「うう……ん」 
宿のベッドで、アリーが苦しげに寝返りを打つ。 
嫌な夢でも見ているのだろうか? 
それとも、あの恐ろしい光景を思い出しているのかもしれない。 
僕は寝汗で額に張り付いた前髪をそっとすいてやると、冷水で濡らした手巾でアリーの寝顔を清めた。 
浅い呼気の漏れる唇はこころもちいつもよりも血色が薄く、きらめく金色の髪もくすんでみえる。 
無理もなかった。 
長時間の探索、連戦につぐ連戦で僕らは疲労のきわみにあった。 
わずかな休息しかとれずに、魔法を連発しなければならなかったアリーは特にきつかったろう。 
そんな状態で目にしてしまった、あのザジの惨状。 
蓄積した疲労と精神的なショックで僕らはぼろぼろになって逃げ帰った。 
きっと、僕もひどい顔をしているに違いない。 
あのあと、心の壊れたザジを抱えて僕らは途方に暮れていた。 
シュートの部屋のすぐそばに街へのテレポーターを見つけることができなかったら、 
間違いなく全滅していただろう。 
ムックの捜索は無理だ。そう言って撤退を提案した僕に、キサナもヌビアも反対はしなかった。 
ところが、ほうほうの態で街の入り口に辿り着いた僕らは、 
そこで、平然とした顔で待ち構えていたムックを見つけたのである。 
僕らとはぐれた後、合流は無理そうだったので、一人先に帰還していたらしい。 
問い詰めたいことは山ほどあった。 
でも、僕もへとへとだったし、そんなことよりも一刻も早く、 
ザジを、アリーを宿で休ませてあげたかったから、うやむやの内に合流して…… 
「ジ……ル?」 
アリーの声が僕の回想を中断した。 
「やあ……起こしちゃったかな」 
「ううん。私……気を失っちゃったのね……運んでくれてありがとう」 
申し訳なさそうに謝るアリーに、僕は「気にしなくていいよ」とだけ答えた。 
もっと、微笑んで、気の利いた言葉でもかけて、アリーの気持ちをほぐしてあげたかったけど、 
とてもそんな気分にはなれなかった。 
「ザジは……?」 
「……キサナとヌビアが、部屋に連れて行った。今、介抱してるとこだと思う」 
虚ろな目で薄ら笑いを浮かべ続けるザジに、僕らはどうしてやることもできなかった。 
せめて十分な休息をとれば少しは落ち着くだろうと、 
ザジのためにこの宿の一番上等な部屋をとった。 
棟も階も違うから、ここからは少しだけ遠い。 
「そう……」 
アリーはそれきり口をつぐんでしまった。 
重苦しい沈黙が落ちる。 
アリーの心を重くしているものが何か、僕にはわかる。 
もちろんザジへの心配もあるだろうが、もっと差し迫って考えなければならないのは、 
誰がザジをこんな目にあわせたのか、ということだ。 
普通に考えれば、魔物の仕業になるのかもしれない。 
確かに、人型の魔物の中には、女冒険者に対して、 
口に出すのもはばかられるようなむごたらしい仕打ちをするやつらもいる。 
だけど、ザジの身体には目立った外傷はなかった。 
あのザジが、ろくに抵抗もせずに魔物にやられるなんてありうるだろうか? 
