木の扉が閉まる重い音が響き、やつらが玄室を後にしたのを確認してからも、
俺と相棒はしばらくは暗闇の中でじっと息を潜めていた。あの豚面の化物どもが
何かの気まぐれで戻ってきたりしたら、丸腰の俺たちはろくな抵抗もできずに
嬲り殺されてしまうだろう。だから安全が確信できるまで身を隠していたのだ。
 利口な判断だ。大丈夫。決して、目の前で繰り広げられた惨劇に腰を抜かして
いたわけではない。

「いくぜ」
 俺は自分自身に言い聞かせるように呟く。隣でがたがたと震えていた相棒は
その一言でようやく呪縛を解かれたように、のそりと顔を上げた。
 玄室の片隅の暗闇から、不確かな灯りに照らされた中央へと、俺たちは一歩を
踏み出した。ただそれだけで、鼻腔を突く悪臭――むせ返るような血の臭いと、
あの不潔な化物どものオスの臭い――が一気に濃度を増したように感じられる。
「……こいつは、ひでえな」
 部屋の中央には六人の冒険者の骸が転がっている。ついさっきまで生きていた。
生きて、凶悪なオークどもの群れに、おそらくは生まれて初めて握ったであろう
剣を振るっていた。
 まず目に飛び込んだのは顔面を叩き潰されたドワーフの戦士の死体だ。一部
始終を見ていた俺には、このドワーフの断末魔の叫びまで思い出すことができる。
初手で正面から一撃、朦朧としたところで、後頭部にさらに一撃。踏み潰された
ヒキガエルのような呻きを上げたかと思うと、前のめりに倒れ、それで終わり
だった。
「……うっ、ぷ、げえええええ」
 別の死体を覗き込んでいた相棒のマウザーが、うずくまって胃の物を吐き出し
始めた。マウザーの前にあるのは、鎖帷子を買う金をケチったせいで腸を撒き
散らすハメになった僧侶の死体だった。
 軟弱な奴だ。内心毒づいて虚勢を張ろうとするが、俺自身どうしても胃のあたり
に居座る不快感を抑えられなかった。

 俺は腹を手で押さえながら、他とは少し離れた場所に転がる、最も無惨な死体
へと近づく。
 この戦士は、最後まで一人生き残って奮戦していた。だが、いかんせん多勢に
無勢。三匹ものオークに囲まれて、脇腹を錆びた短剣で貫かれた。そのとき、
戦士の兜の奥から漏れ出たのは、かすれた、芯のある、しかし間違いなく、女の
呻き声だった。
 驚いたのは息を潜めていた俺たちだけではなかった。目の前の戦士が女だと
気付いたときの、あのオークどもの表情。知性など感じられない豚面が、あの
瞬間、確かに笑いを浮かべていた。下衆な期待を込めて、醜悪な面を更に醜く
歪めていたのだ。

 後は、凄惨、の一言に尽きる。
 崩れ落ちる女戦士に、豚面どもが一斉に襲い掛かる。新品の胸当てが、厚手の
鎧下が、容赦なく引き剥がされる。鎧の下に隠されていた大ぶりの胸がさらけ
出され、女戦士が絶望の叫びを上げる。恐慌に手足をばたつかせようとするが、
このときばかりは統率された一団と化したオークどもが、ある者は両手を踏み、
ある者は両脚を押さえつけ、身じろぎ一つままならない。そうしている内に、
最も大柄の一匹が女戦士の股に割り入った。
 そいつが腰を突き上げる。女戦士の口から絶叫が迸る。何が可笑しいのか、
群がるオークどもが「オ、オ、オ」と不快な笑い声を上げて囃し立てる。ほんの
二、三突きほどで最初の一匹が達すると、待ち構えていた次の者が突き入れ、
そして不浄の液体を女戦士の体内に吐き出す。次から次へ、入れ替わり立ち代り。
豚面どもはこぞって早漏で、二刺し三刺しで必ず達する。だが、底なしだった。
おそらくは奴らの中の厳格なルールに則って定められた順番通り、何周でも何周
でも繰り返す。女戦士が呻きすら上げなくなり、時折、力なく伸ばされた生足が
断続的に痙攣するだけになっても、まるで意に介さず繰り返す。
 女戦士が豚どもの腹の下で事切れ、何の反応も返さなくなった頃には、膣内から
溢れ出た豚どもの種と女戦士の体液で、石床にちょっとした水溜りができていた。

 目の前の女戦士の死体には、その悪夢のような陵辱劇の痕跡がはっきりと残って
いた。
 肉付きの良い裸体は無惨にも剥き出しにされ、僅かな間にぼろ布のようになって
しまった服の残骸が、辛うじて四肢にまとわりついているばかり。黄色く腐臭を
放つ豚どもの精液が体中を覆う。ところどころの痣や浅い噛み痕の他は、目だった
外傷は脇腹の創傷だけだった。虚空を見つめる顔には目を背けたくなるような
表情が浮かんでいたが、それでもその女戦士が器量良しだったのは窺い知れる。
険のある面立ちで愛嬌溢れるというわけにはいかないが、戦士らしく散切りに
切られた短髪はよく似合っていた。
 どんな理由があって、あたら若い娘がこの地下迷宮に潜ったのかはわからない。
もう、知る術もない。だが、地下の闇に潜む死の運命は、老若も、美醜も、考慮
してはくれないのだ。

 助けるという選択肢は初めからなかった。
 それでも、惨劇の一部始終を暗闇から食い入るように見つめてしまったのはなぜ
だろう。本当にこいつらを憐れむなら、黙って目を背けるという選択肢はなかった
のか。
 胃のあたりが酷く重い。だが同時に、俺の股間は硬く張り詰めていた。初めて
目にした『全滅』の様子は、余りにも衝撃的過ぎて、俺には、自分がそれを目の
当たりにして、一体何を感じたのかすら、よくわかってはいなかった。

