この洞窟に棲むようになって何100年が経つだろう。
 誰かが傍にいてさえ喋ることの少なかった私が時折思い出しては文字通り忍び笑いを漏らす名がある。
 「ライジング・サン」――昇る旭日。忍者の私には相応しからぬ名だ。
 そしてその名を連想させる「ヒノモト」という国から、このエセルナートに私はやって来た。
 侵略のための侵略。平地のドワーフ共を山に敗走させ、エルフ共を自らの森の結界に封じた。
 戦場で私の手から放たれた手裏剣は相手の血を吸って宙を舞い、まるで忠実な吸血蝙蝠のように私の元に還る。
 血飛沫に彩られて回転する刃が見た者に終末の日の太陽を想わせたのか、
 或いははねられて宙を飛ぶ血まみれの首がそう見えたのか。
 「ライジング・サン」
 いつしか私と私の愛する武器はそう呼ばれるようになった。
 だが恐怖の伝説はさらなる恐怖の前に退いた。
 魔軍の制圧を必至と見たエルフの大神官が 「終末魔剣」を発動させたあの日から。
 魔剣は封印を解かれ、大陸を切り裂き、地上を打ち払う嵐が吹き荒れた。
 私はこの洞窟に身を潜め、100日の嵐の音を聞きながら、静かに生きることと死ぬことをやめた。
 そして私と私の手裏剣は生と死から身を遠ざけ、ただ静かに存在している。
 だが幸いなるかな、その先に待ち受けていたのは退屈ばかりでもないようだ。
 伝説は希望に満ちたものより恐怖に彩られたものの方が人の心に深く根ざす。
 今でも時折、宝を求める冒険者や功名に駆られた者が洞窟にやってくる。
 その肩の上にやがてはねられる運命の首をのせて。
 さあ、仕事をしよう。まだ恐怖が健在であると教えてやろう。
 私が気まぐれに生きて帰した者は言い伝えるがいい。
 この暗闇の洞窟でたった一つ昇る太陽かと見えたのは、血を吸って舞う手裏剣だったと――

  山田章博『The Rising Sun――ライジング・サン――』より。



それは悪夢のような光景だった。
まだ十歳代の半ばに差し掛かったばかりのエルフの少年には、眼前の光景が現実のものとは思えなかった。
だが、事実、彼の目の前には、いずれも英雄とまでは行かずとも熟達と呼ばれるに相応しい実力の持ち主である、彼の仲間達の生首が転がっていた。
闇の中でのことだったが、エルフであるため暗視能力に優れた少年には、床が血の海となっていることがわかった。
あまりにも現実感がなかったため、少年は、やや過激な芝居で用いられるような、「過剰な血糊」を連想した。
一体、何が起こったのか。
少年に辛うじて理解できたのは、何かが仲間達の首を切り落としたということだった。
先ほど少年は、微かに響き渡った、何かが鋭く風を切る音を耳にした。
同時に、事前に僧侶が唱えておいたロミルワの灯りに照らされて、何かが闇の中で閃いたのも目にした。
しかし、それだけの情報では足りなかった。それだけでは、少年にはその一連の現象の意味は理解できなかった。
目の前の出来事は、少年の頭脳の処理能力を大きく超過していた。
彼は意図せず、さながらマニフォを受けたかのように身体を硬直させ、目の前の血溜まりを眺めていた。

「お前に対して手荒なことをするつもりはない」
進行方向上の闇から、女の声が響いた。
それは自分自身に対して揺らぐことのない自信を抱いている者のみが発する尊大なものだった。
また同時に、女の中でも精神的に熟しきった者のみが発することのできる、
妖艶さ、残酷さ、傲慢さといった要素を内に秘めた魅惑的な声でもあった。
「え?」
 闇の中から姿を現したのは、薄汚れ、所々が擦り切れた忍装束に身を包んだ、一つの影だった。
覆面から目元が覗いている以外に露出している部分はなかったが、覗く目元の秀麗さと声の質から、
少年はその人影が女であり、しかも相当な美人であるらしいということを悟った。
だが、そんなことは、今の少年にはどうでもいいことだった。
街中でこの人影を見かけていたのならば話は変わったのだろうが、生憎とここは迷宮である。
しかも、つい先ほどまで元気に歩いていた仲間達が一瞬で無惨な屍へと変貌した直後である。
少年にとっては、目の前の人影が忍者であることの方が、余程重要な事実だった。
仲間達が一瞬で「首を刎ねられて」死んでしまったことと、進行方向上から忍者が現れたことの関連性は明白である。
「に、忍者――!」
少年は極限の恐怖と緊張に見舞われ、引き攣った声を喉から絞り出した。
本人の認識としてはそれは絶叫だった。
しかし現実はと言えば、掠れた声で呟いたのに過ぎなかった。
「私はライジング・サンと呼ばれている」
忍者はどうでもよさそうに名乗った後、やや間を置いて続けた。
「……最早、その名を知る者も絶え果てた、忘れ去られた名かもしれないが」
「ラ、ライジング・サンだって!」
しかし、少年は知っていた。ライジング・サンがその二つ名の由来となった武器を用いて、
遥かな過去の戦でどれほどの者の首と胴を切り離してきたのか、
どれほど栄光に満ちた任務をこなしてきたのか、
どれほど汚辱に満ちた任務をこなしてきたのか。
それらについての漠然とした伝説を、彼は生まれ育った森の語り部達から聞かされていた。

くノ一が目を細めた。
「知っているのか?」
少年は必死に勇気を振り絞って、眼前の「ライジング・サンを騙る女」の話を否定した。
「そんな……生きているはずがない……!」
だが、ライジング・サンは伝説上の存在であり、歴史上の人物に過ぎないはずだった。
この洞窟は彼女の墓標であり、宝の蔵であるはずだった。
存命しているはずがないのだ。それは人間に許された範囲内を大きく逸脱している。
「生きてはいない。しかし死んでもいない。私はそれらをとうの昔にやめた」
目の前のくノ一は人ではない。
悪魔が闊歩するような邪悪極まる迷宮に巣食う、魔道に堕ちた冒険者達と同様の、人の皮を被った怪物だった。
否、それ以上の存在だった。最早、悪魔すらも凌駕している。
「ひっ……!」
少年の心は恐怖に染まった。
しかしそれは、仲間が殺されたこと、何が起きたかも理解していないのだろう、
生前の他愛もない表情を浮かべたままの仲間の生首が虚ろな視線を自分に投げかけてきていること、
目の前にその下手人がいることに対するものではなかった。
それは、自分が殺されることへの恐怖だった。

