『時を越えて』 
 ブラザーフッド寺院・地下7階。今日何度目の戦闘だろうか。
命を削る緊張を伴う一つの戦いが終わり、ミオはエルフ特有の美貌を蒼白にしながら玄室の床にへたり込んだ。
視界には5体の敵が死体となって転がっている。
 まずピットフィーンドが二体。
一方は侍の剛剣で頭頂から股間まで真っ二つにされ、もう一方はロードによるシールドの打撃で顎を砕かれ、腹部をめった刺しにされていた。
次いでイフリートが二体。
いずれも咽喉を突き破った貫手の傷口を支点に首を捩じ切られていた。
そしてカコデーモン。
戦闘開始と同時に膝蹴りで顔面を潰され、分厚い脂肪と筋肉の鎧に守られた心臓を、甲冑をも浸透する掌打の打撃で破裂させられていた。
この三体は素手に忍び装束姿の忍者の仕業だ。
他にもカルキドリが数体いたが、忍者がイフリートを仕留めるまでにロード・侍によるマバリコとラダルトの猛攻により、塵すら残さず四散していた。
司教であるミオは、コルツとバコルツでサポートするだけで手一杯だった。
何しろ前衛よりも遥かに未熟であるだけでなく、自分を含めて四人構成の少数パーティなのだから。
「各自、損害は?」リーダー格の忍者・サラの、ややハスキーな声。
迷宮の暗がりに溶け込む濃紺と濃灰色を組み合わせた忍装束。
覆面から覗く切れ長の瞳、長身でしなやかなボディラインは、声を聴くまでもなく女性のもの。
「損害な〜し」撫で付けた髪を首の後ろでポニーテールにした中立の侍・リュウが、刀で器用に不精ヒゲを剃りながら飄々と応える。
「軽度の火傷。ミオのコルツがあったから問題ない。自力で治せる」
黒地にスタッドやスパイクが目立つ鎧兜に盾で武装した悪のロード・ロブは、兜を脱ぎスキンヘッドに顎髭の強面を晒して無感動に呟く。
「つ、爪により軽傷。ローブは破れちゃいましたけど、毒やマヒの影響はありません、わたしも自力で治せます」
ミオは善の戒律しか身に付けられないエメラルドローブの肩口で血が滲む鉤裂きを見せながら応えた。
エルフでは珍しいブルネットのボブカット、左目元の泣きホクロにおっとりとした垂れ目がちの瞳がチャームポイントの、楚々とした美少女だ。
代々司教を輩出してきたエルフの名家出身で、自身も善の司教である。
数ヶ月前にリルガミンへやってきたばかりで、全部で四人構成の現パーティでは新参者だ。
称号を持つ英雄の転生として周囲の期待を受けたが、いかに高い資質を有するとはいえ、駆け出し司教では募集しているパーティは少ない。
鑑定能力と中レベルまでの攻防自在の魔法で便利者として重宝されたが、ぐんぐん実力を伸ばす仲間についていけず、善悪問わずに幾つものパーティを渡り歩くという挫折を味わっている。
冒険者というヤクザな商売の、さらに裏方を走るような生活に身を染めつつも育ちの良さが損なわれていないのは、持ち前の明るく気丈で前向きな性格故か。
また、20歳にも満たずにマスターレベルに達していたので、それなりに運も実力もあるのだろう。
 そんな彼女が、高レベルだが悪の戒律で前衛のみ、全員人間の変則的なパーティ…かつては六人だったが故あってリルガミンを離れる際に解散し、
ミオが来る少し前に三人だけがリルガミンに戻り再結成、使える後衛を探していたらしい…に参加して、はや数ヶ月がたつ。
彼等の戦いは苛烈で探索も危険だったが、その緊張はミオを大きく成長させ、先日ようやく全呪文をマスターし終えた。
それでも前衛のレベルに大きく及ばないのだから、彼等の強さがいかほどか推し量られるものだろう。
 希代の魔女ソーンが冒険者に倒されてから、はや数年。
今でも宝と名声を求め、危険の残るリルガミンの迷宮に潜る冒険者…聞こえはいいが、山師、チンピラ、社会不適合者と同義の者が多い…は、後を絶たなかった。

