城塞都市において冒険者がその法を犯した場合、居住する一般市民ならば追放刑が最高の刑罰だが
元々流れ者こと余所者な冒険者には屁でもない。第一、冒険者を追放しては困るのは城塞都市側だ。
 ワードナの手により『奪われた』アミュレットが狂王トレボーの手に完全に奪還が果たされるまで、
冒険者は必要悪とも言える存在なのだ。……実は迷宮から持ち帰られる財宝、冒険者がやたら散財する
金銭、ボルタック商店の開設許可、宿運営、カント寺院の冒険者の独占治療権で城塞都市の為政側が
かなりの利益を貪り、さらに国内有数の経済拠点として君臨し、近隣諸国から垂涎の的となっていたり
するのは『公然の秘密』であり「全くワードナ様様よ」と狂王トレボーの哄笑が止まらないとの噂だ。

 「本日の強制労働刑の受刑者、前へ! 」

 高転びに転んでも唯では起きない狂王は、人口増加で足りなくなる耕地の開拓に、罪を犯した冒険者を
利用することを目論んだ。冒険者を稼業としている人間は体力が有り余っている。だから迷宮の探索以外にも
有効にその労働力を食料供給に活用せねば。言わば強制労働刑は城塞都市側の実益を追求した結果なのだ。
 強制労働に就く冒険者は、城壁の外の荒野へと運ばれる前に必ず都市当局の監査を受ける事になっている。
泣く子も黙ると言われる強制労働の受刑前に逃亡などされたら、他の市民や冒険者への懲らしめや見せしめに
ならないからだ。今回も受刑者の見送りにヒマな冒険者や市民達が殺到して、本日の監察官兼責任者のリグは
対応に苦慮していた。特に今日は野次馬の数が多く、本来は非番の者まで狩り出してまで整理に当たっていた。

 「……アンタも大変だな、ジョウ? また『灰燼姫(カイジンキ)』絡みか?」

 サムライのジョウは強制労働刑の常連だ。しかし彼自身は模範的な冒険者であり、また城塞都市の『市民』
資格を特別に与えて都市に迎え入れても良いと言う評価も多数貰う、有力市民からも受けの良い人柄である。
 常連なのは、本来ならば彼自身が受けるまでもない刑をいつも『誰か』のために肩代わりしている御蔭だ。
その『誰か』を追放すれば話が早いのだが、その『誰か』を追放すると彼もまた去るであろう事が都市には
『痛い』ので強く追求出来ずにいるのだ。……その誰かとは言うまでも無くジョウの相棒である『灰燼姫』だ。

 「いや、今回は俺自身が刃傷沙汰を起こしたんだよ、リグ」
 「下手な嘘はよせよジョウ。みんな解ってるんだからさ」

 これまでの『灰燼姫』の所業は城塞都市中に鳴り響いている。その中でも有名なものを挙げるとするなら――。


・ボルタック商店に武装して殴り込み、必要以上に女冒険者の体を撫で回す男の鎧仕立師や解呪師達を殴り倒した。

・カント寺院にて敬虔な信徒であった一市民が喜捨の額で『けちな背教者め出て行け!』と言われるのを見て、
 持っていた掌ほどもある古代金貨をその坊主の口に叩き込んで足蹴にして叩き出し石段から蹴落として高笑い。

・ギルガメッシュの酒場で素人冒険者を騙して金銭を巻き上げて売春宿に叩き売ろうとした素行不良の冒険者を
 禁止されている武装しての公開決闘で私的処罰。大喝采の中で『正義は妾(わたし)に有り!』の問題発言。

・相棒のサムライと歓楽街の前を通りかかったとき、サムライへの秋波と自分への罵声に耐え切れず『リトカン』を
 発動させる。死人は出なかったが歓楽街は全焼。即時追放も審議に上がったが『良心的市民』が強攻に擁護。
 本人曰く『下衆な猿の下劣な鳴声に耳を傾けたのが妾の非』と問題発言が多々有るも火災については猛省する。
 尚、本人と他一名での即日被害額弁済は『良心的市民』のさらなる支持と『一部歓楽街内被害者』の憤慨を呼ぶ。

・上記の事件で都市の暗部を仕切る『盗賊互助組合』の存在を知り、大抗争の末に壊滅の一歩手前まで追い込む。


 言うまでもなく最後の2つの逸話が城塞都市で『灰燼姫』の綽名の拝命に至った経緯である。他に高段位冒険者の
間では、気まぐれで迷宮内の玄室の敵を全て駆逐してしまい、商売を上がったりにさせるからだと言う説もあるが、
B10Fに到達するパーティが数少ない事からその説は現在否定されている(某ホビット族男性が真実と強く主張)。


