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『偉大なるかなハルギス。神々をも脅かす幽界の覇者。
 ハルギスを崇めよ。ハルギスを称えよ。そしてハルギスを畏れよ。
 時の流れに朽ちゆく身に、再び生の息吹を宿すのはハルギスのみ』

アルマール市は東西世界の接点、典型的な小オアシス都市から始まったこの町は、
交易路の要衝にあって諸方の富と文物を吸収しつつ、時代を経て一の独立国家と呼べる
勢力を持つに至った――名の上は、諸侯を戴く領邦のひとつに過ぎないが。

アルマール領主は代々世襲し、確かに事実上の王と呼んでいいかもしれない。
しかし砂漠を流浪するベドウィンの血は、王統的な国家のかたちを本来好まぬ。
アルマール市は確かに拠点ではあるが、周囲の広大な砂漠に散った無数の小部族を必ずしも制御してはいない。
この辺りで領主とは、たいがい部族連合を束ねる大族長のことを指す。

過酷な自然条件からくる、砂漠仁義ともいえる強烈な部族の連帯意識を持ち、
一転、敵に対しては容赦ない殺戮と略奪を喜ぶ。何より武勇を尊び、生命を軽んじる。
交易市として知られるアルマールの領主ウディーンもまた、このような人物であった。
莫大な黄金と宝石、美酒と美女に囲まれても、真に心満たされることはない。
無一物で他部族との抗争に明け暮れた若い日…。彼の心を真実満たしてくれたのは、
ただ闘争と冒険だけなのだ。そのことをウディーンは自身知っていた。

変転して定まらぬ砂漠の勢力図が、いっときの無風を迎えた時代。
アルマール領主ウディーンが、砂漠に忽然と現れた古代遺跡の発掘に
異常な執念を見せたのも、この、やむにやまれぬ血の欲求からであった。



 2 崩壊

遺跡は突如崩壊し、数百の人命を巻き添えにした。

駆けつけた領主は、酸鼻をきわめる現場の状況に身を震わせ、まず怒りを覚えた。
崩れ落ちた岩盤の下から次々に運び出される、彼の民の無残な姿を見て、彼は怒った。
自分自身に、もあるが、彼はこの遺跡は敵だと感じた。
「あの穴はなんだ!」
見渡す一帯が陥没した崩落箇所を指して、領主は荒々しく叫ぶ。

「遺跡の地下に、迷宮のような巨大な空洞の構造があったのです。
 嵐で砂中より現れていた地上部分は、遺跡全体のほんの一部に過ぎないようです」
「なぜ最初からそれが分からなかった? この遺跡はなんなのだ!」
領主の理不尽な怒りに、現場を指揮する学者は当惑した。

「結論からいえば、これは墓所です。相当な有力者のものと見えます。
 あの穴から新たに発掘された金属製の――おそらく魔法銀ですな――プレートには、
 歴史に知られぬ名が記されております。最後の皇帝ハルギス、と」
「知らぬ」
苛立ちを学者にぶつけ、領主は石塊を踏み砕きながら作業現場へと向かう。
黒く口を開いた地下空洞を見下ろし、領主は拳を震わせた。

「許さぬぞ。忌々しいハルギスめが」



 3 父と娘

領主ウディーンは当座、発掘現場に留まり、崩落箇所の処理と人命の救助を自ら監督した。
数日来り、最初の発作的な激情は去り、領主は冷徹な部族長となって部族を指揮した。
何かを見極めるまでは、けしてこの場を動こうとせぬ。急ぎの客人すらここで迎える。
灼熱の太陽の下に腕組みして立ち、あるいは天幕の内に床机を置き、極度に無口になった。

遺跡地上部には無数の天幕が立ち並び、負傷者と、そして死者とが運び込まれる。
その看護者の中に、領主の愛娘マナヤの姿があった。

「お前は、そのようなことをしなくてもよい」
領主は、一人娘に鷹揚に語りかけた。
「ここはまだ危険だからな」
「お父さま…」
十六の歳を数えたばかりの少女は、一度はためらいがちに口ごもり、
しかし、あえて父に反して意思を示した。
「お父様、幾多の戦士を抱える館の主、わが父よ。
 わたくしとてアルマール領主の娘。族民を束ねる家の者が、
 この災時にただ手をつかねて見ていることが許されましょうか。
 わたくしは、わたくしにできることを致します」
見つめる瞳に強い光を宿す。領主は、それ以上の議論をしなかった。

言葉少なに父娘は別れた。遠来の客人が少女を評す。
「亡き奥方に似て美しい姫君になられた。お心は、若き日のお父上より大胆かな」
「聞かぬ娘よ」
一度決めたら梃子でも動かぬ。誰に似たやら?



 4 選定

人の血と死を目の当たりにしながら、少女マナヤは冷静だった。
わが手を取って励ましてくれる美少女に、傷ついた男たちも感激したものだ。
瑞々しい黒髪が埃を被り、白い肌を陽にさらすことも厭わず、
献身的にはたらく乙女の姿には、救護隊も否が応にも奮起した。

マナヤの存在は、災禍の中にある族民の胸にも一点の希望を灯した。
しかし果敢な領主令嬢の活躍も、
日々に運び出され、運び去られる死者の姿を忘れさせるものではない。

また乾いた風が砂塵を運ぶ。娘の疲れた顔に、領主の顔にも笑みが戻る。
「懲りたろう」
「いいえ…。でも、この場所の空気はなにか変です。
 こんな事故があったせいかもしれませんが、暗い、悪意のようなものを感じます」
「いにしえの皇帝の墓所らしいからな。ハルギスとかいう」
「ハルギス」
少女はふと眉を寄せる。
「どうした」
「分かりません。分からないけど、何か不安な…」
今日は早く帰って休め、と領主は娘の肩を抱く。

たれ一人気づかぬ、天幕の内に置かれた、
一体の死者が身じろぎし、その腕がゆるゆると上がり始めたことに。
硬直した指先がゆらりと宙を迷い、やがて幕間に覗く少女の背を選び、止まった…。

父と離れて歩き出した少女が、その後に目に見えぬ影を引き連れていったことに、
そう、誰一人、気づく者はなかった。