アーレハインに戻ってからすぐ、ボクは彼について調べた。
教務室の学徒名簿を検索しようと思ったのだが、そこでボクはどのように検索したらいいものか、迷ってしまった。
名前も隊名も分からないので、検索のしようがないのだ。

教務室の一角、端末の前に座ったボクはダメ元で"隊長"、と検索してみる。
……出た。一発で。

名簿にはロードの中で見たあの顔が載っていて、それで間違いなく、彼だと分かった。
そして名前欄に目を移す。
そこは『名前:――――――(本人の熱烈な希望(曰く、高度に政治的な問題が発生する)につき、削除)。愛称:隊長』となっていた。
どうあっても冗談を入れないと気がすまないらしい。
それとも本名を知られたくない理由が本当に存在するとでもいうのだろうか。
所属隊名:隊長と下僕と悩ましい肉奴隷隊、の上には幾重もの斜線がかけられていて(文字数オーバーのようだ、それ以外の理由があるのは言わずもがな)、
その次にアップルナイト隊、と書かれていた。
冗談もここまで徹底していると、たいした物だと感心してしまう。

年齢、身長、体重、などは普通に記載されていた。
じっくりとボクはそれらのデータを見つめる。
それは彼の個人データを示す文字列に過ぎないが、彼と会ったことのあるボクの脳裏には
『僕はこれこれこういう人間です。どうだ、まいったか、わはは』
という声が聞こえてきて、見ているだけで彼と話しているようだ。愉快だった。
プロフィールは、まさに横顔だ。ロードで助けられたときには気付かなかったことが、いろいろと見えてくる。

年齢はボクと同じ、十七歳。親近感が湧く。
身長、ボクよりちょっとだけ、本当にちょっとだけ高い。なぜかちょっとだけホッとする。
体重……意外と軽い。ボクの体重とは比較しないでおく。

次にボクが目を通したのは、備考欄だった。
一般学徒に公開されるのはここまでだ。その人の家庭状況や、学府教師陣からの評価などのより詳細な情報が書かれた人物考課表を見ることはできない。
『ホト連合とクライス王国国境近くの貧しい農村に生まれる。農夫の息子。そこを治める小貴族の推薦により入学』と、そう書かれていた。
彼がどのような理由で聖戦学府に入学することになったのか、その短い文章からは察することができなかった。
何もない村で土いじりに明け暮れる生活に飽いて刺激を求めたのか、田舎生まれにしては珍しく王国に対する強烈な帰属意識を持ち合わせていたのか。
様々な理由が浮かんだが、そのどれもが彼に似つかわしくないように思えて、思考を打ち切った。

まったく唐突に、教務室天井に据え付けられたスピーカから放送が流れた。世界が赤くなる。警告音。
<<こちらアーレハイン聖戦学府――――――>>

衝撃と轟音が、声を掻き消した。揺さぶられて床に倒れる。教務室にいた全員が床に伏せている。
「なんだ、これは」という叫びがあちこちで上がった。
強烈な、衝撃だった。それが地震ではなく、外部からの攻撃だと知ったのは、長い揺れが収まってから再開された放送を聞いてからだった。

<<こちら、アーレハイン聖戦学府教頭、ダミアスです。
 防御に出ている校長に代わって、状況を手短に説明します。
 現在、学府は、イカロスから攻撃を受けています。
 屋外にいる学徒、並びに教員その他学府関係者は可及的速やかに屋内へ避難すべし>>

それが、いわゆる第二次ラグナによるものだとは、そのとき、ボクはまだ知らなかった。
隊長がかかわっている、ということも。



隊長達の部隊、アップルナイト隊は、暴走したイカロスを止め、帰ってきた。
誰一人欠けることなく。
詳細はサウロ校長から聞かされた。
アップルナイト隊はイカロスの電脳種、リリスと接触し、未だかつて誰も足を踏み入れたことのない未知の領域、イカロスロードに進入した。
その目的は彼女の誕生日を祝うことだ。誕生会には彼女の両親も出席した。
アスカと、魔軍の重鎮、四天魔の一人であるサーカス。
二人の記憶を埋め込まれて創られたリリスは、彼らを親と認識していたのだ。
しかし二人は敵同士だった。イカロスロードで出会った二人は殺しあい、合い討ちになって、死んだ。
両親を失ったリリスは暴走し、何もかもを破壊しようとした。
阻止するには彼女を破壊するほかなく、アップルナイト隊は、それを実行した。