「う、うわぁぁぁっ!」
 気づくと、少年は走り出していた。仲間を見捨て、名誉を捨てて、
ただ生き延びたい一心で、彼は洞窟の出口を目指して走り出していた。
出口まで一本道であるこの闇の中、伝説の忍者を相手に逃走劇を繰り広げて逃げ切れるかどうかということは、
そもそも念頭になかった。
これは理性が下した決断ではなく、本能が求める反射的な行動に過ぎなかった。
喉がからからに渇き、心臓が激しく脈打ち、目の前が真っ暗になり、足から力が抜け、
身体が重くなり、これ以上はもう走れないに違いないとすら思えてきた頃、光が見えてきた。
出口だった。
「あ……あぁ……そんな……」
少年はあとほんの十メートルも走ればこの地獄から逃げられるにも関わらず、膝を突き、絶望に呻いた。
出口と少年の間には、見覚えのある人影が悠然と佇んでいた。
「話を最後まで聞かないとは、悪い子だ」
ライジング・サンを名乗るくノ一だった。
少年とくノ一がいた場所までは、出口から全くの一本道だ。
ロミルワまで駆使して慎重に確認したが、隠し扉や転移地帯の類は一切見つからなかった。
そして、ならばくノ一が出口の前に立ち塞がるには、少年の背中を追い越す以外に手段はない。
恐らくライジング・サンは、気づかれることなく、闇に紛れて少年を追い越したのに 違いなかった。
まさに伝説の忍者の名に相応しい技倆だった。
「仕置きをしなければならないな」
ゆっくりと近づいてくるライジング・サンに対し、少年は目に涙を浮かべながら、掠れ声で懇願した。
「こ、殺さないで……」
「そのようなことはしない。ただ、孤独をほんの一時、癒して貰うだけだ」
地にへたり込んだまま後ずさりしようとする少年を捕まえ、ライジング・サンが妖艶な声で告げた。
この時初めて、少年はライジング・サンが纏っているものがいわゆる殺気ではないということに気づいた。
しかし、それが何であるのかということはわからなかった。
わかったのは、ただくノ一に自分を殺す意思がないというそれだけであり、今はそれだけでも充分過ぎるほどだった。
「私は、お前のような美しい少年が好きなのだ。
 ……それに加えてエルフであれば、もうそれ以上を望むべくもない」
少年の眼前で立ち止まると、くノ一はおもむろに覆面を取り去った。
現れたのは、まさに声と全く雰囲気の一致する、自信に満ちた凛々しい顔立ちだった。
それは確かに美しいのだが、綺麗、可愛いといった形容詞を発想する以前に、
まず「凛々しい」という形容詞を発想させられるような、
内面がそのまま顔となったような美しさだった。
ライジング・サンの行動は、覆面を取り去るだけに留まらなかった。
「な、何してるんだ!」
追い詰められているという危機的状況も忘れて叫ぶ少年を気にした風も見せず、
伝説のくノ一は、覆面を取るのと同じように無造作に、身体に纏った忍装束を脱ぎ捨てた。
「あ……」
露わになったものに対する最初の印象は「白」だった。それは処女雪のように清らかで、
白粉のように蠱惑的で、そして死人のように儚げだった。
視界の中央が、白い何かによって侵食されていた。
「少年。私の身体は気に入って貰えたか?」
その言葉によって、少年の意識はようやくその白い何かが何であるのかということを理解した。
それはこの世のものであることをやめ、鬼と化した忍者の肉体だった。
歴戦の忍者であることを裏付ける、鍛え抜かれた身体だった。
小柄な少年に比べると頭二つ分近く背が高い長躯は、筋肉の鎧に包まれており、刃物さえも跳ね返しそうだった。
少年は、裸の忍者の肉体が鋼鉄をもしのぐほどに堅牢であるという話を思い出した。
だが、それでも、それは紛れもなく女の肉体だった。
筋肉に包まれながらもその身体は、男にはあり得ない滑らかな曲線を持ち、柔らかさと優しさを具えていた。
白磁の肌には無数の古傷が点在していたものの、
洞窟の闇の中、それ自体が光を放ってでもいるかのように美しい輝きを放っている。
さらしから解放された胸は小振りではあったが、発達した筋肉によって支えられ、少女のように愛らしく、清らかだ。
筋肉の浮き出た腹部は、コルセットの力で肉体を奇怪に湾曲させた貴婦人達をしのぐ自然な美しさでくびれている。
引き締まった尻は筋肉によって張り詰め、少女の若さと熟女の色香を兼ね備えている。
惜しむらくは純白の褌によって股間が隠されていることだが、むしろその清楚さ、
質実剛健さがライジング・サンの魅力を高め上げているとも言えた。

