シミア様の傍にいる人間の若い男を見た時、言い様の無い不快感が私の顔に出ていたのを覚えている。
人間、それも東方人だと名乗るジョウと言う男が差し出した手を払い除けた後に、鼻を鳴らして侮蔑の
目で見た事も。名前を聞かれても自分からは絶対に答えなかった。司教のルミアン姉様が男に私の名を
伝えるのも嫌だった。『次女で魔術師のカイ。妹は人間に慣れていないの。許してくださいね?』だ。
「体から馬の臭いのする下賎な人間に丁寧な口調で話すべきではありません、ルミアン姉様」
何故その時、シミア様が拳を作って唇を噛んでブルブル震えていたかなど、当時の私には知る由など
全く無かったが、人間の男…ジョウが右手でそっとシミア様の手を包んだのを目聡く見つけ不快な思いを
抱いた。高貴なる先種人類たる古き伝統を持つエルフ族に、野卑で野蛮な新興勢力の、それも東方と
言う僻地出身の人間族の男が触れるなど許される行為では無い。増してや私達三姉妹とは異なり、君主
のシミア様は大領主の家の『正嫡』の生まれなのだ。だから私は当然の如く男の行為を鋭く批判した。
「その手はなんだ野猿? お前のような者はな、シミア様の手に触れる事すら許されぬのだぞ! 」
シミア様の瞳に怒気が雷光の如く閃いたが、男、ジョウは微笑みながら包んだシミア様の手を握り、
潔く離した。何故そんなにシミア様が怒っていたのかは、これより後に私は嫌と云うほど知る事になる。
そうだ。今の私なら確実に私自身を罵倒し、殴打し、唾棄しているだろう。…彼を知ってしまった後の、
私ならば。東方人の男が立ち去った後、私はシミア様の怒りに震えながら冷静であろうとする声を始めて聞いた。
「カイ…自分の愚かさを後悔しても、もう、遅いぞ…。迷宮の中で泣き喚くのは貴様だからな? 」
私の相似の顔をしたシミア様は…領主の私生児たる私、カイとは異母姉妹に当たる。身分が違うのは、
母親の身分に関係する。シミア様の母上が正室で、私達の母は家臣の娘だ。さらに私とシミア様とは
同年同月同日生まれである。正嫡たるシミア様は厳しく躾(しつけ)られたが、私達三姉妹は比較的、
愛情豊かに育てられた。領主たる父様も、私達三姉妹には自由な暮らしと教育を与えてくれた。だから
『人間の街へ行ってくれないか』と父様が済まなさそうに呟いたのも敢えて拒否しなかった。ただ、
今にして思えば私は拒否すべきだったのだ。…あの人を、ジョウを知らずに生きる事が出来た、最後にして
最大の好機を逃してしまったのだから。
「歩けるか? 」
迷宮に入って一刻(2時間)もしない内に、私達三姉妹は恐慌を来たしていた。緑豊かな領地に居た
私達には想像も出来なかった地獄が、そこに待っていたのだ。私などは自慢の小炎、ハリトすら唱える
事が出来なかった。シミア様が無造作にオークの頭を剣で叩き潰した瞬間を目にしてしまい、盛大に
吐いてしまった程だ。…戦闘後のキャンプで、何も云わずに水筒と奇麗な白布を後で差し出してくれた
のは、シミア様では無く、私が軽蔑し続けていたあの人間の男、ジョウだった。実は彼は私だけでは無く、
ルミアン姉様、妹のディルマも気遣っていたのだが、その時の私と来たら完全に気分が舞い上がっていた。
そして…シミア様の殺意すら伺わせる嫉妬の眼も注がれていたであろうが、当時の私には解からなかった。
「1階でこんなんじゃなぁ…。あ〜あ、今日は商売上がったりだよ。1階巡り確定だね、ジョウ? 」
「そう云うなよマッケイ、埋め合わせはする。…俺の今日の稼ぎは要らないから、頼む。なあ、シミア?」
「いや、9階まで往くぞジョウ。…どれだけ父上にこ奴らが甘やかされて来たか、妾(わたし)は知らしめたいのだ」