 
 「……ええと、今日は三名で、一人が人間族の男性、二人がエルフ族の女性、名前はそれぞれ…」
 「ジョウの言は真実(まこと)ぞ? リグとやら」
 「そう嬉しそう、かつ誇らしげに言う事では無いのでは有りませんか? ……まず貴女自身が恥を知るべきです」

 ジョウ、シミア、カイ。監査を努める監査官リグの手元の書面には三名の人名が記載されていた。シミア?
目を留めてからジョウの両隣を見る。しっかりと右側からジョウの右腕を胸に抱いて離さないエルフ女性が1。
左腕は同じ顔をしたエルフ女性にまた反対側から捕まえられている。シミア? …シミア、シミア、シミア……。
…シミア。何かが足りない。そう言えば『灰燼姫』の名前はどう言ったか? リグはおずおずと両側の女達では
なく、突っ立っているジョウに尋ねる事にした。

 「なあ、『灰燼姫』って……もしかして……」
 「ああ。こっち、右側の『シミア』だ。野次馬が多く集まってるのも、刑を宣告される際の泣き顔が見てみたいからだな」
 「私はそこの我儘君主の巻き添えを食らった、魔道師のカイです。つい挑発に乗ってしまって酒場でモーリスを…」
 「フぅン? 『ジョウのためなら、私、脱げます!』とか叫んでいざ脱ぐときにモーリスを使った臆病者が何を――」
 「カイ、シミア、もう止(よ)せ」
 「妾(わたし)は己の発言の通り脱いだぞ! 自らの言をしっかり守らぬカイの側こそ悪いわ! そうであろう皆の者?!」

 男性冒険者と一部市民の中から喝采が上がる。リグの持つ書面には『風俗壊乱・傷害』とシミアの名の横に罪状があり、
カイの名の横には『風紀壊乱(街中でのスペル使用)』とある。どれも重罪で、冒険者に執行される強制労働刑に相当する。
その執行に際しては抜け道はあるのだが、名前が名簿に載った以上、現地には最低限、当人が向かわなければならない。

 「リグ、顔馴染みの誼(よしみ)だ。なるべく早く済ませてくれ」
 「もう面通しは済んだよジョウ。行先は3人ともいつもの所だ」
 「「?」」 

 ジョウは左右から怪訝な顔をしてみせる二人に右、左へと頷き、待機している幌馬車に乗るよう促す。
二人同時に乗り込もうとして睨み合いになり、同時にそっぽを向く拍子が同じなのが野次馬の邪気の無い
笑いを誘う。時折市民の若い女性から『ご無事でシミア様ぁ』などと言う声援を送られ、笑顔で手を
振って見せ、『とっととくたばれ灰燼姫』と叫ぶヒマなある男性冒険者へ柳眉を逆立て『顔を覚えたぞ
そこな痴れ者』と怒って見せるのも忘れない。同じ顔をしたカイは『売れぬ芸人でもあるまいし』と
早々に我関せずを決め込み、ジョウに話し掛けて、馬車の行き先と刑罰の内容について頷きながら聞いていた。


 
 「それでは刑の執行場へ移動する。出発だ! 馬車を出せ!」

監査官のリグが乗り込み、出発命令が高らかに宣言され、幌馬車の後部の幌が下ろされた。荷馬車の両側に
木の厚板で簡易腰掛が設(しつら)えてあり、左側に監察官のリグが一人で、右側に三人が並んで座る。
道路が城塞都市とは違い、路面が剥き出しでろくに整備がされていないので、荷馬車の車輪が石を踏み揺れる。
四半刻(30分)も経過しないうちにもう尻が痛くなったのか、顔を顰めたシミアが甘えながらジョウの膝に
座ろうとするが、カイが叱り付けて阻止し、ジョウが宥めて納得させたのか、ジョウの右腿にシミアが跨り、
左腿にカイが跨る形で決着が着いた。ジョウの方を向いて二人は跨っており、リグからは二人の背中しか見えない。