教務室で、サウロ校長からそう聞かされた。
隊長が所属することになった準英雄同盟エクスに、ボクたちも入ることになる、という知らせとともに。
ボクだけではなく、他に二個小隊が追加で所属することになったのだ。
嬉しいことは、嬉しい。
しかし気になったのは、その場にいた隊長の顔がこれ以上ないくらい沈んでいることだった。

「たーいーちょーおーさーん」
ボクは隊長の部屋の前に来ていた。隊長専用の執務室兼、私室だ。
そこには既に先客がいて、隊長の名前を呼びながらドアを叩いていた。
「開けてくださーい」
ユミだ。ドアを叩く姿は家に入れてくれと懇願する子犬のようだ。
「隊長……どうしたの?」と眉をひそめた彼女に聞いてみる。
「はい、えーと、あ、あのときのサムライさん」
「様子がおかしいと思って、その、見に来たんだけど」
「隊長さんは引きこもりになってしまったんです。今だって、教務室から戻ってきたらすぐにこれです」
「なにがあったの?イカロスでなにかあって、それで、彼はああなったんじゃないの?」
「その通りッス」
Sgtだった。
見ると、いつからそこにいたのか、アップルナイト隊の面々、それに教務室で見た金髪逆毛の男と、ディアボロスの男、それに黒髪の女性が集まっていた。
「リリスちゃん、電脳種のリリスちゃんは、隊長の友達、妹みたいな存在だったッス。仲良しだったッス。
 そういう存在を、隊長は自分の手で殺してしまったッス」
「意外とナイーヴなところあるもんな、あいつ」と金髪逆毛の男が言った。
「しかし隊長がこれじゃあな。エクスも先が思いやられるかもしれん。
 あー、自己紹介してなかったな。俺、セシル。セシル・ゼノアだ。隊長とは同部屋だった。ルームメイトってやつだな」
と彼はボクに挨拶した。
黒髪の女性はかけていたアンダーリムの眼鏡を直し、私とこいつ、ディアボロスの男、は隊長とはちょっとした知り合いだ、と簡潔に説明した。所属部隊はPMD隊だ、と名乗った。
PDM隊の噂は聞いたことがある。かなりの腕利きの学徒だと。
そこの隊長はとんでもない戦狂いで、進んで激戦区に身を置きたがるという話も。

「で、どうしたもんかね」セシルはドアに寄りかかった。
「隊長はいまや学徒一個小隊のリーダーという簡単な立場じゃない。エクスの隊長でもある。
 隊長がひきこもりだなんて、いくらなんでもカッコつかないぜ。灰色の脳細胞でも持ってるんならともかくさ」
「だからこうして集まってるんじゃないの」アンダーリムの女性は言った。
「で、ユミちゃん、隊長は出てくる気配はないの?」
「はい、ぜんぜん」
「美女を集めて踊らせるか。神話みたいに」
「ちょっと、セシル、冗談はやめてよね」
「じゃあどうするんだ」
「俺達がどうこうする問題ではない。これはあいつの、隊長自身の問題だ」
そう言ったのはディアボロスだ。
「これで戦えなくなるほどの腑抜けではない」
「どうしてそんなことが言えるの」
「分かるさ」彼は即答した。
「お前は気付かないのか?隊長からは俺と同じ匂いがする」



時間は隊長がどのような状態にあろうと関係なく流れ、そして夜になった。
寄宿舎の消灯時間が近づいている。窓から次々と明かりが消えていくのが見えた。
ボクは隊長の部屋に向かっている。
ボクは隊長に、出てきて欲しいのだ。あのディアボロスの男は隊長地震の問題だと言ったが、それで放っておくというのはあまりにも優しさがない。
隊長が自分で解決すべき問題であっても手助けくらいはいいだろう、と思ってはいたのだが、部屋に近づくにつれ、ボクになにができるのかと思い直し、不安になった。
言葉を交わしたのはロードの中での一回きりで、彼の何を知っているというわけでもない。
そんな女が声をかけても、彼にとってはうっとうしいだけではないのか。
だが、彼の部屋はもう目の前だ。角を曲がればもうすぐそこ。ここまで来て引き返すというのはいかにも間抜けだ。
ええい、行ってしまえ。

