<地下11階 第五の質問>

「──では、次の議題を」
ヴェールをかぶった貴婦人は、卓上に置かれた羊皮紙に視線を下ろした。
複雑怪奇な文様に彩られた巻物に書かれた<議題>の数々。
そのいくつかは、天地をひっくり返すに十分なものである。
同席する女たちも、それをよく知っていた。

──『月刊魔女之友』定例懇談会 第一分室──

この会議の名を知るものなら、誰もが戦慄するだろう。
ここは、地上──どころか天界や魔界も──の最重要事項の何割が決定される場であった。
「……ダバルプス卿に、お見合い話をお薦めする件、でございますね」
進行役をつとめる黒髪の美女が口を開いた。
既婚女性とは思えぬ楚々とした風情に、人妻以外の女には決して宿らぬ妖艶さが溶け込んでいる。
進行役──<マダム・P>ことポレ夫人のことばに、最上位席につくヴェールの貴婦人がうなずいた。
──『月刊魔女之友』<編集長>。
夫以外の誰もそのヴェールの下の素顔を知らない、といわれる貴婦人は、
<この世で一番はじめに結婚した魔女>だとも言われる。
「ええ。世界屈指の魔道士であるあの方が、結婚生活を失敗なされたのは、
 我ら既婚魔女にとっては、非常に遺憾なことと言えましょう」
──<編集長>の言葉に、卓につく一同はいっせいにうなずいた。
中堅席に座っていた魔女が立ち上がる。
「しかし、ダバルプス卿はあれ以来、非常な女嫌いとなられたとのことですが……?」
その対面の魔女が応じた。
「然り。卿は、マルグダ王妃との結婚に非常に傷つかれたようでございます」
リルガミンを流血と殺戮とに染め上げた<僭王>と<血まみれ王妃>の愛憎劇は、
エセルナートを揺るがす大暗黒時代を生み出した伝説であった。
──しかし、居並ぶ魔女たちの関心は、そこにはないらしい。
上席の魔女の一人が、熱弁をふるった。
「そもそもにしてお二人の結婚は、ほんとうの結婚と呼べぬものでありました。
 夫と妻とが互いを裏切り、互いを疑い、心おだやかに暮らせぬものを結婚生活と言いましょうか?」
「否! 否!」
魔女たちが足を踏みならして否定する。
「夫が帰ってきても心安らげぬ家庭が待ち、妻が家の扉を開けても敵を迎えいれるような生活。
 ──それは神聖な夫婦の関係にあらざると断言できます」
「然り! 然り!」
魔女たちが卓をばんばんと叩いて肯定する。
「──結婚生活とは、女にとっても、殿方にとっても、この世で最上のもの。
 力のある魔道士が、一度の失敗でそれに嫌気をさされ、否定なされるというのでは、我らの沽券にもかかわります。
 ダバルプス卿には、是が非でもマルグダ王妃とのそれが、決して結婚の本質ではなかったと知っていただかねば」
魔女たちは、雷鳴のごとき拍手を送った。
拍手が終わるや魔女たちは──いっせいにおしゃべりをはじめた。
「──それでは、私は○○嬢を推薦いたしますわ」
「──いえいえ、△△様こそ、新たな花嫁にふさわしいかと」
「──あのお方は美しく聡明でございますが、卿には少し釣り合いが取れぬと」
「──××姫はいかがでしょうか?」
「──いえ、あの方はマルグダに似たご容姿のため、卿はあるいは嫌がられるかも……」
「──まずは姿見をお送りするところから始めませんと」
「──その姫君では、釣り書きがぱっといたしませんわね」
「──この※※女王はいかがでございましょう、再婚同士でうまくいかれるかと」
「──あまり妖艶すぎる女性は、女性不信の卿にはふさわしくないのでは?」
「──いえいえ、そういう場合、夜伽の上手い結婚経験者こそが意外と合うもののではないでしょうか?」

リルガミンを席巻し、マルグダ女王と愛憎劇を繰り広げた魔人は、
国も弟も夫もあらゆるものを裏切って破滅した王妃とともに、永劫の地獄へ堕ちたはずだ。
しかし、貴婦人たちは、近所の男やもめに縁談を考える世話役の声で話をすすめ、
一同は市場帰りの主婦が、井戸端会議に興じる雰囲気でそれを受け止めた。

