<TO MAKE THE LAST BATTLE 〜 地下4階>
キャンプを張るやいなや、オーレリアスがジンスのところへすっ飛んでいった。
「ジー君、しよっ!」
この女エルフは、悪の魔術師とは思えない舌足らずな声と、可愛い笑顔の持ち主だ。
いや、本来ならば善の戒律でもおかしくない性格だが、故あって悪のパーティー、それも悪名高き<雷電攻撃隊>に属している。
鉄兜を脱いだ中立の戦士がにんまり笑って応じた。
少女といってもおかしくない華奢な女エルフが精一杯背伸びして、
たくましくて、ハンサム―と言えないこともない―人間の大男にキスをするのは、微笑ましい図かもしれないが、
その後の行為は、微笑ましさとはほど遠い生々しさに溢れていた。
ほっそりとした足が痛々しいほどに大きく開かれ、その奥のつつましい秘所に<巨人の棍棒>のごとき男根がねじ込まれる。
「あっ」
オーレリアスは唇の端をかみ締めて、巨大な侵入者を受け入れた。
この二人はキャンプのたびに、人目もはばからず性交している。
人目を気にしないのは<攻撃隊>の者全員に共通することだが、さすがに小休止のたびというのは他にいない。
ジンスは馬鹿だが、体力も精力も人並みはずれている。だからオーレリアスの相手が務まるのかもしれないが。
盗賊のマーリンは先ほどのフェアリーで満足しているのか、今回は腰を下ろしたままで、にやにやと二人を眺めているだけだし、
僧侶のテレコンタールは、先ほど虐殺した両性具有の天使・セラフから切り取った男根をいじり回してご満悦だ。
「──いいかね?」
……もう一人、馬鹿がいた。
鬼面の兜を脱いだのっぺりとした顔を見つめて、アイリアンはため息をついた。
いかにもヒノモト的な顔立ちの中立の侍は、見かけによらず、強精家だ。ジンスにも劣らない。
「……さっさと済ませろ」
アイリアンは忍者装束の下を脱ぎ、ふんどしを緩めた。
上は脱がない。他のことは一切しない。ただ性器だけを貸す。
雷電とはそういう仲だった。
いつから肉体関係になったのか、よく覚えていない。
あるいはパーティーを結成した当初からだったか。だったら、ずいぶんと経つ。
雷電の男根は石のように硬く、大きかった。
ジンスのは並外れているが、この侍も他の男がうらやむほどの逸品の持ち主だ。
それにジンスよりもセックスが上手い。
男娼のようにさまざまな技を持っているわけでも、それを誇るわけでもないが、相手の具合をよく察する。
どこまでもまっすぐだが、緩急をつけた動きは、その剣技の癖にも通じるものがある。
忍者としての修練を積んだアイリアンでなければ、声をあげてしがみついてしまうだろう。
だが、女忍者は立ったまま後背位で交わりながら、無言無表情を貫いた。
長くも短くもない時間の前後運動を繰り返す。女忍者が頃合を見計らって締め付けてやると、雷電は果てた。
アイリアンの膣の奥に、たっぷりと放出する。
いつもながら、女忍者が内部をはっきりと認識するほど量が多い。
小さく息をついて最後の一滴を搾り出すと、雷電は腰を引いた。
「──ふん」
アイシアンは小さく鼻を鳴らした。別に不満はない。こちらも十分に愉しんだ。
なぜ、反射的にそういう態度をとるのか、自分でも分からない。
雷電は、気にした様子もなく、身支度を整え始めた。
軽く眉をしかめた女忍者は、脇に脱ぎ捨てた自分の下着を拾った。
少し考え、雷電の鼻先に突き出した。
「──いるか?」
「……なぜ、私が、君の下着を貰わなければならないのかね?」
「<ローニン>の最高のお洒落は、着流しの下に女物の下着をつけることではないのか?」
「それは、遊女の腰巻だ。ふんどしではない」