角を曲がろうとする、が、ボクの耳にしょげた子犬のような声が聞こえてきて、思わず立ち止まる。
「たいちょおー……」
陰から覗くと、ユミがいた。あれからずっといたのだろうか。
「お願いだから出てきてください……出てこないなら一晩中でもここにいます」
ユミはドアに背を預けるようにして、体育座り。本気で言っているようだ。

不意に、廊下の明かりが消えた。消灯時間が来たのだ。真っ暗闇、ではない。月明かりが窓から差し込んでいる。
「いつまでだっていますよー。明日も――――――いや、明日は無理かもしれませんけど」
そう言ってから、ユミは顔を上げた。ドアの向うの隊長が何か言ったようだったが、ボクには聞こえない。
「任務です。魔軍のエライ人、サーカスの死の真相をアークスに伝えてこい、って。
 Sgtは、隊長がいなくても行くって。みんなも賛成してました」
ユミの声は眠そうだ。
「隊長のエクスの、初任務ですから……隊長の、顔に……泥……塗れません……から」
静かな寝息。彼女は眠ってしまったようだ。
しかし、まさかいまどき十一時に眠ってしまう人がいるとは。そう思いながら、ボクは彼女に近づいた。
ユミは小動物のように眠っている。口が動いた。寝言、小さく、隊長、と。
彼女は、隊長を、好いているんだろうか?

「誰かいるね」とドアの向うから、声。「誰?ピザを頼んだ覚えはないけどな」
「えと、あの、ボクです、覚えてますか。メルキオロードで助けてもらった」
「ああ、あの時の。そういえば教務室にいたっけな。なんだか不思議な気分ではある。で、消灯時間に何の用?」
「隊長に、出てきて欲しくって」
「本日の業務時間はすでに終了しております。日を改めておこし下さい。悪の大魔術師だって営業時間外は何にもしないのさ」
「なんだか、元気になったみたいですね」
「そこの愛玩動物のせい」
ユミのことに違いない。確かに、彼女は愛らしい小動物のようだ。
「いろいろとやられるとなんでかわからないが、和む。
 で、だ。お願い。部屋につれてって寝かせてあげてくれ。可愛い仲間が風邪を引くといけない」
可愛い仲間。友愛、の意味だとは思うが、どうしてもそれ以外の意味を含んであるように聞こえてしまう。
「ちなみに拒否はできませーん。隊長命令です。拒否したら、そうだな、下着よこせ」
間。闇の中の静寂。思考停止。

「ちなみに拒否はできませーん。隊長命令です。拒否したら、そうだな、下着よこせ」
二回言われた。頭の中がぶっ飛んだ。
「た、隊長は変態なんですか」
「わー、冗談だ、冗談。分かってくれ」
さすがにそれは女の子に言うようなものではないだろうに、と思ったが、冗談とはいえ男の下着を欲しがる隊長を想像してしまい(すぐに消した)……ともかく、ボクは隊長に女性として見られていないような気がしたのだ。
悲しい、という自分の感情に気付く。

「分かりました。連れていきます」
「よろしい」
ボクはユミを持ち上げた。華奢な、女の子らしい体つき。とうぜん軽い。ユミの寝顔をじっと見る。隊長はこういう女の子がタイプなのだろうか。
「では、おやすみ。よい夢を」



