「こいつはひどいな」
 思わず扉を開けた盗賊が声にする。
「とりあえず通路を確認しましたが、いまのところ探索者たちは見つかっていません。この階層には今は我々以外はいないようです」
 そう玄室に集まったものたちに声をかけた。
 迷宮上層部。奥まった玄室の中で守護者たちが惨状の確認を行っていた。
 まず目についたのは壁に貼りつけられた三人の全裸の屍。その全てが喉だけでなく腹部までぽっかりと穴を開けている。
 両手、両足、そして心臓部を金属光沢のある杭で貫かれて壁に固定されている姿は、迷宮内を巡回する魔物にとっても眉をしかめるに値するひどさだった。
 他には玄室の奥の方に侍らしき死体も転がっている。そばには武器も落ちていた。

 定期巡回を行っていた雇われたちが惨状を発見したのがつい先ほどのことだった。
 ちょうど打ち合わせにきていたアーノルドから実況を確かめるために現場に立ち会いたいとの希望が出された。
 日頃からうさんくささを感じてはいたが、主から便宜を図るように言われている吸血鬼たちはそれを受諾することにした。
 玄室内には指揮を執る吸血鬼たちをはじめ、痕跡を探る盗賊、死者の状態を確かめる僧侶、魔術の痕跡を測る魔術師たちが忙しくそれぞれの作業をこなしている。

「死者降霊によるインクエストは無理のようです」
 壁の屍体を調べていた僧侶の一人が、吸血鬼に現状での診断結果を報告する。
 迷宮で死んだものは短時間で雑霊が取り憑き、本来の魂が呼び戻しにくくなる。
 ただ、冒険者のように生命力や運気を鍛え上げていればいる程、肉体に魂を帰還させるのは容易くなるのが一般的だ。

「ロストということか。余りに早いな」
 吸血鬼が不審に思うのも無理はなかった。迷宮上層部であれば雑霊もそれほど強力ではないし、死霊の類もうろついていない。
 それに現場の状況を見る限り、肉体が腐敗を起こしてもいない。
 これなら寺院に持っていけば即座に多重呪文による蘇生儀式が行われても何の不思議もない。
 肉体の大部分、特に内臓を喰われているのは蘇生率には響くが、そもそも魂が失われていなければ灰から復活できる事例すら存在するのだ。

「単純な事さ」
 玄室の隅、倒れた侍のそばに立つ部外者が静かに呟いた。
「どういうことだ。何か見つけたのか」
 副官の吸血鬼が赤い眼をむけ、半ば詰問するように声を荒げる。それに呼応するかのように吸血鬼たちが隊列を組むようにアーノルドを囲む位置に移動しはじめる。
「単純なことなんだよ。この玄室の中に魂を残しているのはだれか。それを考えればすぐにわかる」
 足下の死体につけていたマントを被せ、吸血鬼の方へ数歩だけ歩み寄る。
「何を言っている?こいつらの魂は残っていないと先ほど結果が出たことも聞いていなかったのか」
「ちょっと殺気立たないでください。気配を探れなくなるじゃありませんか」
 調査に協力を申し出ていたシニストラリ以下数名のサッキュバスたちが吸血鬼とアーノルドの間に割り込む。

「この玄室を見渡して、魂を持っているものをもう一度確認してみれば、おおよその見当はつくぜ」
 シニストラリの肩に手を当て、自分の後ろに引き戻す。他のサッキュバスたちも下がらせたアーノルドは指揮官の吸血鬼を臆する様子もなく見つめた。
 吸血鬼には瞳に幻惑の力を宿すものもいる。闇に潜み夜を歩く屍者たるその存在を直視するのは危険な行為だ。

