彼女との道程は、僕にとって甘美な味の苦しみだった。
 
 まず隣り合って回廊を歩けば、フェレーラさんのぷるんぷるんと動く上向きの乳房
が横目に見える。それが比喩や誇張でなく本当に一歩ごとに弾んで、乳首がその軌跡
を描くものだから、眼に残像が染み付いた。
 早々に僕は、彼女の裸体を見ずに済む一歩先を歩くよう意識した。が、時既に
遅しで、もはや目をつむっても心中に彼女の双丘の揺れが浮かぶ有様。
 それを振り払うように一歩先、一歩先へと歩こうとし、そのいささか粗雑な進行が
怪物との至近遭遇を頻繁に引き起こす。いわゆる出会い頭で、相互が不意を打たれる
状況だ。
 所詮、浅い階層での事。敵側が立て直すよりも早く反応し、無造作に切り捨てる事
はできる。勢いと力でごり押ししているようなそうしたやり方に対し、随分と大胆
ですね、とフェレーラさんは言ったけど、いつしかこちらに合わせてきた。
 
 彼女の戦闘力はやはり僕よりも遥かに上で、達人級と評するに相応しいもの
だった。その肉体が恐るべき抜き身の刃であり、簡単に敵を屠れるのだと如実に
分かった。同時に、その開けっぴろげに躍動する裸体がどれだけ淫猥かも。
 なのに彼女は時折り思い出したように僕の目線を意識し、非難がましい表情こそ
しないものの、腕で裸体をもじもじと隠したがる。彼女は自らを評して、ニンジャと
しては未熟で羞恥心を捨て切れていないと言ったけど、このどっち付かずの態度が
扇情的すぎる。
 オークやオーガなどに遭遇すれば、これら畜獣的な亜人はグフグフと唸って、
あからさまな興奮と共に性器を怒張させ、フェレーラさんにそれを突きつけるように
襲ってきた。対して彼女は回し蹴りで弾き飛ばし、手刀を撫で付けるだけで手際よく
さくさく処分しはするものの、ちょっと困った顔で羞恥と嫌悪を覗かせていた。
 そういう反応が、いわゆる「一切の感情なき殺人機械」というニンジャ像とは微妙
に齟齬があって──不謹慎だけど、年上の人だけど、可愛らしい。
 
 僕は、彼女に対する欲情をどんどん高めてしまっていた。
 肉体的にも、歩く事すらつらい。股間が疼き、下着の中で刺激されて、一歩ごとに
射精欲求が沸く。
 下世話な話だけど、適度なところで用足しなどの言い訳を付けて彼女から離れ、
手淫で自慰して精を抜いた方がいいかも知れない。
 第一、浅い階層ならともかく、更に深いところに潜ってなおこの状態が続いている
と危険じゃないかと思えてきた。
 
  ◆
 
 ねじ曲がった通路が十字に交わる中央で。角に設けられていた、水を吐き出す獅子
の彫像を前にして、
「ここの取っ手をこう……、って動かすと……」
 僕はフェレーラさんに、迷宮の主要地点の一つについて説明していた。水先案内人
だからではあるけど、そもそも一直線で迷宮深部まで行けばいいという話ではない。
どういう事態が起こるか分からない以上、浅い階層から順序だって説明していくのが
望ましい。
「水の流れが変わって、壁の中の重りに溜まっていく仕掛けだから。溜まったら、
向こうの通路の壁に隠し扉が開くよ」
「なるほど。面白いですね」
 彼女は、僕の左隣に触れそうな距離で裸体を佇ませ、素直に耳を傾けている。
 僕がどれだけいやらしい気持ちを抱いているかを、分かっているのかいないのか。
その廉直とした態度と芳しい香りが、僕に対してカツやカンティオスなどの眩惑呪文
のように絡まっている。見ないという堅い意思を持っているつもりなのに、彼女の
剥き出しの肌をちらちらと横目に覗き見てしまう。

 

「……ユスノーくん、水が溜まるまでどれくらいの時間ですか?」
「えっ?……ああっ、うんっ、えっとね、ゆっくり五百は数えられるかな……、
ちょっと一息つこうよ」
 言いつつ僕は彼女に背を向け、十字路の四つ角の一つに視線をやった。二つの
通路を警戒する歩哨と化す。こうして完全に顔を反らさないと、どうしても彼女の
裸身に視線が吸い寄せられてしまう。第一、こんな動きのない状況では、視線を露骨
に悟られそうだし。
「分かりました。ここまで、少し駆け足でしたものね」
 背後で、ふぅ、と息を漏らす彼女。たし、と素足と床面の触れる音がして、身体の
向きを変えたと分かる。僕と反対側の角を見やったのだろう。
「……でも、ここ、よくないですね。十字路に至るそれぞれの通路が全て曲がって
いるから、敵の接近を許しやすくないかな、と素人目にも思うのですけれども……」
「あ……、うん。確かに」
「二人だけだと気を緩められないですから、蝋石でキャンプを張って休みます?」
「……そう……だね。そうしようか」
 呆けている時の僕よりは、冒険者としての道理には明るくないはずの彼女の方が、
適切な判断をするらしい。全呪文を極めているぐらいだから、基本的に頭のいい人
なのは当たり前だけど。僕にとっては六人で反復され、慣れてしまった定番と勝手が
違うためもある、と自分を慰めたい。
 
