<コズミックキューブ 地下2階・前編>

「どうぞ──<ブラッディ・マルグダ>です」
トマトジュースを基調としたカクテルは、正当なる王位を主張してリルガミンを支配した僭王ダバルプスに挑んだが、
弟を裏切って僭王の妻になったあげく、最後はその夫と愛憎の果てに心中した<血まみれ王妃>にふさわしい色合いだった。
グラスを置いたバーテンは、どんな物事も完璧にやってのけるが、この種のカクテルについては完璧以上だ。
青い礼服に身を包んだ男──ヴァンパイアロードは。
「しかし、大将、──いつまでここで飲んだくれてるんでさあ?」
ワードナの横で道化服の小男が退屈そうにあくびをした。
悪の大魔術師は、フラックの問いかけに答えなかった。
黙ってグラスの中の<ブラッディ・マルグダ>の紅い水面を見つめる。
地獄の道化師は、頭を振った。
「こんなところに洒落たバーまで作ってまで、まあ」
地下2階の一角は、闇と、その中に光る魔法のともし火との陰影が、これまた魔法の金属で作られた迷宮によく映え、
最高級の夜の雰囲気をかもし出している。
上下の階層をつなぐ魔法のシャフトさえ、調度品のように洒落たデザインに思えてくる。
ワードナが命じ、ヴァンパイアロードがいかなる手段かを用いて即座に作り上げた<バー>だ。
悪の大魔術師は、スツールに腰掛けて、無言のまま身じろぎもしない。
フラックは退屈そうに辺りを見回した。
向こう側の通路にたたずむ影を見て、眉をしかめる。
「どうも、奴さんたちがいると空気が窮屈でしょうがない」
道化師の視線の先にいるのは、巨大な竜と、トーガに身を包んだ四足獣、それに甲冑を纏った聖者だった。
ル´ケブレス。ララ・ムームー。ゲートキーパー。
召喚陣が呼び出せる最強の魔物──というより亜神たちは、闇の入り口で静かに待機していた。
「奴さんたち──いや、あのお歴々が、俺っちより強力な存在と言うのはわかるんでさあ。
 でも、まあ高尚過ぎて、どうにも、こっちまで粛々となっちまう。これが息苦しいってやつかねえ?」
フラッグはバーテンに話を振って見せたが、青い礼服の美丈夫は苦笑しただけだった。
たしかに、不死者の王ヴァンパイヤロードに、呼吸についてあれこれ問うのは愚の骨頂だ。
──そこが道化師の真骨頂でもある。

ワードナは、古くからの下僕たちの会話(もっとも喋っているのはフラックだけだったが)に参加せず、グラスを見つめていた。
当然のことながら、血をイメージして作られた紅色のカクテルは、本物の血液を連想させる。
そして、リルガミンにはマルグダよりも、もっと血がふさわしい女王がいた。
<血まみれ王妃>よりもはるかに美しく、はるかに強力で、はるかに血にまみれた生涯を送った女──<狂王トレボー>。
悪の大魔術師は、はじめて彼/彼女に会った日の事を思い出した。



──リルガミン王からの召集に答えたのは、気まぐれだった。
先代の王とはそれなりの付き合いもあったし、研究中の<アミュレット>に関しての援助や相互協力もあった。
新王が、どうやら父親を謀殺したらしい、という裏の噂もそれほど気にならなかった。
むしろ、即位と同時に近隣の反抗的な都市を二つも滅ぼしたやり手の王がどんなものか、顔を見ておくのも一興だとさえ思った。
リルガミンの新たな支配者は、恐ろしく傲慢で、恐ろしく美しいとも聞いていた。
ただ、その王、トレボーの事を<王>と呼ぶ者もいれば、<女>と呼ぶ者もいることは少し気にかかった。
トレボーは決して自分の事を<女王>と呼ばせなかったからだ。
結局、<狂王>という呼称に落ち着いたが、そのやりとりは興味深いものとしてワードナの記憶に残った。
(王と呼ばれたがる女か、──面白い)
悪の大魔術師が、だから何度目かの<狂王>からの召集に答えたのは、実際のところまさに興味本位からだった。