「……何が言いたい。我らを疑うのか」
 指揮官の口から白い冷気が漏れる。同時に前衛にたった吸血鬼たちの爪が伸びる。明らかに殺気だった行動だ。
「そこの僧侶、魔術師、そして盗賊連中。これぐらいだろ、あんたの配下で魂を持っているのは。
 吸血鬼は魂を持たない。感染が進行する前の初期段階なら源流の親を叩けば人に戻るが、完全に吸血鬼になったあとでは魂は戻らない。
 そこの哀れな犠牲者連中は感染してから心臓を貫かれたのさ。それなら魂がこの短時間で消えちまっている理由になる。
 最近迷宮に出入りしてるんだろ、よそ者の吸血鬼がさ。そいつを追って高レベルの君主までやってきてる。二重に頭が痛いところだな」

「馬鹿な! わざわざ自分の子を増やしておいて、それを滅ぼすなどそんな馬鹿な真似をするやつがいるか!」
 指揮官の嘲りに満ちた反論に、シニストラリは愛しい男の袖口を不安になり握りしめた。
 自分の配下の使い魔からの報告で、アーノルドが街で若い女を引っかけていることは知っている。
 しかも連れ込んだとおぼしき界隈の廃屋から、血まみれになった部屋も見つけている。
 今回の犯人と、アーノルドの行動には共通点があった。
 街では食い尽くしても、迷宮ではそんな手間をかけない。そういわれるのが怖くて吸血鬼たちには知らせていない。
 いざとなれば指揮官の吸血鬼はアーノルドを殺すことをためらわないだろう。疑いの目を一つ減らせると言うだけで戦闘行動に入ってもおかしくはない。

「まあ、そんなに焦るなって。壁にオブジェを飾ったやつが変わり者だということを納得さえすれば良いんだ。第一子供を残しておけばあんたらの目につかないはずはないだろう。目的ははっきりしないが、こいつは子供を増やしたくない理由があるらしい」
 袖を掴んだシニストラリの握り拳に、手のひらをそっと重ねながらアーノルドは陽気に喋る。
「宝箱の方にも細工をしてあるんだろうさ。多分探索者に抵抗させないように、都合の良いタイプの罠が設置されていたはずだ」
 どうだ、という問いかけに、盗賊は『おそらくスペルブラスターでしょう』と答える。

「この侍は運良くそれに引っかからなかった。だから殺され方が違う。最初にこいつを始末したんだろう。
 その間に残りは逃げ出したんだろうな。となると街の方を探る必要が出てくる。そこでだ。この死体を使わせてもらうぞ。
 調査料は安くしといてやるぜ。基本は一日500GP。必要経費は実費を後日請求が相場だな」



「なあ、シニストラリ。どうも怒っているようだが、俺は何かしたのか」

 迷宮の隠し通路、主に迷宮住人に利用される寂れた回廊を歩きながら、アーノルドは腕に爪を立てたままとなりを歩く美しいサッキュバスに恐る恐る声をかけた。
 玄室からの帰り道、シニストラリは一言も言葉を発さず、かといって離れるわけでもなくアーノルドの腕を抱えたまま寄り添い続けている。
 侍の死体は雇われたちのパーティーに処置を命じてある。うまくいけば今回の騒動を収める鍵になるはずだ。

「なあ、シニストラリ。俺が悪かったから許してくれ」
 訳もわからないままついには謝罪のし始める。
 他のサッキュバスたちに聞いてもくすくすという笑い声や溜息が帰ってくるだけで、しかもその度にシニストラリの爪が腕へと食い込んでいく。

「……本当に、悪いと思っているのですか」
 握る力を緩めて、下から顔を見上げながらシニストラリが聞く。緑色の眼が魔法の灯りを反射し、心配なのかかすかに潤んでいた。
「ああ。もうちょっと場の空気を読むべきだった。おまえたちを危険にさらしたのはマズかったな。俺一人じゃないってことを、ッ痛。
 シニストラリ、刺さってる、刺さってるって。ちょっと落ち着けって。な、何この空気ッ! みんな何で離れテルノデスカ!?」