「では、私が張りますね……」
 そう言いながらフェレーラさんは、ごそごそと物音を発てた。自らの腰のベルト
ポーチを開け、蝋石を取り出している様子。
 一拍置いて、すぅうう、と擦過音を発てながら、僕の視界の下側に右後ろから白い
影が入ってくる。何かと思って飛びのきそうになったが、フェレーラさんの裸身しか
有り得なかった。しゃがみ込んで片手を床についた姿勢で、線を描いている彼女
だった。
 かかとに尻肉を乗せてよちよち歩く全裸の彼女を、僕は後ろから見下ろす構図に
なる。呆気なく眼を奪われる自分が情けない。
 瑞々しい女体の、大理石か雪花石膏のようなつるんとした背中と、その下の
すべすべでむっちりとした尻の肉。溜め息をつきたくなるほど綺麗な肌。僕の視点が
上にあるために局部は見えないけれど、彼女の尻肉が両かかとで左右に割れて、その
谷間の奥が曝されているのは分かる。
 僕の股間の熱が高まっていく。頭を振って、彼女の裸身から視線を離そうとした。
だけど、離せられない。
 更に彼女は、ひざまずいて両手をつき、四つん這いじみた姿勢を取る。無防備な
瞬間は徹底して無防備だ、この人。普段は隙がないだけに、わざとやっているのかな
という妄想すら湧かせる。……まぁ、それだけ僕の事を信用してくれている、のか。
 それを幸いに、真後ろから見たくて堪らなかった。この尻肉を左右に割り開いて、
谷間に潜む彼女の秘密をじっくり見てみたい、もう構うものか、という実行ぎりぎり
の衝動に駆られてくる。
 
 サムライとして自制的、抑制的な精神鍛錬を受けた僕。泰然と思考せよ、静かな
湖面のごとくを理想の心境とせよ、と教えられた僕。
 齢十五にして随分と大人びている、という自負が先日まではあった。が、未熟な
事に実際の僕は、そうした境地を表面的になぞっているだけ。
 仲間を失ってうちひしがれ、フェレーラさんの裸身に翻弄されっぱなしになって
みて、それを自嘲的に理解した。
 卑近な言い方をすれば、大人びているのではなくただの奥手なのかな、とも思う。
 そんな僕が女性を組み伏せたいとすら思った。そこまでの情欲を煽られた。
 もちろん実行すれば、実力差的にこっちが悲惨な目に陥る事は確定だ。――と言う
より、そういう抑止効果を考えるという事は、彼女の方が弱かったら実行するのか、
と自分で自分に突きつけ詰ってしまう。自分の暗い部分に嫌悪感を喚起されていた。
 僕は、この人を犯したい。でも、そんな事はできない。
 
 そんな苦しみに悶えている僕を尻目に、フェレーラさんは僕の回りを一周する形で
線を引き終え、
「宿れ、聖なる隔絶の霊力」
 と呟いてキャンプの効力を顕す。
「ちょっと狭くないかな……?」
 僕は戸惑いの声を漏らした。両手を広げた長さより短い直径。六人分に慣れていた
ため、二人分ならこの程度かな、と単純に見過ごしていたけれど。二人で並んで座る
分にはちょうどいい一方、僕にとっては微妙な距離感を強いられる。
 フェレーラさんは立ち上がりつつ足元を見回して、
「みたい……ですね。ごめんなさい、ユスノーくん」
 僕に向き直り、手の甲を口元に当てて照れ笑いする。頭はいいのに抜けている
雰囲気もあるところが、妙に安心させてくれる人柄だけど。
 全裸姿を曝されている以上、別の意味で安心はない。彼女の裸体の前面、乳房と
恥毛をまともに見てしまって、僕は視線を泳がせながら、
「……まぁ、ちょっと休む分には別にいいよね」
 と言って、彼女に背を向けるように座った。
 
 僕の斜め上で、微かに息を漏らす彼女。意味深に感じる間があって、僕の後を追う
ようにフェレーラさんも座ってくる。僕はわざわざ彼女に背を向けて座り、背後の
半円を譲ったつもりなのに、なぜか右隣に座り込まれた。これでは一人当たりの面積
が四分の一しかない。
「…………ぅ」
 僕の喉で、ごく、と音が鳴った。すごい緊張感がある。
 両膝を立てて座った僕の靴の隣に、同じ姿勢で座った彼女の小さな素足が並んで
いる。平均的な成人男性より低めな僕とほぼ同じ背丈の彼女だけど、その僕の足より
も小さくて実に女性的だ。
 色も形もものすごく綺麗で。マポーフィックの呪文の守りの効果によって、迷宮内
の汚れにもまみれていない。細長く華奢な足指に、桜の花びらのような爪が飾られて
いた。
 性的な部位ではないはずなのに、僕は可憐さといやらしさを同時に感じざるを
得ない。
 僕の性器は、下着の中で窮屈にぎちぎちと固まっているだけでなく、先走った
体液でぬるぬると濡れていて、実に何と言うか具合が悪い状況になっていた。もう、
いつでも射精できそうなくらいに。
 
「フェレーラさんは……」
 色々な意味で耐えられず。そのままの構図で、僕は独白のように問いかけた。
「はい?」
「……フェレーラさんはものすごい達人だけどさ、そんなあなたが探している人って
事は、あなたの知り合いも同じような達人級の腕前なの? そんな人が行方不明に
なっちゃってるわけ?」
 間を持たせよう、ごまかそうとして聞いた質問ではあるけど、僕にとって疑問に
思っていた事でもある。疑問と言うか、興味や関心に近いだろうか。
「そう……、ですね。強さだけを比べるなら、ほぼ全員が釣り合うと思います」
「全員? 複数人なの?」
「ええ。三人です。同じ域の自分を褒めるようになってしまいますが、相当の実力者
です。それが一人ならまだしも三人ですからね。迷宮内で不幸な状況に陥っている
とは考えにくくはあります……」
 僕の視界の右端の下で、彼女の素足のつま先がきゅっと握られ、その心境を語って
いた。信じたいのだろう。生きていると。

