<あるエルフ姉妹の冒険 外伝U〜淫魔の迷宮>
「うわーん、プリンくんのばかぁぁぁぁ」
酒場からエルフの少女が飛び出し、泣きながら路地を駆けて行く。
後を追って少年が酒場から出てきたが、少女はすでに路地の向こうへと消えていた。
「まいったなぁ…どうしよう」
半ベソをかく金髪の少年。
少年の名はプリン。冒険を始めてまもない新米戦士。
走り去った少女の名はエミール。幼さを残す少女でありながら、ビショップを極めた一流の冒険者。
2人はふとしたことからパーティを組んでいた。
もっとも、二人の肩書きを見れば一目瞭然、プリンはエミールに助けられてばかりなのだが。
話は1分前にさかのぼる。
ほんの1分前、エミールはプリンの前で美しいローブを身にまとい、天使のような笑顔をふりまいていた。
そう、
「見て見て!このローブ、遠くの国で発掘されたローブなの!どう?かわいいでしょ!!」
という彼女の問いかけに対して、プリンが
「でもそのローブ、名前は『ちんこローブ』なんだね…ぷぷっ」
という一言を返すまでは。
一瞬の硬直の後、エミールは泣きながら走り去ってしまい――プリンは一人途方に暮れていた。
「…まいったなぁ…てっきり笑わせようとして、
あんな名前のローブを持ってきたのかとおもってたのに…」
何の知識もなしに冒険を始めて途方にくれていたプリンがエミールと出会って以来、
2人は毎日のように食事や迷宮探索をしていた。
無論新米のプリンにあわせて探索は浅い階層のみだったし、それはエミールにとってはピクニックにもならなかっただろう。
しかし、それでも嫌な顔一つせずについてきてくれたエミール。
仲間であり、友人であり、憧れの対象でもあったエミールを泣かせてしまったことは、
プリンを大いに落ち込ませていた。
頭をかきながら、エミールの泊まっている宿屋に向かう。
どんな顔をして、彼女に会えばいいのだろう。
宿屋の前でうろうろしながら考えてみても、冒険者としての経験はおろか
人生経験も恋愛経験もろくに無いプリンに答えを出すことは出来なかった。
迷宮下層。
瘴気が渦巻く通路をエルフの少女――エミールが、一人とぼとぼ歩いていた。
着の身着のままで出てきたためか、少女趣味の普段着に魔法の杖といういでたちが、迷宮ではひどく浮いて見える。
「…プリン君の馬鹿……」
行く当ても無く開いたドアの先に悪臭を感じて、エミールは顔を上げた。
臭いの元…玄室の中にたむろしていた盗賊たちが武器を構え、エミールが一人なのを見てニヤニヤと笑い出す。
「おじょうちゃん、仲間とはぐれちまったのかなあ」
「そとは魔物だらけだよ、こっちにおいで」
宝箱に座った一人がひひひ、と下卑た笑いを上げると、他の盗賊たちがゲラゲラと笑い出す。
いやらしい顔をしながらじりじりとにじり寄ってくる盗賊を無表情に見つめながら、エミールが小さく口を開き…
…部屋は核撃の炎に包まれた。
「プリン君の馬鹿…プリン君の馬鹿…」
ぶつぶつとつぶやきながらエミールが部屋を出て、べつの玄室へ入り――すぐに出てくる。
行く先々で遭遇する全ての命を燃やしつくし、少女が迷宮をさまよう。
彼女がなぜそんな行動に出ているのか、哀れな盗賊たちは知る由もなかったし
もし知ったとしても、己の命の軽さに嘆くことしか出来ないだろう。
ただ、迷宮に死を振りまきつつ進んでいく少女を遠くから見つめながら
ほくそ笑む無数の影があることに、エミールは気づいていなかった。
「………かえろうかな………」
一回り玄室を焼き尽くすと、エミールはため息をついた。
恥ずかしさと怒りを核撃に込めて出しつくし、冷静になった頭でゆっくりと考える。
(――きっとプリン君は謝りに来てくれる。
私が恥をかいたのと同じかそれ以上に、プリン君は自分を責めて苦しんでいるかもしれない。いいえ、きっとそう。
あんな馬鹿なことをした後で顔を合わせるのはこの上なく苦痛だけど、
プリン君が苦しんでいたら、もっといやだもの。)
一人で怒って一人で悩み、一人で納得したエミールが
帰ろうと足を踏み出したとき、迷宮の闇がゆらり、と揺れた。
「あの子だわ」 「あの娘ね」 「あの子よ」 「あの娘ね」
鈴がなるような小さな声が、エミールの周りから響いてくる。
「だ…だれ?」
周囲を見渡すが、声は迷宮の闇から響いては消え、消えたかと思うとまるで違う方向から響いてくる。
エミールは両手で杖をぎゅっ、とにぎりしめた。
「知っているの」 「見ていたわ」 「核撃は撃ち尽してしまった」 「見ていたわ」
声の指摘で、自分の魔力が尽きかけていることに初めて気付く。
エミールの首筋を、汗がひとすじ、たらりと流れ落ちた。
「ここよ」「こっちよ」「そっちじゃないわ」「こっちよ」
(落ち着いて…一人でも大丈夫…落ち着いて…)
走り出したくなる恐怖を堪えて、魔法の明かりをともす。
―――ぼんやりと照らされた迷宮で、エミールは自分が淫魔サッキュバスに囲まれていることに気付き―――攻撃魔法を唱え始めた。
轟音とともに炎の風が、氷の嵐が迷宮に吹き荒れる。
一度魔法を詠唱するごとに数匹のサッキュバスが傷つくが、倒れる前にすぐに後ろに下がり
入れ替わりに別のサッキュバスが飛びかかってくる。
核撃であれば一撃で全てを焼き尽くせるのに、歯噛みしつつ、エミールは呪文を唱え続けた。
「むだよ」「かわいそう」「沢山いるわよ」「かわいそう」