「──お前が大魔道師ワードナか」
謁見は最悪のものだった。
多くの戦争奴隷を使い潰して建てられたばかりのリルガミン城<天守閣>最上階は、悪徳の楽園と化していた。
二つの都市から狩り集められた美少年と美少女が、ある者は全裸で、ある者は扇情的な薄布をまとい、
恐怖と魔法薬と快楽に溺れる阿鼻叫喚の図は、まさに背徳の都であったが、
しかし、その主はその美貌のどこにも微笑のひとかけらも浮かべることがなかった。
玉座に腰掛ける不機嫌な王の瞳を、ワードナはまっすぐに睨みつけた。
「跪け、下賎の者」
「断る」
間髪いれずに答えた悪の大魔術師に、トレボーは一瞬言葉を失った。
まわりの奴隷たちが二人の間の空気におびえた表情になったが、遅滞は一瞬で、また主人への奉仕を再開した。
トレボーは全裸で玉座に腰掛け、その巨大な<サックス>を少年と少女が二人ずつでかわるがわる愛撫していた。
「……今、なんと言った?」
数瞬の後、<狂王>は無礼極まりない相手に地の底から湧き上がるような声で質問した。
ワードナは答えもせずに指を鳴らした。
謁見の間の中央に、巨大な玉座が出現した。
トレボーのそれは、金銀宝石で飾られた豪奢なものだったが、
ワードナが生み出した玉座は魔界の金属で作られた飾り気のないものだった。
ほぼ同じ大きさ、おそらくはほぼ同じくらいの価値、しかしどこまでも対照的な玉座に腰掛け、
<狂王>と<魔道王>は無言でにらみ合った。
拮抗を崩したのは、トレボーの股間で奉仕をしていた少女だった。
魔人の間の張り詰めた殺気に耐え切れなくなったのか、
リルガミンに滅ぼされて今はもうない都市で、姫と呼ばれていた少女が嗚咽の声を吐いた。
いったん嗚咽を漏らすと、少女は、声を抑えることもできず、啜り泣きを始めた。
向かい合わせの少女にそれは伝染し、さらに二人の少年にも飛び火した。
「──」
トレボーの目が光った。両手を伸ばし、まず二人の少女の頭を掴んだ。
プラチナブロンドと、漆黒の直ぐい髪が美しい頭──が一瞬にして柘榴のごとく握りつぶされた。
目の前1フィートの距離での虐殺に残った少年が声を上げる前に、その手が翻り、彼らにも々運命を与える。
四人の、世にも美しい首なし死体を作成した独裁者は、まるでお前のせいだといわんばかりに魔術師を睨んだ。
「──たいした握力だ」
ワードナは、髭をしごきながら呟いた。
まるで感情がこめられていない声に、<狂王>は目を眇めた。

<狂王>が何を考えたのかは分からないが、結局、その場はそれで済んだ。
どころか、トレボーはワードナを歓待する胸を付け加え、宴席すら張った。
隣国の大使の首を、謁見するや否や跳ね飛ばして城門に飾った王にしては、あまりにも珍しい対応だった。
もっとも歓待の宴に<狂王>は出ることはなく、その高官(これも短期間で粛清による入れ替わりが激しい)たちと
もっぱら酌婦によって歓迎が成り立っていたが。