僕は、もっと犯人に相応しい人物を知っている。 
そいつにはザジの反抗を封じ、しかもあんなふうに心を壊すような能力がある。 
しかも、そいつはザジと同時に迷宮の闇に消えた。 
はっきり言おう。 
僕は、ザジをあんな目に合わせたのはムックではないかと疑っている。 
いや、確信している。きっと、アリーもそう考えている。 
けれど、いや、だからこそ、それを口にできないでいるのだ。 
「私……ザジの様子を見てくる」 
アリーはそう呟いて、疲労の濃い顔のまま立ち上がろうとした。 
無理をさせたくない。 
僕は起き上がりかけたアリーを押しとどめた。 
「まだ、寝てたほうがいい」 
そして、不安げに僕を見上げるアリーの額に優しく口づけをして、言った。 
「僕が……見てくるよ」 
僕はアリーを残して部屋を出た。 
ヤツがいったい何を企んでいるのか。それはわからない。 
でも、アリーだけは守る。僕が、必ず守るんだ。 
* * *
ロイヤルスイートに向かうには、いったん階段を降りて、帳場の前を抜けなければならない。 
泊り客が歓談できるよう何脚かの椅子が置かれたそこにさしかかると、 
ザジに付き添っているはずのキサナとヌビアの姿が見えた。 
僕は違和感を覚えて二人に近づく。 
「あら、アリエルの具合はどう?」 
キサナが声をかけてきた。 
「さっき起きたけど、また寝かせてきた。……それより、ザジは?」 
「大丈夫よ」 
キサナはにこりと笑って、信じられないことを言った。 
「ムックが看てるから」 
「……なんだって?」 
僕は耳を疑い、交互に二人の顔を見つめる。 
ヌビアは苦虫を噛み潰したような顔をしていたけれど、 
キサナは本当に「これで安心でしょう?」と言わんばかりの安堵しきった表情を浮かべていた。 
「なんで!? あんな状態のザジをあいつと二人きりにするなんて……!」 
「あんな状態だから、よ。今のザジを癒せるのは、専門家であるサイオニックだけでしょう?」 
正論に聞こえるキサナの言葉に、一瞬僕は言葉に詰まる。 
それは……そうだった。 
キサナもヌビアも戦士としては優秀だけど、治癒の術にはさほど精通しているわけではない。 
壊れた心を癒す「セイン・マインド」の魔法が扱えるのは、あいつだけだった。 
「……それにしたって! なんでキサナもヌビアも付き添ってあげてないのさ!?」 
「精神への施術はデリケートだから二人きりにして欲しい……んだそうだ」 
吐き捨てるように答えたのはヌビアだった。 
「そ、んな……」 
なぜ? 僕には二人が理解できない。 
あいつについての認識が決定的にずれている。 
二人ともどうかしてる! 盗賊に財宝の番をさせるようなものじゃないか。 
治せるのがあいつだけ、治すには二人きりにしなければならない、そんなのが理由になるのか。 
だって…… 
「ザジをあんなふうにしたのは、あいつかもしれないのに!」 
僕は大声で叫んでいた。 
それは、まだ胸に秘めておくべき疑惑だったのかもしれない。なにしろ、なんの証拠もないのだ。 
だけど、あの不気味なムークに対する不信感、警戒心のようなものすら、 
二人には欠けているように思えたから。 
一瞬の沈黙があってから、キサナが口を開いた。 
「……ムックを疑っているのね」 
その口調は硬い。僕の言葉に、彼女は明らかに不快を感じたようだった。 
「当然だよ。だって、おかしいじゃないか。二人同時にはぐれたんだよ?」 
「……ダークゾーンの中で、私たちともザジともはぐれた。彼はそう言っているわ。 
 おそらく先にザジがシュートに落ちたのね。それでムックは……」 
「嘘だ。嘘だよ。そんなの。なんでわからないのさ! ザジはそんなに間抜けじゃない!」 
激昂する僕の言葉に、キサナをなじるような響きが混ざり始めた。 
「やめないか」 
ヌビアの鋭い声が飛ぶ。 
有無を言わせぬ一喝に、頭に血が上っていた僕も思わず口をつぐんだ。 