サッキュバスたちはケラケラと笑いながら、迷宮に裸身を躍らせる。
彼女たちは攻撃こそしてこないが、一撃、また一撃と魔法を放つたびにエミールは自分が疲弊していくのを感じていた。
(まずいわ…なんとか階段まで逃げないと)
しかし、エミールを取り囲むサッキュバスの輪は、徐々にせばまってくる。
エミールの息は荒くなり、心臓は早鐘のようになり続けていた。
「もうだめよ」「かわいそう」「もうだめね」「かわいそう」
「く、ぅぅ…」
上位魔法の魔力が尽き、小さな炎を放つだけになったエミールの精神を声が追い詰めていく。
絶望的な状況は、エミールから平静を完全に奪い去った。
「うぅ…わあああーーっ!!」
涙をながしながら投げつけた小さな火球が、サッキュバスの白い乳房にあたり、ぱちんとはじけて消えた。
「あらあら」「泣いているわ」「でもだめよ」「――ようこそ、私たちの迷宮へ」
目をかたく閉じて滅茶苦茶に炎をはなつエミールの背後から何本もの白い腕が伸びる。
「い、いやっ、やだ、嫌だあぁぁぁぁぁっ!!あーーーっ!!!」
――哀れなエルフの少女が、瞳に絶望をたたえながら迷宮の闇に引きずり込まれ――
後には、鈍い輝きを放つ杖だけが残された。
(――なんか、ふわふわする…)
エミールは、浮遊感につつまれていた。
ぬるりとしていて、しかしどこか心地の良い、奇妙な感覚。
(私死んじゃったのかな…ひぃっ!!)
胸に走る鋭い痛み。
エミールは瞳を開き、自分が裸で淫魔にのしかかられている事に気付いた。
「…な…いやっ、放してっ…!」
もがこうとするエミールの四肢を、沢山の腕が押さえつける。
のしかかったサッキュバスの顔が、ピクリとも動けないエミールの胸に近づき、
まだほとんど膨らんでいないエミールの乳房の先にとがる、薄いピンクの乳首をきつく噛み締めた。
「いたい!いたいぃっ!!」」
エミールが苦しむのを満足げに見つめながら、サッキュバスはさらに力を込める。
別のサッキュバスがもう片方の乳房にくらいつき、白い肌に牙を立てた。
「ひいぃっ!い、ああぁぁ!!やめて!やめてえぇぇ!」
しびれるような激痛に涙がこぼれたが、サッキュバスたちは楽しそうに笑い続けている。
「やめないわ」「そうよ」「あなたもやめなかったもの」「そうよ」
周囲の闇から響いてくる声に、エミールは自分が過去の行いの報いをうけているのだと悟った。
しかし、それがわかったからといって状況はまったく好転していない。
いいや、それどころか――自分がサッキュバスたちにした行為を思い出し、エミールは震えあがった。
「安心なさい」「気持ちいいわよ」「大丈夫よ」「気持ちよくなるわ」
サッキュバスたちの声がエミールの恐怖心を煽る。――しかし。
「…あ、うそ…いや…!」
サッキュバスに噛まれた傷口が熱く疼きはじめ、エミールの恐怖心は混乱へと変化していった。
「こ、こんな…っ」
「それが快楽よ」「とてもすてき」「もっと気持ちよくなるわ」「とてもすてき」
サッキュバスの牙が身体から離れ、入れ替わりに無数の手がエミールの身体に伸び…なでさするような優しい愛撫を始めた。
まだほとんど膨らんでいない乳房を、ツンと尖った乳首を、ちいさなへその周りを、まだ硬さの残る尻を…
――そして、まだ大人になっていない線のような割れ目を、冷たい手が容赦なく撫で回す。
「ひぃぃっ!ぅぅぅっ!!」
必死に快楽を抑えこもうとするエミール。
しかし、その行為は無駄どころか、状況をより悪化させてしまうことになる。
「まだ足りないのかしら」「もっとよ」「気持ちよくしてあげる」「もっとね」
ちっぽけな抵抗を続ける彼女の身体に、さらに無数のサッキュバスが飛びつき…首から下の身体全てに歯型をつけていく。
「……!……!……!!!」
一箇所噛まれるごとに、エミールの身体がびくん、びくんと跳ねる。
もはや痛みは無かった。噛まれるたびに感じるのは脳が痺れるような快感。
しかもその快感は、一つ噛み跡がつくたびにどんどん大きなものになっていく。
もはや声も出せないエミールの内股に牙が触れ―――最大の快感が彼女を襲った瞬間、
―――ぷしゃっ
エミールは股間から煌く液体を噴出し、ぐったりと倒れこんだ。
「これからよ」「もっとすごいのよ」「今の快楽が」「ずっと続くのよ」
サッキュバスたちが満足げに微笑み、エミールの身体をまさぐり続ける。
胸をもみしだくもの、口に指を入れて舌を愛撫するもの、尻をなでさするもの、手足の指先を嘗め回すもの…
人知を超えた絶頂を迎えてなお続く快楽の濁流に、エミールの身体はびくん、びくんと痙攣することでのみ答えていた。
…どれくらいの時間がたったのだろう、エミールを囲むサッキュバスが離れると
よだれ、涙、愛液…様々な液で全身をどろどろにしたエミールが現れた。
虚ろな瞳は虚空を力なく見つめ、ぐったりとした身体は小さく震えている。
「さあ、そろそろよ」「いよいよね」「大人になりましょう」「この杖でね」
サッキュバスが、男のペニスを模した杖を取り出し、ぺろり、となめる。
(ああ、私が置いて言った杖だ)
うれしそうに微笑みながら近づいてくるサッキュバスを呆然と瞳にうつし、エミールはぼんやりと考えた。
(装備、もってくればよかったな…そういえば、こうなったのも装備のせいだっけ)
いまさら後の祭りだが、宿屋においてきた装備のことを思い出す。
呪文をはじくローブ、状態異常を防ぐお守り、魔法のかかった指輪―――指輪!
