床には幾体ものオークロードの屍が転がっている。
 今しがた激しい戦闘が繰り広げられたばかりだというのに、室内は早くも
静寂を取り戻していた。その戦闘を生き残った四人の冒険者たちには、もはや
緊張の影も見えない。この階層の魔物程度では、彼らのような手練れの相手を
するには不足であった。

「……我々ってロストしたんじゃなかったんですか?」
「世の中には『神秘的な石』というものがあってだな……」

 侍と司教が他愛もない会話を交わす。女君主はというと、彼らからは少し
離れたところで、魔物の死体に向かって何かの作業に没頭していた。どうやら
愛剣にこびり付いた血糊と脂をこそげ落とそうと躍起になっているようだった。 

「侍、司教。ちょっと来い」

 二人に押し殺した声がかかる。
 見れば、先刻から一人宝箱の罠と格闘していた忍者が、こちらを振り返り手招き
をしていた。思わず「なんだ?」と答えそうになって口を噤む。忍者は、作業に
夢中で彼らのやりとりに気付いていない女君主を横目に、口元に人差し指をあてて
『沈黙』の指示を出していたからである。
 玄室に据えつけられた長大な宝箱の蓋は開いており、罠を発動させてしまった
というわけでもなさそうである。二人はいぶかしみながらも忍者の元へ近づき、
宝箱の中を覗きこんだ。

「こ、これは……」「……随分立派ですねえ」

 二人の口から感嘆の囁きが漏れる。
 宝箱の中に入っていたのは、なんとも奇妙な形状の木の棒であった。
 長さはおよそ肘から指先程度。片手で掴むとやや余るほどの太さ。先端に行くほど
徐々に細まるかに見えたが、途中で大きくエラのようなものが張り出し、先端部分は
歪な半球状に膨らんでいる。早い話が男性器の形状――つまりは張り型であった。
 ただそれは、張り型と呼ぶには余りに大きく、太く、硬く、凶悪過ぎた。
 随所に鋲打ったような突起が付いている時点で、もはや正常の男性器を模している
とは言い難い。

「もしかして『ねじれたつえ』か……?」
「確かにねじれている……というか、むしろ反り返っているが……」
「BENT STAFF……この場合むしろ『性的に倒錯した棒』と訳すべきでしょうか?」

 同じ器官を所有するものとしての「畏れ」にも似た感情が三人の口から漏れる。

「凄い……よな?」
「ああ、凄い『武器』だ」
「こんなものを一体どんな相手に……?」

「そうか?大して威力がありそうにも思えないが」

 突然、三人の後ろから呆れたような声がかかる。

「女君主!?」

 『それ』に見入る余り、もう一人の仲間の接近に気付かなかった三人は、揃って
驚きの声を上げた。

「お前……これを見て何も感じないのかッ!?」

 忍者が悲鳴にも似た叫びを上げた。

「何もって……スタッフというよりメイス……いやクラブかな。
 いずれにせよ鈍器の類だろうが、木製だし大して重量もなさそうだ」

 淡々と答える女君主に三人は小声で囁き交わす。

「お、おい、わかってないようだぞ」
「ええ、初心だ初心だとは思ってましたが……本当にソッチの知識がないんですね」
「まさかアレの形がわからんとはな……って、いつもモロ出しの俺の立場は?」
「ま、貴方のは少し……その、被ってますからね。大丈夫、私もそうです」

「? 何を小声で話してるんだ? 感じが悪いぞ」

 女君主は三人の会話にさして興味もなさそうに、宝箱の中から『それ』を掴み出した。

「あっ! それは呪わ……ムグ」

 咄嗟に警告を発しようとした司教の口を侍が塞ぐ。

「……れてはいないから安心して触れていいそうだ」

 忍者が何食わぬ顔で後を継いだ。
 女君主は腑に落ちなそうな表情をしつつ、『それ』を利き手に握って軽く素振りをする。

「……持ちにくい」
「もっと上を持つんじゃないか?」
「こうか?」
「いや、すまん。もっと下だ」
「こう?」
「違う違う。もっと……」

 忍者に言われるままに、女君主は持ち手を上下させる。武骨な小手に包まれた女君主の
右手が、『それ』の竿にあたる部分をゆるくしごくような恰好になった。忍者は恍惚の
表情を浮かべつつその様を眺める。

 一方で、部屋の隅まで引っ張られていった司教は侍に問うた。

「いいんですか? 呪われちゃいますよ、あれ」
「あれに呪われたら、どうなると思う?」
「そりゃ、あれが手放せなくなるんでしょう……え」

 自分の口にした言葉の意味に気付いた司教がそっと侍の顔を伺う。

「まあ、形から察してもその手の呪いがかけられているんだろうな」
「な、なんて恐ろしいことを考える人たちだ……」
「反対か?」

 ごくり。我知らず司教の喉が鳴った。
 内心の迷いが表れて司教の瞳が宙をさまよう。ロミルワの逆光で侍の表情は窺い知れ
なかったが、彼もまた、同じような迷いの表情を浮かべていたのかもしれなかった。
 一瞬の沈黙が二人の間に落ちる。だが、結局司教も自分の好奇心を抑えられなかった。

「ひ、一晩だけ……様子を見てみましょうか……」

 * * *

 結局、問題の品物は女君主の背嚢に突っ込まれたままでその日の探索は終わった。
 司教が体調不良を訴えたことによって宝物の鑑定は翌日に持ち越され、獲得した戦利品
はそれぞれが一晩保管することとなった。
 夜半。馬小屋で雑魚寝をしていた侍、忍者、司教の三人は、ほとんど同時に目を覚ました。
 そして夜陰に乗じて冒険者の宿の廊下を忍び歩く。
 目的地はロイヤル・スイート・ルーム。