 シニストラリはアーノルドの方に額を当ててうつむくと、爪を再度立て始めた。
 それだけでなく、背中に魔力が集中し翼や尻尾が実体化しはじめている。
 極小の可能性ではあるが探索者に遭遇したときのことを考えて擬態を施していたのだが、それを解きはじめようとしている。
 周囲を歩いていたサッキュバスたちが全員少しずつ離れて立ち止まる。まるで円陣を組んでいるかのようだ。

「流石にないわね」「そうねぇ。いくらなんでもね」「わざとかしら」「わざとなら直せるから良いけど」「多分本気」「あーあボク知らねー」
 どうにも周囲が助けを出すつもりが無いことだけはよくわかったが、その原因がまるっきりわからない。

「あらあら……少しは反省いただけたと思ってましたが…………まるっきりお分かりいただけなかったのですね。
 わたくしあまりの悲しみに、はしたなくもあちらの世界から本体を出してしまいそうですわ。
 自分が危険なことにここまで鈍感だなんて、いっそうのことあちらに連れ帰ってしまおうかしら。
 ふふふ……そうすれば一生私のそばに……他の女性に目移りなどしなくなって……ふふ、子供は三人は欲しいですわね……」

「何かあれだな。今後の運命が自分の知らないところで決まりかけているような気がするが。おーいシニストラリ帰ってきてくれ」
 何度も声をかけるが、シニストラリのつぶやきは止まることなく果てなく続いていく。

「見てられないわね」「そろそろ止めないと」「教えて良いのかしら」「被害に遭うのは彼だけだから良いでしょ」「自業自得」「んじゃ」
 目線で会話をまとめると、サッキュバスたちが声を揃える。
『アーノルドさん、お姉さまを止めたいのなら、耳を触りながら頼んでみたら』

 周囲からの声に、現状を打破するべく従う。
 柔らかくなめらかで魔法の灯りを反射するブルネットをかき分け、かすかに尖った耳をあらわにして、指先で輪郭をなぞり柔らかさを確かめる。
 指で外周部をなで下ろし、そのまま耳たぶを経由して耳介をなで上げた。
 びくりとシニストラリの肩が震え、腕をさらに握りしめる。だがそれは爪を立てるものではなく、どことなくしがみつくようなものだった。

「なあ、シニストラリ。頼むから、機嫌を直してくれよ。お前が怒っていて、笑ってないのはいやなんだ。なあ。頼むよ」
 耳元で話すのだからなるべく抑えた声で、ゆっくりと頼み込む。
「俺が気がきかないから、いつもお前を怒らせているな。でも許してもらいたいんだ、お前には。だから、話してくれ。なあ、シニストラリ」
 俺の声が耳朶にかかるたびに、シニストラリの肩が震える。いつのまにか魔力は霧散し、体全体をぴたりと重ねるような格好になっていた。


「…………いいですわ。今回は許してあげます」
「そっか。ありがとうな!」
 先ほどまでの怒りのためか、こちらを見つめる緑色の泉からは涙がたまってこぼれ落ちそうになっているが、その口調は穏やかだった。

「見せつけてくれるわね」「妬けるわねぇ」「それはどちらにかしら」「どちら相手でも怖い話ね」「職場恋愛」「娼館で?」
「う、うるさいです! それよりも、先ほどの玄室で少し気になることを見つけたのですが」
「壁の屍体に何か痕跡でも残っていたのか」
 玄室の状況を思い浮かべながら尋ねる。シニストラリたちは僧侶たちに混じって屍体やその周辺を調べていたはずだ。

「はい。その、私たちにしか見つけられなかったようです。あの三人の体から精液の匂いがしました。それらと別の精液の匂いも残ってました」
 なるほど、確かにそれはサッキュバスならではの感覚だろう。
「陵辱してから殺したか。女だけのパーティーを襲う理由はそれだな。しかし複数の匂いというのがよくわからない。
 まてよ……ああ、そうか。盗賊がグルなら話が繋がるな」
 おそらく吸血鬼は配下をパーティに潜り込ませ、あらかじめ用意しておいた罠にわざと引っかからせるのだろう。
 それなら奇襲するタイミングも計りやすい。

