気が付いたら、ルノーと天井しか見えなくなっていた。
背中に布団の柔らかい感触があり、左肩と右手首がルノーの手で押さえつけられているのを感じる。
何が起こっているのか、全く分からない。

 先程までルノーは、私を慰めてくれていたのだ。
パンドゥーラに辱められて、とことんまで落ち込んだ私を。

 ところが、段々ルノーの様子がおかしくなっていった。
抱き締める力が強くなって、頭や背中を撫でていた手が、
何だか、ただ撫でるだけとは違うような動きになっていた。
見上げた私に、ルノーが微笑みかける。
しかし、その微笑みも、何だかいつもと違っていて。
何て言うか・・・・・そう、酒に酔ったような眼をしていた。
熱く濡れた眼差し。濁っているのに真っ直ぐな瞳。
その視線から逃れたくて、僅かに身を捩った。

 その途端、左肩をぐい、と押され、背中に強い衝撃が走った。
軽く咳き込み掛けた私の上に、ルノーが乗って見下ろしていた。

 私の肩を布団に押しつける、ルノーの手が熱い。
私の手首を布団に縫い止める、ルノーの手が痛い。
見下ろしてくるルノーの吐息が熱い。

「る、のー・・・・?
な、何、する・・っ」

 何とか絞り出した声が、ひどく弱々しいことに気付いた。
私の声じゃないみたいな、私の声。
その声に、ルノーの瞳の酔いが、深まっていく。

「ユディ・・・・大好きだ、可愛いユディ。俺のユシアディーカ。
辛かったな・・あんな女に、初めてを奪われるなんて」

 私の身体に、ルノーがのし掛かってくる。
けれど、ルノーの体重は殆ど感じない。
肘や膝で身体を支えて、私に重さを掛けないように気を遣ってくれているらしい。
今にも鼻と鼻が触れ合わんばかりの距離に顔が寄っていて、
私の両頬を、肘をついたまま両の掌で挟んできた。
昔よくやっていた仕草だ。
昔のままなら、このまま額と額を合わせていた。
少しだけ、ほっとしてしまった。
ルノーは昔と変わっていない。単に「俺がいるから平気だ」という感情が高ぶってしまったのだろう。
そう思いこもうとして、特に抵抗しなかった。微笑みかけようとすらしてしまった。
だけど次の瞬間、合わされたのは。

 唇。
 
「んんっ!?」

 重ねられた唇の、柔らかさと温かさ。
頬を挟まれたまま、幾度も、幾度も啄まれていく。
次第にその啄みは深くなり、私の唇を割って、ぬるりと熱いものが侵入してきた。
それがルノーの舌だ、と知覚する前に、驚いた私は、その舌を思い切り噛んでしまった。

「いって・・・そりゃ無いだろ、ユディ」

 僅かに赤いものが滲んだ舌を、痛そうに指先で撫でて、
ルノーは悪びれもせず、へらへらとした笑顔で言った。
その笑顔に、ようやく現実を受け入れ始めた頭に、怒りが沸々と沸き上がる。
キスをされた、それもディープキス。しかも双子の兄に。

「この、バカっ! 何考えてるんだ! 『光の力よ・・」
「モンドレイ」
「!?」

 怒りにまかせて、右の掌に集中し、バディアを解き放とうとする。
しかし、今頃術の詠唱を始めた私と違い、ルノーはこうなることを予測していたらしく、小さく詠唱をしていたのだろう。
私の掌から光が解き放たれるより早く、私の口元を赤い霧が覆っていった。
気が付くと、掌に収束していた光が拡散しており、集中しようとしても魔力が集まらなくなっていた。
モンドレイ。術を封じる、沈黙の術。
驚愕し、混乱する私を嘲笑うかのように、ルノーは私の両手首を取ると、
私の顔の脇で、だん、と布団に押しつけた。
普段本ばかり読んでる、ひ弱な魔術士とは思えない程の力で。

「俺を誰だと思ってるんだ? オマエの兄貴で、稀代の魔術士ルシフェルノ様だぞ?
ユディの思考パターンなんかお見通しだ」

 ルノーがにや、と口元を歪ませる。
その顔は、私をからかっている時の笑顔に似てるが、全然違う。
その声は、皆を盛り上げようとおちゃらけている時の声に似ているが、全然違う。
ルノーはそんな、底知れないような顔はしない。
ルノーはそんな、反抗を許さないような冷たい声を出さない。

