<地下11階 第二の質問>

「オーケー、和解成立だね」
リーダーが手を打ち鳴らしたのを見て、ほっとする。
冒険者たちとは非戦闘が成立したようだ。悪の戒律を持つ連中でなくてよかった。
戦いは嫌いだ。──特に、怖い目にあったあの一件以来。
他の三人も同じ思いだろう。
廃墟や森をうろつきながら食い扶持を稼ぐのに、自分たちの貧弱な魔法を使うのはあまりいい方法ではない。
昔は──もう少し自分に魔術の才能があるとうぬぼれていた。
もう少し自分が美人だ、といううぬぼれもあったし。
どちらも手ひどく否定されてからは、身の丈にあった生き方を選んでいる。
リーダーは、冒険者のリーダーと引き続き、取引を始めている。
こっちの話もうまくいけばいいのだが。
ちらちらと冒険者の一行を眺める。
向こうも4人──駆け出しの時期を生き残り、廃墟をうろつくのに大分なれて、
頭分けの財宝の額を上げるために、わざと人数を減らして冒険し次の迷宮へ挑む力を蓄えている連中だ。
それなりに経験をつんだ顔は逞しいが、まだ若い。
<取引>に応じる可能性も高い。
はたして、ウィッチたちの期待通りに、無鉄砲な冒険者たちは<取引>を承諾した。
「うんと楽しませてあげるさね」
リーダーが、向こうのリーダーに抱きつきながら笑った。
他の二人もめいめいの相手に選ばれたようだ。
嬌声をあげながら木陰へ向かっていく。
ウィッチたちのもう一つの──と言うより今では本職になっている行為のために。
「俺の相手は、お姉さんかい?」
「あ、うん。私でいい?」
「君しか残ってないじゃないか」
金属鎧を着込んだ背の高い青年が苦笑した。
低級魔女はぷっと膨れた。
「だったら、あなたもわざわざ聞かなくたっていいじゃない」
「──そりゃそうだな、すまない」
戦士は言われてみれば……という表情を浮かべた。
ウィッチは、その表情に同年代の若者に好ましいものを感じた。
営業用の笑顔に、少し気持ちをこめて頷く。
「いいわ、許してあげる。あっちの岩陰に行きましょう」
「ああ。──実を言えば、四人の中で君が一番いいな、とは思ってたんだ」
「調子いいわね。──でも、ありがと」
低級魔女は、手早く敷物を敷きながら答えた。
「本当だよ。特にこのおっぱいがいい」
戦士は手を伸ばしてウィッチの胸にさわった。
けっこう自慢の胸だ。四人組の低級魔女は、みな乳房が大きい。
廃墟をうろつく「お得意さん」たちの間でも評判だ。
だからこそ、たまにこうした若い冒険者たちに身を売ることで食っていける。
「ありがと。でも、あんまり良くはないわよ」
ウィッチは目を伏せて答えた。──怖い記憶が呼び覚まされそうになって、あわてて別の事を考える。
「そんなことないさ。ほら、おっきいだけじゃなくて、しっとりと手に吸い付くようだ」
低級魔女のローブの下に手を差し込んで、ゆっくりと揉みながら戦士が反論する。
「……昔、私よりずっとずっと綺麗な女(ひと)に、場末の娼婦並に肌に潤いが足りない、って言われちゃったわ」
「嫌な女だな、そいつ」
「──」
顔をしかめた若者に、どきりとした。
あわてて頭を振る。ひと時の相手にときめいてどうしようというのだ。
商売に徹しよう。
「ああ……」
ウィッチは演技混じりの熱い吐息をついた。
服を脱ぐ。森の中で、白い裸身が扇情的に映えた。
「やっぱりいいおっぱいだ。──金貨二十枚分の価値は十分にあるよ」
笑いながら吸い付く冒険者に、低級魔女は、今回の客がずいぶん景気がいいことを知った。
リーダーもふっかけたものだ。
「ふふ、銅貨二枚分だとののしられたこともあるのよ」
「ひどいやつだな。──客かい?」
「ううん、やっぱり、さっき言った女の人」
「やっぱり嫌な女だな、そいつ。──でも良かった」
「……なんで?」
「君を抱く別の客のことを想像しなくてすんだから」
「お上手なこと」
だが、悪い気はしない。金払いのよさとあいまって、まれに見るいい客だ。
その意識に触発された女体は、急速に反応がよくなった。
冒険者の逞しい男根が入ってきたとき、低級魔女の女の部分はとろとろに溶けかかっていた。
滑らかな感触に新たな賞賛を加えながら、若い戦士はウィッチの奥深くに突き進んだ。
低級魔女が久しぶりに演技ではない嬌声を上げながら、汗まみれの身体を震わせたとき、
冒険者も、荒い息を吐きながらしたたかに精を放った。
膣の中に、熱い精液が撒かれる感触。
キスを求めながら確かめてみると、男根はまだかちかちに硬かった。
「ふふ、もう一度する?」
「いいのかい」
「ええ、サービスしておくわ」
久々に本当に気持ちいいセックスだ。これで終わるのももったいない。
立ち上がり、木を抱くようにして尻を突き出した。
思ったとおり、若い戦士にはこうした体位での荒々しい性行為が合っていた。
最初の交わりより、激しい動きに、ウィッチは白い乳房を揺らして激しくあえいだ。
その汗まみれの白い肉を、戦士は後ろから強く揉みしだいた。
乳を搾られているのかと錯覚するくらいに強い力に、低級魔女は唇をすぼめてのけぞった。
二度目の射精は、最初のときよりも力強く、量も多かった。
ウィッチの感じた絶頂の度合いも素晴らしかった。
冒険者が低級魔女から男根を抜くと、性器からこぼれた精液がどろりとこぼれた。
太ももを伝う粘液の感触を心地よさげに感じていたウィッチがふと目をあげ、──凍りついた。
「……すごくよかったよ。銅貨二枚なんてとんでもない。君は最高級の女だ。
君をののしった女は、きっと君に嫉妬していたんだよ」
「……帰って」
うつむきながら、ウィッチは、つぶやいた。
恐怖でわななく唇と、怯えた目をみせないようにして。
「え?」
馬鹿な戦士が聞き返す。
「いいから!──商売の時間はもうおしまい!」
「わかったよ。ごめん」
気に障ることを言ってしまったのに気付いて、戦士は暗い顔で頷いた。
「お金、ここに置いとく」
「早く行って!」
金きり声に、冒険者はほうほうの体で立ち去った。
──ウィッチは、絶望の視線をあげ、もう一度草むらを見た。
もういない。
が、そこに誰かがいた証拠に、草陰には、草を手で払って作ったような不自然なのぞき穴が残っていた。
たしかに、さっきそこに、いた。──男女の、二人の子供。
男の子の方は覚えがない──ように思えるが、女の子のほうは──姿が変わっていても忘れもしない。
──あの魔女だ。
「なぜ、ここに……」
怯えと絶望で暗く染まった瞳で草むらを見つめながら、ウィッチは全裸で立ち尽くしていた。