少年は呆然と、目を逸らすことも、そして目を凝らすことも忘れ、ただ目を見開いたまま、
目の前の美しい身体を眺めていた。
彼は既に魅入られてしまっていた。与えられる映像をありのままに受け容れることしかできなくなっていた。
「男に身体を見せるのは何百年ぶりかわからないから不安だったが、
 どうやら気に入ってくれたようで何よりだ。……さあ、お前も身体を見せろ」
ライジングサンが秀麗な顔に肉食獣のような笑みを浮かべた。
「そのような野暮なものは脱ぎ捨てろ、と言っているのだ」
「……は、はい……」
魅入られた少年には選択の余地などなかった。拒否したくてもできないから、というのがその理由ではない。
少年は、拒否するという選択肢が存在するというそれ自体を、心の中から忘れ去っていた。
拒否したいと思う心そのものが最早、存在していなかったのだ。
心は既に目の前に魔性の美を晒す忍者に囚われていた。
そして、身体も既にその手に落ちようとしていた。
それでも、羞恥心自体は依然として存在した。
既に女の肌の味を知った多くの同輩達とは異なり、少年は、まだそれを知らない。
女の裸を目にしたこと自体がほとんどない。
幼少期、母親を始めとする身近な女達の世話を受ける過程で見たことを除けば、
悪友に誘われて女達の沐浴を垣間見た時くらいのものだった。
女に裸を晒したことは、それこそ養育される過程におけるものだけだった。
心は、初めて女に身体を晒す興奮で満ちていた。
同時に、不安もあった。
自分の身体はどこか変ではないのか。自分の身体は醜くはないのか。
そういった、本当の意味で大人になっていない者特有の不安もまた、存在した。
興奮して心が熱く滾る一方で、片隅に、氷塊でも押し付けられているかのような
非常に寒々しいものがあった。
そして、それらとは一線を画す、異様な感情があった。
時たま冒険者達が現れては土足で踏み荒らす天然の迷宮の中で、この世のものではないほどに美しい女に肉体を晒す。
つい先ほど仲間達を惨殺した美しい女魔に向かって肉体を晒す。
この状況そのものの異常さ、淫猥さに、少年の心は、これまでに経験したいかなる動揺も及ばないほど、激しく掻き乱された。
有り体に言えば、既に状況は理解の範疇を超えていた。
彼には、自分の心の動きの正体が全く掴めなかった。
興奮しているのか、不安がっているのか、それとも形容しがたい感情に支配されているのか、
少年にはどれが最も強い思いなのか、全くわからなかった。
だが、些細なことで思い悩み、些細な刺激が信じがたい変容を喚起する知的生物の心に比べれば、
肉体などは遥かに粗雑な構造をしていると言える。
少年の肉体は、極めて簡単に状況を受け容れていた。
少年の身体はかつてないほどに昂ぶっていた。
頬が、胸が、腹が、股間が、とにかく全身のあらゆる所が熱く、そして疼いていた。
沐浴場を覗き、同世代から 少し上までの若い女達の肉体を盗み見て、
初めて女の肉体というものを眺めた時よりもなお激しく、彼の全身が脈打っていた。
目の前の情景に圧倒され、感動していると言ってもよかった。

ローブに手をかけ、ゆっくりと脱ぎ捨てながら、少年は目を潤ませ、息を荒げていた。
エルフ特有の整った容姿が紛れもない情欲に歪む様子は、堪らなく扇情的であり、凄まじく冒涜的であった。
全てを脱ぎ捨てた後、少年は両手で股間を隠し、羞恥心に震えながら俯いた。
そこに情欲に濡れた厳しい声が飛んだ。
「隠すな」
少年はびくりと震え、しかし手を退けることはなかった。羞恥心と不安が勝ったのだ。
土壇場に到って、彼の心は羞恥心と不安に屈服したのだった。
「手を退けろ」
「あっ、やめ――!」
業を煮やしたのか、ライジング・サンが少年の手を掴み、強引に引き剥がした。
少年は抵抗しようとしたが、鍛え抜かれた忍者の腕力に敵うわけもなく、あっさりと手は股間から離れた。
「可愛いものを持っているな」
少年の細い手首を両方纏めて左手で掴み、少年の背中の辺りに拘束しながら、くノ一は薄く笑った。
彼女の視線の先には、産毛のような陰毛を周囲に生やした、いきり立った陰茎があった。
その大きさは本当の意味で平均的、つまり一見するとやや頼りなく感じられるが、
実際に挿入してみると意外と大きく感じられるというサイズだった。
また、大人になりきれていないことを示すかのように、薄桃色の先端を僅かに覗かせる以外は
全て皮に包まれていた。
「うぅ……」
言葉による凌辱に対し、少年は羞恥心と屈辱感から目を硬く瞑り、震えながら涙を数滴、瞼から零れ出させた。
まだ女を知らない少年にとって初めて自分の裸を晒した相手である女から下される自らの身体への評価は、
カドルトやドリームペインターがその信徒達に向けるものに匹敵する、絶対的なものだった。
「女を抱いたことはあるか?」
それは無礼な問いだった。
そして、それに対する回答は、少年のささやかな尊厳を破壊するのに充分過ぎるほどに屈辱的なものだった。
しかし、本来ならば黙殺する以外の選択肢の存在しないその問いに、これまでにないほど素直に、少年は答えた。
「……ないです」
最早、一物を「可愛い」と表現された時点で、彼の尊厳は再起不能の一歩手前にまで傷つけられていたのだ。
黙秘する気力、偽証する意志など、湧いてくるはずもなかった。
その後も、彼は投げかけられる問いに、無気力な、全てを諦めきった声で、次々と答えていった。
「そうか、童貞か。では皮を剥いたことは?」
「……ないです」
「なぜだ?」
「……痛くて……無理でした」
「手淫をしたことは?」
「……あります」
「頻度は?」
「……二日に一遍くらいです」
「今日はしたか?」
「……してないです」
「最後にしたのはいつだ?」
「……三日前です」
「二日に一遍なのに三日か?」
「……本当は昨日……しようかと思ったんですけど、探索の前だから……」
「体力を温存したのか?」
「……そうです」
だが少年は、無気力となってはいたが、無感動にはなっていなかった。
まだ羞恥心もあれば情欲もあった。
ライジング・サンが屈辱的な質問を投げかけてくるたび、それに答えを返すたび、
急角度で屹立した可愛らしい陰茎が震え、脈打ち、叫び出したい衝動に駆られるほどの切なさとやりきれなさに満ちた、
未だかつて経験したことのない快楽が 少年の背筋を駆け上ってきた。
しかし、それは被虐の快感というものではない。
少年のそういった方面での感性は極めて未発達であり、この場合も被虐によって快楽を得るほどのレベルには達していない。
彼はただ、状況そのものの卑猥さに興奮しているだけだった。
年長の美女と全裸で向かい合い、秘め事という言葉が端的に表す通り、
本来ならばおおっぴらに語るべきではない卑猥なことを語り合っているという状況に酔い痴れているのだった。