「──解決案は容易に出ないようですので、本案件は保留ということにいたします」
女三人姦しい、どころの騒ぎでない議論に終止符を打ったのは、
ヴェールの貴婦人の鶴の一声だった。
間髪入れずに、<マダム・P>がワゴンの上のものを配りはじめる。
喧騒の間にこっそりと準備していたものだ。
「お飲み物をご用意いたしました。どうぞ、お召し上がりください」
喧々諤々の議論ですっかり喉がかわいていた魔女たちはめいめいグラスを取り上げた。

魔法光の下でゆらめく、妖しげな緋色の液体。魔女たちにふさわしい飲み物。
──処女の生き血。
……ではなく、ざくろジュース(各種婦人病の予防に効果絶大)。

卓の魔女たちの唇がふさがり、静寂が取り戻されたタイミングを見計らい、
ポレ夫人は次の議題を読み上げようとした。
だが、ヴェールの貴婦人が手を振って止めさせる。
「……お客様がいらっしゃいました」
貴婦人が、椅子から立ち上がる。魔女たちがいっせいにどよめいた。
<編集長>が立礼して敬意を表す相手とは──。
ヴェールの貴婦人にならい、立ち上がった卓の魔女たちの視線が扉に向けられる。
コン、コン。
上品なノックが二回。
「お邪魔してもよろしいか?」
扉の外からのしわがれ声に、ヴェールの貴婦人は深くうなずいた。
「もちろんですとも、W夫人。
──先日、既婚者になられた貴女様には、この会に出席する資格がございます」
W。
その文字が意味するものを悟って、居並ぶ魔女たちが声もなく驚嘆する。
それは、最強の大魔道士の頭文字であった。
だとしたら、その妻は──。
「ありがとう。お邪魔するよ」
入ってきた女──地下4階の魔女に、一堂は息を飲んだ。
その美貌と、魔力に。
「──ようこそ、我らが会合へ。貴女様にご参加をいただけるとは、光栄の極みでございます。
 どうぞ、こちらへ」
ヴェールの貴婦人は深々と頭を下げた。
(──最強の魔女は、『月刊魔女之友』<編集長>よりも序列が上だったのか)
一同は、伝説的な存在である自分たちの盟主よりも、さらに上位者がいることに驚嘆した。
「いや、席は譲らずとも結構。ここでは私は新参者に過ぎぬし、
 また正直なところ、今回は、ゆっくりと会議に参加することもできないのでね」
議長席──最上位席を譲ろうとしたヴェールの貴婦人を制して、
地下4階の魔女は、虚空から取り出した椅子に腰掛けた。
「……そういうことでしたら──」
<編集長>が座りなおしたので、一同はほっと息をついた。
最強の魔女に及ばぬ事を自らが示したとは言え、
彼女たちは、<編集長>がどれだけ恐ろしい存在かを知っている。
実力者同士の二人が、初対面の場で争う事なく友好的に邂逅したことは、
とりあえず、喜ばしいことだった。──全宇宙にとって。
「時間がないとのことでしたが、こちらへは何用で?」
「教わりたいことがあってきた」
一同はまたどよめいた。
この魔女にわからないことがあるのか。
「……お戯れを。貴女様がご存じないことなどがございましょうや?」
「先ほども言ったが、私が新参者──初心者に過ぎぬ領域での問題でな」
「まあ、それでは、質問とは……」
「新妻の身としては、亭主に関する事象に対してはまだまだ不慣れだ。
 ここは<お隣の奥様方>に、お知恵を拝借ねがいたい」
「なるほど。──それならば、私たちも少々お手伝いできるかと思いますわ」
ヴェールの貴婦人以下、卓の魔女たちはいっせいに頷いた。

