『狂王の試練場』ことワードナの迷宮には謎が多い。無礼な侵入者を許さぬ難攻不落の完璧な要塞と
言う造りでもなく、まるで何者かが冒険者の「力」を試し、練成を狙っているような施設であるのだと言う者もいる。
その最たるものがB4Fの「試練場 集中管制室」である。ここに必ず出現する敵達や彼等を打倒した後に進むと
見られるメッセージは『実はワードナと狂王トレボーはある目的のために共謀しているのでは?』と思わせる程に怪しい。
そして…

 「ミオさん! 今度のマーフィさんは友好的ですから手刀を停めてください! 」
 「ン…握手握手。じゃあ行っていいからね? ……またね、マーフィーさん」

 B1F。ある彫像を調べると必ず出て来るアンデッドがいる。冒険者は何時の頃からか誰が呼ぶとも無く、
彼を『マーフィーズゴースト』と呼ぶようになった。彼の繰り出す攻撃は攻撃・打撃と呼ぶには余りにも弱く、
無力に過ぎた。それでも、1レベルの体力に劣る、HPの値が非常に低い魔道士を一撃で殺す威力を秘めている。
強いて言えば『一般人には非常に強力だが、練成の途上にある冒険者には格好の相手』であった。
 現在、その恰好の訓練相手である彼の玄室を訪れているのは善の司教のルミアンと悪のニンジャであるミオの二人。
二人はマーフィーズゴーストがすごすごと彫像の陰に去っていくのを見送ると、その場に腰を下ろして休憩を取る。
ニンジャ装束のミオは素早く覆面を剥ぎ取り、大きくのびをしたあと、両肩を回す。寛いではいるが、警戒は怠っていない。

 「戒律は変わりそうですか? ミオさん」
 「もう少しのところなんですけれど……済みません、司教様にわざわざ付き合って貰って」
 「いえ、悪、それもニンジャの場合、停める人がいないと難しいでしょうから……。それよりも……」
 「報酬、ですね? 解ってますって司教様ぁ♪ 」

 東方人の男のように胡坐をかいたミオの傍に、膝をそろえて座ったルミアンが目を輝かせ、腰を浮かせてにじり寄る。
頬を紅潮させたその姿は、パーティ内での無表情に鉄面皮ぶりからは信じられない程、見る者に『女』を感じさせていた。

 「私はこの前、どこらへんまで話しを進めていましたっけ?  司教様? 」
 「二人が二人で迷宮に潜り始めて3回目の、『シミア、俺が毒を吸い出してやる、だから死ぬな』の続きです! 」
 「さすが司教様。即答ですね。記憶力が生かされるのは鑑定だけでは無い、と。クノイチのミオは降参です♪」
 「……私に恥ずかしい事を、余り思い出させないでください、ミオさん……」

 含羞の風情を漂わせるルミアンを見て、感情まで制御出来るはずのニンジャのミオは思わず生唾を飲み込んでしまう。
パーティ内でルミアンの妹たち(憎き外道君主こと灰燼姫含む)が同じ女としてこれを見たら瞬く間に降服するに違いない。
自分の知る「理想のお屋形様:ジョウ」ならばなんとか欲望と本能に耐え切るであろうが、これが毎日続けば危ういだろう。
しかし、現状は背に腹を代えられない状況に来ている。敵の敵は味方だ。ミオは戦闘機械たる自分の判断を無理矢理に
女の独占本能に納得させた。

 「ミオさんにはとても悪いのですが……このまま戒律が変わらなければいいのにと思ってしまいます……」
 「んー、それはねー? ちょっと司教の発言としては不味いかなぁと思うなぁ、戒律を抜きにしてですけど、ね?」
 「それは謝罪いたします。許してください。だから続きを……? そんなに見つめないで…。ミオさんの意地悪ぅっ」

 悪の戒律のままではどうしても善の君主たるあの女の傍に侍るジョウには近付けない。戒律変更は一人でも出来るが、
色々な理由(主にシミアのジョウへの行動・言動・態度・思慕)で自制心を失いつつある自分の現状から見て確実とは
言いかねる。ミオは属性変更兼鬱憤晴らしのマーフィーズゴースト狩りに同伴者を必要と判断して、このルミアンを連れ
出したのだ。……こんなにも話せて個人的な友人になれるほどの可愛い性格だったのにはミオの計算外だったが。
 ミオは自分が闇に潜みながら熱っぽくジョウを見ていた日々を思い出し、ねだるルミアンを散々焦らしてから口を開いた。