 「……でジョウ、このお二人さんと一体どう言う関係なんだよ、おい?」

 振動と軋みが絶えない馬車の中で、見てらんねぇやと一人で寝そべりながら、リグは腹から大声を出してジョウに
話しかけた。そうでもしないと相手に聞こえないのが城塞都市名物『地上の地獄への直行便』号の慣(なら)いである。
本来監察官は無言で睨みを効かせるのみだが、顔見知りで脱走の心配が全く無い相手だとこうも親しげになるのも無理はない。
言わば模範囚を相手に楽をしているのだ。即座に照れくさい顔をしたジョウに憤慨したのか、右腿に座ったシミアが濃厚な
接吻をし、左腿のカイが負けずに割り込みを賭けてもみ合う。…ジョウの下袴の、二人の跨っている両腿の部位がだんだん
濡れて来ているような気がしたが、きっと馬車の内部が暗いための目の錯覚に違いないとリグは信じ込む事にした。
 
「ああ、そうかよ、わかったよこの色男! 休憩の時にでも事情聴取がてらに聞かせてもらうさ……」

 やってらんねぇ、とばかりに監察官主事・リグは二人が争うのを聞きながら、背中を向けて小休止まで一眠りを
決め込んだ。馬車でニ刻(4時間)は掛かる行程なので、律法で小休止を取ることを決められているのだ。さらに
ジョウが逃げようと思えばメイジスペルのマスターなので、いつでもどこでもマロールを詠唱すれば済む話だ。
じっと監視している方が愚かである。と、言うより、三人を見ていると未だ一人身の寂しさが堪(こた)えてくる。
暫くリグの意識が朦朧としているうちに荷馬車が停まる。半刻(一時間)目の最初の小休止だ。

 「さて、と聞かせて貰おうかね。調書を取んなきゃいけねぇしなぁ? 」

 馬車を降り、男二人で並んで突っ立って小便をしながら、リグはジョウに事の顛末を尋ねた。相手の股間は見ない。
前に見て自信をなくしたせいもあるが、まじまじ見て男色の気でもあるのかと勘ぐられても面白くない。エルフの
女二人も排泄のためかどこかの草叢に消えた。事情を聞くのは二人のいない今がややこしくならないだろうと判断して
の事だった。ジョウは軽く溜息を吐き、覚悟を決め訥々(とつとつ)と話し始めた――。


 
 心地良い疲労と快楽に溺れる爛(ただ)れた3日間を送ったジョウとシミアは、半日ひたすら眠った。
それから宿の主人に断(ことわ)りを入れて湯を貰い(その時に宿の主人に涙を流されて感謝された)、
互いに身体を拭いていたら催して来て一戦。その後、後始末が終わると、ジョウは完全装備の重量も
屁でもない、と言った風情の足取りも軽ろやかなシミアに連れられ、ギルガメッシュの酒場に向かった

 『今の気分はどうだ? カイ? 差し詰め負け犬の気分と言った所か? ン?』
 『たった今、優れぬ気分が最悪の気分に為りました。……この私に何か用件でも? 「シミア様」?』

 夕食を摂(と)る魔道師のカイの前にわざわざ座るシミアに、ジョウは無理矢理に並んで座らされた。
居心地の悪さを感じつつもシミアには逆らえない。もし拒否しても『嫌か?』とシミアに拗ねて見せられ、
結局は座らねばならぬ事になるのは解り切っていたからだ。カイの「シミア様」と応えた言葉の裏には
『下衆な人間にも劣るエルフ女の形をした糞袋め』と言う最大限の憎悪と侮蔑が込められていた。その間、
カイはジョウの方を哀しげに『本当にこの女で良いのですか?』とチラチラ盗み見てジョウに視線で
訴えるのも忘れない策士ぶりだ。

 『フン、敗者めが。そんな姑息な手を使うなら最初から『私と逃げて』と哀願すべきではないか。
  おおそうよ、出来ぬのであったわ。なにせジョウは確か、気高いエルフで優秀な魔道士の貴様に
  言わせれば、「素性も知れぬ東方出の汚らしい愚かな人間種の戦士」であったなぁ? 』
 『……たった一度抱かれただけで浮かれっ放しになるとは、なんとも可哀相な女だこと……』
 『一度? ほぉぉ、一度。ああそうさのぉ、この3日間という間、一度も手放してくれなんだから、
  たった一度「きり」よのぉ? 今も妾の胎の中にはジョウの子種が唸るほどに溜まっておるわ――』

 ついにカイの忍耐の限度を越えたのか、事も有ろうに前衛職の君主、それも主筋のシミアに平手を
振り上げた。腕の動きを見切ったシミアは空を切らせようとして、直前までそのまま避けずにいた。
が、何故か肉を叩く鋭い音が酒場中に響く。……だがシミアの頬には痛みは全く無い。何が起こったのか? 
手を押さえポロポロ泣き出したカイを見てシミアは一瞬で理解した。ジョウが替わりに殴られたのだと。