「……グレイ、グレイよう。ダメだ。あいつら根こそぎ持って行きやがった」
 マウザーの声に、ようやく現実に引き戻される。
 そうだ。俺たちには目的がある。
 俺は女戦士や、その他の死体をもう一度一瞥する。剣や盾の類は豚どもが戦利品
として持ち去ってしまっていた。鎧はどれも破損がひどく、売り物になりそうにない。
「こっちもダメだ」
 俺は言葉少なにマウザーに答えた。
 俺たちの目的は、つまり冒険者の死体を漁ることだ。まだ使える物、金目の物
ならなんでもいい。いずれ死者にはもう用のないものだから。自分にそう言い
聞かせる。死者の装備を漁るなんて卑しい真似をしちゃあいるが、自分はあの豚面
どもとは違う。まだ迷宮の闇の『こちら側』の住人のはずだ。俺だって、できれば
こんなことはしたくないのだ。ただ、もう、なりふりを構っていられなかった。

 * * *

「悪く思わないでね」

 ホビットの少女に連れて来られた裏路地の奥まった一角。待ち受けていたのは
五人の武装した男たちだった。どういうことかと尋ねようとする顔に、無言の拳が
飛んでくれば、どんな間抜けでも事態を悟らないわけにはいかない。俺は自分の
迂闊さを呪った。
 一際体格の良い男に金属靴で腹を蹴られ、俺は石畳にうずくまった。
 痛い。顔中からどっと嫌な汗が吹き出る。ついでに涙も出た。痛くて泣くなんて
何年ぶりか。これから荒事で身を立てていこうという男が情けないことといったら
ない。だがそうしてる間も男たちは容赦をしない。複数の靴底が俺の背中を踏み
つける。
 俺は救いの手を探す。苦痛に歪んだ顔を持ち上げて、あたりを見回す。男たちの
他に人影はない。衛兵はこんなところまで来ない。目の前には、俺をはめたホビット
の少女が立つ。
 小さな体躯に相応の、ひどくあどけない造りの顔。だがその辺の人間のガキとは
違い、くっきりとした目鼻立ちには妙に色気が漂う。非の打ち所のない美少女
といった風貌に騙された。ホビットだけは、見た目で判断してはいけないという
のに。

 血迷った俺は縋る様な目で少女を見上げた。無言で殴りかかってきた男たちと
比べれば、ついさっきまで親しげに会話を交わしたこの少女の方が、まだしも
許しを請う相手としてマシな気がしたのだ。
「た……た、す、け、て、く……れ」
 自尊心をかなぐり捨てて、同情を引けるようになるべく憐れっぽく言葉を絞り
出す。
「んー……」
 ホビットの少女は小さく首をかしげた。額にかかった亜麻色の短い癖毛が、
それにつられてぴょこんと跳ねる。わざとらしい逡巡の演技。薔薇色の唇が開く。

「だ、め」

 一音一音を区切るように、きっぱりと言い放つ。そしてひどく酷薄な笑みを
浮かべた。
「あはは、ごめんねえ? あたしらの手持ちだけじゃ、前衛の鎧揃えるのに、
ちょおっと足りなくてさあ。ま、命までは取らないから。運がなかったと思って
諦めてよ」
 そう言ってころころと笑う少女。その笑い声と同時に、もたげた頭の側面を重い
一撃が襲う。ごすん。嫌な音がする。首がもげるのではないかというくらい勢い
よく、俺の頭が反対方向にふっ飛ぶ。そこで意識が途絶えた。

 * * *

 一攫千金を夢見てトレボーの城塞都市にやってきた。
 意気揚々と訓練場に向かい登録を済ませる。それだけで冒険者の仲間入りをした
気分でいた。職業は盗賊。盗賊ならば戦わなくても済むと聞いたからだ。罠を
外したことも、錠前を開けたこともなかったが、まあ、手先の器用さには多少
自信はあった。
 そして、仲間を募ろうと酒場に来たところで、目の醒めるような美少女に声を
かけられたのである。

「あたしらのパーティーに入らない?」

 新品の革鎧に身を包んだホビットの少女。俺と同じく、城塞都市に来たての
新参者に見える。まあ最初の仲間だ。多くは望むまい。これも何かの縁という
思いと……多少の下心が、なかったといったら嘘になる。
 馬鹿だった。どう見ても盗賊に見える少女が、同じ盗賊の俺に声をかけてきた
時点でおかしいと気付くべきだったのだ。盗賊が二人も必要なパーティーなんて
あるわけがない。
 路地裏に連れて行かれ、少女の仲間たちにボロ雑巾のようにされ、意識を取り
戻した時には身包み剥がされていた。武器や防具を揃え、あるいは仲間を募るのに
使うべき虎の子の金貨が、一枚残らず奪い去られていた。

 屈辱のあまり悔し涙が零れた。
 絶望的な気分。腕っ節と頭の回転だけが物を言う冒険者の世界だ。騙された
間抜けが悪い。だが、あいつらは、どう見ても俺と同じ、まだ一度も地下に潜った
こともないような新参者だった。ただ俺よりほんの少しだけ早くこの街に辿り
着き、ほんの少しだけ先にこの街のルールを学んだに過ぎないではないか。そんな
奴らにカモにされた。顔の形が変わるほど殴られ、貴重な金貨を奪われたのである。
 せめて一対一だったら。あいつらへのどす黒い怒りが湧き上がる。だが、ここで
躍起になってあいつらを探し出したところで、徒党を組んで武器を持った奴ら
相手に丸腰の俺一人では、返り討ちにされるのが関の山だ。



 そんなことよりもこれからどうするかを考えなくてはならない。
 無一文で、どうやって装備を揃える?どうやって仲間を募る?それ以前に、
どうやってこの城塞都市で生きていく?
 節々が痛む重い体を引き摺って、俺はとにかくも冒険者の宿に転がり込んだ。
登録を済ませた冒険者であることを証明する割符を見せて、馬小屋へと向かう。
今後どうするにせよ、こんなざまでは何もできはしない。痛みが引くまではどこか
で体を休めなければならなかった。
 「割符があれば馬小屋にだけは無料で泊まれる」。訓練場でそれを聞いたときは、
馬小屋なんて誰が使うものかと思ったが、無一文の今となっては本当にありがた
かった。