ヌビアはゆっくりとキサナを見つめて、言う。 
「……私も、あいつのことは信用していない。不審な点が多すぎる」 
そして、今度は僕の方に向き直った。 
「だが、確証は何もない。いずれにせよ、ザジが正気を取り戻してから話を聞けばわかることだ。 
 そうだろう?」 
「でも、それじゃ……」 
なおも言い募ろうとする僕を、ヌビアは冷静に制する。 
「わかっている。だから、私が行こう。 
 喧嘩腰のお前が行って悶着を起こしては、治療中のザジにも良くないだろう。 
 施術の邪魔ができぬなら、せめて室内の異変をすぐ察知できるよう、扉の前にでも立っているさ。 
 それなら、文句はないだろう?」 
最後の言葉は僕とキサナ両方に向けられたものだった。 
自分が行けないのは不満だったけど、ヌビアが真剣にザジを案じているのがわかったから、 
何も言えなかった。理に適った提案に、キサナも不承不承というふうにうなずく。 
「では、行ってくる」 
そう言って、ヌビアは槍を担いだまま席をたつ。 
僕は、不安に包まれながら、その後姿を見送るしかできなかった。 
* * *
ヌビアは階段を上がり、ロイヤルスイートを目指す。 
帳場からでも結構な時間がかかった。 
これだけ離れていては、何事かが起こっても気づけなかっただろう。 
そう思うと、キサナに押し切られてムックとザジを二人残してしまったのは 
余りに軽率だったかもしれない。焦る内心に押されて、早足気味だった歩みが更に心持速まる。 
目指す部屋の前に着き、ヌビアはその扉が薄く開いているのに気づいた。 
デリケートな施術と言っていた割には随分無用心ではないか。 
憤りを感じて木扉の取っ手に手をかけたところで、その動きが止まった。 
扉の隙間から漏れ出た中の音。……これは、喘ぎ声、ではないのか。 
槍を握る手がじっとりと汗ばんだ。まさか。いや、そんな馬鹿な。 
ヌビアは逸る気持ちを抑え、扉の隙間からそっと中を覗き見た。 
* * *
「あああっ、ひっ、いいっ、うあぁ、いひぃっ」 
ザジはあられもなく叫んだ。 
ヌビアたちが名を呼んでも、肩をゆすっても、精神を閉ざして返事を返さなかったザジ。 
それが、今、自分に叩き込まれている快楽に対しては、動物的なほど激しい反応を示していた。 
豪奢なベッドの上で、ザジはムックに犯されていた。 
小柄なホビットに、二回りほども大きな毛むくじゃらがのしかかる。 
肥満体のそいつを迎え入れるため、ザジの脚は蛙のように横に開かれ、突き上げの度に力なく揺れていた。 
巨根がザジの小さな体にねじ込まれている様子は、なんとも痛ましく、猟奇的ですらある。 
しかし、ザジが上げているのは苦痛による悲鳴ではなく快楽による嬌声だった。 
腰を浮かせ、巨根を叩きつけられるたびに、正気を失ったような絶叫をほとばしらせる。 
「あ、んああ、ああ……ご、ごひゅじんさまあ」 
でろり。 
ムックの口から、唾液をしたたらせた大きな舌が伸ばされた。 
顎が外れそうなほど巨大なそれに、ザジは夢中になってしゃぶりつき、 
愛しい男の性器を咥えるようにして激しく吸い付く。 
滝のように流れ落ちるムックの唾を飲み込むと、 
ザジはまるで甘露を口にしたような、蕩けきった極上の笑みを浮かべた。 
ヌビアは、束の間、その現実離れした光景に飲まれていた。 
ゆうに一呼吸ほどして、固まった思考が動き始める。 
驚愕が、腹の底から沸き上がる憤怒に取って代わった。 
バタン。丈夫な木扉を怒りに任せて蹴開ける。 
「何を……している」 
押し殺した声でムックに問う。そこには明らかな殺意がこめられていた。 
しかし、ザジにのしかかったまま、上体をひねってヌビアを振り返ったムックは、 
その怒気をはらんだ声に微塵の動揺も見せず、にたりといやらしい笑いを浮かべた。 
「ザジから離れろっ!」 
ヌビアは叫び声とともに飛びかかっていた。 