 『悪いが殴るのなら俺の方にしてくれないか、カイ』
 『〜〜〜貴方はいつもいつもいつも! シミアシミアシミアシミア! この女が貴方にどんな良い事を
  してくれたと言うのですか!この女が貴方に与えてくれたものは、いつも強制労働や賠償金や怪我の
  類のみではありませんか! どうして、どうして貴方のような…』
 『妾が好んでジョウを身替わりにしていたとでも言うのか、カイ。妾はいつも――』
 『煩(うるさ)い! ジョウが身替わりになるのは自分のためだけなのだと内心狂喜していたくせにっ! 』

 シミアはカイの叫びに二の句を継げなかった。紛れもない事実だ。本当に嬉しかったのだ。しかし三姉妹が
来てから行状に細心の注意を払い慎んでいたはずで、カイが知りようの無い事だ。……とすると調べた……? 
 シミアは潔く、自分が『ちとやりすぎた』事を悟った。異母姉のルミアン、異母妹のディルマと違い、同い歳で
自分そっくりの顔をしているカイにはどうも『言葉が過ぎる』傾向がある。だが、吐いた言葉はもう戻せ無いし、
こぼれた酒精を元の器に戻す事は誰にも出来ない。―――こんな心算ではなかった―――。シミアは唇を噛み、
弁解する言葉を腹のの中に融かし、耐えた。だがカイはさらに言い募(つの)る。
 
 『貴女だけが特別! はっ、さぞかしいい気分だったでしょう! ジョウに言い寄る女がまず貴女の排除を
  狙わなかったと、貴女を辱めようとする男がまず常に傍に居るジョウを襲うとは、露とも考えないとでも?!
  この私も何度貴女を……! 』
 『カイ。その先を言えば、俺がお前をどうするか…解るだろう?』 
 『貴方になら……愛する貴方に斬られるなら……本望です。私を今すぐ貴方の……! 』

 ジョウの顎がカクン、と落ちた。え? と言わんばかりのうろたえた顔でカイとシミアを交互に見遣る。その狼狽ぶりに
カイが真っ赤になって俯き、シミアはジョウに呆れ顔をして左右に首を振って見せ、それから深く頷いた。やっぱり、だ。
言葉通りにカイが嫌っているとでも信じ込んでいたのだろう。カイの演技の徹底振りに『天晴れ』とシミアは「敵」ながら
感嘆を禁じ得なくなる。自分があれほどあからさまに迫ってみてもあの鈍さだ。ジョウの己に向けられた『異性の好意』の
感知能力の鈍さと来たら、逆に普段のジョウの判断や気遣いや気配り、戦闘指揮の鋭さや冴え振りの方が信じられない程だった。
 
 『こともあろうに妾の前でよくぞ言えたな、カイ? その厚顔無恥の言、褒めてつかわす』
 『……どこまでこの私を辱めれば気が済むっ、シミアァァァァっ! 』
 
 酒場は最早沈黙に支配されていた。居並ぶ者は興味深々の顔をして、見逃すまい、聴き逃すまいと固唾を呑みながらシミアの
次の台詞を待ち望んでいた。きっと周囲の客や給仕達はさらなる劇的な展開を望んでいるだろうが、ここは納めねばなるまいと
シミアは自分に言い聞かせた。
 
 『落ち着け。腹が立っているのは妾も同じだ。……まあまず話を聞け』
 『俺が頼めた義理では無いが、俺からも頼む、カイ』

 カイは深呼吸すると、泣き笑いの顔を見せジョウのみに頷く。シミアは当然面白く無いが、敢えて無視を決め込み、言葉を継ぐ。

 『妾は別に貴様に喧嘩を売りに来たわけでは無いのだ。誤解するな』

 酒場がざわめいた。…正しくは話を最初から聞いていた者がこそこそと小声で話していた。『あれがただの挨拶なのか』や
『さすが灰燼姫、相手に喧嘩を売らせる技術にかけては城下一品』など、聴力の良いエルフのシミアは全てを耳にしていたが、
また敢えて無視を決め込んだ。「黙れ愚者どもがそこに直れ」と普段のように激昂しては、まとまる話もまとまらなくなるのだ。

 『貴女はいつも他の誰かに挨拶する時、『負け犬の気分か』と訊くのですか? 「シミア様(糞女の言外の意を込めて)」』
 『余りにも嬉しくて口が滑ってしまっただけで悪意は無い。貴様こそ噛み付かずただ聞き流せば良かったのだ』