雷電は憤然とした。
アイリアンは舌打ちをした。中途半端な知識が仇となった。
単に能力を追及して忍者となった彼女と、真にサムライ道を追求している雷電では意識の違いが大きい。
中立の侍が当たり前のように知っているヒノモトの常識も、悪の女忍者にはわからないことだらけだ。
アイリアンは、自分の下着を引っ込め、他の荷物とともに場を離れた。
下半身は性器もむき出しの裸のままだが、女忍者はそれを気にしない女だった。
二分後、アイリアンは岩壁の影で、不機嫌を絵に描いたような表情で「事後処理」を行っていた。
片手で自分の性器を目いっぱいに押し広げ、もう片方の手指で薄紙を奥まで突っ込む。
膣の内壁にこびりついた雷電の精液を、こそぐようにして掻き取る。
「―アイリアンのそれ、いつ見てもすごいねえ」
舌足らずな声がかかった。オーレリアスだ。
世の中の「女エルフ」というイメージを具現化したような、金髪碧眼の美少女の呼びかけに答えず、女忍者は作業を続けた。
「わあ、まるで内臓を直接ごしごししてるみたい。ね、痛くないの?」
「……鍛えているからな」
アイリアンはため息をついて返答した。
この女エルフは猥談に関してはうんざりするほどしつこい。無視し続けても無駄だった。
「忍者ってあそこも強いんだぁ。私なんか、そんなことしたら血が出ちゃうよ」
オーレリアスはくすくす笑いながらアイリアンの前にしゃがみこんだ。
女魔術師はたくし上げたスカートの下に何もはいていなかった。
下着と薄紙を手に持ってきたところを見ると、彼女も「事後処理」に来たらしい。
たしかに女エルフは、金色の柔毛も薄く、性器も小ぶりだ。薄桃色の粘膜は乱暴に扱えばすぐに傷つきそうだ。
「──だから、私はこれで十分だよ」
薄紙をそっと秘所にあてがい、軽くぬぐってはすぐに取り替える、を何度が繰り返す。
最後の一枚はあてがったままで下着を履いた。
「簡単だな」
アイリアンは片眉をあげた。
「うん。時々、歩いていてジー君のが垂れてきちゃうけど」
「ジー君?」
「ジンスの愛称。最近そう呼んでるんだ」
アイリアンは頭を抱えそうになった。この女エルフは時々脳みそが煮えているのではないか、と思うことがある。
ちなみに、先日その「ジー君」を、酒場の女給に色目を使った使わないで半殺しの目にあわせたのもこの女だ。
ラハリトの呪文でこんがりと焼かれたあげく、ツザリクで両方の金玉を潰されて白目をむいた戦士は、
僧侶テレコンタールの治癒が間に合わなかったら、カント寺院直行だっただろう。
猥談好きをのぞけば、善の戒律の修道女にもめったにいないほどにおっとりと優しい性格の女エルフが、
悪の戒律に身を寄せているのは、時たまみせる、この押さえがたい狂気のせいだ。
オーレリアスのわからないのは、その騒ぎの翌日には以前とまったく変わらぬ様子でジンスと性交しているところだ。
浮気疑惑とその後の騒動については一言も触れず、昨日自分が潰した器官を愛おしげに愛撫する女
──要するに、危ない人種だ。
だが、頭は切れる。
<攻撃隊>の魔法攻撃の要はこの女が担っているし、参謀としても一流。パーティー第三の実力者はこの女エルフだ。
「雷電って、あんなに淡白そうなのに、すごくいっぱい出すのね」
アイリアンの手元の薄紙を見て、オーレリアスがびっくりしたような声を上げる。
「──あの馬鹿は、むっつり助平だ」
仏頂面で答えると、女魔術師はくすくすと笑った。
「確かにそうかも。──ね、妊娠が怖いの?」
不意を討たれて女忍者はぎょっとした。
「そんなことはないが、何故だ?」
「だってそんなにごしごし掻き出してるから、そんなに中で精子出されるのが嫌なのかなあって。