 
 シミアとジョウが宿の馬小屋の宿泊客を三日間余りの間0にしてから半日後のこと。カント寺院で多数の信徒相手の
説教を終え、見送っていたルミアンの法衣の袖にそっと差し込まれた紙片に、簡潔に日時と迷宮にて待つ、と記してあった。
それだけなら熟練の女司教たるルミアンはまた不信心者の逢引の誘いの類か、と無視しただろう。しかしその紙片には
もう一つ、文が付記されていた。

 《駄目ぇこんなの駄目なのにぃああ来ます来ちゃいます一緒に一緒に一緒にああジョウさぁんああ神よお許しください
  私ぃ私ぃ来る来ちゃいますぅああジョウさん許してぇぇこんな淫らな私をゆるしてぇいやああああああああああああん》

 街中の使用を禁止されているモンティノまで掛けて防音には気を付けていたはずの、宿の自室での自慰の際に発した、うわごと。
閨のうわごとを覚えていたルミアンはその自分にも驚いたが、顔を真っ赤にして思わず、完全に無人になった礼拝室をおろおろと
見渡してしまっていた。司教の威厳も何も吹っ飛び、ルミアンがやはり歳相応の若い娘で有る事を窺わせる行動だった。

 『いったい…誰が…?』

 主筋ではあるが、異母妹であるシミアの傍にいた精悍な東方人は、夢見がちな多感な少女時代を過ごしたルミアンにとって、
今まで読んだ書物に出てこない、彼女の想像力の外の男性だった。それも謎めいた東方から伝承した上級職の『サムライ』。
領主の私生児と言う育ちからエルフのサムライならば多々見て来たが、そのサムライ、ジョウは畏怖と畏敬を持って語られる
西方では珍しい「純系東方人間種」のサムライだった。
 
 『始めてお目にかかる、ルミアン司教。それがしは中立の戒律のサムライ、ジョウと申す者に御座候』
 『普通に話せ普通に! 妾(わたし)の異母姉ではあるが、このルミアンは臣下なのだぞ』
 『ではやつがれ風情などは下僕にて結構、と仰せらるるかシミア姫殿下? …これから敬称をつけて存分にへり下させてもらう』
 『ジョウっ……やめい気色悪い……ああもう好きにしろ! 妾は知らん!』
 『ははは、ほんの冗談だ。失礼、ルミアン司教。シミアの迷宮探索仲間の、中立のサムライのジョウです。お見知り置きを』
 
 異母妹シミアに付き従う立居振舞、言動、雰囲気。どれをとっても領地にいたサムライとは質と重厚感が比べ物にならなかった。
これぞ、男。これぞ、漢。ジョウからほんのりと漂う馬の臭いも、野性味を引き立たせる香料に過ぎなかった。馬の臭いを指摘すると
馬小屋に住むと聞き、初対面の後にこっそり遠くから覗いた上半身裸で蹄鉄を打つ彼の姿は、今だ処女であるルミアンの胎の奥を
甘く疼かせた。迷宮に潜った時、憧れは信頼に変わり、そして時とともに思慕へと育っていった。しかし、それは白日のもとに晒しては
いけない。愛情の対逆関係にあるのは憎悪ではない。無関心なのだ。書物でそう学んだルミアンは無関心をひたすら装い続けた。
 
 『ルミアン、ルミアン! 悪いがこの鎧の識別を頼む! …重いぞ? 持てないようなら手伝うが?』
 『平気です。下手に手を貸さないで下さい。貴方が呪われる危険がありますので』
 『俺は別に構わない。貴方が呪われるよりいい……ってシミア、いきなり盾で殴るなって! 俺がお前に何かしたか?!』
 『していない! 妾にそう言った気遣いをしていないから怒っているのだ!』
 『お前は前衛職の君主だろうが! 一回これは重くないか? なんて聞いたら怒り出しただろうが!』
 『識別の邪魔です。二人とも私から離れて下さい』

 ルミアンの演技は完璧だった。入手した要識別物の収受の際に指が触れ合う事を心待ちにしていたなど、妹達は誰一人として
知るまい。だが……難攻不落の城壁とも言えたルミアンの誇りに満ちた自負は、たった今、一つの紙片で崩れ去ろうとしていた。


 
 紙片に指定された日時きっかりに、司教の正装の上に装備を付けて迷宮に潜ったルミアンの右肩を背中から叩いたのは…黒装束、
『ニンジャ装束』に身を包んだ見覚えのある姿だった。……確か、ジョウが募ったパーティの欠員補充に応じた悪のニンジャだった。