 また酒場が漣(さざなみ)の如くざわめいた。『嬉しかったら悪態吐くのかよエルフは』『俺はエルフだけどそんな風習ないぞ』
『いや、灰燼姫なら有り得る』『絶対なんかあるんだぜあの三人』などなど、聞こえるか聞こえないかの声量で話す群集を、ついに
シミアは右から順に見遣り、ぐるりと振り向き、酒場中を睨み据えて黙らせた。……憩いの場にいたたまれない雰囲気が降りて来る。
そのはずであったが、今回ばかりは勝手が違っていた。

 『……アレが「やだ、抜いちゃやだ、もっとジョウが欲しい、もっと奥を衝いてぇん」って可愛くねだるとは想像できんぞ? 』
 『ホントだって。「もっと妾を苛めてぇ、眠りたくないのぉ、夢にしたくないのぉん」って甘えてるんだぜ? あれでよぉ? 』
 『かぁー! もしかして馬小屋でずっとサカってたの、もしかしてあれ『灰燼姫』だったのか?! …信じられネェ、嘘だろ?! 』
 『あれ聴いた男どもがたまんなくなって売春宿に行って客が入りきらない程だったって話。聞いちゃったアタシもあてられたし』
 『そりゃあそうね。だってあの、スっゴくめろめろ〜な声。どんなおっきいモノが入ってるのかって見て見たかったなぁ〜〜〜』

 わざとシミアに聞こえるように声高に話し始める客たちの声援を受け、カイはニンマリと『我が意を得たり』とばかりのいやらしい
笑みをシミアに向けた。やはり日頃の恨みは買わないに越した事はない。そして敵は少なければ少ない程、世渡りが楽になるものだ。
  
 『全く、恥と云うモノを知らないのですか? 高貴たるエルフで、それも練達の君主で大領主の正嫡たる「シミア様」が? 』
 『心地の良いものを良いと言って何が悪い。彼奴等(きゃつら)の言は真実であり、全く否定するには及ばぬ。のぉ? ジョウ』
 『……俺はおまえにただ溺れてしまった自分を恥じる。こう見えても、俺は東方人種のサムライだからな。…堂々と居直れない』
 『妾を3日3晩にも亘り喘がせた事は誇りに思って良いぞ、ジョウ? 妾も恥ずかしいと思うのもジョウに溺れたと言う一事のみよ』

 カイの笑顔が引き攣(つ)る。廻りもモンティノが効果を発揮した如くの沈黙が支配している。この二人は『アレ』を恥ずかしい事だ
などと微塵も思っていないとばっさり言い切ったに等しい発言だった。思わず力が抜けてしまったろう女給の手から皿が滑り落ち、割れた。

 『あ、あ、あれを……あの大惨事を…! 』

 市民の通報によって馬小屋を包囲した都市の警衛隊・諸隊があまりの脱力感と昂奮で機能しなくなり『馬に蹴られて死にたかネェよ』
『邪魔したら灰燼姫に頭割られるか、お付きのサムライにヒラキにされちまう』などと口々に上層部の決定を待たずに現場で現地解散を
決め込み放置された。多産奨励を教義とするカント寺院も表立って介入し制止するわけにも行かず、モンティノを掛けようにも都市法に
より制限されており『悪しき先例』を造るわけにもいかぬと枢機卿会議まで開かれて議論された。冒険者の古株連中も流石にマズイと
善悪中立と雁首(ガンクビ)並べて合議したが『あいつらに関わったが最後だ』で意見が一致し放置を決定した。あれだけの大騒動事を、
ただ一言で『恥にあらず』と言い切ったのだ。では枕や袖を噛み必死で善がり声を殺した己が虚仮そのものではないか、とカイの理性は
瞬時に沸騰した。

 『…やってしまったものは仕方無い。刻は流れ行くもの。留めて置けるのは人の記憶の内のみぞ、カイ』
 『……所業無常。刻はただ単(ひとえ)に水の流れに同じ。サムライとは斯(か)くあるべき者。許されい』
 『ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ならここで、この場で脱いで見せろ、この破廉恥女ぁ! 』
 『何故そのような答えが出るのだ、カイ? ……フムン……。それもまあ良い。脱いでやろうではないか。てぃっ! 』
 『おいシミア……?! くおっ! 』

 突然、卓上に飛び上がったシミアを降ろそうとしたジョウが、シミアの『ミルワ』による眼潰しを喰らい悶絶する。視力が急に奪われ、
目が眩んだ状態になる。しばらくすれば回復するだろうが、当座は凌げる。実は、ジョウにまじまじと見られる事だけはまだ恥ずかしい。
正嫡の教育とはどう言うモノなのか、この心得違いの魔道師に一度示してやらねばならぬ、とシミアは決心した。長い金髪を掻き揚げる。