「確かに、それなら生存の目はあるね。カンディ(死体探知)の呪文にも掛からない
わけだし」
「ええ……」
 もっとも、肉体と霊魂が現世から<喪失>している場合も探知できないが──。
「……ちなみに、強さとしては達人級って言うけど、冒険者としてはどうなの? 
あなたみたいに冒険者としての道理に明るくないとかはある?」
「私の場合は、リルガミンを宗主とする周辺諸侯の中で、ある辺境都市の君主に
仕える身でして……、祭事などを司るのに軸足があった関係から、冒険者の道理に
疎いのですね。その三人も似たようなものですけど、軸足は私と違いますから、
冒険者としての道理には熟練なさっています。……少し不安なかたもいますけど、
逆にものすごく頼りになるかたもいますし」
「そうなんだ。じゃあ、どういう事態に陥っているか想像できないなぁ」
「そうですね……。でも信じたいです。私はその三人と懇意であったため、別の迷宮
での話ですけど、ある秘宝の探索の助力を短い間ながら請われた事がありまして。
その時は、この仲間となら大概の危機は退けられると思ったほどです。ただの連絡
不手際、ただの杞憂であって欲しいものですが……」
「……だと……、いいね……」
 
 三人の仲間。僕の知らない、彼女の仲間。
 その事に、何故だか妙な感覚を覚える。自分でもよく分からない、微妙な感情の
襞の蠢き。下着の中の、いつでも射精できそうなくらいの熱さも引かせない感情。
 ――しばし心のうちを見て、それが嫉妬めいているという事に気付いた。
 その途端、僕は彼女の仲間の事について、それ以上、聞けなくなった。
「……どうしました?」
 何の気配をどう察したのか。フェレーラさんが心配そうな声で囁いてくる。僕の
耳に息が掛かりそうな距離で、だ。
「いや、別に……? どうもしないけど?」
 もう少しで声に現れそうなほど、僕の心に動揺が混じっていた。
 
  ◆
 
 それはゴーゴン――鈍い緑色の金属からできた、水牛を模した化け物と戦っている
時の事だ。
 
 フェレーラさんは不覚を取って鉄鋼牛の突き上げた角に巻き込まれ、次いで巨大な
金属塊の体当たりに圧し掛かられ、石床との間に痛烈な勢いで挟まれた。
 さして強い怪物ではないとは言え個体差が大きく、その重量級の突撃はプレート
メイルを簡単に潰す事すらある。無防備な裸身が痛撃されたのを見た時、僕の心理的
な衝撃はひどく、心臓を握られたように焦った。更にゴーゴンが、興奮した猛牛
さながら前肢を上げて追撃の構えを取ったのに対し、もちろん助けに入ろうとした。
 しかし、フェレーラさんは平然と反撃した。この域のツワモノなら当たり前では
あるが、僕の膝の方ががくりと笑いそうになった。
 床に倒れた状態から彼女は、交差するようにねじった両腕を支点に回転しながら
斜めに逆立ちし、後肢で立っていたゴーゴンを開脚した足先で巻き込み、巻き上げる
ような連続蹴りを瞬間的に叩き込んだ。
 金属塊が華奢な女性の素足によってへしゃげ、宙に浮かされるのが凄まじい。何撃
を繰り出しているのか、よく目視できないほど。まさしく達人的な体術。

 最後の一撃で吹っ飛ばされたゴーゴンが、ずずずぅんと重々しく倒れ、虚しく火炎
のブレスを噴き上げながら崩れた時、僕は安堵と共に見事だと思った。彼女の強さと
美技に見惚れた。
 その直後に転じて、なんて破廉恥な戦い方、卑猥な技なんだと強烈に感じた。
フェレーラさんが最後の一撃の反動で逆立ちの角度を垂直にしつつ開脚し、その体勢
のまま「残心」──続けて技を出せるよう気を抜かなかったからだ。しかも、開脚
したまま足先を腹側に下げて、裸で剥き出しの尻の穴とその下の性器を、真後ろに
いる僕の視線へ曝して。
「ちょっとびっくりしましたが、倒せたみたいですね」
 劣情を誘うその姿勢のまま言って、反対の背中側に脚をかかとから振り下ろし、
器械的な振り子のようにスタッと立ち上がる。けれど僕はもう、ぱっくりと半開きに
なっていたフェレーラさんの割れ目と窄まりを、眼と心に焼き付け終えていた。
 ――見てしまった。女性のそこを。初めてだった。
 
 まず最初に、生々しい様相だと感じた。けれど直後、その印象を払拭するように
美しいと感じた。酒場で響く猥談を盗み聞きした分から、もっと醜いものだという
先入観があったためだろうか。僕の知識は悪意と諧謔に歪められたものだったの
だろうか。
 いや、あるいは彼女のものが特別に美しいのか。
 フェレーラさんが直立していた時、恥丘に生えていた陰毛は濃く見えたのに、恥丘
の下の辺りでは肌が透けて見える程度にしか生えていない。だから、割れ目が隠れて
いなかった。
 割れ目の内側に覗いた肉びらは、つるんとした質感の、淡い唇のような色形で
健康的。かつ、左右対称。猥談に曰く、「大概の女は、打ち身跡のような黒ずんだ
紫色で、ごわごわとして左右非対称の形だからな。成人していれば確実、十代でも
まず大半はそうだ」という話を聞いたものだけど、全く逆の印象だった。と言って
彼女のそれが幼いわけではないだろう、何と言うかいやらしい肉厚があった。
 尻の奥の窄まりは綺麗な放射状の真円形で、くすまない程度に濃い肌色は清潔感が
あり、ほんの少し淫猥な印象。その周囲に、陰毛と言うより濃い目の産毛がまばらに
数本だけ生えていた。
 美しく、それでいて大人っぽく、彼女に相応しい秘所だと思えた。
 