シミア様の考えていた事は今なら解る。ファイアードラゴンのブレスに高々1レベルの冒険者が曝されれば
確実に死ねる。増してやそれがエルフの魔術師、僧侶、司教ならば。…完全にシミア様は私達三姉妹を『死』の
状態で永遠にカント寺院へ送り込む心算でいたのだ。だが、それをさせなかったのが彼、人間族のジョウだった。
シミア様を差し置いてパーティのリーダーを任じているなどと最初のキャンプで聞いた時に当然の如く私は異を
唱えていた。その彼の判断が無ければ…私はこうして甘い回想に浸る時間すら与えられず、寺院で永遠の眠りに
就く羽目に為っていたに違いない。
「いや、今日は1階巡りだ。…シミアを折角尋ねて来てくれたお客様だ。…戦闘に慣れさせないとな」
「様はどうした東方人! 」
「カイっ…! 」
「…悪かった。が、迷宮内では俺がリーダーだ。敬称を付けている余裕など無い。…実感したろう? 」
鼻を鳴らして顔を背ける元気があったのはそこまでだった。ゾンビの群れに恐怖し、私がクリーピングコインを
拾い上げ、危うくブレスで死に掛けた事。シミア様が戯れに開けた宝箱の罠、『メイジブラスター』が発動し、
私だけがその餌食に為った事。その後、嫉妬に狂ったシミア様が我に返り急いで治療するまで、麻痺した私を背負って
歩いてくれたのはやはり…ジョウだった。麻痺していても私の聴覚は生きていた。『気に入らないだか何だか知らんさ。
だがな、迷宮に入れば仲間だろうが! なあシミア、お前の善と言う戒律は、そう意固地になるのが特徴なのか? 』
シミア様の歯軋りと、ジョウに向けた縋る様なあの視線が…私の最初の迷宮探索の全てだった。
私達三姉妹は『死』を迎える事無く順調に経験を積み、経験を積んだ手練の冒険者として迷宮探索を続けていた。
慣れて来れば油断が生まれるのも世の倣(なら)いであり、この私、魔道士のカイもその例外には漏れなかった。
「呪文の使い方で戦士風情に指図される謂われなど無い! 」
9階で私の使ったマダルトに異を唱えたジョウを怒鳴り散らした私が後悔するのは、次の戦闘での事だった。
ファイアージャイアントとハイプリーストの集団が現れ、ジョウの指示を無視した私はハイプリーストでは無く
ファイアージャイアントに必殺を信じマダルトを唱えていた。だが、私の『素人』判断はものの見事に外れてしまった。
「そ、そんな…生きてる…」
「だから言ったろうが! 素人風情が賢しげに…! …くぉッ…! 」
ハイプリーストの一人に、シミア様がマバディを掛けられてしまったのだ。愚図愚図していてハイプリーストに
バディアルマ、あるいはリトカン、マリクトを掛けられればシミア様が『死んで』しまう状態に、私の思考能力は
停止してしまった。その時、私がただの戦士だとばかり思っていたジョウの口から、メイジの私が一度も聞いた事の
無い魔導詠唱が聞こえて来た。すると、一陣の強い魔導風が吹き渡り、迷宮は閃光に包まれた。…ティルトウェイト。
メイジ7レベルに位置する、最強の攻撃呪文『核撃』が放たれたのだ。目が慣れた私の前には、チリ一つ残らぬ見慣れ
始めた迷宮の闇が復活していた。
「…済まぬな…ジョウ…『妾(わたし)の』ため『だけ』に貴重な7レベルスペルを…」
「お前が生きているならそれでいいよ、シミア」
「…良く覚えておけ、カイ。サムライは魔法戦士なのだ。そしてこのジョウはメイジスペルのマスターだ。
そして貴様のような半可通よりも、より魔法を良く理解している。…これでもまだ、指示に従わぬか? 」
「よせよシミア。今回は緊急だ。俺はこんな卑怯臭い呪文なんぞより、村正を使う剣士の闘い方が性に合う」