「――指輪よ!」
最後の力をふりしぼり、エミールが叫ぶ。
右手にはめられた『転移の指輪』が光を放ち、エミールの身体が消える。
「…残念だわ」「探しましょう」「…ちょっとまって」「………うふふふ」
残されたサッキュバスたちは悔しげに飛び回っていたが、やがて不気味な笑いと共に迷宮の闇に溶け込んでいった。
「はあ、はあ、はあ………」
エミールは疼く身体を引きずるようにして、迷宮をさまよっていた。
幸運なことに石の中に飛ばされること無く見覚えのある場所に出はしたものの、
細い太股は股間から流れ出る液体でテラテラと濡れ、
数メートルごとに迎える絶頂により、迷宮の床には転々とシミが残っていた。
(階段は先回りされているかもしれない…安全な部屋に入って、おねえちゃんがくるのを待ったほうがいいわ)
何度も探索したフロアであることを感謝しつつ、なにもない玄室に急ぐ。
魔物がひしめく迷宮で、なぜか魔物も盗賊たちも見たことのない玄室。
避難するなら、ここしかない。
―ぷちゃっ
扉を硬く閉めてどさりと倒れるのと同時に、絶頂を迎えた股間から音が響き、エミールは赤面した。
(ううっ…はずかしい……)
サッキュバスの魔力にあてられた身体は、まだ疼き続けている。
ひんやりとした石の床を感じつつ、エミールはもじもじと内股をこすり合わせた。
「…んっ…ううっ……あっ…」
ゆっくりと右手が股間に伸び…
「 わらわの部屋で何をしておる 」
突如闇から響いてきた声に、エミールは心臓が鼻から飛び出るかと思うほど衝撃を受けて顔を上げる。
その先に見えた影がはっきりしてくるにつれて、エミールはこの部屋に魔物が近づかなかった理由と、
おろかな選択をしてしまったということ、そして自分がもう終わりだということを理解した。
――サッキュバスクイーン、淫魔の女王が、エミールを見下ろしていた――
その頃、プリンはまだ宿屋の前を右往左往していた。
道行く人たちが、怪訝な目をして見つめるのもかまわずにうろうろと歩き回る。
「…うーん、うーん…」
どう謝れば許してもらえるのだろう。いくら考えても答えは出ない。
大切な友達と仲直りする、しかもそれが憧れの異性とくれば、
プリンにとって仲直りの方法の選択は
『宝のつまった箱を前に「歴戦の盗賊の調査」と「王宮直属の司祭が唱えた罠感知魔法の結果」が異なっていた時』
よりも厳しい選択だ。
知恵熱で倒れるのではないかというくらいにプリンの脳が空回りフル回転しはじめたそのとき、上から声がした。
「ちょっとプリンくん、あんたなにやってんのー?あがってらっしゃいなー。」
見上げると、エミールの姉であるシグルーンが、窓から軽く手を振っている。
―――もう覚悟をきめるしかない。真正面から謝ろう!!
