クローリングケルプもマイティオークも眠る丑三つ時。
 活動時間が不規則な冒険者たちも、さすがにこんな時間には街を出歩かない。
 彼らを相手に商売する「ボルタックの店」の扉にも、「CLOSED」の札が下がっている。
 ところが、今、足音を忍ばせてその閉ざされた扉に近寄る三つの影があった。
 彼らは、いったい何のために、閉店後のボルタックにやってきたのだろう?

 古参の冒険者の間で囁かれるひとつの噂があった。
 「夜のボルタック」。
 もとより、強力な魔法の物品から呪われた品々まで手広く商うボルタックであるが、
通常の営業を終えた深夜になると、限られた得意客を相手に、本当に危険な商品――
禁制の魔法薬やら凶悪な責め具やら――を扱う「夜の営業」を始めるのだという。
 他愛のない都市伝説の類だろう。気の良いドワーフの店主を知る者は、皆この噂を鼻で
笑って済ませる。しかし、奴隷商人や《悪》の冒険者などのいかがわしい連中が、夜の
ボルタックの扉を叩くのを見たという証言は跡を絶たない。

 三つの影が扉を小さく二度、そして間を空けて三度叩く。
 すると、扉の覗き窓が薄く開き、中からこんな声が聞こえてきた。
「合言葉は?」
 ゴクリ。三つの影のうちの誰かが喉を鳴らす。やはり、噂は本当だったのか。先頭の影が
おそるおそる、事前に仕入れてきた情報通りの言葉を口にする。
「――TREBOR SUX」
「入んな」
 「CLOSED」の木札を揺らしながら扉が開く。
 三つの影は、意を決して店内へと踏み込んだ。

「これが……『夜のボルタック』か」
 侍は感嘆の吐息を漏らした。
 一見すると、店内の様子は昼間の見慣れたそれと大差がない。
 しかし、よくよく目を凝らして見れば、そちこちに、武器や防具などの冒険に必要な
装備品とは異質の――奇怪な器具が置かれているのがわかる。
 壁に掛けられたフレイルの中には調教用の鞭が、兜の置かれた棚には首輪が、短刀や
短剣の並びの中には用途の不明な細長く鋭い針が、ひっそりとその存在を主張していた。
「? ……なんだコレは?」
 訝しげに忍者が取り上げたのは、何の変哲もない木製の箱だった。
 蓋を開けると、敷き詰められた綿の中に、ちょこんと、生々しく切り取られた何かの
生き物の「舌」が納められている。
「フラックの本体かなんかか?」
「いえ……これは、たぶん『ビッシュの舌』という魔法の品ですよ」
 忍者の手元を覗き込んだ侍が疑問を口にすると、司教がこれに的確に答える。
「――そいつは『ローター』だ」
 突然、店の奥から声がかかる。
「ローター?」
 振り向く三人に近づいてきたのは、馴染みの店主、ドワーフのボルタックだった。
 ボルタックは忍者の手元から「舌」を摘み上げると、短い二本の指でその根元をぐいと
押し込む。すると、小さな振動音とともに「舌」の先がひとりでに震え出した。
「こいつを女のさねに押し当ててやるのさ。そうすりゃあ、どんな取り澄ました女でも
ひいひいよがり出すぜ。但し、使い方を間違うとLORTOが出ちまうから注意が必要だがな」
 そう言って、ドワーフは低く笑う。
 多少しみったれたところはあるが、基本的には温厚で陽気なドワーフ。昼の主人を
知る三人には、目にサディストの輝きを宿して笑うこの男が、あのボルタックだとは、
とても思えなかった。
「お前らは、夜来るのは初めてだよな? どれ、ひとつサービスしてやろう。これは
本当ならそれなりの『知識』を持った客にしか売らないものなんだが……」
 ボルタックは奥から大事そうに取り出した箱の中身を並べ始める。
 色とりどりのキャンディ。小瓶にわけられた魔法薬。
 もったいぶった取り扱いの割には、拍子抜けするような見た目の品物ばかりだった。
「赤いキャンディで処女膜が再生する。青いキャンディで母乳が出る」
 さらりと語られたその神秘的な効能に、三人は目をむいた。
 思わず疑わしげな視線を向ける。しかし、ドワーフが告げたその値段は法外で、かえって
真実味を帯びたものだった。
「……といっても、あいつ処女だろ」
「ああ、赤はいらんな」
「じゃあ、青の方を一粒いただきましょう」
「え!?」
 驚愕の声を上げる侍と忍者。「お前、マニアックな奴だな……」と呟く二人をよそに、
司教は、金貨と引き換えに受け取った青いキャンディをほくほく顔で懐に入れた。
 気を取り直した忍者がボルタックに問う。
「そっちの魔法薬はどういう効果があるんだ?」
「こいつはとっておきだ……飲んだ女をふたなりにする」
「……ほう」
 興味深そうに頷く忍者の肩を、侍は慌てて掴む。
「お、おい。そりゃあ前回で懲りただろう?」
 上ずった声をあげながら、盛大に顔をしかめてみせる。何を思い出しているのだろうか、
その手は自分の尻のあたりを必死で押さえていた。しかし、侍の制止にもかかわらず、
忍者は恍惚の表情を浮かべるのだった。
「……ああ。あれはなかなか良かった」
 これまたほくほく顔で買った魔法薬を手にする忍者。侍は、慌ててボルタックに耳打ち
する。
「な、なあ。元に戻す薬はないのか?」
「あるぜ。飽きたらコイツを使いな」
 ボルタックは「わかっている」とでも言うかのように、したり顔で侍に別の魔法薬を渡す。
提示された金額はやはり法外なものだったが、背に腹は替えられない。侍はしぶしぶながら
ドワーフに金を払い、小瓶を受け取った。