「今は最大に溜まっているということだな」
少年の前に跪くような体勢を取ったライジング・サンは、舌なめずりしながら笑った。
勃起した少年の陰茎に、息がかかるほどの距離にまで顔を近づけ、少年を見上げている。
しっとりと湿った生温かい息が敏感な先端に撫でるたび、それだけで射精してしまいそうな快楽が生まれ、少年の全身が粟立った。
情けない声を漏らし、身を折り、丁度よい位置にあるライジング・サンの肩に手を突き、辛うじて身体を支えた。
「よし、剥いてやる。じっとしていろ」
言うなり、ライジング・サンが少年の陰茎に指を絡めた。
さらさらとしていながらもしっとりとした不思議な感覚に、少年は小さく身体を震わせた。
その感触は、彼自身の指とはまるで違った。
その違いが、エルフとかつて人間だった者という種族の差によるものか、
それとも男と女という性別の差によるものか、まだ少年にはわからなかった。
ライジング・サンは少年の戸惑いには構わず、位置を固定した陰茎に顔を近づけ、
充血し、透明な雫を垂らし始めている先端部に口付けた。
しっとりとした瑞々しい感触に、少年は呻き声を上げて背を仰け反らせた。
ライジング・サンはからかうようにそれを何度か繰り返した後、
舌なめずりしてこれから何が行われるかを少年に見せ付けるようにして、ゆっくりと陰茎に口を近づけていった。
これから行われること、それがもたらすであろう快楽を想像し、
少年の心は期待と羞恥心と不安に満たされた。
少年が見守る中、生温かい息が次第に熱いものとなり、やがて陰茎の先が熱くて湿った空間に取り込まれた。
少年は呻き声を漏らし、目を固く瞑り、歯を食い縛り、爆発するようにして股間に広がった快楽をやり過ごした。
それはこれまでに感じたことのない、それこそ自分の手で弄るのとは比べ物にならない心地良さだった。
無論、それはまだほんの始まりに過ぎない。まだ、陰茎の先端部が口内に迎え入れられただけだ。
すっかり興奮しきり、昂ぶりきってはいたが、少年は必死に込み上げてくる熱い何かを堪えた。

それから、少年は陰茎を執拗に責め抜かれた。
彼には、ライジング・サンの口内には、舌の形をした魔性の生物が棲みついているのではないかとすら思えた。
繊細な舌先が精妙な動きで包皮と亀頭との境目をなぞり回し、
執拗な愛撫によって遂にその間に隙間を作ることに成功した、その瞬間のことだった。
少年は込み上げる熱を押さえ込むことに、辛うじて成功した。
しかし、それが最後の抵抗だった。
弾力に富み、粘液に塗れた軟体動物めいた熱いものが皮の内側に潜り込み、
無造作に一周し、完全に皮と亀頭を引き剥がした。
「うひゃうっ……!」
その瞬間、少年は生まれて初めて他者によって絶頂へと導かれた。
顔が天井の方を向くほどに背筋を仰け反らせ、同時に本能の命じるままに腰を突き出し、
更には反射的にライジング・サンの頭を押さえつけ、少年は生まれて初めて女の口の中に精を放った。
ライジング・サンは抗わなかった。
それどころか、両手を少年の尻に回して進んで顔を押し付け、 口を窄めて陰茎の先端を吸い、更なる刺激を与え続けた。
その拍子に、皮の内側から薄桃色の亀頭が飛び出した。
恐らくはライジング・サンが唇と舌先を駆使し、意図してそうしたのだろう
 生まれて初めて包皮以外のものに触れた部分は、過剰なまでの敏感さを発揮し、与えられた刺激に反応した。
少年は、陰茎の先端部、肉体全体という観点で捉えれば実に小さな部分から、
そこに全ての感覚が集中しでもしたかのような凄まじい快感が背骨を駆け上ってくるのを感じた。
そして、暴力的と言ってもいいその感覚を認識した瞬間、意識が真っ白になった。

再び意識が戻ったのは、彼が、何度か大きく痙攣し、
腰から骨を抜かれるような強烈な快感を味わいながら精を吐き出し終えたその後のことだった。
少年は、深い溜息と共に床にへたり込んだ。快楽が強過ぎて、立っていられなくなったのだ。
ぼんやりと股間に落とした視線の先には、薄桃色の先端を剥き出しにし、「大人の形」に変わった陰茎があった。
そのことに対する感動めいたものを、漠然とではありながらも抱いていると、頭上から声が聞こえてきた。
「流石に濃いな。量も多い」
夢心地のような意識のまま少年が顔を上げると、
そこには年代物の葡萄酒の味を確認するソムリエのように口を動かすライジング・サンの姿があった。
何の味を確認しているのかなど、言うまでもなかった。
ライジング・サンがゆっくりと開いた口の中は白い粘液で満ちていた。

少年は唐突に意識を現実に引き戻された。
自分が何をしてしまったかということに気づかされた。
罪悪感、不安、そして興奮が、心の中に次々と生まれては消えていった。
ライジング・サンは、口を閉ざすと、見せ付けるようなわざとらしい仕草で口の中のものを飲み下した。
それから、特に恥ずかしがる様子もなく、全く平然とした顔でしゃあしゃあと感想を述べた。
「ん……お前のは濃過ぎる。喉に引っかかってしまった」
「ご、ごめんなさい……その、何が何だかわからなくなって……」
少年はライジング・サンの言葉にみっともなく狼狽し、ほとんど反射的に謝罪していた。
こういう時、男、殊に相手よりも年少でかつ経験の少ない男というものは、
何か女が不満めいたことを漏らせば、実際にそれが理に適ったものであるのかどうかということなど全く置き去りにして、
すぐに自信を喪失し、あるのかもわからない自分の非を認めてしまう。