翌日。ボクが目覚める前に、アップルナイト隊は出撃していた。隊長抜きで。
アップルナイト隊の目的はあくまでもサーカスの死について伝えることであって、アークスの撃破、ではない。
しかし学徒を前にしてアークスが手を出さない、という保障はどこにもなく、隊長抜きでの接触は危険なように思われた。
しかしそれでも、彼女ら(女性比率が高いため)は出撃したのだ。もうそろそろ、アークスを見つけていることだろう。
隊長はそれでいいのだろうか?ボクは三度、隊長の部屋を目指した。するとそこには、完全武装の隊長とサウロ長官がいた。
「隊長」ボクは駆け寄った。「踏ん切りは、ついたんですか」
「ああ、ついた。ようやく。もう少し早ければよかったんだけど」
「それで、隊長」とサウロ長官。
「所信表明演説代わりに聞きたいのだが、どういうふうに君は踏ん切りをつけたのだね?短くていい。時間がないだろうからの」
「はい、サウロ長官。僕は、リリスを殺した。それは罪だ」
「罪にはならん。裁く法がない。電脳種に対しての殺害事件は、当然、今まで一つもない」
「いいえ、罪ですよ。友達を殺したんだ。罪でないはずがない。法的なものではない、倫理的な罪、とでも言うべきか」
「では誰に許しを乞う。誰に裁かれる。リリス自身に、か」
「彼女は既に死んでいる。死者に許しを乞うのは、無意味だ。
 いつまで経っても許されない。僕も、彼女も。裁くのも言わずもがな。
 第一、僕は許しを乞おうなどとは思っていない。神様にも、だ。
 生憎、神様とは生まれたときから仲が悪いらしいから、散々待たされた挙句、
 役人面で『そなたの願いは却下する』とでも言われるに決まってるさ。
 地獄送りにはされてもいいけれど」
「フム」
「ずっと考えてわかったのは、その罪は絶対に消えない、ということです。彼女が蘇らないのと同様に。
 ならばどうするか。せめて彼女の死を、有意義な、意味あるものにしたい、と思う」
それはつまり、とボクは隊長の言葉を頭の中で反芻しながら、思う。
彼女の死を有意義化する、ということは、彼女の生をも有意義なものにするということだ。隊長はそう言っているのだ。
「リリスは」と隊長は続ける。
「あのとき、自分を破壊してくれ、と自ら願った。本当は世界をぶっ壊そうなんて思っていなかったんだ。
 だから僕は、彼女を殺し、世界を守った。そして、これからもそうする」
「それは贖罪、というやつではないのかね?」
「そう言われればそのような気もしますが……自分はそうは思いません。
 世界を守る、という目的を遂行するために、僕はこれからも敵を、魔軍を殺すでしょうから。
 だから結果的に罪の上塗りになる。でも僕は彼らの死も、有意義なものにしてやりたい」

昨晩の冗談交じりな会話からは想像もできないほど、真面目で強い意志にあふれた隊長だった。まるで別人のようだ、とすらボクは感じている。
「リリスとは、コミュニケーションができた。
 彼女の感情に共感することは、何度もあった。僕の仲間たちと同じように。
 だからいつかは、仲間たちのように通じ合うことができる。
 そのような関係を構築することができる、そう思っていた……僕は、魔軍とクルセイドを、コミュニケートさせてやりたい。
 魔軍を殺しまくって、魔王にギブアップを言わせてやる。
 殴りあうより話し合ったほうが有益だと思わせてやる。その上でこっちの要求を飲ませてやる。
 それが軍事の基本というもので、そして僕は学徒とはいえ軍属だ。違いますか」
「その通りじゃ。……隊長、お主は死の上に平和を作ろうというんじゃな」
「平和とはいつもそうしたものです、長官」
「それは、まるで――――――」

サウロ長官が何を言いたいのかは、わかる。
隊長は死、つまり破壊を持って何かを作ろうというのだ。
そのような存在を、ボクは一つしか知らない。破壊神、だ。

「長官、そろそろ失礼したくあります」隊長は長官の言葉を遮るように言った。「仲間が心配です」
「わかった。あぁ、隊長、これを持っていけ」
隊長に一振りの剣を渡す。柄が十字になっている。聖剣だ。
「ありがとうございます。では」
受け取り、すぐに駆けてゆく。遠くなる彼の背中に、ボクは大声で、言った。
「隊長、絶対に戻ってきてね!」

隊長は振り向きもせず、ボクに見えるように手を振り上げ、これが答えだというように拳をぐっとにぎった。



アーレハインで準英雄同盟エクスの設立式典が行われた。
メインの出席者は、四個小隊の学徒、それに通信などの支援役が若干名。 隊長たちを含んでいる。
あれから約束どおり、戻ってきたのだ。
イカロスの時と同じように、誰一人欠けることなく。
クルセイド軍の編成では一個中隊は三個小隊で編成されるが、隊長は四個小隊で一個中隊を成す、重編成中隊としてエクスの実戦部隊を作り上げた。
ボクはあまりそういうことには詳しくないのだが、隊長はそれではダメだと言い、苦手ならこれからきっちり調教してやるから覚悟しろー、と息巻いていた。
完全復活だ。

他に注目すべきことといえば、クライス王国国王が出席したことだ。
それと、ピンク髪で眼鏡をかけたドレス姿の女の子が隊長となにやら親しげに話していた。
その光景をみたボクは、なぜだかすこし、不機嫌になった。
後は有力諸侯も出席していたのだが、それに混じってどこからどうみても田舎貴族にしか見えない男がいて、いったい何なのだろう、と不思議に思う場面があった。
その男も、なにやら隊長と話していた。どういう関係なのだろうか。

