「これは『歴戦の胸当て』ですね」
 司教はおもむろに呟いた。

 ここは迷宮の入り口。
 その日の探索を終えた一行は、簡易の魔方陣でキャンプを張り、戦利品の品定めをしていた。
 といっても鑑定は司教の仕事。他の面子は思い思いの姿勢でくつろいでいたところである。
「ふうん? 大層な名前だな」
 律儀に反応したのは近くで休息していた女君主だった。
 生真面目な彼女は、新しい武装が手に入ると常に真っ先に関心を示す。
 緩やかに波打つ金髪を掻き上げながら、司教の手許を覗き込む。

 司教の手には奇妙な金属片が握られていた。
 掌大の三角形の鉄片が二つ。優美に湾曲したそれを、三つの頂点から伸びた鎖がつなぐ。
「それが、胸当て? 胸当てといったらブレストプレートのことじゃないのか? 常識的に考えて」
「いえいえ、それは先入観というものですよ。胸に当てるものなら胸当てでしょう」
 そう言って司教は鉄片を自分の胸に当てて見せた。
 なるほどそれは丁度女の乳房を包み込むような形で、それがその奇妙な器具の本来の用途に思える。
「だがそれでは防具としての機能は期待できないな。本当に胸の先しか覆っていないじゃないか。
 ……ひょっとして、呪いの品か何かではないのか?」
「ふうむ。ですが名前は『歴戦の胸当て』で間違いありません。
 『破滅の』とか『悪魔の』なら呪いの品でしょうが、
 『歴戦の』というからには何か強力な武装に違いないでしょう」
「むむむ。だとしてもそれは……なんというか随分卑猥な装いだな」
 顔を赤らめながら呟いた女君主は、そこで自分に向けられた期待に満ちた視線に気付く。
「……まさか私にそれを着用しろなどとは言わないだろうな?」
 女君主の声に剣呑な響きが混じった。
 下心を見透かされた司教は慌てて取り繕う。
「いやいや、だってこれどう見ても女性用ですよ?
 このパーティーに女性は貴女だけなんだから、貴女に着けてもらうしかないじゃないですか」
「おい。いつぞやみたいに破廉恥な恰好をさせるつもりなら……」
 女君主の手が腰に吊るしたカシナートに伸びる。
「ちょ、ま、待ってください。
 思うにこれは肌着のように鎧の下に着用するアクセサリみたいなもんなんですよ。
 流石にこんなものが鎧のわけないでしょう?
 だったら別にこれを着けてたって恥ずかしくないし、私だって変な意味で言ってるんじゃありませんよ」
「む、鎧の下にか……」
「『歴戦の』ですよ、『歴戦の』。
 クリティカルとかオートヒーリングとか倍打撃とか、そりゃもう凄い能力があるかも」
「……」
「それに呪いの品じゃないんだから、試しに着けてみて効果がなさそうだったら外せばいいじゃないですか。
 別にここで試着しろとはいいませんから。今夜宿ででも試してみてくださいよ」
「ううん。そうだな。試すだけだものな」
「ええ、ええ、そうですとも」



 ──翌朝。冒険者の宿。
 入り口では、既に武装を固めた侍、忍者、司教の面々が待機していた。彼らは今日も地下に潜る。
「遅いな……女君主のヤツ」
「慣れない装備を着けるのに手間取ってるのかもしれませんよ」
「なんだ、司教。妙に嬉しそうだな」
 三人が他愛のない朝のやりとりをしていたところである。

「すまん! 遅くなった」
 息を切らした女君主の声に三人が振り向く。
 振り向き……そして、少なくとも忍者と侍は絶句した。
 女君主の恰好に。

 腰に吊るした凶悪なカシナートはいつも通り。
 逆手に持つ『支えの盾』も相変わらず。
 額を飾る額冠──『転移の兜』の下には、やはりいつもの高貴な美貌がのぞく。
 だが……普段なら『極上の鎧』の武骨な板金があるべき胴部には、何もなかった。
 首筋、鎖骨、たわわな胸、優美なくびれ、そして引き締まった太腿まで、白い生肌が晒されていたのである。
 いや、まったく何も着けていないわけではない。
 豊かな胸の半分ほどを包み込むように、ささやかな金属片が鎖で留められている。
 だがそれだけ。それで体の防備は万全とばかりに、後は股間を覆う申し訳程度の面積の下着のみであった。

「そうかそうか」
 いち早く立ち直ったのは忍者であった。
 感極まった風に女君主の姿態をまじまじと見つめる。
「お前も裸身美というものに目覚めたか。俺は嬉しい」
「裸身……? 何を言っているんだ?」
 女君主は呆れたように忍者を見下ろす。
 そして傲然と胸を反らしてみせた。鉄片からはみ出た上乳がふるるんと揺れる。
「相変わらず血のめぐりの悪い奴だな。この素晴らしい鎧が見えないのか?
 昨日手に入ったものだ。『歴戦の胸当て』といってな、正直、半信半疑だったが、着けてみて驚いた。
 これは……実に良いものだ。あつらえたかのように私の身体に合っている」
「ああ、すまん。それは新しい鎧だったのか。なかなか動き易そうだな」
「わかるか! まさかお前と防具に関して意見の一致を見るとは思わなかったぞ。
 そうなのだ。これは不思議と着用者の動きを全く阻害しない。
 きっと名工の手によるものに違いない。ついつい何も着けていないと錯覚するほどだ!」
「そうか。……ひょっとすると、風通しも良いんじゃないか?」
「うむ。板金鎧は蒸すのが欠点だが、これは快適だぞ。ははは、肌寒ささえ感じるよ」
「そうかそうか、よかったな。はっはっは」
「もう手放せないさ。はっはっは」

「……見事に呪われてるな」
「ええ」
 傍から見ると珍妙なやりとりを続ける二人を眺めながら、侍は司教に言った。
「とりあえず、『よくやった』と言わせてもらおう」
 にっ、と白い歯をのぞかせ、親指を立てて見せる。
 司教は口の端を上げて満足げに頷いた。
「だがどうするんだ? あれで地下に潜る気満々のようだぞ?
 流石にボルタックに連れて行って解呪してやらんとまずいだろう」
 問う侍に、司教は途端に表情を曇らせる。
「それが……正気に戻ったときのことを考えると気が重いんですよ」
「ああ……まあ、な」
「他人事みたいに。自分は無事だとでも思ってるんですか?」
「む」
 侍は上機嫌の女君主を見た。
 どういう話の運びかはわからないが、忍者にのせられて素振りを披露している。
 たゆんたゆんと乳房がはずみ、玉の汗が弾け飛ぶ。
 その様を忍者は食い入るように見つめていた。
「……ま、例によって一蓮托生だろうな」
「ですね」

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* にんじゃ さむらい しきょう は まいそうされました *