 振り返ったフェレーラさんの顔を見て、その端麗な美貌に彼女の性器と肛門が
意識の裏側で重なった瞬間、
「ぅう……ッ」
 とうとう、僕は下着の中に射精してしまった。
 無様で情けない気持ちに苛まれるよりは、まず思春期の男子的な本能が先んじた。
咄嗟の隠蔽を図る。高まりで身体がぶるぶると震えるのを、刀を鞘に収める動作に
重ねてごまかす、というやり方で。
 僕は今、最も格好の付かないサムライとして存在している。笑うしかなかった。
笑えないけど。
 フェレーラさんの裸身が僕に近づいてくるが、気付かれた様子は――とりあえずの
ところ、ない。
 しかし、このままでは匂いで感づかれるだろう。その場合、とてつもなく気まずい
空気が流れて修復不能に陥る事は必至で。僕は必死だ。



「……そうだ、フェレーラさん」
 引ききらない快感に耐えながら僕は、振り返って足早に歩き出した。
「はい?」
 たしたし、と追って付いてくる素足の音がする。
「あなたほどの達人が不覚を取ってしまったのは、少し疲れたからじゃないかなぁ?
ちょうどこの階層の外れに、心身と魔力を回復できる泉があるよ。さっきの仕掛けも
そうだけど、この階層、地下水層とつながっているんで。そこは天然の岩風呂で、
常に熱い湧水が流れ出していて、清潔な空間だから、身を洗ったり休憩するのによく
使われるんだ。穴場なため、あまり人も訪れないところ」
「ふぅん、いいですね、それ」
「でしょ? 地上ではそろそろ夜中も遅い頃だろうし、小休止じゃなくて夜営を見越
して行ってみようよ」
 いきなりではあったものの、実に自然に話を誘導できたと思う。
 救急の事情を踏まえた事前の打ち合わせでは、魔力回復できる場所を拠点として、
数日間連続で迷宮に潜ったまま捜索する予定となっていたが、つまりそれは夜営も
迷宮内で行うという事。
 フェレーラさんがマロール(空間転移)すら使えるとしても、この路線は変更ない
はず。マロールは、どうしても必要な場合以外で使ってはいけない呪文だからだ。
失敗時のリスクが高いため、気軽な移動手段として利用する感覚など、いかに高位の
術者であっても──高位の術者であるからこそ、持ち合わせていないと聞く。
 それこそ、「神の見えざる手」が時を巻き戻してくれる保障でもあるなら別だが。
「……そうですね。じゃあ、案内してくださいね」
 彼女は少し思案した様子の間を置いてから、そう応じてくれた。
 
  ◆
 
 僕らは湯殿へ移動した。
 南から入って目の前に広がるのは空間的な石窟で、東から北の壁際にかけてを
占める石製の湯槽もまた巨大だ。湯槽と言うより、やたら広くて歪んだ形の落とし穴
が縁でやや盛り上がっている、と例えた方が分かりやすい。その巨大な湯槽が一つ
だけ。
 湯槽の底は緩やかな坂になっていて、奥側の北面に行くほど深い。入り口側の南面
では座っても湯がへそに届かない一方、奥では直立しても頭が出ない。
 石窟の壁際はところどころ入り組んでいるし、不規則に柱もあり、余す事なく熱気
と湯気が充満しているため、よく見えない死角もある。けれど音や気配からして、
僕らの他には誰もいないのはすぐに分かる。
 湯槽の縁からはこんこんと湯が溢れ続けていて、放射状に傾斜した周りの床を
流れ、壁際の溝に落ちていく。特に誰かに管理されているわけでもないのに湯垢など
もなく、いつも綺麗だった。
 
 本来、こういう浴場に入る手前の場所で、全裸またはそれに近い姿になるのが
当たり前だ。とは言え、迷宮内で武具と自分を離すのは不安感が大きいし、また怪物
が紛れ込まないとも限らないため、この場所でそういう習慣はない。湯のごく近くで
脱ぐのが普通。
 ――だの何だのとそれらしい理屈を述べ立てて、僕は着衣のままで踏み入った。
フェレーラさんには、入り口からさほどない辺りで、ベルトポーチを外させて壁際の
へこみに置かせ、その近くで湯槽の中に入るように言いくるめた。
 その上で僕は彼女から離れ、石窟の奥へ進み、物陰に隠れた。ロミルワの中心は
彼女だが、光源から放射状に照らされる呪文ではなく範囲内の空間自体が発光する
ため、僕の周囲も暗くはない。
 まず念のため誰かがキャンプで潜んでいないか辺りを「探し」た。結界の隔絶効果
は確固たるものだが、反面、空中に魔術的な印を書くだけで誰にでも見破れる。怪物
を回避しつつ、冒険者同士で探し合って合流したりできる理由はそれだ。
 杞憂であった事を確認し、鎧と衣服を脱いで全裸になり、湯槽の外で身体の汚れを
流した。特に股間の。
 その後、下着とズボンを懸命に洗っている。ここが作業的にひどく惨めで哀れだ。
ちょっと涙が出そうになった。



