「到着! これより強制労働の刑を執行する! 受刑者下車! ……って、お前らなぁ……」

 幌馬車の後部の幌を上げた監察官・リグが目にしたのは、濃厚な接吻を交互に繰り返す、3人の
男女の姿だった。一人はすぐに視線に気付き、慌ててその場を取り繕うように片方を肘で小突いて
牽制するが、もう片方は横目で見遣りながら、むしろ見せ付けるように濃厚なやつをやってのける。
男、ジョウのほうが離れようとすると、無理矢理に両手で己を向かせ、唇を舐る。多量の唾液を
飲み干し、相手に飲ませると満足したのか、離れた。唇を繋ぐ、唾液の糸が差し込む光に煌めく。

 「よし、これで綺麗になった。妾のモノなのだから、しかと妾の匂いを付けて置かんとな」
 「シ〜(ブチ)ミ〜(殺)ア〜(すぞ)さぁ〜(糞)まぁ〜(女)」

 溌剌と無邪気に笑うエルフ族の妙齢の女性と、その隣でキリキリと歯軋りする同じ顔をした女性。
リグにはどう見ても双子のように思えるが、この相似度で、二人は別腹で産まれたとジョウは言う。
 溌剌とした笑顔が、途端に引き攣(つ)った。離れた途端に真っ先に下りたジョウが、呆れた顔を
したリグに目礼で謝して、下車しようとする魔術師のカイに手を差し出して支援しようとするのが
余程、面白くないのだろう。シミアは手を握ることすら許したくないとばかりに頬を膨らませてカイを
睨んでいた。正直、数言の会話や接触すら許したくないのだ。嫉妬深過ぎるエルフ族の善の女君主
『灰燼姫』シミアは、ことジョウの事となると滅法女性らしい、独占欲の権化と化すのだった。

 「シミア様、どうぞお降り下さい」
 「貴様の手など要らぬわ。わざわざジョウの前で無理に取り繕うことは無いぞ、カイ? 」
 「……シミア、お前なぁ」
 「この手があると言うのに、何故(なにゆえ)貴様の手など借りねばならぬ? のぉ? 」

 差し出されたカイの手を無視し、ジョウの手を取り頬擦りまでしてみせるシミアの意地の悪さが
可愛いと思うジョウだが、それを言えば勝ち誇るのと拗ねるのとが争うのが目に見えているので黙る。

 「あのなぁ御二人さん? ここではな、女同士で仲良くしないと色々と面倒が起こるんだよ」

 場に漂う不穏な空気に耐え兼ねたリグが、故意に咳払いをして、そう言った。傍で聞いたジョウの、
長い睫に彩られた吊り気味の大きな黒い瞳が伏せられた。確かにそうだ。特にこの『開拓地』では
なにかしらの力を持たない『女囚人』が、良心的ではない『囚人』や『管理官』や『開拓民の男』に
どんな酷い目に遭わされるか知っているのならば、その身を襲う痛ましさと不憫さに思いを馳せると
たまらなく哀しくなる。……中立の戒律だからこそ、サムライのジョウはなかなか割り切れずに
その事で悩み続けている。人道を重んずるか、法の道を通すか。……充分に煩悶するに足る問題だ。
 
 シミアを馬車から降ろさせたジョウは、すぐに片足の靴を脱ぎ、掌大の大きさはあるだろう、古代の
金貨3枚を差し出した。受刑者は受刑地に武具を持ち込めない。圧倒的に頼りになるのは……金だ。
少なくとも、持たないよりは融通が効く。普通、武器の持ち込みは体を触れられ厳しく調べられるが、
靴の中までは調べられない。……今回はリグの配慮により、シミアとカイの身体調査は省略された。

 「リグ……」
 「こんなもの、俺にはいいって言ってるだろう、ジョウ? 」
 「管理官仲間との付き合いもあるだろうからな。お前が使わなくても、仲間に振る舞えばいい」

 このたった三枚で、ボルタック商店で売っている金属鎧と盾が二揃い分買える値打ちが有にある。
そして、ボルタック商店に並ぶものは選ばれた良質な品だけだ。リグは済まん、と言いつつ受け取る。
シミアとカイの非難に満ちた視線がリグに集中する。役人が賂(まいない)を取るなど、と言う目だ。

 「リグ自身は至極、清廉潔白な人間だ。この俺が保証する。だが、この任務を長く続けていくには、
  周りの人間とも巧く付き合う必要がある。己だけが潔白のままで居られるほど、世間は澄み切って
  いないのさ。現にリグは、囚人や開拓村の民の、待遇の改善に最も熱心な管理官でもあるんだ」
 「お前にゃ負けるよ【先生】。お嬢さん方も、身内とわかりゃあ、手を出すヤツもいないはずさ。
  古株連中は身に沁みて知ってるし、開拓村の連中なんか城塞都市に足向けて寝ないヤツもいる
  ぐらいだしな! 」