地下4階の魔女の質問はしかし、居並ぶほかの魔女たちの美貌を蒼白にするものだった。
「そのような──そのようなことが、できるのでしょうか」
「い、いえ、貴女様ならばできるのでしょうが、な、なさるのですか?」
「これほどまで<天秤>が揺れ動く事象が他にありましょうか?」
魔女は、格下の同属たちに優しくうなずいて答えた。
「──できる。──やる。──ないかもしれん」
かろうじて平静な声を出したのは、<編集長>ただ一人だった。
「……いえ、<天秤>について言えば、貴女様がW様のもとに嫁がれたことで
 すでに一度極限まで振り切っております。世界はまだ何一つ変わっておりませんが、
 それこそが最もおそるべき変化。ならば、今度の「それ」も──」
「……亭主の望みだ。本人はまだ無意識だが、妻が叶えんわけにもいくまい」
地下4階の魔女は言い切った。
<編集長>は沈黙した。
口を開くには気力の充填が必要だった。
長い時間がたち、ヴェールの貴婦人はやっとことばを口にすることができた。
「……それを成すには、貴女様のお力をもってしても、お一人では不可能でございます」
「然り。それは誰にとってもそういう物ではないかな?」
「はい。世界の始まりより、それは二人で成し遂げるものでございます。
 ……しかし、W様は、まだご自分の望みに気が付いておられぬご様子」
「その通り。──では、どうすれば亭主にそれを気が付かせられる?」
「難しいことです。ただ教えるだけでは、W様はきっと反発されましょう。
 世の殿方は、表立って妻にあれこれと指図されることをのぞみません」
「まさしく。私はまだまだ、そのあたりが未熟な妻だ」
「しかし「それ」に自ら気が付くまでのインスピレーションを生み出すのは
 並大抵のこのではございません……」
「それゆえ、貴女たちに教えを乞うているのだ」
「──」
<編集長>は再び沈黙した。
それでも、結婚生活の知恵にかけては地下4階の魔女すら上回るこの貴婦人は、
その答えにたどり着くことができたようであった。
「殿方のインスピレーションを、極限まで上げる方法がございます」
「なんと」
「世界の始まりより、あらゆる事象をつむぎ生み出す<書き手>たち。
 その心をはやらせる「もの」。あらゆるインスピレーションの源。
 それを捧げれば、あるいは── 」
「おお、それは──」
地下4階の魔女は雷に打たれたような表情で立ち上がった。
「ご成功をお祈りいたします」
「ありがとう。皆に、私の祝福を──」
<編集長>や<マダム・P>たちが深々と頭を下げる中、地下4階の魔女は去っていった。

閉じられた扉を見つめ、<マダム・P>が呟いた。
「……本当に、なされるつもりなのですね」
<編集長>が答える。
「ただでさえ、あれほどの存在を、あの方が──したら……」
「──おお……」
<マダム・P>は自分のからだを抱きしめた。
恐怖はない。──だが戦慄は恐ろしく深かった。
「……本日の懇談会は終了いたします。各自、気をつけて戻りますように」
<編集長>がかすれ声で言った。
卓の魔女たちは一斉に立ち上がった。
全員が、戦慄に震えていた。
──家に帰って、夫の腕に抱きしめられるまで、その震えは解けまい。



「……」
悪の大魔道士は無言のまま、どかどかと通路を進んでいた。
先ほど、妻に「無理やり」いかされたことが、なんとなく気まずい思いを生み出している。
実を言えば、あれはものすごく気持ちがよかった。
それに対する反撃も十分した──と思う。
つまり、その後で妻に声を掛けられないのは、なんとなく、に過ぎない。
──それが曲者だ。
恋人といわず、夫婦といわず、男女の関係において、
はっきりとした理由がないためらいほど厄介なことはない。
気が付いたときには、往々にして
すれ違いは異次元の裂け目よりも大きな亀裂になってしまっている。
「むむむ」
ワードナは斜め後ろの魔女に気付かれぬようにひそかにうなった。
(べ、別に、すれ違っていても、儂は一向にかまわんのだが──)
心の中で前置きをしておいて、悪の大魔道士ははたと考え込んだ。
どうすれば、魔女との間のこの微妙な空気を払拭することができるだろうか。
本来ならば向こうが頭を下げてくるべきなのだが、
──待てよ、それではまるで、儂が魔女にいいようにされたことを自ら認めるようなものではないか。
そんなことはない。儂はあやつに手玉にとられるようなことなどなかった。
──では、魔女が頭を下げてくる必要は、ない。
ううむ、しかし、それではこのもやもや感は抜けない。
──いっそ、先ほどのことに限らず、魔女になんでもいいからとにかく謝らせるか。
……あの女は、儂の命令はなんでも喜んで従うだろう。……離婚や浮気の許容以外ならば。
だからこそ、強制はできない。
となると、自発的な謝罪を期待するしかないのだが。
ワードナはちらりと斜め後ろを伺った。
魔女は上機嫌な様子で付いてきている。
夫の痴態をたっぷりと愛で、自分もさんざん嬲られた後の、満足感に満ち溢れた笑顔。
──ワードナはため息をついた。
(ええい、儂の心情を察しぬか、馬鹿者め)