「とすればパーティ編成から絞り込めるか。玄室の三人は体つきからしてマジックユーザーだろう。僧侶、魔術師、司教あたりだ。
 裏切った盗賊、前衛の侍。ん、一人足らないな。まさか五人で入ったのか?」
「そうですね。吸血鬼の噂を知っていれば、女だらけの編成でなら六人揃わなければ無謀すぎると言うものです」
 シニストラリも首を捻る。
 パーティーのバランスを考えても、あと一人前衛がいなければおかしい。

「あのー。ちょっといいですか。私精液の匂いはよくわからなかったんですけど、愛液ならしっかり嗅ぎ分けました。匂いは五人分でした」
 サッキュバスの一人が、おずおずと手を挙げて発言する。何故に挙手なんだ?
「あんたそっち専門だしね」
 仲間のサッキュバスが、何故かその娘と距離を取りながら呟く。
「はい! あの三人の他に二人分匂いがありました! けっこう濃い匂いなので、多分そばで嗅げばダレなのかわかると思います!!」
 いかにも自信ありげに薄い胸を張る。シニストラリをみると、苦笑して『レズなんですよ。そっち方面ではかなり売れてます』と教えてくれた。

「他に二人と言ってもな。侍と逃げた盗賊あたりじゃないのか」
「いーえ! 侍娘さんのおまたからはおしっこの匂いしかしませんでした。他に二人濡れぬれのおまたがあそこには居たんです!!」
 ……まあ、信じよう。そうなると、さらに話がわからなくなる。吸血鬼の眷属か?

「わからないな。吸血鬼のやつが仲間を連れていると言うことか」
「たぶん、ふたなりさんなのではないでしょうか。そうすれば精液も愛液も両方漏らせますよ」
 また別のサッキュバスが何故かうっとりした顔をしながら話す。微妙にスカートの前部分が盛りあがってる気がするが気にしない方が良いようだ。

「あの娘は、両方もちなんです。貴族や大商人の奥方からご指名を受けてますね。ふたなりやレズは男性を引き込んでいるのをみられたくない層に人気があるものですから」
 シニストラリが丁寧に教えてくれる。微妙に吐息が熱くなって、唇が艶々とし始めているのに危険を感じないでもないな。
「そっかぁ。となるとあれじゃん。吸血鬼を追ってきた女君主のアナテってやつもさ、昔吸血鬼に襲われて、たっぷり犯されたとかそういう話だったら萌えるな! うはぁぁぁ。濡れてきた! 早く帰ろうぜ! 仕事したくなってたよボク」
 何とも馬鹿な子が一名いますよ、シニストラリ。
「お馬鹿な娘ほどかわいいものですわ。小動物を愛玩するような方々から毎日贈り物が届くのですわよ、あの娘」
 
 迷宮の入口に繋がる扉が見えてきた。
 まずは侍娘を手はず通りに運ぶ。そのあとは君主のアナテに会ってみるとするか。裏切った盗賊はあいつにでも聞けばいいか。
「ま、とりあえずは休んでからにしたいな。シニストラリ、晩飯は何かな」
 機嫌を直したのか、ニコニコと微笑む彼女の手を握ったまま、俺たちは家路についた。



 都市内に落日の前触れを告げる鐘が鳴り響きはじめた。
 城壁により日は遮られ、都市は早めの夜を迎え入れる。
 鐘の音は都市の住人には夜の訪れを、近隣の街道には城門の閉鎖を知らせるものだ。
 故にこの時間、街道に繋がる門のそばは大いににぎわう。
 早めに都市についたものは便利な中心部の宿を選ぶが、閉門間近に都市内に入り込んだものは城門近くの宿に泊まることになる。