「あたしも損害なし。何度も戦った相手とはいえ、この数相手に大した被害も出さないでよく無事に捌き切れたね。今度取っておきの酒を奢るよ」
そう言いながらサラが脱ぎ去った覆面の下から現れたのは、真っすぐ背中に垂れる射干玉の黒髪、切れ長の瞳と赤く濡れ光る唇…年のころ20代後半、東洋の神秘をたたえたエキゾチックな美女であった。
若さと美貌にも関わらず徒手空拳(腰のポーチに収納した大型の手裏剣…リルガミンの外から持ち込んだ逸品…も滅多に使わない)で悪魔をも退け、無双の体術と影も残さず気配を消す忍術を誇る実力者である。
(嗚呼、サラお姉様…強いだけでなく、今日もやっぱり凛々しくて綺麗だわ…嫉妬よりも何よりも、まず憧れちゃう…)
ミオは仲間になって以来、何故かまるで10年来の知己の様に、いや、それ以上にサラを身近に感じてしまう。
戒律も相反するのに。自覚がないだけで、自分の抱く理想の女性像なのだろうか?
ひそかにサラのファンを自任しているミオにとっては、彼女の額で微かに光る汗の玉、戦闘で上気した頬…全てが艶めかしく映る。
そんなミオの視線をよそに、サラは悪魔の血にまみれた指先をぬぐい、玄室に残された宝箱のチェックに入る。
「…オ、…ミオ! 何を呆けている? 私は呪文を切らしているから、カルフォを代わってくれと言っているだろう?」
ロブの言葉に我を取り戻す。
「す、すいません! 今手伝いますからっ!」慌ててサラの元に駆け寄る。
できることなら危険な宝箱ではなく、サラの忍び装束を透視してみたい…そんなあぶない誘惑を感じてしまう自分の頭を小突き、
(わたしはノーマルなんだからね?)と、自己弁護しながら…。

*       *       *

「姐(あね)さん、今日はそろそろ上がるかい?」
リュウは村正カタナを鞘に戻しながら提案した。冒険で稼いだ金は酒か女か気まぐれな施しで消えるのが常の、東方出身の剣客だ。
物に執着しないのか、故郷から持ち込み愛用していた初代村正を、なじみの高級娼婦を身請けする際に金に替えてしまったお人好しだ。
しかもその娼婦は翌日、別の恋人と駆け落ちしたとか。
それも含めて状況を楽しんでいるように見えるが、虚勢でなく本当にそうならばかなりの大物だ。
「チンピラじゃないんだ、いいかげんに“姐さん”はよしな」ミオが鑑定した宝物類を手際よく分配しながら応える。
「じゃあ姐御」
「…テメェのケツからカシナート突っ込んでハラワタかきまぜてやろうか?」
チンピラどころか悪魔すら裸足で逃げ出す殺気で氷のような視線を送る。
その美貌にも関わらず、サラのアネゴ肌と気性の荒さは有名だ。
戦闘時には冷静な判断を下すので、問題になったことはないが。
むしろ気風のいいその性格で、男女を問わず慕われているようだ。
「サラ、マラーはリュウとミオのそれぞれ1回しか残っていないぞ。地上も間もなく夕刻、引き返すなら今だ…」
ロブが建設的意見で軌道修正する。
悪に堕ちたとはいえ、リルガミン近郊に領地を持つ貴族であり、領地経営は兄弟に任せ、許嫁も残したまま自分は武者修行中。
冒険の稼ぎを定期的に領地に送っているところをみると、領民にとっては良い君主なのかもしれない。
強面だが完璧な礼儀作法も身に付けており、社交界の紳士淑女にも顔が利くために戦闘指揮以外の交渉事はサブリーダーである彼の役目だ。
今回のようにトラブル時の助け船も。
「そうだねぇ…あたしらはブッバの健康温泉で汗を流してから帰るか。ミオもたまにはいいだろ?」
「はい、温泉なんてリルガミンに来てから初めてです」(きゃ、サラお姉様と温泉!)
気さくに肩を抱き寄せるサラに、ミオは頬を染めつつ無垢な笑顔で同意する。
仲間とはいえども、対立する戒律故に冒険時の待ち合わせも町外れ、酒場でも同席することは少ない。
宿は部屋不足から最近サラと同室になれて嬉しかったが、基本的に周囲の目があるためおおっぴらに一緒の行動ができない。
そんな日頃の忍耐の報酬が利子付きで帰ってきた気分だ。カドルトの神よご照覧あれ、La-Laを賛美せよ!(意味不明)。
「あたしらの宿はロイヤルスイートを押さえてあるし、今日はこれで解散だ。温泉まではマラーで直行、帰りも地下二階だから二人でも歩いて帰れるし、いざとなればミオのロクトフェイトもあるさ」
男二人はまたか、という顔で顔を見合わせ、肩をすくめた。
リルガミンに戻ってからは絶えて久しかったが、サラの温泉好きは、その酒豪ぶりと同じくらい皆の知る所だ。
次いで、ミオだけが知らないサラの特殊な趣味についても。そんな楽しみを出歯亀などしようものなら、尻からミキサーを生やした死体がカント寺院に運び込まれることは確実だ。
「じゃ、ロブ、俺らは久しぶりにサシで飲み明かそうか、肴も手に入ったし」
リュウが革袋に詰め込んだフェニックスの腿肉と手羽先をぶら下げてニヤリと笑う。
ギルガメッシュの親父に頼んで塩ダレのヤキトリにしてもらうと結構イケる、というのがパーティーの一致した見解だ。
「今日はアルビシア産の赤ワインにドラゴンステーキの気分だったが…新鮮な食材を生かさぬ手はない、お前に付き合おう。
ただし、先日の毒キノコを食べてラツモフィスを使ってやった貸しがある。お前の奢りだ」
顎髭をしごきながらスノッブ趣味のロブが提案する。
「はいはい。んじゃ、姐さん“ごゆっくりお楽しみに”。ミオちゃんも“お元気で”。明日の探索もあるから程々にね〜」
「リュウもロブも飲みすぎないでくださいね〜」
ミオはリュウの意味深なセリフ、ある種の哀れみを宿したロブの瞳にも気付かず、ひらひら手を振りながらマラーで去ってゆく二人を見送った。
背後のサラが文字通り「舌なめずり」している事実も知らずに。

