓と座椅子があり、座るように勧められた4人は、めいめいの席に着いた。ジョウの右隣に素早く陣取った
シミアから意識を離し、左隣に陣取るカイは、やはり自分の推論通りだったと自信を取り戻す。3人の向かい側のガルダッキの
隣には渋々、リグが座った。最初はシミアの右隣に座ろうとして肘鉄を喰らい、次にカイの左隣に座ろうとしたらじっと見つめ
られた。救いを求めてジョウを見たら首を左右に振られ、すぐにガルダッキに微笑まれ、肩を竦めていそいそと向かった結果だ。

 「つまりは下衆中の下衆だけを集めて臭いものを一まとめにして放置しておいたと。怠慢にも限度と程度があるぞ? 」
 「……そうは言うがなシミア、あのような奴らでも、動けて働ける。居なくなれば、他の誰かに負担がかかるんだよ」
 「年端も行かぬ子供達を働かせずに済む。だから、さ。炎天下の中の開墾は、下手をすれば大の大人でも死ねる作業だ」
 「開拓村の財政は、漸く歳入が歳出を上回ったばかりです。大人の労働力は存在するだけでも貴重。……繰り言ですがね」
 「ジョウ……済みません……。一時の感情と感傷で私は事情も知らずに……」
 「おーおー早速己だけ良い子ちゃんか、カイ。昔から変わらんのぉ? 見苦しいぞ。こぼれた水は最早、杯には戻らぬわ」

 シミアの端正に整えた、血色の良い薄い左手の桃色の爪が、コツコツといらだたしげに木製の卓を叩いた。そして杯を置くと、
その奇蹟の繊手とも形容される右手の指で陶磁器を軽く弾き、そこから高く澄んだ音が響く。本気で弾くと薄い磁器の杯が
粉微塵と砕けてしまうので、微妙な力加減が欠かせない。

 「この見事な白磁の杯を、城塞都市で大々的に売り出せば、良い収入も得られ、村にも余裕が出て少しの贅沢も出来よう程に」

 迷宮で戦う一般の探索者の前衛職の手は、女性の手と言えど節くれ立ち、掌には胼胝(たこ)が出来、充分に鍛えた手である
ことを隠せない。……この現象を防ぐにはプリーストスペルを利用した小技や裏技が欠かせない。表皮層だけをわざと傷付け、
回復させて皮膚の柔らかさを維持すると言う一種の、細かい、継続する努力が必要なのだ。ニンジャはそれを薬草でやるのだと
カイは聞いていた。この滑らかな綺麗な手で毒巨人の頭を軽く叩き潰せる一撃を放つと言うのが、今でもとても信じられない。

 「大量に売り出すには原料・生産する施設・携わる人間の三種が必要なのです。お解りですか、シミア(黙ってろや)様? 」
 「……村に定住しようと言う有志の数が足りませんのでね。飽くまで王の周辺はここをまだ、授産施設と看做しているのです」
 「つまりは、下賎な罪人連中が何人死のうが開拓民が何人死のうが高貴な貴族どもには全く興味が有りませんなと言うこった」

 カイとガルダッキとリグの言葉を軽く眼を閉じて聞いていたジョウが、深く大きな溜息を一つ吐き、シミアを向いて言葉を継いだ。

 「頭だけでも生きては行けないし、足だけでも生きてはいけない。為政者側がそれを一番弁えていなければならんのだが、な」
 「妾のジョウはともかくだ、うぬら二人は王の家臣だろうに。狂王トレボーの王政の批判はここでも御法度ではないのか? 」
 「ワードナ様は領土拡大の戦ばかりに熱中する王を自身を以って諌めようとして、きっと迷宮を御造りになったのでしょうな」
 「最初に言ったはずだぜ? ここは「授産施設」だってな? 血の朱に交わればまっさらな白い布も紅く染まるってなモンさ」
 
 リグが抜け抜けと言い放つ。相当溜まりに溜まった鬱屈した念があったに違いない、とその言い草を聞いたカイは深く頷いた。

 「政治犯の収容先でもあるのですね。得心が行きました。ガルダッキ氏、ギルガメッシュタバーンではさぞや常連が多かった
  ことでしょう」
 「やりますなぁお嬢さん。流石は魔道士、頼もしい限りです。どうしてお気づきに? 」

 ニヤリと不敵に笑うガルダッキに、笑顔を返すカイ。その様子を横目で見遣り微笑むジョウの右脇腹に、鋭い肘鉄が襲い来る。
左手で受けたジョウの掌からピシッ、と肉を打つ音が響いた。右手は水の杯を持ったままだった。フン、と鼻を鳴らすシミアを
『仕様が無いな』と言った風情で微笑み、右手の杯を置き、長い金色の髪を梳いて見せる。その様子を見るガルダッキとリグは
ひそひそと内緒話を交わしていた。『村の娘っ子が泣きますよホント』『子供の教育に悪いぜ』『それよりも【先生】、中々
やるじゃあありませんか』『何せホビットのシーフの餓鬼抜けて、エルフ女ばっかのパーティのリーダーだからなぁ、ぐふふ』
などと言う話は、耳が良いエルフと東方人のジョウに全部筒抜けになっていた。ふと二人が気付くと、射抜くような三人の冷たい
視線を浴びていることに気付く。ガルダッキがわざとらしい咳払いを一つして、場を治めようとするのをリグが押し留める。