巨大な標的に向けて、覆いを払った槍の穂先を躊躇なく突き出す。 
明確な殺傷の意思をもった切っ先は速く、鋭く、 
いまだザジにのしかかったままのムックには逃れる術はないかに見えた。 
だが、槍は空しく空を切る。 
突き刺さろうかという瞬間に、ムークの巨体がふっと霧消したのである。 
ヌビアの猫の瞳が驚愕に見開かれた。 
……しまった、「ブリンク」か。 
気づいた時には既に遅かった。 
瞬きの間にヌビアの背後に転移したムックが、二つの呪文をヌビアに叩きつける。 
ヌビアは気配を察知して背後に石突を繰り出すが、 
その一撃はさきほどの渾身の突きとは比較にならぬほど、遅く、そして弱弱しいものだった。 
先端はムックの腹部をとらえるが、その獣毛にほんのわずかめり込んだだけで跳ね返される。 
どころか、その脂肪の弾みだけで、ヌビアの体は手もなくバランスを崩し大きくよろけた。 
ムックの右手が無造作に振り回された。 
まるで小バエを払いのけるような軽い動き。それがヌビアの肩をとらえる。 
フェルパーにしては背の高いヌビアの身体は、それだけで吹き飛んだ。 
力で堪えることも、敏捷に受身を取ることも出来ず、惨めに転げ回る。 
鍛え抜かれたヌビアの肉体は、「スロー」と「ウィークン」によってひ弱で鈍重なものに変えられていたのである。 
余りにも呆気ない幕切れだった。 
ヌビアは槍を取り落とし仰向けに寝転ぶ。 
余力を振り絞って跳ね起きようとしたところに、ムックの手がぬっと伸ばされた。 
ヌビアの片足を捉え、むんずと引き寄せる。 
そして、もう片方の手を彼女の革のスカートにかけると、恐るべき怪力で腰布ごと引き千切ってしまった。 
「や、めろっ」 
ムックの卑劣な意図を察したヌビアは、反射的に片足を突き出す。 
革のブーツの硬い靴底は陵辱者の顔面を直撃した。 
だが、ムックは踵を獣毛にめり込ませたまま、嗤う。 
弱体化された彼女の蹴りなど、ムックにとっては蚊の刺すような一撃でしかなかったのである。 
ムックは顔面にめりこんだブーツのくるぶしを空いた手で掴む。 
これでヌビアはその両足をムックに封じられた格好となった。 
「なっ」 
両足が勢い良く引っ張られ、高く掲げられる。 
ヌビアはあられもなく股を開かされ、脚をY字に固定されてしまった。 
股間を覆うものは何もなく、ヌビアの秘所が赤裸々に晒される。ひどく恥辱的な姿勢だった。 
ぴとり。 
股間の、やや人よりも濃い茂みの上に、ぬめり輝く何かが乗せられた。 
鎌首をもたげた蛇のように、屹立するそれは股間からヌビアを見下ろす。 
それが何か、ヌビアにはしばらく理解できなかった。 
それくらい大きかったのである。 
子供の腕ほどはあろうか。 
しばしヌビアを睨み付けていたその頭が、すっと引っ込められる。 
まるで獲物に襲い掛かる直前の「溜め」のようなその動きに、フェルパーは反射的に身を竦ませる。 
ヌビアは、自分の入り口に巨大な何かが押し当てられたのを感じた。 
肉の裂ける音がした。 
それは幻聴であったかもしれないが、ヌビアの身を貫く激痛は本物だった。 
「ぐあっ!……あ、あ、あ、」 
ザジの膣内から抜き放って間もない巨根には、ホビットの粘度の高い愛液がまとわりついていた。 
それが潤滑油となって、まだなんの準備も整っていないヌビアのそこを無理矢理に貫いてゆく。 
腹の奥に重苦しい圧迫感が走った。内臓が揺さぶられる不快感。 
信じられぬことに、ヌビアの成熟した体はあの異常な巨根をすべて飲み込んでしまっていた。 
全身が鳥肌立ち、嫌な汗が止まらない。 
膣内の襞という襞が押し開かれ、引き伸ばされる。 
だがその苦悶に慣れる間もなく、最奥に達した剛直は勢い良く引き抜かれた。 
「……っ!」 
内臓が全て引きずり出されるような衝撃。 
喉まで出かかった悲鳴を、ヌビアは唇を噛んで堪えた。 
戦士としての誇りがなければ、絶叫していただろう。 