 『……戦に負け、虜囚の身と成り果てた場合、女の身であれば早速、辱めを受けるのが世の倣(なら)いよ』

 魔導技術の粋を尽くして織られたと言われる「君主の聖衣」の白色部分が、酒場の燭台やランプの光を浴び、微妙な虹色の反射を見せた。
金属のようで金属でない。布のようであって布ではない。数ある職業の中で君主だけが身に纏える防具「君主の聖衣」。ボルタック商店に
すらまだ持ち込まれていないシロモノが目も綾に、酒場の客や給仕の目の前にある。シミアはおもむろにカシナートの剣を抜き、木製の卓に
突き立てる。酒場にいる人間がその音に驚き、注目した。シミアはゆっくりと銀の小手を左、右と金具を外し、剣の鍔の両側へと引っ掛ける。
さらに小手の下の緩衝材代わりの皮手袋も脱げば、腕全体の肌を保護する薄絹の長手袋の手首から下部分が見える。
 
 『唯々(ただただ)泣き喚いて恥じ入るのみは、憎(にっく)き敵(かたき)を喜ばせ、その獣欲をそそらせるだけのこと……』

 長靴の金具を外し、脱ぐ。ジョウがしきりに頭を振っているが、視力はまだ回復していない。…急がねば。両足分を脱ぎ、剣の傍に揃える。
そして、君主の聖衣の下衣に手を掛ける。君主の聖衣の下衣は普通の鎧とは異なり、腿当て、臑当てと一体化していて外す必要が無いのだ。
着用すればたちどころに必要な部位が装甲の態を成してくれると言う便利さだ。……手に入れた時はどんなに嬉しかったか。そしてその後…
思わずシミアは歯軋りを漏らす。思い出すのも汚らわしい、あの女ニンジャが――! シミアは悔しさとともに下衣を一息に降ろし、長靴の
上に掛ける。聖衣と同じく輝かんばかりの雪白の肌に、黒く染められた絹の長靴下と、同じく黒のレース飾りの靴下止めと下裳がよく栄える。
次にシミアは君主の聖衣の上衣を勢い良く脱ぎ、剣に掛けた。

 『およそ君主たらんと自負する者は、むしろ敵の前に敢然と立ち、気高さと威厳を持って怨敵と言えど、ひれ伏せさせねばならぬものよ』

 シミアの「エルフにしては巨大だが、人間にしてはやや大きい」とされる双乳が、黒のレース飾りに縁取られた乳当てに包まれていた。
カイは圧倒され、口もろくに訊けずにあわあわと真っ赤になって動揺している。そこが貴様の限界よ、と口に出してやりたくなる程に
シミアは高揚したいい気分に浸っていた。ふと、背後の足元から痛いほどに凝視する視線を感じ、振り向くと……視力の回復したジョウが
しっかりと見惚れていた。衆目にも解るほどシミアの肌が紅潮していくのが解った。だが、ここまで脱いでしまって「はい終わり」では、
己の沽券に関わる。何せ「職業は君主」なのだ。酒場に居並ぶ民草の期待に答える義務がある、と無理矢理シミアは己を納得させた。

 『……並みの女性(にょしょう)の様に恥じらい、振る舞うのは、己が伴侶とまぐわう閨房の房事の間のみで良い』

 乳当ての肩紐を左右とゆっくり外してゆき、脱いでしまうと軽く、ジョウの頭に乗せる。…胸を張ると、揺れた。もういいシミア止めろ、
と言うジョウの声が聞こえたが、シミアは敢えて無視し、下裳に手を掛け、脱いで行く。…淫蜜が糸を引いていたが、もう後には引けない。
先程の防具脱却の勢いとは打って変わった緩慢さが逆に、艶然とした雰囲気を見るものに与えてしまう。ジョウの固唾を飲み込む音がシミアに
聞こえた。シミアが見られて恥ずかしいのはジョウだけだ。他は石像と同然の「どうでもいい」存在か自分が「守らねばならぬ」存在である。
 とうとう脱いでしまった濡れ濡れの下裳もジョウに手渡し、カイの前に憤然と立ってみせ、しなをつくりながらしゃがむ。…女陰が丸出しに
なっているだろうが、言わねばならぬ決め台詞がある。口をしきりに声もなく開閉させているカイの顎を右手中指と人指し指で下からゆっくり
と持ち上げ、見るものを陶然とさせる笑顔でシミアは言った。