国王のお言葉や、そういう格式ばったことが終わると、場は宴会の様相を呈するようになった。
隊長という人は、不思議だ、と思わされる。思わずにはいられない。
ボクは仲間たちに囲まれながら彼の方をちらりと見る。
彼は隊長、という立場だけあって、仲良くしておけば自分のためになる、と思う人たちの格好の的にされていた。
彼のバックには英雄同盟の一人、サウロ・アンダルシアがついているのだ。大勢の人が群がっている。
もちろん、隊長はそんなことどこ吹く風で、そういう人たちには、物売るってレベルじゃねーぞ!と叫んで追い払い、涼しい顔でジュースを飲んでいた。

そして、ボクたちにも声がかけられた。貴族の息子とかそういう人たちで、彼らはボクたちを、わかりやすく言えばナンパしてきた。
カッコいい人たちはさすがに多くて、ボクの仲間たちの何人かはそれに乗ったようだ。
「ねぇ」と戦士がボクにささやいた。「あなたも楽しんだらどう?学徒にもいい人はいるけど、こういうのも悪くないんじゃない?」
「でも、ボクは」
ボクも何人かに声をかけられたが、そういう気分にはなれない。ボクのそうした心理を見透かすように、彼女は続ける。
「もしかして、隊長?……やめといたほうがいいと思うわよ」
「ボクは、そんな」

そう言いつつも、隊長のほうを見てしまう。
彼は、ジュースと間違えてお酒を飲んでしまったのだろう、足取りのおぼつかないユミを介抱していた。
彼女の顔は真っ赤だ。お酒のせいだけなのだろうか?

ボクはどうして彼をこうも気にするのか。最近の自分の心の動きは、おかしい。
そのこと自体は前から気になっていたが、戦士の言葉と、今の自分の胸のうちを分析するに、ボクは、彼を、好きなのだ、ということに気づく。
頭の中で唱えてみる。彼、隊長を、好き。何度も。動悸が早くなる。体温が上昇してゆく。
ふと、そこで隊長と視線が交わった。彼は微笑して、小さく手を振る。
見られたと思うと、とたんに恥ずかしさがこみ上げてきた。
体中を紙吹雪に変化させて風に乗って遠くに行きたい、という衝動に駆られる。
しかし、ボクの体は紙ではない。とにかく逃げたい。
恥ずかしい。

ボクは、逃げた。



夕日が地平線の向こうに蕩けてゆく。もうすぐ、夜だ。
ボクは一人、部屋に戻ってきていた。どうせ式典はあれで終わったようなものだし、なにも悪いことはしていない。
でも、胸の中には罪悪感があった。なぜ逃げ出したのか。隊長に不審がられはしないか。そういう考えが頭を支配していた。

ノック。ボクは振り向く。「……誰?」
訪問者は、言った。「僕です。みんなの愛人形(アイ・ドール)、隊長です」
「え、あ、え?」
しどろもどろ。
「とりあえず、入ってオーケー?」
「は、はい、どうぞ!」
思わずそう言ってしまった。入ってきた彼は式典中に着ていた軍服ではなく、ジャージ姿だった。
「その、格好は?」
「これ?」と隊長はジャージの胸の部分を軽くつまむ。
「君が出て行った後、酔っ払ったユミちゃんが吐き気を訴えてきたので保健室に運ぼうとしたら途中でメルトダウン。
 彼女はドクター・ゲロに変貌を遂げた。結果、吐瀉物が軍服直撃セガサターン。それでこの様」
わはは、と隊長は笑った。
「どうして、ここに」
「いやぁ、仲間を大事にする僕としては、あなたがどーして逃げたか知りたいわけで……あー」隊長は顔に手をやる。
「もしかして僕の顔、そんなに見たら死ぬ系だった?デビルズスマイルだった?」
「いえ、そういうわけじゃ、ないです」
「フムン、ならばなにが」
「ボクが」
頭が、今はボクと隊長の二人きりだということを意識すると、口が勝手に動いた。とまらない。
「隊長のことを、好きだからです」
隊長は、黙った。きょとんとした顔。
「好きです、隊長。一人の女の子として、隊長のことが、好き、です」
「気持ちは……嬉しいけれど」