「構わない。だが喉に引っかかったままというのは辛い。水が欲しい」
少年は安堵した。水を与えれば気が済むというのであれば楽な話だ。
なぜなら、少年は水筒をローブの隠しに入れており、その中にはまだ水が半分以上も残っている。
しかし、そのことを告げる暇はなかった。
少年が水筒のことに思い至った時には、既にライジング・サンは行動を起こしていた。
少年が最初に感じたのは、しっとりとした瑞々しい感触だった。それが唇に生じた。
続いて感じたのは、口の中に軟体動物めいた生温かいものが潜り込んできたことだった。
それはねっとりと湿っており、何か魔性の生物のように蠢き、口内を蹂躙してきた。
口の中に形容しがたい苦味が広がり、青臭い香りが喉の奥から鼻にまで駆け上った。
少年はわけがわからず、逃れようとした。だが忍者ががっちりと頭を押さえつけてきているのだ。
貧弱な魔術師如きが振り払えるはずもない。
抵抗を諦めたことによって掻き乱された思考が落ち着き、そして再び掻き乱された。
自分が置かれている状況を理解したからだった。
少年は、自分がキス、それも親愛の情を示すものではなく、性戯としての意味を持つ
それをされているのだということを悟った。
まだファーストキスも済ませておらず、よってこれがファーストキスである少年には、刺激が強過ぎた。
衝撃と驚愕で動きが停まり、絡め取られた舌から伝わる心地良さに陶然となった。
少年は、苦味と青臭い香りの正体が、先ほど自分が吐き出した精の残滓であることを悟った。
自分が一体何を味わわされているのかを悟って再び抵抗の意志を復活させはしたが、しかし身体が言うことを聞いてくれなかった。
押し退けようと眼前の美しい顔に当てた手は 頬を撫でるだけであったし、
何より、その不浄の液体を吐き出した浅ましい器官は再び興奮を表し始めていた。
その内、少年は、その心地良さを素直に甘受した方が幸せであることに気づいた。
既に精の味はなくなっており、不快感の素となるものはない。
あるのはねっとりとした唾液の味とそれに包まれた舌の感触だけだった。

少年はいつしか積極的にライジング・サンの動きに応え始めていた。
舌を絡めつけ、身体を押し付け、受動的でもなければ能動的でもなく、
相互に影響を与え合って動きを変え、快楽を与え合った。
さながら、夫婦、恋人のような息の合った動きだった。
キスの合間、口の端から涎を垂らしながら、ライジング・サンが途切れ途切れに言った。
「ん……少年、胸も……む……触れ……」
大柄なくノ一に抱き竦められながら、少年は無言のまま、素直に求めに応えた。
この状況で拒絶することなどできるはずもないし、快楽に蕩かされた理性が拒絶など考えるはずもなかった。
「小振りだから面白くもないだろうが……」
ライジング・サンが残念そうに呟いたが、少年にはその言葉の意味が理解できなかった。
ライジング・サンの胸は美しかった。小振りであるということは否定不能な事実だが、
下に眠る筋肉によって張り詰めた乳房は、形がよく、また肌それ自体も綺麗であり、
乳首と乳輪は大き過ぎず小さ過ぎない絶妙の大きさであり、かつどちらも清らかな淡い桜色をしている。
少年はライジング・サンの胸をまじまじと見つめた後、愛撫を始めた。
初めの内は遠慮がちに表面を撫で回すだけだった。
だが次第に手つきが大胆になっていき、指先でつつき回し、掌で揉み、乳首を摘み、或いは捻り、
そして最後には文字通りむしゃぶりつき、胸と言わず乳首と言わず舐め回し、吸い立てるに至った。
どうすればいいかなど、無論、少年が知る由もなかった。
彼は知っていてそうしたのではなく、本能と好奇心の命じるままにそうしたのだった。

「……いいぞ、少年、上手だ」
自らの胸に顔を埋める少年の頭を掻き抱きながら、ライジング・サンが 甘い声で囁いた。
同時に片方の手を取り、それをそのまま自らの股間へと導いた。
「こちらも、な……」
「あ……」
 少年は驚いて動きを停めた。わけもわからず誘導されたその先には濡れた布の感触があった。
気になって視線を向けたことでその正体を知り、彼は硬直したのだった。
そこは未知の領域だった。未だかつて目にしたこともない、深い深い迷宮の入り口だった。
「あ、あの……」
「初めてだったな。見たことはないのか?」
「あ、あるわけないですよ!」
少年は顔を真っ赤にした。
彼は、女の口の中に射精し、また包皮からも解放され、更には女体をまさぐったことによって尊厳を回復し始めていた。
既に無気力状態からは脱しており、従ってこのような感情的な反応をするのだった。
「では見せてやろう」
身体を離すと、ライジング・サンは立ち上がり、ゆっくりと褌を解き始めた。
一部の隙もなく着こなされていた褌が少しずつ乱されていく様子を、少年は食い入るように見つめていた。
はらり、と純白の布が落ちた。
ライジング・サンは心持ち開脚し、股間の中央にある「それ」を少年に見せ付けた。
少年の産毛のようなそれとは違う「大人の毛」に覆われたそこは、
他の部分の白磁の肌とは違い、充血しているのだろうか、仄かな桜色をしていた。
筋、裂け目、割れ目、穴、といった言葉をそのまま具現化させたようなその場所からは、
やや白みがかった半透明の粘液が染み出していた。
少年は生まれて初めて目にした女性器に圧倒され、何も言わず、身動き一つせず、
それどころか瞬き一つせずにそこに見入っていた。
いつの間にか地面に敷いてあった布の上に腰掛け、ライジング・サンが手招きした。
「触ってみろ」
「……うわぁ」
 ライジング・サンに手を引かれてそこに触れ、少年は改めて感動の声を漏らした。
そこは温かく、冷たく、柔らかく、硬く――およそこの世の全てが存在しているようにすら思えた。
言われるがままにいじくり回す内に、少年はすっかりその素晴らしい裂け目に魅入られていた。
気づけば彼は誰に言われることもなく自発的に身を屈め、ライジング・サンの股間に顔を寄せ、じっくりとそこを観察していた。
指を差し込むなどは序の口で、差し込んだ後、内部で折り曲げてみたり、或いは指の本数を増やして押し開いてみたり、
そして裂け目の上に突き出た小さな陰核を擦ってみたり、摘んでみたりなど、
ここでもまた、好奇心と本能の赴くまま、やりたい放題に愛撫を加えた。
「んっ……く……そう、いいぞ……そこをそっと、そっと摘むのだ……よし……ん……」
ライジング・サンは濡れた響きの嬌声を上げ始めていた。
それは決して大仰なものではなく、囁き声にも等しい静かなものだったが、間近にいる少年の耳にははっきりと届いた。
それは、欲望を刺激するには充分過ぎるものだった。
「あ、あの……ええと……」
その結果、少年の内に湧き起こった欲求は、非常に単純かつ妥当なものだった。
それはつまり、「目の前の女を抱き、その胎内に子種を注ぎ込みたい」というものだった。
しかし、それをどう言えばいいのかがわからない。
直接的にそれを口にするのはやはり憚られるものだったし、かと言って無言で貫くのは礼儀に反する気もした。
もし、それがライジング・サンの意志に反していたらと思うと、
彼女を興醒めさせることになると思うと、恐ろしくて踏み切れるものではなかった。