 『…貴方は何者です? 何が望みですか?』
 『大きな声を出さないで。カント寺院の礼拝堂ほどでは無いけれど結構迷宮内も響くんですから、司教様』

 毅然としたルミアンの硬質で良く通る声に竦んだ様子も無く、黒装束に身を包んだ者は覆面を外した。その正体は……冒険者の
宿でよく見る、下働きの格好をした東方人の若い女性だった。隠し事など簡単に探り出せるわけだ、とルミアンはすぐに納得した。
 誰にも怪しまれず、平凡で目立たぬように情報を収集するのがニンジャの常套手段だ。宿で唸るほど多く存在する下働きの女の
格好をしていれば、注意深い人間でない限り、顔を覚えている筈がない。

 『貴方…貴女は、いつぞやの…悪の戒律のニンジャですね?』

 しかし目の前の人間族、それも純系東方種のこの女性の目鼻立ちは平凡では無かった。目尻の切れ上がった、猫を思わせる大きな目。
大きすぎず小さすぎず、形の良い鼻。紅を引いたわけでもないのに血の透けたような赤い唇。同じ東方人のジョウの隣に並べればさぞかし
似合う番(つが)いになる、とルミアンは胸の奥の痛み――嫉妬――とともに思った。自分はエルフであり、人間種ではないのだから。
そんなルミアンの胸中も知らず、目の前のニンジャ――東方ではクノイチと言うらしい――は質問に応えていた。

 『はい。宝箱(チェスト)の罠解除・開錠に誰一人カルフォも掛けてくれなかった可哀相な悪のニンジャです、ルミアン司教。
  失礼な私の呼び出しに――いえ脅迫でしたね――こうして来て下さるとは存外の喜びです。小難しい話は嫌いなので用件だけ。
  私は戒律変更を望みます。勿論無料で奉仕しろとは言いません。報酬は私の出来る限り、なんなりとお支払い致しましょう』
 『一度ジョウさんがパーティに受け入れた以上、戒律は違(たが)えど貴女は私達の仲間です。報酬など……』
 『もっと貪欲に、我儘にならないと。ルミアン司教。あの腐れエルフおん…失礼、妹御の灰燼姫のようになれ、とは言いませんが』

 決して人前では妹とは呼べない異母妹と言う存在でも、ルミアンにとってシミアは可愛い妹だった。シミアが家庭の事情を知らない
幼少の頃は、ねえたまねえたまと舌足らずに可愛く呼ばれ、ルミアンの行く所にとことこ構わず憑いてきて、良く懐かれていたものだ。
今も勿論可愛い。だが、本当にそれだけなのか? 目の前の女ニンジャの言葉に含められた『何か』をルミアンは感じ取っていた。

 『もしや……貴女、も?』
 『ミオ、で結構。……本名です。ジョウさんを密かに想う仲間には名を秘す必要など微塵も私は感じませんので』
 『あな…ミオさんは、いつから?』
 『彼がこの城塞都市に来て、訓練場の門を叩いた14の時より。同郷人と言う出自に興味を惹かれました。その後は陰ながら
  見て参りました。決して苦境に陥っても手を貸さず、苦難に逢ってもただ見守るのみ。その間に彼は逞しく真直ぐ成長を遂げ――』
 『では、我儘を一つ。私への報酬は、『貴女の見てきた彼の姿の全てを知りたい』――ではいけませんか?』
 『交渉成立。およそ6年(ろくとせ)の日々を語るにはこの一日(いちじつ)で足りるかどうか。光陰矢の如し。時間が惜しい。――行きましょう』

 そして、『マーフィーズゴースト』の出現する玄室での奮闘が始まったのである。友好的ではないマーフィーズゴーストには
ただ一撃の手刀を以って首を刎ねるか止めをさすニンジャの見事な姿は、剣舞を舞う優雅さと華やかさをも戦闘は門外の徒である
ルミアンに感じさせた。
 
 「では、ジョウさんと宿の主人との最初の交渉を話しましょう。自分は馬の世話が出来て、蹄鉄も打てる。ジョウさんは力強く言い切り――』

 一回の戦闘が終わると一つの逸話をミオは惜しげもなく開陳してくれた。そのどれもどれもが、語り手のミオの語り口の上手さもあるが、
ジョウを独占するシミアへの羨望と嫉妬とを感じさせずにはいられなかった。…本当にジョウの事を好きでなければ、ここまで微細に語れまい。
ルミアンは同種同病たる匂いを、種族の違いを越えてミオに感じ、共感していた。…シミアが己の妹でなければ、きっと憎んでいただろう程に。
  
 単調に過ぎる戦闘とも呼べない戦闘と背反する、生々しい描写で語られる回想の数々は、次第にルミアンの理性を冒しつつあった。

 「それからジョウさんは、だらしなくケツを丸出しにしてたあの高慢ちきなロードが暴れて停めるのを無視して、今出し終わった
  ばかりの糞便の臭いが染み付いている尻たぶに躊躇せずに口付けてちゅうって吸って……その時のあの女の顔ったらもう……! 」