プリンは、グッとこぶしをにぎりしめ、足を踏み出した。。
「…なるほどね、そんなことがあったんだ…」
事情を説明されたシグルーンはにこり、と微笑んだ。
この微笑にだまされてとんでもない目にあったのを思い出し、プリンが身震いする。
「エミールなら奥にいると思うわ。
いま呼んで来るから、ぱっぱとあやまって手の甲にキスの一つもしてあげるといいんじゃない?」
クスクスと笑いながら、シグルーンが寝室へ向かう。
(笑い事じゃないのに…)
口を尖らせながらも、すこし緊張がほぐれたことを感謝する。
(あとは真正面から非礼をわびて、許してもらおう。ボクにできることはそれしかない。)
プリンが覚悟を決めたとき、シグルーンが神妙な顔で寝室からもどってきた。
「書置きがあったわ…迷宮にいってくるって…でもあの子の装備はほとんどこっちの部屋にあるから…」
「そ、それって…大丈夫、なんでしょうか」
プリンの問いかけに、シグルーンの表情がさらに険しくなる。
「装備がそろっていれば一人でも平気だとおもうけど…
着の身着のままで出て行ったみたいなのよ…早く探しにいかないと、まずいかもね…」
ガタッ。
椅子を倒してプリンが立ちあがる。自分の不用意な一言が招いた事態に白い肌は蒼白になり、唇は震えていた。
「す、すぐ迎えにいかなくちゃ!」
「やめなさい!あの子が危険になるエリアにたどり着く前にキミが死ぬわよ。
探索する以上人手は欲しいけれど、新米のキミに出来ることは無いわ。」
駆け出そうとするプリンに冷たい一言を浴びせ、シグルーンがクローゼットを開く。
その顔はすでに冷静で気さくで助平な姉ではなく、妹を心配する冒険者の顔になっていた。
「…ボクのせいなんです…どうしてもいかないと…」
涙をぽろぽろこぼしながらうつむいているプリン。
哀れな少年を一瞥することすらせずに装備を取り出していたシグルーンが、何かを見つけて突然声を上げた。
「プリン君!…キミ、本当に命がけでエミールを助けたいなら…こっちへきなさい。ただし、本当に命…」
シグルーンが最後まで言い終わる前に、プリンは部屋に飛びこんでいた。
「ああっ、あ、ああ、うあああ!!」
迷宮にエミールの悲鳴が響く。
淫魔の女王が支配する玄室は、エミール…女王…そして眷属であるサッキュバスたちが絡み合い、
むせ返るような女の匂いで溢れかえっている。
胸と胸をこすり合わせるもの、互いの股間をまさぐりあうもの、若く未熟な同属を喘がせて興奮するもの…
サッキュバスの淫肉と淫肉がこすれあう部屋の中心で
エミールは股間に顔をうずめた女王の舌に愛撫され、その快楽に神経を焼かれていた。
「妾の舌は心地よかろう…眷属どもの愛撫とちごうて、おぬしがいくら昇りつめても失神などさせぬゆえ、
おもうさま悶えるがよい…」
――ぬるり。
蛇のように長い舌が、エミールの割れ目を上下になぞり、後ろの小さなつぼみをほじる。
上から下へ、下から上へと舌が動くたび、エミールは自我がごりごりと音をたてて削り落とされていくのを感じていた。
「ううあっ、ひいぃ、いぃぃぐうぅうっ!!」
何度目かわからない絶頂―――だが、気が狂いそうな快楽が続けざまにエミールを襲う。
「どうじゃ、脳が焼ききれるような快楽じゃろう。
おぬしの身体はもう悦楽を求めておる。
あとは…心が求めれば、お前は妾の眷属に生まれ変われるのじゃ」
「い、いや…そんなの…ぃひぃぃぃっ!!」
――びちゃっ、びちゃっ、びちゃっ――
エミールが拒否の言葉を発する前に、女王の舌が速度を増した。
細く美しい黄泉の彫刻のような手が、エミールの乳首をやさしく撫で回す。
「どうした。この快楽じゃ。この快楽が永遠におぬしのモノになるのじゃ…
生まれ変わったら、迷宮の魔物や盗賊どもの伽をして、この小さな穴をほぐされるのじゃ…
さ、はよう妾を受け入れよ。淫魔として生まれ変わるのじゃ…」
女王の爪が、エミールの乳首にちくり、と突き刺さる。
「いや…いや…いやだぁ…」
人知を超えた快楽にむせび泣き、悲鳴を上げながらも受け入れようとしないエミール。
しびれをきらした女王が、エミールの股間から顔を放した。
「…もうよい。ならばおぬしは…妾のための『穴』となるがよい」
――ずるっ。
言うと同時に、女王の股間から大人の腕ほどもあろうかという巨大な一物が姿を現した。
「…い…いやあぁぁーっ!!」
自分がこれからどうなるかを悟り、悲鳴を上げるエミール。
「もう遅い…おぬしが壊れるまで嬲りつくしてくれる。迷宮の娼婦と…なるがよい!」
涙をぼろぼろ流しながら、エミールが足をばたつかせる。
「そうじゃ、その顔じゃ…愛いのう、愛いのう…」
にやりと笑った女王の一物がエミールの割れ目にあてがわれると、
哀れな少女の入り口が恐怖にきゅっ、と締まり、無駄な抵抗を試みた。
「ふふふ…おぬしのような可愛い眷属が欲しかったぞ…じゃが………ここまでじゃ」
――ドガンッ!!
突如扉がコナゴナに砕け散り、一つの影――プリンが室内に躍り出た。
「すみませんがちょっとまってもらいます!」
透き通った声で、しかしあまり格好良くない台詞が響く。
最高の瞬間を邪魔された女王は、不機嫌そうにプリンを一瞥した。
「――無粋な童が迷い込んだようじゃな――」
「その人を、返してください。――できれば、誰も殺したくないんです」
歴戦の気迫を感じさせるどころか、新米戦士の匂いをさせているプリンの言葉に答えるように、
四方からクスクスとサッキュバスの笑いが響いた。
「ほほう、ぼうやがこの娘の男かえ?もうしばらく待てば、この娘の穴をほぐしてやったものを…」
魂を凍てつかせるような女王の挑発。
――だがプリンは微動だにしない。
そのまっすぐな瞳にサッキュバスクイーンは眉をひそめ、
いまにも貫こうとしていたエミールをどさりと投げ捨ててプリンに向き直った。
一瞬エミールに目をやり、瞳に怒りをたたえて女王をにらみつけるプリン。
初心な少年戦士をまじまじと見つめ、女王は微笑んだ。
「……ずいぶんと良い物を装備しておるようじゃな」
「ほとんど借り物だけどね。ボクみたいな弱虫でも、これなら戦えるってさ」
ニヤリ、と不敵…というよりも可愛らしい微笑みでプリンが答える。
「なるほど、聖剣エクスカリバーにゴールドティアラ、銀の小手に銀の靴、そのアンクレットは奇跡のアンクかえ?