「……あれを使っていると思うか? 本来の用途で」
「武器か何かだと思ってるみたいだったがな」
「あの杖の呪いの力が強ければ……そういう気分になるはずです」

 期待と罪悪感のせめぎ合う気持ちを誤魔化すように言葉を交わしながら、彼らはとある
一室の前で立ち止まった。そここそは彼らにとって絶対不可侵の領域。女君主の寝室で
あった。普段なら、ロイヤル・スイート・ルームのある階で目撃されただけで惨殺は免れない。
例えば着替えや湯浴みを覗くためだけなら余りに大きすぎる代償である。だから、近寄らない。
しかし、今夜は誘惑が大きすぎた。
 三人は瀟洒な作りの木扉に張り付くと、そっと耳を当てる。

(……ん……ああ……)

 室内からはか細く、妙に艶めいた声が漏れてきた。三人は顔を見合わせる。

(ふ、太くて……硬い……)

(く!……手が……手が、止まらな、い)

(!?……うっ!!)

(はあ、はあ……まだ、おさまらない……もっと)

 息を潜め、耳をそばだてて一部始終を聞き取る。
 もはや室内で何が行われているかは明らかだった。
 『ねじれたつえ』と戯れる女君主の痴態が脳裏に浮かび、三人に残された僅かな理性を
容赦なく削り取る。想像以上の事態に彼らの興奮が頂点に達したときである。

 忍者が呟いた。

「今ならやれるんじゃね?」

 その言葉の意味が場に浸透するまでに裕に一呼吸の間があった。

「そ、それだけはダメだ!まずい!やりすぎだ!」
「流石にその一線だけは!パーティーを解散されてしまいますよ!」
「ば、馬鹿、俺も言ってみただけだよッ!」

「……と、とにかく」

 場を収拾したのは侍だった。

「今回は少し、やりすぎたかもわからん。今のあれは聞かなかったことにして……
 この場は大人しく馬小屋に戻って、明日ボルタックに連れて行こう」
「そ、そうだな」
「ええ、そうしましょう」

 侍の提案に、二人が賛同する。
 だが、誰も動き出そうとはしなかった。
 一瞬、三人の間に沈黙が落ちる。

「……おい、この場は大人しく馬小屋に戻るんじゃなかったのかッ?」
「も、もちろんですよ。お先にどうぞ」
「ふ、二人が先に行けば……その、なんだ。俺も後から行く。心配だからな」
「な……お前こそその手はなんだッ!」
「わわわ、わ、ダメです! ダメですよっ!」
「ちょ、や、まずい、二人ともやめ……!」

 三つの手が同時に扉の取っ手に伸び、六本の脚がもつれあって同時にバランスを崩した。
 繊細な造りのロイヤルスイートの扉では、三人の大の男たちの体重は支えられない。
 木材の軋む音と共に扉が外れ、三人はもんどりうって室内に雪崩れ込んだ。

「誰だ!」

 女君主の厳しい誰何の声が飛ぶ。

「すまん!出来心だ!すぐ出て行く!」
「な、何も聞いてません!見てません!」
「俺は止めようと……ん?」

 折り重なったまま慌てて三者三様の言い訳を口にする中、忍者の鋭敏な嗅覚が嗅ぎ慣れた
『におい』を感じ取る。それはむっと鼻をつくような、栗の花のような、要するに男なら誰でも
嗅いだ覚えのある自分の子種のにおいであった。

「お前たちか……いいところに来たな」

 呟きながら女君主がゆらりと立ち上がった。焦点を結んでいない両の瞳からは、『ねじれた
つえ』の呪いの影響下にあることが明らかに見て取れる。見慣れぬ部屋着姿は不思議と乱れて
おらず、麻のズボンをしっかりと履いているように見える。
 だが異様なのは、本来女君主には用がないはずのズボンの股間の合わせから、凶悪な何かが
顔を出している点であった。胸のあたりまで隆々と反り返ったそれに三人の目が釘付けになる。

「なんたる一物……」
「いや、『ねじれたつえ』ですよ、あれ」
「……くっついてやがる……」

 女君主は自分の股間から生えた『それ』――木製のはずが、なぜが脈打ち、先端からは
さきほどまでの自慰の名残を吹き上げているようにも見える――をゆっくりとしごきながら、
倒れたまま腰を抜かしている三人の前で仁王立ちになった。

「私の……<サックス>の……昂ぶりがおさまらないんだ」

「自分で装備しちゃったんですね……」
「ト、トレボー化してないか?」
「おい、なんか滾った目でこっち見てるぞ!」

「ま た や っ て く れ た な。
 ……なんでもいいから突っ込みたくてたまらない気分だ。
 責任は、取ってもらうぞ?」

「まずい!逃げろ!」

 侍が叫ぶ。が、自身も逃げ出そうとしたところで、扉の残骸に足がもつれてしまう。
 逃げ遅れた侍に忍者と司教が手を伸ばすが、時既に遅し。女君主の手が侍の足首をむんずと
捕まえていた。

「ま……待て……そんな馬鹿デカいもの……入るわけがな」
「知ったことかっ!」

「アッーーー」

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* さむらい にんじゃ しきょう は ぢ になりました *

(END)