 とろけそうな快楽の陶酔に浸った、だらしない顔をしていたとミオは言う。ルミアンは想像してしまう。あの鋭い真摯な目をしながら、
淫靡で自分の人間性への冒涜とも思える行為に大真面目に取り組む東方人のサムライの姿を。その倒錯した状況に酔うシミアの心境を
自分に置き換えて想像すると、胎の辺りがズン、と重くなり、胸の奥が切なくなってくる。……たまらない。疼く性衝動に耐えるために
ルミアンの整えた眉根がどうしても寄って、その切なげな表情を隠せなくなってしまう。だが、無慈悲にもミオの話はまだ続く。

 「大体、大馬鹿なんですよあのエルフ女。周囲の安全も確保せず排便しようとするなんて。それでカピバラに右の尻たぶを噛まれて
  毒喰らったのはジョウのせいだって見っとも無く照れ隠しに喚いて……済みません、つい……」 

 ミオはルミアンの寄せた眉根の意味を、エルフ女の部分を不快に思ったせいだと誤解していた。自分に協力してくれる司祭も、憎き
恋敵と同じエルフ女性であることを忘れるくらいに胸襟を開いている証でもあった。だが当のルミアン本人はそんな事を歯牙にも掛けて
いなかった。聞きたい。もっと聞きたい。もっと知りたい。妹の、シミアの味わったであろう至福の時を、想像の中でもいいから我が物に
したい――。もうルミアンの下裳の性器のあたりはシミどころかどろどろの状態だった。ルミアンは今すぐにでも指で自らを慰めたい衝動と
必死に戦っていた。

 「司教様? 」
 「や、やあぁぁぁぁぁんっ!! 」

 ただならぬルミアンの様子に、ミオがルミアンの肩をゆすると、ルミアンは奇声を上げて前のめりに突っ伏し、ミオに凭(もた)れる
格好になった。ミオは司祭の奇妙な様子の原因に勘付くと、己の指を自分の装束の懐中に仕舞った濡れ布で丹念にぬぐい、司祭の衣装の裾に
滑り込ませ、下裳を探った。……案の定、女陰は熱い湯が湧き出る泉の如き状態だった。訓練されたニンジャ、クノイチの自分ですら気を
抜けば身悶えする状況だったのだから、耳年増で処女の、それも性の経験に乏しい司教ならばこうなるのも無理はない。

 「司教様……もしかして、聞いているだけで達しちゃいました?」

 忘我の表情で数回頷くルミアンに、ミオは『イケナイ』衝動を覚えるが、急いで理性で肉体と精神とを切り離して考える。ここでミオが
『処置』するよりも、もっと効果的な方法がある。ルミアンには非常に悪いのだが、それを実行するにはまず、自分の戒律変更こそ急務だ。
ミオは唇の端を吊り上げて声を出さずに意地悪く笑う。見ていろ灰燼姫。独占出来るのも今のうちだ。ミオはルミアンが落ち着くのを待って、
声を掛けた。

 「司教様……。お話はまだまだ続きが沢山あります。しかし、今は…」
 「解っています……申し訳ありません……。もう少し……あともう少しだけ…このまま浸らせてぇ……」

 欲情に蕩けた淫靡な今のルミアンの顔は、信徒達の前では絶対に見せられない顔だった。こんな顔をしてどんな教理を解いたとしても、
ルミアンの説話に参加する、9割を占める男性信徒に残る印象は『今すぐアンタにぶち込んでやりてぇ』の一言だろうとミオは思った。
だが、目的はそんな下衆なものではない。この最高のご馳走を「己の理想のお屋形様」に育ったジョウへの供物・イケニエ・褒美として
捧げなければならない。そして褒美に、己も、ともに抱かれるのだ。その時を思うと、ミオが鋼の理性で切り離したはずの肉体の甘い疼きが
堕ちよとばかりに精神を犯し、苛(さいな)んで来るのが解る。あのジョウの天を衝(つ)く逞しい肉杭を、この清純な司祭とともに左右両側から
咥えた弾みに、ジョウを想う女同士で接吻すると思うともう―――

 「わかりました司教様、いえ、ルミアン。私達は……同じ恋の病に罹(かか)った同志であり仲間ですから…」 
 「許してぇ……許してシミアぁ……カドルト神さまぁ……おねえちゃん……おねえちゃんもう耐えられないのぉ……! 」

 司祭の淫蕩な、それでいて一抹の悲哀すら感じさせる『告解』が、主が、『マーフィーズゴースト』が居ない玄室内に響き渡った。