シミア様を横抱きにしているジョウを、私は咎める気にもなれなかった。散々扱(こ)き下ろしていたこの男が、
実は私よりも遙かに上を行く実力を秘めていたのだ。それも私の得意な魔法の分野で、だ。私のささやかな自尊心が
砕け散った瞬間でもあった。シミア様は姉様達に回復魔法を掛けられていた筈なのだが、何故かジョウに抱かれた
ままで、自分から降りようとはしなかった。今にして思えば…確実に見せ付けていたに違いないのだ。魔法が大嫌いな
ジョウが、シミア様の生命の危機に迷わず最大威力の呪文を使い、尚且(なおか)つ効果範囲から救ってくれた事。
何よりもこの男、ジョウがシミア様の『所有』する『男』である事をだ。…思い出す度に、私の胸の奥が痛む。
「お嬢さん達は運がいいね。灰燼姫(カイジンキ)がお姫様抱っこされてる光景なんて、中々見れないよ? 」
「なんぞ申したか、マッケイ? 無駄口を叩かず、さっさと宝箱(チェスト)を開け! 」
「…完全武装したシミア様を軽々と…重く無いのですか? 」
「ジョウは迷宮で鍛えているからな。なぁ、ジョウ? 何か申すがいい。妾(わたし)が許すぞ? 」
「シミア…お前なぁ…? 無事なら降ろすぞ? もう自分で立てるよな? 」
「むう…。まだ立てぬぞ。…眩暈がする。本当だ! 本当だからな! 」
シミア様が嬉しげに妹のディルマに話しながら、ジョウの首を親しげに抱いている事に私は気付いたが、私には
もう文句の一つも言う気力も失せていた。結局、シミア様の上機嫌なお喋りはパーティが迷宮を出るまで続いた。
シミア様の、ジョウに話しかけ隠しきれない嬉しさを浮かべながら相槌を打つ姿が…私には何故か羨ましく見えた。
「魔法の遣い方や習得に、コツがあるなら聞いてやらんでもないぞ、野猿」
「…あのなぁ、人に頼む時はもう少し礼儀と言い方と言う奴があると思うのだが? 」
私はやっとの事で、馬小屋の柵の前で、赤らめた蹄鉄を金槌で鍛えているジョウに話しかけた。さんざんに前を
うろついて、声を掛けられるの待っていたのだが、この男は全く意に介さずに己の作業を続けていた。頭に来た私は
意を決して話しかけたが、こうも高飛車な言い方しか出来なかった。…人間族風情などに素直に教えを請うには、
エルフ族としての私の自尊心が許さなかった。それでも彼、スペルマスターたるサムライのジョウは気を悪くした様子も無く、
私に気を使ってか、独言を話す様に喋ってくれた。私の顔を見て話しかける素振りなど見せなかった。ふと何者かの視線を
感じ見上げると、なんとシミア様と目が合った。ずっと宿の上層階にあるロイヤルスイートルームの自室の窓から
見下ろしていたらしく、きつく腕組みをして私を睨み据え、唇を噛み締めていた。
「どうした? もう終わりか? 」
「…また、気が向いたら聞きに来るぞ…ジョウ」
シミア様の鋭い目に耐え切れず、私は逃げるようにしてその場を離れ、酒場に向かった。軽めの食事を取っていると、
完全武装のシミア様が来て、乱暴に音を立てて卓の向かい側に座るとすぐに、私の着ているローブの胸元を力任せに掴み寄せ、
捻(ねじ)り上げた。シミア様のこれまで私に向けていたものとは全く違う、敵意と憎しみに満ちた眼が私を威圧する。
他の姉妹とは違い、私に対してのみは『妾腹の下賎の者』としての冷ややかな侮蔑のみが込められていたのだが、
ここまで激昂しているシミア様を見るのは始めてだった。
「…二度は言わんぞ。死体になってカント寺院に放り込まれたくなければ、迷宮以外でジョウに近づくな。そして話しかけるな」
「あの者はシミア様の何なのです? 彼は頼り甲斐のあるサムライではありますが、人間族の男でしょう! 」
