もし、あまりにも危なければ、いつでも引き返してきてここから外へ逃げられる。
そんな安心感と共に、俺とネルラは城門をくぐった。
 フーム……しかし、どうもそういうわけにはいかなくなったようだ……。

 ぴくりとも動く気配を見せない格子戸を恨めしげに見つめながら、俺は小さく
ため息を吐いた。先程ノック・ノックも試みたが、呪文はなんの効果も現さなかった。
理由はわからないが、俺たちはどうやらこの古城に閉じ込められてしまったらしい。
 本格的に探索するつもりはなかった。この古城に関する噂が信用できるものかどうか
確かめるため、ほんの下見のつもりで訪れたのだ。万一に備えて多少の薬や食料は用意
してきたが、十分とは言い難かった。何より俺たちはたったの二人しかいない。財宝の
気配がありそうだったら、町に引き返して改めて仲間を募ろう……そう思っていつもの
相棒だけを連れて来たのだが、その慎重さが裏目に出た。
 廊下のはるか彼方から、何かが動きまわるかすかな物音が聞こえてくる。この城の
中にはどの程度の危険が待ち受けているのだろう。それはたった二人の戦力で
切り抜けられるものなのだろうか。考え始めると、再び小さなため息が漏れた。

 ふと、相棒の戻りが遅いことに気づく。
 城に着くや、用を足すと言って一人で角の物陰に消えていった。女の事情を詮索する
つもりはないが、それにしても少々時間がかかり過ぎている気がする……。

「待たせたな、ヤン」

 気にし始めた矢先に当の本人から声がかかり、俺はあからさまにほっとした。

 声の来た方を振り向くと、暗闇の中から、妙に扇情的な格好の女が姿を現した。
 きつめだが、人間の尺度でも美形といってよい顔立ち。胸部が膨らんだ女物の革の
胸当てを地肌に身につけ、大小二本の刀を吊る腰部には、申し訳程度に腰布一枚を
巻きつけている。下半身の防備は膝下に巻いた革のゲートルだけであり、すらりと伸びた
太ももは、腰骨から膝まで、一糸纏わずさらけ出されていた。
 とはいえ、露出された太ももは足の短い茶褐色の柔毛で覆われており、肩に届かない
短めの銀髪からは獣の耳が二つ、ぴょこりと顔を出している。女は女でも、ネルラは
フェルパーだった。
 人間の女がしたら露出癖を疑う格好であるが、自前の毛皮のせいで厚着の習慣を
持たないフェルパーにとっては、格別おかしな装いではない。もっとも、そうは言っても
俺のような人間の男には少々目の毒だったが。

 辺りを照らすランタンの明かりに、ネルラの瞳の虹彩がすっと細まった。
「……扉は開きそうにないか?」
「ああ。呪文も効かないし、処置なしさ。とにかく別の出口を探すしかないな」
「それは……困ったな」
 呟くネルラの表情はいつも通りの仏頂面だったが、尻の上から伸びた茶色い尻尾は
バタンバタンと大きく左右に揺れていた。苛立ち……いや、焦りか? どうやら本当に
困っているらしい。そこでようやく俺はネルラの様子がおかしいことに気づいた。
 目元が潤み、耳は力なく垂れている。いつもはサムライらしくピンと背筋を張った
姿勢を崩さないネルラが、片足に体重をあずけ、気だるげに腰をくねらせていた。

「おい……どうした? 体調でも悪いのか?」
 相方の異常に不安を感じた俺は疑問を口にする。
「ん? ああ」
 ネルラは熱い吐息交じりで答えた。
「……どうやら、始まってしまったらしい」
「始まる? 何が? 熱でもあるのか?」
 要領を得ない答えだった。俺はネルラの顔を覗き込むと、体温を測ろうと何の気なしに
その額に手を伸ばした。
「さ、触るなっ!」
 パシッ。
 俺が伸ばした手を、ネルラはほとんど反射的に撥ね退ける。
 過剰な反応に驚く俺を、ネルラはバツが悪そうに見返して言った。
「……触れられたら、堪えられなくなりそうなんだ」
「堪える……? 随分具合が悪いみたいだな?」
「心配、するな。病気ではない。……さっき、キュアライトコンディション(軽症治癒の薬)
を飲んだから……しばらくは大丈夫だ」
 そう言いながらも緩く肩を上下させる。その少しも大丈夫そうではないネルラの
様子に、俺はますます不安を駆り立てられた。
「……本当に、大丈夫さ。下手に休んでも焼け石に水だ。とにかく、どうにかしてここを
脱出するしかない。そうだろう? 城を探索して出口を見つけなければ」
 そう言うと、ネルラは顎を持ち上げて俺を促す。痩せ我慢なのは明らかだったが、
確かに閉じ込められた現状のままではどうすることもできない。俺は不承不承頷かざるを
得なかった。