 そのため城門そばの広間は簡易バザーの用になっていることが多く、市民が冷えた果汁酒や蜜菓子、あっさりとした味付けで焼き上げた鶏肉や芋の素揚げなどを移動式の屋台で出している。
 あちこちのベンチは流行歌の歌い手に聞き惚れる旅人で完全に埋まり、近隣屈指の大都市である城塞都市はいよいよのにぎわいを見せていた。
 そんなお上りさんや商人たちに混じり、短めのスカートをひらひらとさせながらうろつく少女が居た。

 かすかに目にかかる長さのビターチョコ色のショートヘア、ひらひらとした長袖のシャツは丈が短くへそのあたりで終わっている。
 かなり短いスカートは立っていればぎりぎり下着を隠すが、動き回っている今の状態では、むしろ下着を時折隠して強調させる役目しか果たしていない。
 そんな彼女が快活な笑みを浮かべながら酒を注いでまわっているのだ。
 取引がまとまった商人たちは気前よくチップをウェストのベルトに挟んでいった。もちろん腰や尻を触るのは忘れない。
 その度に少女は「もー、いけない手なんだから」とか「感じちゃうからだめでしょ」とかいなし、さらにグラスに酒をついでいく。
 しばらく広間を周回し数本の空き瓶を作り出すと、彼女は本日最後の仕事に向かった。

 狙いは酔っぱらった商人と談笑している背の高い男だった。
 商人たちに負けず劣らずよっているのか、先ほどから脚がふらついて妙なダンスを踊っているかのようだ。
 目的は腰に無造作に引っかけられた財布袋だ。
 男はそこから無造作に貨幣を出しては屋台の周囲にいる客に食料や酒を奢り、お上りさんにお土産を持たせ、町娘から花を買っては色々な女性に手渡している。

「どこかのお大尽か、酔って気が大きくなった商人という所ね。そんなにお金を使いたいなら、アタシが使ってあげるからね」
 足音を忍ばせて近づいていく。
 迷宮で鍛えた隠身だ。手練れの盗賊である彼女からすれば、酔客の懐抜くなど余りに容易い。
 何気ない様子で広場の曲芸人たちの芸を眺めながら男の後ろを通りすぎ、彼女の体で男の財布がだれの目からも隠れた瞬間、中身に手を入れてスリ取ろうとした。
 確かに財布の中に入ったと思った手が、なにやら金属とは異なる感触に触れる。失敗に気がついたときには手首をがっと掴まれていた。

 瞬間息を吸い込み、大声を上げる。こうなれば悲鳴を上げて女としての武器を使って誤魔化すまでだ。
「「いやああああ! ちか『痴女』よおおおおおおおっ!!!」」
 彼女の声に被さり、彼女の声を完全に打ち消して男が叫んだ。
「やめてぇぇぇぇ! そこはお宝なのよぉぉぉぉっ!!」
 男は彼女の手首をがっしりと掴みながら、いやんいやんと悶えるように頭を振っては叫び続ける。
「え? えぇぇっ!! いや、その違ッ、アタシはそんなもの触るつもりじゃなくって!!」

 パニックに陥りながら、盗賊少女は必死に弁明をしようとする。
 だがそれは余りに危険な行為だ。痴女としてなら笑ってすませればよかったが、そうではないという。
 では男の腰回りを探る理由は何か。
 そうなるとだれしもがスリと思い浮かぶだろう。
 お上りさんのあふれるこの広場で、他にスリが居ないはずがない。

 となればそいつらは保身のために商人たちを煽動し、彼女を官憲に引き渡すどころか私刑を下す可能性すらある。
 まして露出を多くして男たちの視線を誘導する格好をしているのだ。暗がりでたっぷりと遊ばれるのは容易に想像がつく。
 一瞬で複数の男たちに強姦される自分を想像して、少女は血の気が引いていくのがわかった。
 ……まずいよ、どうしよう。犯されたりしたら。スリなんかするんじゃなかった。