*       *       *

 温泉までマラーで転移し、キャンプ時に使う進入除けの結界を張った頃には、汚れたローブも脱ぎ去って入浴準備は整っていた。
常連であるスパークのアヒルは、サラがロックスベイビーの薫製と金をつかませて既に追い払っている。
念のためにデストを応用してドアを施錠した後、下着を脱ぎつつ改めてミオは感慨を抱いた。
なんて生活感のある「たくましい」パーティーだろう、と。
強力な装備や魔術だけが「強さ」ではない…新参者のミオにとって、そのことを実感した数ヶ月だった。
ハリトでの煮炊きや、ラツモフィスで迷宮内の水たまりを浄化して飲料水を確保するなど、すっかりサバイバル生活に慣れてしまったが、デストも含め、こんな呪文の使用法など教会や魔術学院の導師たちは教えてくれないだろう。
まして、宝探しや腕試しだけでなく、食材調達のためにモンスターを狩るなど。
全て過酷な実戦や泥臭い現場を経て身に付いた知識であり技能である。
最近ではミオも大抵の食用に適するモンスターが見分けられるし、最初は死骸の解体ですら気を失っていたのが、毒や危険部位も取り除いて捌くことができるようになってしまった。
要は「所帯じみて」しまったのだ。サラの眼鏡に適う人材がいないのか、パーティー人数の不足もあり、このパーティーがリルガミン最強の冒険者かどうかは不明だが、
傭兵としても数々の戦場を巡ってきたという彼等の「生き残る」知恵と技術はトップレベルで間違いなかろう。
それもこれもリーダーのサラが本物の「忍者」だからであろう。
単純な暗殺技術だけならば冒険者上がりの忍者や迷宮の闇に潜む忍群にも優秀な者は多いが、東方での忍者は、暗殺だけでなく各種諜報技術や戦場での影働き、医療やサバイバル技術にも秀でた、汚れ仕事専門のマルチエージェントだったと聞く。
リュウ同様に東方出身だというサラは、まさにそういった存在だったのだ。
『死んで英雄になるんじゃない、戦いに負けても、泥水を啜って最後まで生き延びた者が真の英雄さ』
サラの印象的な言葉だが、達観したその背景にはどれだけつらい過去があったのだろう?
そして、他に何人もいた優秀で“フリー”な冒険者ではなく、何故わたしが仲間に誘われたのだろう?
数奇な巡り合わせに思いを馳せていると…。

