薄暗い忍者屋敷の奥深くを冒険者達が歩いている。
凛とした眼差しで暗闇を見据えて先頭を歩くエルフの女君主。
その後に続いてエルフの背中を守る細面のハーフエルフの女侍。
おっかなびっくりついてくる後衛を守るがっしりとしたドワーフの女僧侶。
前衛達に守られつつも周囲を警戒しているホビットの女盗賊。
最後尾にあって置いていかれないように仲間を追いかけるフェアリーの女魔術師。
いずれも歴戦の猛者である彼女らが、なぜ、伝説の宝物が眠り、神話の怪物が跳梁する地下迷宮ではなく、
侵入者を拒む罠が仕掛けられ、修練を積んだ暗殺者が跋扈する忍者屋敷を探索しているのかは、
ひとえに彼女らが旅の途中で立ち寄った小さな町で受けた依頼によるものである。
彼女らが町の長老から受けた依頼とはこういうものだった。

『この町は冒険者とはとても呼べない邪悪な忍者達の支配下にあります。
 彼らはとても強く、また残虐で、とてもではありませんが逆らうことなどできません。
 事実、討伐に向かわれた領主様は配下の騎士様共々捕らえられて三日三晩かけて嬲り殺しにされ、
 城は焼き討ちに遭い、一族郎党を惨殺され、共々その首を街路の中央に晒されてしまいました。
 もう我々には、通りすがりの貴方方のお慈悲にお縋りする以外に道はないのです。
 どうか、どうかお願いです。悪逆の忍者共を討伐してくだされ……!』

彼女らが悪の戒律に身を捧げた冒険者達であれば、このような一文の得にもならず、
しかも危険ばかりが待っている依頼などを受けるはずもないのだが、生憎と彼女らは善の戒律で
自らを律する冒険者達だった。求められる握手を拒めず、縋りつく手を振り払えない者達だった。
「おかしいな」
「何がだい?」
「忍者達の抵抗が大人しい」
「確かにそうね……」
君主の漏らした呟きに、僧侶が聞き返し、侍が同意した。
確かに、彼女らが正面から突入してからというもの、迎撃に出てきた忍者達の数は多かれど、
その実力は駆け出しの冒険者や一般の民衆にとってのみ脅威となるという程度のものだった。
「罠もやらしかったけど、ほんとにヤバイのはなかったよ」
盗賊がそれに補足する。ピットや警報装置、毒ガスなどが無数に仕掛けられてはいたが、
テレポーターや高圧電線といった致命的なものは一切仕掛けられていなかった。
「そりゃあれさ、きっとこの奥に達人が集まってて、罠で消耗したあたしらを切り刻むつもりなんだろうさ」
僧侶が、眼前に姿を現した重厚な扉を指して笑った。既に彼女らは屋敷の中枢にまで進攻していたのだった。
となれば、ここが最深部であり、〈頭領〉や〈上忍〉といった実力者が〈下忍〉を率い、
満を持して彼女らを待ち構えているであろうことは明白である。
「そう考えるのが妥当ね」
腰に差した業物に手をかけながら、侍が気を引き締めた様子で頷く。
「うむ。恐らくは我らを強敵と見て、戦力を集中しているのであろう」
君主がしかつめらしい表情を作り、まるでその奥にいる者達が見えているかのように扉を睨む。
「どれだけ数がいようと問題ないわよ。私がティルトウェイトで吹き飛ばしてやるから!」
羽虫のような羽根を震わせて宙を舞う魔術師は、ただ一人陽気な態度を崩さない。
「では、魔術師の呪文で雑魚を一掃し、私と侍とで残敵を掃討、僧侶と盗賊は奇襲を警戒という流れでいくぞ」
パーティのリーダーである君主が下した決定に全員が頷いた。
「突入!」
扉を蹴破るようにして突入した先に彼女らの予想していた大軍の姿はなく、闇の中に浮かぶ三つの人影があるのみだった。

「予定に変更はない!一気に……っ!?」
想定外の事態に罠の存在を疑い、躊躇いはしたものの、罠があろうとなかろうと立ち止まるわけにもいかない。
眼前の寡兵を一気呵成に殲滅すべく、君主が躊躇う仲間達に対して改めて指示を下し、突撃しようとした瞬間、
闇に溶け込むような二つの人影と輪郭がぶれて見える朧な人影から、全身を押し潰し、刺し貫くような気配が押し寄せてきた。
それによって、格の違いと言うよりはその生命としての立脚地の違い――喰う者と喰われる者との
次元の違いとでも言うべきものを感じ取ってしまった彼女らは、蛇に相対した蛙のように硬直してしまった。
比喩ではなく全身が動かない。
手足を動かすことはおろか、まるで石化でもしてしまったかのように、瞬き一つ、呼吸一つできない。
二つの人影から放たれ続ける夏の日差しのように容赦のない殺気と、
一つの人影から放たれる地獄のような鬼気とに打たれてすっかり圧倒され、魅入られ、
萎縮してしまった彼女らは、確実に迫りつつある具現化された死の恐怖以外の一切を忘却し、
瞬き一つ、呼吸一つせず――乾いていく眼球の痛みにも気づかず、酸欠による息苦しさにも気づかず、
その意識が途絶え、生命が喪失するその時まで、ただ立ち竦んでいることしかできなかった。

           *           *           *

〈頭領〉と二人の〈夏〉は、彼らが発する凄絶な殺気に打たれたことで、呼吸すら忘れてしまい、
顔を恐怖と絶望に歪めたまま自滅していった愚かな冒険者達の屍を確認し、互いに頷き合った。
「者共」
「はっ、御前に!」
〈頭領〉の低い呟きのような声に応え、広い部屋の暗がりから五つの人影が姿を現した。
いずれも熟達者の風格を漂わせる〈夏〉に次ぐ実力者である〈西風〉達は、〈頭領〉の前に跪いてその指示を待った。
「愉しみ、そして届けよ」
「はっ、〈頭領〉の仰せのままに……」
〈頭領〉からの簡潔極まる指示を受けた〈西風〉達は互いに目配せをし合って冒険者達の屍を
一人一体ずつ担ぎ上げ、静かで、かつ素早いまさに西風の動作で忍者屋敷の闇へと消えていった。

           *           *           *

「我らが〈頭領〉よりの下され物である」
冒険者の屍を床に下ろした〈西風〉達が、〈上忍〉の末席である〈竜〉や諸々の〈下忍〉達を並ばせて告げている。
「順番は序列に準ずるものである」
情欲にぎらついた目で冒険者達の屍を居並ぶ〈下忍〉達を、〈頭領〉達に対するそれとは打って変わった傲慢な態度で
制した〈西風〉達は、その頑健な肉体を包む装束を脱ぎ捨てながら、それぞれが思い定めた屍に歩み寄った。