 馬など一頭もいはしないのに、畜舎に特有の不衛生な臭いが充満したそこは、
お世辞にも快適とは言いがたかったが、今は贅沢は言えなかった。
 日も高い頃合であった。馬小屋なんて、他には野宿しかないような輩が、夜露を
しのぐためだけに利用する施設だ。まだ人はいるまいと思っていた。ところが、
何人かの先客が寝藁の上を占領していた。皆一様に陰鬱な表情を浮かべ、途方に
暮れている。その惨めな様子を見て、そいつらがどういう境遇の人間か、俺には
おおよそ察しがついた。つまり、俺同様『追い剥ぎ』にあった間抜けどもという
わけだろう。
 俺は比較的新しい藁が盛られた一角に向かい、どうにか寝床を確保する。
 すると、すぐ近くに腰を下ろしていた男が近寄ってきた。
「へ、へへへ……あ、あんたも『追い剥ぎ』にあったのかい?」
 話しかけてきたのは頬に生々しい蒼痣を残した小男だった。
 卑屈な態度で馴れ馴れしい笑みを向けてくる。それがマウザーとの出会いだった。

 * * *

 意気揚々と登録したところで同じ冒険者に襲われ、一文無し。どんな人間でも、
途方に暮れるところだ。なんの解決にならなくてもいいから、誰かと話をしたい。
同病相哀れむわけではないが、同じ目線で話せる人間が欲しい。情けないが、その
気持ちは俺にも痛いほどわかった。
 だが、擦り寄ってくるマウザーに応じたのは、何も傷を舐めあうためだけではない。
 無一文のこの状況を脱し、冒険者として再起を図るための腹案が、俺にはあった。
そのためにも仲間を集める必要があったのである。俺はまだ、冒険者になることを
諦めてはいなかった。
 丸腰で地下に潜ろうというわけではない。武装は絶対に必要だ。だから、金が
ないならどこかから奪い取るしかない。そう、『奪い取る』のだ。あのホビット娘が
俺にしたように、俺も俺より遅れてくる新参連中をカモにして『追い剥ぎ』をする。
強者が弱者から奪うのがこの街の法だというのなら、俺もまたそのルールに従って、
奪われたものの埋め合わせをするだけの話だ。幸い、この城塞都市には食い詰めた
若者がいくらでも流れ込んでくる。俺自身がそうだったように。
 そのためには仲間を集める必要がある。それも、俺と同じ境遇の人間が望ましい。
無一文の人間が他に相手にされるとは思えないというのもあるが、一度奪われた人間は
他人から奪うことも躊躇しないだろうと思えたからだ。

 しかし、俺の提案にマウザーはひどく曖昧な顔を返すだけだった。
「俺には冒険者稼業は向いてなかったってことさ。……明日、訓練場に言って登録を
取消してもらおうと思ってるんだ」
 登録を取消せば、保証金を払い戻してもらえる。それを旅銀の足しにして、
すごすごと故郷に逃げ帰るつもりなのだという。

 保証金とは、俺たちのような素性の不確かな人間が『冒険者』としてこの街に
受け入れてもらうために訓練場に供託する、ある程度まとまった額の金のことだ。
 その冒険者が何か問題を起こした際に生じる費用、刃傷沙汰で市民を傷つけた場合の
見舞金や、市の財産に損害を与えた場合の補償金、その他罰金はすべてこの保証金から
思弁される。
 冒険者などといっても、要は身元不詳の流れ者、荒くれ者だ。いつなんどき問題を
起こすか知れない。そして、問題が起こった時に責任を取らせようとしても、大抵の
冒険者は満足な資力を持たない。そこで事前にある程度の金を預かっておけば、市は
冒険者の尻拭いをする費用の引当てを確保することができるし、そもそも冒険者も
保証金を没収されぬよう迂闊な行為は慎むから、多少の予防効果が期待できるという
わけだ。
 もちろん問題を起こさない限りはこの保証金は預けられた金に過ぎないから、
登録を抹消し市を立ち去る場合には丸々還付される。剣も鎧も揃えねばならぬ中で、
少なからず無理をして工面した貴重な金だった。

 登録を取消せば、確かに今の無一文の状態は解消される。だが、もともと自分の
金であるものを取り戻すに過ぎない。しかも、それは同時に『冒険者』たる資格を
失うということであって、この城塞都市から所払いされるということでもある。
 俺はなんとかマウザーの気を変えようとあれこれ説得を試みた。そんな負け犬の
ような選択をしてどうなる? そもそも他所で生きる術を失ったから、俺たちは
こうしてこの城塞都市に来たのではなかったのか。なんとか地下に潜って財宝を
手にする以外に、道は残されていないはずではないのか。矢継ぎ早にそんな言葉を
投げかけた。
 別にマウザーを『追い剥ぎ』仲間にすることにこだわったわけではない。こいつが
駄目なら他をあたればいいだけの話だ。だだ、ここでマウザーを引き止められ
なければ、「奪われたままでこの街を去る」という選択肢を認めることになる気が
したのだ。
 だが、マウザーは頑なだった。この街の手荒い洗礼を受けて、すっかり萎縮して
しまっていたようだった。結局、俺はマウザーを説得することもできず、傷の痛みに
耐えながら不潔な藁の上でまどろみに落ちるしかなかった。

