全ては、隊長の過信から始まった。
アーレハインから来たという君主科目を修めるそのバハムーンは、確かに我々とは格の違う素質を持っていた。
さて素質こそ優れているようだが、果たしてどれだけの間、前線から離れていたのか。
その戦技の程たるや、戦士科の新入生と、何ら変わらぬように私の目には映った。

学徒補欠隊などという、不名誉な名を己が預かる隊に付けられたこと。
そのことが彼の心にどのような刺激を与えた物か、私には解らぬ。
彼は我々に課せられたはずの訓練でもあるロード探索もそこそこに、
半ば無理矢理とも言える勢いでもって各カリキュラムを消化し、
そして今、我がホト連合とイシュラ共和国の管轄下にある全ロードを巡る権利を持つに至った。

己が事だからこそ解るが、我が隊は評価されるほどに優秀ではない。非常に未熟だ。
本来で有れば、決してこの様な重大な任務を任されるほどの実力は持ってなど居らぬ。
例えば、私などは校長より賜った軍服が鎧代わりであるし、
得物に至っては――侍を目指す身としては真に不服ではあるが――二振りの手斧を用いている。
ましてや我々が侵入したロードは魔軍の勢力下にあり、少なくとも我が隊程度の持久力では、進軍すらままならぬ状況であった。
故に、此度の壊滅も、いわば必然といえる物であろう。

私はロードに足を踏み入れる際、以上のような事を隊長に進言したが、彼は一向に耳を貸さず、
「これまで通り何とでもなる」の一点張りである。
まさかここで彼を見捨てるわけにも行かぬ故、我々は呆れながらもその後に続く他ない。

その結果たるや燦々たる物であった。
ロード内には精霊種が跋扈していたのだ。胎動属性は、その時、雷。
未だ土の魔術を使う者の居らぬ補欠隊に有っては、正に鬼門であると言えよう。

我々は取りうる限りの戦術を用い、辛うじてロード中枢区画まで辿り着くことが出来た。
だが、それすらも誤りであったと言う他に無い。
直前の区画より、ターミナルを利用して式部京へと帰還するべきだったのだが、
誰もが皆疲れ果て、隊長に煽られただここを突破すると、その一点にのみ考えが集中していたのだろう。
回収隊の報告にも有る通り、我々が襲われたのはロード中枢、そのほぼ中央である。
そこで、我々は襲撃を受けた。敵は、典型的な精霊種の編成、即ちエレメント、コイン、そして、あのおぞましきスライムの大群である。
ほぼ有効な呪文を撃ち尽くしていた我々は、何とか第一陣を退けたものの、続く同じ編成の敵に襲撃を受ける。
「疾走」を用いるにも皆連携を取れぬほどに消耗しており、散り散りに逃亡を試みるも適わず、
蠢き回る硬貨とスライムに追い詰められ、エレメントの術によって各個撃破されてゆく。

最後に残ったのは、私だった。エレメントの多くは魔術の行使によってによってその動力を使い果たしたのか、いつの間にやら姿を消していた。
スライムとコインは先ほどよりも数を増したようにも見える。
四方を取り囲まれ、最早退くには退けぬ状況である。ここを突破したとしても、ターミナルに辿り着く前に倒れることだろう。
ならばせめて一つでも多く首級を挙げて華々しく散ろうと、私は両手に手斧を握りしめ、敵陣へと切り込んだ。
一つ、二つ……クーピングコインの群が、がむしゃらに振り回される厚手の刃に巻き込まれ、
地に落ちて中枢区画に喧しい音を響かせる。
果たして、どれほどのコインを叩きつぶしたものかは解らぬが、気が付いてみて私は絶望した。

あろう事か、決意の時より、敵の数が増しているのだ!

聖戦学府に進む事を決めたときより、我が命は無いものと思っていた。問題はそこではない。
たったこれだけの力しか持たぬ敵に、我々は完全に封鎖されているのだ。
魔軍の主力と相対したとき、どれだけの学徒が生き残れるものか。
気が付けば、水辺に追い詰められていたようだ。
水面には、己が姿が見える。
敵の放つ熱と酸とで、軍服は酷く破れ、そこから覗く体の所々は醜く爛れている。
なんと醜い姿か。
思わずも笑みが漏れた。

ふと腹に、何かがぶつかった様な気がした。
目の前に、黄色い私がいた。
ゲルの変形した斧が、私の腹に有る。
もはや、どうでも良い。
私は、目の前の私と同じ、虚ろな笑みを浮かべたまま意識を閉ざした。