 どん、と誇らしげにジョウの胸板を拳で叩いて茶化したリグに、シミアは言い知れぬ嫉妬を感じた。
自分の知らないジョウをこの男は知っているのだ。……正直、全然、面白くない。その隣のカイも同じ
気分だろう。二人はまず知らないが、傍目で見るリグやジョウから見ると、揃って同じ表顔をしていた。
それでも! 含羞の表情で笑って見せるジョウは、いい。二人はすぐに思い直して表情を平生に保つ。

 「何も知らない人間に大嘘を吹き込むなよ、リグ……」
 「お嬢さん方、この景色を見てどう思う? 」

 二人はリグに言われて辺りを見回すと、見渡す限りの荒野だった。立ち枯れた木、吹きすさぶ強風、
転がる大岩。緑は所々に点在する草叢か、辛うじて生えている低木の葉ぐらいしか無い。緑豊かな故郷の
森とは明らかに異質な雰囲気だ。ここは森のもたらす幸に恵まれて居ない。それは嫌が応にも二人には
理解出来た。

 「酷いだろう。これを覚えて居て欲しい。今から行く所は、以前、こことそう変わらん所だった」
 「だった、じゃと……? 」
 「だった、ですか……? 」
 「さあ、歩くぞ。この道中、決して俺から離れるな。何を見ても、要らない手を出すな。……頼む」

 ジョウの言葉にこくん、と頷くカイに、何故だ、と言わんばかりに見上げるシミア。当然「頼む」は
シミアに向けた言葉だ。どこまで効果があるか解らないが、牽制にはなる。ジョウの経験則から言うと
持って【1〜2事例】、持たなくて【1刹那】だ。善の君主ならば【静止するな!】と暴れ出さない方が
可笑しいくらいの乱暴狼藉が繰り広げられているかも知れない。ここは東方人らしく、運を天に任せる
しか無かった。願わくば、村に入るまでの短い道中で、想像通りの光景が繰り広げていられないことを
ジョウは祈った。

 「では管理官、我々は城塞都市に戻ります。どうかご無事で」

 幌馬車が去っていく。次に来るのは正確な時刻はリグしか知らないが、5日後だろう。その間、きっと
何事も起こっていませぬように。もう一度だけ、真摯にジョウは祈った。敬虔に、祈った。


 
 「……アレを見過せと言うのか、ジョウ……」
 「シミア様、ジョウの言う事を聞き違えたわけでありませぬのならば、そうでございます」

 だが、カドルト神は留守だった。きっと、他の誰かのために奇蹟を起こしに往かれたのかも知れない。
ジョウは運の巡り逢わせの悪さに天を仰いだ。両腕が痛い。左の片方はぎゅっと握り締め我慢し、もう
片方の右は爪まで立てて非難している。シミアとカイ、二人の細い腰を強く抱いていなければ即座に
振り解き、助けに行ったろう。なにせ二人は自他共に認める筋金入りの【善の戒律】持ちで、融通の
効かぬ頑固さなどは金剛石以上だ。開拓地に入ってからの最初に遭遇した人間達のありさまが……
 
 「いやぁ、もういやぁ、ズコズコ、ズコズコは、もういやぁ……! 」
 「るせえなァ、さっさと股開けこの! 後がつっかえてるンだからヨォ! 」

お決まりの、女囚人の輪姦だった。当の管理官も見て見ぬフリをしているどころか、役得とばかりに
積極的に参加している。見たところ、女囚人はすっかり脅えて恐慌状態だ。衣服を剥がれ、日に焼けぬ
生白い肌が陽光に眩しく輝く。少なくとも、開拓村民ではない。大方の所、城塞都市出身者だろう。
 
 「ったく、満足に道具も持てないならな、こうして俺達に貢献するしかねぇだろうっ、がぁ! 」
 「い、いたい! こ、こわれちゃう、こわれちゃうぅ!」

 道具を持てないと言うからには、迷宮探索者であれば、体力のない素人の前衛職か、非力な後衛職の
スペルユーザーだろう。レベル1に位置する【仮睡】カティノや【封傷】ディオスすら使えない手合いか、
満足な睡眠を取れず、精神力が回復しないかのどちらかだろう。5人を相手に抵抗するには、最低でも
5回ハリトを唱えられ無ければ抵抗の意味が無い。そして、相手は開拓のための土工具や農具を持った
屈強な男だ。男4人が女の両腕、両足を各々しっかりと固定し、股を開かせ、武装した一人の管理官が
濡れてもいない女陰にぶち込んでいるらしい。女の必死の叫びが男の嗜虐欲を満たすのか、全員、嫌らしい
薄ら笑いを浮かべている。