「早く入らないと風邪ひくよ?」官能的な声が耳元で背後から囁かれる。
「きゃっ」気配も感じさせず背後に立っていたサラは、当然のことながら入浴準備を済ませて全裸になっていた。
背中まで達する艶やかな黒髪、筋の通った眉と鼻梁、切れ長の瞳、尖った顎の上に紅く弧を描く官能的な濡れた唇…。
面立ちだけでも男女問わず見蕩れる程の凛々しい美貌なのに、首から下まで反則的だ。
 忍び装束の下に隠されていた肢体は、「殺戮機械」が芸術品であるとすれば、間違いなく芸術品であった。
普段、サラシの下からでも存在を主張していた豊かなバストは、形・大きさ共に申し分がない。
割れた腹筋や発達した上腕、太ももは歴戦の冒険者の力強さとタフネスを証明しているが、彼女自身が長身であることに加え、全身の筋肉の上にうっすらと乗っている脂肪が女性特有の柔らかで官能的な曲線を維持させている。
同時に、この脂肪が忍者に要求される持久力・耐久力を支えていた…無駄な脂肪をそぎ落とし必用部位の筋肉だけ鍛えるような、一芸に特化した運動選手ではない。
全体的に豹や虎といった猫科の大型肉食獣を連想させる、強靱さと優美さを兼ね備えた実戦向けの肉体だった。
鎧や重い武器を使わない時こそ、肉体のポテンシャルと培った忍びの体術が100%発揮され、まさに殺戮機械と化すのだ。
自然の美と機能美の融合と言える肢体に思わずぽ〜っ見とれていたミオは、歴戦の古傷を刻みつつもきめ細やかで美しいその肌に触れ、柔らかな胸に包まれたい誘惑に屈しそうになった。
事実、過去に何度もそうしたことがあるかのように、自然と浮かび上がってくる感情は既視感にも似ていた。
(わたしったら、女同士なのに何考えているの? サラお姉様は仲間として、友達として、純粋に今よりも仲良くお近づきになりたいだけで、恋愛感情とはちがうんだからっ!)
赤くなった顔を見せまいと伏せた視界に、優美な太ももに挟まれた黒い茂みが飛び込んで来たため、あわてて顔を背けた。
「も、もうっ、サラさんも女性ならもう少し慎みを持って下さいねっ」
あれほど舞い上がっていた気持ちも、いざ二人きりになると萎縮してしまう。基本的に奥手なのだ。
「いいじゃないか、女同士なんだし。それに、見られて困るほど貧相な身体はしていないつもりだけどね?」
ニヤニヤと意地の悪い視線を己とミオの身体に往復させる。
「ううっ…どうせわたしはお子様ですよ!」
「あははっ、冗談だよ! ミオは十分に魅力的だよ? あたしの傷だらけの筋肉より、よっぽど女らしいじゃないか」 
サラに褒められると、お世辞や社交辞令だとしても悪い気はしない。
先ほどまで着用していた色気の欠片もないエメラルドローブの下には、細身ながらも柔らかな曲線を描いて伸びる、健康的で艶めかしい肢体が隠されていた。
戦士ほどではないが、普段から重いセクリッドバッシャーを振り回しているため、見かけの印象よりは力も体力もあるのだ。
白い胸元と股間こそ手ぬぐいで隠して見えないが、形の良い乳房は胸の薄いエルフとしては大きい方であろう。
髪の色も珍しいため、先祖に人間の血も入っているのかもしれない。

「さ、汚れを落として玉のお肌に磨きをかけようじゃないか?」
備え付けの桶で湯を汲み上げて身体にかけ、戦いの汚れと汗を落としてゆく。時折、お互いに洗いっこをして、際どい触れ合いでミオは内心ドキドキしながら…。
「はン、この傷は油断したね。後衛まで手が届く連中だって多いんだ。後衛だろうが、全呪文をマスターしようが、致死に至る打撃を貰う可能性はゼロじゃない…
ソーンのビッチみたいに完璧な防御手段が無い以上、あたしらが生き残るためにできるのは“いかに相手に反撃の機会を与えず、一方的に殲滅できるか”を追求することくらいさ」
傷口を塞いだとはいえ、しばらくは肩口に残るであろう赤い爪痕に指を這わせると、自身は浴槽に入らず、ミオが肩まで湯に浸かるように優しく押しやるサラ。
「まだまだ未熟です…」サラに触れられた肌が熱い。脈も速くなっている気がする。
ゾクゾクと背筋を這い上がる快感を押さえ込みながら、サラの言葉の咀嚼に努める。
「…でも、さっきコルツ、次いでバコルツを選択した判断と詠唱タイミングは良かったかな。
あの連中にモンティノが効く可能性は低いし、攻撃呪文で仕留めるにもティルトウェイトさえ無効化する奴もいるからね。
要は、彼我の戦力を瞬間的に分析し、最適の行動を選択することさ。
さっきの戦闘では、きっとあれがミオにできるベストに近い回答だったよ。おかげでロブも軽傷で済んだのさ。…腕を上げたね」
彼女は忍びの経験とアネゴ肌な性格だけでリーダーを務めているわけではない。
仲間の心情を察して士気を鼓舞する機微、感情の切り替えが早く、臨機応変に状況に対処できる冷静さがリーダーたらしめているのだ。
事実、憧れの女性に成長を褒められ、内心では舞い上がって踊り出してしまっているミオだった。
その時ふと、気が遠くなりかけたのは頭に血が上りすぎたせいだろうか。
「そうね、あと、アドバイスするとしたら…」サラの言葉が妙に遠く感じる。
「もう少し、情報収集の枝を広く伸ばすことだね。パーティの仲間についての噂や、上層とはいえ、自分のいる迷宮についての詳細をね…」
薄れゆく意識と湯気に霞む視界の中で、サラの艶やかな唇が笑みの形に広がったのを見た気がする。
ミオは眠りを誘う暖かな温泉の魔力に全身を包まれ、そのまま夢の世界に引き込まれていった。