「み、見つかった! 逃げなきゃ!」
少年は大慌てで後ろに下がった。
「あ、待って……」
草にひっかかっておろおろする少女に、少年は、大人たちにとがめられる前に自分一人走って逃げたい気持ちを懸命にこらえた。
最悪、自分が残って二、三発殴られている間に少女を逃がせばいい。
たとえ、おかしな雰囲気の大人を観察してみようと提案したのが少女のほうであったとしても、だ。
そう考えると腹が据わった。
「静かに! 男の人のほうはまだ気付いていないから!」
少女の頭巾にひっかかった枯れ枝を手早く払うと、少女は草むらから脱出することができた。
「ありが──」
「──逃げるよ!」
大仰に感謝の言葉を述べようとする少女の手を取って、ワードナは坂を駆け下った。
意外なことに、少女は健脚だった。坂を下り、小川を石伝いに飛び越え、獣道を二つ入り込む。
これなら情事を覗かれて怒った大人が追いかけてきても、追ってこれまい。
ちょっとした広場になっている場所に出たとき、二人ははぁはぁと荒い息をついていた。
「ああ、びっくりした」
落ち葉の上に腰を下ろし、足を投げ出したワードナ少年がため息をついた。
「ごめんなさい、わたしがあんなの見ようといったばかりに──」
少女は、さっき言えなかった謝罪のことばを口にした。
「いいよ。捕まらなかったんだから! でもすごかったなあ」
好奇心にかられて大人の世界を垣間見た少年は、恐怖の一瞬が去ると、見てしまったものを思い出して赤面した。
少女のほうの頬は、リンゴのように真っ赤だ。──絶対に走って息が切れただけではない。
「……大人になったら、ああいうことするのなかあ」
「そ、そうなのかしら……」
「……」
「……」
気まずい沈黙が落ちた。
その話はまだ早い、ということは少年、少女の両方が認識していた。
「えーっと……」
ワードナは賢明に頭を働かせた。
こういうときは、何か他の話題が一番だ。
だがあからさまに別の話題を振るのも白々しく、かえってさっきの「いけないこと」を鮮明に思い出させてしまう。
ここは「さっきのこと」の周辺部を明るく茶化すくらいが一番いい。
そこまでは賢明な判断だった。
「……さっきの女の人、おっぱい大きかったなあ」
「……」
「白くて柔らかそうで、すっごいおっぱい!」
「……」
「鍛冶屋のおかみさんとか、副修道院長よりおっきかったんじゃない?」
「……知らない」
──だが選んだ話題が最悪だということにまだ気がついていない。
なんとなく周囲の気温が下がったことにも。
少女の沈黙の意味を考えず、ワードナはただ今の空気を埋めるために爆弾を踏み続けた。
「──あれ、君、副修道院長は知ってるだろ、あのすっごい胸の人」
「し、ら、な、い!」
一語一語区切って答えた少女のことばに、ワードナは自分が何かへまをやらかしたことに気がついた。
一体何を──?
女の子は、どんなときでも、好きな男の子が別な女を褒める事を許容しない。ましてや、おっぱいのことなど!
全宇宙の中でもっとも恐ろしく重要なルールを、少年はまだ知らなかった。
しかし、幸いなことに、少年は先ほど見せた騎士的行為によって死刑はまぬがれることができた。
「……ワードナ?」
「う、うん。──いや、はい」
「……あなた、おっぱいが大きな女の人が好きなの?」
「うん! いや、はい。──じゃない、ううん、ちがうよ!」
修道女見習い服の下の、少女の胸はぺったんこだ。はい、などと答えようものなら……。
うつむいた少女はしばらく考えていた。
鈍い少年にもわかるくらいに、少女の周りの空気が緊張する。
先ほどの大人よりもよっぽど脅威だ。逃げ出したい──けど逃げちゃいけないんだろうな。
「……こっちにきて、ワードナ」
──どころか、荒れ狂う嵐のど真ん中に行かなきゃならない!
泣きそうになるのをぐっとこらえて、少年はおずおずと近寄った。
その手が少女の手につかまれて引き寄せられる。
手の甲を思いっきりつねられる──女の子の得意技だ。
十数える間で済むかな。だめだろうな、百数える間かな。それ以上だと痛くて泣いてしまうかも知れない。
覚悟した手が、暖かいものに触れた。
「……え?」
ワードナの手の平は、少女の胸の上に置かれていた。少女の両手が、その上から重ねられる。
「これが、私の胸。──小さいでしょ?」
「そ、そんなことは……」
「でも、ドキドキしているのわかる?」
「あ……、うん。わかる」
「今日は、あなたとデートしてて、ずっと心臓がなりっぱなしなの」
「──!!」
早鳴りには、さっき逃げるのに散々走ったせいもある、などとは思いつきもしない。
そういうさもしい考え方は、小さな恋人たちの前では、事実でも真実でもなくなるのだ。
「ワードナは、ドキドキしている?」
「し、してるよ!」
嘘ではない。特に少女の胸にさわっている今は心臓破裂寸前だ。
少女は顔を上げてにっこりと笑った。
男の子は、誰が一番気を使うべき相手なのかを時々忘れるお馬鹿さんだ。
まあ、うんと脅かして、思い出したのならば、少々ご褒美を上げてもいい。
少女は一つ約束をすることにした。
「私──いつかきっと、あなたのために、あの女の人より大きくて素敵なおっぱいになるから、それまで待ってて!」
ワードナはぽかんと口を空けた。
言葉の意味に気がついて、みるみる赤くなる。
少女も赤くなって手を離した。
「えっと、その……あ、の、のど乾いたでしょ? さっきの小川で水汲んでくるよ!」
「う、うん、お願い」
これ以上ないと言うくらいに照れと動揺に脳みそを揺さぶられた少年が走り去っていくと、──少女が変わった。
美しさはそのまま、唇に残した笑みもそのまま。
しかし、別人のように容赦も優しさもない美貌と微笑だった。
「──出てきなさい。わが殿が戻ってくる前に、お話着けましょ?」