「…そこまでにしときなよ、灰燼姫(カイジンキ)様? またジョウを身代わりにして強制労働をさせる気かい? 」
「マッケイ! 妾(わたし)は一度も…! 」
「身代わりを頼んじゃいないのは知ってるよ。だけどジョウは必ず黙って出頭するよ。そうだろう? 」
途端にしおらしくなったシミア様が、鼻を鳴らして私を放り捨てた。よろめく私の体を支えて、受け止めてくれる者が居た。
シミア様が哀しげな顔で私を見ているのに気付き、私は受け止めてくれた者を確認しようと振り向く前に…馬の臭いがした。
私はわざと男に身体を押し付け、縋り付くようにして体を支えた。後衛の鈍い私でも感じ取れるほどの殺気が、シミア様から
私に向けて放射された。そしてすぐに、私の背後の者に向けて『どうして? 』と問い掛けるような、縋り付くような表情を
向けた。…私はついに解かってしまった。巨万の富を得たシミア様が決して領地に帰ろうとせず、迷宮探索を続ける理由を。
シミア様はただ、彼、サムライのジョウとともに『いつでも一緒に』居たかっただけなのだと。
それに気付いた私は、シミア様が馬脚を顕わす機会を待ち続けた。はっきり言えば、これまで私の見てきたシミア様の行動の
全てが馬脚だった。気付かなかった私達三姉妹が奥手、晩生(おくて)だったと言えばそれまでなのだが、私はジョウに証拠を
付き付けた。
「シミア様には、すぐにでも御領地に帰って貰わねばなりません」
「おい…何を…言っているんだ? 」
「人間族の男に操を奪われ、エルフ族としての誇りを失ったと報告するつもりです」
私は誘導尋問をするつもりで、ジョウの馬小屋内の天幕の中に居た。この男とシミア様との関係を私自身が確かめるためだ。
結局私は迷宮以外でもメイジスペルについての教授を頼むと言う形で、シミア様の警告を無視し続けながら接触を続けていた。
シミア様にロイヤルスイートまで呼び出され、首にカシナートの剣を突き付けられ、喉元に血を滲ませてしまった事もある。
その直後に私は仕返しの如く中(あ)て付けるようにジョウの居る馬小屋に通った。シミア様を守りたいなどと心にも無い事を
言い、ただ彼の元に通い続けた。もう、事ここに至っては、彼と話せる事自体が楽しかったのだ。自分の知る魔法知識の限りを
尽くし、対等に話を出来る者など居ないと思い続けていた私の蒙昧さを啓(ひら)いてくれたジョウ。種族の違いなど、私の頭の
中からすっかり消え失せていた。訓練場で私の『ロード』の転職資格まであともう少し鍛えるだけだと言う事が解かった時は、
柄にも無く浮かれて独り酒場で飲み過ぎてしまった程だ。あとはシミア様さえ居なくなれば。…私は既に恋に『堕ちて』いたのだ。
「シミアの操を奪った人間族の男だぁ? 誰だそいつは? 俺の知る限りそんな奴の影は…」
「貴方は自分で鏡を見てそう言えますか? 」
「俺はサムライだぞ?! 守るべき城門を自分で壊してどうするんだっ! 」
私の胸の奥は嫉妬に沸き返った。やはり、やはりそうなのだ。ただ潔くシミア様『だけ』を守り通し、彼は戦い続けて来たのだと。
ジョウの御蔭で種族の偏見を無くした私と親しくなったマッケイからも『たった二人で迷宮に潜ってた命知らずのロードとサムライ』の
逸話を聞き出し、よく馬小屋に泊まる者からも『馬小屋常連上級職夫婦?』の事も聞いていた。シミア様は私が来るまで、彼、ジョウを
独り占めしていたのだ。ロイヤルスイートルームの宿泊は、ジョウに言われての偽装行為だったのだ。ただ、二人で居たいがためだけに。
…私がシミア様だったならば。私が先に迷宮に来ていれば。私が先に出会ってさえ居れば。シミア様さえ居なければ。私が…私が…!