*       *       *


ミオの唇に柔らかなものが当てられ、濃厚な芳香を放つ甘い液体が流し込まれる。
咽喉を通過する際の灼けるような刺激から重い瞼を開いて目に入ったのは、顎を掴んで自分に口づけをするサラの瞳だった。
「ん〜〜〜!」脚を湯に浸したまま腰を抱かれ、互いに全裸でキスを交わす自分の姿に気付き、びっくりして口腔内の液体を全て飲み込んでしまう。今や完全に覚醒したミオは慌ててサラの腕から抜け出した。
「な、何をしているんで…こ、これって、お酒…ラム酒ですか?」
口に残る甘い味と香りは記憶にあるものだった。
「ルビーの爺さんと一杯やるつもりで持ってきた逸品なんだけど…あんたが湯に浸かったまま気を失っちまったんで、気付け薬に…ね」
「そ、それはお手数かけてしまいました。…で、でも、だからって口移しにしなくても…」
赤面し、唇の余韻を確かめるミオ。
リルガミンに来てすぐに迷宮下層へ出入りしはじめたミオは、ブッバの健康温泉の睡眠効果について無知であった。
「舌も入れて欲しかったかい?」
「え、あ、はい…って、何を言い出すんですか!」
同性ながら憧れていたサラと濃厚にキスを交わす自分の姿を想像してしまい、赤面どころか尖った耳の先端まで一瞬で真っ赤になる。
「ププッ…あははははははははっ! …いやー、突発事態にもっと柔軟に対処できなけりゃ一人前にはほど遠いよ?」
ひとしきり大笑いしたあと、稚気をたたえた瞳で肩をすくめるサラ。
「どうした? 顔が赤いね?」
「ん…身体が火照ってきて…別にお酒に弱いわけじゃないのに…ん…はぁ…ン!」
サラの指先がミオの髪を優しく梳き上げると、全身に電流の如き快感が走る。
「何か変です…な、何を飲ませたんですか?」
薬の影響か温泉の魔力が残っているのか、働きの鈍い頭でようやく身の危険を感じ、サラから後ずさり始める。
「ん? 高級品とはいえただのラム酒さ。ま、濃縮還元して奥歯に仕込んであったカツの薬も混ぜちゃったけどね…忍者用の携行薬ってことでボルタックに特注した逸品よ?」
「カツって…ほ、惚れ薬?」
あれは交渉事のサポートに使うための、飲んだ者のフェロモンを増幅させる薬のはずだ。それが、何故?
「知ってた? これに一定度数を越えるアルコールが混ざると、成分が変化して強力な媚薬になるって? あたしは訓練で耐性つけてるけどね」
「び、媚薬って…そんなぁ…卑怯ですぅ…だ、だれかぁ…」
憧れの女性の秘められた本性に戸惑いとショックを受け、混乱に拍車がかかる。
湯に浸かって眠ってしまったのも、全てがサラのしむけた淫らな策略の一部だったのか。全く気付かなかった自分の能天気さが恨めしい。
ふらつく脚で壁に向けて後ずさりながら、傍らの手ぬぐいで身体を隠そうとするが、かえって艶めかしい姿に映る。
上気した頬に潤んだ瞳で非難の眼差しを向けるが、弛緩してよだれを垂らしながらでは効果はない…いや、あった。
別の効果だが。
「忍者相手に卑怯も何もないよ、おばかさん。叫んだって誰も来れないのは知ってるだろ、自分で結界張って施錠したんだから。
…それにしてもたまらないわ、その表情。もう我慢の限界でね…今まで散々お預けくらった分、たっぷり味わわせてもらうから…!」
ミオは全裸のサラに強引に唇を奪われると、背後の壁に押し付けられた。
正常な状態だったとしても、忍者の力に抵抗はできない。
まして、薬で全身が性感帯になったと感じられる今の状態では…かくして、ミオは立ったまま嬲られ始めた。