けれど。逆接。その言葉の先が示す意味は、一つだけ。
その先を言わせないように、ボクは隊長に接触した。両の腕を使って、抱きしめる。
「ボクじゃ、だめですか?他に好きな人、いるんですか?」
声が潤む。
「うん」
「……もしかして、ユミちゃん?」
「その通り。女の子の勘は鋭いな。一応秘密、というかみんなにはバラしてないけれど」
「なら、付き合うことはできなくても」ボクは勇気の限りを尽くして、自分の胸のうちを、彼に打ち明ける。「女の子の夢、叶えさせてください」
「女の子の夢って……あぁ、大体読めた」参ったな、というように頭をかく。
「そういうのは、結婚してから好きな人と、でしょうに。教会の本に書いてあったからわかる」
「結婚なんて、できないかも」
「なぜ」
「明日、死ぬかもしれないから」
もちろん、ボクは不治の病にかかっているというわけではない。
しかし学徒であり、戦いに従事している以上、いつ死ぬかはわからないのだ。
「だから、イマだけしかないんです。そして、今、ボクが好きなのは、隊長なんです」
「後悔、しない?」
「はい」
「……わかった」
ぎゅうと、優しく抱きしめ返される。
「女の子の夢、叶えさせてあげる」
初めてを、最愛の人と。



額にキスされる。ちぅ、という音。
それから、抱きしめられたままベッドの側に寄り、押し倒される。
隊長の顔が間近に見える。彼の唇に、ボクの視線は注がれていた。
「あの、唇にも、下さい」
「あ、いや、それは」と隊長は焦る。「僕も、まだそっちはファーストなもので。だから、その、ごめん」
「意外に、奥手なんですね」思ったままを口にする。
「それ以外にできることなら、期待には応えます」
「じゃあ、もう一回、ぎゅうって」
「オーケー」
圧力。やんわりと。心臓と心臓がくっつく感じ。
たっぷりと十分くらい抱きしめられた。その間中、隊長はずっと、優しい微笑を湛えていた。
それが終わると、服の上から胸に触れた。快感。幸福感とともに。

「大きいね」
「大きいほうが、隊長は、好き?」
「胸の大きさで人の価値は決まりません。意訳するとどっちも」
触る、から揉むにシフトチェンジ。やはり服の上から、何度かいたわるように、優しく、揉む。
「ん、んぅ」
「……可愛いね」
快感に耐えられず声を漏らしたボクにそう言い、隊長は服を脱がしにかかった。
軍服の前がはだけて、ブラが露出する。それも脱がされる。
隊長の眼前に自分の胸がさらされている。羞恥心が頭をもたげてきて、胸を隠す。
「うん、胸、いや?」
「そ、そういうわけじゃなくって」
「じゃあこっちだ」
「んああっ」

下半身に手が伸びてきて、ボクの大事なところをショーツの上からさする。最初はゆっくりと、そしてだんだんと早く。
「んぁ、んっ、あ、はっ、はっ、たい、ちょうぅっ!」
「奇襲は戦術の基本だ。うりうり」
「んんんんんんんっ!」
今度は指がじかに触れた。より強い快感。
「うは、濡れてるね。これ」
手が目の前に差し出された。ボクの愛液で濡れた指。見せ付けられる。毛細血管が限界に近づいた。ボクのそんな様子を見て、隊長はにっこり。
「腰、浮かせて。下のほうも脱がせるから」
「う、うん」
下半身も脱がされて、生まれたままの姿になる。しかし隊長は着たまま。小豆色のジャージが体を覆っている。隊長のすべてが見たかった。
「隊長も、脱いで、下さい」
荒い息に苦労しながら言うと、隊長は、オーケー、とすぐに脱いだ。上半身から。傷だらけの体。戦いでできたものだろうか。
「びっくりした?」と隊長は聞いた。
「……少し」
「ま、男の子にはいろいろあるのです」

隊長は深くは語らない。それは語りたくない、ということでもあると思い、ボクもそのことについては何も言わなかった。
続いて、下半身。彼の男性はすでに張り詰めていた。
ジャージの下から現れた、初めて見る人間男性のそれは、筋肉の塊のように力強かった。
「あんまり見ても面白くないと思うんだけど」
「だって、隊長のだもん」
「うわ、それすごいエッチっぽい」
そう言われて顔が真っ赤になった。不覚だ。