 しばしの後、ようやく汚れ物を洗い終えた僕は、泉の回復効果にあずかって人心地
つこうと湯槽に入った。もちろんフェレーラさんからは死角で、深さは直立した身の
肩まである場所だ。
 湯槽の縁から常に溢れている湯が波だって、勢いを増して音を発てる。ごまかし
きったという安心感で、大きな溜息も漏れる。
「……あの」
 と、それを待っていたかのように、フェレーラさんが近づいてきた。
「はいっ?」
 声の方を見ると、肩で湯面を割ってゆったりと泳いでくる、水精のような妖しくも
美しい裸身のフェレーラさんがいた。ロミルワは灯されたままなので、湯の中の身体
は揺らめきこそすれ隠れていない。
 こちらの身体も丸見えになるかも、とギクリと思う。男としては華奢な体つきも
だけど、何より股間を見られるのは恥ずかしい。僕は彼女に背を向けた。
 二人ともに湯槽内で全裸――、これは今までと状況的な難度が違う。声が上ずって
しまう。
「な、なに?」
「ええっと……」
 僕のすぐ背後まで近づいておいて、口ごもるフェレーラさん。こちらを窺っている
気配があった。しばしの間の後、まるで意を決したように、
「……さっき不覚を取った私もそうなのですけれど……、ユスノーくん、あなたも
集中力が散漫になっています、よね?……あなたの場合は、私の裸を意識して……」
 いきなり振られた。今の僕にとって最も過敏な話題を。
 
 思わず息を呑みこみつつ、
「…………正直言って……、まあ……、うん。それがなに……?」
 もしかして先の失態に気付かれたのではないか、と気が気でならない。と言うか、
雰囲気的にはどうもこれは――。
「ごめんなさい、私のせいで。……いささか乱暴な迷宮踏破の仕方も、それが原因
でしょう? やっぱり集中力を欠くと探索上、色々とその……問題があると思って。
危険をもたらしやすいと言うか。それぐらい、いくら私が冒険者の道理に疎くても、
常識として分かりますし……」
 婉曲な言い回しに、僕は何となく諦めた。ああ、これはフェレーラさんは感づいて
いて、あえて直截に触れないようにしながらも注意してくれているんだ、と。その
配慮がいかにも年上の、優しい女性だった。
「………」
 だからこそ、注意された形のこっちが感じるばつの悪い気持ち、情けない気持ちは
大きかった。無言で応じるしかない。
 ところが、彼女は僕のそういう気持ちごと包み込もうとした。彼女の意図は注意
ではなかった。
 
「本当にごめんなさい、ユスノーくんを責めてはいないの、私のせいですもの。
見たいから集中力を乱され、見まいと自制するから更に集中力を乱される、そんな
感じではないかと。ではどうして見たいかというと男の子だから、どうして自制する
かというとあなたなりに理由があるから、でしょう? それを解決するには一つです
よね……」
 後ろから身を寄せてきたフェレーラさんが、僕の背中に優しく触れる。
 熱い湯を隔ててなお熱く錯覚してしまう彼女の肌が。
「あっ、あの?」
「こちらから申し出る形を取りますので……、私と交わりましょう……? 思う存分
に見せてあげますから……。そうすればユスノーくんの気持ちが満たされ、憑き物は
落ちます」
 その声は柔らかくて、まるで蕩けた乳蜜のような熱さを伴いながら、僕の耳に流れ
込んできた。

 僕にそんな誘惑に抗える力はなかった。呪文攻撃にレジストする方が遥かに楽だと
思えるほどだ。さながら沸騰するように頭に血が上って、首筋から尾骨までざわざわ
とした感覚が走っていく。
「じょ、冗談じゃなく?」
「こんな冗談を言って、男のかたを辱める趣味は持ちませんから……本気です。
それに、迷宮探索上の有利不利だけで言っているわけじゃないですよ……」
「……いいの?……フェレーラさん、僕みたいなのを相手に……。情けない子供とか
思ってない?」
「私が悪いのですし……、その、情欲を慰めてあげたい衝動が沸いてしまって。
それに私、無闇に豪快なかたよりは、ユスノーくんみたいな可愛い感じのかたの方が
断然好きですよ。それでいて、芯はしっかりしているし。そんなに卑下しなくても」
 フェレーラさんの言葉は、僕にじんわりと染み入っていく。
 元来から意識し、昨晩にも意識したばかりだけど、僕には女顔だとか華奢で可愛い
などと言われる事にささくれた劣等感がある。あるはずなのに、この時はなぜだか
嬉しかった。
 
「……むしろ、卑下すべきは私です。今だって、私みたいな痴女じみた女でも応じて
もらえるか、こっちが恐る恐ると持ちかけたぐらいですし」
「痴女だなんて……」
 冗談じみている響きもあるが、フェレーラさんの卑下を僕は慌てて否定した。彼女
の卑下を否定した事で、逆に自分の卑下も否定せざるを得なくなったのに気付く。
でも、それはもうどうでもよかった。
 そして、彼女の卑下を否定したものの、実際に痴女じみた行為を色々している人
なので僕は二の句が続かない。でも、その続かない言葉の先を探していって気付いた
事は、彼女に伝えたい事だった。
「……僕は……」
「はい?……」
「……僕は、出会った時点から今の今まで、フェレーラさんを魅力的だと思ってる。
清楚なところとそうでない部分の落差が堪らなくて。あなたがその振れ幅の片側を
痴女じみていると言うなら、僕の中にはそうしたところも含めた好みがあるんじゃ
ないかな……。だから僕にとって痴女は悪口じゃないんだ、多分……」
 それは僕自身に対して呟き、自分を納得させているようでもあった。取られ方に
よっては問題だけど、
「うふふ……」
 フェレーラさんは素直に喜んでくれたみたいだった。
「じゃあ、清楚ぶっているくせに年下の男の子が好きな痴女のお姉さんとして、
あなたを悦ばせて差し上げますから……あっちの浅い方に行きませんか?」
 