 翌朝、俺とマウザーは訓練場へと向かった。俺まで同行したのは、怯えきった
マウザーに一緒に来てくれるよう頼まれたからでもあるが、この優柔不断な男が
土壇場で翻意することに期待したからでもある。
 しかし、訓練場では更に容赦のない現実が俺たちを待ち受けていた。
 俺たちの冒険者登録は、既に抹消されていたのである。当然、保証金も残って
いなかった。
 登録したばかりの昨日の今日で、勝手に登録が消されているなんて馬鹿げた話だ。
俺もマウザーも気色を露にして役人に食ってかかった。
 だが、役人はこちらが何を言っても、木で鼻をくくったような対応で取り合わない。
悪意すら感じるその対応に、俺の頭に一つの推測が浮かんだ。つまり、こいつもあの
ホビット娘たちとつるんでやがるのだ。身包みを剥がれ、無一文で、仲間もいない。
そんな鼻糞みたいな新参者の登録を無断で抹消する。そして、保証金は話を持ちかけた
冒険者と不正に関わった役人で山分けにする。歯向かう力のない奴からは徹底して
搾り取る。わかり易い構図だ。はめられる奴が悪い。俺だってそう考えただろう。
自分がその当事者でさえなければ。
 身包みを剥がされた上、存在まで消される。そんな無法が許されるものか。いや、
許される。ここはそういう街で、俺たちは冒険者だからだ。
 怒りよりも、足下を崩されたような不安感が先に立った。金は無い。保証金すら
返してもらえない。それどころか、今日からはこの街にいることすら許されない。
冒険者でないなら、あの馬糞臭い馬小屋に泊まることすらできないのだ。冒険者では
ないただの流れ者。衛兵に見つかれば槍で追われる立場。おめおめとこの街を去ろう
にも、旅銀すらなければそれも叶わない。それこそ、街外れで物乞いでもして生きて
いくしかない状況だった。

 いや、一箇所だけある。
 最低限の風雨がしのげて、どんな境遇の人間でも受け入れを拒まない場所が。
 馬小屋よりも不潔だが、金も資格もいらない。求められる代価は命の危険だけ。
街外れにぽっかりと穴を開けるワードナの地下迷宮。どこへも行けず、どうすることも
できず、俺とマウザーは半ば追い立てられるようにして、地下迷宮へ下りる階段を
踏みしめるはめになったのだった。

 * * *

「ひっ! ……グ、グレイよう。今なんか音がしなかったか?」

 後ろを歩くマウザーが情けない悲鳴をあげた。
 耳を澄ますと、遥か彼方で何かが這いずり回る音が聞こえた。
 俺は密かに舌打ちする。これくらい音が遠ければ当面危険はないはずだった。何か
物音がしただけでいちいちびくついていては、魑魅魍魎の跋扈するこの地下迷宮の
探索など覚束ない。……まったく、うだつのあがらない奴だ。

 地下迷宮に降り立った当初は、俺も何かささやかな変化――小さな物音や、影の
ゆらめきを知覚する度に肝を冷やしていた。ほんの3フィート先も見通せないような
重たい暗闇の中に、恐ろしい魔物が潜んでじっとこちらを伺っているのではないか……
そんな根拠のない恐怖を拭いきれなかった。
 だが、現実の化物との際どい接触を繰り返す中で、一つだけ学んだことがある。
確かに迷宮の闇は恐るべき襲撃者の姿を隠してしまうが、同時に、魔物たちからも、
獲物である俺たちの姿を覆い隠してくれる。直ぐ側で魔物の荒い息遣いを聞いても、
慌てず騒がずにじっと息を潜めさえすれば、上手くやり過ごすことができるのだ。
待ち伏せの危険がある玄室の扉を開ける時だけ、最大限の注意を払えばそれで足りる。
万一、魔物と遭遇してしまっても……こちらはハナから戦闘するつもりはないの
だから、一目散に逃げ出せばよいのだ。その心がけさえ徹底していれば、地下迷宮も
存外危険な場所ではない。
 泥水をすすり、闇に紛れるようにして地下をさまよい続けてもうどれくらい時間が
経過しただろう。迷宮の汚わいにもすっかり慣れた。本能的な恐怖を喚起する闇。
何かが腐ったようなすえた臭い。地虫の這い回る不快な音。五感を刺激するこうした
不快で不潔な要素にも、それが俺たちの気配を消し去ってくれているのだと思えば、
何か奇妙な安らぎさえ感じる。

 もっとも、出来うる限り早くこの状況を抜け出して、陽光の射すあの城塞都市の
街路に戻りたいという思いは、変わらない。当然だ。別にこの闇の世界の住人として
適応するために地下迷宮を徘徊しているわけではない。俺たちには目的があった。

 冒険者ではなくなり、街に滞在する資格を失った俺たちには、『追い剥ぎ』すら
ままならない。少なくとももう一度登録するための保証金の額くらいは用立てねば
なるまい。そのために思いついたのが、迷宮で力尽きた死者の装備を漁るということ
だった。
 この街に集まってくる『冒険者』の大半は、迷宮の探索の専門家でもなんでもない、
ついこの間まで剣の握り方も知らなかったようなただの食い詰め者に過ぎない。
 だから、武装を整えてパーティーを組み、意気揚々と地下に降り立って、ほんの
入り口近くでの最初の戦闘で命を落とす者も少なくないと聞く。そういう連中の死体
からうまく金目のものを回収することができれば、宿に泊まる金すらない今の状況を
脱却できるのではないか。そう、考えたのである。

 なんともぞっとしない思い付きではある。
 実際、迷宮をうろつく危険を差し引いても、無惨な冒険者の腐乱しかかった死体を
探ると言うのは、それだけで十分腰が引ける――胸がむかつくような行為だった。
頭をかち割られた死体を見ては明日の自分を重ね、放置されてバブリースライムの
餌となった成れの果てに出くわしては吐き気を催す。だが、人間どんなことにも慣れ
てしまえるものだ。
 最初に目の当たりにしたあの全滅の光景――豚面どもに輪姦される女戦士。あれが
強烈過ぎたのかもしれない。あれで、自分の中のある感覚が麻痺してしまった気が
する。
 迷宮の暗がりで肉の腐った臭いを嗅ぎ分けては、そのもとに近づいて金品を漁る。
そこにはもう躊躇や嫌悪感はない。まるで、そうすることを生業としてこの迷宮の
闇に湧いた、不潔で醜悪な生き物に変わり果ててしまったような錯覚さえ感じる……。

