ゼノが何時、何処で、どのように生まれたのか
何故この様な場所に存在するのかを疑問に持った人は果たしているだろうか、
少なくとも、粗野で野蛮な冒険者たちは知っているはずが無い。
知識だけを脳味噌に詰め込む事を生き甲斐にする研究馬鹿の中には
無理やりこじつけたり、定義付けをして自己満足に浸る人間もいるが
真相に到達した人間は一人としていない。
理由?ゼノがまだその台座に佇む以上、議論の余地は無い。
[XENO]
ゼノをあそこに置いたのはケブレスだとする説がある。
これはゼノをエンジェル、デルフに次ぐ三番目の守護者と位置づけるものである。
しかし、単体の実力でデルフにも及ばないこの奇形を守護者とするのはおかしな話である。
はたまた、ワードナがアミュレットによって作った人造人間だとか、
宇宙から飛来した生命であるとか、十人いれば十通りの意見が生まれる。
目玉か、小腸か、脳味噌か、触手か、細胞か、
そのグロテスクさを形容する為には一体
どのような言葉を用いれば良いのだろうか。
ゼノと対峙する際、後衛は殆ど、ゼノに目を向ける事は無い、
斬りかかる前衛でも、目を瞑りたくなるときが多々ある。
この世に皮膚と筋肉と骨を取り去った人間がいるとしたら、
多分こんな形になるんじゃないだろうか。
知られてはいないが、ゼノはこの世にたった一体しか存在しない。
ただ、ゼノはその分裂力と回復力によって、数が多く存在するように見えている。
実際に、冒険者が戦っているゼノは、オリジナルのゼノそのままの遺伝子を持っている。
ゼノは台座の陰で冒険者たちを待ち受ける。
誤った像に宝珠を乗せた冒険者へ警告を与える為に、その触手を振るう。
石化の力を持った触手は、並みの冒険者なら一撃で粉砕される。
悲しいかな、少なくともケブレスの試練を突破した冒険者が
ゼノ如きに屠られるであろうか、六人がかりで攻め討たれ、
ある程度の経験点を献上するのでは、守護者としての役目を果たしていない。
それならまだ、ミューズフェスのようなものをもう一つ作った方が遥かに、
冒険者にストレスを与える事が出来るのだが。
一体あたりそこそこの経験点を持ち、それでいて、やれラダルトだの、
ティルトウェイトだの使ってくることも無く、ミキサーで小突いてやれば一撃で倒れる存在。
女神の像を調べれば際限なく湧き出る。それも、一体か二体で。
水晶を手にしたばかりの中堅冒険者には、ゼノは程よい稼ぎモンスターとなっていた。
酒場で冒険者たちはゼノを嘲ってこう呼ぶ、
マーフィーズゴースト2世・・・と。
嗚呼、彼らの愚かさは計り知れない、
見よ!今一組の冒険者たちがイアリシンの宝珠を片手に山を下っているではないか!
彼らを出迎える為に宮廷の奥深くで滅多に民衆と会う機会の無い賢者たちまでもが
街へと赴いて来た。その後ろで、御簾のかかった籠に乗っているのは恐らく、
マルグダ女王が曾孫、ベイキその人である!