「い・・・いや・・ルノー・・やめ・・・・・」

 ぞく、と背筋を何かが駆け抜けた。
違う、目の前の「こいつ」は、ルノーじゃない。
いったんは止まり掛けた涙が、溢れてきた。
本能的な恐怖に。頭の内で鳴り響く警報の強さに。

「ユディ、何で泣くんだよ。
モリスドレイも使ってないのに、そんなに怯えた目、するなよ・・・・
俺は、オマエを恐がらせたいんじゃないんだ。
あぁ、ユディ、ユディ。分からないかな・・・・・俺はオマエを、愛してるんだぞ?」

 そんな私の耳元に口を寄せて、ルノーが囁く。
内緒話をする時のように、密やかに熱く。とっておきの話をする時のように、楽しそうに。
声が出ない。モンドレイは単に魔力の流れを整えられないだけで、言葉は話せるのに。

 私の両の手首を握る、ルノーの手が熱い。きっと跡が残っているに違いない。
ルノーは、目尻から流れる私の涙をざらりと舐め取ると、
そのまま小さな声で、更に詠唱を始めた。
 
「パラドレイ」

 ルノーの呪文が完成するやいなや、今度は緑色の霧が、私の全身を覆い、肌に染み込んでいく。
いつもなら・・普段の戦闘においてなら、呪文に対抗する精神力を作るのも容易い。
けど、混乱と恐慌状態に陥りかけている今の私には、そんな呪文に抵抗できる強さはなかった。
瞬く間に、手足の先から痺れ、全身に麻痺が広がっていく。
辛うじて小さく声が出せる程度に呼吸が出来、臓器の動きに影響が出ない程度の、
麻酔と言っても過言ではない、見事な麻痺。

「ぁ・・・る、の・・・・・・」
「これでもう、ユディは何も出来ない。
誰かが・・・・・いや。俺が治してやらない限り、な」

 す、とルノーが、ポケットから取り出した小瓶を、私の目の前にちらつかせる。
気付け薬だ。麻痺を治す薬。
そう言えば先日、ルノーが春花に、薬の鑑定を頼んでいた。
きっとルノーのことだから、倉庫に入れるのをめんどくさがって、
そのままポケットに入れて忘れ去っていたんだろう。
そんなどうでも良いことが、頭の片隅で思い起こされる。
目の前の現実を、受け入れたくない、と言わんばかりに。

「ユディ、心配しなくて良い。
オマエは全部、俺に任せておけば良いんだ・・・・
大丈夫、全部忘れさせてやるから・・俺を信じろ」

 私の耳元から髪に指を滑らせ、ルノーは微笑んで、体をずらしていく。
けれど全身の感覚が鈍くなっている私には、髪を撫でられる温もりも、どこか底冷えのする微笑みも、
私の胸元に頬をすり寄せてくる感触も、遠い出来事のように感じてしまっていた。
 
 泣きながら呪文を受け入れたユディが、俺の目の前に横たわっている。
そのユディの胸に頬を寄せ、心臓の音を聞いて。
俺は充足感を得ていた。

 いつものユディなら、あの程度の呪文に掛かるはずはない。
俺に身を任せるために、敢えて受けたに違いない。
呪文を封じた時に泣かせてしまったのは、少しだけ心が痛んだが・・・・すぐに気が付いた。
嬉し泣きなんだ、と。
俺に愛されてるのが分かって、でもそれに怯えてしまったんだ。
昔、俺たちを愛してくれた母さんが、あっけなく死んでしまった時を思い出して。
俺も同じように消えてしまうんじゃないか、と怯えたんだ。
そうだ、きっとそうに決まってる。
じゃなきゃ、なんで俺に愛されて泣く必要があるんだ?
あぁ、そんな所も可愛いよ、ユディ。