「私が欲しくなったか」
「えっ……その……」
見透かされている。そのことを認識し、少年は非常な羞恥心を覚えた。
自分が、酷く惨めで愚かで浅はかな、どうしようもない存在のように思えたのである。
「奇遇だな。私もお前が欲しい」
言うなり、ライジング・サンは仰向けに寝転がった。
全身の力を抜き、脚を開き、その奥にある裂け目を指で開き、少年を誘った。
「ここに入れるのだぞ」
少年は音を立てて生唾を飲み込んだ。
圧倒的な情景を前に彼はしばらく躊躇したが、やがて決意した。
「……はい」
彼は静かに応え、いきり立った陰茎を片手で固定しながら、ライジング・サンの引き締まった長い脚の間にいざり寄った。
身を屈め、興奮と不安と期待に震える手を添えて陰茎の狙いを定めた。
「ここだぞ」
ライジング・サンが指でその部分を開き、少年が上手く貫くことができるよう、手助けをした。
少年は真剣な表情で頷き、震えながら腰を進めていくと、剥き出しになったばかりで非常に敏感な先端部が、濡れた肉に触れた。
生物の口が獲物を捕食するようにして、濡れた肉が吸い付いてきた。
触れただけでも素晴らしい快感だった。もしこれ以上先に進んだならば、一体どれほどの快楽がもたらされるというのか。
少年は身震いし、少年は思わず腰を引きそうになった。
しかし、それは許されなかった。
腰を引こうと身体が動きかけた瞬間、ライジング・サンの長い脚が蛇のように動いて少年の腰に絡まり、引き寄せたのだ。
だが、勢い余ってそのまま挿入してしまうようなことにはならなかった。
硬く弾力のある太腿が華奢な腰を挟み込み、寸での所で停めたのだ。
ライジング・サンは、あくまでも少年が自発的に挿入することを望んでいる様子だった。

少年は気を取り直し、再び敏感な先端を、じっとりと濡れた場所に押し付けた。
吸い付いてくる感触に身震いしたが、腰に回された脚が後退することを許してくれないため、
覚悟を決め、少しずつライジング・サンの中に進入していった。
「う、あぁ……」
包み込まれる感触に、少年は呻き声を上げた。
鍛え抜かれているのは身体の外側だけでなく、内側もだった。
先を少し潜り込ませた瞬間、少年の陰茎は凄まじい力で締め付けられた。
しかし苦痛はなかった。それどころか、そこには快楽しかなかった。
程よく濡れた、熱く柔らかい肉が隙間なく吸い付いてきたその快楽のあまり、少年はそれ以上先に進めなくなってしまった。
だが少年が一旦、そこで動きを停めようとしても、腰が言うことを聞かなかった。
腰は彼の意思を無視し、勝手に進んでしまった。
否、腰が進んでいるのではなかった。ライジング・サンの胎内に、陰茎が引きずり込まれているのだった。
中が陰茎を咀嚼するように蠢動し、奥へ奥へと誘っているのである。
根元まで引きずり込まれた時には、少年はライジング・サンに覆い被さっていた。
腰から駆け上ってくる快感によってまともに身体を支えることもできなくなり、
半ば抱きつくようにして突っ伏してしまったのだった。
少年はもう何も考えられなくなっていた。
美しいくノ一の口の中で絶頂に達した時のように、思考が全くの空白となってしまっていた。
さながら、身体が結合したと言うよりは、身体が融合してしまいでもしたかのような熱と快感が腰に生じていた。
彼は本能の赴くまま、命じるまま、腰を動かした。
とは言っても、陰茎を根元まで挿入し、腰を密着させたまま、自分の身体を揺するだけである。
全く経験のない「子供」の動きである。
技巧を凝らしているわけでもなく、 また技巧を補うほどの激しさを持っているわけでもなく、
ただ自分だけが快楽を貪るための、独り善がりな腰遣いだった。

自分のためだけに我武者羅に腰を動かしているのだから当然と言えば当然だが、少年は程なくして絶頂に達した。
腰を押し付け、振りながら、ライジング・サンの心地良い胎内に思う存分に子種を撒き散らした。
魂を引き抜かれるような快楽を堪能しながら、少年はライジング・サンの胸元に顔を埋めていた。
快楽に蕩けきった口元からは、涎が滴り落ちている。
しばらく余韻に浸っていると、次第に快楽の波が鎮まっていき、遂には少年の意識が明瞭なものに戻った。
その瞬間、少年は自分がしてしまったことを理解し、蒼白となった。
彼はライジング・サンを一個の尊厳ある人格と見做さず、自分が性欲を発散させるための道具のように扱ってしまったのだ。
「ご、ごめんなさ――わっ!」
少年は慌てて身を起こして謝ろうとしたが、密着していた身体に僅かな隙間が生じた瞬間、背中に回された手によって引き戻された。
恐る恐るライジング・サンの表情を窺ってみると、意外にも、怒りや悲しみ、蔑みといった感情はそこにはなかった。
「いい。気にするな」
彼女は、母親や姉が息子や弟に向けるような、寛容かつ穏やかな笑みを浮かべていた。
その表情が嘘ではないことを示すように、背中に回した手で少年のことを優しく撫でている。