「私が領主…いえ、父様に報告すれば、手勢を引き連れシミア様を連れ戻しに来るでしょう」
「…それを防ぐにはお前の口を封じれば良いと言う事だな…! 」
ジョウの右手が私の口を塞ぎ、左手が暴風の如くローブを剥いだ。体術を駆使したジョウは私の形ばかりの抵抗を捻(ね)じ伏せ、
私を畳とか言う敷物の上に這いつくばらせ、乱暴に下着を引き毟(むし)る。私は演技で抗議の唸(うな)りを上げて見せる。抵抗して
見せた方が私の意に沿う展開になるからだ。彼に私の真意を察知されては全ては水の泡となってしまうのだ。
こうなる事を、彼に抱かれる事を、この私がずっと望んでいたなどと彼に知られてはならない。
「誇り高いエルフ族を自負するお前が、人間の男風情に犯されたなんて、領地の父様達には知られたくはないだろうからな! 」
私に犬のような格好で尻を突き出させたジョウは、無慈悲に私の中に熱く固い彼自身を突き入れて来た。痛みに唸り、泣き喚く私を
無視し、ただ乱暴に突き入れ、抜き出し続ける。私はそれでも、嬉しかった。…これで、私はシミア様よりも優位に立てる。私が秘所を
濡らして居た事に気付かなかったのは幸いだった。そして、私の涙を流す理由が痛みだけでは無い事も。私は不本意だが、首を振ったり
抗議の唸りを上げて拒否を示すそぶりをしてみせる。…そうした方がさらに彼の、ジョウの嗜虐(しぎゃく)欲をそそると言う計算だ。
狙い通り、ジョウの腰の動きはさらに激しくなる一方だった。私の身体は引き裂かれる痛みを訴える一方だが、私の心はそれに喜びすら
抱いている。この痛みは彼が、ジョウが与えてくれているのだと思うと、私の胸の奥底から甘い痺れが涌き上がり、止まらなくなる。
「俺の子なんぞ孕みたくは無いだろうが、最高の屈辱を与えるには仕方無い。…人間族の子を孕んで見るか? 」
『嫌ァァァァ! 』と言う唸りを高らかに上げて見せ、喚き、身体を揺すり拒否して見せる。本当は妊娠する可能性は限り無く低いのだが、
そんな事は知らせる必要は無いし、言う必要も無い。むしろ溜まりに溜まった濃いだろうその熱い子種を、私の胎内に存在する子壺に
たっぷりと注いで欲しかった。彼が返答を聞こうと、私の口を塞いだ手を離す。しかしここで彼の優しさに嬉しがっている素振りなど絶対に
見せてはいけないのだ。演技は最後まで演じてこそ、完璧な演技足りえるのだ。
「やめて…やめてぇ! 嫌、嫌、嫌ァ! 抜いて、抜いてぇぇぇぇぇ! 」
「もう、遅いっ! 」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ! あっ! ぁあっ! あぁッ! あぁッ! …中に…出てる…出てるぅっ…」
私は絶望感をタップリと演出した声を上げ、彼の子種をたっぷりと胎内に受け止めた。熱い脈動が私の中を甘く焼いて行くのが…ただ、嬉しかった。
全てが終わったあと、彼、ジョウは汚れた私の体を丁寧に拭き、真直ぐに私の目を見て言った。思わず頬が緩みそうになるのを堪えるのが、辛かった。
『…約束してくれ。この事はシミアだけには言うな』
そんな口約束など守れる訳が無かった。むしろ誇らしげに抱かれた後に告白した位だ。それで全てを悟ったシミア様の手で危うく肉塊に為り掛けた私は、
嫉妬に狂ったシミア様が泣きながら掛けた『ラツモフィス』に怒りを持って抗議した。私の胎内から出された彼のねっとりとした子種を手に取り、味わう
シミア様に掴み掛かったが、腕の一振りで跳ね飛ばされた。睨み据える私を挑発するかのように、シミア様は陶然としてジョウの子種の全てを口に含み、