「何てな。だめよ、お嬢ちゃんたら、いけない娘何だから。ほら、あわせてあわせて」
 聞き覚えのある声だとようやく気がついて、自分の手を握る男をみる。
 男は左手で彼女の手を股間に押しつけ、右手はというと高らかにあげて、珍妙な踊りを舞い始めている。
「ほら、こっちのリズムに合わせて踊って。でないと広場のあちこちのやばい連中が気がついちゃうぜ?」
「……アーノルド? 何でアンタが」
 小声で男の名前を呼んだ。

「いいから、いいから。ほれほれ、ほれほれ! ほーい、ほい!」
 彼女の手をぶんぶんと振り回し、珍妙なステップを踏む。
 広場の隅で音楽を奏でていた楽師たちにむかって金貨を放り投げ目配せをした。
 さすが路上での即興演奏を生業とする楽師たちは、アーノルドのリズムに合わせて愉快な戯れ歌を奏で始めた。
 こうなるとあとは酒や空気に酔った人間たちだ。
 好き勝手にそこいらの相手と踊り出し、広場はさらなる喧噪に包まれていく。

 アーノルドは少女を抱えてぐるぐると回転しながら、広場のあちこちにいる女たちに近寄っては囁く。
 女たちはにやっと笑うと手近な酒場に飛び込み、酔客や踊り子を次々と連れては広場で踊らせはじめた。
「さて、このぐらいでいいだろうな。ああ、勘定はこれで払っておいてくれ。それで出せる分、酒も食い物もじゃんじゃん振る舞ってくれよ」
 アーノルドに金貨を渡された酒場の主人たちは、満面の笑みを浮かべて各々の酒場へ注文を怒鳴りつける。
「本日は支払い気にせず、たっぷりやっておくれ!!」
 アーノルドに声をかけられた女たちが、奢りと叫びながら酒やつまみを次々と運んでいく。
 その喧噪に紛れ、アーノルドは少女を抱えて広場をゆっくりと離れていった。



「ね、ねえアーノルド。あんなにお金使って良かったの? 助けられたのは感謝するけどさ、アタシあんな大金返せないよ」
 アーノルドが案内した店に入り、カウンター席に座らせられた盗賊娘が、おずおずと申し出る。
「くくく。金がないんならスリなんかするなよ。俺じゃないやつに気がつかれたら、今頃は両足開いて謝っているところだぜ」
「ちょ、ちょっと。声が大きいよ。みんなに聞こえちゃう!」
 スリという単語にびくりと震え、となりに座って楽しそうに話す男に密着して小声で抗議する。
「大丈夫だって。ここの酒場は特殊でな。酒場専属の僧侶がところどころに【沈黙】をかけてるんだよ。テーブルの声だって聞こえないだろ」
「ぅぇ? あ! 本当だ! スゴイ!」
「その分チャージ料は馬鹿高いがな。なんだ、ずいぶんと殊勝な顔も出来るんじゃないか、ウィルヘルミナ。
 気にしなくていいぜ。この前の情報料で相殺してやるよ」
「で、でもさ。借りっぱなしな感じで、そういうの好きじゃないんだよ」

 ウィルヘルミナと呼ばれた少女は、店の雰囲気に気圧されているのか居心地悪そうに辺りをちらちらと見回す。
 その視線が離れたカウンター席に向いた途端固まった。
 身なりのいい服を着た男女の客だったが、明らかに様子がおかしいのだ。
 男の左腕は女を抱えるようにして左の胸を揉みし抱いている。右腕は両足の間に入り、小刻みに揺れている。
 女はというと、うつむいて体を震わせていて、その手は男の手を抑えているようだ。
「あ、あ、あ、あーのるど? あれってまずくない?」
 頼んだナッツ類の数を何がしたいのか数えるアーノルドの袖を引っ張り、ウィルヘルミナは助けを求めるようにか細い声を出した。
「31、32,33。ん、そうか。だったらよく見てみるんだな。本当にやばそうだったら教えてくれ。34、35」
 アーノルドはナッツを数える作業に戻る。