 なぜだかこみ上げる笑いを、喉の奥で唸らせて。
俺は顔を上げて両手をユディの胸元に滑らせると、そっと、その寝間着のボタンに手を掛けた。

「・・は・・・・・ゃ・・・」

 ユディが、小さく、声にならない声を上げている。
脳内でその声を訳すと、「恥ずかしいからやめて」って所か?
本当に可愛いヤツだよ、ユディ。
昔は散々一緒に風呂に入ってたんだから、今更恥ずかしがること無いのにな。

「大丈夫だって。
例えぺったんこだろうが巨乳だろうが、俺はユディがユディだから、良いんだ」

 首を伸ばして、その華奢な首筋に軽く音を立ててキスを送る。
立て続けに、幾つも、幾度も。

 キスマークはまだ付けない。
ユディの全部を見てから、よく吟味して、一ヶ所だけに付けるつもりだ。
他の部分はまったく普段のユディのままで、他のヤツらに見せるのも、普段のユディ。
けど、ユディが辛くなった時、そこを見る度に、俺に愛されたことを思い出せるように。
ユディが必ず見る所に付けよう。
二の腕が良いか。胸元が良いか。太腿も良いかもしれない。
想像を巡らせていると、ついつい笑みがこぼれてくる。

 気が付いたら、キスの隙間から舌が零れて、つぅ、と鎖骨を舐めていた。
この二日間、ユディは部屋に閉じこもっていたと言うが、体は洗っていたらしい。
微かに漂う石鹸の香りが、鼻をくすぐっていった。
・・・・まぁ、それはそうだろうな。
パンドゥーラに汚された、と思ってるんだもんな。
穢れてなんかいないのに。こんなに綺麗で、こんなに美味しいのに。

「ぁ・・・・・ぅ・・」

 ふとユディを見ると、ぽろぽろ泣きながら、歯を食いしばっていた。
そんなに奥歯に力を入れると、歯が折れるぞ。
・・・・・もしかして、感じてるのか?
それで、感じてる自分が恥ずかしいから、我慢しちゃったりしてるのか?
あぁ、ホントに可愛い。

「ユディ、可愛いよ・・・・・」

 思ったことをそのまま口に出し、そっとボタンが全部外れた寝間着の前を、左右に開いた。
 
 最初に目に入ったのは、白。
ロードと学府を往復する日々で、トレーニングにも体育館を使うユディの肌は、かなり白い。
けど、セレスティア達の人形みたいな白さじゃなく、
ヒューマンの女の子らしい、仄かに桜色が混じった白さだ。
その白い肌が、俺の視界にくっきりと立体的に映る。
ずっと寝ていたからか、ユディは下着を着けていなかった。

 俺の掌に、ほんの少しだけ余るほどの、ほどよい大きさの胸。
少しだけ桃色を足した薄茶色の先っぽは、まだ恥ずかしそうに埋もれている。

「これが・・・・・ユディの、おっぱい・・・」
「や・・ゃっ・・・・・!」

 酷く緩慢に、ユディが俺から顔を背ける。
その頬がピンク色に染まっているのを見逃すほど、俺の目は節穴じゃない。

「何だ、ユディ・・・恥ずかしいのか?」
「ち、が・・・ぅ・・・・・!」

 ゆるゆるとユディは、首を振っている。
違うって? 何が違うんだ?
恥ずかしがってるんじゃなければ、イヤだって言ってるのか?
俺に愛されて、あのエロ魔族にされたこと忘れられて、幸せだろう?
俺とオマエは、元は一つだったんだから、元に戻れること、幸せだろう?

 何かを言うより先に、体が動いていた。
ユディの白い胸にしゃぶり付き、まだ埋もれている先端を、がり、と噛んだ。
その瞬間、ユディの体が微かに震えたのを、俺は見逃さなかった。
気分が良い。ユディが、俺の愛撫で感じてくれている。
俺は自分の思うがまま、歯を立て、舌で転がして、舐めて、舐めて、舐めまくった。
 
 胸の頂点をきつく噛まれても、殆ど快感は愚か、痛みすら感じなかった。
「あ、噛まれてるな」と思うだけ。
ただ、噛み千切られるんじゃないかと思って恐くなり、微かに震えてしまった。
完全に体は麻痺していながら、私の意識はしっかりとあり、吐き気も頭痛もしない。
普通の魔術士が使うパラドレイだったら、こんな風にはいかない。
ルノーが自分で言うように、魔術士としてのルノーは、学徒の身でありながら一流だ。
式部京学府入学を決める前は、アーレハインのダミアス校長代理が直々に勧誘に来たくらいなのだ。
ダミアス氏が肩を落として去った後で、ルノーは得意げに笑っていた。
「オマエが式部京に行きたいってのは知ってたからな。蹴ってやったよ、この話」と、
綺麗な笑顔で笑っていたのだ。