 * * *

「んなああっ!」
 裂帛の気合とともにネルラが刀を振るい、汚らしい大鼠の最後の一匹を仕留めた。
 もう一度辺りを見回し、動くものがないことを確かめると、俺はようやく緊張を解き、
構えていたスタッフを下ろす。
「ネルラ、怪我はないか?」
「……大丈夫だ」
 言葉少なの答えが返ってくる。確かに大きな負傷はないようで、惜しげなくさらされた
太ももにも流血は見られない。だがネルラの呼吸は荒く、筋肉質に締まった肩を激しく
上下させている。腰のあたりが覚束なく、今にも倒れそうな有様だった。
 鼠どもはちょこまかと敏捷で決してくみし易い敵ではなかったが、俺が魔法で眠らせ、
その隙にネルラが片付けるという連携でどうにか対処できた。今のネルラの尋常でない
様子は、明らかに戦闘のせいではない。……どうやら薬の効果が切れてきたようだった。

 外壁に沿った大雑把な探索の結果、城の一階部分には例の格子戸のほか外への
出入り口はないことが判明した。まるで堅固な牢獄を思わせる構造に呪いの言葉を
吐きつつ、次に俺たちが目指したのは階上だった。
 防衛上の理由で一階部分が密閉されていたとしても、二階以上に上がれば露台や窓が
見つかるかもしれない。とにかくこの忌々しい石壁の向こう側に通じる場所を探せば、
脱出の算段もつくのではないかと期待したのである。
 戦闘を重ねるごと、相方の体調は見る見る悪くなっており、もはや一刻の猶予もない
ものとひたすら階段を上がっていたのだが……どうやらネルラの限界の方が先に来て
しまったようだった。



「魔法を使い過ぎた……ここで少し休憩しないか?」
 なるべく自然に切り出したつもりだったが、その提案はネルラの自尊心を傷つける
ものであったようだ。ネルラはキッと振り向く。その顔は相変わらずの仏頂面だったが、
尻尾が激しく左右に揺れていた。焦り……いや、これは苛立ちか。
「嘘をつけ。お前の限界はこんなものじゃないはずだ。……ヤン、私は大丈夫だと
言ったはずだぞ。いらん気遣いはするな」
「お前こそ無理はよせ。そろそろ薬も切れてきたんじゃないか?」
「……」
 俺の推測をネルラは肯定も否定もしなかった。こいつは悪い奴ではないが、意地を
張りすぎるきらいがある。ふらつく足取りを見れば、次の戦闘には耐えられないのが
明らかだった。
 だが、それでも、この気位の高いフェルパーは、自分が足を引っ張っているという
事実を認めたがらなかった。
「口論はしたくない。とにかく外へ出るのが先だ。……もう随分階段を上った。そろそろ
この塔の天辺に出てもおかしくない。それを確かめてからだ」
 ネルラはそう言うと、取り付く島もなく、背を向けて歩き出したのである。

 その後姿に俺は小さくため息をもらした。まったく強情な奴め。
 だが今回ばかりは、これ以上無理をさせるわけにはいかない。一人で上り階段に
向かうネルラを止めようとしたところで、俺はかすかな、みしり、という何かが軋む音を
聞いた。
「危ない!」
 咄嗟にネルラの手を引くことができたのは我ながら間一髪だった。
 今しがたの戦闘の衝撃のせいだろうか、老朽化していた天井の支え木が一本、とうとう
自らの重みに耐えられなくなって崩れ落ちてきたのである。
 轟音とともに重い木材が落下し、先程ネルラがいた位置を直撃した。