 「まあナンだ、今晩はカネも入ったことだし、お二人さんの歓迎の宴を村でやらせてもらう。これも刑罰の内だからな? 」
 「宴が刑罰とは、随分と気前と待遇が良いのだな? どう言う風の吹き回しだ? ンぅ? 木っ端役人、いやさ管理官? 」
 「古代金貨3枚だぜ? 3枚? 〆て1600GP弱って寸法さ。庶民にはな、これで3年以上も暮らせる一財産なんだぞ? 」
 「ボルタック商店の換金率でしょう? 金属鎧が750GP、盾が40GP。商店がどれだけのボッタクリ率か知ってたら……」
 
 そのガルダッキの言を聞き『あぁン? あの糞親爺め暴利を貪りおって! 』と途端に怒色に気色ばむシミアを見やって、
ジョウは言葉を継ぐ必要を感じた。以前にボルタック商店に武装して殴り込み、必要以上に女探索者の体を撫で回す男性の
鎧仕立師や解呪師達を問答無用で殴り倒して【正義を行なった】灰燼姫シミアだ。不正があると知れば糺(ただ)しに行き、
物事を正しくせねば治まらぬ善の戒律で、おまけに職業は君主なのだ。さらには不都合には融通を利かせ済ます、と言う事が
非常に難しい性格を持っていると来れば、誰かが率先してこの奔馬、東方の国元で言う『跳ね駒』の様な女の手綱を握って
宥める必要がある。

 「品質は最上級で身体にも合わせてくれて、その後の修繕費や整備費も込みだ。決して相場より高いとは言えない値段だよ」
 「解りました【先生】、口を慎みます。……それを失念しておりました。いやあ失敬失敬、口が滑ってしまった」 

 ジョウのガルダッキに目くばせで『もうやめろ』と語り掛けてから、シミアを諭す楽しげで優しげな様子に、カイは卓の下で
拳を握り締め、掌に爪を立てて耐える。今度は耳の先にも気を付けているので、今度こそ、誰にも内心は悟られないだろう。 
 シミアの後始末をむしろ愉しんでやっているのが、ジョウ自身であることもカイは自覚していた。普通の人間の出来ないことを
平気の平左でかんらかんらと哄笑しつつ鮮やかにやってのけるシミア。そこに痺れる憧れる、万事が適当万歳ことなかれの中立の
戒律の『御付きのサムライ』がジョウだった。こんな気持ち良く、輝ける存在は貶(おとし)められぬように【誰か】が守って
やらねばならぬ。その点、シミアはサムライとして非常に仕え甲斐がある君主だろう。……だが……それでも……それが……!

                ジョウの仕える君主がシミアでは無く己、カイであったならば。            
 
 「【灰燼姫】の一種痛快な逸話を増やすのも、開拓村にとっても悪い話では無いのです。……ガルダッキ氏も汚い手を使う」

 カイは嫌味で、ガルダッキにも【シミアにも】釘を刺して置くのを忘れない。シミアに馬鹿をやるな、と暗に言って置かないと、
傍で見ている自分が辛いだけなのだ。微笑みつつ、黙って後始末を引き受けるジョウの姿を見て、嫉妬の業火に胸を妬く思いを
抱く身になってみろ、と金切り声で一刻も二刻もいや一昼夜もシミアを問い詰めたい気分になる。……が、そんな醜い自分を
想い人には金輪際見せたくない、切ない己の女心が遣る瀬無くなり、カイの自己嫌悪をさらに加速させるのだった。カイはそんな
鬱々とした気分を変えたくなり、ふと、詰所の入口に目を向ける。……子供達が鈴なりになって興味津々で覗いているのが見えた。
男の子も女の子も、多種多様の種族が混在し、人数は軽く両手両足の数は超えていた。

 「ほぉら、刑の始まりだぜ、灰燼姫よぉ? お前達ぃ、入って来い。この御方がな、【先生】のお話の、シミア様だぞぉ〜? 」
 「こらリグ! 馬鹿、まだ話の途中なんだぞ! ああシミアも! 勝手に中座するなって! 何? 紹介しろだって?!  」
 「まあここらで潮時でしょうな。……カイさん、くれぐれも機会を逃さぬように。心は殺せません。特に強い想いは」

 子供達に囲まれるリグとシミアと、苦り切るジョウを見遣っていたカイは、ガルダッキの言葉にまた息を呑んだ。まだまだ、
精神修養が足りない。カイは痛感すると同時に、ガルダッキの言を理解した。子供達を使い、二人を物理的に引き離し、想いを
遂げられる機会を逃すな、と勧めていた。……勧めるのは、それが開拓村にとって利益がある行為だからだ。最悪の事態を想定
すると、嫉妬に怒り狂ったシミアに自分を殺させ、リグに即時処刑を承認させ、残されたジョウを開拓村へ取り込むことを考えて
いるのかも知れない。もう、油断は出来ない。どんなに表面は友好的でも、シミアや自分にとってここは実質的な敵地に等しい。
 
 (精々、今は利用されてやる。だが最終的に利用するのはこの私だっ! )

 魔道士の知略の冴えを見せてやる。カイは静かに一人、決意を固めた。まずは想いを相手に【正式に】伝えなければ始まらぬと。



 「せんせいに聞いてたひとより、かなり偉そうなおねーたんだね……」
 「偉そう、では無い。現に偉いのだ。(えっへん)ここよりう〜んと西のな、広大たる森林に
 満ちた土地が、妾(わたし)の受け継ぐべき故郷の領地よ」
 「そんな偉いひとが、どうしてここに来てるの? ここはねぇ……」
 「罪人が来るところだよ、か? 罪人しか来ないと誰が決めた? 大地と格闘し、農地を
  生み出すのも立派な君主の義務ぞ、義務! 」

