反逆の美女*ソーン*が引き篭もっているこの迷宮には、時折不思議なものが存在する。
例えば・・・地下二階の見世物小屋?もそうだし
三階と一階には寺院がある。と、言っても三階の寺院は牙の○会よりも酷い僧侶や魔物が住んでいるが。
五階に降りると、一瞬来た世界を見誤ったのかと思うような店に着く。

その中でもとりわけ―俺が奇妙に思うものがある。それは泉である。
迷宮の各階層に、必ず一個くらいは存在するこの*泉*は
入った人間に、深度に応じた効用を与える。
マンフレッティの店の泉は体力回復に便利だが、
他の泉には大抵「危ない」効用が含まれているときも有る。
例えば、潜水したものに毒をもたらすもの、神経を狂わせる物、身体を硬質化させるもの、
頭を狂わせる物、老化させるもの、様々である。
これも、メイルシュトロームの成せる業なのか・・・それとも?



   [洞窟の暗闇は山奥の如し]



「お、ここにも泉があるね」
人間の君主がロミルワを放つと、この空間が、やけに広い一室である事が分かった。
ドワーフの魔法使いと俺は、先程テレポーターをとちった盗賊を殴る事に忙しく、
周囲の確認など出来ないでいたのだ。

「ここはソーンの迷宮のどこかのようだな」
こちらも人間の侍が、デュマピックで位置を確認していた。
糞の役にも立たない情報が、俺達にとってここが未知の空間である事を物語っていた。
だだっ広く、それなのに泉がぽつんと佇むこの空間は、何か神秘的な香りがした。
「もしかしたら・・・氷の鍵はここに有るかも知れないな」
ドワーフの癖に魔法使いをしているこの変わり者が、盗賊をようやく放し、
その手を髭に回し、髭遊びを始める。
金のメダリオンでようやく手に入れた情報を頼りに作ったピエロには、二重の仕掛けが施されていた。
先ずは、そのピエロを作る情報が必要だった。
そして、ピエロのタクシーに乗っていった先の扉を開く為の鍵が必要だった。
俺達は、その二つ目で引っかかった。

以前、石化した悪魔を見つけた時、泉の底で発見した覚えが有ると魔法使いが言ったので、
泉が臭いと思い、先程まで何度も色んな泉に潜り続けていたのだ。
「へへ、俺のお陰だぜ」
鼻に手をやって威張るホビットを今度は侍が諫める。
高圧電線や*いしのなか*でなかったのがせめてもの救いではあったが・・・
失敗を鼻に掛けるこのアホを俺はもう一度殴りたい衝動に駆られた。

「次は君の番だろ、ほら、アヒル」
君主が袋から風呂に浮かびそうな黄色い鳥のおもちゃを俺に放り投げた。
アホみたいな話だが、これをもってるとどんな金槌も溺れないという有名な話が
冒険者仲間の間で広がっていた。俺は眉に唾をつけながらその話を聞いていたが、
一応もらっておいてやることにした。万が一でも、溺死なんて不名誉は被りたくないからだ。
「いや、必要無さそうだ」
侍がメーターのような物を泉に突き刺していた。
それは直ぐに止まり、地上部分に大きく突き出していた。
「深度はA,B,C・・・溺れるほうがどうにかしている。」
「随分と浅いんだな」
俺はアヒルを一応もらいつつ、服を脱ぎ始めた。
紹介を忘れたが、俺は司教、レザー+2なんて着て水に潜るつもりは無い。
女と一緒の時は流石に裸は御免被るが、男だらけなら特に意識はしない。
指を唾で濡らし、耳の中にぐりぐり押し付ける。ゆっくりと水の中に身体を沈めていった。

司教が水に潜り始めてまもなく、彼らの背後の壁から、
扉の開く、木と金属の擦れる音が聞こえた。
見れば、ロミルワの光をも誤魔化した土塊が奇妙な変化を遂げて扉の姿を現した。
ホビットの盗賊はその微かな変化を捉えて、弓を構えた。
ランタンを持った人影が、彼らの前に姿を現す。

「あいやー?何故ここに人がいるあるか?」
語尾にやや癖のある男が彼らの前に姿を現した。
中肉中背の姿に、オーク種か何かを連想したが、それは明らかに人であった。
形容するとすればロード・ハイマンティ・・・喩えが悪過ぎるかもしれないが。
「ワタシはここの泉の管理人あるよ、ここは立ち入り禁止にしといたあるよ」
男は表情の変化が乏しく、無断侵入した彼らを非難しているのかどうなのかが理解しがたかった。
カツを試みようにも、中々効果が発揮せず、会話は上手く繋がらなかった。

怒っているような口調だが、顔自体はそのままだった。
だが、突然、男の顔が一変した。男の視線が何かを捉えた瞬間からだった。。
視線の先を探るように、パーティは振り返る。清らかなる泉、そして、脱ぎ散らかされた鎧や衣服。

「あああ、泉に入ってしまったあるね!」
「それがどうしたというのですか」
折りしもその時、気泡が一定のリズムで水面上はじける。
探索が終了し、司教が戻ってくると言ういつもの合図であった。
「その泉は、昔々、哀れなエルフの女が落ちて溺れてしまったと言う曰くつきの泉で・・・」
水面に黒い影が映る
「それ以来、その泉に落ちたり、潜ったりしてしまったモノは皆・・・」
水は透き通っており、司教の腕が、頭が、目視できる状態になっていた。
「女になってしまうアルネ!」
「おーい、氷の鍵は無かったけど500G.P.見つけたぜ、儲かったな・・・って、あれ、誰だよそのおっさん」

その場にいる男六人の視線が水で濡れた全裸のエルフの女に注がれた。
水面から這い出た瞬間に、たわわな胸が上下に揺れた瞬間を彼らは確かに見ていた。
司教は状況を理解できていないらしく、「風引きたくないしな」等と言いつつ
水から上がった、ほっそりとした、それでいて女性特有の丸みをおびた丘が、
すらりと伸びた二本の楡の枝が、そして何より、朝露に湿りたる若草が渦巻くのを六人は直視していた。
ヒノモトに生まれ、母以外の女性の裸体を見た事の無い侍の心象は如何なるものだっただろうか。
美しく澄んだその泉が、彼の鼻血で埋まったのはそれから数秒後の事であった。