 もうもうと埃が舞い上がる。俺はローブの裾で口元を覆い、腕の中に抱いたネルラを
覗き込んだ。
「大丈夫か?」
 思いのほか間近にあったネルラの顔に俺は息を呑む。
 フェルパーといってもネルラの顔の造作は人間そのものだ。アーモンド形の瞳の美女
といってよい。薄い柔毛が顔全体を覆う中、高い鼻梁の先の部分のみ、綺麗に、整えた
ように、あるいは剃ったように黒い地肌がのぞく。そこだけなんとも肉食獣の鼻めいて
いるが、見慣れた俺にはたいそう愛らしく見えた。口元からは凶悪な四本の犬歯がのぞいて
いたが……まあ、それでも愛らしいと思ってしまったものは仕様が無い。

 だがそんな場違いに呑気な感想を抱いた俺をよそに、ネルラの反応は少し異常だった。
 猫の鼻が少しひくついたかと思うと、上唇を半開きにし、浅い呼吸を繰り返す。まるで
口で臭いを嗅いでいるかのような奇妙な態であったが、みるみるうちに目元が蕩け始める。
「に、においが……お前のにおいが……」
 ぶつぶつとうわ言のように呟いたかと思うと、腕の中でネルラの身体が小刻みに震え
始めた。
「お、おい! 大丈夫か?」
 抱きとめたまま体を揺するが、ネルラの意識は既に飛び始めていた。
 突然、びくん、と背骨を反らせたかと思うと、とろんとした瞳が裏返り白目を
のぞかせる。
「はっ、はっ、はっ、はああああああっ」
 熱い吐息のほとばしりと共に、ネルラは甲高い鳴き声を上げた。
 そのままがくりと首の力が抜け、糸の切れた操り人形のように俺の胸に倒れこむ。
 ぷしゃああ。
 ローブを濡らす不快な感覚に視線を下ろすと、ネルラの腰布から黄金色の液体が
勢いよく零れ落ちていた。
 ネルラは失神と同時に失禁していた。

 * * *

 久しぶりに味わう外気は爽快だったが、塔の天辺からの眺めは俺の気分を滅入らせる
だけだった。上を見ればどんよりとした雲が立ち込め、下を見れば火を吹く裂け谷が
城の麓まで延々と続いている。谷からは、遠い過去の遺物のように、煙の柱が立ちのぼって
いた。
 塔の縁から直下を覗くと、ここから脱出するという試みがまったく馬鹿げたもの
であることにすぐに気づく。天辺から地面まで垂直の石壁で結ばれ、足がかりひとつない。
たとえロープのようなものがあったとしても降りるのは無理だろう。足を滑らせれば
即死できるような高さだった。
 ここからは窓ひとつない異常な構造の城の全貌が見渡せる。この塔の他にも三つの尖塔が
見えたが、どこも同じような様子だろう。城を脱出しようと思ったら、どうやら本格的に
隅々を探索するしかないようだった。

 あの後、失神したネルラを抱えて、俺は最後の階段を上った。
 階段はネルラの推測通り塔の天辺に通じていたが、そこから脱出するのはどうやら
無理そうだった。脱出の目処も立たず、肝心の相棒には意識がない。幸い、階段の脇に
小部屋を見つけたので、そこにネルラを横たえた。そして、俺は扉の前に座り込むと、
絶望的な気分で塔の最上階からの眺めを見渡していたのである。

 時折ばさばさと大きすぎる羽音を立てて、巨大な蝙蝠が塔から塔へと飛び移っていくのが
見えた。奴らが襲ってきたら、俺は一人で撃退しなければならない。魔術師一人でどこまで
できるかわからなかったが、とにかくもネルラが意識を取り戻すまではここで俺が扉を
守り抜くしかなかった。