 宴が始まる前からシミアは、子供達の前でもう、ノリにノっていた。あの場でジョウに、子供達の前で
自分の紹介をさせると、ジョウに水浴びの準備をさせ(その後見張りに付かせたのは言うまでも無い)、
リグの詳細な身体調査が実施されなかったために。小さく丸めて畳んで身体に縛り付けて持ち込めた
【君主の聖衣】を装備して子供達の前に現われた。皮手袋と長靴は現地調達だが、それが全く貧乏臭く
見えないのは、シミアの持つ生来の雰囲気からだろうとジョウは改めて思った。流石【職業は君主】だ。

 「すご〜い、しろいのに、日の光があたると、きらきら光って色が変わるぅ」
 「触ってみるか? ホレ、柔らかいだろう? !!……断りも無く揉むではないわ! 子供のくせに! 」
 「エルフなのに、かあちゃんのよりおっきい……」
 「最もだ、断りを入れても無駄だぞ? これを揉んで良いのはな……」
 「「「【先生】だけ〜〜〜〜〜〜っ! 」」」
 「良く出来た子供達だのう、愛(う)いのぉ、そなた等は。……これを食すが良い。ほれ、褒美だ。
  気前が良いと言うのは君主の美徳のひとつよ」

 【君主の聖衣】は、僅かながらの身体の損傷への回復能力を持っている。これを着ている限り、君主自らの
能力の全力を振り絞って、敵に渾身の打撃を叩き付けた後、己が身体の筋肉や骨格、神経に損傷が出ても勝手に
回復してしまう。まさに君主が常にその全力を持って戦闘活動が可能になる、奇蹟の装備であった。その聖性から、
悪魔族や不死者の眷属に倍なる打撃を与えるとも聞くし、死点が察知可能になり、剣技の技も冴え、時には敵に
剣の一振りで死を与えることすらあるらしい、と司教のルミアンから聞いていた。その一撃死を与うる腕で、
300GPの暴利の現地闇値で買った、大袋入りで売られていた大量の小粒な砂糖菓子を、集い集まる子供達に
シミアは惜しげも無く、派手に大盤振る舞いをしていた。

 「これこれ、一つのみで済ますな。もっと、がばっと握って取って往け。遠慮をしていると、何もかも
  掴めずに逃す羽目になるぞ」
 「……! いいの? シミア様? 」
 「ああ、良いぞ。持って往け。子供は世の宝よ。大切にせぬと、後の世には人が誰も居らぬようになる。
  しかと覚えて置くと良い」

 どこから300GPを出したか?【女には隠し所が二つあってな? つい最近、もう一つがジョウの御蔭で
見事使えるようになったわ】と頬を染めてそっと耳打ちしてきたシミアに、あの大きな古代金貨をか? と
言ったら容赦無く右拳でぶん殴られたジョウであった。そうだった、あんな小さく清楚な佇まいをした、桜色の
狭い腔にあの掌もある大きさの金貨は入らない。……だが自分の肉杭が良くあそこに入ったものだ、と思い至る。
 そこから、可愛く可憐にせがむシミアの閨の姿や、激しい突きや責めをねだる声が蘇り、股間の帆柱が充血し、
隆起してきたので慌てて頭を振って淫らな想念を打ち消した。

 「……良く懐いてるなぁ、あいつら」
 「感覚や中身が子供と同類だからです。良く言えば純真、悪く言えば未成熟そのものでしょう。
  ……体だけでなく、頭の中身も心も早く大人に為ればよいものを」
 「おい、カイ」
 「聴こえるように言っていますから。まったく、有無を言わさずアレを没収されたらどうするのです? 
  アレが一体幾らすると思っているのでしょうか? 」
 
 識別だけでも500000GP。ボルタック商店に並べば1000000GP。魔道士のカイにしてみれば、
モノの金額でしか価値を計れないだろうが、良い武具を常に求める前衛職にして見れば、金額以上の価値を
愛用する武具に見い出している。何せ自分も……!

 「おう、ここにいたかジョウ。はは、なんつー大人気よ、あのお姫様。……さっきの定期便で来た。ほらよ」
 「!!!! むら、むら、むら、村正が何故ここに……!? 」
  
 リグから鞘がらみの村正を受け取った手元を指差して、目を丸くするカイに、頭を掻いてジョウは弁解をしてみせる。
人間を運ぶ幌馬車とは別に、荷だけを運ぶ荷車の便がある。それが定期便だ、とリグは得意げに語る。荷の中に紛れて
隠れ来たりする者もいるので、人間を運ぶ幌馬車よりも扱いが厳重で、定期便には原則余分な人間は主席管理官と言えど
乗車出来ないのだ、と胸を張る。持込みの手口は、リグに預けて置いて、身体調査と検査を所持品無しで通過し、あとで
リグの息のかかった者に調達させると言う一種、使い古された簡単な方法だ。

 「やはりコレが無くては始まらぬ。一度手に馴染んでしまうと、これが無いと、落ち着いていられない。
  良い剣はサムライの魂だ」

 カイの驚愕は【呆れ】からだ。相手に絶対の全幅の信頼を置いていないと、とてもそんな危ない真似など出来はしない。
リグが信用出来たとしても、その部下まで信用出来るとは限らない。流通する経路に携わる人間が多ければ多いほど、
紛失の危険性が倍増する。その途中で売られたり紛失したりすれば元も子も無い。何せ【識別だけでも500000GP。
ボルタック商店に並べば1000000GP】。職業がサムライならばそれ以上の価値を見い出す逸品なのだ。ジョウの手に
こうして無事に渡っただけでも何らかの奇蹟を疑うほどだ。