少年が走り去ったのとは逆側の草むらががさがさと動いた。
「あら、あなた──」
魔女が目を丸くした。
現れたのは、蒼白な顔をしたウィッチ。
先ほど、魔女とワードナが情事を覗いた低級魔女。
──そして、悪の大魔道士が魔女への当てつけに呼び出し、魔女が手厳しく侮辱して追い払った女だった。
「あの……」
草むらから出てきたが、もうこれ以上は一歩も近づけない。
ウィッチはがくがくと震えながら声を掛け、息が詰まった。
「何かしら?」
少女の魔女は、冷ややかに聞き返した。
心臓が凍りつきそうな恐怖。──この魔女に、何か言える人間がいるのだろうか。
ウィッチはぎゅっと目をつぶった。
さっき会ったばかり、そして別れたばかりの男の笑顔が浮かんだ。
「──お願いがあります」
意を決した声は小さかったが、しっかりとしていた。
「貴女に何か頼まれる筋合いはないと思うんだけども?」
魔女は絶対零度の声で返事をした。
取り付く島もないことばに、ウィッチは気力が萎えていくのを感じた。
昔、この声を聞いただけで、魔力も魅力も全て失った。かろうじてそれは取り戻したが──今度奪われるのは命か、魂か。
──それでもかまわない。
決心は、藪をさまよっている間につけていた。
「あの人を、殺さないでください」
「……え?」
「あの人、あなたのことを<嫌な女>って言ってしまいました。でも、それはあなたのことを全然知らなかったから。
 わ、わたしの言ったことから、つい答えてしまったことで──」
声が詰まった。
モンティノの呪文を掛けられたのだ。魔女が掛けると、マハマン級の強度だ。
絶望に身を捩じらせ、涙をこぼしながらウィッチは、それでも口をぱくぱくさせてなんとか弁明を続けようとした。
しかし、自分以外に夫に対して女の魅力を振舞おうとしたウィッチに対して、魔女はどこまでも残酷で冷たかった。
「タイムリミット。──わが殿が戻ってくる。あなたの話、その先を聞く必要はないわ。
 その男に魔法を掛けておきましょう。──そうね。魂を奪う呪文がいいわ。
 ……せいぜい自分でその効果を確かめなさい」
最悪の結果に、目の前が真っ暗になった低級魔女は、自分がどさりと崩れ落ちるのを自覚した。