──ワードナは心の中で地団太を踏んでいたが、
魔女はそんなことはとっくにお見通しだった。
夫の心を読めぬ妻がいるだろうか?
魔女は魔女で、仲直りの方法を模索していた。
夫の怒りを解く対処法はわかっている──こういうときは、貢物だ。
悪の大魔道士は、野心は天を突くほど高いが、物欲には乏しい。
しかし、どんな男も貰って嬉しいものはある。
幸いなことに魔女は最高級の「それ」を持っていた。
後は、渡すタイミングだ。
夫が知っている通り、魔女は、どんなことをしてでもワードナを喜ばす方向へ物事をすすめる。
だからこそ、夫が白々しく感じるようなやり方での貢物と謝罪はできなかった。
自然に、ごく自然に。
夫が露とも疑わないタイミングでの行動が必要だった。
魔女はにこやかな微笑を浮かべながら、それを待った。
幸い、もう一人の<自分>がその準備を整えてくれているようだった。
──さすがは、<私>。何よりも頼りになる助っ人だ。
そんなことを考えながら、通路の角を曲がった魔女の足が止まった。
ワードナの足も。
「むう?」
「まあ」
微妙な雰囲気の夫婦は、いつしか森の中に迷い込んでいた。



「──いいこと? 最初で最後のチャンスをあげるわ。
 うまくいったら、ご褒美に解放してあげる。でも、うまくいかなかったら──」
少女は言葉を切った。
その後に続くことばは、想像したくもない。
少女と同じくらいの年齢の娘は力いっぱいうなずいた。何度も何度も。
──もう二度とあの監獄に戻りたくなかった。
しくじれば、「あれ」よりももっとひどい地獄行きだ。
──それは想像もつかなかったが、この少女ならそれを作れることは間違いなかった。
それでも、チャンスが与えられるのならば、必死にそれにすがりたかった。
「……それにしてもひどい格好ね、あなた」
少女は、地べたにひざまずいている少女をつめたい目で見下ろして呟く。
敵対する同性には、情容赦のない女だった。
たしかに、見下ろされる側の少女は、身を覆うわずかな衣服さえもぼろぼろで異臭すらただよっている。
女王のように肩をそびやかせるもう一人の少女の美貌と驕慢さの前では、
その姿は最も卑しい仕事を命じられる下女か、さもなくば乞食のようでさえあった。
「も、申し訳ございません。私の力は、もう……」
地に伏せたほうの少女が身を震わせながら言い訳をした。
体の何箇所かにささる羽根が、ちくりと痛点を刺激して体をさらに痙攣させる。
「ふうん。それじゃ困るのだけど……」
見下ろしているほうの少女は、見習い修道女服の袖を翻した。
ぱちり。
指を一つならすだけで、地に伏せた少女がみすぼらしい姿から変化する。
清潔なブラウスと、シックなスカート。
どちらも豪奢さと上品さが絶妙なバランスを取っている一品。
まるで貴族か裕福な市民が溺愛する一人娘が、突然その場にあらわれたようだった。
「あ……」
その衣服よりも、身体中をさいなむ痛みと悪寒が消え、
代わりに自分の身を包む暖かな光に、地に伏せた少女が目を見張った。
「これは……っ!?」
「あなたの羽根、治しておいたわ。これで力も元通り。──もう一度私と戦ってみる?」
少女のことばに、もう一人の少女──ドリームペインターは、ぶるぶると首を振った。
「と、とんでもございませんっ!!」
「そう、いい子ね。──私の命令をちゃんと果たしてくれると、もっといい子なんだけど」
「か、必ず、必ず、果たして見せますっ! ですからお慈悲をっ……」
魔女の作った結界ごと異次元に飛ばされて汚辱にまみれた地獄を味わった女神は、
その靴先を舐めんばかりに平伏した。
修道女見習い服の少女は、地を這う虫けらを眺める視線でそれを見る。
「せっかくあげた服がまた汚れてしまうわ。さっさと役目を果たしなさい」
「はっ、はいっ!!」
ドリームペインターは飛び上がって、森の小道を駆け降りていった。
哀れな女神を仕事場に追い払った魔女は、声に出さずにゆっくりと数を数え始めながら
自分の服や小物類を丹念に点検し始めた。
三百数える間──五分後までに、愛しい少年をもっと篭絡する準備を整えなければならない。
それは、すでに完璧に整ってはいたが、
これについて魔女は、ほんのわずかな妥協も許さない女だった。