 そうしてどれくらいの時間が経ったろうか。しばらくして、扉越しにネルラの声が
聞こえた。
「ヤン……そこにいるのか?」
 その声は弱弱しい。僅かな休憩ではネルラの状態を回復させるには至らなかったようだ。
 俺は短く答える。
「ああ」 
「……まったく、醜態をさらしてしまったな」
 ネルラは自嘲の呟きを漏らした。
「息が荒いぞ。まだ休んでおけ」
 俺は「醜態」についての言及は避け、ぶっきらぼうに言い放つ。
「……すまん」
 そう答えながらも、ネルラが部屋の中で起き上がる気配がした。木製の薄い扉に、何か
大きなものがもたれかかる音がする。扉を挟んで背中越しに、俺はネルラに話しかけた。
「お前に持病があるなんて知らなかったぜ」
「……時期的に来るかとは思ったんだがな。直ぐに戻る予定と聞いたから、薬で誤魔化せる
と思った……私の体調管理不足だ」
 声音には自責の念が含まれていた。
「わかっていたのか。……だったらなおのこと、なんで無理について来たんだ? 今回は
飽くまで探索のための下見だと言ったはずだぞ」
 責めるつもりはなかったが、事前に聞かされていたら俺はネルラの同行を拒んだだろう。
もともと一人で視察に来る程度の軽い気持ちだったのだ。
「ばか……何があるかわからん場所に、魔術師一人で行かせられるか。それに……嫌な
予感がしてな。虫の知らせというか。……ふふふ、こうして閉じ込められてしまった
わけだし、それは当たっていたことになるかな。お前一人だったら今頃鼠の餌食だ」
「……馬鹿野郎」
 吐き捨てるように言って俺は押し黙る。
 薬も切れた。僧侶ではない俺には、どうしたらネルラの「病気」を回復してやれるか
見当もつかない。

 しばらく無言の間があって、再びネルラが苦しそうに口を開いた。
「なあ? ……お前と組むようになって大分……経つが、正直なところ……私のことを、
どう、思っている?」
 唐突な問いかけだった。意図をつかめず、俺は間抜けな声を上げる。
「んあ? いきなり何を」
 言っているんだ、という言葉を最後まで口にすることはできなかった。
 がたん。背後の扉が勢い良く内に開いたからだ。
 咄嗟のことに思わず、扉にもたれていた背中から部屋の中に倒れこむ。

 部屋の中は真っ暗だった。
 少なくとも、外の明るさに慣れた俺には何も見えない。
 そして、その真っ暗な空間に、なんとも言えぬメスの臭いが充満していた。獣地味た
甘ったるい芳香の中に、つんと鼻腔を突くような酸味が加わる。濃厚な淫臭に一瞬で
意識が朦朧としかけたところで、ぐいと首根っこを捕まれた。
 驚くべき力で室内に引きずり込まれると、鼻の先で音を立てて扉が閉まる。
 訳がわからないまま、俺は石床に引き倒され、気がつけばネルラに馬乗りにされていた。
腹のあたりに重量がかかり、ネルラの尻が乗っかっているのがわかる。そこから
ローブ越しにじわりと何かの液体が染み出してきていた。両肩はがしりと捕まれ床に
押さえつけられている。ネルラの掌はびっくりするくらい熱を帯びていた。
 体勢からいって、俺の顔の先の暗闇にはネルラの顔があるはずだが、まだ目が慣れず
何も見えない。ただその暗闇の中から、はあっ、はあっ、という荒い呼吸音だけが聞こえて
きた。
 ぴちゃり、という音とともに顔に何かが降ってくる。しばらくして、それがネルラの口から
垂れた唾液ではないかということに思い至った。

「お、おい。なんだってんだ?」
 動揺を隠せず問う俺に、ネルラは暗闇の中から答えた。
「発情期だ」
「は、……発情期だって?」
「猫に、あるだろう? 発情期が。フェルパーにもある」
「お前の体調がおかしかったのはその、発情……」
「そうだ」
 俺は軽く混乱する。ネルラの「病気」がどうやら生理的なものらしいことに多少安堵を
しつつ、一方でいまだ状況を飲み込めずにいた。発情期か。なるほど。で、それと俺が
今押し倒されていることにはなんの関係があるのだろうか?
「薬も切れた。さっき嗅いだお前の臭いが頭を離れない。……すまんが、もう、我慢の、
げん、か、い……だっ!」
 搾り出すようにそこまで言うと、肩を掴んでいたネルラの手がぎゅっと俺のローブの襟を
握り締める。そして恐るべき力で厚手の布を引き裂いてしまった。

「ああ……お前のにおいがする」
 上着を引き裂かれてむき出しになった俺の上半身に、ネルラの鼻先がぴっとりと突きつけ
られる。熱を帯びたネルラの全身の中で、その部分――猫の鼻だけは、しっとりと濡れて
冷たい。ひくひくと動く猫の鼻が自分の胸に押し当てられる感触は少しだけ心地良い。
「ネルラ……」
 この期に及んで俺にはまだためらいがあった。いや、戸惑っていたと言ってもよい。
普段の仏頂面で取り澄ましたネルラと、今目の前で獣欲に溺れている雌猫が上手く結び
つかなかったためでもある。