しかし、そのみすぼらしい革鎧は美しくないのぉ」
くくく、と口に手を当てて女王は含み笑う。
確かに歴戦の冒険者として恥じない装備に混じって、鎧だけはアンバランスな革鎧だった。
だが、それでもプリンの笑みは崩れない。鎧を恥じる理由がないからだ。
「他にいくらでも鎧はあったさ…
でも、これはトランプル領にあるボクの家に代々伝わる、世界に一つの鎧。
即死・ドレイン・麻痺・石化を防ぎ、被ダメージ半減の『ドラゴンの革鎧』
いや、いまは…『ちんこアーマー』だっ!!」
プリンの叫びが迷宮にこだまする。
プリンはエミールのローブを笑った己を恥じ、鎧の名を付け替えたのだ。
「……ちん……っ…ぼうや…ふざけるでないっ!」
一瞬呆気に取られた女王の手が鋭く空を裂き、どす黒い空気の刃がプリンの胴に叩きつけられる。
――しかし、舞い上がった土煙の向こうから無傷のプリンが現れると、女王の顔から余裕の笑みが消えた。
憎らしげに歯噛みしながら女王が臨戦態勢に入るのを見届けて、
プリンはゆっくりと深呼吸をして――エクスカリバーを構えた。
「…プリン君、素敵…!!」
倒れていたはずのエミールがいつのまにか上半身を起こし、裸のまま瞳をキラキラさせてプリンを見つめていた。
「もうよいわ…恋人の目の前で、惨めにのたうち回らせてくれよう…みなの者は手を出すでないぞ!」
女王が跳躍し、戦いが始まる。
――力の差は、歴然。
攻撃の手数も、正確さも、圧倒的に女王が押している。
とはいえ、歴戦の防具は女王の爪や牙・魔法にいたるまで全ての攻撃をことごとく弾き、プリンに致命傷を負わせることは無い。
逆にエクスカリバーは、本来ならば傷一つ与えられないであろうプリンの未熟な剣技を補って
女王に小さいながらもいくつかの傷を与えていた。
――しかし、それでもなお女王の余裕は変わらない。
「ほほほ…装備に頼りきっておるのぅ。じゃがどれだけのハンデがあってもお前は妾には勝てぬ」
余裕の正体は、体力の差。
どちらも大差なく軽症を受け続けている。
だが、新米戦士のプリンと淫魔の女王では基本となる体力の差が大きすぎるのだ。
2人が同じだけのダメージを受け続ければ、
女王が1度倒れるまでにプリンは5回は倒れることになるだろう。
――そう、新米戦士に勝ち目は無い。
徐々に押され始めるプリン。
体力を消耗し、動きが鈍っていくのが傍目にも見て取れる。
しかし、それでもなおプリンの笑みは真っ直ぐに女王を見据えていた。
「可愛い目をしておる…よくやったが…ここまでじゃ!」
女王がとどめの一撃をプリンに浴びせようと力を溜めた瞬間。
プリンが小さな試験管のようなものを取り出し、中身を飲み干した。
プリンの体に活力がみなぎり、戦い始めの頃の動きが戻る。
とどめの一撃を撃ち損ねた女王は間合いをとり、憎らしげに、しかしまだ余裕を持ってつぶやいた。
「…小僧、霊薬をもっておったのか…じゃが」
女王が小さな声で何かをつぶやくと、身体の傷がみるみるうちに癒えていく。
「妾も回復魔法をたしなんでおる。
――わかるか?
せいぜい数個しか持てぬちゃちな薬がきれてから、ゆっくりと嬲りつくしてくれようぞ…」
女王がふたたび、跳躍した。
――どれだけの時間がたったのだろう。。
プリンも女王も、相手に与えられるのは軽症のみ。
どちらかの体力が減れば、プリンは霊薬で、女王は魔法で治癒してしまう。
霊薬がきれるのが先か、魔法が切れるのが先か。
とはいえ、どう考えても淫魔を率いる女王の魔力に
限られた数の霊薬で対抗するのは無謀。
事実、序盤は女王が余裕をみせ、プリンを翻弄していた。
しかし、いつの間にか大勢は入れ替わり、今焦りを感じているのは女王だった。
(なぜじゃ…もう持てるだけの霊薬は使い切ってしまったはず…
なぜこうも数多く、際限なく霊薬がでてくるのじゃ…)
女王の疑問を読んだかのように、プリンが口を開く。
「霊薬がこんなにあるはずがない…そう思ってるんだろう?