──あれ、でも赤さんとか欲しくないなら、最初から中に出させなきゃいいんだよね」
オーレリアスは自分の言葉の矛盾に気がついて首をひねった。
「……意味はない。ただの癖──歯磨きのようなものだ」
無表情で答えて、真新しいふんどしを締める。
──性交した後は必ず新品のまっさらな物に換えるのも、意味がない癖だ。
忍者としては、自分は妙なこだわりが多すぎる。しかし、どうしてもやめられない。
「ふうん。私なんか、嬉しいから、お腹の中に取っときたくなるんだけどなあ。
まあ、私のジー君とでは種族が違うから、赤さんが出来にくいのもあるんだけど……」
言いながら、オーレリアスは納得したようだ。
彼女が性交後にあまりぬぐわないのは、そういう理由があるらしい。
「お前は、子供が出来たらジンスと一緒になるのか?」
思わず質問してしまった。
女エルフはびっくりしたように顔を上げ、それから可愛い笑顔を作った。
「うん、──できれば。気がふれたときの私を見ても、逃げないでくれたのはジー君だけだもん」
(……あれは逃げ出す前に、意識不明になっただけじゃないのか)
喉までこみ上げた言葉をのみこむ。
当日はともかくとして、ジンスはあんなことがあった翌日も、オーレリアと普通に接していた。ただの馬鹿とも言えるが。
「──あら、こんなところに、美女二人」
闇の中から声が掛かった。
戦慄して振り向くと、輝く鎧に身を固めた六人の女が悠然とあらわれるところだった。
その成熟しきった美貌を見知っていることよりも、この距離になるまで、
自分に微塵の物音も気配を感じさせずに近づいていたことに、アイリアンは戦慄を覚えた。
「<バラの貴婦人>!?」
「然り。貴女は、どなたでしたかしら?」
超然とした様子で微笑んだ貴族に、女忍者は答えを与えなかった。
身をよじって飛び下がりながら、短剣を投げつける。
「──遅い!」
<貴婦人>の一人、クネグナンダ公爵婦人がそれを弾き飛ばす。
優雅な抜刀の動きは一見緩やかにも思えたが、その実、女忍者の飛燕のごとき一撃を上回るスピードだ。
技量の差──強いものは、ただそれだけで美しい。それを具現する女だ。
「──!」
呪文を唱えようとしたオーレリアスが声にならないうめき声をたてて崩れ落ちた。
疾風のごとく飛び込んだダイアナ公爵婦人が剣の柄でみぞおちを突いて気絶させたからだ。
空中でそれを見て取りながら、アイリアンはどうすることもできなかった。
着地地点に、神速の動きでクネグナンダが追ってきたからだ。
「安心しなさい、殺しはしないわ」
冷たく見下しながら、公爵婦人は鞘のまま<オーディンソード>を振るった。
側頭部に正確な一撃を受けて、アイリアンは倒れた。
「──何事だ!?」
女忍者の朦朧とする頭に、おっとり刀で駆けつけた雷電たちの声が遠く聞こえた。
(馬鹿、逃げろ。お前たちのかなう相手じゃない──)
そう言おうとしたが、アイリアンの舌は石のように重かった。
<雷電攻撃隊>の虐殺が始まる前に女忍者が失神したのは、神の慈悲だったのかもしれない。
目覚めると、そこは牢獄だった。
石壁はどこかで見覚えがある。おそらくは、地下迷宮のどこかの階層だろう。
アイリアンは、痛む頭に手を伸ばそうと思ったが、手かせをはめられていることに気付いてあきらめた。
「オーレリアス……?」
視界の端に女エルフが石床に倒れているのが見える。
「ん…アイリアン……?」
女エルフは長い時間をかけてしびれきった身体を動かし、半身を起こした。
「ここは…?」
「どうやら囚われたらしい」
「そうだ…ジー君は!?」
オーレリアスは小さく叫んだ。アイリアンは答えることができなかった。