「これで終わりではないのだろう?」
「え、い、いいんですか……その、またしても……あんなことしたのに」
その言葉は願ってもないものだった。
ここまでの醜態を晒した以上、蹴り出されても、それどころかこの場で首を刎ねられても不思議ではない。
行為の続行を許されたこともそうだが、命があること自体が幸福なことだった。
「これから取り返せばいい。まだできるだろう?」
少年は安堵から脱力し、客観的に見れば甘えかかるようにもたれかかった。
それから、またこれからこの素晴らしい身体を貪れるのだという事実に 凄まじい興奮を覚えた。
そして、すぐにでも行為を再開したいと、若者特有の情熱的かつ性急な衝動に駆られた。
「ん……また大きくなった」
少年の陰茎は、最初にライジング・サンに対して晒した時と全く変わらない硬度と角度を回復した。
若者ならではの回復力と言えるが、しかし、その回復力はそれ単独で存在できるものではない。
発揮するに足る対象が存在する時にだけ、それは発揮されるのだ。
「今度はもっと動きを工夫してみろ」
「こ、こうですか?」
ただそこに包まれているだけでも心地良く、僅かに肉が擦れるだけでも絶頂に達しそうになる胎内を、
少年は歯を食い縛って堪えながら掻き混ぜた。
既に一度、達しているせいか、今度はライジング・サンの反応を窺い、或いは求めに応じ、
様々な動きを試してみるだけの余裕があった。
すぐにでも達してしまいそうな快楽の中で行われる綱渡りめいた余裕ではあったが、
それでも少年は最後まで耐え抜くことができた。
求めに応じて腰を動かし、中を抉り、胸や下腹、首筋などを弄っていくにつれて、
次第にライジング・サンの冷徹な仮面が崩れ始めた。
声が甘い響きを帯び始め、「くノ一」から「女」へとその表情が変化し始めていた。
そして、遂にはライジング・サンは達した。
小さく呻いて少年を抱き締めると、洞窟の中に反響し、蝙蝠が驚いて飛び去るほどの嬌声を上げて絶頂に達した。
少年も絶頂に達した。これまで異常に強烈な締め付けに襲われるだけでなく、
胎内全体が精を搾り取るような驚異的な蠢動を行い、それによって呆気なく射精に導かれたのだった。
二人は互いをきつく抱き締め、身体の外側も内側も、物理的に可能な限り触れ合わせたまま、快楽の絶頂を共有した。
快楽の波が去った後も、その余韻に浸り、互いの身体を撫で合っていた。

ライジング・サンが少年の頭を撫でながら、淫蕩な表情を浮かべて言った。
「まだできるか?」
そう言われた瞬間、身体が正直な反応を示し、くノ一の胎内で陰茎が膨らみ始めた。
しかし少年は、頷こうとして顔を顰め、非常に残念そうに首を振った。
「む、無理です……」
若い身体は底なしの精力を秘めており、相応しい相手を見つけた時には、際限なくそれを発揮するものだが、
それとはやや趣の異なる「体力」については話が変わる。
貧相な魔術師の肉体では、女を組み敷いて身体を貪るという重労働をそう何度も行えるはずがないのである。
ライジング・サンに身体を預けているだけだったから手足に疲れはないが、
その分腰を激しく振っていたため、腰の疲労が非常に重いものとなっている。
動かすと鈍痛があり、これ以上、ライジング・サンの身体を貪ることは難しそうだった。
「だが、まだ硬い。精は尽きていないだろう」
しばらく考える様子を見せた後、ライジング・サンは、少年に向かって微笑んだ。
少年がそのことを認識した瞬間には、上下が入れ替わっていた。
少年がライジング・サンに圧し掛かっていたのが、今度はライジング・サンが少年に圧し掛かっている。
「こうすればいい」
一体何がどうなったのか、少年にはさっぱり理解できなかった。
わかったのは、ライジング・サンが忍者ならではの体術を駆使して繋がったまま上下を逆転させたこと、
そして彼女がまだまだ行為を続ける気でいることだった。
「お前はただ私の中にいればいい」
それから、くノ一の本気の責めが始まった。
常人の体力では不可能な激しさで展開される細やかな動きに、少年は翻弄された。
少年の顔を固定しながら行われるキスは非常に濃厚だった。
少年の舌を絡め取り、唾液を啜り上げ、また流し込む激しいもので、ほとんど唇が離されることがなかった。
腰遣いは非常に情熱的だった。
少年の腰を押さえつけるようにして腰を押し付け、ライジング・サンは尻を縦横無尽に振りたくり、一心不乱に少年の身体を貪った。
一心不乱に舌と唾液を求め合う二人の顔は、互いの唾液でべとべとになった。
結合部と言うよりは融合部と述べる方がより適切に思えるほど深く、
そして細やかに繋がった部分からは、二人が動くたび、互いの体液が混ざり合った淫らな液体が溢れ出た。
それが世界の全てであるとすら思えるほどの、濃厚な交わりだった。