 視線を戻すと、既に女の左胸ははだけられており、男は乳首を親指と人差し指でつまんで転がしていた。
 【沈黙】の効果により声は届かないが、明らかに女は声を上げはじめている。
 男はさらに女を責め立てはじめた。
 右腕の動きを上下から前後へとかえ、太ももの付け根で激しく動かしはじめる。
 耐えきれなくなったのか、女はうつむいた顔を上げると、口を大きく開いた。だが、その声はどこにも届かない。
「う、うえ!? む、むりやりじゃないの? ふあ? す、スゴい。そ、そこまでしちゃうの! ふわあ、アーノルド入ってる、入ってるよ!!」
「おー、すごいな。カウンターにのせて、指で責めているのを思いっきり見せてるな。おお! いったなありゃ。お! さらにもっとだとさ」
 カウンター席にのせられ、片足を立て、もう片足は降ろした格好で、女は女陰を指でかき混ぜられていた。
 絶頂を迎えたらしく腰を突き上げて痙攣するが、豊かな尻をカウンターに降ろすと、男の指を両手で掴み再び股間へと押しつけた。
 男はというと椅子に片膝をつき、陰茎を取り出して女の顔に寄せる。
 女はなんのためらいもなく先っぽにキスをすると、そのままフェラチオをはじめた。

「え、ええええ! な、舐めるのそれって! うわ、くわえてる! すごい……全部食べちゃってる……うひゃ、そこ舐めさせるの?」
「そりゃ、くわえさせたらお返しに舐めてあげないとな。互いを思いやる愛情表現というやつだな。ミナだってしてもらって嬉しいことは相手もしてあげたいと思うだろ?」
「愛情ですか! そりゃ嫌いなやつのなんか絶対触りたくもないけど、舐めなきゃいけないものなの? 無理!無理、無理無理! 恥ずかし過ぎて死んじゃうよ」
 男女の痴態から目が離せないのか、じーっと見つめながら小刻みに首を振る。

「あれ? もしかして処女? だったらちょっとこの店は早かったか。まいったな」
「しょ、処女で悪かったな!」
「いんや悪いとは言ってないが。つーか、自分で処理する方法知ってるのか? とりあえずそのあたりも確認しておかないとマズい気がするな」
「処理? なんかしないとマズいの?」
 その返答にアーノルドは肩をすくめると、ミナの両肩に手を当ててゆっくりと自分の方へと引き倒した。
「ア、アーノルド? な、なに?」
「んー。別にお前が嫌がるようなことはしないから安心しろって。俺にもたれかかった方が安心してみていられるだろ」
 ぎゅっと握られたままだったミナの手を両手で包み込み、ミナの頭に顎を軽くのせる。
「ひゃ、くすぐったいよ」
 手の甲を親指で撫でられ、ミナはくすぐったげに身もだえをした。
 呼吸が徐々に速くなっており、頬に赤みが差している。
 額には汗で髪が数本貼り付きはじめた。

「ほら、見てやらないと。ここはそういう店なんだよ。見せたいやつと見られたいやつと見たいやつでルールを守ってるのさ。
 こういうのは気持ち悪いか? だったらすぐに店を変えるからな」
「気持ち悪くないけど、なにかさ、見ていてちょっと怖い感じがする」
 腹部に当てられたアーノルドの手に自分の手を重ね、ミナは不安げな様子でちらと店の中を改めてみた。
 複数の男女が、楽しげに談笑しながらカウンター奥の地帯を眺めている。
 幾人かは同じように体をまさぐりあっていた。

「そっか。ミナはあの女みたいなことをされるのが怖いか」
「ちょっとね。知らない相手に触られたくない」
「ああ、そういうことか。別にあの男に触られるんじゃなくて、他の相手に触られることを考えてみたらどうだ。
 自分があの女みたいな立場だったら、だれになら触られてもいい? だれになら触って欲しい?」
 耳元でアーノルドが囁きかける。
 腹部に当てていた腕をゆっくりと動かし、へそを中心に軽く撫でていく。ミナの手はそれを邪魔せず、素直にアーノルドの上で重ねられたままだった。
「触られちゃうの? アタシ、あんな風に、恥ずかしい場所まで触られちゃうんだ……」
 吐息が漏れる。
 ミナは自分にちらちら視線を合わせる女の目に、微笑みが浮かんでいることに気がついた。
 それはミナを嘲るものでは決して無く、ミナの恐怖を和らげるような優しい微笑みだった。
 ――大丈夫、怖くないから。気持ちがいいことなのよ。
 女がそう呟いたような気がして、我知らずミナは女に軽くうなずいていた。