たしかにボクは弱い。装備を、霊薬を頼らなければいけないくらいにね。
でも、弱いからこそ、工夫をするんだ…
このダンジョンにこもっていたら知らないだろうけれど、
ボクの祖国では、霊薬を9個ひとまとめにして持つ技術が発明されているんだよ!
それにこの霊薬は、シグルーンさんがくれた特別製…通常よりも少量で大きな効果があるのさ!」
女王が驚愕に目を見開く。
これでは、9倍の霊薬を使われることになる。いや、通常よりも少量で効果があるという話が真実ならば、それ以上の差。
いくら相手が雑魚でもコレだけのハンデを背負わされて勝てる見込みは、ない。
さらに到着こそしていないものの、霊薬を作り出すほどの仲間がいるという。
相手の戦力が予想の9倍以上に膨れ上がったことに、女王は激高した。
「ええい…みなでかかれい!みなで、こやつの精気を吸い尽くしてやるのじゃ!」
次の瞬間、無数の淫魔がプリンにとびかかり、くぐもった悲鳴と共に肉の壁にプリンが押しつぶされる…はずだった。
しかし、女王自慢の眷属は姿を見せない。
――いつの間にか周囲の闇から聞こえていた淫魔の笑い声が、止んでいた。
「なにをしておる!はよう加勢…ッ!」
周囲を見た女王の視界に、倒れたサキュバスたちがうつる。
額に焼印のようなものを押され、下をだらりとたらして白目を剥いているもの。
完全に裂け広がった陰部と肛門から小便と鮮血をたらしながら痙攣しているもの。
翼と四肢をへし折られ、キャリオンクロウラーのように這いずって逃げようとしているもの。
恐怖のあまり発狂したのか、よだれをたらしながら虚空を見つめているもの。
みな辛うじて息はあるようだが、
沈黙の魔法をかけられているのか呻き声一つ聞こえてこない。
いつのまか、エミールの隣にはシグルーンが座っていた。
「1対1でやるっていったのはあなたでしょう。クイーンを名乗るなら、正々堂々やらないとね。
――妹を傷つけようとした報い、まだ受けていないのは…あなただけ。」
ただ一人無傷なサキュバスが、よつんばいでシグルーンの椅子にされている。
魔法か、それとも恐怖か、どのような方法で従わされているのかはわからないが
ただ一人残った幸運で哀れなサキュバスはぼろぼろと涙を流していた。
「どこを見ているっ!!」
歯噛みする間もなく、女王めがけてプリンの剣が繰り出される。
(しまった!)
恐怖に顔を歪めた女王に、聖なる刃が振り下ろされた。
――ざくっ!
「があぁっ!!」
均整のとれた胸を大きく切り裂かれ、女王が悲鳴をあげる。
もはや女王に回復の魔力は残っておらず、攻撃呪文も高価な装備にはじかれてしまう。
漆黒の翼も、鋭く美しかった爪もぼろぼろになり、全身が血で汚れていた。
対するプリンもいくつかの傷を負い、血が流れ続けていたが、
腰から霊薬の入った小さな容器を取り出し、中身を飲み干すだけで全ての傷はふさがっていく。
ようやく女王は、自分がとっくの昔に『詰んで』いたことに気付いた。
攻撃は硬い装備に阻まれ、魔法も無力。しかも相手は再現なく回復し、逃げることも出来ない。
このまま戦えば自分をまっているのは、死と消滅。
「口惜しや…よもや、ここまでやるとはの…」
「命乞いをしても無駄だぞ。エミールさんを傷つけたお前を、ボクは許さない」
最後の望み、自分の魅力による延命を求める前に見透かされて、女王は言葉を失った。
重い沈黙が迷宮を支配する。
時間が止まったような静寂。
――突如、女王の指から巨大な火球が放たれた。
(大丈夫、ただの苦し紛れだ)
装備の加護で、巨大な火球も小さな火傷程度にしかならない。
そう判断して火球を受け止めようとプリンが構えた、そのとき。
「ガあああああああああああああああっ!!」
「…いけない!プリン君っ!!」
吼えた女王の最後の跳躍と、シグルーンが叫ぶのは同時だった。
火球に向かって跳んだ女王は、そのまま自身の身体が燃えるのもかまわずに火球を突き破り、プリンに襲いかかる。
いきなり火球による死角から女王が目前に現れ、ひるんだプリンは後ろに飛びのいたが
女王の突撃は、未熟なプリンの足捌きをはるかに凌駕している。
――もう、生き延びることは出来ない。ならばいっそ、目の前のいまいましい少年を道連れに――
「妾の眷属を辱め、全てを奪うというのなら!せめてこやつの命、貰って行くぞっ!!」
防御の全てを捨てた、体が砕ける勢いの捨て身の体当たりによる衝撃は、
鎧を通してプリンの内臓を破裂させ、薬を飲む間もなくプリンの体は生命活動を停止する。
女王が邪悪な笑いに顔を歪め、シグルーンが間に合わないとわかっていながら走り出し、エミールが両手で顔を覆って悲鳴を上げた瞬間。
プリンの姿が、消えた。
ばかな、そう思った瞬間。
女王の足元から剣が生え
――ざくっ
事態をのみこめないままの女王を両断した。
「………!?」
なにもわからないまま、哀れな淫魔の女王は塵となって四散し、
ただ一人残ったサッキュバスが「ああっ」とか細い悲鳴を上げて失神した。