 「礼を言うよ、リグ。代金は……」
 「俺達の仲じゃあ無いか。んなモン、要らネェって。ここで一緒にオークやコボルドや反乱者と渡り合った
 【相棒】から金は取れん。それに最初に来るときからお前は、囚人めいた扱いに慣れてるそぶりだったからな。
  ツル(金)を用意して置く素人なんてなかなか居ないぞ? まだ16の餓鬼のくせに誰の智慧だよ、ってなモンだ」
 「人生色々……だな。そこらへんは」

 益体も無い、もう思い出したくも無い、と吐き捨てたいような表情を一瞬見せたジョウに、カイは痛々しさを覚えてしまった。
幼少の頃に何かがあったのだ。きっとそうだ。あんな手酷く心を傷つけられた、繊細な少年のような寂しい表情を見せられては
少なくともカイは、何も聞けなくなってしまう。それはリグも同じ思いらしく、気まずくなったのか、カイに明るく話しかけた。 

 「俺って結構、顔効くだろ? 持つべきものは人脈。な? お嬢さん? 女のいいオトモダチがいたら、一つ紹介を頼むわ」
 「私の交友関係は狭いのですが、他ならぬ貴方の頼みです。人間族に丁度いい知り合いが一人居ますので、お楽しみに」
 「ありがとよ! 恩に着るぜ! ……でも婆あは無しな? あ、ジョウ、あと俺の部下がな、お前あての伝言とコレ……
  3つの袋を預かったそうだ。全身黒装束の奴が【お屋形様、御留守はしかと引き受けし候】だとさ。心当たりあるか? 」
 
 ジョウが中身を確かめると、一つは金貨が、もう一つは宝石が、もう一つが各種の魔法を付与された指輪や護符や薬瓶が
詰まっていた。コレを調達するだけでもかなりの手間とGPを費やすに至ったはずだ。何せ一つだけでも300000GPもする、
回復の指輪が【3人分】もきっちり入っている、徹底した念の入れようは尋常のものでは無い。

 「黒装束、ですか? 」
 「ああ、何でもいきなり目の前にスウ、と現われて、謝礼とともに【お屋形様、いやさジョウ殿が刑を受けている場所へ
  お届け願いたい】と渡しやがったらしい。そいつが男か女かも解んなかったって言うから本当に、間抜けな話だよなぁ? 」
 「凄いな、最後のコイツはかなり助かる」
 「村には施療士や施術士が圧倒的に足りないどころか居ないからな。毒消しだけでもひと財産なんだぜ……って姫さん? 」
 「あの腐れニンジャがっ……! どこまでも嫌味な真似をするッ……! 」

 いつの間にかシミアが近づいて来ていた。子供達を引き連れては来ているが、その子供達が明らかにシミアから放たれる殺意と
殺気に脅えていた。子供ですら解るほどの気迫で怒っている。対象は、相当の憎しみを抱く相手に違いないとカイは理解した。

 「シミア、そう嫌ったものでも無いだろうが。俺達の事を不憫に思い、こうして色々計らってくれたんだよ、ミオ為りに」
 「治療呪文の遣い手である、妾が当てに出来んと言う明確な悪意が気に食わぬ! と……済まぬ済まぬ。皆、遊び場とやらに
  案内してくれ。怖がらせて悪かった。ちと気に食わん者が嫌味を言付けて来たのだ。ほれ往くぞ皆の者、競争だからな! 」  

 ニンジャ。カイは新規に加入した悪の戒律であるニンジャの事に思い至った。悪の戒律と言うことで、話しかける必要すら感じ
無かったが、どうやらジョウはその名と正体を知っているらしい。それと、何故か善の戒律であるシミアも、その人物について
知っている素振りだった。シミアが他人を嫌う時は徹底するが、自分、カイの時ではジョウの前ではまだ、表面を取り繕っていた。
 それを忘れると言うことは、余程、気に食わない事をされたに違いない。ジョウから聞き出す必要がある。……パーティの仲間と
してでは無く【一人の女として】。シミアがああも激怒するのだ。きっと、ジョウの身に何かされたのだ。……それは直感だった。

 「ジョウ、あとで話が有ります。呼び出したら、私に付き合ってくれますか? 」
 「おお!? 逢引の相談かよ。姫さん怒るぜ? アレだ、あの剣幕で正面から詰め寄られると正直、大人でも小便ちびるぞ?」
 「違う、リグ。今の袋の出所が気になるんだよ、カイは。納得出来ない事は、筋道を立てて話さないと、毎回俺が怒られる」
 「はは、流石姫さんと同じ顔してるだけはあるな。わーったよ、内緒にしとくわ。お前も妙に勘繰られたくないだろうしな」

 実は多分にカイは逢引の相談の心算だったのだが、善い様に誤解してくれたのが、哀しいが嬉しい。女として見られたいのだが
見られたくない。こんな複雑な思いを逢う度に抱いているなんて知られたならば、普通の男ならば面倒になって、口も聞いてくれ
なくなるだろう。……目の前の、異母姉妹シミアの優しい【御付きのサムライ】以外は。まだ日は高い。早く宴が始まればいい。
カイは時が早く過ぎ行けばいい、日が落ちて早く夜になればいい、と心より願った。


 
 「で、カイ、話とは何だ? 」
 
 宴もたけなわで最高に盛り上がった処で、抜け出る隙を見計らったカイは、ジョウの手を引いて与えられた小屋に戻っていた。
清潔な広めの寝台と、書き物をする卓が用意された殺風景な小屋の中に、灯が灯(とも)る。卓上の燭台に小炎、ハリトを
遣ったのだ。同時に天井のランプにも小炎で灯が灯る。気配りの男、ジョウらしい配慮だった。
 (……あんまり明るくても困るのですが)とカイは一人、内心照れていた。握ったジョウの手を離し向き直る。念入りに水浴し、
髪も梳(くしけず)り結い上げ、香油も磨(す)り込んだ。己の準備はもう、万端だ。あとは……!