*       *       *

「ん…はぁ…んく…ぅ…ッ!」くちゅ、ぴちゃ…。
小さな貝の如きミオの唇を舌先でこじあけ、紅い唇で優しく、淫らについばむ。
絡み合った舌にお互いの唾液が橋となり、糸を引く。膝をミオの脚の間にこじ入れ、秘所を太ももで刺激する。
やや小振りながらも形の良いミオの乳房にサラの豊かな乳房が押しつけられ、互いにマシュマロのように形を変える。
濃厚なキスから首筋へと舌を這わせつつ、巧みに体を入れ替えて乳首同士をすり付けるサラ。
交差させた太股でミオの秘所を愛撫しながらも、片手はミオの太ももから尻へと撫で上げ指先がアヌスを刺激する。
「そ、そこは…汚いで…はゥん!」
幼さを残すエルフの美貌も、ふだんは鈴の如き清らかな声も、今ではもう、官能に蕩け切っているのは明らかだ。
この効果は媚薬のためだけではない。忍びとして身に付けた房中術の秘技…不感症の修道女から、英雄を堕落させた悪名高いサッキュバスまでも虜にできる…により、敵手の死点を抉る鍛えた指先で性感帯を刺激し続けているのだ。
いかに未成熟な処女とはいえ、快楽に堕ちるのも時間の問題であった。 
しなやかな指先で産毛ひとつ無い閉じた割れ目を撫で続け、淫らな音を立てながら愛液が太ももを伝う。
「…や…だめ……わたしたち、女同士なのに…」
「何がダメだって? 知っているんだよ、宿の隣のベッドで、あたしの下着を噛みながら時折自分を慰めていたことも、ね」
「! いやっ…言わないで…」
背徳的と知りつつも、サラの側にいると押さえ切れずに流されてしまっていた感情的な行為が気付かれていたなんて。
「それに、女の身体は女の方が良く知っているのさ。あんたの身体だってダメとは言ってないよ…ホラ」
ミオの目の前で糸引く指を開いて見せつける。羞恥で首まで朱に染めたミオが、目尻に涙を浮かべながら視線をそらす。
「ふふっ…こんなに濡らしちゃって…はしたない娘。こんなに糸を引くほど汚れちゃったじゃない。こういう時にどうするかわかる?」
「はぁ、うぁ…え?」
言葉と指、そして密着した肌全体で嬲られる清らかな獲物は、もうまともな受け答えもできないぐらい官能に溶かされている。
「キレイにするのよ、その可愛い舌で舐め取って…ね!」
可憐な唇へ強引に指を突っ込み、口腔と舌を思う存分蹂躙する。
「ん、くぅ、は…ふぅ…」
「そう、舌を絡めて指の間までしっかりとね。唇をすぼめて吸い取るように…ね」
目尻の涙を舌で拭われ、ボーッとした頭で、命じられるまま眉根を寄せて口をすぼめ、懸命に舐めあげる。
なまじ清楚な美貌であるがゆえに背徳的な官能が漂っている。
「はァ…ぁン」ちゅぽっ。
サラの指先から唾液が糸を引き、つながった可憐な唇が淫らな花弁を思わせる。
「…もう、許して…わたし…」
「だぁーめ。ふふ…正直に、快楽に身を委ねていいのよ? まぁ、己を取り戻そうと身悶えて苦悩する表情も可愛いけど…ねッ…!」
耳朶を甘噛みしながら舌で耳穴を嬲り犯し、震える尖った耳の先端まで舐め上げる。
サラのサディスティックな責めは激しさを増し始めた。
「ひぃッ…! くぅ…あぁン…」
全身を密着させた愛撫。肌を這う舌が、唇が、押し付けられる乳房や太ももが…すべてが触手のようにミオの性感をほじくり起こす。
背にした冷たい石壁も、もはや認識の埒外に飛んでいる。
「さぁて、そろそろかな。まずは一回イキなさい。今日は前も後ろもあたしが貰ってあげるからね…」
ミオの限界が近いのを察し、親指が小さな豆を探り当て、優しく、しかし容赦なく擦り上げた。
そしてトドメとばかりに濡らした中指をアヌスに突き入れ、蹂躙する。
「だ、ダメ、イクッ…ぁ、くふ…ふぁッ…あああっっ…!」
ミオはたまらず絶頂に達し、湯にのぼせていたこともあって再び昏倒してしまった。