彼女はイアリシンの宝珠がこの国を救うと考えている。
その為に多くの人間を犠牲にしたのも彼女である。
死んだのは冒険者の勝手だが、きっかけを与えたのも彼女である。
御簾は上がり、籠は下がった。滅多に聞く事の出来ぬ彼女の声が、
冒険者たちを謁見の間へと誘う言葉であることを、彼らは理解した。
宝珠を掲げて勇者達は歩む、彼らもまた、多くのゼノを破壊してきた。
その日は盛大なる祝宴が催された。
彼らが小汚い溝鼠と嘲る冒険者の一団が主役となり、
彼らの鼻息が執事や賢者たちの顎鬚を揺らし、馬の匂いが王宮内に漂った。
誰も文句は言えまい、彼らは大地の守護者たるケブレスの試練に勝ったのだから。
祝宴も終わり、ベイキは一人寝室で宝珠の輝きに目を奪われていた。
見つめているだけで心が吸われてしまう様だった。
これが、この国を救うことが出来るものである。
国を司る者としての役目を完遂する事が出来て彼女は自らを誇った。
そして宝珠を机の上の台座に鎮座させると、彼女は眠りについた。
民衆の不満の声で目を覚ますことももう無いのであるから。
この国で起きているものが一人としていなくなった夜、
活動を始めるものがいた。イアリシンの宝珠はその美しい球体を
ぎこちなく変形させていき、遂には一つの生命へと変貌した。
奇妙な物音に、ベイキは覚醒を余儀なくされる。
音を発する姿はあまりに醜く、汚らわしく、そして何より、人々がゼノと呼ぶ
存在に酷似していた。「宝珠」は身体から伸びる触手を彼女の身体に巻きつける。
グゥ、と言う呻き声、咄嗟に護身用の蝶の羽細工をされたナイフを取り出す。
だが、その手首にまた触手が絡みつく、握力を失い、ナイフの落ちる音が響く。
ゴトリ、ザク、ナイフが偶然に「宝珠」の肉体に刺さる。緑色の液体が飛び散り、
彼女の顔に染み付く、声にならない悲鳴の声。
ナイフは身体に取り込まれていく、見れば、断たれた箇所は既に修復されている。
再生と同時に、増殖した触手が彼女の身体を弄りだす。
衣を引き裂き、肉を露にする。ひんやりとした感触に身震いする身体を触手が撫で回す。
脳とも小腸とも形容できぬ体が彼女に覆いかぶさる。
小娘ならば、失神したであろうその異様なる光景、
失神していれば、これ以上の苦しみは無かったであろう。
彼女が王族と言う、高貴で、しかし剛健なる精神を持っていた為に、
打開策を練るという、無駄な時間を彼女は自ら生み出した。
ねっとりとした肉の厚みが彼女の柔肌に押し寄せる。
窒息を避けて、顔を背けても、鼻腔を攻める粘液が洪水のようにやってくる。
もがこうとする四肢は触手により抑えられ、余計に締め付けられていく。
そして、増殖し続ける触手が遂に、彼女の秘部を捉えた。
苦痛の呻き声が上がる、しかし、それが空気の波となる事は無い。
男を知らぬ女に、容赦なく筒状の湿った棒が突き刺さる。
若草を掻き分ける蛇が、争いを知らぬ小鳥を捕らえた瞬間のように、
触手は冷静に、しかし鋭く貫いた。
口から溢れる涎と鼻から流れる鼻水と目から落ちる涙は、
痛みとプライドを奪い去った苦しみによるものである事は明らかであった。
触手はそれを強引に引き抜くことによって更にその苦痛を強める。
抜き去った後から、血の飛沫が飛び散り、純白のシーツと青い絨毯を汚した。
再び、今度は二本の触手が彼女の秘部に狙いをつけた。
その時だけ、「宝珠」の肉体が彼女の視線からそれた。
まるで、彼女にこれから起こる事を公開するように、嗚咽が「宝珠」の身体いっぱいに響く。
「宝珠」の弱い攻撃性能では、彼女を殺すよりも先に朝が来て、
警備隊が「宝珠」を殺す方が先ではないだろうか、
もっとも、殺されたほうが遥かにマシかも知れないが・・・
ゼノは、待っていた。
ただ、彼らが来るのを待っていた。
善と、悪を見極めると共に、美と醜をも見極められる人間を探すために。
今日も、愚かな人間がゼノを経験点に変えていったが、
正しきものを見出す事は無かった。
ゼノ、いや、イアリシンの宝珠は偽者のイアリシンの輝きに目を奪われぬ、
自らに剣を向けぬ勇者が来るのを、一人座して待っていた。