芸術性と淫らさを両立させた異国風の踊りを披露した踊り子は、一流の酌婦であり、しかも超一流の公娼でもあるようだった。
夜がふけると、当然のように客人の寝台にもぐりこんできた酌婦を、魔術師は拒むことはなかった。
乳腺と筋肉と脂肪がたっぷりと女の重量感を生み出している乳房。
蜂の化身のごとく引き締まった腰。
男をひきつけ、子を産むための女の甘い肉がみっしり詰まっている臀。
踊りと性交のために特化した肉体を作るために、女は何年間美を磨き続けなければならなかったのだろうか。
酌婦は、それを、惜しげもなく客人に捧げた。
<狂王>の客人は、それをぞんざいに扱った。
大きく引き締まった臀を背後から責めながら、老魔術師は息一つ切らせていない。
「ああ──もうっ……」
豪奢なベッドの上で、若さと成熟とが交わる妙齢の女は小動物のように震えた。
「こんな、こんな……」
魔道士が普通の人間でないことは覚悟していた。
魔と闇を操る人間は、常人の考えも及ばない快楽の術にも長けていると聞いている。
しかし、これほどとは──。
<魔道王>は淫魔も呼び出さなかったし、妖しげな魔法薬を取り出すこともなかった。
しかし、娼婦が驚愕するほどにその交わりは巧みだった。
主──トレボーの気まぐれで、十人の男娼と同時に交わらされたこともある。
同じ数の低級淫魔にもてあそばれたこともある。
しかし、こんな快楽は初めてだった。
「ふん、──合格といったところか?」
四つん這いの女体を責める老人がひどく乾いた声を上げたことに気付き、踊り子は愕然とした。

「──ふん。どうかな」
ワードナの声に、同じくらい乾ききった、だがこちらはどこまでも美しい女の声が応じた。
客室のドアが開き、鎧を身にまとった女が一人で入ってきた。
「きょ、<狂王>陛下……」
公娼は、悲鳴寸前の声を上げた。
命じられた仕事を行っているとはいえ、慈悲のかけらもない主人を身近にした奉公人が抱く恐怖心だ。
トレボーは耳障りな音を立てた相手をじろりと睨んだ。
ワードナが僅かに身をゆすった。
「あっ!?」
公娼はかすれた声をあげてのけぞった。性器──否、全身から襲い掛かる快楽の波は、<狂王>への恐怖すら束の間忘れさせた。
「──ほう」
トレボーは驚いたようにそれを見つめた。
「やりおる。さすが、魔道王──の人形」
「──得体の知れぬ女を抱く趣味はなくてな」
今度の声は、部屋の片隅から聞こえた。
トレボーと公娼の視線の先に、机の上の魔道書にしおりを挟み、閉じるところだった老魔術師がいた。
「?!」
背後の魔術師が、老木でできた木偶人形と化した瞬間、公娼はバネ仕掛けの人形のように飛び上がった。
どこをとってもセックスのための肉しかないはずの身体が、重さを感じさせぬ動きで天上に張り付いた。
一瞬の後、疾風よりも速く、それは落下した。──トレボーの頭上に。
「──ふん」
自分の使用人──奴隷が暗殺者と化して飛び掛ってくる姿に対して、リルガミンの独裁者は一瞥も与えなかった。
机に向かうワードナをまっすぐに見据えたままで、女忍者の繰り出したクナイの一撃を手首ごと掴んで受け止める。
わずかに力をこめるだけで、暗殺者の骨は折れた──どころか粉々に砕け散った。
いかなる治療法をもってしても二度と使い物になるまい。
もっとも、次の瞬間に女忍者の頚骨も同じように粉微塵となっていたから、その心配は全く不要であったが。