*       *       *

「お楽しみはこれからよ、小猫ちゃん…」
サラは鍛えられた指先の愛液を淫らに舐め上げると、切れ長の瞳に喜悦の表情を浮かべてほくそ笑んだ。
かのソーンですら裸足で逃げ出す凄艶さで。
 そして壁を背に床にしなだれたままのミオをしなやかで強靱な片手で抱き上げると、几帳面に畳んであった善の戒律を象徴するエメラルドローブを広げ、即席のシーツとしてミオのぐったりした肢体を仰向けに優しく横たえる。
サラは指と舌、そして極上の獲物を捕えた肉食獣の視線によって、時間をかけてミオの肢体を犯し、味わう。
絶頂の余韻に浸っていたミオが新たな快感によって意識を取り戻すと、お互いに頭を跨ぐ形に体を入れ替えて濡れ光る秘唇に舌を這わせる。
「こんどはあたしも舐めてキレイにしなさい」
サラの股間に茂る草叢もミオに劣らず濡れており、愛液が内ももを伝って流れ出していた。
「サラさんのココ…とてもきれいです…」ぴちゃ、くちゅ。お互いの股間に舌が踊る。
「あは、初めてにしてはなかなか上手よ。仕込み甲斐があるってものね」
ミオのクリトリスを吸いながら無毛の秘唇とアヌスへ指を挿入する。割れ目は「お楽しみ」を壊さないように、浅く、優しく。
「ふふっ、ここは毛が生えていないのね…淫らな割れ目からお豆まで丸見えね」
「あぁん、恥ずかしい…です」
密かなコンプレックスを指摘され、羞恥に頬を上気させながら、憧れていた相手の淫らな股間にむしゃぶりつく。
やがて二人は体を入れ替え、互いに脚を抱きかかえるように絡ませ、股間を擦り合わせる。
「ああッ…サラさんのが…こすれて…ぃい…あッ…」
「ふふん、感じるでしょ? あたしもイイわ…ぁン…こんなに燃えるのは久しぶりだわ」
「好きですッ…ずっと好きだったのぉ…サラお姉様ぁ!」
「くすすっ…いい娘ね。これから二人きりの時は“お姉様”って呼んでもいいわよ?」
再びミオに覆いかぶさり、濃厚なキスを交わしながら胸を、乳首を擦り合わせ、互いの乳房が淫らに潰れる。
そして腿から秘唇にかけて密着させ、激しく腰をすり付ける。
やがて自分も限界が近づき、今日のメインディッシュの賞味にかかることにした。
「あン…そろそろね…ンッ……あんたの“初めて”…あたしが貰ってあげるわ」
腰の動きはそのままに、密着した秘唇の間に揃えた指先をあてがう。
「あンッ…これであなたは大人の女よッ。…そして身も心もあたしに捧げるのッ…!」
「はい、わたしの全てはサラさ…お姉様のモノですぅ!…もう、ダメぇ………痛ゥ?…いや…怖い…痛ッい…ゃ……あぁあああっっっっ!」
お互いに深い絶頂を迎えると同時に、サラの指がミオの純潔を貫き奪っていった。
生まれて初めての深い絶頂と破瓜の痛み。衝撃の連続に、ミオは忘我の境地をさまよい、そのまま意識を失った。
…荒い息に背中を弾ませ、汗まみれの二人が横たわる緑のシーツには、破瓜の証である紅の染みが鮮やかに栄えていた。