「ミナ、ここは嫌か? 嫌なら、いつでも嫌と言って良いんだぞ」
 アーノルドの手が胸に当てられ、そのささやかな膨らみを優しく揉んでいく。
「……嫌じゃない」
 少女はそうとだけ返すと、自分の膨らみを揉む男の手に自分の手のひらを当て強めに揉みしだくことで、もっと強めにして欲しいことを伝える。
 アーノルドは胸をもみ上げながら、人差し指の腹で胸の先端部の突起を軽く潰すようにこね回した。
 途端少女はびくりと体を震わせ、小さくなるように体を丸め込んだ。
 アーノルドはさらに乳首を転がし続ける。
 その度に少女はびくっと体を震わせ、耐えきれなくなったのかアーノルドの太ももに手を当てるとぎゅっと力を入れた。
「先っぽが敏感なんだなミナは。こっちも触るよ」
 右腕を胸から外し、少女の太ももにのせる。
 太ももは固くあわさり、その間に何者の侵入も拒むかのように閉じたままだ。
「ミナ、少しだけ触らせてくれ。ちょっとでいい。それで嫌だったら、そこでもう終わりだから」
「……ホント? 痛くしない? 変でも笑わない?」
 少女はか細くでささやくような声を絞り出す。
「本当だ。痛くしないし、ミナに変なところなんてない」
「ん」
 少女は体から力を抜き、こわばりをほぐすと少しだけ太ももの力を緩めた。
 アーノルドは太ももの隙間に手を差し込み、まずは左の太ももの内側に小指で軽く渦巻きを描いた。
 外から中へ小さく円を。中心から外へ大きく円を。
 何度かそうしているうちに、ミナはさらに太ももを広げて愛撫への協力を示し始めた。
 短いスカートは既にまくれあがり、ミナの小さな下着をさらけ出している。
 下着は女性冒険者によくある両端がヒモの着脱が容易なタイプだ。
 迷宮探索を行う際、用を足す場合にさっさとすませられるように片側を外すだけで脱げるようになっているこのタイプなら、いざというときに手間取って先制攻撃を受ける確率を減らすことが出来る。
 アーノルドは少女の草むらが生えているであろう部分に手のひらを当てると、軽く股間をなで始めた。
 少女の口からはかすかに快感を示す吐息と、ときおり自分の胸と股間を愛撫する男の名前が漏れでる。
 間近で男女の営みを見せつけられたために、盗賊娘の下着の一部分は色が変わっており、それの領域はアーノルドの手が動くたびに広がっていった。

「ここはどうかな? 痛い? 気持ちいい? くすぐったい?」
 少女の濡れている部分のやや上。
 指先に布の下から押し返す突起が感じられる部分をわずかに押した。
「ぅくっ!ん!!」
 少女は右腕で男の腕にしがみつき、左腕で愛撫する指の動きを抑えようと上から押さえつけようとした。
 当然その動きは、敏感な小さい突起を強く刺激するだけで、少女は自らの手で一気に絶頂へと追いやられてしまう。
「ひゃ……く……あ、ぁあの、るどぉ……」
「気持ちよくなれたか? 合格だな」
 初めて男の手で絶頂を迎えた盗賊の少女は、男の言葉の意味はわからなかったが、何となく褒められていると感じで、にへへへと締まりのない笑みを浮かべた。
 それは女としての誇りが混じった、先ほどの女がミナにみせたものと同種の微笑みだった。