ワードナ少年は、皮袋に小川の水を汲む作業に没頭していた。
同行の少女が、足の痛みと喉の渇きを訴える前にそれを察したのは、我ながら上出来だと思う。
休憩と水汲みをこちらから提案した時の、少女の喜びようと感謝を思い出すと、
少年の頬がうっとりと緩んできてしまう。
「……あの子、すっごく可愛いもんね」
思わずそんな事を口走ってしまい、少年はあわてて自分の口を押さえる。
──大丈夫、森の中には誰もいない。
「あら、それって誰のことかしら? ひょっとして、私?」
横手から声をかけられて、ワードナは飛び上がらんばかりに驚いた。
振り向いた先にいたのは、修道女見習いの少女ではなかった。
──赤味がかった金髪の、天使のような美少女。
見たことのない──いや、どこかで見たことのある──ううん、誰だっけ?
ワードナは瞬間、混乱した。
「あら、私のこと、覚えていないの? ひどいな。いつもいっしょに遊んでいるじゃないの」
少女の言葉が耳に入るや否や、思い出した。
そうそう、顔見知りの女の子だ。たしか、どこかのお大尽の一人娘。
すごく美人で有名。
でも、なんでこんなところに……?
「ふふふ、いつかも、ここでいっしょに遊んだわよね。
 今日、来てみてよかったわ。……またあなたに会えたんですもの」
──そうだ。いつかも、この天使のような子と、小川のほとりで遊んだような気がする。
たしかあの時は……。
「……」
赤味がかった金髪の少女がはにかんだような笑顔をみせた。
ワードナの心臓が、どきりとする。
「えっとね、あの……」
少女がこれから、何か決定的なことばを言おうとしているのがわかり、ワードナはどぎまぎとした。
「その……」
なんとなく、次の言葉がわかっているような気がする。
でもなぜか、思い出せない。──少女が自分から言い出すまでは。
「まだ、私のパンツ、見たい? ……この前は、怒ってごめんね。
 色々考えたけど、あなたになら見せてもいいかな……って思ったの……」
ワードナは鼻血を噴き出した。
過去の記憶が完全に思い出される。
そうだ。自分は、小川のほとりでこの少女に野蛮なお願いをして、怒られたのだ。
だけど、今回は、少女のほうから……。
「──ふぅ…ん。見たいの? ワードナ?」
背後から声がした。
少年の背筋が凍りついた。
「足がちょっとはれてきちゃったんで、川のお水で冷やそうかな、って来たんだけど……。
 ワードナったら、隅におけないわねぇ。パンツ見せてくれる女の子がいるんだ?」
──メデューサとか、般若とか、デーモンクイーンとかは、とてもとても穏やかで心優しい女性だ。
今、ワードナの後ろに立っている少女に比べれば。
「……あなた、誰?」
金髪の美少女が、眉をひそめた。
──あきらかに自分より可愛い少女の登場を喜んでいない表情だ。
「今、この子とデートしてる子、よ」
修道女見習い服の少女は、笑顔で爆弾を放り投げた。
威力は、<オックおばさんの聖なる手榴弾>以上だ。
「……ふぅん。ワードナは、この子にパンツ見せてもらったのかしら?」
ブラウス姿の少女は、やはり笑顔で爆弾を投げ返した。
「そ、それはっ──!」
修道女見習いの少女は動揺した。
その瞬間に、ワードナの頭の中から野犬退治とその報酬のパンティの記憶が失われる。
──むろん、少年は気付かない。
先ほど太ももまでは見せてもらったことだけは覚えているから、ワードナはどきどきとした。
「その様子じゃ、まだのようね。──私なら、あなたが見たいだけ見せてあげるわよ、ワードナ」
赤味がかった金髪の少女は、自分の作れる最高の笑顔を浮かべて宣言した。
「──わ、私だって……み、見せてあげるからっ…!」
「えええええっ!?」
背後の少女の狼狽した声も、少年の心を刺激してやまない。
ブラウス姿の少女は柳眉を逆立て、ライバルのほうを向いてしまった少年に呼びかける。
「ふうん。──ほらっ、ワードナ、こっち見て!」
先制攻撃。
少女はスカートを自分の手で大胆にめくった。
振り向いた少年の目に、純白のレースのパンティが飛び込んできた。
「──!!」
ワードナ少年がさらに鼻血を噴き出す。
その様子に、修道女見習いの少女が瞬間的に決心を固めた。
「ワードナ、こ、こっち!」
慎み深い簡素な修道女服の裾がめくられ、こちらも純白のパンティが視界に飛び込む。
少年は盛大に鼻血を噴き上げてのけぞり、尻餅をついた。
「へえ。やるわね、あなた……」
こめかみをひくつかせながら、美少女は微笑を浮かべる。
「あなたも、ずいぶんと手段を選ばないのね」
唇の端をわななかせながら、もっと美人で可愛い少女が返答した。
「ふうん。じゃあ、こういうのは、どう?」
ブラウス姿の少女は、スカートの裾を下ろした。
ああ、残念、と少年は思──わなかった。
背後にダイヤモンドドレイクよりも凄まじい殺気がうずまいているのと、
赤味がかった金髪の少女の次の行動のせいだ。
少女は、下ろしたスカートの中で、下着を脱いでいるところだった。
「──はい。これ、あげる」
丸く折りたたんだレースの布切れを差し出しながら、少女がはにかんだ。
「……ワードナ?」
背後からの声に、少年は慌てて振り向く。
修道女見習いの少女も、スカートの中で下着を下ろしているところだった。
「はい。これ、あげるね」
こちらも小さく折りたたんだまぶしい純白の布を差し出しながら、少女が微笑む。
どちらも、少年に向ける最高の笑顔と、互いに向ける最凶の視線が対照的だ。
「──さあ……」
「──どっちを選ぶ?」
二人は、優しく質問した。
ワードナは追い詰められた。