 「おお、頭を入れただけで、小便漏らすほどイイらしいなぁ、ええ? 」
 「はん、見られて濡れてきてやがるぜ、コイツ」
 「始めンころは入らないだの裂けるだの、散々泣き喚いたくせによ、今じゃこの、通りッ! 」
 「か……はッ! 」

 体をのたうたせて抵抗していた女囚人が、急に背を退け反らせた。……シミアは本格的に暴れ始め、
カイは呪言を呟こうと口を開く。カイのその口を塞ごうとして意識をカイに向けた瞬間に、シミアが
抜け出ようと拍子を合わせてまた暴れる。ジョウが約束したろう、と小声で言うが、効果があったのは
カイの方だけで、同じ女の身として我慢ならんわ、と言うのが善の女君主であるシミアの反応だった。
カイも口には出さぬが、ありありと不満が見て取れる視線と表情をジョウに向ける。善。厄介な戒律だ。


 
 「ヒャハハハ、ずっぷりデカいのが奥まで入るようになりやがって」
 「奥を小突かれる気分はどうだ? 最高だろう? フンっ、フンっ! 」

 女囚人の首が力なく、カクン、カクンと宙に揺れていた。両手両足を拘束され、地面から離され
揺籃のように吊り下げられた状態で極太の男根に貫かれているのだ。男の腰の動きに連動し身体が
前後に揺れる。意地の悪いことに囚人達はわざと拍子をつけて、男の動きに合せて、哀れな女囚人の
最奥を突けるようにとその身体を勢い良く繰り出している。あまりの衝撃と痛みと快楽に女囚人が
白眼を剥き、だらりと唾液と舌を出して失神寸前に到っているのが面白いのか、囚人達はさらに
囃(はや)し立てた。

 「ケッ、まだくたばんなよ? 昨日の晩はテメエのケツでしかイケなかッたんだからな」
 「俺は口だぜ? それもコイツ、噛みやがったから始末に終えネェ」
 「噛んだのは無理に2本挿ししたからだろうが、俺は知らんぞ」
 「胸でヌイてたアンタはいいのかよアンタは、とぉ、思い出すだけでおっ立ってきやがる」

 はぅ、あぅん、と力なく呻きを漏らす女囚人の姿に、怒りに眦を決したカイが呪言を紡ぎ始める。
レベル7の【核爆】ティルトウェイトだと気付いたジョウが、慌てて腰から手を離し、力の限りに
カイの口を塞ぐ。それを見たシミアが、その手があったかとばかりに同じく【死言】マリクトを
唱え始めて見せる。それを停めたジョウは右と左にシミアとカイの頭部を抱え込んだ格好になる。
シミアはがら空きとなったジョウの水月や腹を肘(ひじ)打ちし、逃れようと暴れる。それを
押さえこもうとすると、カイが一言二言三言、呪言を唱えだす。物騒な高レベル呪文ばかりを
唱えようとするカイを停めるのも、暴れるシミアを停めるのも、限界に近かった。ジョウは溜息を
吐いた。やはり姉妹だ、息がピタリと合っている、と。

 「いいだろぅ、ほら! おラ! オら! おら! 」
 「イケよ、イケよ、そら、そら、そらぁ! 」
 「いっちまえよ、なぁ! ほら! 」
 「ほらどうした、イッちまえよ! 」
 「おぅう、出すぞ、出すぞぉぉぉ! 」

 ドリスコが腰を突き出し、吠えた。子種を女囚人の最奥にぶちまける。二回、三回と身を震わせて、
余韻を愉しむ。女囚人は種を受け止めた衝撃から痙攣し、ぐったりと動かなくなった。ドリスコの
ものが女陰から引き抜かれると、黄色く濁った子種がぽっかりと空いた肉穴からどろりと漏れてくる
のが陽光の下、周囲の人間の環視の中、あらわとなった。ジョウが抑えている左右のエルフ女性の
口元から、怒りと焦燥のためか噛み締められた歯から歯軋りが漏れた。抑えて置くのも限界に近い。
  
 ……まだ、手を噛まれないだけマシだ。ジョウが助けを求めるように傍らの管理官のリグを見ると、
深く頷いた。そして嫌なものを見たぞ、と言わんばかりに地面に唾を吐き、苦々しげに制止する。