 そのルノーが、今、私の胸を弄んでいる。
吸ったり、噛んだり、転がしたり、つついたりしている。
飢えた赤子のように必死で、新しい玩具を手に入れた幼児のように楽しそうに。
音を立てて、周囲の空気ごときつく先端を吸い上げていたかと思うと、
ぷは、と息をつき、ルノーが微笑みかけてきた。
自分の唾液にまみれた口元を、にぃ、と歪めて。

「ユディ、美味しいよ、ユディのおっぱい。
ほら、見ろよ。俺の歯形が付いて、俺の唾でこんなに濡れたユディのおっぱい・・・・
綺麗だよ。すごく」

 恐る恐る視線を胸元に落とす。
てらてらと、スライムが這った後のように胸がぬめっている。
あちこちに、半楕円形の赤い点線で綴られた歯の跡が痛そうに残っている。

 それなのに、私自身は・・・・・私の身体は、されている行為に、何も感じない。
だが心は、激しい嫌悪感と背徳感と、恥じらいと驚愕と、
何より信じていた人の裏切りで、悲鳴を上げていた。

「ぁ、う・・・・っ、・・っ!」

 必死で叫ぼうとしても、叫びは声にすらならず、
声にならない言葉は、ルノーの心には全く届かなかった。
ルノーには、私の呻きが快感から出たものに聞こえるのだろうか。
私に麻痺の魔法を掛けたことを忘れているのだろうか。

「気持ちいいのか、ユディ。嬉しいよ。
ほら、乳首も気持ちいいってさ・・・・」

 視点を動かしてみると、ルノーの唾液でぬらぬらと光り、つん、と立っている胸の先っぽと、
私の胸の先っぽをピン、と弾いて微笑むルノーの顔が見えた。

 このルノーの笑顔、何処かで見たことあるな。
あぁ、そうか・・・・式部京聖戦学府に、二人で入学が決まった時、見た笑顔だ。
喜ぶ私を見て、嬉しそうに笑っていたルノー。
そんなに嬉しいのか? 私が喜ぶと言うことが。
私は悦んでなんかいないのに。
 
「それにしても・・・・・・綺麗なおっぱいだよなぁ。
生クリームのまぁるいケーキに、小さな苺が乗ってるみたいだ・・・・。
形も・・寝転んでも綺麗に上を向いて膨らんで・・・健気なもんだ」

 世間話でもするかのような気楽な口調に、は、と私の思考が現実に引き戻されていく。
見ると、ルノーが私の腰の上で身体を起こし、自分の口元をグイ、と拭いていた。
自身の左手で取った、私の右手の甲で。

「ぅ、ぁ・・な・・・・・!」

 ぬらりと光った私の手の甲をみて、満足そうに一つ頷くと、ルノーはそのまま、その手の甲にキスを落としてきた。
まるで、姫に忠誠を誓う騎士のように。
けれど、目の前の人は。騎士でも無いし、私に忠誠を誓っている訳でもない。
そのキスから舌が伸びて、指の股や、掌をねっとりと舐め回しているのが証拠だ。
たちまち右手全体が、手の甲と同じような艶を帯びていく。
なぜだかそれが、とても気持ち悪いように思えた。
自分の身体の一部じゃない、別の生き物のように思えた。
嫌悪に思わず、視線をもぎ放そうとした瞬間、ルノーと目があった。
その目には、冷たい炎が燃えていた。

「・・ぅ・・・・・や・・」
「なぁ、ユディ。オマエ、パンドゥーラと戦った時、このおっぱい揉まれてたよな。
服の上からだけど、確かにぎゅうぎゅう揉まれてたよなぁ!
ユディ、どうだったんだ!? あのエロ女に揉まれて、気持ちよかったのか!?」