 だが、もはや理性をかなぐり捨てたネルラに躊躇はなかった。
 フー、フー、と荒い息を吐いたかと思うと、その口から長い舌が伸ばされる。
 ぴちゃ。ぴちゃ。
 いやらしい音を立てながらネルラの舌が俺の胸と、腹と、首筋を這い回る。獲物の肉を
削ぎ落とす肉食獣の舌が、たっぷりと唾液をまぶし、ねっとりと蠢く。もしネルラが、
興奮のあまり、今自分が舐めているのが脆弱な人間の皮膚なのだということを
忘れてしまったなら、肉ごとこそぎ取られてしまってもおかしくはない。そう思うと
凶器を突きつけられているようで恐ろしくもある。だがネルラの舌の動きは飽くまで
優しく、人間の舌の愛撫とはまた違った痛痒い心地よさを与えてくれる。
 無言で舌での奉仕に没頭するネルラの様子とあいまって、その刺激は否応なく俺を
昂ぶらせた。たとえこれが発情期の本能に支配された行動だったとしても、ここまで切実に
求められて答えない男などいるだろうか?

 ネルラは胸の双丘をぐにゃりと押し付け、俺の首元に舌を這わせる。俺はほとんど
無意識に、その銀色の髪へと手を伸ばした。
 掌でつややかな髪を撫でると、ネルラの頭がびくりと震えた。そして、ちょうど喉を
撫でられた猫のように、心地よさそうに喉を鳴らす。俺の指先がうなじにさしかかると、
リラックスの中にも性感が入り混じるらしく、時折電流が走ったように身体を小さく
震わせた。

 やがて、俺の上半身を唾液まみれにしたネルラはゆっくりと身体を起こした。
 俺の腰に膝立ちに跨ったまま、上体を起こしてうっとりとこちらを見下ろす。
 張りのある乳房を自分の両手で押し上げ、俺を挑発するように腰をくねらせて深い
ため息をついた。
「はあああ、ああ……ヤン……私のいやらしい身体を見てくれ……」
 その頃には暗闇に慣れた俺の目は、ネルラの裸身をはっきりと捉える。闇に浮かび上がる
その身体は紛れもなく女だ。いや、雌だと言ったほうが良い。ネルラの両手の中で形を
変える控えめだが張りのある乳房。鍛え抜かれた戦士の身体ははっきりとしたくびれを
残す。全身から流れ出た汗は体毛にまとわりつき、その凹凸のはっきりした身体に茶褐色の
光沢を浮かび上がらせていた。

「んなあっ!」
 腕を伸ばし尻肉を鷲掴みにすると、ネルラは喜悦の鳴き声を上げた。しっとりとした
上質のベルベットのような肌触りの中に、筋肉のしっかりとした揉み応えが返ってくる。
その揉み心地を味わいつくそうと手に力を込めると、ネルラは喉を鳴らしていやいやと
身をよじらせる。
「ああ、あ、あ、」
 上体を起こしてネルラの乳房にむしゃぶりつく。柔らかなそこは体毛も薄く、頂点は
地肌がむき出しになっている。俺は固くしこった乳首に乱暴に噛み付いた。
「んなああ、あ、あ、んああああ」
 獣のような乱暴な愛撫に、ネルラは髪を振り乱してよがる。内股に手を這わせると、
そこは湯気立つほどに溢れ出た愛液でぐっしょりと湿っていた。

 顔を上げると、今まで見たこともないような淫蕩な笑みを浮かべたネルラがこちらを
見下ろしていた。
「どう……だ? 私の、身体は?」
「……ああ、最高だ」
「……して、くれるよな?」
「もちろんだ。……実はずっと前からお前とこうしたいと……」
 ネルラは俺に最後まで言わせず、貪るように唇を重ねてきた。長い舌を伸ばし、俺の
口腔内で蠢かせる。ネルラの舌の裏側は表とは違いひどく柔らかい。俺は自分の舌を絡め、
その柔らかな粘膜を味わい尽くす。長い舌を挿し込んだまま、ネルラは、フー、フー、と
荒い鼻息を立て続ける。互いの唾液を流し込み、吸い尽くす。それは口づけというよりは
もっと原始的な何かで、俺たちはお互いの口周りが唾液でまみれるほど貪り合った。