           *           *           *


やがて少年の精と根とが尽き果て、
どれだけ刺激しようと痛みを訴えるだけで全く快楽が呼び覚まされないような状態になって、
ようやく二人の行為は終わった。
だが、依然として二人の身体は繋がったままだった。
少年は眠れるライジング・サンの胎内におり、眠れるライジング・サンは少年を胎内に包み込んでいる。
繋がっているのは下半身だけではない。腹も胸も密着し、手足は互いの身体に絡みつき、一切の隙間をなくしている。
なぜ行為が済んでなおこのような状態でいるのかと言えば、ライジング・サンがそう望んだからだった。
既に精も根も尽き果てた少年が身体を離そうとした時、くノ一はそれを拒絶した。
繋がったままの少年の身体を持ち上げて寝床まで運ぶと、
彼女は「今日はこのまま一緒に眠って欲しい」と言い、少年を抱き締めたまま眠りに入ったのである。
少年は何度か抜け出そうとした。
しかし、少しでも身体を離す素振りを見せると、意識がないはずのくノ一の腕に力がこもってそれを阻止しようとしてくるので、
今ではすっかり諦めていた。
ライジング・サンが承諾しない限り、少年は彼女から逃れることなどできはしないのだ。
それに、冷静に考えてみれば、仲間を殺した冷酷な忍者とはいえ、ライジング・サンは類稀な美女である。
その腕に抱かれて眠るというのは、まさに夢のような話だった。
恐怖は既になかった。
不思議な話だったが、身体を繋げている内に心まで繋がってしまったのか、
少年は彼を抱き締めて眠る女に対し、愛情めいたものまで抱き始めていた。
彼には、凶悪なくノ一が、孤独の中で他者との触れ合いを求める、寂しがりやの子供のようにも見えたのだった。
そうして、少年とくノ一は洞窟の深奥で身体を繋げたまま、夜を共にした。


           *           *           *


「そうか。お前は残るか」
 残念そうな表情を浮かべ、戦士が少年に言った。
「うん、僕はこの町に残るよ」
「いい女でも見つけたのか?」
盗賊がからかうような笑みを浮かべた。
少年が顔を真っ赤にして狼狽し、むきになって否定してくるのを期待してのことに違いなかった。
しかし、少年はその目論見通りの反応をしなかった。
「……うん。綺麗で優しい人だよ」
少年は多少、照れ臭そうにしてはいたが、卑屈になることも狼狽することもなく、堂々とした態度で応じた。
「へ、へえ、そうか。そりゃよかったな」
盗賊は調子が狂ったと言わんばかりの表情を浮かべている。
少年の変わりように戸惑いを隠しきれないのだろう。
少年自身、自分がここまで堂々と振る舞えるようになったことが信じられないのだから、当然だった。
恐らくは童貞を捨てたことをきっかけとして精神的な成長を遂げたのだろう。
これまでは憧れる反面、それに溺れる者に蔑みすら抱いていた、男が女を抱き、
女が男を抱くという行為に対し、今ではそれだけの重みがあるとまで、少年は考えるようになった。
あの一夜は、彼の人生観を大きく変化させたのだった。

一夜を共にした後、ライジング・サンは、
仲間達の死体を運ぶのに難儀していた少年を見かね、
少年のマラーで町まで一緒に転移し、彼らの屍を寺院まで運ぶのを手伝ってくれた。
しかもそれに留まらず、少年達の持ち合わせが全員分の蘇生費用に届かないことを知るや否や、
彼女は洞窟に戻り、これまでの 「戦利品」の中からそれなりの金銭的価値のある品物をいくつか譲ってくれた。
これについてはどれだけ感謝してもし足りない。少年は、ライジング・サンに、その借りを可能な限り返すつもりだった。
しかし、そのためだけに仲間と別れてこの町に残ろうというのではない。
少年は、あの寂しがりやのくノ一に恋をしてしまったのだった。
自分如きが偉大な忍者にとってどれほどの価値のある存在か。
あの偉大な忍者が自分如きを必要とするのか。
そういったことに思いを馳せると、その導き出される悲観的な解答に気が滅入るほどだった。
だが、それでも彼は想いの丈を寂しがりやのくノ一に伝えたかった。
たとえ、受け容れられることがなく、鼻先で笑い飛ばされるのだとしても、この想いを伝えなければならない。
ここで何も言わずに別れたら、絶対にそのことが後々になって心に刺さり続ける。
一応の決着を迎えておかなければならない。
だからこそ仲間達と一緒にいるわけにはいかなかった。
仲間達を殺した相手と 恋仲になろうと欲しているのだ。そこまで恥知らずにはなれなかった。
そして、その想い人の名前を黙っていることもできなかった。
「本当の名前は知らないけれど……ライジング・サンって呼ばれている人なんだ」
「何だって……お前、まさか裏切るつもりか?」
侍が鋭い視線を向けてきた。
「結果としてはそうなるかもしれないけれど……取り敢えず、聞いて欲しい」
そう前置きし、少年はただ一人生き残った彼がした体験を語って聞かせた。


           *           *           *


「……そんなことがあったのか。よく殺されなかったな」
戦士は驚愕の面持ちでそう言った後、しばらく考え込み、やがて頷いた。
「まあ、お前がそうしたいって言うんなら仕方ない。
 ……熟達者の魔術師が抜けるのは痛いが、諦めるしかないな。
 いいよ、行けよ。ここでお別れってことにしようぜ」
このパーティのリーダーはこの戦士であり、リーダーが承諾した以上はもうそれは覆らない決定事項だった。
少年はパーティの仲間達、一人一人に別れを告げ、彼らがまた新たな冒険行に出発するのを町外れで見送った。

見送りを済ませた後、少年は目を閉じて精神を集中し、脳裡に刻み込んだとある座標へとマラーで飛んだ。
次に少年が目を開いた時には視界の中に広がる風景が、町外れの平原から洞窟の中の闇に包まれた空間へと変わっていた。
そこは彼が孤独なくノ一と一夜を共にした寝室だった。
その闇の中で、影が身じろぎした。
探るような、それでいて期待に満ちた声音で問いが投げかけられた。
「……何をしに来たのだ」
その声が発されるまで、若干の間があった。恐らくそれは動揺の表れだろう。
少年は深呼吸をし、高鳴る心臓を落ち着け、今すぐにでも逃げ出したくなるような不安を押さえつけ、静かに、ゆっくりと来意を告げた。
「……ライジング・サン。僕の……その、妻になってくれませんか?」
沈黙が闇の中に満ちた。
ライジング・サンは何も言わなかった。
だが、少年はそれに対する不安や不満など、全く覚えなかった。
なぜなら、言い終えるや否や、音もなく近寄ってきたライジング・サンが、
少年のことを力強く、それでいて優しく抱き竦めてきたからだった。