雷電たちが<バラの貴婦人>たちと戦闘になったのはわかっている。そして、その結果も。
40LVオーバーのロード6人と、たかだかマスターレベルになりたての4人の冒険者とでは比べ物にならない。
オーレリアスの頭脳ならば、たとえ先に昏倒していても容易に推測できる事実だ。
しかし、女エルフは、質問を繰り返すことで、その結論を避けた。
「ジー君は…ジー君は、無事だよね? ね?」
「──あなたの恋人も、死んだと思う…」
反対側の暗がりから、沈んだ声が上がった。
「誰!?」
女エルフは、聞きたくない真実を提示した声の主をにらみつけた。
「侯爵令嬢!?」
女忍者は驚きの声を上げた。職業柄リルガミンの要人の顔はほとんど知っている。
ミッチェルは、憔悴しきった顔を上げた。
少女の、その痛ましい表情にも侵されぬ美貌に、二人の冒険者は言葉を失った。
侯爵令嬢は、ほんの短期間に女として急速に成長したようだった。
しかしそれは不幸きわまりない、強制された精神的成長だった。
「……トレボー王が、復活!?」
ミッチェルの説明に、アイリアンは絶句した。
たしかに、それならば辻褄があう。
リルガミンの支配者の一角である<バラの貴婦人>の突然の凶行も、侯爵令嬢であるミッチェルの誘拐も。
だが、百年前の王の復活は、にわかに信じられるものではなかった。
「……残念だけど、本当よ。私は、あの人に……犯されたもの」
表情と言うものが全くない、仮面のような美貌が、淡々とその言葉を吐いた。
<狂王>の閨に入っても自我を失わなかった少女は、しかし人としての感情は失ったかのようだった。
アイリアンはわずかに目を伏せた。
ミッチェルは、ひと目で最高級品とわかる純白のドレスを着ていた。──上半身だけ。
下半身は、アイリアンと同じく素裸だった。むき出しの小さな尻に、どす黒い血の跡がこびりついている。
おそらくは、性器ではなく肛門を犯されたのだ。地獄からよみがえった魔人に。
「──あら、三人ともお目覚め?」
牢屋の入り口で涼やかな声が上がった。
<貴婦人>の一人、クネグナンダ公爵婦人が楽しそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「──よく眠れたよ」
アイリアンは挑発的な視線を向けたが、公爵婦人は取り合わなかった。
地べたをはいずる虫に、王侯貴族が抱く感情はひとつ──侮蔑だけだ。
「ミッチェル、お尻の傷、癒してあげましょうか?」
女忍者を無視し、少女にむかってくすくすと笑いながら問いかける。
「結構。こんな痛み、物の数ではないわ」
「あら、元気なこと。アリソンを殺されて泣きじゃくっていた昨日とは大違いね」
一瞬、少女の瞳に光が戻った。激しい動揺とともに。
だがミッチェルは二、三度深呼吸をすることで、受けた衝撃を精神から切り離すことに成功した。
「……昨日の私と、違うから」
淡々とした、しかし血を吐くような言葉に、一瞬、公爵婦人さえ声を失った。
しかし根っからのサディストの婦人は、気を取り直すと追及を再開した。
「そうね、貴女は<狂王>陛下のご寵愛を受けたのだもの。ね、どうだった。陛下のあの<サックス>は?」
恐怖と苦痛の表情を浮かべるかと思いきや、ミッチェルは無表情を貫いた。
「別に──」
「強情な娘……。でも、たいしたものよ、貴女。陛下のあの<サックス>で肛門を貫かれた女の大半は狂死したわ。
<ペリカン騎士団>の娘たちも五人のうち三人が使い物にならなくなっちゃった。
ワンダも言っていたけど、貴女、本当に<狂王>の花嫁になれる素質があるのかも」
少女は無言で公爵婦人を睨んだ。