 激しい口づけを終えると、俺は蕩けきったネルラをそっと腰から下ろす。
 立ち上がり、ベルトを外し、ネルラによって引き裂かれたローブの残骸を脱ぎ捨てた。
自由になった一物は痛いくらいに怒張していた。

 振り返ると、ネルラは床にうつ伏せになり、尻だけを高く掲げてこちらに向けていた。
尻尾がゆっくりと左右に振られ、まるで挿入をねだっているような淫猥な動きを見せる。
俺は手を伸ばしネルラの秘所に触れた。
「うな、あ、いやあ」
 焦らされていると思ったのか、ネルラが媚びた悲鳴を上げる。

 フェルパーのそこは人間のものと何も変わらなかった。充血した肉びらの周りは、
茶褐色の体毛ではなく髪と同じ白銀の陰毛が囲う。そこは粘度の高い液体でてらてらと
輝き、陰毛の先からは絶え間なく溢れる愛液が糸になってこぼれていた。
 ネルラは尻を左右にふり、陰部を擦りつけるようにして俺をねだる。もう我慢できない
という様子だった。俺も、ネルラも、もはや挿入しか考えてなかった。
 尻たぶを両手でがしりと掴む。俺はネルラのとろけきった陰唇に自分のものを
突きつけた。先端にぬるりと淫液がからみつく。俺の眼下で、ネルラの尻尾が小刻みに
上下する。緊張に毛穴が締まったせいか、毛が立ち上がり尻尾が一回りほど膨らんだ。
ネルラは挿入を期待し、どうしようもなく興奮しているようだった。

「いくぞ」
 それだけ呟くと、俺は返事を待たずに一気に腰を進める。
 茹だりきったそこは何の抵抗もなくぬぷぬぷと男根を飲み込んでいく。
 火傷するかと思うほど熱いネルラの体温が俺を包んだ。

「んあ、んあ、んんなああああおおおう」

 ネルラが鳴いた。赤ん坊の泣き声のような、ただ喉を震わせ声帯を酷使するだけの
絶叫だった。ネルラはここが危険な魔物の巣窟であることも忘れ去ったらしく、あたり
はばかることなく、甲高い、動物的な鳴き声を振り絞った。
 すると、絶叫と共に、緩みきっていたネルラの中が急速に締まっていった。膣壁が
充血し、すんなりと入ったのが嘘のように俺の肉棒をきつく締め付け始める。
 俺を逃すまいと収縮するネルラの中を、力づくでこね回すように、ゆっくりと腰を
前後させる。膣襞が絡みつき、陰唇がだらしなく開く。奥を突き上げる一突きごとに、
ネルラは身も世もない絶叫をほとばしらせた。

「んあう、あっ、んなっ、うなああおう、んなああっ、あっ」
 ネルラの鳴き声はもはや悲鳴に近かった。男に蹂躙され、涙を流し、苦痛に喘いでいる
ようにさえ見える。だが流れ続ける愛液と絡みつく肉が、それが悦びの声だということを
俺に教えてくれる。
 ネルラは足をぴんと突っ張り、背骨を限界まで反らすと、尻を高く上げて貪欲に快楽を
貪る。時折、耐え切れず床に爪を立て、がりがりと掻き毟る様は獣そのものだった。
だが、そのネルラに覆いかぶさり、押しつぶすようにして夢中で腰を振っている俺も
獣そのものであったろう。傍から見たら野獣の交尾に見えたに違いない。

 ネルラはもはや意味のある声は上げなかった。喉を振り絞り、断続的な鳴き声を上げ、
体中からは汗を、股間からは愛液を垂れ流し続ける。声はかすれ、全身がびくびくと
小刻みに痙攣していた。
「くっ」
 俺も限界だった。理性を吹っ飛ばした獣の交わりの果てに、かつてないほどの強烈な
射精感がこみ上げてくる。俺はひときわ深く突き入れると、ネルラの体内のもっとも
奥深くに子種をほとばしらせる。

「んんなあああああごおおうっ!」

 放出と同時に、ネルラが吠えた。限界まで仰け反らせた喉を震わせ、城中に響き渡ろうか
というほどの大声を張り上げる。両肩がびくん、びくん、と跳ね上がったかと思うと、
そのまま地面に突っ伏してぴくりとも動かなくなった。