「はい、お待たせ。さぁて続きといきましょう」
ボクと同じく全裸になった隊長は、ボクに覆いかぶさってくる。肌と肌が直接触れ合う。
女顔だと思う隊長だったが、肌もすべすべだ。触れ合うたびに心地いい。
「今度は挟撃です」
「あふぁっ!あ、ああああああああああああん!」
胸に顔をうずめて、乳首を舌で転がし、同時に秘所に指を入れ、責める。
二つの性感帯から流れ込む快感が頭の中で混ざり合って、マーブル模様。渦巻く。
「はぁ……はぁ……」
責めが終わると、ボクはぐったりとなった。二度寝した後のよう。体に力が入らない。
「では、そろそろ」
足をつかみ、ぐい、と開かせる。
「これだけ濡れてれば大丈夫だね」
こくりと、ボクはうなずくしかできない。
見られたことに対する恥ずかしさ、これから彼が中に入ってくる、少しの怖さと、言いたい事はいろいろあるはずなのに、言葉にできない。
隊長は先端をあてがった。ぴとり、という感触が知覚できる。
「いくよ」
「んああっ!」
ぶつり、という小さな音が、体の中から聞こえた。痛み。その部分に目をやると、ボクの純潔の証が見えた。赤い、血。
「痛くない、わけないか」
「痛い、けどっ」息も絶え絶えに、ボクは言った。「大丈夫、だから、我慢できるから、続けて」
「……わかりました」
ゆっくりと、動いた。
奥まで入り、出てゆく。熱い肉の塊。隊長の。
隊長の顔を見る。視線に気づいた彼は、微笑を返した。心臓が血液運搬速度を速める。レッドゾーン。同時に、愛しい人に快楽を与えるため、射精に導くために性器がより締まった。
「あうっ、んっ、んああっ!隊長っ、好きっ、大好きだよぉ!」
隊長は応えない。嘘をつきたくないのか、嘘が傷つけると知っているからなのか。
徐々に動きが早まってくる。
「あの、そろそろ、僕」
「うん」隊長に揺らされながら、ボクは答えた。
「いいよ、気持ちよくなって。ボクの中で、気持ちよくなって……ん、あっ……ううん、中でじゃなきゃ、いやぁ!」
「マジですか……ええい、レッツゴー」
「うあっ、ああっ」
ピストン運動。すばやく、小刻みに。
「出るよっ!」
「んっ、隊長、隊長ううぅぅっ!」
隊長が、爆発する。


スペルマッ!スペルマッ!(射精音)


膣内に感じる、マグマのように熱い快楽の中で、ボクの意識は、ゆっくりと、薄れてゆく。
糸が切れる前に、ボクは、思う。
男のように生きてきたボクだったけれど、彼との恋で、交わりで、自分はやはり女なのだということを強く意識させられたが、しかし、今までの自分を否定された、というような嫌悪感はなく、むしろ幸福感のほうが強かった。
それで、決意する。自分の力が許す限り、彼とともに戦おうと。剣を片手に、思う存分にロードを駆けるのだ。 隊長の指揮の下で。
だからもう少し、隊長のことを好きでいさせてください……



眠っている彼女に布団をかけてやり、僕は部屋を出た。
周囲を確認。人影なし。安心した。
安心したら、自己嫌悪が襲ってきた。
恋人の、ユミとですらまだなのに(結婚してから、だ)仲間の、他の女の子としてしまうとは。
まったく何をやっているのか。ナニだよ。
いや、そうではなく。これではユミに合わせる顔がない。

とぼとぼと自室まで歩いてゆくと、部屋の前にユミがいた。
「あ、隊長さん、どこいってたんですか」
「……イチゴパンツ一丁で赤い悪魔と戦ってた」
ごまかした。これでごまかせるからユミは助かる。本当はこんなことしたくないのだが。
「大変だったんですね」
「うん。そういえばもう気分はいいのか」
「はい、キャべジン飲んだら一発でした」
「ずいぶん都合のいい体してるな」
「えへ、ありがと」
「で、なんで待ってたのさ?」
「ええと、今夜、一緒に寝ても、いいですか?」

性的な意味で、ではない。
僕はユミに、結婚するまで性交渉なし、というのは了解させてあったから、普通に添い寝してほしい、という意味だ。

「……オーケー」
いろいろ考えたが、承諾した。
別の女の子を抱いた後にこんなことをするのは気が引けるが、せめてもの罪滅ぼしになればいい、と思ってのことだ。
生きるということは、大変だ。まるでそれ自体が罪であるかのように。
そう思いながら、この僕、隊長は、ユミと部屋に入った。