 こうして、三者三様の買い物を終えると、「夜のボルタック」を後にしたのである。

* * *

「ふう……。今日は、少し体調が悪いんだ。探索は明日にしないか?」
 翌朝。酒場にやってきた三人に向けて、女君主はいつになく気だるげな様子で告げた。
 なるほど、確かに女君主の顔色は優れず、つややかなブロンドも今日ばかりは精彩を欠いて
見える。「風邪か?」と気遣う侍に、女君主は軽く手を振って「大丈夫だ。たいしたことは
ない」と答える。同様に忍者が「あの日か?」と問うが、こちらは黙殺された。
「疲れがたまってるのかもしれませんね。……そうだ、疲労回復には甘いものがいいんですよ」
 司教はそう言って懐から青いキャンディを取りだし、女君主に差し出した。
 それは実に自然な様子で、仲間を気遣う純粋な善意しか感じられないものだった。
 しかし、司教の動きに残る二人の表情が変わった。
「そういえば俺もちょうど良い薬を持っている。まあ、何も言わずに飲め」
「……あー、そうそう。この薬な、忍者の薬の後に飲むと、より効くらしいぞ」
 忍者と侍は、我も我もと怪しげな小瓶を女君主に差し出す。
 青いキャンディ。二つの小瓶。
 女君主はそれらをしばらく無言で見つめる。視線を上げると、満面の笑みを浮かべた三人の
仲間の顔があった。
「そうか。ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」
 女君主はにこりともせずにそう答え、迫る三人に向けて真言を紡いだ。
「MANIFO」
 不意を打たれ、抵抗する間もなく凝固する三人。
 女君主は、三人が差し出した物を、次々と、それぞれの口の中へと放り込んでゆく。
 そして、「今日は宿で休ませてもらう」と言い残すと、静かに席を立った。

 バタン。
 酒場の扉が閉まり、女君主が去ると、三人にかかっていた凝固の魔法がたちまち解ける。
 固まったまま、なす術もなく女君主のすることを見守っていた三人であったが、丁寧に
喉の奥まで突っ込まれたキャンディや魔法薬を、解けた瞬間飲み込まずにいるのは至難の業
であった。
 ごくり。それぞれの喉から、意思に反して飲み込む音が聞こえた。

* 司教は母乳が出るようになった *
* 忍者はもう一本生えた *
* 侍は去勢された *




* それぞれの異常体験に+1 *

(END)