「まあ、今の陛下は復讐のことで頭がいっぱいだから、正式に妻を娶ることはしないでしょうね」
性器による通常の性交の事をさしているのだろうか。もっとも半陰陽の美女の通常性交とは何を指すのか。
公爵婦人はくすくすと笑った。
「おかげで、女に関しては生娘をそろえなくても済んで大助かりよ。冒険者の女でもそれなりの顔立ちと後ろの孔があれば
とりあえずは可ですもの。──どんな美少年もいらないという男狩りとは大違い」
クネグナンダの侮蔑の視線が、「冒険者の女」二人に注がれる。
自分たちが魔人の肛腔性交の奴隷に捧げられるのは時間の問題ということに気付き、オーレリアスが青ざめる。
「ジー君……」
消え入りそうな声でつぶやく女エルフを、ミッチェルはガラス玉のような目で見つめた。
「ふふふ、女に関しては<狂王>陛下はけっこう寛大よ。過去に恋人がいた女でもご寵愛なされる。
──ただし、その恋人は死んでいることが条件だけどね。貴女たちは、その点、合格」
「……いやああーっっ!」
公爵婦人の言葉の意味を悟り、女エルフが絶叫した。
クネグナンダは期待通りの反応を楽しみ、笑い声を上げて去っていった。
オーレリアスの号泣がこだまする牢獄の中で、アイリアンは唇をかみ締めた。
ぎゅっと目をつぶる。
──なぜか侍の顔が浮かんだ。
──なぜか、涙が一筋こぼれた。
「……こ……なら、蘇生……そう」
「………二人は?」
「捨てお……性根の髄まで腐っ……」
「では、……のほうだけ…」
遠くで、声が聞こえる。突然、闇の中に落ちた。脳を直接探られるような感触。
「……わ……は、こちらが…い」
「そん………は…ですか?」
再び闇が全てを包んだ。
「──気がついたかい?」
雷電が起き上がると、太っちょの司祭がこちらを振り向いた。
「スティルガー?」侍は驚きの声を上げた。
「昨日の夜から胸騒ぎがして迷宮にもぐってみたらこの様子だ。リルガミン市内の混乱も大変なものだけど、
根っこはこっち、この迷宮の中にあると見た──その通りみたいだ」
いつもながら、この司教の洞察力はすさまじい。
「ジンスはもう起きているよ」ダジャが声をかけた。その後ろで、ハンサムな大男が悄然として突っ立っていた。
「あとの二人は──すまない。ディを失敗した」
スティルガーがうつむいた。司教である彼は、最高位の僧侶呪文の習得にはいたっていない。
「……そうか。それは仕方のないことだ」雷電は立ち上がり、刀を拾った。
<バラの貴婦人>の襲撃は一方的な虐殺だった。
雷電以下四名はたやすく切り殺され、そのうちの二名は生き返ることができなかった。
死ぬ直前の光景を思い出しながら帯に刀を差す。愛用の兜を探したが、鬼面は見事に粉砕されていた。まあいい。
淡々と身支度を整える雷電に、スティルガーが声をかける。
「雷電……、どこへ行くんだ?」
「<貴婦人>を追う」
無謀な宣言に、一同は凍りついた。
「無茶を言うな。五体満足でもかなわなかった相手だぞ」
すでにジンスから様子を聞きだしていた司教が顔色を変えた。
「そうだな」中立の侍は、無表情で頷いた。
「だが、──行く」その声は無限の決意をもって響いた。
「──世話になった。生きて戻れば、必ず恩は返す」
雷電は淡々と言い、飄然と身を翻した。──迷宮の奥へ。
「俺も、行く。オーレリアスを取り戻す」
ジンスが決然とその後姿を追った。
「──待ちなさいよ!」
ダジャがその背中に声をかける。
「あんたら二人で何ができるというの!?」
当然の質問に、男たちは答えない。
さらに当然の質問と、その答えに身を焼いているからだ。
(自分の女がさらわれた。──助けに行くのか?)