  ◆
 
 誘い誘われるままに、僕らは湯の中を移動した。
 湯槽の坂状の底が浅くなってくると、僕の前を歩くフェレーラさんの紅く染まった
上半身が次第に湯面から出てきて、濡れたつるつるの肌がいやらしく光る。次いで、
色づいた果実のような尻の双肉も上がってきて、弾むように表面が震える。
 ベルトポーチを外していて、唯一つ身に着けている後頭部の髪留めリボンは肌に
掛からないから、印象的に生まれたままの全裸だ。
 この、水精や女神もかくやという綺麗な裸体を本当に抱けるのかと思うと、僕の
緊張はきりきりと締め上げられるように高まってくる。

「この辺りでいいですよね。ユスノーくん、湯槽の縁に腰掛けてくださいますか」
 湯槽から出るのかと思ったら、フェレーラさんはその寸前で唐突に振り返った。
しっとりと濡れた黒い草叢が、僕の前で彼女の秘密を唯一つ隠している。
 向かい合う全裸の僕ら。――という事は、つまり。
「あら」
 フェレーラさんは右手の指先を口元に当てて、嬉しそうな視線をやや下に向けて
いる。
「……あっ」
 遅れて股間を手で覆う僕。こういう点に男女差があるのだなぁ、と今更ながら実感
を覚える。直立した時なら、女性器は手で覆わなくても股下に隠す事ができるけど、
男性器は全く隠しようがない。
 僕は自分の裸体を女性に見られるのが初めてだった。まして、性的に反応している
勃起状態を直に見られるのは。かなり恥ずかしい気持ちもあったけど、フェレーラ
さんの嬉しそうにしているところを見て、すぐに気が紛れてくる。
「そう恥ずかしがらないで。ご立派ですし。……ちゃんと剥けているのですね。
体つきは華奢で少年然としているのに比べたら、不釣合いにいやらしいぐらい。
素敵なおちんちんですよ」
 慰められているのか言葉責めされているのか分からないような。微妙に苦笑して
しまった。
 にしても、彼女の口から「おちんちん」なんて言葉が聞けるなんて。
 
「じゃあ、ユスノーくん……」
 僕を湯槽の縁に座らせ、同時に彼女も僕の左隣に座った。二人並んで湯の中へ脚を
投げ出しているような構図だ。ただし、座る時の隙を突いて彼女の左手がするりと
僕の性器に絡みついている。
 僕は熱っぽい息を漏らして、
「……フェレーラさん……」
 と言うほか言葉がない。
「ふふふ……、毛も薄いし、色も綺麗で初々しいのに、芯までかちかち……」
 細い指先でさわさわと感触を確かめるようにしてから、左手全体で陰茎の根元近く
を握ってくる。同時に、表面の皮を下方向に優しく引っ張られ、亀頭の雁首まで完全
に露出させられた。
 他人に性器を触られるという事が、想像以上に鮮烈な感覚をもたらすのだと僕は
知った。考えてみれば当たり前だ、例えば自分で脇腹を触っても平気だけど、他人に
触られたらくすぐったいのだし。先に射精してなければ、これだけで終わっただろう
なと思う。
 
 僕は性感に伴う濃密なくすぐったさから、身を攀じって逃げようとする。無意識の
動きだ。けれど、いつの間にか彼女の右脚が僕の左脚に絡み付きつつ、それを封じて
いる。太腿を開かされてもいる。
 絡め取られてしまった事に妖しい気持ちを覚えながら、僕は彼女の左手の中にある
自分の屹立を見やる。彼女の人差し指と親指の作る輪の上に亀頭が覗いていて、精液
に先んじて出た体液が一すじ垂れ、綺麗な手を汚していた。
 そのフェレーラさんの手は、うねるような微妙な圧力で亀頭から下の部分を揉んで
いる。ものすごく巧い。僕が自分でするよりも巧い。堪らず僕は、押し殺したような
息を漏らしてしまう。
「くんんっ……、はぁー……」
「んふふ……、気持ちいいですか?」
 そう微笑みながらフェレーラさんは、瞳の奥を覗きこむように見つめてくる。僕は
気恥ずかしくて、どう振舞えばいいのか分からないままだ。
 
 彼女は下半身をそのままに、腰から上を右横にひねって僕の方へ向き直る。
いやらしい乳房を実らせた上半身を寄せてきて、僕の後ろに回した右手で背中を
触ってきた。
 彼女の上半身の感触は吸い付くようなきめ細かい肌の感触。そして右手は予想外に
ヌルヌルとしていたため、ビクッと驚いてしまった。
「な、なにそれ?」
「泡です。さっき入って来た時、ここに石鹸が落ちていたのを見たので。おちんちん
をいじりながら、こっそり拾って泡立ててみました」
「フェレーラさんてば手早いな……、うぅぅっ、くすぐったいよぅ、それ……」
「ふふ……、可愛い……」
 声が高く幼くなり、喘いでしまう僕。逆にフェレーラさんは僕に対して優越し、
次第に支配を強めてきている。熱い息に彼女の発情まで篭もっているのが露骨に
伝わってきて、首筋にちゅうっと音を発ててキスされた。
 