 俺はまだびくついているマウザーをみやった。
 暗がりの中でははっきりと相棒の顔を見分けることはできないが、蜘蛛の巣や
粘菌や腐汁にまみれてひどくみすぼらしい有様だった。きっと俺も似たような状況に
違いない。こんな姿を他の冒険者に見られたら、魔物か何かと勘違いされていきなり
切りかかられても文句は言えない。
 なんてざまだ。醜い。薄汚い。みすぼらしい。あのホビット女さえいなければ、
こんなことにはならなかったというのに。少し物思いにふけると、必ずここに行き
着く。悔恨と憎悪、怒り。……よくないな。こんな不健全なことをしているせいで、
考えまで後ろ向きになっちまう。

 頭を振って、不快な感情を振り払う。
 そこへ、新しい物音が響いてきた。
 金属と金属が打ち合う甲高い音。明らかな戦闘の気配だった。しかも、そう遠く
ない。俺はマウザーを顔を見合わせた。
 足音を忍ばせ、音の源へ向けて移動を開始する。目的地に近づいているという
確信がいまいち持てないのがもどかしい。そうこうしている内に、激しい剣戟の
音は鳴り止んでしまった。
 俺たちははやる気持ちを抑えながら、闇から闇へと忍び寄る。
 すると、何者かが近づいてくる気配がした。
 豚面や犬頭のようなけたたましい音を立てていなかったから、ぎりぎりまで気付け
なかった。俺はマウザーの腕を引いてそっと回廊の隅の柱の影に身を寄せる。
 間を置かず、回廊の奥から気配の主が現れた。
 錆び付いた剣と盾を構えた、白骨死体。ただし首の上に乗っかっているのは、
人間のしゃれこうべではなく扁平な形の獣の頭骨だ。それが四体もいる。およそ
生き物らしからぬ無機質な動きで、規則正しく列をなして石床の上を歩いてくる。
見れば白骨のところどころが破損し、武器にはべっとりと血糊が付いていた。
「……アンデッドコボルトだ」
 マウザーが耳元で囁く。
 そう、現れたのはこの地下第一層でも屈指の難敵であった。
「あいつらには、倒した相手の装備を剥ぎ取るような知恵はねえ」
 髑髏の一団を上手くやり過ごした後で、俺はマウザーにそう言った。
 さっきの剣戟の一方の主があいつらなら、もう一方は死体となっているはずである。
アンデッドコボルトは自分か相手が動かなくなるまで戦闘を止めないからだ。そして、
奴らは豚面や犬頭と違って死体漁りをしないから、その死体は装備を奪われていない、
金目のものを持った状態で転がっているということになる。
 俺と相棒は目を期待にぎらつかせて、髑髏どもがやってきた回廊を奥へと進んだ。
俺たちは、あいつらと戦った冒険者たちが全滅していることを内心期待していたの
である。



 角を曲がってしばらく進むと、扉が開け放たれたままの玄室を見つけた。
 ここに間違いはなかった。
 俺たちは玄室の入り口をくぐる。
「うっ……」
 マウザーが口元を押さえて小さく呻いた。立ち込める鉄錆びた臭いに、俺も
思わず顔をしかめる。全滅したばかりの死体の山にぶちあたるのはこれで二度目
だが、その生々しさにはさすがにまだ慣れる事が出来ない。
 室内の淡い燐光で照らし出されたのは、六つの死体と血の海だった。髑髏ども
は知恵がないだけに容赦というものを知らないらしい。既に致命傷を負った相手
であっても、少しでも身動きをする内は何度も剣を突き立てたのだろう。武装した
前衛の骸は特に損壊が著しい。
 だが、その光景に目を背けたくなる一方で、俺たちは浮き立つ気持ちも隠せず
にいた。死体の纏っている武装はどれも新品で、彼らが経験の浅いパーティーなのは
明らかだったが、にもかかわらず、戦士とおぼしき三名は皆鎖帷子や胸当てでは
なく板金鎧を備え、随分上等な武装だったからだ。これは金になる。俺はマウザーと
頷き合って死体を漁ろうと近寄っていく。

 ――ずるり。
 音がした。俺が立てたものではない。相棒をみやると、マウザーもまた不安げな
表情を浮かべて立ち止まっていた。慌てて六体の死体を見渡すと、内の一体が上半身
をもたげて血の海から這い出そうとしていた。
 生き残りがいたか……。
 胸を撫で下ろすべきか、舌打ちすべきか決めかねる複雑な心情を抱えて、俺はその
生存者に近づく。革鎧を纏った華奢で小さな体。ホビットの、それも盗賊であろうか。
背にはざっくりと剣で切られたあとがあったが、なるほど良く見るとそう深い傷ではない。
直ぐに血止めをしてやれば命を取り留めるかもしれなかった。おそらく、背中の一撃で
一瞬気を失うかして助かったのであろう。

 俺は膝を付いてその小さな体を抱え起こし、幸運な生存者の顔をのぞきこんだ。
 短く、癖のある亜麻色の髪。
 血を流しすぎて多少青ざめているが、あどけなくも愛らしい顔立ち。
 大きな瞳を薄く開いて、茫洋とした様子で俺を見上げる。
 薔薇色の唇が開いた。
「あ……だ……れ? たす、かった、の?」
 少女は自分を抱え起こしたのが、髑髏や豚面ではなく人間であったことに気付き、
はっきりと安堵の表情を浮かべた。

 だが俺は少女に返すべき言葉が出てこなかった。
 絶句していたのだ。……まさか、こんな形で再会することになろうとは。
 生き残った少女は、あの城塞都市の裏路地で底意地の悪い顔で俺を見下ろしていた
ホビットの少女、俺を『追い剥ぎ』のカモにしたあの娘に違いなかったのである。