「プリン君!?…うわっ」
あわてて駆け寄ったシグルーンは、足元に穴を発見して立ち止まった。
まさか、と思いながらそっと下を見る………そこに、苦笑いのプリンが落ちている。
「さ、下がったところにピットがありました…」
小さな勇者はシグルーンを見て、エヘヘと苦笑いを浮かべた。
幸いピットは浅いもので、底に生えていた小さなトゲも鎧に阻まれていた。
冒険者を屠るためのピットがプリンの命を救い、サッキュバスクイーンの命を奪ったのだ。
よいしょ、とピットから這い上がったプリンは、座り込んだままのエミールの元へ歩み寄る。
「…エミールさん」
「こないで!!」
プリンの言葉をさえぎり、エミールが叫ぶ。
顔を覆った指の隙間からは涙がこぼれ落ちていた。
「わたし、サッキュバスに襲われて、体中べとべとだし、穢れてるし…
で、でも、その、最後まではされてないけど、だけど…わたし、わたし…」
混乱して何を口走っているのかもわからなくなったエミール。
プリンは優しく微笑むと、エミールの両手を優しく握り…自分の唇でエミールの唇をそっとふさいだ。
「…!」
エミールが一瞬目を見開いて…すぐに目を閉じる。
最後の涙が一しずく、ぽろりと頬を伝って流れ落ちた。
「――キスは手の甲って言ったのに…ずいぶん大胆だこと。」
抱きしめあう2人を見て、シグルーンは満足げに微笑んでいる。
パーティを組み始めたときはどうなるかと思ったが、もう心配はないだろう。
――どうやらいっぱしの王子さまになったみたい、ね。
「あっ、そんなところにキスしちゃだめぇ」
「汚されたところ、ボクが全部きれいにしてあげる…どこをきれいにしたらいいかな?」
「そ、そんな、あの、胸、とか、おなかとか、あの、あと、あの…ああっ、ダメ、そんなところっ
ああ、でも、プリン君…ああっ、あああっ!」
前言撤回。何かおかしい。
「ちょ、ちょっとアンタたちなにやってんの!」
プリンに渡した薬の原料を思い出しながら、シグルーンは2人のところに駆け寄った。
数日後、ロイヤルスイート。
「はあぁぁぁぁぁ…ボクって男は…」
プリンは落ち込んでいた。
サッキュバスクイーンと対峙したときのりりしさは、すっかりなりを潜めている。
シグルーンが開発した霊薬は、精力を増強させると同時に媚薬のような副作用をもたらした。
エミールの身体をなめ回してシグルーンに止められたプリンはすぐに正気をとりもどしたが、
自分の取ってしまった破廉恥な行動は、サッキュバスクイーンを倒した喜びを吹き飛ばして余りあるものだった。
――エミールが怒るよりも嬉しそうにしていたのが、せめてもの救いではあるが。
「…せめて外に出られれば、気もまぎれるのに…」
窓から見える空は、抜けるような青空。
通りには人々が楽しげに歩き、広場では青空市が開催されているようだ。
しかしプリンは外に出られない。
身体の傷は全て癒えているし、体力や気力も申し分ない。髪の先から足の指先まで全てが健康そのものだ。
だが、この腰が、この腰だけが―――。
エミールのローブの改名とともに名前を戻した、先祖伝来の鎧の下は下半身丸出し。
そこには小さなペニスが青空を突くかのようにそびえ立っていた。
シグルーンの薬の副作用は精力増強。
それを一度に飲みすぎたプリンは、勃起が収まらなくなっていた。
この恥ずべき状態から脱するべくシグルーンが導き出した解毒方法は―――
『陰部が空気に触れるようにして数日放置』
朝起きると、下半身丸出し。
食事を取るときも、下半身丸出し。
暇をもてあまして剣の稽古をすれば、股間のムラマサがぷるぷる揺れる始末。
この生活は、サッキュバスクイーンを倒したことにより芽生えた、
少年の小さな自信を粉々にしてあまりあるものだった。
雑魚寝の簡易寝台にはいられないため、
エミールたちの宿泊するロイヤルスイートの一室に居候していることも彼の自尊心をより傷つけている。
*ガタッ*
ドアの方から小さな音が聞こえた。
見ると、居間へ続くドアの隙間からエミールが覗き見ている。
プリンと目があったエミールは、きゃーきゃー言いながら小さな足音を立てて走り去った。
(――もう慣れてきちゃったなぁ)
あと10分もすると、また覗きに来る。プリンがここに居候してからずっとこうなのだ。
プリンを気遣ってか、シグルーンは自室にこもるか外出しっぱなし。
エミールにも姉のような思慮深さがあればいいのに、と
プリンは少しあきれながら、ベッドに腰掛ける。
「ああ、薬や装備に頼らなくていいくらい強くならないとなぁ…」
青い空を見上げたプリンの口からため息がもれる。
少年戦士を励ますかのように、股間のやんちゃ坊主がぷるん、と揺れた。
迷宮下層。
一人のサッキュバスが、迷宮を走っていた。
女王が灰になったあの日、一番若く、そして臆病だった自分だけが無傷で残ることが出来た。
その後正気を取り戻してから必死で灰をかき集め、廃人同然になった仲間たちの看病をしながら