 「私は貴方が好きです。心より愛しています」

 カイは村が用意してくれた、着用していた魔道士としての礼服である清潔な貫頭衣を床に脱ぎ捨て、産まれたままの姿になった。
道理で村の若者がそわそわしている筈だった。下着の類を付けていたならば、二つの双乳の頂にある乳首が貫頭衣、ローブ越しに
浮き出るはずが無い。シミアの度重なる宴での無茶が気になって、全くと言っていいほどその大胆な一事に気付かなかったジョウは、
無防備過ぎる、気を付けるようにと注意しようと口を開いたが、それを果たせなかった。首を抱かれ濃厚な接吻で口を塞がれたのだ。
 迷宮で鍛えた筋肉は、探索者でも非力な後衛職、しかもエルフ女性の意のままになるようなものではない。爪先立ちして、背伸びを
してしがみついて来たのはカイの方からだ。名残惜しそうにカイは離れ、小振りだが形良い胸の前で、両手を握り合わせ祈るような
格好になる。肘で双乳が寄せられ、たわむ。

 「貴方があの時、無理矢理に私を犯したと思っているでしょうが、実は違います。私は貴方に……抱かれたかったのです」

 カイは涙を零した。言わずには居られなかった。もう、我慢が出来なかった。これは横恋慕だ。背徳だ。略奪だと魔道士としての
理性と良識が非難する。それでも、言わずにはいられなかった。理屈で片付くのならば、最初からこの男を好きになってなどはいない。
一番、避けなければならない相手だ。野卑で粗暴な人間族、それも得体も知れぬ稀少な東方種。優雅で気品溢れるエルフ族では無い。
それでも、それでも何故か魅かれてしまったのだ。その想いをまだ、目の前の男、このジョウには伝えていない。だから……!

 「あの時涙を流して泣いたのは、嬉しかったから。あの時抵抗したのは、貴方を興奮させるため。叫び声を出したのは……
  貴方の子種の熱さを胎内で感じたかったのが理由……! 」

 羞恥から、もうカイはまともにジョウの顔を見られなかった。己のエルフ族としての自尊心はとっくに傷だらけでズタズタだ。
むしろ、もう無い。恥ずかしいのは、むしろこれからの告白なのだ……! カイは気力を奮い立たせ、やっと声を絞り出した。

 「私はシミア様よりも先に、貴方のモノになりたかった! あんなに我儘放題の女が貴方のような人を独占するのが許せなかった!
  出逢ったのが先で、共に過ごした時間が長いのだからと言って、昔のように聞き分けよく、貴方を譲るなんて出来なかった! 」
 「カイ……」
 「……軽蔑してくれて構いません。私は貴方に言ったことを一言半句、漏らさず記憶しています。仮にも魔道士の端くれです……」

 初対面の紹介の際に、体から馬の臭いのする下賎な人間と言った。野猿とも言った。東方人とも言った。メイジスペルをマスター
している練達のサムライを、あろうことか無知な戦士呼ばわりもした。その悉(ことごと)くをジョウは、笑顔一つで許してくれた。
それが……全部シミアのためになると信じての事だと思うと、カイの涙は嫉妬と無念で止まらなくなる。どんなに自分が想っても、
どんなに独占しようと願っても、この男の心と体の全ては最早シミアに捧げられているのだ。わかってはいる。だが、納得は出来ない。

 「好きでも無い男の呼び出しに、誰が怏々(おうおう)と応じましょう? 口止めだと抱かれ続けましょう? 快楽を覚えたのは
  本当です。だが、真に嫌悪するならば、最初に襲い掛かられた時点で力の限りを使って、疾(と)うに二人とも死んでいます。
  恐らく貴方の教えてくれた、私の核爆……核撃(ティルトウェイト)で。……田舎のエルフ族の貞操観念を侮らないで下さい」

 可愛くない、言うべきでは無いとカイは反省するが、口に出してしまった言葉は戻せない。だから、あとは態度で示すしかない。
突っ立ったままでいるジョウに抱き付き、裸のままで全身を摺り寄せる。抱かれる時は毎回が後ろから、後背位からだった。決して
上から覆い被されるような真似などされなかった。シミアの替わりなのかと愚かな事を口走ったこともあるが、その時ひどく酷薄な
表情をされ、『シミアの替わりなど、誰が居るものか』と静かに言われた時は嬉しかった。自分として、カイとして抱かれていた
ことがわかって、その日など馬小屋から自室に帰った後、夜明けまで飽きることなく自慰を繰り返した程だ。

 「だから……今度はちゃんと私を組み敷いて……上になって犯してください。貴方の重さを……この身で感じたいから……」
 「俺は……」
 「出来ない、と言うのなら仕方ありません。アレはまだ生きています。故郷の領地の父様に全てを話し、シミア様を貴方から
  取り上げるまでです。無意識のうちにシミア様の居場所を開拓村に創ってしまうほどの貴方のシミア様への想いを思うと、
  私の胸の奥が切なくなって、堪りません……。憎まれてもいい。恨まれてもいい。貴方を奪われるくらいなら――! 」
 