「どうだ? その……助かりそうか?」
 いつまでも無言でいる俺の背後から、マウザーが遠慮がちに声をかけてきた。
 振り向くと、その顔にはなんとも曖昧な表情が浮かんでいた。「せっかく良い装備を
持った獲物を見つけたのに、まさか生存者がいたとは」という落胆の気持ちと、「面倒
になっちまったな」という気持ち、そして「もし助からないくらい重傷なら放っておける
のに」という期待。その辺の感情がないまぜになった、卑屈で下衆な表情だった。
「なあ、マウザー」
 俺は口を開いた。邪悪な笑いが零れそうになる。
「こいつらは、この辺をうろつく新米にしちゃあ、随分いい装備をしてると思わねえか?」
「?……あ、ああ、そうだな」
「怪我人を背負って入り口までいくのは骨だぜ? 俺たちだけなら、魔物にあっても
上手くやり過ごせるが、こいつがいたら見つかっちまうかもしれねえ。お前、自分を
危険に晒してまで見ず知らずの相手を助けるつもりか?」
 ごくり。
 マウザーの喉が鳴った。目を泳がせながら、かすれた声で俺に問いかける。
「こいつをこ、殺……い、いや……見捨てる、のか?」
 いかにも気が進まない、という風にためらいがちの言葉を口にする。だが俺はその
言葉の裏にかすかな同調の響きが混じっているのを聞き逃さなかった。欲に目が眩んだ
というよりも、「自分を危険に晒す」というくだりが効いたのだろう。おそらくここで
俺が強い言葉で肯定すれば、「グレイがそういうんじゃ仕方がねえ」とでも言ってくる
に違いなかった。

「ちょっと待ってよ! い、いやだ! 殺さないで! 助けてくれよ!」

 マウザーの言葉に、腕の中の少女は激しい動揺を見せた。
 俺とマウザーの顔を交互に見上げて、なりふり構わず命乞いを始める。
「ね、ねえ、お礼ならするから。お金、お金なら払うよ。こいつらの持ってる物も、
好きなだけ持っていっていいから……」
「馬鹿か? お前は。どっちにしたってお前らの装備も持ち金も俺らのもんだろうが。
こっちとしちゃあ、お前が死体になるのを待って全部いただいちまってもいいんだぜ?」
「そ……ん、な」
 ホビットの少女はただでさえ血の気の引いた顔を一層青褪めさせる。
 俺の言っていることは、確かに利己的で残酷ではあるが、筋は通っている。これまで
のやりとりで、俺たちが道義心に訴えてどうにかなる手合いでないということは少女も
察したであろう。無条件の善意に期待するのでなければ、取引するしかない。しかし、
自分には取引のための材料が何もない。そのことにようやく気付いたようだった。

「か、体で……」
 しばらく俯いて唇を震わせていた少女が、何かに思い至ったようにぽつりと呟く。
「そう! 体で払うよ! た、助けてくれたらさ、あたしに何してもいいから!」
 少女は一気にまくし立てた。
 その小さな手が俺の上着をぎゅっと握り締める。可憐な少女が身も世もなく命乞いを
する様は、確かに憐れみを誘うものだった。だが俺はあの酷薄な笑みを忘れていない。
少女が助けを乞えば乞うほど、その姿は記憶の中の惨めな俺自身の姿とだぶり、俺の目
を憎悪にぎらつかせる。
 それを情欲の気配と勘違いしたのか、少女は更に俺にしなだれかかってきた。
「ね、ねえ。あたしを抱きたいんだろ? へ、へへへ……床上手には自信があるんだ。
たっぷりお礼するからさあ……助けておくれよう」
 怯えた口調に媚びが混ざり始める。傍から見ていたマウザーが唾を飲むほど妖艶な
演技だった。経験豊富な女ならではの媚態と、幼い体つきとの落差が、なんともいえぬ
色気を醸し出す。だが俺は冷静だった。馬鹿な雌犬め。同じ色仕掛けに二度引っかかる
ものかよ。内心そう呟く。

 俺はしなだれかかるホビット娘を引き剥がすと、ゆっくりと立ち上がって言った。
「ふん……ならここでしてみせろよ。具合が良けりゃ、街まで送ってやらあ」
 予想外の俺の反応に、少女はつぶらな瞳を更に大きく見開く。
「え? ……こ、ここ、で?」
「後で、なんて口約束じゃあ信用できねえしな」
「む、無理だよ! 怪我してるんだ。ほ、ほら、見て。痛い、ほんとに痛いんだよ。
死にそうなんだ。それに、こんなとこでなんて……ぜ、絶対、約束するから、お願い
だよ、信じておくれよ!」
「死ぬような怪我じゃあねえだろうが」
 俺は冷酷に言い放ち、腰のベルトを外す。下履きを下ろし、いきり立つ俺の代物を
少女の前に突き出した。ホビット娘は思わず身を竦ませる。なにしろこの腐臭の充満
する迷宮を這い回って数日過ごした男の股間だ。強烈な臭いに違いなかった。
「……ほら、早くしゃぶれよ」
 そう言って肉棒を突きつけたまま待つ。
 少女はなおも抗議をしようと顔を上げ、そして、俺の顔を見て、絶句した。俺の
ぎらついた瞳に、何を言っても無駄だということを悟ったのだろう。観念した様子
で革手袋を外し、脇腹の紐を解く。胴を覆う革鎧の締め付けが緩み、ごとりと石床に
落ちた。盗賊らしい、身体の線にぴたりと吸い付くような薄手の鎧下が露になる。
ホビット特有の華奢で扁平な上半身のラインが迷宮の薄明かりに照らし出された。

 震える手が俺の腰に回される。これだけ身長差があると、膝立ちにならなければ
顔が股間に届かない。背中の傷が痛むらしく、娘は俺に上半身を預けてもたれかかる
ような恰好になった。
 鼻の先でいきり立つ肉棒。少女は嫌悪感からか顔をしかめる。そしてなるべく顔を
近づけぬようにして舌先を伸ばし、不衛生なその先端をちろりと舐めあげる。その
往生際の悪い態度に俺は苛立ちを感じた。
 がっ。両掌でホビット娘の頭を掴む。
「俺は、しゃぶれ、と言ったんだぜ。なめろ、とは言ってねえ」
 そして小さな頭をぐっと腰元に引き寄せた。
「うぐっ」
 先端が喉の奥に触れる。少女はくぐもった呻きとともに、手足をばたつかせる。
涙目でしばらく力ない抵抗をしていたが、俺が頭を押さえつけて離そうとしなかった
ため、やがて両手をだらりと垂らしてなすがままになった。