 『次は貴様の番だぞ? 見たかカイ? 妾はジョウと己の矜持のためならばこのような事も平気の平左で出来るのだ』

そして手を離すと、シミアは立ち上がり振り向いた。……鼻の穴を広げ、鼻の下を延ばしたケダモノどもが卓のそばまで殺到していた。
ジョウが村正を抜く構えで威嚇していなければ、すぐにでも飛び掛らん勢いだった。シミアは鼻で軽く哂い飛ばすと、ジョウに笑いかける。

 『護衛、相すまぬジョウ。妾が預けた下裳と乳当てをくれ』

 ジョウがシミアに手渡している所に隙を見たのか、ケダモノの一人がシミアの肌に触れようとする。が、すぐにその手に赤い筋が生まれる。
目にも止まらぬ居合の技の冴えが発揮されたのだ。派手に痛がって見せる男に気圧されたのか、群集の波が卓から一気にある程度、距離を置く。

 『なるべく急いで衣服を整えてくれ。長くは持たん。悪くすれば……死人が出る』
  
 ジョウの眼が細められた。長年の付き合いからジョウの怒りの度合いが痛いほど解る。シミアにでは無く、行動を停められなかった自分に
腹を立てているのだ。ジョウに怒鳴られた回数は実は両手に満たない。そのどれもが、シミア自身の状態異常や怪我を放置していたため、だ。
今の裸同然の無防備なシミアに毒矢の2、3本でも他に飛んでこようものならとても防げない。シミアはジョウの背に一言『済まぬ』と呟き
装備を整え、最後に卓に突き刺してあったカシナートを抜き、床へ降りた。しかし男達の気勢は削がれぬまま高まる一方だった。一皮剥けば
極上の果実が待っているのだ。酒が入っていては自制も効かなくなる。ジョウは『ここから逃げるぞ』とシミアに密かに目配せを送った。
 だがその時――群集がどよめいた。ジョウが振り向くと、陶器の大型杯を持ったカイが卓上に立ち、一気に中身を空にしたところだった。
飲み干したあと、陶器の杯を床に叩き付ける。――強い蒸留酒の酒精の香りがした――やっと気勢が上がったのか、カイが大声で叫ぶ。

 『ジョウのためなら、私、脱げます!』

 と言って、貫頭衣――ローブ――の襟元に手をかけ、止める。かなりの逡巡を見せるカイに、群集は手拍子を開始する。

 『脱げ、脱ーげ、脱いでみろ、カイちゃんの、あ、生まれたまんまを見せてくれ♪』
『あ、カイちゃんの、ちょっといいトコ見てみたい! そ〜れ、まっぱ・まっぱ(真っ裸の略)♪』

と無責任にも口々に囃(はや)し立てた。ジョウが口を極めて『もういい止めるんだ』と制止しても、

 『あの女のときは停めなくて、私なら停めるんですか? それ逆でしょう? ふ〜んだっ! 』

と泣きそうな顔をして拒否するも、やはりかなりの抵抗があるらしく、脱げないでいた。口の中でモゴモゴと何かを呟くカイに気付いた
ジョウは、素早くシミアに、『目を閉じろ!』と鋭く囁いた。シミアは言われたとおりに目を閉じた。その直後にメイジスペルの3レベルにある
『モーリス』が発動した。有りもしない幻覚を見せたり、突如暗闇に堕としたりして敵を畏怖させる効果を持つスペルだ。
大混乱に陥る酒場の中で、カイが叫んだ。

 『ほーら、約束どおり脱ぎましたよ〜だ! 見たかシミアめっ! ほ〜ら、私だって負けないんだぞぉっ! 』
 『この愚かモノがぁっ! 早く服を着て逃げんと捕まるぞ! っ…離せ下衆め! 』
 『ふへへへへ…シミアちゃぁぁぁぁぁぁん、すきじゃあああああああああああ』
 『ジョウの旦那ぁん? 一生のオネガイだから、そのロードスレイヤーを見・せ・て』
 『カイさん舐めていいですか、いいですよねっ、ねっ、ねっ、ねっ?! 』

 混乱のどさくさに紛れて触ってくる不心得者達を追い払うのに、已(や)む無く武器を奮い傷つけた。シミアとジョウが渋るカイを連れ
脱出を試みる際、ジョウとシミアの閨(ねや)の睦言を持ち出しながら、からかって来る手合いに『手痛い教育』を施したのは言うまでもない。