飲み干してしまう。…許せなかった。始めてこの女を自分の手で殺したいと思った。
「返して…! 返してっ! それは…それは私のものぉっ! 」
「…悔しいか雌犬? 妾(わたし)のジョウを小狡く騙し、寝取って勝ち誇りに来てこの様とはなぁ…」
自分と良く似た顔が、自分を愚か者だとせせら笑うのだ。私の不快感は一層強まるのを知って、この女はニンマリと笑って見せる。…もう、許せない。
「ジョウはな、妾のために、妾と離れたくが無いために非常手段を採ったに過ぎん。そうで無ければ誰が貴様など抱くものか! 」
「お前など…私が父様に報告すればすぐにでもここから去らねばならなくなるくせに! 覚えていろ、今に…! 」
「…サカリの付いた雌犬は良く鳴くな? まだ自分の置かれた立場が解らんと見える」
冷ややかな視線が私に向けられる。感情すら浮かべたくは無いと言う目つきだ。まるで迷宮内で殺戮した怪物の成れの果てを見るような視線。この女が
善の戒律を持ちながら、なぜ灰燼姫(カイジンキ)と呼ばれているのか始めて理解出来た気がした。己の絶対の善を信じるが故の頑なさが滲み出ていた。
だからこそ傍から見れば無茶な振る舞いでも、この女の中では全てが『正しい事の帰結』として扱われた結果なのだ。そしてそれに迷いすら抱(いだ)かない。
「おそらく貴様は抱かれた事をジョウに、『妾には言うな』と口止めされているだろう。それを早速破った者をジョウは許さんだろうな」
私の背筋が恐怖に粟立つ。…完全に忘れていた。彼は『東方人種のサムライ』なのだ。彼がした約束は絶対であり、破る者には何らかの制裁が下される。
メイジスペルの学習の際、頭休めの雑談と称して彼から聞き出していたのをやっと思い出す。…そうだった。この女は私よりも長く、彼の傍に居続けて…!
「妾がジョウに一言、こう言えば良いだけだ。『カイがお前と契ったと報告しに来たが、事実か? 』とな。約束を破った貴様をどう扱うか見物だな?
その前に妾に申し訳が立たんと死んで見せるかも知れんぞ? 何せジョウは妾に惚れ抜いているからな? どこぞの雌犬とは土台、格が違う扱いだ」
「やめろ…それだけは…やめろ…」
「やめて下さいシミア様、の間違いでは無いのか? 雌犬? …父上は貴様等三姉妹に奪われたが、ジョウだけは妾の誇りと存在にかけて渡さん! 」
殴られた方が楽になる場合があるとしたら、この事だろう。この女は私を残し、自室のロイヤルスイートから出て行った。勝利に酔っていた先程とは
打って変わった苦い敗北感だけが私を苛(さいな)んでいた。私のここでの『全て』が…あの忌々しい女に握られてしまったと言う信じたく無い事実に。
私の打ちひしがれた心を癒してくれるのは…彼に、ジョウに抱かれる事だけだった。しかし、今後、幾度抱かれようも私は決して悦びの声を上げては
ならないのだ。上げてしまえばきっと彼は私の想いに気付いてしまう。彼がそれに気付けば、私はもう彼の傍に居られなくなってしまう。私はその日、
始めて『声を挙げて泣き喚く、自分ではどうにも出来ない哀しみ』が有る事を知った。あの女はこう言った。
『カイ…自分の愚かさを後悔しても、もう、遅いぞ…。迷宮の中で泣き喚くのは貴様だからな? 』
その通りだ。この先の知れぬ未来と言う迷宮の中で、愚かな私は高慢なエルフの仮面を被り続け、その下では身も世も無くただ、泣き喚き続けるだろう。
本当は彼の事を誰よりも深く愛しているのだ、と。