 そこまで話した時、扉が乱暴に蹴り開けられた。ゴガン! と両開きの扉が内側に開き、湯を張った大きな浴槽を抱えた
シミアが【君主の聖衣】を着用したまま、意地の悪い微笑みを浮かべながら中に入ってきた。カイは裸体をジョウの体で隠す。

 「貴方を殺す――か。 穏やかではないの、カイ。寝取りと言うものはもう少し、当の男の罪悪感を麻痺させんと難しいぞ」
 「シミア、これは……」
 「扉を閉めい、ジョウ。早く小屋全体に限定して静寂(モンティノ)を掛けたいのでな。全くもって困った意地っ張りよの」
 「私を……笑いに来たのですか……? シミア様」
 「いや、妾が笑われに来た。酒場で話そうと思ったら、これまでの確執で不意に我を忘れてしまい、ああなっただけのこと」
 「? 」

 小屋の空気に違和感を覚える。静寂、モンティノが掛けられたのだ。これで中の当人同士の会話が外へ漏れることは無い。
あとは覗きを警戒すれば済むだけだ。読唇術に長けたものは唇の動きで言葉を読み取る。窓は鎧戸が閉められている。壁に
節穴は無い。天井裏・床下の気配を探るよう、シミアはジョウに目で合図する。ジョウは左右に首を振る。気を読む練達の
サムライが異常が無いと言うのに満足し、シミアは浴槽を床に置き、口を開く。

 「妾が目を離した隙を突かれ、人間の女に寝取られた挙句にジョウを一度殺され、あろうことか妾自身で蘇生するも
  一度失敗し、灰にしてしまった。つまりは貴様程度の存在など、妾の主たる脅威では全く無くなったと言うことよ」
 「!! 人間族……!! 」
 「ジョウを睨むな。捕縛されて無理矢理に組み敷かれて朝から晩まで搾り取られ生命力不足のところに、快楽に我を
  忘れたニンジャが手足による胴締めでトドメを刺したに過ぎん。妾の居室に恥知らずにも、繋がったままで入って
  来られた時派手に号泣していたのだからな。あの人外の化生、感情など無いのだ、と言われるニンジャがな」
 「するとあのニンジャが……!! 」
 「察しが良いの。流石は妾の血を分けた一族の者。そうあのニンジャは女、しかもジョウと同じ東方純系種よ。隣に並べ
  番(つがい)にすると惚れ惚れするほど良う似合うたわ。……最も、二度とそれをさせる心算は妾(わたし)には無い」

 だらだらとジョウの顔に脂汗が滲み出て来る。淡々とした語り口で話すシミアの心裡を読めるだけに、その怒りが根深いもの
であることが嫌が応にも理解出来るためだ。【職業は君主】だ。栄光と名誉が生き甲斐だろう人間を、力の限りにそのニンジャ、
ミオは行動で罵倒してのけたに相応しい行為をやってのけたのだ。自分の男だ、と自他ともに認め吹聴するシミアの目を盗み、
その男を捕縛して寝取り、しかも殺してのけて、恥知らずにもこんなに愛しているのだと裸のまま繋がって泣いて蘇生を依頼した。
自分、ジョウが死んでいなければきっと刃傷沙汰では済まなかったに違いない。冒険者の宿は地上から消え失せていただろう。

 「迷宮に密かに潜り、カドルトで蘇生しようとしたその時、本当に出来るのか、確実なのか、カント寺院にすぐ向かわぬのは
  ジョウを道具扱いしているからでは、と、のたまってくれたわ。蘇生中だと言うに、妾の迷宮でのこれまでの数々の失敗を
  あげつらってな? 蘇生術は施術者の心的状態もその成功率に関わってくるのは、魔道士の貴様でも知ってはいるな? 」
 「……カント寺院に素直に行けなくしたのは自分なのだと、自覚は無かったのですか、その愚か者は?! 」
 「……無かったのだろうな。妾とて、同じ立場ならば冷静では居られなかったろうよ。案の定、蘇生は失敗した。二人で泣き
  喚き言い争いながらも協力して遺骨や遺灰を塵も残さず収集し、カント寺院にて幸いにも蘇生は成功した。その後、妾は
  晴れて、復活成ったジョウにやっと処女(おとめ)を捧げた後、3日3晩にわたり抱かれ、善がり声を上げ続けて面目躍如と
  相成った。……妾が今ここで何を言いたいか、解るな、カイ? 」

 カイは顎に手をあて、数瞬の間目を閉じて黙考したあと、シミアに手を差し出した。シミアは皮手袋を取りガッチリと握手した。

 「人間族風情に、私『達』の男を盗られるわけには参りません。ここは遺恨を忘れ、共に手を携え対抗するのが最上かつ最善」
 「解ってくれたか、カイ。そうと決まらば早速に【正式に】姉妹の契りを結び直さねばならぬ。……この名刀を以って、な? 」

 真面目に眉目を引き締めるカイの空いた手と、『してやったり』とにんまり意地悪く笑って見せるシミアの空いた手が、同時に
ジョウの下袴に掛かり引き下ろしにかかる。手早くジョウの着衣を剥ぎながら、己の装備を外して行くシミアと、濃厚な接吻を
ジョウと交わしながら衣服や装備を畳んで行くカイの手際の良さに、ジョウは『それでいいのか?! それはふしだらだろう!』と
文句をしっかり言えず、抵抗も出来ずに二人の為すがままに脱がされて行く。下着も脱がされ丸裸にされた後、同じく生まれたまま
の姿となったシミアに、浴槽へと力ずくで引き込まれる。持って来た時は熱かったはずの湯は温めの、心地良い温度となっていた。
 