「──大丈夫かい?」
気がつくと、ウィッチは、戦士に心配そうに顔を覗き込まれていた。
「なんか、気になって戻ってみたら、君が倒れていて──」
「──あ、あなた、生きてる……の?」
魔女は戦士の魂を奪うと宣言した。
それができる女であり、またその手の話については嘘をつかない女でもあった。
「ぴんぴんしている。君とキスしてから、すごく元気さ」
ハンサムな冒険者は、にっこりと笑った。
絶望と希望とがめまぐるしく入り乱れる頭で、低級魔女はぼんやりと戦士を見つめた。
「ああ、あのさ……」
とりあえず、立ち上がったウィッチを前にして冒険者はちょっと考え、意を決したように彼女を見つめ直した。
「突然であれなんだけど、僕と一緒に来てくれない……かな。
 自分の腕がそろそろわかった。たぶん、この先の迷宮に進めるほど僕は強くない。
 だから、故郷に帰って衛兵でもやろうかと思うんだけど、その……君を連れて帰りたいんだ。
 変な出会いだけど、僕もやくざな商売していたんだから、君の過去の<商売>は気にしない。
 ……僕と一緒になってほしいんだ」
「そんな、なぜ……」
突然のプロポーズにウィッチは動揺の極みに達した。
それは戦士と交わったときに、心の中で抱いた淡い望みであった。
しかし、魔女は──。
「ご、ごめん。でもまるで魔法に掛けられたみたいに、僕は君に魂を奪われてしまったんだ……」
あっ、とウィッチは小さく叫んだ。
魔女のかけた呪文は──。

「カツ。──<魅了によって相手の魂を奪う呪文>」
森の向こうで四組の男女が結ばれたのを確認して少女はつぶやいた。
この女ならば、ただの魅了の呪文をイハロン級の強さで、四つ同時に発動させ、対象を自在に指定することも──朝飯前だ。
「──わが殿との楽しいデートの最中に、私が過去に意地悪した相手と出くわすのもあまり面白くありませんからね」
まあ、これで邪魔なおっぱいを追い払うこともできた。一石二鳥だ。
くすりと笑った魔女は、息せき切って戻ってきた少年に微笑を向けた。
カツの呪文を唱えたときと、笑顔の質を変える必要はなかった。



「──むむむ」
「ああっ、──ど、どういたしまして?」
魔女の乳房を夢中で吸いたてながら悪の大魔道士はうなった。
なんだかよくわからないが、急にこの女の胸をこうしてみたくなった。
夫の急な情熱に魔女は驚いたようだったが、喜んでそれを提供した。
ワードナの好みを完璧に具体化した、白くて大きな乳房。
ひげをミルクに染めながら、悪の大魔道士は自分の行為に首を傾げたが、まあいい。
──これは儂にとって一番いいおっぱいだ。
ワードナは上機嫌で第二の質問を軽く答えた。

──我は偉大なる仕事に身を捧げしもの。そして汝の後継者を養う力も誇りに思う。
──我には熱き心を燃やす偉大なる力在り。我とは何?

 「──胸(Breast)」

新たな通路が現れた。