「──いつから気付いていた?」
公娼が暗殺者であることを、だ。
「貴様は、いつからだ?」
<狂王>の質問に、質問で返す者は、この大魔術師しかいないであろう。
「──最初からだ。我は、何者も信用せん。数年前、どころか数十年も前、この女が生まれる前から
 リルガミンに隣国のスパイが送り込まれ暗殺者として育てられていたとしても驚くべきことではないわ」
「少しは利口なようだが、──まだまだだ」
ワードナの視線が暗殺者の死体に注がれていることに気がつき、トレボーはすらりと美しい眉根を寄せた。
次の瞬間、驚くべき瞬発力を発揮して、死体から飛び離れた。
妖艶この上ない死体が、爆ぜるようにして新たな血しぶきを上げたのはまさにその次の瞬間だった。
「ほう、妖虫か。古風な手を使う」
女忍者の胎内から青黒い触手がと奇怪な節足が何本も生えてきたことを見取って、ワードナは冷笑を浮かべた。
剣の柄に手をかけて身構えるトレボーのほうは見向きもしない。
どころか、異界の妖虫のこともその瞳は移していなかった。
「田舎魔術師が。──疾く、去ね。地獄へ」
攻撃のための呪文を唱えることすらせず、<魔道王>は手を振った。
妖虫の動きがぴたりとやみ、どこかの闇の中で女の苦鳴と恐怖の声があがった──ように聞こえた。
「む、女だったか」
術者と同様に命を失った虫の死骸を見下ろし、ワードナは一人ごちた。
相手の実力は完璧に分析していたが、男か女かまでは考えもしなかった。女だからどうする、という気は全くなかったが。
「やるな……」
トレボーの声には、感嘆の様子は含まれていなかった。
だが、ワードナは振り返った。何かに気がついたごとく。
声は無関心を装う事に完璧に成功していたが、その目は本心を隠すことができなかった。
薄暗がりでぎらぎらと輝く蒼い瞳を客人に向け、<狂王>はあくまでも気のないそぶりで誘いの言葉を口にした。
「我の寝室へ──とは言わぬ。しばらく<天守閣>にでもつきあわぬか?」
意外な言葉に、<魔道王>はちょっと考え込み、驚くべきことに頷いた。

夜更けの風は冷たく、爽やかだった。
今ばかりは血なまぐさい支配者の君臨する都にも、涼しげな空気が流れている。
たとえ、夜明けとともに、今、目の前の女の号令で地上の地獄が再開するとしても。
<天守閣>上層のテラスで、トレボーは長らく無言だった。
「──貴様は、どういう人間なのだ?」
やがて、半陰陽の独裁者が口を開いた。
「知らんな。貴様が勝手に判断するがいい。──貴様に同じ質問をしたとして、どう答える気だ?」
「……今の貴様のように返答するだろう」
<狂王>は、<魔道王>を睨みつけながら答えた。
忌々しげな表情は、生意気な魔術師ではなく、おろかな質問をした自分へのものだった。
美貌の独裁者は、また外へ、リルガミンの街へと視線をそらした。
「我は……異形の者だ」
静かな声は、今までのものとはまったく異質の響きを持っていた。
「我は生まれつき、男と、女の両方の生命を持っている」
先ほど謁見室でさらしていた全裸を見るまでもなく、<狂王>は、完璧な乙女の身体に禍々しいまでの男根を備えていた。
その力も、人の身でありながら、巨人族をもしのぐ怪力であり、頭脳はどんな軍師よりも勝っている。
人間と言う種の持つ、極限の能力を備えて生まれてくる者──天才は数多かれど、
ここまで多くの、しかも強力で異質な力を同時に兼ねそろえた人間は、天才ではなく異形と呼ばれる。
トレボーは、まさにそうした人間であった。
「そして、お前も、そうした異形の人間ではないのか、<魔道王>よ?」
そろり、と試すように投げかけられた質問に、ワードナは答えなかった。
また、長い沈黙が降りた。
風が強くなったことに気付いたワードナは、先ほどの<狂王>のようにリルガミンを見下ろし、視線を戻した。
そして、トレボーが、じっとこちらを見つめ続けていたことに気がついた。
「──どうやら、我は貴様を気に入ったらしい」
そうした言葉を吐くのが、<狂王>にとって初めての経験であることは、誰の目にも明らかだったことだろう。
トレボーの頬には、いつもの驕慢な嘲笑ではなく、はにかみを抑えるための不機嫌さでいっぱいだった。
「我とともに歩まぬか、ワードナ?」
「わしとともに何処へ行こう、と言うのだ?」
ワードナは、トレボーの変貌に戸惑いながら言った。
質問を質問で返すのは、挑発の場合のほかに、こうした対処しづらい状況を切り抜ける場合もある。
「まずは、世界征服だ」
あまりに古典的な答えに、<魔道王>は声を上げて笑った。
それには失望も多分に含まれていた。
「おろかな答えだな、傲慢な君主よ。どれだけの王がその陳腐な野望を抱いたと思う?」
「我以外の者はそれを実行する力がなかった。ゆえに、ただの妄想で終わった」
あくまでも驕慢に言い切ったことばに含まれる事実を悟って、ワードナの嘲笑が止まった。
この神にも等しい天才君主ならば、あるいはエセルナート全土の征服もあるいは不可能でないかも知れない。
「だが、真の目的は、それではないぞ、ワードナ」
トレボーは、静かにことばを続けた。
「世界をこの手にした後は、すべての人間を殺し尽くす」
<狂王>の宣言に、<魔道王>は目をむいた。
「我は長らく、人間の下劣さ、弱さに飽いてきた。全てを支配し、全てを殺し尽くす事を考えてきた」
 ──だがその一歩を踏み出せなんだ。愚かしいことに、我一人が生き残る事を恐れていたのかも知れん。
 その気になれば、我一人で子供を作ることすらできる<完全な人間>であるというのに、
 それは我の中の男と女の比率が等しくなく、女が圧倒的に強いということも理由かも知れん。
 おそらく、我がこの歳まで「女」として性交をしたこともなく、<サックス>の快楽のみを追及したのもそのせいだ」
淡々とした告白は続いた。
「……しかし、今日、我は貴様を知った。我と同じくらいに異形の魂を持つ闇の王を。
 しかも、おあつらえ向きに貴様は「男」だ。我とともに歩むことに何の問題もない。
 ああ、ワードナよ、全ての人間を殺し尽くした後、「男」の貴様と、「女」の我が一人ずつ残る。素晴らしいとは思わんか?」
<魔道王>は、異形の女王のことばに、沈黙を続けた。
トレボーはかまわず、身のうちの欲望を舌に乗せて声にした。
「女を殺し尽くそう、ワードナよ、トレボーのために。貴様の抱く女は我ひとりでよい。
 男を殺し尽くそう、トレボーよ、ワードナのために。我を抱く男は貴様ひとりでよい。
全てが終わったら、我はこの<サックス>を切り落として貴様に捧げ、他に生きるもののない荒野で貴様の花嫁になろう」
曙光の中での告白を終えると、<狂王>は微笑を浮かべた。
生まれて初めて自分と同格の相手を得た少女の微笑みは、天使よりも邪気のないものだった。
ワードナは無言でその場を去り、そしてリルガミンの地下に篭城した。