女盗賊はため息をついた。夫のほうを見る。
スティルガーは頷き、侍と戦士を早足で追った。
「待ちなよ。──僕らも行く」
雷電は立ち止まった。
「そこまでしてもらう必要はない。──生きて帰れぬ戦いだ」
「戦う必要はないんじゃないかな? アイリアンとオーレリアスを奪い返して逃げる。それだけでいいだろ?」
あくまで冷静な司教の指摘に、中立の侍は絶句した。
「君たちは、<貴婦人>に復讐したいわけじゃないんだろ。一番肝心なことは二人を取り戻したい、ちがうかい?」
「そう……だが…」
「なら、もっと頭を使わなくちゃ。囚われているところは、警備が甘いかもしれないし、
<貴婦人>たちは別のところに行ってしまっているかもしれない。
二人を助けるのに、命を捨てて<貴婦人>に挑まなくてもいい可能性は高い」
死地に赴く二人に、まるっきり別の概念と希望が与えられた。
「でも、そのためには、優秀な作戦参謀と、腕のいい盗賊が必要ね。スティルガーとあたしで、どう?」
ダジャがいたずらっぽく笑った。
「アイリアンとの口喧嘩は、いつか決着を着けなきゃならないから、殺されたりしたら困るのよ」
──かくて侍、戦士、司教、盗賊の四人の新しいパーティが結成された。
──少年は身を起こした。
睾丸を潰されて即死したはずの記憶を呼び起こして小首を傾げたが、右手にはまっている指輪を見て納得した。
侯爵家の跡取りの証明。──家宝の魔法の指輪は、回復の能力を持っている。
指輪がなければ、ショックで破れた心臓はすぐに蘇生不可能に陥ったであったろうが、
傷ついた瞬間から回復を始めたために、熟練のロードが見切った瀕死の状態からも生還することができたのだ。
世界中の貴重な魔品を収集することに熱心だった偉大なご先祖様に守られた──喜びなどない。
唇をかみ締め、アリソンは立ち上がった。
廃墟と化した一角を幽鬼のようにさまよい、自分の館にたどりつく。
生き残った使用人たちがまとわりつくのを、幻のように払いのける。
目的は、地下──先祖代々に伝わる家宝を収めた宝物庫だ。
「──坊ちゃま!?」
宝物庫からでてきたアリソンを見て、執事が目を丸くした。
侯爵家の当主とその後継者にしか立ち入りを許されぬ場所から戻った少年は、完全武装に身を包んでいた。
黄金の鎧、銀の剣、黒銀色の盾。そしていくつもの武器と武具と魔品。
その一つ一つが荘園を買い取れるほどの価値があり、――そして一個小隊の戦力に匹敵する。
リルガミンでもっとも裕福な貴族の、もっとも価値のある宝。
アリソンは惜しげもなくそれを身に付けていた。
腕の差は、装備でカバーする。騎士として褒められたものではなかったが、なりふりなど構っていられなかった。
「そんな格好で、どこへ?」
質問しながら執事はその答えを知っていた。男がこんな格好で行く場所はただひとつ──戦場だ。
「ミッチェルが、さらわれたんだ。助けに行く。──トレボー王と戦う羽目になっても」
アリソンは唇を引き結んだ。
執事は引退したマスターレベルのロードだ。老いたとはいえ、アリソンごときを引き戻すのは児戯に等しい。
それが、道を空けた。
「──ご武運を。生きて戻られたら、この私めが騎士位をお授けしましょう」
アリソンは頷いてその前を通りすぎた。
地下迷宮へ。──婚約者を救いに。