 震える僕の背中全体から右脇腹にかけてを、彼女は右手の泡で愛撫していく。同時
進行で左手は、陰茎をしならせるように上下にしごいていく。
「ちょっ、ちょっと待って……ゆっ、ゆっくり、緩く……、そんなのすぐ出ちゃい
そうだから……」
「もしかして、まだ経験ありません?」
 左手の動きを止め、秘密を囁くように彼女は言う。
「……ぅ」
 目線を伏せて俯きながら羞恥する僕の態度をもって、それを返答と受け取られた。
とうの昔に分かっているだろうに。
「んふふふ……、童貞の男の子とまぐわえるなんて……」
 なんて淫猥に、嬉しそうに言うんだ。食べられる、とはこういう事か。色んな
意味でぞくぞくしてしまう。
 
 僕の左脚に絡めていた自分の右脚をするりと抜いて、下半身も僕へ向き直らせて
股を開く彼女。その姿勢にどきっとする僕。
 お構いなしに彼女は、僕の背後で右膝を立てて密着させ、左脚を僕の左脚の内側に
絡めてくる。陰茎を左手で軽く握ったまま、両乳房で僕の左腕を挟み、右手は僕の
背中から脇腹に回して、ものすごく密着度の高い形で抱きついてきた。
 すべすべなのにむちっと吸い付く感触が、左半身から全身に伝わってくる。なんて
気持ちいい肌だろう。
 これが、女の人と肌を重ねるという事……。
 手の平でも触ってみたい。特に、すぐ眼下に見える彼女の左乳房、ツンと上向いて
いるそれに触れてみたいのだけど、こちらから手を出すには躊躇があった。あるいは
彼女の主導で何をしてくれるのか、興味があったのかも知れない。
 
「フェレーラさん、いやらしいよ……」
「私、根はいやらしい女ですもの」
 くすくす言いながら更に彼女は、自ら尻を滑らせるようにスルッと右横へ動き、
僕の背後に回り込む。
 回り込みながら、右脚を僕の腰の右側から出し、つま先を僕の内股に潜り込ませて
くる。既に僕の左脚に絡んでいた左脚も、つま先が内股まで上がってきた。
 左手は股間から離して僕の胸に添えて、右手も左手と鏡写しにする。僕の両脇腹が
くすぐられ、胸板に泡が塗られていく。
「もっともっと、いやらしくしますね」
 僕の背後から抱きつき両脚を腰に絡めるという、直前よりも更に密着度の高い体勢
は、フェレーラさんの肌そのものの滑らかに吸い付くような感触を、ぬるぬるした
泡の感覚にしてしまった。
 惜しい気もするけど、これはこれでものすごく気持ちいい。彼女のぷりぷりした
肌が、別種の生き物のように泡の中で踊るからだ。くにくにと背中に押し付けられる
のは、彼女の乳首か。大きく、かつ硬く勃起している。
 
 そして僕の硬く勃起した陰茎を、彼女の左右の素足が挟み込んでくる。細長い指を
繊細な形に並べるその素足は――、
 ――って、足で?
「ぅああっ……こんなのって」
「ユスノーくん、敏感すぎるみたいですから……、手とかだとすぐ終わってしまい
そうなんでしょう?」
 背後から僕の首筋に熱い唇を押し付けつつ、そう言うフェレーラさんだけど。
「こっちもこっちで、刺激的すぎるよっ……」
「ええー? でも、足ですよ? おちんちんには泡も塗ってないのにー」
 意地悪な韻を込められているのが分かる。初見時に感じた通り、やっぱり油断なら
ない二面性、ちょっとした腹黒さがあるようだ、この人。それもそれで刺激的では
あるけれど、なんと言うか、もう。どんどん惹きこまれていく自分がいる。
 第一、いくら全裸の痴女と卑下しても、まず行儀のいい印象が先立つ彼女なのに、
足で男性器を弄繰るという品のない行為をするなんて。その乖離もまた興奮を誘う。
「あぁっ、あぅううっ」
「あらあら」
 くすくす笑う彼女の、熱に茹だった鮮やかな血色の素足が動く。つやつやと濡れて
光っているのが淫猥で。深窓の令嬢のように柔らかな彼女の手の平、それと同様に
柔らかい足の裏が、陰茎の中程から亀頭の雁首の上にかけてを左右からぐりぐりと
圧迫する。角度を変えて、こねくり回すように。
「あっあっ、んぁっ、そんなっ……、あぁっ」
 その度、濃厚なくすぐったさと快感に身悶えしてしまう。なのに、彼女に背後から
抱きつかれた姿勢のまま逃げる事はできない。
 
 僕は恥も外聞もなく涙目になっていた。下の性器の方も同様――、いや、滂沱の
号泣状態。
「……すごくぬるぬるが増えてきましたよ」
 僕の亀頭とフェレーラさんの素足が、湯とは別種の、卑猥にぬらつく光を放って
いる。どうしようもないほど、性液が先走っていた。射精感はまだ到来していない
のに、射精後みたいに濡れている。それだけ興奮していた。
 だけれど、
「なんだかイキたいのに、イキそうなのにイケない感じが……ううっ、つらいよっ」
 射精しそうなのに達せない。それは、手より足が拙いからではなく、彼女のやり方
そのものが違うからだ。強くしごくのではなく圧迫、更には圧迫から優しい摩擦に
次第に変わっている。体液の膜一枚分だけ離れた、微妙な触れ具合で。
「うふふふ……、ゆっくり緩くしてと、さっき言われた通りの事をしているだけです
よ……?」
 確かにそうかも知れないけど、結果として意地悪されている感覚。刹那的なあの
高まりに至る手前で、しかし持続的に引き伸ばされて、ぬるぬるした快感の中で悶絶
させられている。
 