自分を拒絶した<魔道王>に対して、トレボーは激怒した。
世界征服の手を休めてまで突如として創造された地下迷宮への攻撃を行い、
それがうまくいかないと見て取るや、ワードナの首に懸賞をかけた。
多くの冒険者たちが集まり、リルガミンはいつしか世界征服の王の拠点ではなく、冒険者の都となった。
迷宮で流れた多くの血は、どこまでも紅かった。
そう、今飲んでいる<ブラッディ・マルグダ>よりも、紅い。



ふと、ワードナは視線を上げた。
バーテン──ヴァンパイアロードが、黒大理石のテーブルの上に何かを滑らすようにして差し出してきたのに気がついたからだ。
「どうぞ。お探しのものが見つかったようです」
木の箱に入った、古びた骨──聖遺物を見て、追憶に霞んでいた悪の大魔術師の顔がしゃんとなった。
食い入るようにそれを見つめるワードナの視界で、二人の女の笑顔が浮かび、やがて片方だけが残った。
「……旦那?」
フラックが声をかけようとして、言葉を飲み込んだ。
ワードナは片手を振って三人の亜神を異界へ還すところだった。
代わりに、新たな三体の魔物を呼び出す。──グレーターデーモン、マイルフィック、ドラゴン。
ル´ケブレスたちよりははるかに弱い魔物に過ぎないが、彼らを呼び出した真意はバーテンと道化師にはすぐに通じた。
「──行くぞ」
どこへ、何をしに?、とはフラックは聞かなかった。代わりにスナップを聞かせて指をぱちんとさせた。
「そうこなくっちゃ!」