「どっちの子のパンツがほしいの、ワードナ。……もちろん、私よね?」
「あら、私のほうよね、ワードナ?」
二人の少女は、にこやかに微笑みながらじりじりと近づいてきた。
「え……えーと」
「えーと?」
「そのう……」
「そのう?」
気がついたとき、少年と二人の少女で作る二等辺三角形は、
手を伸ばせば触れあうほどに縮まっていた。
「……こっち……」
ワードナは消え入りそうな声で、だがしっかりと指差して返答した。
デートの相手、修道女見習いの少女のほうを。
選ばれたほうの少女は、ぱっと顔を輝かせた。──世界を手に入れた女王のように。
「ふうん、へえ、そお……。……覚えてらっしゃいっ!」
ブラウス姿の少女は、思い切りプライドを傷つけられた声を上げ、ぱっと身を翻して駆け去った。
少年は、後を追わない。
もう一人の少女が擦り寄ってきて頬にキスをしたからだ。
「私を選んでくれて、ありがとう。信じてたけど、ドキドキしちゃった」
少女はさりげなく、ライバルが逃走した小道の方角を自分の体でふさいで、少年の視線を独占する。
「えへへ。約束どおり、これ、あげる──」
少女はさっとワードナのポケットに白い布きれを押し込んだ。
「〜〜〜!!」
少年の頭の中から、ブラウス姿の少女のことが完全に消え去った。
脳裏に浮かぶのは、ポケットの中の宝物のことと、
目の前の少女が修道女見習いの服の下に何もつけていないという事実だけ。
「……い、行こうか」
ワードナの腕に自分の腕をからませながら、少女が恥ずかしそうに言った。
こくこくとうなずきながら、ワードナは、この体験のせいで
今日はこの先ドキドキのしっぱなしだということを自覚した。
良いことだ。
何しろ、今日はデートの日なのだから。
幼い恋人たちは、もう一人の少女が去ったのとは別の小道を選んで歩き始めた。

「──!!」
勝負に敗れて小道を駆け去っていく少女は、突然立ち止まった。
小道が開けた場所にたたずむ美しい人影を見て。
「……あ…あ…」
視線の先の美女の正体は分かっていた。
先ほど、自分に命令を与えた少女と同一人物。
──自分はうまく役目をこなしたのだろうか。
失敗していたら、どんな地獄が待ち受けているのだろうか。
魔女の隣に立つ白い髭の男──彼女の現身を殺した大魔道士だ──にも気付かず
ドリームペインターの涙でかすんだ瞳は、一片の慈悲ももたない女に吸い寄せられた。
「──残念だったわね」
魔女が口を開いた。
死刑宣告。
自分は役割に失敗し、魔女の不興を買ってしまった。
更なる地獄、それももう二度とチャンスも与えられない永劫の地獄が女神を待っていた。
がくがくと震える足の下で、大地が腐り、解け落ちていく。
「……あの子の運命の人は、あの娘さんだったみたいね。
──残念だったけど、あなたは他の男の子をお探しなさいな」
「……え?」
世界は腐れ落ちず、女神の足元に地獄の口は開いていなかった。
魔女は一歩脇にずれて、小道を譲った。
「大丈夫、あなたもなかなか可愛いから、きっと別の男の子が夢中になってくれるわよ」
魔女はにっこりと笑って、ドリームペインターにこの場を去るように促した。
女神は、泣き笑いの表情を浮かべて、ぱっと駆け出した。
──それはきっと、失恋した少女が、年上の優しい同性に慰撫されたときのような表情に見えたことだろう。