 俺はゆっくりと少女の頭を前後させ始める。
 亀頭が喉の奥にあたる度、少女は苦悶に小さく喉を鳴らす。だが俺の手の動きに
抗おうとはしない。どころか、頬張った肉棒に舌を絡めてきさえする。その従順な
様子に、俺はたまらない優越感をおぼえた。
「ようし……さあ、今度は自分から動くんだ」
 俺は手を離しそう命じる。
 少女はゆっくりと顔を動かし、口腔全体を使った奉仕を始めた。
 頬をすぼめ、唾液を絡めてしっかりと竿をねぶる。かさの裏に舌を這わせ、くちゅ
くちゅと卑猥な音を立てる。男を悦ばせるツボをおさえた、実に手慣れた動きだった。
時折、背中に走る傷の痛みにひきつるような動きを見せるが、それすらも「奉仕を
強いている」ということを実感できて心地よい。地下での生活に溜まりきっていた
俺は、自分が一気に上り詰めていくのを感じた。
 ……だがこれで射精してしまっては面白くない。
 俺はさんざんしゃぶらせて征服感を味わったところで、少女の頭を引き離した。
「ちっ、下手糞め。こんなんじゃあ、命を助けてやるかちはねえな」
 少女の表情が凍りつく。
「そんなっ……! ま、待ってよ、もっと、ちゃんとやり、ます、から」
 追い詰められた顔で必死で俺にすがりつく。その様子を見て、俺の背中にぞくりと
した快感が走る。そうだ。こんなもんじゃあ全然足りねえ。もっともっと追い詰めて
やる。これは、復讐なのだ。
「もういい。今度は下の具合を見てやるよ」
 薄汚い迷宮の床に手をつかせ、少女を四つん這いにする。なめし皮のズボンを膝
まで下ろし、肉付きの悪い貧相な尻を高く掲げさせた。
「う……うっ、……うっ……」
 犯される恐怖に少女が嗚咽を漏らす。口で奉仕するのと違って、傷を庇いながら
動くというわけにはいかない。だが、これを耐え切らなければ助けてはもらえない
のだ。
 俺はぴっちりと閉じあわされた筋目に指を這わせる。当たり前だが、まったく
湿り気を帯びていなかった。むしろ緊張のあまりからからに乾いていると言って
いい。俺は舌打ちし、指先に唾を吐きかけると、それを丹念に塗りこみ始めた。
「う、うあ……あ」
 自分のものではない液体で濡らされるのは不快なのだろう。少女は背筋を震わせて
嫌悪に堪えているようだった。
 俺は入り口あたりがどうにか潤うと、待ちきれず自分のものをあてがう。
「ひっ! あ、あんまり、はげしくしないで」
 懇願する少女にかまわず、俺はその細い腰を両手で掴み軽く浮かせた。人間である
俺の股間の位置に合わせると、ホビットの少女ではろくに膝を突くことも出来ない。
だがそれは俺の知ったことではない。思ったよりもずっと軽い体が持ち上がり、少女は
両掌と爪先だけで身体を支えるような不安定な格好になった。
 ずぶり。
 そのまま容赦なく肉棒を捻じ込む。
「あっ、……あ、あ、あ」
 膝で踏ん張ることもできない姿勢だ。少女は突き上げる衝撃を身体全体で受け止める
しかない。背中の傷が開いたのか、少女は声にならない叫びをあげて顎をがくがくと
ふるわせた。
 
「うっ……ぐっ! ……あ、うあ、……ひぐっ!」
 少女の中は思いのほか深く、俺は自分自身を根元まで埋没させることができた。
 それでも初めのうちは、愛液の足りない窮屈な締め付けに動くこともままならず、
ゆっくりと腰を動かしていた。しかし、不思議なもので、こんな場所で、こんな相手に
無理矢理犯されている状況でも、少女の身体は膣を守ろうと徐々に潤滑液を吐き出し
始める。
「ひっ、あっ、あがっ! や、やっ、ああっ!」
 緊張と苦痛と恐怖で少女の膣はひどく締め付けがきつく、具合が良い。異常な
状況に感覚が馬鹿になったのか、接合部からは飛沫が飛び散るほど愛液が溢れ出して
いた。苦痛が度を越しすぎて、少女自身、自分が何を感じているのかわからなく
なっているのかもしれなかった。
 俺は少女の華奢で軽い体を振り回すようにして、無茶苦茶に突き上げる。
「あっ! ひいっ! あぐ、……あっ! ううっ!」
 暴力に蹂躙されて弱弱しく泣き叫ぶ少女に、俺は突然既視感に襲われた。
 豚面どもに犯されていたあの女戦士の姿。
 あの時俺は女戦士を憐れみ、豚面どもに怒りを感じると同時に……どうしようも
なく興奮していた。迷宮の闇は俺の獣のような劣情をむき出しにしてしまう。