女王を甦らせるために冒険者たちから精を集め続けてきたのだ。
仲間も徐々に力を取り戻してきた。これで女王が甦れば――。
(ようやく精が集まったわ…あとはみんながいるあの玄室にいけば、また女王さまにお会いできる――)
女王が復活すれば、恐怖の余り同胞と共に戦わず、冒険者に服従してまで生き残った自分は処刑されるかもしれない。
それでも、女王に生き返ってほしかった。また元気で幸せな、冒険者どもの精をしぼりとるみんなが見たかった。
――しかし、健気なサッキュバスの思いは、最悪の形で打ち砕かれることになる。
「ただいま!みんな、今から女王様を生き返らせ―――」
喜びに満ちた顔でドアを開けた彼女の目に飛び込んできたのは、あの日、仲間を壊滅させた女、シグルーン。
そして、その足元で這い蹲り、とろんとした目でよだれをたらす仲間たち。
数秒思考が停止した後、恐怖と混乱が押し寄せる。
「……ひぃっ!!」
顔を引きつらせて逃げようとするサッキュバスを、
彼女の献身的な治療により力を取り戻した仲間たちが押さえつけた。
「あなたで最後ね。…実はプリン君にあげた霊薬、あれ元々強力な媚薬だったのよ。
強力すぎて使い道のなかった媚薬を魔法で処理して、思いっきり薄めたのがあの霊薬なんだけど…」
じたばたと無駄な抵抗を試みるサッキュバスの元に、ゆっくりとシグルーンが歩み寄ってくる。
「原料の媚薬がいっぱいあまってて…人間相手だとどんなに希釈しても我を忘れて『さかっちゃう』から使えなかったけど、
あなたたち淫魔相手なら使えると思ってさ、生かしておいたわけ」
(――ああ、今度は見逃してくれないんだ)
サッキュバスの顔が絶望に引きつった。可笑しくも無いのに、なぜか口元が笑うかのように歪んでしまう。
「で、まぁ淫魔相手だから希釈しないで使ってみたの。いいわねコレ。みんなで仲良くなれるわよ。
――あら、その精気の塊…女王様を生き返らせようとしていたのかしら?
大丈夫、私がかわりに生き返らせておくから安心して頂戴。
平気よ…女王さまもすぐにあなたたちと仲良くなれるようにしてあげるから」
緑色の禍々しい液体が、注射器によって吸い上げられていく。
引きつった笑顔で涙を流しながら、サッキュバスはシグルーンの手が伸びてくるのを見つめていた。
(ああ、いっしょ、みんな、みんなといっしょ、あは、あは、あはははヒヒひひひひヒヒ)
ちくり、と腕が痛むと、サッキュバスの自我は薄れ――迷宮の闇に溶けて、消えた。
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〜冒険者タイムス○月×日号〜
冒険者を恐れさせていた淫魔の女王、サッキュバスクイーンとその眷属が迷宮から姿を消して数日。
迷宮を徘徊する強敵が1人姿を消したことに、冒険者はどのような反応を見せているか我々はインタビューを行った。
人間・善・侍♂
「うむ。拙者昔あの女王に煮え湯をのまされておる故、いつか『りべんじん』を果たさんと腕を磨いておったが…
何奴かに先を越されたようでござる。無念じゃ…」
ホビット・中立・盗賊♂
「サッキュバスクイーン?ああ、前はたまに見かけたけど、おいらはすぐに逃げちゃったからね。
…え?最近姿を消した…?そりゃ大変だ!あの辺は手付かずの宝が眠ってるかもしれないぞ。すぐに仲間をあつめなくっちゃ!」
エルフ・善・僧侶♀
「フロアを牛耳っていた淫魔たちが姿を消したのは、神のお導きにより浄化され、天へと召されたからに違いありません。
きっと今は天の国で罪を洗い流し、清らかなる魂になっていることでしょう。
ああ…私には聞こえます。生まれ変わった自分に喜ぶ彼女たちの喜びの声が…」
人間・悪・戦士♂
「ああ!?うるせーな、知ってるよ知ってるよ。
…くそっ、迷宮で戦って力を溜めて、サッキュバスのところで気持ちよく発散するのが楽しみだったってのによ。
この有り余った力どこに持ってきゃいいんだよ。あーもう、いい女いねえかなぁ…記者のねーちゃん、これからいっしょに…
…げっ!か、母ちゃん!?いや、嘘だよ、このオレがお前をほっぽって淫魔どものところに行くなんてデマ…
あっ、こら!てめえ記者!メモをみせるんじゃねえ!うあ、ああ、ああーーれぇーー……」
――淫魔たちはただ黄泉に帰っただけなのか、それとも迷宮で何かが起こっているのか――
最近にわかに動きをみせる迷宮に、冒険者たちは動揺を隠せない様子だ。
…なお、過去に「淫魔の惨状を見た」という通報をよせていただいた読者から
「背の高いエルフ女の前で、這いずるようにして快楽を貪りあうサッキュバスたちをみた」
との目撃情報が当社に寄せられたが、高名な冒険者シグルーン氏の
「迷宮の瘴気に当てられすぎて正気を失いかけている、幻覚に惑わされて犯罪を起こす前に、休養が必要」
との見解により詳細の掲載を見合わせた。
通報をくれた読者はシグルーン氏の提案により、現在寺院に強制収容され療養中である。
冒険者タイムス記者:アニス・エッカート