 怯えた私の呻きを遮り、ルノーの右手が、胸を鷲掴みにしてきた。
取れそうになるんじゃないか、と思うほど、激しく。
同時に、私の中指を吸い上げていた口が、噛んできた。
千切れそうになるんじゃないか、と思うほど、きつく。
そこまでやられて、初めて痛覚が動き始めた。
ぎりぎりと胸と指を締め上げられる痛みが鈍く脳を刺激し、思わず眼を閉じてしまう。

「いっ・・・・・ぁ、っ・・」

 途端に、ふ、と痛みが止んだ。
目を開けると、ルノーが青くなって、私の機嫌を伺うように見つめている。

「・・・・ご、ごめんっ、ユディ!
ちょっと、ヤキモチ、焼いちゃったんだ・・・・・痛かったか? ごめんな?」

 謝りながらルノーは、私の胸をすべすべと撫で、歯形の付いた指にそっと舌を寄せてきた。
痛みに、自然と浮かんでいた涙で視界がぼやけている。
その歪んだ世界で、ルノーは愛おしそうに、胸に手を滑らせ、指を舐め続ける。
どれほどそうしていたかは分からない。
一瞬かもしれないし、数刻経っていたかもしれない。
ふとルノーは、私の手をそっと置いて、身体の脇に添えさせると、
両手で胸の膨らみを包み込んできた。

「柔らかいなぁ・・こんな良い感触、他の男・・・・いや、女にだって、味合わせたくない。
・・・・なぁ、ユディ?」

 何故か同意を求めるように、双子の兄が私の瞳を見つめる。
私が写っているその琥珀色の瞳は、どこまでも深く、暗い。
その冷たすぎる瞳に、悪寒が走ったような気がした。
麻痺しているから正確には分からないが。
肌の内側を氷が這っていくような、そんな気が。
 
 ルノーの手が、私の胸に手を滑らせたまま、ゆっくりと動いた。
やわやわと、握るような、押し込むような・・・・いや、これは。
揉まれている?
膨らんだ胸に、普段は本の頁を捲ってばかりの細い指が食い込んでいく。
そのままぐにぐにと動き、胸の形が歪んで変わっていく。
少し指がずれると、くっきりとルノーの指の跡が残っているのが目に映った。

「はぁ・・ユディ、ユシアディーカ・・・・・・
愛しい、俺の・・・・・ユディ・・・」

 ふ、と胸元に、再度ルノーの顔が下りていく。
しゃぶられるのか、吸われるのか、噛まれるのか、
どれにしても、もう、イヤでイヤでたまらない。

 誰か、助けて

 言葉にならない、救いを求める声を、精一杯上げる。
しかし、その声は何処に届くこともなく、闇の底へ消えていって。
そんな絶望感に落ちかけた心を、濡れて熱い舌が谷間を滑り落ちていく感触が掬い上げた。
酷く辛い、現実へと。
ふと視線を移すと、ルノーの頭が段々遠ざかっていくのが見えた。
鳩尾、胃、臍へと、唇を付けられ、ぺろりと舐め上げられていく。
しかし、私と同じ色の髪が、遠ざかることはあれど、近寄ることはなくて。

・・これは、まさか・・・・・

「胸ばっかり気持ちよくしてたら、こっちが可哀想だよな・・・。
ちゃーんと、こっちも可愛がってやるから、な?」

 私の心が通じてしまったのか、顔を上げたルノーが、にや、と微笑みを向けてきた。
それは、いつも「ユディはお子様だな」とからかってくる時の顔に似ている。
けれど、徹底的に違ったのは、状況と、その瞳。
熱く淀んだ、宴に酔いしれた瞳。

 刹那、瞼の裏を焼きついている光景が、甦った。
にやりと笑うパンドゥーラ。
スカートの内に滑り込む冷たい手。
うっとりと濡れた瞳。
下半身に広がる、焼けた鉄棒を押し込まれるような激痛。

ダメだ、ダメだ、止めて、ルノー、イヤだ!

 心の内では、滅茶苦茶に泣いて叫んで暴れているのに、
私の身体は全くと言っていいほど動かない。
目尻から落ちる雫に構わず、酷く緩慢に首を横に振り、小さく声を上げることしかできない。
そんな私を嘲笑うかのように、ルノーの手が、腰から下を守る寝間着に掛かった。