 横にした両足の土踏まず同士で亀頭を挟まれ、こね回すように撫でられ。
 縦にした左足の甲と右足の裏の間で陰茎全体を踏みにじられるように撫でられ。
 親指の腹で亀頭の先端、尿道あたりをすりすりと撫でられて。
「だめっ……、それ我慢できないっ……」
「あら。昇り詰めそうなのですか……?」
「だからっ、意地悪しないでっ……、イケそうな手前で……もう少しでイケそう
なのにっ……」
 もどかしくはあるけれど、快感の高まりと快感を受ける時間の和としては、僕の
知りうるささやかな自慰のそれを優に桁で上回っていた。彼女の足指の腹が尿道を
くりくりと弄る時など、高まりとしても総量としても、普通の絶頂に伴う快感を遥か
に上回った、鋭いくらいの快感で脳髄が痺れる。耐えられない。
 
 加えて、背後から彼女の裸身が密着しているから、それも僕の全身の興奮と性感を
ことさらに高めている。これだけ高まっているのに、気持ちいいのに、ゆっくりと
して緩慢な愛撫の拷問が最後まで達せさせてくれない。快感の極まりと絶頂感が全く
同じものではない事を初めて知った。ものすごく切ない。
「うぅっ……、んーっ……んっ!!?」
 切なさに喘ぐ僕。その背筋がびくっとした。彼女の泡塗れの両手が、僕の左右の
乳首をつまんでくる。
「んふ……、ここもいじってあげます……」
 しかも、右手は左乳首へ、左手は右乳首へ伸ばして、腕の抱きつく密着感は最大の
形に。
「そ、それだめ、そんなの駄目だよ、止めてよッ……」
 僕の首筋から左耳に掛けて、はむはむと情熱的にキスしながらフェレーラさんは、
止めません、みたいな事を言った。その息がすごく荒い。
 合わせて、僕の心臓の動悸はありえないほど高まって、ばくばくと響いている。
 
 彼女はそのまま僕ごと背後に倒れて、二人で重なるように仰向けに。絡めていた
両脚を更に密着させ、僕の下で彼女の腰がかくかく動いていて、すりすりと全身で
愛撫してくる。
 しかも僕の側は全く身動きできない。なのに、びくびくっと身体の芯がぐらつく
錯覚。駄目だ、これで射精に追いやられたら本当に男として終わりだ。とは言え
それは実に甘美な誘いで、絶頂させてほしくて堪らない。絶頂させられると引き返せ
ない悪寒がするのに。
「ゆ、許してってばっ……」
 涙目の向こうに、フェレーラさんの華奢な素足が見える。くっ、とその右足の親指
と人差し指の間が大きく開いて、そこの股で僕の亀頭の下の雁首を挟み、巻きつく
ように動かされる。
「ひぃあっ……」
 同時に、左足のつま先の裏側が亀頭の裏筋に押し当てられ、くりゅくりゅと指の
並びの柔らかすぎるおうとつを擦り付けられた。器用にも程がある、この人。
「ぁああっ……ごめっ……、フェレーラさん、ゆるひ……てぇっ」
 泣いて悶絶して、呂律の回らない許しを乞うほどの感覚。下半身が不自然に熱く
なっている。快感が強すぎてもはや拷問だった。僕の概念としての男の快感の範疇
からはみ出ている。
 なおかつ、両の乳首を泡のぬるつきの中で揉みあげるように引っ張られて、
「あああっ!!? あぁ――っあああぁぁんっ」
 ……これは、僕が出している声なのか?……まるで別人のよう。
 女の子みたいな声ですよ、と息荒くなぶってくるフェレーラさんの声を最後の
引き金に。僕は絶頂し、意識がぬるりと濁っていった。
 
  ◆
 
 はぁー、はぁー、と僕は喉を鳴らし続けている。床へ仰向けになった自分の背後を
流れる湯よりは、腹から胸にかけて飛び散った精液の熱さとぬるつきを感じていた。
 フェレーラさんは身を起こして、僕の右傍らで正座の膝を崩すような姿勢になって
いる。陰茎を右手で甘く握って精液を残らず搾り出しつつ、左手で僕の腹あたりの
精液を塗り広げながら。
 自分の精液を自分に塗られる、というのもどうしようもない屈服感があった。女の
人の発想がちょっと怖くて。けれど、何となく心地いい。
 やがて彼女は優しく湯を掛けてきて、汚れと泡を洗い流してくれる。
 
「男を辱める趣味は持ちません、って言ってたくせに……」
 僕は涙まみれの目で非難がましい視線を彼女に向けた。本気ではないけど、拗ねて
いる韻が言葉に篭もっている。
「あら。その気もないのに嘘で釣るような事はしません、という意味ですよ、流れ的
に」
 語尾でうふふと微笑んだ。細い鼻梁の下に緩やかな弧を描く淫らな唇は、もう
サキュバスの域だ。
「辱めるの、好きなんだ……? いじめっ子のお姉さんだよ……」
 そう言っている僕をじっと見つめるフェレーラさん。その瞳もまた同じ域の淫靡に
満たすような両眼を細めた表情で。あでやかな頬の紅潮がすごい。
 多分、いやらしい事を考えている顔だ。
 
「さっき私、思う存分に見せてあげます……、と言いましたよね」
「……う、うん」
 唐突な言葉を投げかけられながらも、期待するような声で応じてしまう。
「その後あたりで私にユスノーくん、清楚なところとそうでない痴女の部分の同居が
いい、みたいな事を言ってくださいましたよね」
「……うん」
「確かに、そういう同居やそれに類する二面性は私の中にあります。ご指摘の通り、
年下の男の子を辱めるような嗜好もありますけど、それ以上に、被虐的な嗜好も
持ち合わせていますよ。
 だから、思う存分に……見せてあげますから……」
 熱く囁いて、彼女は立ち上がる。