 「で、酔い潰れたカイを宿に放り込んでからギルガメッシュの酒場に向かい、改めて場の混乱を収め、酒場を片付け当局に二人で出頭した」
 「やっぱ灰燼姫の絡みじゃねーか。アレが妙な挑発をしたから結局はこじれたんだろ? 結局、何をしたかったんだ? 」

 下袴を引き上げ逸物を仕舞ったリグとジョウは、エルフ女性二人組の帰還を待っていた。互いに肘鉄を食らわせながら、二人が戻ってくるのが
見える。何故か目元が赤く染まり、息も荒い。耳を澄ますと『この淫乱女』、『うるさいぞ貴様もしてたろうが』などと声高に言い合っている。
 リグはジョウの下袴の腿の部位の滲(し)みに目をやり、思いっきり背中を叩いた。……ジョウの鍛え上げられた前衛職の背筋が鋭く高い音を立てた。

 「…俺は御者台に行くからな、この果報者。せいぜい腎虚でくたばりやがれこん畜生が! ケッ、このリグ様に感謝しろ! 」

 リグはぐるぐる意味もなく両腕を回しながら馬側の御者台へと去っていった。二人が悪罵の応酬を交わしながら馬車に乗り込むの確認したジョウは、
自分も馬車の荷車側に乗り込むために後部に移動する。ハッ、と二人はジョウを見て笑顔になり、それから互いを見て不機嫌そのものの顔をする。
ジョウは乗り込んでから幌を降ろし、簡易腰掛に座ると当然の事の如く二人がまた両膝に跨ってくる。何故か二人ともモジモジと不可解な恥じらいを
見せているのがジョウは気が付いたが、気付かない振りをする。リグが『出せ』と怒鳴るのを聞いた二人が、各々の太腿でジョウの両太腿を締めた。
そのとき、ジョウは恥ずかしげに俯いたシミアのある呟きを耳にしていた。

 「妾はもう、まともに乗馬を出来なくなるやも知れぬ……」

 荷馬車が走り出して四半刻(30分)が過ぎたころ、突然カイが痙攣し、高い嬌声を上げてジョウに突っ伏して来た。太腿に熱い飛沫がかかるのを
ジョウは感じた。隣ではシミアがやや苦しげに…いや、何かを耐える様子でカイをせせら笑っていた。が、突然やはり様子が同じくおかしくなる。

 「はンッ、どちらが淫乱女だ、このめす…っ! はぅあっ……くっ……! うあ……ぁ…っはッ……ンぅ〜〜〜〜〜! 」

 シミアがカイと同じ様にくったりとしなだれかかり、ジョウの胸板に凭(もた)れかかる。やはり飛沫が同じ様にシミアの跨った側の太腿にかかる。
失礼な行為だとは思いながら、不思議に思ったジョウはこっそりと二人の下衣の裾を捲った。……ほの暗い幌馬車の中にも関わらず、太腿の白さが
ジョウの目を焼いた。目をその奥に凝らすと、陰毛まで濡らし絡み付いている白っぽい粘液……つまり愛液の存在と香気を感知した。裾を捲った手を
素早く降ろし、それから二人を一遍に持ち上げ、向きを変えさせると正しく自分の太腿の上に尻が来るよう座らせた。ちょうどジョウが二人の背凭れ
になる格好だ。そしてジョウは己の鈍さを心から悔いた。始めからこうすれば良かったのだ、と。どうやら馬車の激しい振動とジョウに抱かれて跨って
いる体勢から、二人とも性交時の刺激を連想していたに違いない。小休止時にあわてて走って行って草叢を捜していたのも、排泄のためでは無く……。
ジョウは己が大変に厭らしい男になった気分になり、思わず深い溜息を吐きながらうな垂れてしまった。

 「……全く、罪作りな男(おのこ)めが…。もう少し早く気付け、痴れ者」
 「……だけどそこが、いいんですよ、ジョウさん……」

 欲情に煙る艶っぽい声を左右同時に耳に吹き込まれ、慌ててジョウは我に還った。両側から双子に近い相似の顔が自分を見て、ただ微笑んでいた。
それからまた互いの存在に気付き、睨み合い、肘と手と足を使い牽制し合う。ジョウが二人の腰に回した手にやや力を込めると、謝罪してやめるが
しばらくするとまた同じこと繰り返す。強制労働刑が執行される当地まであと一刻(2時間)余りある。―やはり三人分を被って置くべきだった―
ジョウは二人の『降りろカイ、そこも妾の領土ぞ』と『いいえ、侵略者が何を言うのですかシミア様』と言う姦しい争いを聞きながら、己の迂闊な選択を
後悔していた。せめてどちらか一人には、城塞都市に残って貰うべきだったと。