 俺は最後の一滴までをネルラの膣内に注ぎ込むと、一物を抜き、息を喘がせたまま後ろの
壁にもたれかかった。かつてない激しい性交に、身体が悲鳴を上げていた。

 すると、俺と同じように大きく肩を上下させていたネルラが、ゆっくりと起き上がり、
こちらに近づいてきた。
 俺の腰を跨いで仁王立ちになり、俺が背にした壁に両手を突いてこちらを見下ろす。
俺の目の前には、先程まで思う様味わいつくしていたネルラの股間が突きつけられる。
精液と愛液の混合物がだらしなく垂れている様はひどく扇情的だった。
 ネルラは片手をそこに沿え、ぐいと陰唇を開く。
 何をするのかと見上げた俺に、ネルラはにこりと笑った。それは普段の仏頂面とも、
先程の理性の飛んだ淫蕩な表情とも違う、なんとも不思議な表情だった。
 ぷしゅっ、ぷしゅっ。
 ネルラの股間から飛沫が飛び、俺の全身にかかる。
 断続的に少量吐き出されたその液体から、むっとするような匂いが立ちのぼる。それは
尿の臭いとも違う、ネルラの体臭としかいえないような強烈な匂いだった。
 その匂いに朦朧としながら、俺はネルラの声を聞いた。

「私はお前のものだ。ヤン。……そしてこれで……お前も、私のものだ……」

 * * *

 精も根も尽き果てるような強烈な交わりだったが、それで終わりではなかった。
 歯止めの効かなくなったネルラはあの後も更に俺を求め続け、すっかりネルラの身体の
虜になっていた俺は、自分の限界を超えてそれに答え続けた。お互いにもう何回果てた
かもしれない。あれだけ大声を上げて城の魔物たちに気づかれなかったとは思えないが、
その間一度も襲撃に会うこともなく、俺たちは互いに互いを求め続けた。

 そしてその交わりは、実はまだ続いている。
 ネルラは今、俺の股間に顔を埋めてしきりに肉棒にしゃぶりついている。舌の表を
使われたら大惨事間違いなしだが、フェルパーの長く柔軟な舌は、器用にも柔らかな
裏側だけを使って俺の肉棒を舐めたてる。
 俺は余りの心地よさに、もはや出すものもないのに勃起してしまいそうになった。
「はあ、はあ、……な、なあ? 発情期って奴はいつまで続くんだ? これじゃあ体力も
続かんし探索もままならないぜ」
 半分はネルラを止めようというつもりで、俺は疑問を口にした。
 ちゅぽん、という小気味の良い音とともに、ネルラの口が肉棒から離れる。
「わからん」
「え?」
 その短すぎる答えに俺は思わず聞き返す。
「一週間かもしれないし一ヶ月かもしれない。だが手っ取り早く止める方法もある。今、
それを試しているところだ」
「そ、そうか。それは助かる……で、その方法ってのはなんだ?」
「妊娠だ」
 またしても短すぎる、そして意外性に溢れた返事に、俺は呆気に取られた。
 ネルラは面白がるように俺を見上げて言葉を続ける。
「子を孕めば発情期は止まる」
「は……ら、む?」
「お前もそのつもりで馬鹿みたいに中出ししてたんじゃあないのか? ことによっては
もう受精しているかもな。責任はとってくれるんだろう?」
 唖然とする俺をよそに、ネルラはそういって舌の表側を肉棒にぴたりと付けた。肉食獣の
舌のざらりとした表面が俺の敏感な表皮に触れる。はあっ、と熱い吐息がかかった。
一歩間違えばそこが一生使い物にならなくなるような状態とあいまって、ネルラの
言葉はちょっとした脅迫だった。
「も……ちろん、そのつもり、だ」
 喉の奥からかすれる声で搾り出した言葉に、ネルラは満足そうに笑って言った。
「そうだろうとも」
 そして剣呑な舌を引っ込めると、一物の先端にそっと唇を押し当てた。俺はそのこそばゆい
感触に股間を痺れさせながら、小さくため息をついた。どうやら、生きて帰れるかわからない
この状況下で、守らねばならない命がもう一つ増えてしまいそうである。