 「そこまでだドリスコ! ……囚人を拷問から解放しろ! 主席管理官の命令だ! 」
 「ちっ、リグ、余計な真似をしやがって……と……【先生】もか、こいつは分が悪いな」
 「ドリスの旦那、どうしたんですかい? コイツ、放しちまっていいんですか? 」
 「残念だが、楽しいお遊戯の時間の終了だ。今からマジメにやらんと即、埋葬モノだからな、お前ら」
 「? 旦那……? 」

 囚人達や管理官が組み敷いていた女囚人から離れると、ジョウの腕をやっと振り解いたシミアが【快癒】
マディを女囚人にかけて、恐慌状態から平常に戻し、肉体的にも回復させた。正気と活力を取り戻した
女囚人が、目の輝きを徐々に取り戻し、シミアに縋りつき声も無く静かに泣き始めた。抱いて軽く背を叩き、
シミアが女囚人を慰めているときに、輪姦に参加していた囚人の一人が、シミアの右肩に手を掛け、乱暴に
二人を引き離そうとした。他の囚人達はのろのろと開墾作業に戻っている最中だ。

 「余計なことすんじゃねぇ、ようやくここまで堕としたんだぞ……って上玉エルフ女はっけ〜ん♪ 」
 
 振り向いたシミアは、モノも言わずに睨みつけると囚人の手に自らの手を上から重ね、無造作に握る。
……迷宮で鍛えた熟練の前衛職の握力は、人間の手の骨など簡単に砕く力を秘めている。それが非力と
されるエルフ族の女でも、例外では無かった。そして、シミアは手加減などする必要を認めなかった。
骨が砕ける音が響き、派手に叫びながら荒れ地を転げ回る囚人の首を、立ち上がったシミアは無造作に
踏み付けて折り砕いた。それを見た他の囚人達は道具を操る手を止め、振りかざしてシミアに対峙する。

 「やめとけやお前ら、そんなに仲間意識が無かったろうに」
 「女、それも華奢なエルフ女に大の男が舐められたとあっちゃあ、我慢ならんのですよ」
 「好きにしろ。……俺は止めたぞ、リグ」
 「ああ、聞いたよドリスコ。囚人の暴走で片が付く。……あの御姫様は……止める気無い、な」
 「よせ、シミア! 停めろリグ、何してるんだ! 早く停めろ! 」
 「妾が手を下すまでも無い下衆どもめ……! 滅せい、カイ! 」
 
 その時始めて、囚人達は強風の立てる騒音の中から、美しく響く詠唱を聞いた。低く、小さい女声。
だが強風が、良く通るそれを囚人達の耳に送り届けた。必死に停めるジョウの熱意も空しく詠唱が
終えられたとき、囚人達の全員の身体が一瞬の後、崩れていき、塵になり、風に吹き飛ばされていった。
カイが【塵化】マカニトを唱えたのだ。後に残ったのは、囚人一人の遺体と【四人分】の衣服と武装と
靴、所持品、土工具・農具のみだった。
 
 「……魔法の効果範囲の限定、保護結界が不完全でした。済みませんシミア様」
 「良い。許す。此度(こたび)は仕様の無いこと。カイ、以後、重々に気を付けよ」

 輪姦されていた女囚人だけが、その場のただ一人の生存者となった。そう、管理官だったドリスコも
カイの唱えた【塵化】マカニトにより敢え無く塵と化し、風に吹かれて消えていた。残るは衣服と所持品、
武装のみだ。肉体の存在自体が綺麗サッパリ消えている。二人のエルフ女は頷き合い、可憐な唇だけで
互いにニヤリと笑って見せた。外道は絶対に許せない。そこらへんの認識も腹違いとは言え、姉妹だった。
つまりは根が似たもの同士であり、反発もすれば協調もする。互いに似過ぎて嫌いになった、と言う事だ。

 「良い。許す。じゃないだろうシミア! それにカイも! わざとだろうがわざと! 」
 「まあいいさジョウ、ドリスコは屑でしたがついに屑以下の塵になりました、とでも上に報告するさ。
  コイツの一枚も渡せば不問だろうよ。なぁに、アイツの換わりなど、マシなのがいくらでもいるんだ」

 リグは、ジョウから渡されたばかりの金貨三枚を投げ上げる。陽光に煌く金貨が宙でぶつかり、澄んだ
音を立てた。シミアは残された囚人の衣服を拾い、女囚人に投げ与えた。戸惑う彼女に、深く頷いてから、
足早にジョウの元へ戻る。咎めるようにシミアを見るジョウの視線を受け止めかね、俯く。それでも隣に
進み、ジョウの右腕を抱きかかえ、ぎゅっと縋る。カイも、左から同じく寄り添う。……開拓村までは、遠い。