 「カイ、貴様も来い。ジョウの汗の匂いは得も言われぬほど甘美だが、砂塵塗れは頂けぬ。妾達の体で洗ってやらねば、な」
 「シミア様もそうなのですか? あの匂いの、頭の奥を痺れさせる感覚……! 混じる馬の臭いなど、何の苦になりましょうや」

 背中にシミア、胸にカイの、柔らかい女特有の肌と身体の感触に、ジョウの半ば隆起していた股間の大蛇が完全に頭をもたげた。
カイの全裸を見た瞬間から、反応を意志の力で抑えていたのだが、ついに男の本能の前に箍(タガ)が外れたのだ。カイが目元を
染め、嬉しげに微笑む。堅くなった肉塊の感触を肌で感じたのだ。脇の下から腕を回され、グイグイと背中にシミアの柔らかい
双乳が押し付けられるのが解る。中のまだ固い芯が解るくらいに、強く押し付けている。……態度で『勝手に気分を出すな痴れ者』
と言っているのだろうとジョウは思った。しかしカイは無視して、唇や舌をジョウの首筋に這わせながら、体を擦り突けて来る。

 「ああ、美味しい……。これを何度夢見たことか……」
 「……妾は夢だけにして置きたかったのだがな。ふんっ」
 「!!……ぉう……」

 シミアに肩に近い右の首筋を甘く噛まれ、ジョウは驚きに身を跳ねさせる。その拍子にそそりたつモノをカイの身体に擦られ、
その快楽から思わず声を上げてしまう。じっとそのジョウの様子を観察したカイは、目を細めるとさらに身体を擦り付けてくる。
負けてなるものか、と背後のシミアも同じ様に身体を押し付け足を絡め。全身でジョウの身体を擦り続ける。……歓楽街の娼館で
コレと同じ様なことを始めればきっと客が押し寄せ繁盛するのでは無いか、と思った時、思い切り左右の脇腹を抓られる。左右の
両方から二人で同じ顔をして『めっ』と目で叱られる。……肌を合わせていれば、自然と他の女の事を考えているとわかるのか、
と思うとこっくり頷かれてしまう。

 「参ったなぁ、本当に」

 右の顔が近づき、接吻をねだるので応えると、噛み付くようにねぶられてしまう。……唾液の味で解る。シミアだ。応えていると、
左の耳を甘噛みされ、左を向かされる。ちろちろと突付くように接吻される。こちらはカイだ。照れながらも接吻を止めないカイに、
そう言えば笑顔を見たのはこれが初めてだとジョウは気付く。思えばずっと顰め面、怒り顔、激昂、泣き笑いと、こんな正真の笑顔を
浮かべた日などこれまで無かった気がした。カイが左隣の脇に移動し、3人が横に並ぶ。……改めてこの巨大な浴槽を一人で運んで
来た、シミアの膂力に驚嘆する。……げに偉大なるは【君主の聖衣】と女心、と言うべきか。張った湯の水面から、天を向いた亀の
頭が顔を出す。その半ばの茎を、右から柔らかく握られ、扱かれる。左からは、おずおずと手を延ばし、触れられる。

 「こちらの方は一向に、降参の素振りを見せんようだな? 」
 「ふ、太くて大きくて、なんと不思議で醜怪なかたち……」
 「ほう、貴様は見た事が無いのか? ならば、しかと見い。これが妾達の満腔に納まる、羽化登仙の境地に至らせる名刀ぞ」

 ジョウが腹筋を使ってピクンと一度動かしてやると、左からの手は、驚声を漏らし手を引っ込めた。右の方から『なぁにを今更』と
フン、と鼻で一息に嘲笑う様が感じ取れた。左からひしひしと対抗心を抱いた『気』が高まるのが解る。そしてグイ! 先を思い切り
握られてしまい、また呻いてしまう。油断していたので、少し疼痛を感じたのだ。その後、済まなかったとばかりに撫で回される。
 勿論、その間ずっと、茎は前後に絶妙な力加減で扱かれたままだ。……たった一度の経験(3日間の期間)で、ここまで上手くなる
シミアの一種の才能に、新鮮な驚きを覚えてしまう。お堅いはずの善の戒律の君主がこんなことを、と思うとさらに昂ぶって来る。

 「手だけでは愛想が無いな。ならば趣向を変えるとするか。カイ、妾とともに、ジョウの足元に来い」
 「は、はい…」

 湯面がざばり、と揺れ、2人の上半身が足元へと去って行く。何をする心算なのか、と目で問うと、右から凶悪な極太を咥えられた。
左のほうがひっ、と息を呑むのが解る。じゅぼっ、ちゃぷ、と唾を溜めて上目遣いで微笑みながら口腔内で猛るジョウを舐るシミアの
様は、どうじゃ、と言わんばかりに得意げだった。唾液の糸を引きながら、シミアは口を離した。どうやら興奮しているらしく、耳の
先がピン、と突き立ち震えていた。その表情は、己の余りの淫らな行為にのぼせているのか、頬が上気しっぱなしだった。

 「普段は理想を語り叱咤激励を為す、妾のこの口に、己の分身を咥えさせ、奉仕させる気分は最高であろう? ジョウ? 」
 「わ、わ、私だって……! 」
 「痛(つぅ)っ! 」