「むむ、むむむ」
悪の大魔道士はうめいた。
なんだか分からないが、少年少女の痴話喧嘩をのぞく羽目になった。
男の子にはやたらと親近感がわいたし、修道女見習いの少女にはやたら危険なものを感じたが、
──なかなか面白い見世物だった。
勝負に敗れた赤味がかった金髪の少女も、どこかで見覚えがあったような気がするが、まあ些細なことだ。
それよりも興味深いことがある。
「今のを見たか?」
傍らの妻に問いかける。
「はい」
「……儂にも、お前のをよこせ」
ワードナは尊大極まりない物言いで手を突き出した。
──恋人が相手の気を引くためにパンティを差し出すというのなら、
夫が妻に同じようにショーツを要求してもいいだろう。
傲慢に、きわめて傲慢に。──妻への気まずさや気おされを払拭するくらいの勢いで。
「え……、あ、あの……」
魔女は赤くなってうろたえた。
「──よこせ」
「……はい」
魔女は法衣の下で下着を脱ぎ始めた。──少女と同じしぐさで。
「……」
従順に差し出された白い布きれ。
魔女が準備した、仲直りのための最高の貢物。

──手にした時、悪の大魔道士の脳裏に、何かの霊感が宿った。

だが、今はまだそれに気がつかないでいる老魔術師は、それを少年より手荒く扱った。
差し出した女の目の前で、ショーツを乱暴に広げる。
「あ……」
魔女が頬を染めた。それがどんな状態なのか、自分で知っていたからだ。
「なんじゃ、これは?」
悪の大魔道士は、にやにや笑いながら妻からの貢物を眺めた。
魔女の下着の中心──女の部分が当たるところは、蜜液で濡れていた。
「あ、あの、そ、それは……その…」
魔女は真っ赤になった。
「むう。──下着にこんなに牝のにおいをまきちらして、恥ずかしいと思わぬのか」
悪の大魔道士は、魔女のショーツをわざとらしく自分の顔に近づけた。
嗅がれている──自分の性器の匂いを。
「ああ……」
魔女はもじもじと腰を動かした。
法衣の下で、下着をつけていない女の部分が、さらに昂ぶってくる。
太ももを伝う蜜液の感触に、魔女はぶるぶると震えた。
その反応を、すっかり余裕を取り戻した夫がさらに嬲りたてる。
「──年端もいかぬ子供の痴話喧嘩に、反応していたのか?
 いやらしい女だ。──たっぷりと罰を与えてやらねばなるまいな」
「そ、そんな、それはわが殿が……ああっ!」
いきなり胸乳を揉みしだいたワードナに、魔女は激しく反応した。
先ほどの屈辱への復讐のチャンスをうかがっていた夫は、
ここぞとばかり妻の肉体を責め始め、
自分を捧げる機会をうかがっていた妻は喜んで夫を迎え入れた。
「ひぃぃっ! ……あふっ!」
魔女は、ぐらつく膝を支えるのに必死だった。
スカートの中にもぐりこんだ夫は、暗闇の中で、ごそごそと何かを探っていたが、
やがて、魔女の最も敏感な部分を見つけ出してかぶりついた。
大胆な舌が、女性器をほじくり返す。
立ったままで魔女は何度も絶頂を迎えていた。
「むう。これでは埒があかんな」
ワードナの舌は、魔女の中から抜かれるたびに、たっぷりと蜜液をすくい出していたが、
魔女の泉はいっこうに枯れる気配もなく、さらに分泌を続けている。
「むむ、いっそふさいでやるか」
スカートの中から這い出してきた夫が、天を突かんばかりにいきり立った男根を露出するさまを、
その妻は呆然と眺めていたが、ワードナが自分のスカートを乱暴に捲り上げると、前にも増して敏感に反応した。
「ほれ、どうじゃ」
潤んだ肉を、剛直が抗いを許さぬ強引さで割って入る。
「──!!」
夫の手荒い愛撫に、妻は声もなく反応した。
にやりと笑ったワードナは前後運動を開始した。
「ああっ……」
魔女は夫にしがみついた。