それくらいの激痛、苦悶、不快感だった。しかも、これはまだほんの手始めに過ぎないのだ。 
ムックの動きには容赦がなかった。 
叩きつけるように腰を使い、ヌビアを掘削する。 
ヌビアは必死で抗った。 
圧し掛かってくる巨体を猫の爪を突き立て、鍛えぬいた腕力で押し返そうともがく。 
しかし、今の彼女の力では、小娘がいやいやと手を押し出すほどの抵抗にしかならない。 
ヌビアは苦痛に耐えるだけでなく、恐怖とも戦わなければならなかった。 
弱い女の自分を剥き出しにされる恐怖。 
だから無駄な抵抗とわかっていてもあがきを止めない。 
それが戦乙女である彼女の最後の矜持だった。 
出し抜けに中の剛直が脈打つ。 
熱い精液が吐き出された。膣の奥が焼け付くような感覚。 
屈辱で身が震えた。だが、安堵したのも確かだ。 
堪え切った。そう、思ったからだ。 
放出を終えた巨根がずるりと引き抜かれる。 
すると、力尽きたヌビアの体がごろりとうつ伏せにひっくり返された。 
訳がわからずにいるヌビアの尻尾を毛むくじゃらの手が無遠慮に掴む。 
開き切った秘所に、いささかも衰えぬ巨根の先が付けられた。 
「ば、化け物……!」 
ムックの意図を察してヌビアが呻いた。 
あれだけ激しく自分を犯したばかりだというのに。 
ムックの手に力がこもる。敏感な部位を引っ張られヌビアの尻が追うように突き出された。 
そこに、再び巨根が打ち付けられた。 
@
……どれくらい経っただろう。 
ムックは底無しだった。幾たびも放出しながらも、まったく変わらぬ激しさでヌビアを責め続けた。 
既にヌビアはぼろきれのような有様だった。 
四肢は抗う力を失い投げ出され、半開きの口からは絶え絶えの吐息が漏れるのみ。 
数え切れないほどの射精でヌビアの膣内は溢れていた。 
剛直が深々と突き刺さると、まるで冗談のように、ぶびゅっと音を立てて精液が押し出される。 
もはや痛みはなかった。 
ただじんじんと麻痺したような鈍い感覚の中で、 
巨根が引き抜かれるときだけ、電流のような甘い痺れが背筋に走る。 
それでもヌビアの心だけは、ささやかな抵抗を続けていた。 
ここで心を折ってしまえば、蹂躙される恐怖すら快楽に変わることはわかっていた。 
オスに貫かれ泣き叫ぶだけのメスであることを認めれば、いっそ楽になれる。 
だが、彼女の仕える蛮勇の神は、決してそのような怯懦を許しはしないだろう。 
それだけが、朦朧とする意識の中での彼女の支えだった。 
また、彼女の中で剛直が脈打つ。もう何度目になるかわからない射精だった。 
血が滲むほど唇を噛んで呻きを堪えるヌビアの顔を、ムックの無骨な手がとらえた。 
顎を掴み、その顔を力ずくで自分に振り向かせる。 
ムックは下卑た笑みを浮かべていた。 
それは絶え間ない陵辱に屈服した彼女を嘲っているようだった。 
ヌビアの中に憤怒と嫌悪がないまぜになった殺意が沸き上がる。 
誇り高い自分がこんなケダモノに屈するわけにはいかない。 
「……下衆め」 
ヌビアは折れかけた心を振り絞ってその毛玉のような顔に唾を吐きかける。 
だがムックの笑みはいっそう深まった。 
ヌビアは勘違いしていた。ムックは彼女が屈服したと思い込んで嘲笑っていたのではない。 
彼女の心がまだ折れていないことを確認して喜んでいたのである。 
敗北にも陵辱にも屈しない戦士の魂。 
それを砕くことにこそ、彼は至上の喜びを感じるからである。 
ムックはもごもごと呪文を唱え始めた。 
「ひっ……!」 
ヌビアの顔にはじめて怯えのようなものが走る。これ以上、自分に何をしようというのか。 
そして、「テラー」の呪文が完成する。 
張り詰めていたヌビアの心が、一瞬にして恐怖に染め上げられた。 
信仰と誇りで跳ね除けていた、恥辱、嫌悪、敗北感、無力感、そして快楽が一気に彼女の心に流れ込む。 
部屋に絶叫が木霊した。 
(つづく)