 左のカイが動揺したらしく、慌てて喉の奥まで咥えるが、喉を突いたのか咳き込んで、その拍子に歯を立てて茎を噛まれてしまい
ジョウはまた呻き声を漏らす。ケホケホと噎(む)せるカイの背を優しく撫でる様は、心底、異母姉妹が和解したように感じられ、
ジョウの目を嬉しさに細ませる。

 「知識は有っても、修練せねば知らぬのと同じこと。初めてでそんなに深く咥えてどうする? ……何だジョウ、そのジト目は? 
  妾だって実物を咥えるのは初めてよ。木の棒や、ジョウの剣の柄や鞘の先で修練したのだ。それが悪いことだと言うのか? 」

 ……時折そこから頭を痺れさせろ妙な匂いがしたのはその為か、とジョウはすとん、と腑に落ちた。その匂いがシミアが口中に
含む香玉に似た香りがするため問い詰めたことがあるが、妾は知らんぞ、と突っぱねられた事が度々あった。……この口振りでは
絶対に、目を盗んで村正でもやったに違いない。『妾の匂いを付けておかんとな』と言う言葉が本気なのが良く解った気がした。

 「始めは舌を這わせるのだ。妾は右から、貴様は左から。……そう、そうじゃ、そこのクビレを責めてやれ。妾は……」
 「くおッ! 」
 「皮の合わせ目は効くか、ジョウ? おっと、まだ子種を放つでないぞ? 姉妹の口と舌の奉仕、目でも充分に堪能せい」

 それは奉仕と呼ぶより、戦だった。右と左で一本の帆柱を口で奪い合い、咥え合う。その拍子に姉妹同士で接吻する形になると、
相手の口から肉柱を奪ってくれんと争い合って、それがまた絶妙な刺激として、ジョウに堪らず水面から腰を突き出させる要因となる。
その様子に興奮し、気を良くしてさらに二人は奉仕を先を争って続けてしまう。永遠機関にも似た、果てぬ責めぎ合いが続くのだ。

 「ああ、こんなに先が大きくなって膨れて…」
 「拙いの。まだ、子種を吐き出されては困る。まだこれの、応用技が残っている」
 「と、申されますと? シミア様? 」
 「奉仕をやめいカイ。ジョウ、なんだその不服そうな顔は? 安心せい、寝台に横たわれ。次の技は浴槽では狭くていかん」

 二人に湯を掛けぬよう静かに立ち上がったジョウは、足早に寝台に向かい横たわる。サムライの心得として、水を撒き散らすような
不心得な真似は金輪際しないのが幼少からの教育だった。腹筋を遣って天を突く男根を2度3度揺らして催促してみせる姿が、シミア
の笑みを誘う。ぽかん、と口を開けてその様子を眺めるカイにシミアは、『妾と貴様の魅力であの堅物をあのような色欲の虜にした』
と吹き込み、身も世も無く恥ずかしがらせる。思えばなんと言う淫らな姿を見せたのか、と正気を取り戻せば、死んでしまいたくなる。

 「まず、妾のするのを良く見て置けよ、カイ? と言っても、貴様にはちと無理かも知れぬがな(フフン)? 」
  
 寝台を軋ませ、シミアはジョウの腿の辺りに蹲(うずくま)ると、その『エルフ族にしては巨大、人間族としては大きめ』な双乳で
長大な肉槍を挟み、扱き、口で奉仕を始めた。その様子を見て、次にカイは自分の胸を見る。……この大きさだけは、似なかった。
憎むべきはシミアのはずなのに、はふぅ、おうっ、と嬉しげな呻き声を漏らすジョウに、言い知れぬ怒りをムラムラと覚えてくる。
唇を引き結び怒り顔で寝台へと乗ってくるカイを見遣り、シミアは器用にも口腔奉仕を続け、挟んだまま右に移動する。カイは即刻
蹲り、必死に寄せた小振りの胸で刺激しようと試みる。シミアがそのエルフ族にしては豊か過ぎる胸からジョウの分身の半ばを解放し、
カイに譲る。辛うじて、カイの乳首周辺が分身のクビレに届く。その乳首の硬さの刺激が良いのか、ジョウの腰の動きが激しく前後
する。両側からの異なる刺激と、視覚からの刺激に耐え切れず、ジョウは苦しげな呻きとともに、盛大に精汁を大量に吹き上げた。
2度、3度、4度、5度、黄色みを帯びた濃厚な粘液が、姉妹の顔や身体を次々と汚していく。嬉しそうに恍惚となるシミアと、
呆然とし、その後その匂いに陶然と酔うカイの艶然とした姿に、ジョウは己の萎えるところを知らなかった。

 「おお、こんなに派手に出しおって……勿体無いのぉ……」
 「ええ、本当に……。ああ……まだ残ってます……! 」

 ジョウの腿に付いた白濁をシミアが舐め取れば、男根の先に貯まって膨らんだ汁の塊をカイが吸い上げる。先を争って舐め取り、
無くなると今度は自らの顔や胸に飛んだ精汁を手で掬い舐め、あらかた舐め取り終わると、今度は互いに飛んだ汁を姉妹同士で
舐め取り合う様は、ジョウの劣情をさらに加速させ、太い肉杭をさらに膨張させた。カイとシミアはその様子に満足げに微笑む。
これは飽くまで、本懐の前の遊戯であり、肝心要なのはこれからであった。――三人の閨の密戯は、まだ始まったばかりなのだ。