*       *       *


…その後もサラの責めは続いた。破瓜の痕跡に直接傷薬を塗り込みながらの強引に苦痛と快楽を与えるサディスティックな責めもあれば、恋人同士の甘いキスを繰り返す、優しい絡みもあった。
やがて身体を離し温泉に浅く身体を沈めて身体を清める頃には、お互いにキスマークだらけになっていた。
「いやはや、薬の助けがあったとはいえ、あんなに清純だった娘がこんなに乱れるなんてね…一度火がつくと止められないタイプだったのね」
「…そうしたのはサラお姉様ですっ! こんなことしないでも、いずれはお姉様のものになったのに…」
照れながらも、身も心も許しきった微笑みでサラの腕にしがみつく。
「ふふっ、照れる姿も可愛いわね。ミオのイニシャルはマゾのMだったのね、またいじめたくなっちゃう」
囁きながら尖った耳を甘噛みするサラのイニシャルも、間違いなくサドのSだった。
「あン……あれ、お姉様、こんな所に刺青なんてありましたっけ?…こ、これは!」
サラの左上腕部には、先ほどまで無かった何かの紋章が浮かび上がっていた。
「この刺青は…“三軸の門の守護者”…ソーンを倒したパーティーって、サラお姉様たちだったのね…」
「堅苦しいのは苦手だし、職業柄あまり顔が売れすぎるのも困るんだよ。だから王宮の謁見も当時の後衛三人に押し付け、あたしら前衛三人は適当な理由をつけてパスしたのさ。
当時を知る古参も他所の冒険に流れていったし、称号を受けた者を皆が知らなくても無理はないね」
「他にも…これは…“ダイヤモンドの騎士”に“リルガミンの星”、それに“トレボー近衛隊”!? これって、わたしの家に伝わるものと同じじゃないですか!?」
目をむいて驚くミオ。
「東方に伝わる“白粉彫り”といってね、極度の興奮状態や、体内の気や血の流れが極限まで高まった時にだけ浮かび上がるのさ。
忍者が目の付く所に出自を明らかにしかねないモノを晒し続けるわけにゃいかないだろ? 勲章ぶら下げて潜入工作なんざできないけど、いざという時に身の証が必用になることもあるんでね。
こうするのがウチの里…忍群のならわしなのさ」
「じゃあ、お姉様も…」
「ミオ、あんたと同じ転生者さ。あたしは一目見た瞬間アンタのご先祖様…リオの転生体だとわかったけれど、あんたは既視感しか知覚していないんだもの。…前世では恋人同士だったのに」
「前世からの…恋人?」言葉の響きに改めて胸がキュンと疼く。
「パーティに引き入れたのもその関係さ。ショック療法を試してみたくってね。前世と同じ、生死の境界にある戦闘の緊張と…天にも昇るような快楽でね。
前世の記憶は断片的でも、魂が…その身体があたしを覚えていると確信していたのさ。遠い過去に戦場で交わした絆と…愛しあった日々を」
柄にもなく照れた様子をおどけたウィンクで誤魔化すサラに、ミオは尖った耳の先端まで真っ赤にしてうつむいてしまう。
「じゃあ、わたしがお姉様にドキドキしていたのは前世の影響だったんだ…別に女の子が好きっていうわけじゃなかったのね。
ちょっと安心…というか、むしろ残念? お姉様もきっと前世ではすごい美男子だったんでしょうね」
「何言ってるんだい? あたしは前世も女だよ。『名前・姿・性格は全く同じ、生まれる環境や能力もほぼ同じ、違うのは断片的な過去の記憶だけ…お前みたいなのは珍しいケースだ』って、賢者とやらに告げられたけどね」
「え。じゃあ、わたしたち…」
「そう、前世も女同士のカップルさ。愛があれば身分も種族も、そして性別も関係ない、ってのは前世のあんたが言ったセリフだよ」
ぐうの音も出ないミオ。
「さ、風邪を引かないうちにこれでも着なさい。前のは“大人の証”で汚れてしまったし、あんたにはもう着れないものだから」
そう言ってサラが放り投げたのは、本日の探索で入手した真紅のスカーレットローブだった。
まだあどけなさを残すミオには、胸元の開いたデザインがやや大人っぽいが、すらりと伸びた健康的な肢体にはよく似合うだろう。
「でも、これは悪の戒律しか…」
「気付いていないの? あんたは今日の戦いで悪の戒律に変わっているんだよ? 散々悪魔共を狩り立てたじゃないか。命乞いする奴も含めて」
一度戦いになれば、女子供も容赦しない。気を抜けば、それが命取りになりかねないから。
仲間を想うその行動が、いつのまにか当然と思うようになっていた。
もっとも、変化が決定的になったのはサラの責めに身も心も委ねきり、「堕ちた」瞬間だったが。
今度こそ絶句してしまうミオ。故郷の古風で真面目な家族に同性の恋人を紹介しただけでも卒倒されそうなのに、悪に堕ちたなどと告げたら首を括りかねない。
「堕ちるなら一緒に堕ちようじゃないか。悪とか善とか、女同士とかささいな問題さ。楽しんだ者勝ち、自分を肯定して未来は前向きに生きた方が楽だよ?」
明らかに面白がっているサラの笑顔は…悪魔の笑顔というのはこうなのだろう。
あまりに多くの変化が訪れて呆然としたままのミオに、
「じゃ、帰るよ。今ごろ酒場であんたが堕ちるかどうか賭けている連中に、明日どんな顔して会うか考えておくんだね
」と、追い討ちをかける。
「…えぇ? みんなグルだったんですか〜?…って、服着て下さい、服!」
「歩きながらでも着替えられるさ。何ならロクトフェイトを使ったっていい。これからロイヤルスイートでもう一戦するんだから急ぎなっ!」
「か、身体がもちませんよぉ…んぐ…」
耳まで真っ赤にしながら、まだ腰がフラフラしているミオを“お姫さま抱っこ”したサラは、優しいキスで文句を封じる。
「覚えたマディは飾りかい? まだあたしが極めた房中術の秘技、その入り口までも披露してないんだ、今夜は寝かせないつもりだから覚悟しておくのね。
あたしの存在をしっかりと身体に刻み込むんだから…もう二度とあたしを忘れられないように…ね?」
クールな美貌に浮かぶ真剣な表情に、ミオは言葉ではなく、はにかみながら、しかし親愛の情をたっぷりと込めた接吻で応えた。
(忘れたりするものですか。時を超えてめぐり逢い、わたしの存在を縛りつける全てを打ち壊し、身も心も奪っていったひとを…)
…後世、“三軸の門の守護者”サラの右腕として知られるようになる、スカーレットローブに身を包んだ美しき女司教が誕生した瞬間だった。

(END)