 ふと、目を転じると、同じように餓えた畜生の目をした男がいた。
 マウザーだ。血走った目で、何かに取り付かれたように俺と少女の交尾に見入って
いる。初めは俺の暴走に戸惑って良心の呵責をおぼえていたのかもしれない。だが、
今のあいつの目には劣情以外何も浮かんでいなかった。それでも陵辱に加わっていない
のは、単にタイミングを逃してしまったからに違いなかった。
 俺は腰の動きを止める。
「う……ああ……うう、うっ」
 床にくずおれる少女に、俺は再び冷酷な命令を下す。
「おい、マウザーのも咥えてやれよ」
 自分の名を口に出され、マウザーは当惑した瞳を俺に向ける。俺は少女の柔らかな
癖毛を掴み、意識の飛びかけた少女の頭を起こすと、マウザーに手招きをした。
 マウザーはふらふらと少女の前に回りこむ。そして慌てたように下履きをずり下ろした。
いっそ気の毒なくらいに勃起した一物が顔を出す。荒々しく息を吐き、虚ろな瞳で少女を
見下ろしながら、その頭を両手で掴んだ。
「うあ……あ……むぐっ!」
 ネジのとんだマウザーは、俺以上に容赦というものを知らなかった。
 肉棒を奥までねじこむと、少女の頭を押さえ込み、狂ったように腰を動かし始める。
 俺たちは前から後ろから激しく少女を責め立てる。お互い、相手の動きに合わせよう
などという配慮は持たなかった。頭と腰を人間の股間の高さに固定され、少女の身体は
ほとんど宙に浮いてしまう。大の男二人に無茶苦茶に振り回され、手足はまるで水中で
溺れたかのように出鱈目にもがく。
「うううーっ、んむぐっ、んんぐっ、うっ、ううー」
 それでも喉の奥まで異物に占領された少女は、まともに声をあげることすらできない。
 徐々に手足の力も抜けて、がくがくと振り回されるだけの玩具になっていった。

「くっ!」
 俺とマウザーが達したのはほとんど同時だった。
 溜まりに溜まった白濁液を、口と膣内の両方に思う様吐き出す。ぎょっとするくらい
長い間吐き出し続けて、ようやくおさまったところで、俺たちは少女の身体を解放した。
 どさり。
 自分の身体を支える余力すら失った少女は、迷宮の床に崩れ落ちる。
「うっ、うえええっ、げえっ、……ううう」
 上下の口から、濃すぎる精液を力なく吐き出す。
 俺とマウザーはそんな少女の様子を、肩で息をしながら見下ろしていた。
 やがてどちらからともなく顔を見合わせる。そして、どちらの顔にも、一向に火の
消えぬ獣欲がたぎっているのを確認した。一回の射精では、俺たちを突き動かす凶暴な
衝動はおさまらなかった。
 精液まみれのホビット娘は、よろよろと上体を起こし、俺を振り返ると口を開いた。
「こ、これで助けてくれる……よね?」
 顔にはやっと責め苦から解放されたという安堵の表情が浮かんでいる。
 だが、俺は少女の問いには答えず無言で見下ろした。
「え……? た、助けてよ! お願いだよ! こ、こんなにしたんだから、満足だろ?
そ、そうだ……戻ったらもっとすごいことだって……」
 何も答えない俺に不安を覚えたらしい少女が慌てて命乞いの言葉を発する。
 もっとも、俺の答えは決まっていた。

「駄目だ」

 一音一音を区切るように、きっぱりと言い放つ。


 信じられないという表情で俺を見上げる少女に、俺は顔を近づけて、噛んで含めるように
言った。
「なあ、まだ思い出せねえか? お前らに『追い剥ぎ』されたせいで、金を奪われ登録も
消された間抜けの顔をよう。それとも、カモった相手なんていちいち覚えてねえのか?」
 少女は目を見開いて俺を凝視する。
「あ、あ、あ、」
「俺がお前に助けてって言ったとき、お前は助けてくれたか? くれなかったよな?
じゃあ、俺がこれからお前をどうするかわかるだろう? こんなもんじゃあ、全然足りねえ
よ」
 俺は今度こそ少女をどん底に突き落としてやった。
 少女の顔に絶望が浮かぶ。
 驚愕に開いた唇は、紡ぐべき言葉を失ってただ震えていた。
 ふと、不快な臭気を感じてその股座を見る。石床に小さな水溜りができて、湯気がたち
のぼっていた。ホビットの娘は失禁していた。
 俺とマウザーがゆっくりと少女にのしかかる。
「ご、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! ……ひぃっ、ゆ、ゆるしてえっ!!」
 少女の叫びが木霊した。

 * * *

 俺とマウザーは、入れ替わり、立ち代り、少女の穴という穴を犯し、精を放つ。
 その様子はまるであの女戦士を輪姦した豚面たちそのものだった。今ならわかる。俺は
あの時、豚面どもの輪に加わりたいと思っていたのではなかったか。ただ、自分があいつら
よりは上等な生き物だと信じたかったから、その感情に見て見ぬふりをしていただけでは
なかったか。その証拠に、憎悪というきっかけでほんの少し箍が緩んだだけで、取り憑かれた
ようにホビット娘にその欲望をぶつけている。
 もはや、俺をこの陵辱行為へと突き動かしているものの、どこまでが復讐心で、どこからが
ただの人間以下の劣情なのか、俺自身にも見分けがつかなかった。ただただ、狂ったように
目の前の女の肉を貪る。

 しばらくして、俺は少女の異変に気付いた。
 腰の動きを止め、俺の一物をくわえ込んだ少女の頭を見下ろす。マウザーはお構いなしに
血走った目で腰を振り続けている。俺は手を伸ばし、少女の首筋を掴んだ。動脈を圧迫する
くらい強く抑える。だが、掌にはどんなささやかな脈動も伝わってこなかった。
 はっと息を飲む。
「死んでやがる……」
 その言葉に反応したのか、マウザーは少女の骸に突っ込んだまま不思議そうにこちらを
見返してきた。淀んだ瞳。みすぼらしい姿。もう、誰が見てもこいつをまともな人間だとは
思わないだろう。そして、それは俺も同じことだ。
 そう。俺たちは、とっくの昔に、陽光の下には引き返せない存在、迷宮の闇のこちら側の
住人に成り果てていたのだ。
 『追い剥ぎ』に遭い、全てを失って地下に追いやられた。そこまでは、まだしも他人の
同情を買える存在だったかもしれない。だが、もう駄目だ。手負いの少女を犯し、犯し尽くし、
殺めてしまった。もう駄目だ。今の俺たちは、身も心も、地下の不快な化物たちと区別が
つかなくなっている。

「は、ははは、はははははははははは」

 俺は笑った。笑うしかなかった。
 これからはもう、一生、この不潔な穴倉で、豚面や髑髏と共に生きていくしかないのだ。

(END)