その唇を吸いながら、悪の大魔道士の責めははげしさを増す。
「わ、わが殿っ、も、もう──」
「なんじゃ、もういくのか。そんなに良いか?」
「はいっ、は…いぃーっ。も、もう……わ、わが殿もご一緒に……。
 精を、わが殿の精液をっ…くださいませっ……」
「くくく、それでは罰にならんな」
「そ、そんなっ……」
身体全体を使っての懇願を拒否され、魔女が狼狽する。
「案ずるな、精は後でたっぷりとくれてやる。だが、──先にいけ」
ワードナは強く腰をたたきつけた。
「ひっ──!!」
魔女が気をやる。
がくがくと崩れ落ちた妻をそっと座らせたワードナは、
今度は自分の獣欲を解消しにかかった。
先ほどから握り締めていた魔女のショーツを開き、自分の男根にあてがう。
「あ……」
夫が何を求めているか悟った魔女が、頬を真っ赤に染める。
「おお、これは、なかなか──」
剛直に下着を巻きつけ、自分の手でしごき上げる悪の大魔道士はうめいた。
妻の下着の感触はもちろん、その妻が恥辱に堪えながら見ている目の前での行為は、
ワードナの嗜虐心を刺激するものがあった。
「ちゃんと見ているか? ──もうすぐ、お前の下着を犯すぞ」
「は、はい。み、見ております」
「──おおっ」
悪の大魔道士は、宣言したとおりの陵辱を行なった。
妻の胎内に射精することなかった精液が、魔女の下着にぶちまけられる。
たっぷりと濃いゼリー状の粘液は、ショーツの中央、魔女の女性器があたる部分を汚しぬいていた。
「ああ……」
自分の下着が犯され尽くすのを見て、魔女がため息をつく。
その吐息には、自分の中に出してもらえなかったことを非難する色がわずかに混じっていた。
「──くくく。そう睨みつけるな。これは罰だ」
「……はい」
目を伏せた魔女に、ショーツが突きつけられた。
愛しい夫の精液をたっぷりと吸った布切れ。
「罰はまだ終わってないぞ。──今度はこれを穿け」
ワードナは邪悪に笑った。
「あ……」
魔女は今度こそ、夫の意図を悟って、さらに頬を紅潮させた。



「んっ──んくっ!」
夫に犯された下着を再び着用するのは、魔女にとって甘い拷問だった。
性器のあたる部分に、夫の精液がたっぷりと擦り付けられている。
歩くたびに、その生ぬるい──否、魔女にとってはマグマよりも熱い汚液が
どんな媚薬よりも強力に魔女の粘膜を刺激していく。
「どうした、足元がふらついておるぞ?」
ワードナは満足しきった表情で、妻の痴態を眺めていた。
「くふっ……。わが殿……、お慈悲を……」
潤んだ瞳で魔女は夫を見上げた。
こんな責めを用意していたとは──魔女でさえ予想がつかなかったことだ。
夫の直感や感性、あるいは霊感は、以前に比べて格段に上がっていた。

──パンティ。
<あらゆるインスピレーションの源>を魔女が捧げたゆえに。

それは、地下4階の魔女が求めるものを成し遂げるのに、必要な力だった。
「くくく、しばらくそうしておれ。たっぷり苛め抜いた後で抱いてやるわ。──ほれ」
ワードナは魔女の腕を取った。
先ほどの少年と少女がそうしたように腕を絡ませる。
妻の体重の何割かを引き受けながら、ワードナは歩き始めた。
新たな刺激と歓喜に、魔女が身を振るわせながら寄り添う。
ワードナはまだ気がついていないが、「それ」を成し遂げるための力は急速に整い始めている。
魔女は、自分の<計画>が軌道に乗ったことを悟って微笑し、
うっとりと頬を染めながら夫に引きずられるようにして通路を渡っていった。

どこかで問いが為され、どこかで答える声がした。

──我は布でできたるものにして秘密を守る最後の守護者。
──我は全てのインスピレーションの源。我とは何?

 「──パンティ!(Panty!)」

新たな通路が現れた。